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............................................... 鼠小僧次郎吉へたれ噺 次郎吉お縄になる 9 鼠小僧治郎吉、お縄になる ぴっーと、岡っぴきの呼子笛が鳴って、鼠小僧の捕り物があった夜、猫七は捕縛の輪に入らず、まっすぐに次郎吉の住んでいる弥平町の長屋に走った。 見張っていると、亥の刻もとっくに過ぎた闇の中の長屋から出てきたのは次郎吉ではなくおしぬという次郎吉の女房だった。 おしぬが次郎吉の半纏に身をくるみ、手拭いでほっかぶりをして出てきた。 「あっ!あの女はたしか、そうだ、おしぬに間違いねえ」 猫七の胸は驚きで破裂しそうだった。動悸を抑えて、猫七はおしぬを尾行した。 おしぬは夜道をたったったっと走り、永代橋の下にある、 貧乏が破れ傘を差して雨の中を歩いているような雨漏り長屋で、今にも崩れそうな治兵衛店の裏長屋の路地へ入っていった。 ~まちがいねえ、あの女はおしぬだ~ というのも、治兵衛店は猫七が昔住んでいた裏長屋で、おしぬは三軒隣の向かいに住んでいたのだ。たしか、母親の薬代のために岡場所に売られたとか弟の巳代治が言ってたがな。 男の厭悪感から抜け出せない猫七の妹のおちかと母親は今でも治兵衛店で暮らしていて、猫七も時々母親の薬だとして 銭を届けていたのだった。 おしぬは忍び足で長屋の通路を歩き、弟の巳代治と母親の住んでいる長屋に銭を投げ込むと、その隣の体の不自由な瓢六爺さんの長屋、そして、三軒向かいの猫七の妹の住む長屋にも銭を投げこんだのでる。 ちゃりん ちゃりん、その音がもの哀しい響きに猫七には聞こえた。 猫七は唖然とした。体は硬直して動けなかった。鼠小僧の女房のおしぬが自分の母親のいる長屋に施しを与えていたのだ。 ~次郎吉が盗んだ銭を、女房のおしぬが配っていたのか~ 猫七はおしぬをふん縛る気がおきなかった。猫七も妹が岡場所に売られそうになった時に、盗みに手を染めたことがあったのだ。盗みにも道義があるのだ。悪にも、義があるのだ。猫七は、その日の夜のおしぬのことは誰にも喋らずに、腹の底へしまっておいた だが、猫七には今ひとつ,腑に落ちなかった。 猫七は次の日から手下の甚平を使って、次郎吉の長屋を張り、次郎吉を尾行した。 次郎吉を泳がせて、次郎吉の正体を暴きたかったのだ。 次郎吉はお天道様が登ると、長屋を出て、湯屋で汗を流し、髪を結い直し、両国橋を渡る。本所花町あたりの料理屋に入り、岡場所に姿を消す。 次の日には、深川の六間掘りの星月という料理屋へ入り、暮れ六つ過ぎには霊巌寺門前の山田屋という料理屋の二階の奥で開いている博奕場へ入っていった。 猫七はしつこかった。来る日も来る日も次郎吉の跡をつけた。甚平を使って、賭場での次郎吉の動きを調べさせた。 ~あのやろう、とんでもねえ野郎だ、鼠小僧だなどと抜かしやがって、毎日、酒と女と、博打の風来坊じゃねえか、そのための盗みだったら許しちゃおけねえ、大名屋敷から銭を盗み、その銭を貧しいものに施した義賊だ、鼠小僧だなどとぬかしやがって、博奕と酒と女につぎ込んでるだけの、ただの泥棒鼠じゃねえか。こうなりゃ、ただじゃおかねえ、ぜったい、ふん捕まえてやる、~ 酒と女と博打の為に金を盗むなんぞは盗賊の風上にも置けねえ、人の性は本来善なるものと思いたかった。次郎吉にも義があると思っていた。裏切られた思いの猫七は、異常な執念で鼠小僧の探索に走った。 見張りと尾行をつ老続けて二十日目だった。鼠が動いた。動く鼠を猫がつかめなくてどうする。次郎吉は、自分が岡っ引きに見張られていることはとうに気づいていた。気づいていて、危ねえとわかっていても、堪えることはできなかった。 盗みをして、酒と女と博奕で遊ぶ、そして、おしぬにもいい思いをさせる。この面白い暮らしを変えたくても変えることはできなかった。 十年間ものあいだ、大名屋敷の奥専門に忍び込み盗み荒らした鼠小僧もついに、年貢の納め時がきた。岡っ引き猫七が密かに跡をつけていることに気が付かなかった。 天保3年5月8日、日本橋浜町の上野国小幡藩屋敷へ忍び込んで捕縛されたのだ。 岡っ引き猫七は、次郎吉が小幡藩屋敷の塀を乗り越えたのをみると、手下の甚平を奉行所へ走らせ、次郎吉は、小幡藩屋敷の用心に、鼠小僧が屋敷内に潜入したことを伝えた。 そんなことも知らぬ、次郎吉はいつものように、広大な屋敷の女だけの住む奥の部屋に忍び込みこんだ。箪笥に手をかけた瞬間、 眠りこけてたはずの女が突然、目を覚まし、 ~盗賊だあ!~と、大声を出し、薙刀を構え、まさに歌舞伎役者のような強面の顔で次郎吉を睨んだ。ばたばたと、いないはずの男が廊下を駆けてきた。屋敷内は騒然となった。次郎吉はへなへなと、その場に崩れ落ちた。女がみな優しくて柔らかいとい次郎吉の幻想は脆くも打ち砕かれた。 上野国小幡藩屋敷門前で待ち構えていた、奉行所の役人に次郎吉は引き渡された。 背は五尺に満たない痩せた小男で、ひ弱な顔つき、とても、天下の大泥棒とは思えぬ、情けない男だった。 猫七は次郎吉がお縄になり、役人に引き渡されるのを確認すると、 弥平町の次郎吉とおしぬが住んでいた長屋へ急いだ。 悪事はお天道様がお見通しだい、人を見たら泥棒と思えっ、てか、 つづく 朽木一空
2020年05月30日
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。。。。。。。。。。。。。。。。。 鼠小僧次郎吉へたれ噺 8 猫が鼠を追い詰める 岡っ引き猫七は次郎吉というまだ見ぬ男を追いかけることに奔走した。 ねずみは夜動く。ねずみの出そうなところ、お屋敷町だ、しかも、奥のある大きな屋敷だ。この間は本郷、その前が日本橋、さてと、今度は本所深川辺りかな、 北町奉行の見廻り同心の真壁征四郎にも猫七の推理を話し、本所深川の地の岡っ引きに下っ匹、密偵、小者、の手も借りて、見張りを強化した。猫七の勘は当たり、鼠小僧は網にかかった。 ~ピッーピッー!~ 江戸の町に捕り物の呼子笛が鳴った。 だが、鼠小僧は、屋根から屋根へまるで、鼠のように駆け抜ける。すばしこい野郎だ、追いつめても、窮鼠猫を噛むようなことはしない、ひたすら逃げて闇になかに消えてゆく。 ~ちくしょうめ、~ 猫七は二度も鼠小僧を取り逃がした。 一方、鼠小僧次郎吉の方の不安も深くなっていた。 盗みに入って、捕り方をまいて逃げてきて、酒を呑み、おしぬの蒲団に潜り込で、体を震わせていた。二度も岡っ引きに追われたのだ。 ~危なねえ、そろそろひきどきか~~ だが、酒の酔いと、女の柔らかさと、博奕の面白さには勝てなかった。銭が無くなれば、また、盗人稼業に舞い戻った。 慎重に大名屋敷を選び、盗みを働いた。包囲の網が縮まっているのはわかっていたが、盗んで銭がなければ、面白い人生は送れない。おしぬの義賊の喜びまで消えてしまうのだ。 ~鼠小僧さん、もっともっと盗んでも罰なんか当たりませんわ~ と言って、おしぬがくすっと笑っているような気がした。盗んでは、おしぬのところへ帰り、おしぬの蒲団に潜り込んで不安と恐怖を紛らわし眠った。 おしぬは次郎吉が盗んだ銭の二割をくすねて、貧しい長屋に銭を配った。 ~鼠小僧のお出ましだい、貧乏長屋は大喜びだ、~ そのたびに、鼠小僧称賛の瓦版が舞った。江戸の庶民は~いいぞいいぞお~と、はしゃいだ。おしぬには、こそばゆい思いと、いいことをしているという義賊の喜びの二つがあった。 岡っ引きの猫七は歯ぎしりをして悔しがった。下っ端、密偵を使って、徹底した聞き込みをした。六間堀の賭場の文蔵の手下の甚平から、また、貴重な手掛かりが寄せられた。 次郎吉という男が昨夜賭場に来て、派手に賭けていた。甚平は次郎吉の跡をつけ、住まいを突き止めたのだ。それを、猫七にたれこんできた。猫七は甚平に二分金を握らせた。甚平は金さえ与えれば動く人間である。 その日の夜から、猫七は下っ匹の弥助と弥平町の次郎吉の長屋を見張った。 弥助の聞き込みによれば、次郎吉と女房のおしぬはつましく地味に暮らしているということだった。 ~見込み違いだったかないや、そうじゃあるまい、~ 証拠はないが猫七には臭った。岡っ引きの鼻がぴくぴく動くのである。 つづく 朽木一空
2020年05月28日
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。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 鼠小僧次郎吉へたれ噺 岡っ引き猫七 7 岡っ引き 夜目の猫七 ~鼠小僧がまたでたよ、今度は入江町のおけら長屋だよぉ、、金持ちの大名家からしか盗まねえ、困まってる人に金を施す、盗みはすれど非道はせず、江戸の庶民の味方の天下の義賊 鼠小僧様だあ、さあ,買った買ったああ、、~ 瓦版屋の与五郎はネタ探しに、本所のごみ拾いのでん婆を使っていた。でん婆は本所深川の長屋を歩きながらごみを拾い集めて暮らしてる下層の年寄りの女だった。十文の小遣いも出せば、いろいろなネタを持ってきた。そのでん婆さんから、長屋に銭が投げ込まれているという面白い話を聞いたのだ。 瓦版屋の与五郎は昔、江戸を荒らした義賊の稲葉小僧を思い起こし、鼠小僧と命名して瓦版を売り出したのだ。江戸庶民はその鼠小僧に喝采を浴びせた。 だが、それを、面白く思わない男もいたのだ。北町奉行配下の岡っ引き夜目の猫七である。江戸の町でもちょいと知られた岡っ引きであった。 だが、猫七も実をいえば、昔は盗人だったのである。 父親の丑蔵が博奕に負け、借金をして、姿をくらまし賭場の借金取り歩の鬼瓦の虎蔵という借金取りがきて、おめえの親父は娘をかたにいれ、博打をしてたんだ、この証文にちゃんと、おめえのおとっつあんの書いた証文がある。そう言って、泣き叫ぶ妹のおちかを岡場所に売り飛ばすといって、連れて行ってしまったのだ。僅か十両の銭だった。 十両で妹を地獄に落とすことができるものか、しかも一度 泥沼に妹のおちかが嵌まれば、二度と浮き上がることなどfできない。まだ十六の娘だった。猫七は妹のおちかが不憫でならなった。 猫七はその頃、鍋、釜、を修理する鋳掛屋をしていて、本所深川の裏長屋から商家、旗本屋敷に出入りしていた。 その日、お得意さんの味噌問屋に釜の修繕を頼まれ、炉の温度が上がるまでは手持ち無沙汰で一服つけようとした時、帳場の前の番頭の喜助が厠に立った。 ~いまだ!~、猫七は瞬間に決めた。腹に背は代えられねえ、その隙を見つけて帳場から十両を盗んだ。 盗人にも正義はあるのだ、猫七は悪いことをしたと思ったが、後悔はしなかった。妹は岡場所に売られずに済んだが、鬼瓦の虎蔵はひでえ奴で、虎蔵の子分たちと妹のおちかを代わる代わる嬲り者(なぶりもの)にしたのだ。 妹のおちかは絶望し、「もう死にたい、生きてゆけない」と泣きはらし、その体験が忘れられずに男恐怖症になり、男とは口をきくことはおろか、男が近づくと石仏のように体が固まってしまうのだった。猫七はおちかを家に連れ帰ったが、おちかの疵の深さを考えると、虎蔵を許せなかった。 虎蔵が料理屋からほろ酔いで出てきたところを鎌で虎蔵の額に切りつけた。虎蔵はあっけなく死んだ。 鬼瓦の虎蔵は江戸の町の本所深川の嫌われ者、町の塵,だにだった。町民は天罰だ、自業自得だ、虎蔵の死に悲しみむどころか、喝采を送ったほどだ。 北町奉行所の同心、真壁征四郎も悪辣非道な虎蔵には手を焼いていた。いつかとっちめて、獄門にして首を晒してやろうと思っていた。だが、なかなか尻尾を捕まえないずるがしこい野郎だったのだ。その虎蔵が殺されたのだ。 真壁征四郎には、虎蔵を殺ったのは、猫七の仕業とすぐに見当がついていた。猫七が味噌問屋から十両盗んだこともすぐにばれ、真壁征四郎の調べを自身番で受けた。「そのほう、猫七だけに猫糞したのだな。十両の罪は死罪だってことを知らぬわけでもなかろうが、奉行所にも裏というものがあるのだ。 猫七のしたことは悪いことだが、妹が岡場所に売られちゃ可哀そうだという兄弟愛だよなまあ、悪いのは博奕で借金こさえて逃げた、親爺の丑之助だ。その丑之助だがな、昨日、品川宿でお縄になったんだよ、おめえのことを話すとな、息子の猫七は悪くねえと泣いてたそうだ。 よいか、今度の猫七の盗みは丑之助に被ってもらうことにしたよ、それとな、鬼瓦の虎蔵殺しはな、いかさま賭博で騙しやがった丑之助が殺したそうだ。自分から名乗ってきたよ。 おめえの親爺はよ、打ち首獄門になるめえによ、町の掃除をしてくれたんだ。それでだ、猫七おめえは本所深川のことは長屋だけじゃなくて、旗本屋敷や大名屋敷まで馬鹿に詳しいって云うじゃあねえか、ひとつ、その知恵を俺に貸してみねえか。そうよ、おれの下で働くってことよ、十手も預けようじゃねえか。そういうことで、どうでい、それとも三途の川を渡りてえかい」 「へいっ、わかりやした。、親爺の獄門と引き換えに岡っ引きとして、旦那の下で生きていくことにいたしやす。」 以来、猫七は本所の岡っ引きとして同心真壁征四郎の手下として働いている。 「おれが盗みをやったのは、妹のためだ。遊び金が欲しくてやったんじゃあねえ」 いま世間を騒がせている鼠小僧も金のある大名屋敷しか狙わねえで、貧しいものに銭を恵んでいるって話だ。富の再分配とかいうやつか、面白そうな盗人だな。 猫七は鼠小僧の正体がどうしても確かめたかった。 ~おれは岡っ引き猫七だ、鼠とらぬ猫じゃあ様にならねえな~ 江戸の町をちょろちょろ動き回る鼠を猫の狩猟本能を刺激したのかもしれない。 猫七は 早速、本所深川の地獄耳の密偵を使って探索を始めていた。 猫七の探索の網は本所深川の裏の闇の世界、遊里、矢場、賭場、飲み屋などの悪所にも密告者の手の者を持ち、網を張っていた。 ~近頃、派手に金を使う男がいたら、連絡してくれ~ 猫七のもとに、深川北六間堀の賭場の文蔵の手下の甚平から次郎吉という男が派手に賭場で遊んでいるという、たれこみがあった。 だが、賭場の鉤縄の文三にとっては、次郎吉は上客でしかも鴨の客である。 鴨を売ってしまえば、実入りが減る。甚平の口に閂(かんぬき)をしてしまった。 猫七は諦めないで食い下がる、甚平を連れ出し、 ~悪いようにはしねえよ、おめえの顔を潰すような真似はしねえよ、~ 料理屋で酒を飲ませ、二分金を掴ませ、次郎吉のことを聞きだした。 次郎吉という男、形は地味ななのだが 一晩で二両も負けることもある、見栄えはよくなく、いつもびくびくしてるような気弱そうな顔をしてるくせに、度胸のいい張り方をするのんで、親分の文三も大切な客だと大事にしている。 負けが込むと暫く姿を見せねえが、また大金を持ってひょっこりやってくる。それだけの話だった。 だが、猫七にはピンときていた。岡っ引きの勘働きというやつだ。、 もし鼠小僧次郎吉をふん捕まえることができたら、猫七は瓦版にも乗るだろう、 江戸一番の岡っ引きだと言われるだろうな。 義賊のねずみさんよ、猫が捕らえに行くから念仏でも唱えてまっていな。 つづく 朽木一空
2020年05月26日
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。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 鼠小僧次郎吉へたれ噺 女鼠小僧参上 6 女鼠小僧おしぬ参上 じめじめした裏長屋で男やもめに蛆が湧きそうな部屋に住み、浮いた話のひとつもない、しょぼくれ男、しみったれ男、そんなふうに暮らしていた弥平町の裏長屋に次郎吉はおしぬを連れてきた。 身請けしたおしぬに古着屋でかなりくたびれた木綿の袷に襦袢も地味なものに着替えさせ、湯屋へ連れていき、岡場所の白粉と垢をこすり落とし、髪結屋で丸髷に結ってもらった。貧乏長屋のおかみさんに不釣り合いでない形(なり)になった。 披露宴はやらなったが、日本橋八百清の折り詰め料理を長屋に配り、おしぬが控えめで、それほどの器量よしでもなかったので、かみさんたちは長屋の仲間として受け入れてくれた。 ~おめえの身の上を今更ほじくってみたってしょうがねえことだ、俺のことも詮索するな、何をしようと俺にかまわずにうっちゃておいてほしい~、と、次郎吉はおしぬに念を押した。 おしぬは毎夜、どこの馬の骨かもしれぬ男の逸物を咥え込まなくていいのだから、そんな生活でも次郎吉に不満のあろうはずもなかった。地獄の底から引っ張り上げてくれた次郎吉は優しい男だと感謝してもしきれなかった。 だが、次郎吉の方はおためごかしでおしぬと長屋で所帯を持ったのだった。 次郎吉は言葉通り、おしぬのことはほったらかしで、毎夜、出掛けては酒を呑み、岡場所にも足を運び、賭場に出入りし、家を空けることも多かった。 快楽の地獄沼から抜け出そうとはしていなかった。おしぬとの夫婦生活は盗人が怪しまれないための、目くらましだったのだ。そして、銭が無くなれば、大名屋敷へ盗みに入った。 ~おしぬも好きにやっていいんだよ、銭がなかったら言ってくれ、不自由はかけねえが、派手にならぬように、目立たぬように、地味に暮らしてくれ。美味いものを食いたいときや酒でも飲みたいときには、ちょいと離れたそうだな、両国橋の向こう側にでも行って、隠れるようにやってくれ、おめえが岡場所の女だとわかっちまうと、長屋のかみさんうるせえからなあ、それとな、もしも、おれが何かのことでお縄にでもなったりしたら、さっさと、この長屋を出て行っていいように、三下り半(先渡し離縁状)を渡しておくぞ。これがあれば、いつ長屋を出てって、どんな男とだって所帯を持てるから安心しな~ ~そんなあんた、物騒なこと言わないで頂戴~ おしぬは、陽の当たらぬ裏長屋の暮らしだったが、井戸端ではかみさんと呼ばれている今の生活が幸せだったのだ。 次郎吉は救いの神だった。余計なことは言わないし、過去の詮索もしない。 だが、そのかわり、次郎吉も余計なことは言わない、おしぬには次郎吉のことはわからないことだらけだった。気弱で優しいのだが、なんの仕事をして稼いでいるのか、賭場に出入りし、酒を呑み、白粉の臭いをさせて夜半に帰ってきて、体をぶるぶるふるわせて ~俺は駄目な男だ、おれは生きてる資格もない、俺は自分が嫌いだ~と、喚きながら、おしぬにしがみついて泣くじゃくることもあった。 ~酒を呑んで酔わなくて生きていける女が羨ましい~ ~博奕じゃなくともを自分の意見が通せる女が羨ましい~と、訳の分からぬことを呻いていた。 その夜、次郎吉は 亥の刻が過ぎた深夜にすうっと、弥平町の裏長屋の障子を開けて、泥棒のように自分の家に忍び込み、震えながら、茶碗酒を三杯も飲み、おしぬに泣きながら抱き着き、果てると、いつも死んだように眠りに入るのだった。 おしぬが交あい(まぐあい)の後始末をしていると、次郎吉の懐から重たい袋が毀れ落ちた。袋の中にはずっしりと銭が入っていた。 ~このひと、何をしてるんだろうか、博打でついてるときには十両も稼げるときもあるなんていってたが、この袋の中の銭は博奕?それとも泥棒かしら。いけない、詮索しない約束だった。~ だが、おしぬには 次郎吉が泥棒稼業をしていて、博打で負けては盗みをしているのだということが、薄々感じ取ってはいたのだった。 ~泥棒だっていい、このひとしか私を助けてくれる人はいなかったんだ~ おしぬが次郎吉の体を揺すってみても、ぐっすり寝込んでいて、うんでもすんでもなかった。おしぬは銭の入った袋から五両を抜き取った。 おしぬは山下町の女郎屋の梅屋の誰にもどこへ行くとも告げていなかったので、もし、弟の巳代治が訪ねてくると、困るだろうという不安を抱えていたのだった。 おしぬが昔住んでいた永代橋下の蛞蝓長屋とよばれている日陰の地面が渇くことのないじめじめとした治兵衛店には、まだ労咳で苦しむ病気の母がいて弟の巳代治が桶屋の下働きをして母の面倒を見ながら暮らしているのだ。巳代治の給金では母の薬も買えずに困り果てているだろう。それもそのはずで、母の薬代が払えずにおしぬは女郎屋へ売られたのだった。 弟の巳代治は月に一度、おしぬのところへきて、おしぬが客から貰う心付けを貯めておいてた銭を巳代治に母の薬代として渡していたのだ。おしぬがいつまでたっても女郎屋の梅屋から抜け出せなかった理由もそこにあった。 おしぬは、次郎吉が死んだように眠りこけているのを確認し、次郎吉の紺の木綿の半纏で身をつつみ、手拭いでほっかぶりをし、次郎吉の草履を引掻け、まるで泥棒のような形で長屋を忍び出た。 昔、住んでいた、永代橋下の蛞蝓長屋と呼ばれている治兵衛店につくと、母と、巳代治の住んでいる長屋に二両を投げ込んだ。ついでに、長屋の向かいの卒中で不自由な暮らしの瓢六爺さんの住んでいる長屋と、三間隣の向かいの労咳で苦しんでいる母親の面倒をみてるおちかの長屋にも一両づつを投げ込んだ。 江戸の闇の中を駆けていくおしぬの姿を冷たい三日月が見ていたが、おしぬの心は、なんだか晴れ晴れとして気持ちが良かった。 次郎吉はそんなことをおしぬがしたことにまったく気づかずに、ぐっすり寝込み、翌朝になっても不審がることもなかった。 幸せを自分で壊すようなことはしたくなかったが、おしぬは義賊という快感の沼にに足を突っ込むと、もう、抜け出すことはできなかった。おしぬは次郎吉が盗みに入った夜に寝込むと、懐の銭に手を出すようになっていた。 おしぬの方もだんだん大胆になり、袋の中の二割程度をくすねるようになっていた。 裏長屋では貧乏の足が早くて追いつず、ぼろ雑巾のような生き方しかできない貧乏人がろくな飯も食えずに泣き暮らしている、おしぬは、そんな貧しい話を聞くと、次郎吉の袋からくすねた銭を貧乏長屋に投げ込んだのだった。 どうせ、盗んだ銭で、次郎吉が持っていたって、酒と女と博打に消えてしまう銭だ。罰(ばち)なんか当たらないだろうよ、 銭を配った翌日には、その長屋のあたりを歩く。つまらぬ正義をふりまくこともない、汚れた銭でもつかんだ者勝ちだ。投げ込んだはずの長屋の家から感謝の言葉もある筈もないが、井戸端で洗い物してる、しみったれのかみさんの顔から、幾分元気な声が聞こえてきていた。 ~悪いことをしながら、いいことをしている~ おしぬの胸には、義賊気分の気持ちのいい風が吹き抜けていた。 帰りには、深川辺りの湯屋に入り、たっぷりと湯につかり、垢を落として、罪まで落とした気になって、二階に上がり、一杯飲る(やる)、ご隠居さんの贅沢を味わってみる。それがおしぬの楽しみにもなっていた。 だが、そんなおしぬのことを次郎吉の方も、とうに気付いていた。次郎吉はから鼾(いびき)をし、寝たふりをし、おしぬが銭を抜き、貧乏長屋に配っていることを、一度後をつけて見て、知っていた。知っていて知らぬふりだった。 ~ふうん、今夜はどこぞの貧乏長屋に投げ込むのか、~ まあ、いいだろうよ、でいじょうぶだ、罰なんか当たらねえよ、 おしぬも次郎吉の泥棒をを見抜き、次郎吉もおしぬの泥棒を見抜いていた それでいて、お互いに知らぬふり、お互いの心を盗みあっている、 そいつはそれでいいやあなあ、 つづく 朽木一空
2020年05月24日
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。。。。。。。。。。。。。。。。 鼠小僧次郎吉へたれ噺 大名屋敷 奥の間専門泥棒 5 大名屋敷 奥の間専門泥棒 亥の刻(夜十時)はとっくに過ぎていて、本所、南割下水、大名屋敷が並んだ人気のない道には、下弦の月の光が雲の合間から覗いているだけで、漆黒の闇であった。 次郎吉は鳶の仕事で入ったことのある、津軽越中守の屋敷側の水溜桶を足場にして、軽々と塀を乗り越え屋敷内に身を入れた。 屋敷内は寝静まっているようだった。警戒している様子はない。 次郎吉は、女だけが住んでいると聞いていた屋敷の奥へと、体を進めた。忍び込んだ部屋には殿様の側室だろうか、町では見かけない、気品が漂う上品な女が寝ていた。 屋敷の天井裏へ、泥棒に入っても、もじもじして決断のつかない次郎吉だったが、部屋には、女しかいないことがわかると、何故か恐怖心が静まった。 次郎吉は、寝間の箪笥から三十両だけを盗んだ。借金は二十両だった。あとの十両でまた暫くは遊んで暮らせるだろうと踏んだのだった。 大名屋敷に忍び込むのは案外容易(たやす)かった。 門や塀はがっしりとして、門番も、見張りもいて、中間部屋の灯りはついていたが、酒でも飲んでいるのだろうか、呑気な空気が流れていた。 いったん屋敷の中へ入ってしまえば、広大な敷地に警備の者の姿は見えなかった。 次郎吉はそんな大名屋敷の、しかも男のいない奥の間のある屋敷しか狙わなかった。幾度も屋敷に潜り込んでいるうちに、屋敷の建物の構造を熟知するようになり 天井裏に潜り込むなんざ屁を放るようなものだった。 ~おいっ待てぃ、泥棒めが~と言って、侍に刃を向けられることはなかった。 次郎吉は、盗みに入るが、決して大金は盗まなかった。 箪笥の中には百両二百両の金があることもあったが、ひと月も遊べる、十両か二十両、多くとも三十両ぐらいしか盗まなかった。奥の女が困るようなことはしたくなかったのだ。一月に一度くらい、銭が底をつくと、盗みに入った。 だが、盗みがいつも簡単なわけではなかった。 次郎吉は声をあげられ、争うことはできなかったので、もっぱら寝盗であった。天井裏で二日もの間我慢しぐっすりと女が寝入るのを待っていたこともあった。 奥の女が寝ていると思い込み、寝床の横をすり抜けようとしたときに、 「こりゃあ、鼠さんかええ、来てくれたのかええ、ここに三十両あるからね持っていきな、鼠さんはえらいお方だ、この銭を貧しい人に配るんだってね、感心したよ」 そんな奥方に出会ったこともあった。そういう屋敷には二度三度と忍びこんだ。 天井裏から奥方と殿との交あい(まぐあい)を目にすることもあった。 次郎吉の盗みは優しかった。怪我などさせない、傷つけない、困らないほどは盗まなかった。なんとか奥の女が自分の裁量で誤魔化せる範囲でしか盗まない。 箪笥の引き出しの中の銭が乏しい奥の間では銭を盗まず、簪(かんざし)だけ頂いたこともあった。 鼠小僧治郎吉の盗みがなかなか公にならなかったのは、奥方が、銭が外の者に盗まれたとはっきりわからず、また、銭が紛失したことを殿に訴えることができなかったせいもあるのだ。たとえ、殿に知らせても、奥向きに賊が忍び込まれたとなっては、大名家とすれば、恥なので、多少の被害にあっても口をつぐむ場合がほとんどだったのだ。 次郎吉は大名屋敷の、それも女だけが暮らす奥の間だけから盗みをし、弥平町の裏長屋で倹(つま)しく暮らすふりをし、両国、浅草、大川を渡って、本所 深川の方にまで足を延ばし、慎重に、岡っ引きに目を付けられないように、長屋の連中の目の届かない場所で、酒と女と博打をして遊び暮らしていたのだった。 次郎吉は金の有り難さを肌で感じていた。金さえ懐にあれば、軟弱な心も崩れずにすんだ。酒を呑めば楽になるし、岡場所の女は優しくしてくれるし、賭場では上客扱いのもてなしを受けた。気分が悪いはずもなかった。 盗みはやめられなかったが、追われてはいないか、目を付けっられていないか、誰かに見られてはいないか、という怯えから逃れることもできなかった。 そんな時に 下谷広小路の女郎屋梅屋のおしぬに出逢ったのである。 おしぬといる時だけは、恐怖からも逃れられ、ぐっすりと、眠ることができたのだった。 つづく 朽木一空 つづく 朽木一空
2020年05月22日
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.。。。。。。。。。。。。。。 鼠小僧次郎吉へたれ噺 4 飲む打つ買う楽しいねえ、、 飲む打つ買う、こりゃあ楽しいやぁ 親爺の貞次郎はそんな息子の次郎吉の不甲斐ない姿をとっくに見抜いていた。 ~このまま放っておいては拙(まずい)いことになる。いつかは歌舞伎役者に次郎吉がおひねりを盗んだことは感づかれる。そうなると、自分も中村座の木戸番の仕事も失うことになる~ 貞治郎は、まだ10歳の次郎吉を小船町の木具職人の伝三郎の家へ奉公に上げたのだった。 手先が器用だった次郎吉は重宝がれたのだが、同じ部屋で寝泊りし、同じ釜の飯を食うとなれば、すぐに次郎吉の脆弱な性格は見透かされ、小僧たちの虐めの的になった。次郎吉には辛く、暗い奉公暮しだった。 十六歳になり、奉公の年季がが開けると、木具職人伝三郎の奉公先を逃げ出すようにして、さっさと、日本橋の家に戻ってきてしまった。 「この、役立たずのぼんくらが、家でぶらぶらしてようものなら、肥桶担がせるからな、、」 親爺の貞治郎はすぐにでも次郎吉を職に就かせたかった。 たまたま、鳶の政五郎という男が火事場で足を怪我し、その後釜にどうかという話が隣町のほ組の鳶頭からあった。 次郎吉は五尺(150㎝)に満たない痩せた小男で力不足ではあったが、ちょろちょろと、鼠のように身軽で、動きはすばしっこく、木登りも屁の河童で、高い所へ上るのも平気だったので、鳶の仕事にはうってつけだったかもしれない。 とび職は高い所を華麗に動き回るので、現場の華ともてはやされ、冠婚葬祭や祭りを担い、町火消も兼ねていた花形の仕事だった。 次郎吉は、梯子(はしご)に登つての仕事も難なくこなし、手先も器用だったので、鳶頭にも重宝がれたのだが、こでもやはり、ちびの次郎吉の人間関係はうまくはゆかなかった。 まるでそうしなければ世間を渡っていけないと、こびる へつらう とりいる 相手の機嫌を取る、次郎吉は愛想はいいがその笑いには卑屈さが混じっていた。 押しというものがまるでなかった、不等なことや間違ったことを言われても、 ~そうではありません~ ~ちがいます~ ~こうしたほうがいいのでは~ と、自分の意見というものが言えなかった。言ってしまえば、嫌われるのではないか、気まずくなるのではないかと思ってしまう。次郎吉は相手が自分をどう見ているのかばかりが気になってしょうがない性格だったのだ。 家に帰えると、親爺の貞治郎が酒を呑みながら、鬼のような眼をして次郎吉を睨み付ける。 ~仕事ほっぽりだしたり、泥棒猫の真似でもしたら、承知しねえぞおう~ そんな軟な次郎吉の仕事ぶりだったので、鳶の仕事について、三年が過ぎても、次郎吉は下っ端扱いされていた。鳶の代名詞の粋や気風のよさ、男伊達とは無縁で、意気地無しでぐずぐずしていた男のままだった。 それでも、何とかやっていたのは、鳶の仕事の給金は町人の日当が約300文ぐらいなのに、大工とおなじで540文と、高額で、それに、建前のご祝儀、火事場では心づけも入り、金回りがよかったからである。 そんな次郎吉が鳶の仕事の兄貴分に無理やり誘われ、断れない次郎吉は、いやいやながら、酒場に入り浸り、岡場所の安女郎を買い、博打を覚えた。 酒と女と博奕、飲む打つ買うの三拍子を覚え、嵌まっていったのだった。 その三つの場所は気弱な次郎吉がはじめて味わう快楽の地だった。 酒を呑めば、不思議と不安な気持ちは無くなり、弱気な自分がいなくなる。呑めば呑むほど、自分の意見も言え、我も通すことができ、くよくよしない自分がいて、おのれを中心に世の中が回っているような錯覚の自信さえ湧いてくるのだった。 女郎も銭さえ払えば、次郎吉を傷つけるようなこともなく、気分のいい時間を過ごさせてくれた。昼間、気性の荒い男ばかりの鳶の仕事の中に身を置いていると、余計に女のいるところは気が休めた。女という生き物が本当に優しくて柔らかいものだということを知った。女の柔らかい胸に顔をうずめていると、死んだ母を思い出した。 博奕は単純な遊びだったが、賭博には自由があった。 自分の意見というものが言えなかった次郎吉には、例え丁半の判断であっても、誰にも文句を言われない。自分の意見を堂々と頑固に通すことのできた世界だった.怖い顔でも優しい顔でも、気が強くとも弱くとも、勝負は時の運、勝つときは勝ち負ける時には負ける、「どちらさんんもよろしいですか、では、入ります!」「丁だ!!半だ!!文句あるか!!」 夢中になれた、何もかも忘れて没頭できた、賽子(さいころ)を見てればすっきりするのだった。 ~おもしれえなぁ、やめられねえな、こんな世の中があったんだ~~ 酒と女と博奕の三拍子の快楽の泥沼に次郎吉はずぶずぶと嵌まっていったのだった。だが、毎晩のように自堕落な暮らしを続ければ、早晩、銭に行き詰るのも早かった。だがもう止まらない、おけらになっちまった次郎吉は町の金貸しから金を借りまくってまで遊ぶようになった。借金取りが鳶頭のところまで来て、鳶の仕事も首になり、やくざに追われる羽目になった。 そんな次郎吉が親爺の貞治郎を頼って家に戻るなり、貞次郎は烈火のごとくに怒り出し、次郎吉をどやしつけた。 「俺の目は節穴じゃねえよ。馬鹿息子、おめえなんかは勘当だ、どこへでも行きやがれ!二度とこの家の敷居をまたぐんじゃねえ!」 と、勘当された。次郎吉25歳の秋であった。 困り果てた次郎吉の頭に浮かんだのが、鳶の仕事で、本所の大名屋敷で松の剪定の仕事をしていた時のことだ。 塀の外からしか見たことのなかった大名屋敷の中は 池があり鯉が泳ぎ、松や槇、楠の大木、梅などの庭木があり、人影も少なく馬鹿広く、堂々とした屋敷は廊下だけでも長屋の何軒分もの広さがあった。 ~おれたち、町人とはえれえ違いだなあ~ ~おいっ、次郎吉見てみろ、あの屋敷の奥にはな、女しかいねえんだ、女の城よ、殿様だけが出入りできる 女の園だ。大奥てぇえのはなにも、江戸城だけじゃねえのよ、だからね、お屋敷の女は奥方様っていうらしいや、長屋のかみさんにまちがっても 奥様なんて言っちゃ笑われるてえのがわかるだろう~ どん詰まりで行き場のない、次郎吉の頭にその時に、 ~大名屋敷に盗みにはいってみようか、それしか手はなさそうだ~ 大商人の屋敷は金にあかせて浪人まで雇い警備を厳重にしていたが、大名屋敷はあまり警備を警戒にすれば、謀反の疑いを幕府に抱かせるおそれもあったので、屋敷内にさえ入ってしまえば、警備は希薄で、油断だらけだったのだ。それに、町方の岡っ引きも大名屋敷の中のことには手を出さない。 ~ ようし、大名屋敷へ、盗みに入って挽回するしか手はないか~ 酒、女、博打の快楽天国に誘われ、次郎吉は盗人稼業を始めることを決めていた。 つづく 朽木一空
2020年05月20日
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。。。。。。。。。。。。。。。。 鼠小僧次郎吉へたれ噺 おひねり泥棒 3 おひねり泥棒「こらっ、次郎吉、この泥棒猫が、おめえってやつは、」「もうしねえよう、もうしねえよう、」 親爺の貞治郎のげんこつが飛んだ。次郎吉の頭から火が飛んだ。 次郎吉が歌舞伎役者のおひねりをくすねたのを見破られたのだ。 親爺の貞治郎は見ていなくても、怯弱な次郎吉がびくついている青い顔を見れば、悪いことをしたとすぐに見破ったのだ。 次郎吉は江戸三座の歌舞伎小屋、中村座の木戸番、貞治郎の倅だった。 歌舞伎小屋への出入りは自由にでき、歌舞伎芝居を隅の方で見ることもあったが、次郎吉はあまり歌舞伎は好きではなかった。 花道を、~うあっうあっうあっ~と、馬鹿でかい声を出し、顔に太線の隈取化粧をした歌舞伎役者が現れると、怖くて目を瞑った。 次郎吉は堂々として大声を張り上げる、強そうな野郎歌舞伎の役者は怖くて仕方がなかった。 歌舞伎小屋にいるのは派手で奇抜な化粧をした男ばかりの歌舞伎役者で、女の人はいなかった。 芝居に興味がわかなかった次郎吉が歌舞伎小屋の中をちょろちょろ動き回っているうちに、ひょいと、楽屋裏を覗いたときに、歌舞伎役者が貰うおひねりが無造作に楽屋に置かれていた。次郎吉はごっくんと唾を飲み込み、その銭に手を出してしまったのだ。 鼠小僧治郎吉の最初の盗みはおひねりをくすめる(盗んだ)ことが始まりだった。 手が震えた、顔は真っ青で、のどが渇いた。泣きながら盗んだ。 通りがかりの顔に太線の入った化粧をした歌舞伎役者が「ぼうず、なにしてる?こっちへおいで」 小さい子供をかわいがるつもりで飴だまの一つでもでもあげようかと、呼び止めたのだが、次郎吉の心の臓は縮みあがって、膝はがくがく、表情は固まり、咽は渇く、声は出なく、逃げるように歌舞伎小屋から逃げて駆けだしていた。 誰かに盗むところを見られてはいなかったか、おひねりが無くなっていることに気付いた歌舞伎役者に、次郎吉が犯人だとわかってしまうのではないかという、不安と怯えに包まれ、生きた心地がしなった。 どきどきして、なかなか寝付かれず、盗んでからが次郎吉にとっては地獄の責め苦なのだった。 次郎吉がおひねりに手を出した理由の一つは、駕籠かきの倅の権八というがき大将に睨まれていて、かくれんぼの時にも、めんこのときにも、虐められていたのである。次郎吉がちびで弱いからである。言い争いをしても勝ったためしがなかった。殴られても殴り返せないやられっ放しで、いつも頭やおでこに瘤を作っていた。ひ弱で脆い劣弱の子だったので、次郎吉は女の子と遊ぶ方が好きだったのでる。男は雑で乱暴で女の子は優しく柔らかかった。 鼠小僧どころか、泣き虫小僧だったのである。 そんな意気地のない性根を見透かされていたので、、がき大将の権八たちに仲間外れにされることもあったのだ。 次郎吉はなんとか、がき大将の権八の機嫌を取りたくておひねりを盗んで、権八に渡したのである。 怯弱な次郎吉は幼い処世術で、どうすれば他人に嫌われないですむのかということがだんだんに身についていったのだった。 だが、悪の道とは地獄に下る坂道であり、二度と逆戻りできぬ坂道であった。「おい、次郎吉、また銭もってこい、持ってこなきゃ今度の祭りは仲間外れだぞ」 一度被った泥水を拭いさることは簡単ではなかったのでる。 いつかはばれるだろうという恐怖感にさいなまれながらも、二度三度、四度五度、こそこそと働く頭の黒いねずみが歌舞伎小屋のおひねりに手をだしてしまったのだった。 つづく 朽木一空
2020年05月18日
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。。。。。。。。。。。。。。。。 鼠小僧次郎吉へたれ噺 2 おしぬの身請話 おしぬの身請け おしぬはたしかに暗い性格だが、次郎吉も、江戸っ子の真似をして、明るく振る舞ってはいるが、性根は、怯弱(きょうじゃく)な蒟蒻男だった。 外面(そとづら)がいいというやつで、にこにこした顔を見せてはいるが、表と裏では大違い、粋だとか、気風がいいとかとは無縁の男だった。 いつも、梅屋の二階に上がってくる夜は、そわそわ、おどおど、びくびくしていて、銚子の酒を二本も呑み終わるころにようやく落ち着くのだった。 おしぬの蒲団に潜り込めば、今度は ~こわいよう、こわいよう、俺は駄目な男なんだ~ と、泣きながら おしぬの体にしがみついて果てるのだった。 それもそのはず、おしぬのところへ駆け込むようにしてくるのはいつも、盗みをした後なのだった。 誰かに見られてはいないか、後をつけられてはいないか、証拠を残してこなかったか、次郎吉は盗みに入った夜は怖くて、びくびくして寝付かれないのだった。 長屋の部屋では猫や鼠の足音で目が覚め、ガタンッという音で体がが震え、犬の遠吠えが岡っ引きの呼子笛に聞こえたりした。隣の住人が節穴から覗いてはいないかも気にかかった。 盗んだ銭の入った袋を抱きかかえて寝ようとするのだが、不安で不安で、眠ることができずに朝を迎えることもあった。 だが、おしぬの蒲団の中では、それこそ、死んだようにぐっすりと眠れるのだった。安心できる女なのだった。 そして、朝になると、照れくさそうに、帰り際に、おしぬの手をあけ、一分金(千文)を握らせ、 「またくるよ、よく眠れたよ、ありがとさんだね、」 と、言い、背中を向けるのが常だった。そのときだけ、おしぬは微かな笑みを細い唇に浮かべるのだった。 次郎吉は、おしぬに、ぞっこん惚れているいうわけではない。この女とならうまくやっていけそうだ、いや、自分を隠して暮らしていくには絶好の女だと思った。 鼠小僧の正体を隠すのにはやはり、所帯持ちの方が怪しまれずにすむ。 そして、その夜、次郎吉は盗んだ銭で、おしぬを身請けしに来たのだった。 遊女の客を世話したり、金を払おうとしない客を脅したり、逃げ出そうとしたり、心中しようとしたり、自害しようとする遊女を折檻したり、女郎の躰を心配したりしながら、遣りて婆(やりてばばあ)のおせんは梅屋を切り盛りしていた。むろん、おせんももとは遊女だ。四十を過ぎて、ここから抜け出せずに、やりて婆をやっている。 煙草盆のまえで胡坐をかいて、次郎吉と、おしぬの話を聞いていたおせん、 「ふうん、次郎吉さんとやら、おめえさんは色悪でもなさそうだね、おしぬの身請けねえ、いいだろう、じゃあ身請け金の五十両は用意できてるのかね」 「そんな、おせんさん、私の身請け金は確か三十両のはずです、、」 「おしぬ、馬鹿いっちゃいけないよ、売れないあんたの面倒を見て、ええ、客のつかない日も、部屋を開けて、飯を食わせて、着物を洗濯してね、そのつけと利息がたまりたまって五十両になってるんだよ、、」 おせんは、法外な身請金を押し付けて、おしぬの身請けを諦めさせようとしてた。 身請けされてここを出て幸せになる、それができなかったおせんの心に嫉妬の黒雲が渦巻いてもおかしくはなかった。 気の弱そうな次郎吉がどうやって三十両を集めてきたのかは知らないが、五十両と吹っ掛ければ諦めるに違いない、、、、が、、 「わかりやした、五十両でござんすね、おせんさん、ではこの銭で、おしぬは貰い受けましたぜ、 さあ、いこうか、おしぬ、」 木綿の袷の地味な着物で、貧乏たらしい次郎吉が五十両もの大金をだしたものだから、「うひゃああ、あんた、次郎吉さん、何者かねえ」おせんは目の玉が出そうに吃驚(びっくり)している。 「あっしはね、天下の大泥棒様でござんすよ」 あっけにとられているおせんのまえに五十両を押し出して、躊躇(ためらう)うおしぬの手をひっぱるようにして、心の臓をどきどきさせながら、次郎吉は下谷広小路提灯店の女郎屋梅屋を後にした。 普段は、優柔不断で、気弱で愚図な次郎吉が初めて江戸っ子らしいことをしたのかもしれなかった。 つづく 朽木一空
2020年05月16日
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s...。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 鼠小僧次郎吉へたれ噺 1 下谷山下町提灯店 下谷山下町 提灯店梅屋 ピッーピッー! 江戸の町に捕り物の呼子笛が鳴った。 岡っ引きの猫七が遂に怪盗、鼠小僧を追いつめたのだ、、 ~鼠小僧、御用だ!、御用だ!、御用だ!、御用だ!、~ ~裕福な大名屋敷から銭を盗み、その銭を貧しいものに施した義賊で、盗みはすれど非道はせず、江戸の庶民の味方、貧乏人の神様、義賊、鼠小僧次郎吉だぁ~ おっとどっこい、騙されちゃあいけねえよ、目ん玉擦ってよくみてみることでい、義賊だなんて洒落ては見ても、鼠小僧次郎吉は博奕と女と酒に狂って盗みをしただけのコソ泥よっ、貧しい者に銭を施したというのは瓦版屋が後からつけたおまけ話だと言うのが定説だとよ、、、 そう言っちゃあぁ、、鼠小僧も浮かべれねえじゃねえか、てんで、真相を暴きましょう、、 嘘か誠か、誠か嘘か、さてさてさてさて、この 鼠小僧次郎吉へたれ噺 を聞いいておくんなまし。 亥の刻(夜十時)、女郎屋が締まろうとする時間に次郎吉はやってくるのだった。 とっとっとっ、下谷にある梅屋という女郎屋の格子を覗いて、「よかったよかった、おしぬちゃん、今日は約束通りおめえを身請けに来たよ」「そんなこと、寝床の譫言だと、信じてなんかいませんでしたよ、、」 次郎吉は『おしぬ』の手を取って二階の部屋へ上がった。 おしぬはいつも、格子の奥で俯いている暗い感じの女だったので、なかなか客の声がかからずに売れ残っていることの多い女郎だった。 次郎吉は十日に一度くらいの割合で、下谷広小路へ現れ、いろは提灯店の中の梅屋という女郎屋に上がるのだった。 次郎吉は、辛気臭くて心淋(うらさみ)しい、おしぬという女郎が気に入っていた。というよりも、おしぬといると安心して過ごせたのである。 下谷広小路辺りには安女郎屋が百件以上もあり、山下町の路地には、前垂れをかけて客を拾う、けころと呼ばれた、300文ちょんの間の私娼もいたのだが、女はみな、男慣れしていて、扱いも熟練し、情というものに欠けていた。 やればいい、出させてしまえばいい、それでいて、銭には貧欲だった。 当たり前のことである。この辺りの女はみな極貧で止む無く借金のかたになったか、男に騙された女で、不幸の塊のような女しかいない。情も糞もあるものか、世の中を恨んでいる、今度は男を騙して銭を掴んで、一縷の望みを持っていて何が悪いのだ。と、居直っている女ばかりだった。 次郎吉はその安女郎の張る網を潜り抜けておしぬのいる梅屋という女郎屋へ通ってくるのだった。 「おしぬ、今日は賭場でいい目がでたんだ、祝いだ、酒と、それとうまいもの、おしぬも食べろ、そうだ、鰻がいいな二人前、頼んでこい、、、」「はい、でも、私の分はいいのよ、無理しないでねえ」 「何言ってやがる、おめえといると、おらあ安心するんだ、栄養付けて元気でいてくれ、」 おしぬが器量がいいというのでもなく、おしぬの体に溺れたのでもなく、寝床で特別な秘技を持っているということでもなかった。どちらかといえば、あっさりとしているほうであった。 性格も、陰気臭くて、暗くて、口数が少なくて、何かを期待してるでもない、とっくに人生放り投げていて、絶望と諦めの甕(かめ)の中で微かに息をしているように生きている女だった。 うぬぼれも捨て、欲の皮も突っ張ってないのでせびることもない。諦めが長襦袢を着ているような女だった。ガチャガチャしていない、そんな性格が次郎吉には安心できたのだった。 下谷広小路の女郎屋梅屋の二階に上がり、800文出して朝までおしぬの蒲団で眠りこけるのだった。 つづく 朽木一空
2020年05月14日
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瓦版屋でございます 「てえへんだぁ、てえへんだぁ、事件だよ、」町中で売り歩く、瓦版は読売と呼ばれておりました。幕府は瓦版を禁止しておりましたので、瓦版屋は無許可、もぐりの商いでございましたので、瓦版売りは二人組で、菅笠で顔を隠しておりました。一人は役人に見つかったら逃げるための見張りだったそうです。徳川幕府も言論統制だったのですね、瓦版のほうは、売れればいいいってことで、がせねたが多かったとも聞いてますがね。瓦版 一枚三文でございます 二八蕎麦 蕎麦粉八割小麦粉二割で二八蕎麦、 かけ蕎麦十六文なので、二×八は十六文なので二八蕎麦。、どちらの説が正しいのでしょうかね、 江戸時代には蕎麦っ食いという蕎麦好きがおりまして、「おやじ、かけひとつ、その前に酒だ」蕎麦が茹で上がる前に酒を呑むのが江戸っ子の通ってもんでございました。おっと、蕎麦はね、くちゃくちゃ口のなかで食うんじゃなくて,手繰って、ズズズっと音を立てて勢い良く吸い込むのが粋ってもんよ。 唐辛子売り 唐辛子と言えば、江戸時代に漢方薬の研究家の中島徳右衛門が七味唐辛子の調合をし、両国橋で、薬研堀の唐辛子として、売りだされたのが始まりだそうです。この絵のように、六尺を超える張りぼてを背中に背負ったり、奇抜な格好で日人目を惹き、巧みな売口上で人気がありました。 笑左衛門、
2020年05月12日
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江戸町奉行所 へようこそ 江戸の町には、北町奉行と南町奉行所の二か所がございます。 江戸を南と北に分けてたのではなく、ひと月交代の月番勤務で、江戸の町人にかかわる、行政、司法、立法、警察、消防を監督しておりました。 警察、裁判所、消防署、その他、町に関わること全般を管理しておりました。 時代劇やドラマでは名奉行遠山の金さんや、大岡越前守がお白州で、斬首だの獄門だの、遠島だのと、その時の気分で裁定を下し、さすが、江戸の名奉行と庶民の喝采を浴びていますが、そうは簡単ではありませんでした。 咎人の吟味は吟味与力が取り調べ、遠島以上の刑の場合は老中の同意を得なければ行えず、追放以下の刑のみ、即決して申し渡すことができたのです。与力と同心 南北の町奉行所にはそれぞれ、与力25騎同心120人しかおらず、とてもそんな人数で江戸の町は把握できませんでしたが、江戸の町には、町年寄り、町名主、家主などがいて、大概のもめ事は彼らの力で解決していたのです。 また、与力同心は、手先を抱えていて(岡っ引き、目明し、御用聞き)などと呼ばれていまして、十手を預けていた。さらに、その下にも下っぴきと呼ばれた、密偵を抱えていた。 岡っぴきも、下っぴきも、同心の私的な雇い人で、決まった給金を貰えるわけでもなく、みな、何らかの商売をしていて、役得目当てだったと言われている。 ていっ、お縄になっちまったよ、 町奉行直轄の牢は小伝馬町牢屋敷だった。 あたしは牢などとは無縁でございますよ、、笑左衛門
2020年05月10日
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江戸の放浪の人 俳人 井上井月 (せいげつ) 下 酒に溺れ、糞尿に塗れ、野垂れ死にした俳人井月にあごがれを持った人もいた。 井上井月は家族を失い、武士を捨てて以降、職には就かず、家庭も持たず、何にも頓着せず、物にも金にも執着せず、まったくの風来坊になってしまったのだ。 体中虱だらけで、悪臭を漂わせ、腰には酒の入った瓢箪を下げ、酒をこよなく愛する酒仙となった井月は、酒の上での失敗は数知れなかった。呑んだくれ、泥酔しては寝小便をたれ、道に寝ころんでいることもあったという。 あまりの不潔さに「シラミの問屋」と村の女からは嫌われ、とぼとぼと歩いていれば「乞食井月、乞食井月」と子どもたちにはやし立てられ、ときには石も投げられることもあったそうだ。 石が頭に当たって血が流れても、井月は振り向きもせずに歩き去ったという。子どもたちはそんな井月を薄気味悪いと怖がったという。 井月の顔にはおよそ表情というものがなく、井月の笑った顔も、怒った顔も見た者はいなかったそうだ。 無口で、たまに口を開いてもその声は不明瞭でよく聞き取れなかったという。 ただ一つ聞き取れるのは~千両、千両~という口癖だけ。 やせこけて背が高く、頭は禿げていて髭や眉は薄く、切れ長で斜視眼、流浪を絵にかいたような風貌であり、その朧げな性格はつかみどころがなかった。 傍にいられると臭くて迷惑だが、しばらく姿を見かけないと、~どうしているんだろう~と、とふと思い出す。 井月はそんな人だったのだろうか。 放浪して伊那谷に30年、焼酎を一献飲み、井月は眠るように亡くなったと言われている。享年66歳。 ~何処やらに 鶴の声きく かすみかな~ 辞世の句 江戸の奇人井月の、流浪の生き方や、書や俳句、に共鳴した人が多くいる。 小林一茶、良寛、種田山頭火、尾崎放哉、みな放浪の俳人、歌人、詩人である。 放浪とは~帰るところなくうろつくこと~であり、あの、放哉も山頭火もそして、つげ義春も本物の放浪はできなかった。 井月(せいげつ)? 四角い月? この世にはあり得ない。矛盾と葛藤の名前だったのだろうか、 さすがは酒仙、井月の俳句 ~寝て起きてまた飲む酒や花心(はなごころ)~ ~よき酒の ある噂なり 冬の梅~ 同じ酒飲みでも、奥があるのですな、、、 笑左衛門、
2020年05月08日
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江戸の放浪の人 俳人 井上井月 (せいげつ) 上 井上井月(せいげつ)、長岡藩の武士で、江戸に出、神田湯島の江戸幕府直轄の昌平坂学問所に入り首席だったという超優秀な人だったのだが、芭蕉の俳句に出会い、『野ざらし紀行』に没入し、~我道の神とも拝め翁の日~と、俳聖、松尾芭蕉を尊崇していた。 ~野ざらしを心に風のしむ身かな~ 芭蕉 弘化元年、上信越に起きた大地震で娘と妻、父母を失い、井月は慟哭し絶望し、挙句、武士を捨て、俳諧にのめりこむことになった。 そして、芭蕉の奥の細道を逆に辿るように放浪の旅に出立した。 その井月が伊那谷に痩せた姿を現したのは安政5年頃と言われている。 無精髭を生やし、乞食同然で、野辺の道をとぼとぼと歩く井月の姿があった。 あまりに汚らしい格好の井月が訪ねて来たら追い返してしまいそうなものだが、伊那谷の裕福な農家には酔狂な教養人もおり、井月の俳句と書の凄さの噂を耳にしていて、厚い待遇で屋敷に招き入れたという。 屋敷に招かれた井月は句会を開き、書を一筆認(したた)める。井月の書の巧みさ凄さは名人並みに優れたものだったので、皆驚嘆し喜んだ。 松尾芭蕉に限らず裕福な農家では、地域から滅多に出でることもなく、自分たちとは違う価値観の生き方の流浪の俳人に興味を覚え、また、他国の話を聴くことは楽しみでもあったのだった。 井月は、伊那の家々に漂泊し、書や俳句のお礼に酒を振る舞われると、感謝の意を込めて、 ~千両千両~という感謝の言葉を言うのが口癖だったという。 だが、どこの屋敷にも何日も逗留できたわけではなかった。 井月は村人に勧められた庵に住もうとはせず、定住することなく、空き寺に寝たり、野宿したり、乞食同然の物乞いをしながら、村人にあざけりを受け呆れられながらも、俳句を詠み続け、表情も変えずに伊那の村々を転々と放浪していた。まさに漂泊の俳人であった。 ~ 落栗の 座を定めるや 窪溜り~ ~ 降るとまで 人には見せて 花曇り~ つづく 笑左衛門
2020年05月06日
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自由の幻戯(めくらまし) 17 最終章 蕾が綻んで花が咲く 自由なんてものは幻戯(めくらまし)かもしれねえよ、 自分のもっている自由を忘れてしまって仕舞いこみ、 自分のもっていない自由を探して彷徨う、 自由なんてものは、江戸の町のあちこちに転がっていたのかもしれねえな、 そいつを拾うか捨てるかはお前さんの自由だがね、、 寒い冬を越え、固い蕾がほころんで、梅が咲き、鶯が鳴いて、江戸の町より一足遅れて甲州道の道々にも桜が咲き始めていた。 人々の心も浮き浮きして、布田宿の天神市はいつもより賑やっていた。 天神様に通じる路地には蓆(むしろ)に並べらえた出店が出ていて、竹蔵の広げた蓆では、朱雀の篠笛にあわせるように、鳥のからくり人形が踊っていた、 ~ピーヒョロ ピーヒョロロ ピーピーピーヒャロロ~ ~鳥笛は10文だよ、鶯 ホウホケキョ ホウホケキョ ~ ~鳩笛が ぽっぽっぽー~~ひばり笛だよ、ピーチパーチク、~とんび笛だよ、ぴーひょろお、~ 竹蔵の作った擬笛に子供たちが目を丸くして集まっていた。 天神通りの角では花川戸の唐辛子売りの七兵衛が ~トントンとんがらしは辛いよ~と、小太鼓を叩きながら踊り、竹蔵と朱雀の方へ、にこやかな笑顔を送っていた。 多摩川縁の下石原の土手には草が青緑の芽を伸ばしていた。 竹蔵と朱雀は本所の津軽曲石藩下屋敷を脱してから、下石原の多摩川の萱の原の小屋に戻り、勘助じいとまた暮らしていたのだ。 体の不自由になった勘助だったが、竹蔵の作った杖をついて河原の土手に出て、嬉しそうに春の風にあたっていた。 竹蔵が犬笛を吹くと”ぼぶ”とう犬が嬉しそうに尻尾を振ってやって来て仲間に入った。新しい仲間だった。幸せな春の空気が流れていた。 自由などという幻戯(めくらまし)に騙されちゃあいけなかったのか、ないものを追いかけても畢竟、自由にはなれずに、底なし沼で溺れ死にところだった。 今、竹蔵と朱雀はこの多摩川縁の粗末な小屋に住んで、ここにも自由という草が生えていることを知った。草や木は場所は選べない、その場所で枝を伸ばし葉を延ばし、命を全うする。その中に自由もきっとあるんだ。 そんな勘助の小屋に花川戸の唐辛子売りの七兵衛が訪ねてきた。「谷淵嫌九郎はの、鳥居耀蔵の怒りをかい、江戸払いになり、谷淵家を追放され、無一文の素浪人になったということだ。 けどな、谷淵嫌九郎は、出世や身分なんかにとらわず、武士なんぞという重たい荷を背負うことのない浪人暮しの方がよっぽど清々しいと言ってたそうだ。 下載清風、武士という重き荷物を捨てて清々しくいこう、の心境だったそうだ。さっぱりしたいい顔をして旅だったそうだ。」 竹蔵と朱雀にはもう、谷淵嫌九郎を恨む気持ちはとっくに失せていた。 「竹蔵よ、また笛を作くってくれ、お前の作る鳥笛は天下一品なのだ。花川戸の”百舌鳥笛”の木助に頼まれてるんだ、天神市の時にはここに寄るので頼むぞ」 多摩川の縁に腰を降ろして、竹蔵は犬の”ぼぶ”の頭を撫ぜながら、姉の朱雀の篠笛を聴いていた。幼少の頃を思い出させる懐かしい音風景であった。 と、霞の中を、多摩川の縁を避けるように小船が川の真ん中を流れていた。 船頭が一人と船には二人の可愛い眼をした五歳くらいの子供が乗せれれていた。 ~人買い船だ!~ 自分たちもああして流れてきたのだろうか、思わず朱雀が叫んだ!「おおい、その子供を買うよぉ、その子供を買うよぉ、、」 人買い船の船頭は舵を変えて竹蔵や朱雀のいる川縁に近づいてきた。 小屋から杖をついて出てきた勘助が船頭に目をやって、「惣治郎どんじゃねえか、、」「おお、勘助どん、また、この子らを助けてくれるのか、儂も齢じゃ、この人買いの仕事はこれで終いにしようと思ってるんだよ、よかったよかった、いいひとに買われてよかった。重い荷を下ろしたようだよ、のう、勘助どん、儂は悪いことをしてきたのじゃろうかな、、、」 ~えっ、じゃあ、この人がわたしたちを?~ 多摩川を下った遠い日の記憶が鮮やかによよみがえってきた。 竹蔵と朱雀は二人の子を抱き上げて、頭を撫ぜた。 犬の”ぼぶ”がわんっと吠えた。 歩いたお前の人生は、悪くもなければ良くもない お前にとって丁度良い 良寛 おわり 長いお付き合いありがとうござした 朽木一空
2020年05月04日
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自由への幻戯(めくらまし)16 消えた三千両 自由とは、自由だと思える自分がいることでる 自由であろうと望んだ瞬間に自由となっているのだ 自由とは 不自由な自分を捨て去ることである 三千両が運び込まれた本所津軽曲石藩下屋敷には再び平穏な空気がながれていた。 流れ込んでいた無宿人たちの顔にも春のような穏やかな空気が流れていた。 そこには自由があった、誰かが誰かを縛ることがない、身分もない、貧富の差もない、白い飯を食い、唄を唄い、畑を耕し、外で働ける者は働いた。 器用な梅吉、三郎太、猪之助、は屋敷の修繕に忙しかった。 外塀を塗りなおし、瓦を洗い、幽霊屋敷と呼ばれ、荒れ果てた屋敷内の雨漏りもなおし、垂れ下がった軒天も修理し、雨戸や木戸の立て付けも直した。屋敷の隅々に手がはいった。 津軽では植木職人だったという、又吉は植木の剪定をし、女は埃を払い、部屋を掃除した。屋敷内は見違えるように綺麗になった。 本所津軽曲石藩下屋敷は再び、理想郷とも感じられる場所になっていた。 竹蔵は屋敷内の物置小屋を作業場にして、笛作りにいそしんだ。 鴉笛を吹くと、鴉が仲間の声と思い屋敷内の木々に留まって、一緒になって竹蔵の笛に合わせるかのように、~かあかあがあがあ~と、啼いた。 その鴉に残飯を与えたものだから、ますます鴉は増えて、すでに三十羽を越えていただろうか、屋敷内の者は竹蔵の擬笛の不思議な音に感心していた。 だが、、、、世は常にあらず、やはり、無常なのであった。 直参旗本谷淵嫌九郎は地下蔵の三千両が消えたことを知った。 狂ったように怒った。ある意味命より大事な金である。谷淵家が幕閣に出世するための大切な金でる。悪旗本と罵られも、農民から絞るだけ搾り取った金だ。 いつの日にか、幕閣の中心になって、世のため人のためのなる幕府の政治を行うための金であった。憤怒の炎が燃え盛った。 谷淵嫌九郎の頭の中では目まぐるしく犯人探しが始まった。 うんん?儂を苦しめていた、あの篠笛の音はあの日から聞こえなくなった。鳴りを静めている、おかしい?犯人はあの篠笛の男、いや、女かもしれない。 人形芝居一座の”播太郎”の中の一人、それも篠笛を吹いていた女だ、そして、あの女だけが、捕縛から逃れたのだ。 五十嵐弥次郎、野上小次郎、山上喜三郎の手首を切り落としたのもあの女かもしれない。谷淵嫌九郎はは地下蔵から三千両が盗まれたことを武士の恥よりも、取り戻したい一心で南町奉行の鳥居耀蔵に密告し、三千両取り返したときには鳥居耀蔵に千両を渡すということで、取引した。 妖怪と呼ばれた策士の鳥居耀蔵はこの手の取引は好きであった。うまくいけば千両近くが手に入り、しかも、大身旗本谷淵嫌九郎の金玉を握ったことになり、これから鳥居耀蔵が幕閣の中枢に上り詰めるのに、いろいろ利用できる男だと判断した。すべて算盤ずくである。 鳥居耀蔵は大名支配の若年寄、剣持鈴の丞に津軽曲石藩の下屋敷に疑義あり、幕府が手を入れるべきだと具申した。 だが、江戸城内には伊賀の鼠がごろごろしていて、その話はすぐに、津軽曲石藩主岡部貞清の耳に入った。相変わらず放蕩にふけっていた岡部貞清であるが、この時の決断は素早った。 金銭強奪事件に巻き込まれては藩の取り潰しにもなりかねない。下屋敷を幕府に即座に返上する旨を江戸家老の田窪玄太夫に伝えた。 津軽曲石藩下屋敷を幕府に返上し、下屋敷での出来事は、津軽曲石藩とは一切関わりなしにし、津軽曲石藩には火の粉がかからぬように逃げの手を打ったのだった。 その通達はその日のうちに本所の下屋敷の用心津山左門に伝えられた。 「うむう、やはり、あの三千両には足がついていたのか、自由の国などと、甘い考えだったかな」 こうなると、もう津軽曲石藩の下屋敷は明日にでも大名家の敷地ではなくなる。 用心津山左門は屋敷内に住む、百名を超える無宿者にことの仔細を伝え、三千両の中から、一人当たり、十両の金を渡し、 「里へ帰るもいい、江戸のどこかへ紛れ込むもいい、どこへ行こうと自由だ、これからは自由は自分で見つけるのじゃ、さらばじゃ、風の者たちよ、、、」 そして、明日には奉行所の手が入る、今夜中に屋敷を去るように命じた。 だが、既に津軽曲石藩下屋敷の表門を覗ける道には、鳥居耀蔵配下の下っ匹傘屋の弥平次の二八蕎麦屋の屋台が出ていて、津軽曲石藩下屋敷を見張っているのだろう、小者たちが出入りしながら、鋭い眼を下屋敷に向けていた。 こんな時間にくず拾いのでん婆までが屋敷の周りをうろついていたのだ。 子の刻(深夜零時)になっても、傘屋の弥平次は二八蕎麦屋の屋台の行燈にに灯を入れたままで、まだ三人の小者が酒を呑み蕎麦を食いながら屋敷を見張っていた。 下屋敷の塀の上の欅の木の間からから竹蔵の放った吹き矢が ~ぴゅ、ぴゅ、、ぴゅ、~三度放たれた。眠り薬を仕込んだ吹き矢は正確に三人の首筋に命中し、崩れるように三人が倒れると、 ~ほっーほっーほっー~ と、梟の擬笛が鳴った。 下屋敷の木戸から三々五々、小さな風呂敷包みを抱えた無宿人たちが出てきた。 竹蔵と、朱雀、梅吉、三郎太、猪之助は残された千両を本所の裏長屋に一夜かけて、一件づつに配った。 本所裏長屋千軒に一両の小判が置かれたのだ。世にいう”桜小僧事件”である。 ~”春の夜に、桜舞い散る義賊かな”~ 江戸徳川時代の270年余の中でも、こんな夢のようなことがおきたのはこの一夜だけであった。 翌朝、本所津軽曲石藩下屋敷は南町奉行所の与力同心、岡っ引に小者、さらに、若年寄り配下の役人、上屋敷の江戸家老の田窪玄太夫、加えて恨み骨髄の旗本奴の、手首を亡くした五十嵐弥次郎、野上小次郎、山上喜三郎たちも中間とともに駈けつけていた。 ~ぴぃーぴぃーぴぃー~ 竹蔵の作った岡っ引きの呼び笛が江戸の町にこだました。 本所本所南割下水、津軽曲石藩本所下屋敷の門が叩かれ、開かれ、与力同心に続いて、御用提灯が揺れ、十手、刺又(さすまた)、袖絡(そでがらみ)、突棒(つくぼう)をもった、小者たちが一斉に屋敷内に流れこんんだ。 ~ 御用だ!御用だ!御用だ御用だ!!~ だが、屋敷内は池の水も濁らず、落ち着いついていて、用心の津山左門、下僕、女中の 八人ばかりがゆったりとした態度で出迎えた。 ~物々しい騒ぎでございますが、当方に何か御用でございましょうか~ 津軽曲石藩下屋敷内には静寂とした空気が流れ、無宿者などが潜んでいる気配はまるでない、もぬけのからであった。奉行所の捕り物役人たちは唖然としていた。 槙の木の高い所に鴉が三十羽ほど群れを成していて、屋敷内になだれ込んだ者たちに ~かあ、かあ、かあ、があ、があ、があ、阿呆、阿呆、~と、啼いていた。 つづく 朽木一空
2020年05月02日
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