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忍草 (しのぶくさ) 26-18儚さも 悲しからずや 忍草 伊賀の野辺には 春きたりなり おっと、汚桜金四郎の巻 2 魑魅魍魎 江戸城は伏魔殿 妖怪かい?化けものかい? 老中は妖術使いでございますね、 庶民の長屋にも、貧乏神や座敷わらし、 幽霊にお化けお岩さんも現れますが、人を落とし込むような野暮な人はおりませんよ、 江戸城御用部屋の上之間で老中首座の水野忠邦は陰鬱な表情で 他の老中や下の間に控える若年寄りの顔をなぞるように眺めていた。「こやつらも、いつかは儂の寝首を掻こうと狙っていいるのであろうな、」己の昇進のために猟官運動や賄賂、謀略を目いっぱい使って老中の座に座ることができたことの裏返しで疑心暗鬼になっていたのだろうか、 将軍徳川家斉のもとで頭角を現し、文政8年に大坂城代となり、文政9年に京都所司代となって侍従・越前守に昇叙し、11年に西の丸老中となって家斉将軍の世子・徳川家慶の補佐役を務め、天保5年には本丸老中に任ぜられ、同8年に勝手御用掛を兼ねて、同10年に老中首座まで上り詰めるとんとん拍子の出世街道を歩んできた。 だが、老中となれども、大御所徳川家斉公の放漫な財政に打つ手を見出せないまま、 幕府に強い危機感を抱いていた。 十一代将軍徳川家斉在世中は天保の三侫人と云われた水野忠篤、林忠英、美濃部茂育、 をはじめ家斉の側近が権力を握っていて、水野忠邦の幕政改革の意見は無視され続けた。 天保8年に家慶が第12代将軍に就任し、ついで天保12年1月に大御所・家斉の薨去を経るや、 間髪を入れず、水野忠邦は家斉の旧側近たちを罷免、追放し、 遠山景元、矢部定謙、岡本正成、鳥居耀蔵、渋川敬直、後藤三右衛門らを登用して天保の改革に着手したのだ。 ここまで、順風漫歩に老中首座まで上り詰めたが、その間には賄賂、調略、謀略の限りを尽くして生きた。 いずれ其の火の粉が降りかかって老中首座の座を追われる日が来るかもしれない不安に苛まれていた。 徳川の家臣は誰もが疑心暗鬼の渦の中で、いつその座を追われるかもしれない不安と戦っていたのだった。 水野忠邦が登用した水野三羽烏の一人鳥居耀三は天保の改革の先頭に立って働いてくれたが、いかんせん、人望がなかった。 諜報やおとり捜査で厳しい取り締まりをし、謀略を張り巡らせる腹黒奉行であり、蝮の耀三、妖怪と呼ばれ、人を裏切りることも平気な男であった。水野忠邦は鳥居耀三の腹の底に蠢く黒い虫を見抜いていた。 <必ずや老中に登りつめ徳川幕府を意のままに動かすのだ!> 老中の座から引き下ろそうと企んでいる危険な男だ <いつ寝首を搔かれるやもしれぬ、今、手を打つ時だ!> 甲賀飯道山の調薬の妖術師下柘植薬左衛門に <鱗蝮の調合を依頼した。鰻の鱗と肝に阿呆薬を調合した秘薬で、 飲めば肌が蝮の鱗状態になる> という効能のある秘毒薬の調合を五百両で頼み込んだのだ。鳥居耀三が水野忠邦の罠にかかり、白蛇に抱かる時に飲まされ、臍下から腿に蝮の鱗ができた粉薬がその鱗鰻薬だったのだ。 水野忠邦が鳥居耀三の臍下が蛇腹になっていることは当然のことお見通しだった。 いざという時の天下の宝刀に仕える。「鳥居よ、奉行たるものが臍下に彫り物をしていては示しがつかぬ、 袴を下ろして見せよ!」 この一言と脅せばよい。これで一安心であった。 だが、もうひとり、天保の改革にも何かと難癖をつける北町奉行の 遠山影元がいたのだ。この男も油断がならなった。 吹上げ御所においての公事上聴(将軍が裁判を見学すること)で、 遠山影元の裁判を見学した将軍家慶は、江戸庶民から名奉行だと評判の高かった 遠山影元の鮮やかな取り調べ裁判にすっかり感服し、 <奉行たるべき者、左も右もこれ在るべき事> と、べた褒めで、将軍家慶の厚い信頼を受けたのである、 大名、老中の間でも、遠山は名奉行であるという評価は 江戸城中に広まっていたのだった。 水野忠邦にとっては目の上のたん瘤になっていたのである。 <遠山に刺青をして身動きできぬようにしてしまおう、 儂に逆らうようなら体にある刺青を暴露すれば失脚せねばならぬだろう、」 水野忠邦は<草>の元締である伊賀曲崖郷の柘植孫太夫に <遠山影元の肩から腕にかけて桜の入れ墨を入れてもらえぬかな> と。使者を送った。<三百両でお受けいたそう> 返事が来ると、間髪を入れずに伊賀曲崖郷に三百両届けた。 蛇抜け長屋のぽん吉という名で潜んで暮らす伊賀のくノ一、霞のお銀に<遠山影元の肩から腕にかけて桜の入れ墨を彫れ> というけったいな秘命が下ったのは間もなくであった。 お銀もまた、あの水猿の鯉兵衛の暮らす蛇抜け長屋に辰巳芸者のぽん吉という仮の姿で 身を隠して暮らしている<忍草>だったのだ。 つづく 朽木一空
2026年05月20日
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忍草 (しのぶくさ) 26-17 忍草や 萎えて枯れざる 江戸の町おっと、汚桜金四郎の巻 1焼き芋 焼き芋 ほくっほくっの焼き芋でぃ、おいっ焼芋屋!屁の素の芋は口にできねえよっ、忍者は禁屁、屁をひることもできない、忍屁も漏らせねぇ、音も臭いもなく、煙のように消えて行くのが運命(さだめ)、ぷぅーと、一発気持ちよくぶっ放してみてみてえが、思いをぶちまけちゃならねえ、閉ざされた闇の中で息をしてるのが忍草、暁七つ(午前四時)蛇抜け長屋が寝静まっている薄暗い朝、赤ら顔の鯉兵衛は水場に来て、桶に張った水の中に顔をつけ、息をせずに四半刻も耐えている。ぷくっぷくっと、泡が浮かぶ。息切れせずに顔をあげる、水猿の修業時代からの水術訓練の習慣であった。「、、、ふっー、まだまだ、でいじょうぶ」手拭いで、顔を拭うと、険しい下忍の貌は消え、のんびりとした皺だらけの老人の顔になる。それから、筵(むしろ)をぶら下げただけの厠に入り、音も臭いも消し一尻、大糞を捻りだす。忍法、『無音無臭の糞ひり』の技も、大事な必須忍術のひとつ。鯉兵衛はしょっちゅう女房を変えている。今の女房のお鮒は10人目の女房だった。お鮒が長屋に来たのもまだ半年前だ。新しい女房が来る度に、長屋中にご祝儀と称して、鯛や鰹を配るので、長屋の連中は呆れながらも、ごっつあんですと、馳走を頂いていた。大御所の徳川家斉様は40人の妾を持ち、55人の子供を持った。それに比べりゃ、「俺なんざ、まだまだでぃ」が鯉兵衛の口癖だった。とっくに六十を超えているのに、精力絶倫、毎夜のお勤めが盛んで、たいげえの女房は初めこそ感涙を流すものの、終いには毛饅頭が擦り切れて、うんざり、げっぷが出て、「何方へ嫁入候共、一切かまい不申」という、三行半の離縁状を鯉兵衛に書かせて、長屋を後にする。 鯉兵衛は泣きながら女房を変えているのである。 忍であることを悟られぬように用心するのである。 長く同じ屋根の下で暮らせば、本性が疑われるからである。 長屋の隣の駕籠かき、熊さんはいつも飲みすぎて、まらは役立たず。女房のお福は、瓢箪を股に挟んで、お鮒の喘ぎ声を聞きながら、鯉兵衛さまぁと、身を捩っていることの方が多かった。その鯉兵衛、いつもの挨拶で、女房のお鮒の尻を撫ぜ、「行ってくらあっ」と、言って、厠の裏から、舟溜りに繋いだ鰻舟を漕いで鰻捕りに出かける。昨夜仕掛けた鰻筒から、二尺五寸以下の鰻は解き放ち、大ぶりの鰻の肝を生のまま吸いこんだ。どうやら、精力絶倫の源は「うなぴん」にあったのかもしれない。鯉兵衛が鰻筒から引き上げた鰻を湯島の料理茶屋『川鵜亭』に届けたあと、いつものように、縄暖簾の居酒屋『瓢ひさご』で、お天道様が明るいうちから、昼酒を飲んでいるところへ、湯上りの婀娜(あだ)な姿の柳橋芸者の洗い髪、色香をぷんぷん振りまいて、ぽん吉姉さんがやってきた。男客ばかりの縄暖簾の酒場は、ぱあっと、花が咲いたように、明るくなった。「ぽん吉姉さん、こっちにもお酌頼むよ」下っぴきの粂次がにやついて、ぽん吉にせがむ。「ちょいと、ここは茶屋じゃないよ、お酌してほしかったらね、ちゃんと『梅の囲』においで、うんと、いいい気持ちにさせたげるよっ!」「冷てえなあ、ぽん吉姉さん、熱燗が冷めちまうよっ、おいらだって、お銭がありゃあ、こんな湿気た店じゃなくて、吉原あたりで、どんちゃん騒ぎのひとつもしてみてえよっ」「なんだい粂次、湿気た店で悪かったね、下っ引きが、酒飲んでの見廻り者じゃあ、豆腐の角に頭ぶつけて怪我するよ!」おかみのお瓢も黙っちぁいない。おとなしくしていたら、野暮天相手の居酒屋はやっていけない。ぽん吉は涼し顔して、鯉兵衛の前の酒樽に腰を降ろした。「ちょいと、鯉さん、相談があってね、あっ、お瓢さん、お銚子ちょうだい、三本ね」ぽん吉姐さんも『草』だったのである。女の躰を使って相手を篭絡する忍術を使う『くの一』だった。「女」の字を分解すると「くノ一」になる。人には目鼻口耳臍肛門尿道、と九穴あるが、女にはもうひとつ、膣口があり、一つ多いので、「9+1」で「くノ一」という説もある。ぽん吉は『霞のお銀』と呼ばれていた下忍の草だ。辰巳芸者になりすまして、男を手玉に取り、内密な情報を探り出す間者だった。 粋な姉さんを演じていたが、誠の恋や愛を捨てて生きていかねばならぬ、悲しい女でもあった。昨夜、くノ一、霞のお銀に、『秘命』が下ったのだった。十年ぶりの『秘命』だった。「もう、命が下ることはないと思ってたんだけどねぇ、きちまったものはやらなきゃねぇ、掟に逆らって、抜忍成敗されるのも、哀れだしねえ。ちょいと、こみいった仕事でね、鯉さんに助けてもらおうと思ってさぁ、後生だから、いいでしょう?」「手助け料は高くつくがね」赤ら顔に淫乱な笑いが浮かぶ。「いいわよ、お鮒さんには悪いけど、辰巳芸者の技量で鯉さん、筒枯らしにしちゃおうかな?」「おいっ、そいつはくノ一の忍法かい、筒枯らしにされたんじゃたまらねえなぁ、勘弁勘弁」ぽん吉姉さんこと草の下忍、霞のお銀に下された『秘命』は突飛で奇妙だった。仕事の相手は、遠山の金四郎こと、北町奉行遠山左衛門尉影元だった。 つづく 朽木 一空
2026年05月17日
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忍草 (しのぶくさ) 26-16 ~忍草や 隠れて咲いて 隠れ散る 闇に息づき 名もなき草よ ~ 白蛇に抱かれた奉行 7ならぬ堪忍するが堪忍 いやあ、堪忍ならねえよ、 人の心にゃ鬼が住むか蛇が住むか 奉行の腹には蝮が住み込んだようでございますな「鳥居のお殿様 さあ、お待しておりますよ、」お蝶は、すくっと立ち上がると、襖をあけ、三枚重ねの赤蒲団の敷いてある隣部屋に行くや、恥ずかしがりもせず、帯を解き、襦袢を脱ぎ、着物を脱いだ。 白い身体は眼を眩むような美しさだった。鳥居耀蔵も慌てて褌を解いた。 肥満した白い腹から、びゅうんと起立した黒い逸物が天を仰いだ。だが、酩酊したのか体がよろけた、足元がふらつく、眩暈がする、天井が廻る。蜘蛛左が銚子に注いだ粉末は伝蔵の配合した目眩(めくらまし)の秘薬だった。 鳥居耀蔵はふらふらとやっとの思いで体を運ぶ、 性欲が勝るのか、這いずりながら、お蝶の寝床に躰を滑り込ませた。鳥居の手がお蝶の身体を弄る。お蝶は身体をくねらせる。 そのくねくねとした柔らか肌が鳥居耀蔵の身体に巻き付いた。鳥居は昏迷状態のまま無我夢中の境地にいた。 鳥居耀蔵に絡みついていたのはお蝶ではなく、あの白蛇だったことにも気が付かなかった。 お蝶と白蛇が入れ替わる『身代わりの術』だった。鳥居耀蔵の意識が白蛇に奪われると、天井板が音もなくずれた。 黒装束の蜘蛛左が紐を伝って降りてくる。忍法『下り蜘蛛の術』である。「そなたは?」「白蛇様の使いの者にございます。後は白蛇様に任せて、さあっ、お蝶様、引き上げますぞ!」忍者が黒装束を裏返すと、茶色の商人が着る着物になる、お蝶はそれを被せられたまま、抱きあげられ、天井裏に消えた。蛇を使って、敵の隙を作って逃げる作戦を「蛇遁の術」と云う。 屋敷の裏の堀に出ると、小舟が待っていた。 頬っかぶりした船頭が船棹を漕ぐ、わずかに酒の匂いがお蝶の鼻を掠めた。 鯉兵衛と蜘蛛左の仕業だったがこの仕事が草の秘命によるものなのかは 知る由もなかった。 鳥居耀蔵は白い肌に絡みついて蠢いたままだった。こんな快感は初めてだった。朝までに五回放出した。お天道様が昇った巳の刻まで、死んだように眠っていたが、目が覚めると、「お蝶、お蝶、これほどの歓びはないぞ」といって、再び、お蝶の体を強く抱く。お蝶の手足も鳥居耀蔵の躰にしっとりと、纏わりついている。鳥居耀蔵はまだ、快楽の淵にいた。 が、次の瞬間、「あぎっあっっ!」と呻いた。腰が抜ける。鳥居は蒲団から飛び跳ねる。呻きは歓喜ではかった。驚愕とも違う。酔いは醒め、心臓が高鳴る。股間は縮む。鳥居が抱いていたのはお蝶ではなく大白蛇だったのだ。『身代わりの術』にかかっていたのだ。大白蛇はゆっくりと、蒲団から這い出しきて、妖しく光る紅色の眼を鳥居に向け、先の割れた舌でぺろっぺろっと鳥居の萎んだ一物を舐めてから、ゆっくりと、壁を伝って、天井を這い、やがて、天井裏に消えて行った。「蛇遁の術」と云う。蒲団の上には脱皮した白蛇の抜け殻が残されていた。鳥居耀蔵は萎んだ股間にめをやると、地獄の底へ落ちる羽目となった。股間から膝まで蛇(蝮)の鱗がまとわりついていたのだ。手でごしごし擦っても剥がれない。もともとが鱗であったのかのように びっしりと張り付いていた。 精気もやる気も希望も野望もすべて失せてしまい、ぼろぼろと泪が零れ落ちた。 鳥居耀三は白蛇との幻怪な騒動を誰にも口外することはできず、 歴史にも封じ込められ、墓に埋められて闇に葬られた。 蜘蛛左が銚子の酒に混ぜた邪毒を含む包薬には目眩の秘薬と、 体に魚鱗癬が現れる薬種問屋蛇惚堂の伝蔵が調合した劇薬が混ぜられていたのだった。 この事件以来、鳥居耀蔵は蝮の鱗のついた下半身を表に晒すことはできず、 小便さえ隠れてしなければならず、まして、女という生き物を信用することはできなくなり、近習から女、特に生娘、美女を避けて暮らすようになった。 風紀を乱す不埒な女だとお縄にし、小伝馬町の牢屋敷に閉じ込めていた遊女たちが 夜毎夜毎に蝮に化身して牢内を這い回る恐ろしい悪夢に魘された。 鳥居耀蔵は、拘禁していた、遊女や夜鷹を、次々に解き放った。妖怪と呼ばれた、鳥居耀蔵が罪人に恩赦を与えた唯一のことであった。 北町奉行の遠山の金さんには肩から桜の入れ墨で 南町奉行の蝮の耀三には股下へ蛇模様とはお釈迦様でも知るめえな、、蛇ぬけ長屋の巻 おわり 朽木 一空
2026年05月13日
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忍草 (しのぶくさ) 26-15 ~忍草や 陽当たり嫌う 暗き者 天井裏で 気配伺う~白蛇に抱かれた奉行 6捨てちまいなよっ、脱いじゃいなっ、古い着物をいつまでも着てちゃ、重くてしょうがねえ、木だって、冬になりゃあ、葉を落とすんだぜっ、蛇は脱皮して命を繋ぐんだし、脱皮できない蛇は死んじまうんだぜぃ、五葉松が斜めに門に押しかかるように被さり、塀の中には、槇が庭の親分といった恰好で庭全体を睥睨しているように見えた。庭には、水の流れる池があり、錦鯉が優雅に泳いでいた。本所松井町にある、このお屋敷は、両替商松前屋が吉原の花魁、夕霧を身請けして住まわせた、絢爛豪華、贅を尽くしたものだった。鳥居耀蔵はこの屋敷が気に入って、贅沢禁止令をたてに松前屋から強引に取り上げた。 伝蔵の娘、お蝶はこのお屋敷に監禁されていた。お屋敷の門や庭には浪人者や小者が篝火を焚いて、見張り役をさせられていた。暮れ六つ、警護に囲まれた引手籠がその屋敷の門を潜った。鳥居耀蔵は籠の中でさえ、淫逸な気持ちを押さえられなかった。駕籠を降りると、足早で、お蝶のいる部屋へに向かった。酒と膳が用意してあり、襖の向こうには蝋燭に照らされて、三枚重ねの赤蒲団が敷かれていた。 お蝶は掛け軸を背にして座っている。媚びていない、恐がってもいない、ように見えた。そこが、また、鳥居耀蔵の心を擽った。面白い女だ。今までに出会ったことのない女だ。「儂が鳥居耀蔵だ、あの白蛇を抱いていた、お主がお蝶と申す女子か?」「はい、お蝶と申します、でぃ、何の御用で、こんなところまで連れてこられたのでしょうか?」「伝蔵が白蛇に生卵を与えている。これは、質素倹約令に違反しておる。白蛇は火あぶりの刑にして蒲焼にして食味するという罰だが、白蛇を捕えて連れてくるまでは、お蝶が身代わりだ。」「白蛇様はきっと参ります。」「んんっ?それほど白蛇が恋しいか?白蛇どころか、本来は蛇惚屋の店も裏長屋も取り潰すところなのだが、まあ、今回はお蝶に免じて、見逃してやってもよいぞ、その代わりにな、儂の女になるのだ」「わたしは、恐い女ですよ、御覚悟はよろしいでしょうか?」鳥居耀蔵を睨んだお蝶の眼には蛇のような紅い色の光が宿っていた。「面白い女じゃっ、よし、まず一献、飲もう、今宵は楽しくなりそうじゃ」「お殿様からどうぞ」お蝶がお酌をする。「旨い、旨い、旨い酒じゃ、愉快じゃ、愉快じゃ」ご機嫌だった。自分に靡かず、怯えず、怖がらぬ女子と酒を飲むのは始めてだった。鳥居耀蔵は厠で放尿した。小便をしながら、早く、あのぴんとした娘を抱きたいと、爆発しそうな勢いの、逸る息子に、もう少しの辛抱だぞ!と諫めた。大御所や将軍のお下がりでない生娘が抱ける。凛とした生娘だ。どんな味がするのだろうか?お蝶は凛とした強気な姿勢とは裏腹に心臓の弁が激しく鼓動するのを抑えきれなかった。膝の震えがとまらなかった。怖くて、もう、だめかもしれないと、心が折れそうになった。そのお蝶の目の前を、天井から蜘蛛左が糸を伝ってすっぅと下がってきた。まるで蜘蛛そのものの動きだった。 お銚子の上でぴたりと止まると、薬包から粉末を銚子の中に垂らした。 <伝蔵妙薬でござる、耀三は眠るのでご安心を、> そう言ううと、蜘蛛左は再び天井裏に消た。その天井裏から、白蛇が見守ってくれる気配をお蝶は感じ心が落ち着いた。 凛としたお蝶に戻った。「おお、待たせた待たせた、さあっ、これを飲んだら寝るとしようか、なっ?」厠から帰った鳥居耀蔵は逸る気持ちを隠そうとはしなかった。「はいっ、もうひとつ飲みください、」鳥居耀蔵は御猪口の酒をぐいっと飲み干して、淫乱な目付きをお蝶に向けた。 つづく 朽木一空
2026年05月10日
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忍草 (しのぶくさ) 26-14 ~陽の射さぬ 隅の葉陰の 忍び草~ 白蛇に抱かれた奉行 5所詮この世は水の泡、いつか流れて消えていく、いいも悪いも似た者同士、野暮も、もまれて粋になる、夜は番太郎と呼ばれる木戸番の蜘蛛左が、拍子木をを打ちながら「七つ半でござい」と、時を告げて長屋の中を歩いていた。 仕事じまいの時刻の丁度その時だった。『どんな病もケロリと治る、薬種販売蛇惚屋』の店に、昨日鳥居耀蔵の命で長屋を引っ掻きまわした、岡っ引きの権六が子分を引き連れ、意気揚々、帯の結び玉に差してあった十手をこれ見よがしに、振り回しながらながら、荒々しく、店の木戸を開けて入ってきた。「おいっ、伝蔵、おめえの長屋じゃ、でけえ白蛇を飼っているそうだな、 昨日お目にかかった気色悪い蛇のこったい、おまけに、毎日、生卵三個もその蛇に喰わしているっていうじゃねえか、」「へいっ、娘のお蝶を助けてもらったお礼のつもりで、面倒をみております」「おいっおいっおいっ、戯言ぬかすんじゃねえよっ、 天保のご改革の質素倹約令を忘れたわけじゃあるめえなぁ、人様でも贅沢は禁止されてるのに、蛇に生卵だとっ、とんでもねえ料簡だ。その蛇は縛り首の刑した挙句蒲焼でもされる運命だ、 さあ、さっさと、その白蛇とやらをに縄をかけてもらおうか、!」権六たちはご丁寧に、蛇を護送する竹駕籠まで用意してきている。「権六の旦那、蛇はそう、簡単には掴まらねえんですよ」「そうかいそうかい、ご政道に逆らおうってなら、しょうがねぇ、娘のお蝶を預かっていくぜ」「えっ、娘が蛇の代わりとは、そいつはまたごむたいなことを」「えいっ、ごたごたいうと、店も、腐りかけの裏店も、ひと暴れすりゃぁひとたまりもねえ、ごみになっちまうぜ!娘のお蝶を返してほしかったらな、さっさっと白蛇を連れてくるんだな」今にも、暴れ出しそうな権六に、伝蔵は 「ご勘弁を!ご勘弁を!」と、頭を下げる。騒がしい店内を察してか、奥から、暖簾を分けて娘のお蝶が出てきた。「おとっつぁん、心配しなく大丈夫よ、私の命の恩人の白蛇様を蒲焼にするというなら、さあ、私を天麩羅にするなり鍋にするなり、焼くなり勝手にして頂戴!」と、お蝶が啖呵をきる。いい度胸だった。凛としている。 白蛇にイチャモンをつけて、お蝶は柄の悪い鳥居耀蔵配下の男どもに両抱えされて、連れて行かれてしまった。 もう、陽がたっぷりと暮れて、提灯に灯を入れてもいい頃だった。 赤ら顔の鯉兵衛は縄暖簾『瓢ひさご』の酒樽に腰を降ろして、もう、一刻も飲んでいた。毎日のことだ。「てえへんだいっ、ちょいと、鯉の旦那、あっしゃあ、とことん嫌になっちまった」蛇ぬけ長屋に住んでいる、下っぴきの粂次だ。八丁堀の同心、間河長十郎の配下の下っぴきだ。配下といっても、同心の下には岡っ引きがいて、その岡っ引きの下で働く小者だった。捕り物の後ろから提灯を持って、うろうろしたり、尾行や、見張り、聞き込みなどをして、おこぼれを預かったり、小遣いを貰う程度の仕事である。 町の商店から見ヶ〆料や目溢し料も頂く、まともな仕事とはいえなかった。半分はやくざ稼業だ。「鯉の旦那、聞いてるでしょ、お蝶のこと、岡っ引きの権六に連れて行かれちまったんですよ。 それがねえ、鳥居様のご指示だってさぁ、白蛇のことなんざぁ、云いがかり、いつもの、汚ねえ、やりかたよ。はなっからお蝶さんが狙いだったんですよ。鳥居様はね、大御所様や将軍様が大奥でやりてぇ放題やりまくった後、押し付けられた、腐れ饅頭ばかりじゃ、美味くねえ、生娘が欲しいと思っていたところへ、この間の見回りで、目に留まったのがお蝶さんだったんだ。ああ、可哀そうだよ、ねえ、鯉の旦那、どうにかならねえもんかねえ」「粂次、おめえだって、、一応は鳥居様の下で働く、下っ引きなんだろう、そんなことを、べらべら喋ってると、終いには、舌抜かれて、放り出されるぞ!」「てやんでえ、こちとら、お江戸の庶民の味方なんでえ、お奉行様の色恋の犠牲になってる、町娘を助けなきゃあ、男が廃れらあっ! なあっ、鯉さんそうじゃねえのかい」「男粂次、粋にきなすったねえ。それにしても、鳥居様、よく、お蝶が生娘だとわかったな」「それそれ、灰吹き女っての知ってるかい?観音様の横っちょに灰神様がおいでになってね、その灰の上にしゃがんで、尻も饅頭も出してね、すすきの穂で鼻を擽る、くしゃみをする、灰がとべば、穴が開いてる、生娘じゃねえってことよ」「おいっ、粂次はそれを見てたのかい」「いやっ、見ちゃいねえが、娘っ子はいつも灰神様で、遊んじゃあ、笑ってる。そんで、お蝶も生娘だってことは、誰でも知ってらあ、虫食女じゃねえってこと、ああちくしょうめ、鳥居の野郎、初心なお蝶を手籠めにしようってか」「お蝶が監禁されてる場所を知ってるのか?」 「へえ、以前は、本所松井町の両替商松前屋が持っていたお屋敷でござんすよ、」「まあ、そんなに心配することもねえだろうよ、お蝶さんはね、凛としてるし、白蛇だって、黙っちゃいねえだろうさ、鳥居様でもそうそう簡単に手が出せねえだろうよ」 そう云ったものの、鯉兵衛の酒で赤く濁っていた眼がみるみる鋭さを増した。「ちょいと、野暮用を思い出した、粂次これで飲んでくれ」鯉兵衛は気前よく、天保銭の百文を卓の上に置くと、縄暖簾をくぐった。「ひぇえ、鯉さんは大金持ちだ、朝まで飲めるぞ」 腰の曲がった老爺の鯉兵衛は柄杓で水をぐいっと飲みこんで表に出ると、 鼠色の手拭で頬っかぶりし、薄暗い町の路地を老人とは思えぬ素早さで駆けだした。 薬種問屋蛇惚屋の店に入り、伝蔵と二言三言話し、 薬包を受けとると、蛇惚長屋の木戸番蜘蛛左に耳打ちし、 二人は気配を消し、人ごみにまみれながらも足早に本所松井町へ走った。 つづく 朽木一空
2026年05月06日
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忍草 (しのぶくさ)26-13 ~江戸の町 忍草を摘む 江戸幕府 潜む長屋は 八百八町 ~ 白蛇に抱かれた奉行 4奉行の心にゃ鬼が住み、貧乏長屋に蛇が住む、 忍草もついでにかくれんぼ、てやんでぃ、瓢箪がでいじょうぶだとおどけてるよ、 商店の裏には狭い路地を挟んで、石置き屋根のいくらか傾いでいる裏長屋があった。 世間ではでかい白蛇が住んでいるので蛇抜け長屋と蔑んで気味悪がっていた。鳥居耀蔵は、汚らしいものを見るような目付きで蛇惚長屋をを遠目で覗き見した。 手足が異常に長く頭のでかい異形な老人を見ると、一瞬躊躇った。 このような世界があったのか?自分の生きる世とは雲泥の差だった。「お主が木戸番か?お前の姿は随分と異形で、滑稽を通り越して見苦しいぞ!怪しい者よなぁ」 きっと、鳥居耀三の蝮の目が睨みつけると、 木戸番の蜘蛛左はさっと身を翻すと長屋の屋根に跳んだ。すばしこい猿のような動きだった。 それを見た鳥居耀三はますますこの蛇惚長屋が胡散臭く見えてきた。「ええいっ!この長屋、怪しい臭いがぷんぷん臭うぞ、構わぬ、それ、探索始め! 逆らう者には縄を打て!」岡っ引き、下っ引き、柄の悪い小者が一斉に長屋の中へなだれ込む。木戸をぶち破り、ずかずかと長屋の中に入る。六畳一間分しかない長屋では隠れる所もあるはずもなかった。「なんでぇ、なんでぇ、取締だってぇ、見たままの長屋だよ、隠れる所なんかありゃぁしねえよ」「黙れ下郎が!お上に逆らうのか!」「すっとこどっこい、ご改革だかなんだか知らねえが、 贅沢してるのはどっちでぃ、手前なんざ、兎に蹴られて死んじまえぃ!」 どたばたには、慣れっこの長屋の住民も黙っちゃいなかった。 岡っ引きの権六が目くじらを立てた時、「どぎゃあぁ!」という悲鳴が聞こえた。 さっきまで威勢の良かった柄の悪い手下の男たちが怯えて、震えている。長屋の奥の井戸の方から、六尺をこえる大きな白蛇が紅色の目を光らせながら、割れた舌をシュルッシュルッと出しながら体をくゆらし、威嚇しながら 向かってきたのだ。「お奉行様、鳥居様、ほら、あそこに大白蛇が。あっしは大抵のものには驚かねえが、あいつだけは薄気味悪い、ご勘弁を!」 大白蛇は長屋の路地を真直ぐに鳥居耀蔵たちのいる木戸の方へ這ってくる。だが、さすがは鳥居耀蔵、臆してはいない。しかと白蛇の紅色の眼を睨み付け、腰の刀の柄を握る。「狼狽えるでない、筒切りにして、煮しめにでも食ってやろう!」上段の構えから、大白蛇に刀を振り下ろうそうとしたその時、「白蛇様、いけません。こっちにおいで」娘がその白蛇に叫ぶ、すると、白蛇はさっと頭を返して、するっするっと、娘の足元まで這う、鳥居耀蔵の刃は空を切って、無残にも、どぶにかかったはめ板に突き刺さる。白蛇は絡みつくように娘の体に登り、娘の顔をぺろっと舐め、紅い眼で鳥居耀蔵を睨む。「いい子にしてないといけませんよ」と娘はその白蛇の頭を撫ぜる、白蛇は娘の胸の中でおとなしくしている。不思議な光景だった。みな、あっけにとられていた。娘は、にっこり笑い、凛とした涼しげな眼で、鳥居耀三を恐れもせずぬ軽くお辞儀をした。掃き溜めに鶴、とでもいおうか、美しい姿容をしていた。まだ若い、十五六だろうか。鳥居耀蔵はどぶの臭いに辟易しながらも、その娘から眼が離れなかった。娘の名はお蝶と云った。薬種問屋蛇惚屋の主人であり、蛇抜け長屋の家主でもある、伝蔵の娘だった。白蛇の頭を撫ぜて平然としている。こんな女は始めて見たのだった。鳥居耀三は出世のためやむなく大身大名松平家の江戸家老の娘を嫁に迎えていた。ぶすで、気が強く、わがままでやきもち焼きが強く、何かといえば「殿にご注進いたしますぞ」「いつ、破婚して帰家してもよいのだぞ、」 と、主人の鳥居耀三を脅す始末だ。出世のための辛抱だった。 鳥居耀三の奉行所の強面とは裏腹に女房には頭が上がらなかった。 老中に登りつめるための出世のための辛抱だった。 鳥居耀蔵は世間から蝮の耀三と恐れれていた。 <蝮の耀蔵と白蛇のお蝶、こいつは案外いい相性かもしれない> むらむらしてきた。下半身の蝮が首を擡げていた。お蝶が堪らなく欲しくなった。 どんな悪辣な手段を使っても、欲しいものは必ず手に入れるのが鳥居耀蔵だった。 危うし、お蝶! つづく 朽木一空
2026年05月03日
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