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週末の年度末、普段以上に忙しく感じられる。職場を出たのは午後10時、自宅に着くころには北斗七星がほとんど真上に見えていた。60歳になった後の3月末の定年で職場を去る人も多い。あの先輩とこの上司が同い歳だったんだ…、と今更ながら気づいたりする。今年定年を迎えたのは多くが昭和20年生まれである。つまり、これからは現役世代は全員が戦後生まれということになる。そして来年は平成生まれが高校を卒業することになる。時が移るというのはこういうことなのかと、少々特別な感慨がある。
2006年03月31日
人事異動絡みの急ぎの仕事は無事に終了したものの、年度末のせいかそれ以外の仕事量が増える。残業を終えて職場を出た途端、冷たい風が予想以上に強く吹いていて驚かされる。身体がバリバリなので、少し遅い時間だったがマッサージを受けに出掛ける。30分揉んでもらって、ほんの少し肩が軽くなった。何とかこれで今週も乗り切れそうだ。マッサージのついでに化粧品を買いに、セール中のドラッグストアにも立ち寄る。セール期間に入って何日も過ぎているので残ってはいないだろうと思っていた景品の蜂蜜をもらうことができて、得した気分だと単純に思う。時間が遅いせいか、皆仕事や花見に忙しいからか、店が空いていたので肌の水分量チェックをしてもらう。「あと8パーセントですね。この時期は乾燥している人が多いので良いほうですよ」などとお世辞を言うので、「それはK社さんのおかげかな」とお世辞を返すと「上手い!上手いですね。やられたって感じです」とウケてしまった。それにしても「あと8パーセント」という数字はあと一息という感じなのだろうか、それとも結構高いハードルなんだろうか、よくわからない。
2006年03月30日
出勤のとき、地下鉄の駅を出ると桜が満開になっているのに気づく。いよいよ3月も残り少なくなり、人事異動で人が入れ替わる前に済ませておかなければならない仕事に追われる。7時ころまで仕事をして、職場のビルを出ると、ライトアップしているわけでもないのに、街灯と自動車のライトにソメイヨシノが浮かび上がっていた。暗すぎるかなと思いながらもデジタルカメラで撮ってみた。冷たい風が吹く一日だったらしいが、ビルの中で仕事をしていると全く感じられない。花は満開だけれど、今日の風にはまだ負けなかったようだ。満開の花の下とくぐって歩きたいものだけれど、今年はちょっと無理かもしれない。
2006年03月29日
出勤のとき、地下鉄の駅を出ると桜が満開になっているのに気づく。いよいよ3月も残り少なくなり、人事異動で人が入れ替わる前に済ませておかなければならない仕事に追われる。7時ころまで仕事をして、職場のビルを出ると、ライトアップしているわけでもないのに、街灯と自動車のライトにソメイヨシノが浮かび上がっていた。暗すぎるかなと思いながらもデジタルカメラで撮ってみた。冷たい風が吹く一日だったらしいが、ビルの中で仕事をしていると全く感じられない。花は満開だけれど、今日の風にはまだ負けなかったようだ。満開の花の下とくぐって歩きたいものだけれど、今年はちょっと無理かもしれない。
2006年03月29日
明日からまた一段と忙しくなる気配が出てきた。もう覚悟するしかないので、今日は早めにすべて打ち切って用事を済ませることにする。昨年一緒に仕事をしていた職場の後輩の女性と2人で夕食を共にする約束があったが、待ち合わせの時間までに余裕があったので、「ドクターマロ」のところへ行って花粉症対策を継続する。そして、ちょっとした買い物も済ませることができた。後輩との食事会は、ほぼ1年前に約束をしていた天麩羅。その店で有名なサツマイモの季節にも間に合うので、やっと約束を果たすことにした。美味しい美味しいと喜んで食べてくれるのでこちらもうれしい。アスパラガス、コゴミ、フキノトウなどに強く季節が感じられた。特にフキノトウの香りは今もお腹の中に残っているようだ。今日は仕事の話ではなく、専ら読書や「物書き」の話をしていたのだが、小説を書いているという彼女の発想や表現に度々意表を衝かれる。その分自分の物の見方が極めて概念的であることを思い知らされる。
2006年03月28日
午後から三浦半島の先っぽの方へ出張だったのだけれど、急ぐ仕事があって、お昼まで通常に勤務していたら、「あれ、今日出張に行くのは誰?」と2人の人に聞かれた。昼食は、日比谷公園におむすびを持って行って、さっとお花見をする。ソメイヨシノも木によってはかなり咲いているが、ハナモモとかコブシなどが盛りを迎えていた。写真は日比谷公会堂側のコブシ。ああもうこんなに咲いてる、と思いながらも慌しく電車に飛び乗る。出張先へ向かう途中には車窓からずいぶんサクラ等をみることができた。最寄り駅を2度も3度も通過して終業時間に間に合うかどうかという状況なので、さすがに今日は「直帰」させてもらう。
2006年03月27日
雲は多いものの暖かく穏やかな日曜日。さすがに疲れが溜まっていて、少々朝寝坊する。午後は、横浜市長選挙の投票に、2年生の1学期まで在籍した中学校へ行った(因みに、その後いわゆる分校(正式には「独立開校」と言った)となり、卒業したのは別の学校である)。しかし、穏やか過ぎる日曜日、桜の開花もあり、現職の圧倒的優位も予想されるせいか、投票所はいつにも増して閑散としていた。最終的な投票率は35.3パーセントというのだから、有権者の3分の1に過ぎないことになる。無風選挙とはいえ、ちょっとがっかりである。中学校は、在籍当時、校門を入るとすぐにあった木造校舎は鉄筋コンクリートになり、バレーボール部で週に1回だけ使うことができた体育館は跡形もない。しかし、校舎の前の桜が3分咲きというところで美しい。雨や寒さも予想されるが、見頃はいつごろだろうと、特別に花見この時期は毎年どうしようもなく気に掛かる。 世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし業平が片目をつぶってみせた気がする。
2006年03月26日
エッセイ集発売から一年を迎えた。本を作る過程は、思い通りには行かない事態も出来して大変ではあっても、いわゆる「生みの苦しみ」であり、作り上げていく愉しみがあって、きついとは思わなかったけれど、販売に関しては、何の手蔓もない素人には思わぬ苦労が続き、それでもうまくいかないことばかり多くて大変な思いをした。それでも、素人の本などは抛っておいて買ってもらえるわけなどないのだから、一人でも多くの人に手にとっていただこうと、あれこれ思案をし、活動してきた長い一年だった。いやこの活動は今後も続けて、生んだ子であるこの一冊は自分で育てていかなければいけないと思う。しかし、少しずつでも確実にその輪が広がっていることを実感できる出来事が、最近になってもまだいくつか続き、友人が別の人に本を紹介してくれたり、見知らぬその人から、丁寧に本を読んでくれたことがよく感じられる感想文をいただいたりすると、ああやっぱり本を作ってよかったなと思えるのである。
2006年03月25日
職場の送別会で既に帰宅は遅かったのに、明日の予定のための文書作りまでして、もう遅いのだから日記など書いてないで眠ればいいのに…と思いながら、公務員的な性か、日課をきちんとこなさなければ気持ちが悪くて眠れそうもないので、結局キーボードを叩いている。3月も残り1週間となり、人事異動を控えて大きな仕事は今日で大体山を超える。夕方からは1年を総括するミーティング、そしてアフター5は外へ出て送別会。大幅に人が動くのでそれぞれの挨拶だけでも結構な時間を要するが、社交辞令的な挨拶ではなく、仕事に対する熱い思いがあふれる言葉が続き、涙ぐんだり笑ったり…。我々の仕事にもいろんな部署があるのだが、今の仕事が一番好きで転勤を希望し続けて去年の春に10年ぶりに戻ってきた。人が変わり、法律が変わり、さまざまな環境が変わっても、とても人間的で、情緒的な仕事にのめり込み過ぎるほど真摯に向き合って、大袈裟でなく日夜格闘を続ける現場の様子は変わっていない。報われないことが多くても、一つの成功を味わうと本当に喜びを感じられるこの仕事が、やはり好きだなあと改めて思う。
2006年03月24日
アフター5、かつて一緒に仕事をした後輩の旅立ちを祝って食事会をする。銀座で台湾料理。話が弾んで閉店の10時まで、見知らぬ地で新しい仕事のスタートを切る若い人へ、皆でエールを送り続けた会だった。私自身は就職して23年目、現在の官職となってからでも20年が過ぎようとしている。3年に1度くらいの割合で異動があって、仕事はその度にかわるのだけれど、大抵のことでは驚くこともなくなったが、その分新鮮な感動もなくしているかもしれない。経験による自信と慣れによる尊大と…そんなことをふと思う。
2006年03月23日
昨日も少し書きかけたのだが、知人の紹介で私のエッセイ集を読んだ若い方から懇切な感想のお手紙を頂いた。自ら小説を書くというその人は、「結果に救いのない小説は書かない」ことを心がけているという。若い人の真っ直ぐな視線を受けて、このところ自分の文章と正対していなかったような気がして落ち着かない気持ちになった。私にも「後味の悪いものは書きたくない」という想いはあって、少なくとも他人を傷つけるような文章だけは書かないように気をつけているつもりである。最近話題の藤原正彦が『祖国とは国語』の中で、山本夏彦は「告白というものには必然的に美化がつきまとう。それは嘘であり憎むべき偽善である。」と表向きは言っていたが物書きにとって「つらすぎる現実は書けない」のであって読者も「つらすぎる現実は読みたくない」のだと語っていたこともちょうど気にかかっていたところだった。しかし、感じたまま、ありのままを書こうとすると、後味の悪いものになりがちなのは、自分の日常に対する姿勢の反映だろうか。それをもう一度裏返して笑い飛ばしてやろうと画策するのであるが、力及ばず空々しいものになってしまったりして…嗚呼。
2006年03月22日
昨日日比谷公園で確認済みだったけれど、今日の暖かさで、東京・横浜などでソメイヨシノの開花宣言があった。kの分では今月中に盛りを過ぎてしまうようだ。風は強いものの気温は結構上がる。そして風が強い分、星空が綺麗である。最近いくつかお便りを頂いたのだが、メールがうまく届かなかったりして不義理をしてしまったので、手紙などをいくつか書いて過ごす。手書きなどにするものだから、やはりメールのように気軽に書けるものではない。しかし、便箋や筆記具の選択など、楽しみも多いことを改めて感じる。見知らぬ若い方から拙著への丁寧な感想を寄せていただいたので、お礼の手紙も書いてみる。自らも小説を書くというその人の文章への思い入れの強さにちょっとたじろいでしまって手が進まない。原点に帰って、文章に対する姿勢を問い直さなければならないと感じた。
2006年03月21日
地下鉄サリン事件の日がまた来た。今日もあの日のようによく晴れた。飛び石連休の谷間、仕事は何となくバタバタしていたものの、早めに切り上げられたので、思い切って美容院へ行く。今日行かないと今月中は行きそびれてしまいそうだと思ったからだ。途中の日比谷公園で、毎年早く盛りを迎えるソメイヨシノの木をうかがうと既に開花を始めていた。これからの花の時期は嵐が来なければよいのだけれど。美容院は予想通り空いていたので、シャンプーとカットをしてもらう。その後さらにマッサージにも出掛ける。どうにも身体が強張っていて、肩の痛みなどが強いのと、会員資格の更新の時期なので、これも今日の機会を活かすことにする。こちらも平日にしては空いていて待ち時間なしで揉んでもらえた。30分コースの終了後、マッサージをしてくれた女性が、困惑したように「全身バリバリですね」と言う。「30分じゃあ足りないかしらね」と尋ねると、「ええ、もう少し頻繁に揉まないとほぐれませんね」と言う。「そうでしょうねえ」と受けて、今日のところは退散する。肩凝りは職業病みたいなものだけれど、ストレッチングや体操など、もう少し真剣に解す努力をしなければ。
2006年03月20日
春の嵐とはいうけれど、こんなに荒れた日が続くのは、近年記憶がない。今日も午後にはちょっとした雷雨があり、今も時折強い風が吹いている。休みになったらやろうと思っていたことがほとんど片付かないまま、まあ一日仕事をすればまた休みだからと、怠け心に負けてしまう。身体の筋肉があちこち強張っていて体調が冴えないせいもあるけれど、今日はこれで、しっかり休んで、きっぱり切り替えて、明後日はきちんと週末エッセイスト活動をしようと思う。
2006年03月19日
日中は2週間ぶりに恒例のパターンに戻る。天気が変わりやすいのは春が近づいた証と感じられる日だった。街行く人の服装も、ずいぶん軽くなっていた。卒業式か謝恩会だろう、袴姿の女子学生をずいぶん多く見かけた。京都旅行の写真をプリントするために、複合機のインクカートリッジなどを量販店に買いに行って、パソコンや周辺機器の新商品とそれに群がる人の多さに驚く。夜になって、本のレヴューなどを読んでいて、彼方此方に行っているうちにすっかり時間を費やしてしまい、ちょっと後悔。
2006年03月18日
いろいろな経緯があってのことだけれど、今日17日の神奈川新聞にデビュー作になるエッセイ集の広告を載せてもらった。地方紙でも新聞の一面に自分の著書の広告が載っているのを目にするのは何とも不思議な気分である。もっとも広告は出ても、基本的には書店に本が並んでいるわけではないという現実が変わるわけではないけれど(1日平均200冊の新刊が出るというこの時代、書店に本が並ぶというのは、本当に大変なことだ)、たとえ一人でも気づいてくれる人が出るといいなあと、夢見ている。
2006年03月17日
昨夜から激しい風が吹いていた。何かが吹き飛ばされて転がり、壊れる音が聞こえてなかなか寝付けなかった。電車のダイヤまでも一日乱れていたようだ。しかし、ビルの中にいるとそういった風の強さも感じられず、すっかり忘れていた。ここのところ連日のことだが、午後になるとなぜか仕事が殺到するという状況が続いている。週末の今日はまさにとどめを刺された感じで、昼食の時間もないほどで嵐のような時間が過ぎておわったときにはさすがにぐったりしてしまった。
2006年03月17日
アフター6、職場の知り合いと夕食を共にして情報交換とガス抜き。今月はこの後、こういう会がいくつか続く。帰りには春の嵐が吹き荒れて、激しい雨風となった。昨日はあんなに月がきれいだったのにと思う。気温の変化も激しく今日はこの時間でもあまり寒くない。しかし、これでは身体が追いつかない。今週はあと一日頑張らなくては。
2006年03月16日
京都3日めの午後、遅めの昼食を終えると帰りの新幹線までは3時間ほど、もう1、2箇所は巡れそうだと思いながらもとりあえず駅に近い方へ下りようと考え、具体的な目的を決めないままに歩いてみる。しばらく行くと大きな瓦屋根が見えたので、行ってみると建仁寺だった。ここも特別公開があったと思い出し、今回の旅行の締め括りの場所と決める。ふと看板が目に入った摩利支天をまず目指す。何しろ亥年生まれの守り本尊だというのだからこれは素通りするわけにはいかない。すると狛犬ならぬ狛亥が迎えてくれた。開運、勝利のご利益があるというので開運を祈念し、紫色のイノシシがかわいい亥年のお守りと土鈴型の「福亥」をいただいて建仁寺に戻る。開山堂で加藤文麗の龍虎図、原在中の孔雀図・松鶴波図、両足院で長谷川等伯の松に童子図、伊藤若冲の雪中雄鶏図の特別公開などを目にする。いずれもシルバーガイド丁寧な説明つきでじっくり間近で拝見できた。最後に本堂を歩き双龍図などをめぐる。一方でトイレに「ウォシュレット」がついていたり、電動ロックの柵が設置されていることに驚き、少なからず違和感を持つ。予想以上に拝観に時間がかかり、新幹線にはギリギリの時間になったが、今回の京都も存分に愉しんだ。さて、これでゴールデンウィークまでは、日常に戻ることになるかな。
2006年03月15日
3日間離れていた現実に戻ると、公私ともにいろいろと雑事がたまっている。ちょっとばかり疲労も残っていて、能率も上がらない。そうこうしているうちにこの時間となって、さすがに今日は眠い。京都旅行記は順延として、今夜はこれでやすむことにする。
2006年03月14日
第2部のタイトルを「まさか八坂でイタリアン」としようかと思ったが、昨日に11日に続いての駄洒落はいかがなものかと自重したつもりである。第3部として午後の部を書くつもりだけれど、溜まっていたメールの整理に予想外の時間が掛かってしまったのと、明日以降の仕事に備えて、今日は早めに身体を休めたいと思うので、続きはまた明日にでも書くことにする。できれば写真もアップしたいと思う。
2006年03月13日
八坂神社の方向へ坂を下る途中に著名な料亭などに紛れるようにして、外観からは想像できないリストランテを発見、これも何かの縁と思って昼食をとることにする。表に看板が出ているのだからと思うが、扉を一つ開けても飾り気さえなく視線の先にはまた扉、遅かったかしらと躊躇しながらも、思い切ってもう一歩踏み込むと右手にシェフの姿が見えたので、声を掛けて招き入れてもらう。一番軽いランチのセットの、アンティパストの盛り合わせは6品。そのうちの1品のスープは何と聖護院大根である。手作りというパンにも素朴なようで個性があって3種ともなかなか味わい深い。パスタは朝採り野菜のトマトソースを頼んだところ、2つ割りの小タマネギや大ぶりな乱切りの京ニンジン、ゴボウ(堀川ではなかった)、カブなどがコロコロと入っていて、しかし食してみると全く違和感がなかった。これにエスプレッソ(または紅茶)とデザートはさっぱりめのバニラアイスと対照的にとても濃厚なカスタードプリン(ちょっと名前は忘れてしまった)、香り高いガトーショコラの3点が少しずつ。お客を喜ばせようというサービス精神、地元の素材を活かそうという工夫等が抑え切れずにあふれているようなメニューだった。接客は女性が一人で切り盛りし、厨房には3人が働いていたが、いずれも若い。開店してまもなく2年という。ちょっと得した気分の出会いであった。
2006年03月13日
実は今日も一日を京都で過ごした。日が射したかと思っても風花が舞ったり、あっという間に空が黒い雲に覆われて本格的に雪が降り始めたり、時折風が強く吹いたりして寒い一日だった。今日の日記は3部作とする。第一部は午前の部。有給休暇を使っての最後の一日は、一人なので気ままに過ごすことにし、一昨日に訪ねた高台寺に心残りがあったので、洛東を巡ろうと決め、とりあえず地下鉄を乗り継いで寺町へ出る。「京の冬の旅」の特別拝観の情報を得て、まずは青蓮院を目指す。建物や庭園だけでなく一文字手水鉢、大楠木等、門跡としての解説のとおりの格の高さが其処此処に表れている。宸殿の前庭の杉苔に時折降る雪が雫となって散りばめられていたのがとても綺麗だった。次に知恩院は方丈庭園、山亭庭園を拝観。石段を登った分、京都市内を一望できたことも面白かった。さらには高台寺、圓徳院、掌美術館。圓徳院に歌仙の間があるなどとはうかつなことに知らなかった。飾られている歌仙絵がどういうものかはちょっとわからないが…。門前に歌仙大黒なるものが祀られていたので、週末エッセイストとしては素通りすることはできず、線香を備えて撫でさせてもらった。
2006年03月13日
京都2日め、メインイベントは師匠林望の社中会同である。京都開催は一昨年以来である。今回は実相院で行われるというので、電車で岩倉に向かうことにしてのんびりと宿を出る。知人がせっかちなので、早めに岩倉に着き、雨も大したことはないのでぶらぶらと散策をする。途中地元の図書館を発見し、覘いてみることにする。比較的新しい施設のようで、書籍も綺麗で意外に数も多い。日曜日であるせいか11時前という時間に、結構な利用者がある。児童書のコーナーも充実していて机や本の高さも細かな配慮がなされているように見受けられる。小学生になっただろうか、童女が一心に絵本を音読していた。知人が覗き込んでも一顧だにせず、たどたどしいものの裏表紙までしっかり読んでいたのにはこちらの頬も緩んでしまう。実相院でも十分に時間があったので、一般の見学コースをいつにない丁寧さでじっくり見学。途中北海道の会員方に2年ぶりに再会する。ゆっくりお話ししたかったが、ちょっと機会を失ってしまった。会同は予定よりも早めに進行し、普段は公開されていない部屋で昼食を頂き、執事さんの解説つきで上の間から雪隠まで見学、これも普段は拝見できない場所で先生から白秋の「城ヶ島の雨」の詩の解釈についての講義を1時間半ほど伺う。連れの都合があって、早々に会場を後にする。この時間なら甘味処に寄りたいというので付き合い、白玉ぜんぜいを味わう。途中祇園白川で、小さな川なのに鷺などを目撃、また柳もやわらかに芽をふいていて予想外に目を愉しませることができた。
2006年03月12日
「そうだ」と思ったわけではないが、京都に来ている。知人と一緒なので、今日はその案内に従い、手桶弁当でお昼を済ませ、同じ系列のお店で何年も前から気になっていたバニラスフレを頂く(コレステロールには目をつむって…、こうしてまた例外を作ってしまう)。食事を済ませた店の前で、足がもつれて転んでしまい左膝を激しくぶつけてしまったけれど、これで厄落としが出来たようだ。穏やかな陽射しがあり、行楽には絶好の暖かな一日である。午後は北野天満宮へ梅を見に行く。梅は例年よりもかなり遅れているということで、まだまだこれからという枝も多い。人出も多かったけれど、混雑の前に無事通過という感じで濃い香りの中でさまざまな色合いの梅を愉しむ。撫で丑の膝と頭もしっかりと撫でる。夕刻は四条通りの店など見て歩き、組紐の室内飾りや匂い袋など購う。祇園まで歩いて夕食をとり、花灯路と夜間拝観の初日というので、予定外だったが円山公園から高台寺を目指す。枝垂れ桜はまだ開いていないが、ライトに浮かび上がったその姿は霊力とでもいうしかないような威厳を持っていて大いに圧倒されてしまう。「ねねの道」などという所へ出ると何とも激しい混雑にいささかならず気持ちが萎えてしまうが、せっかく来たのだからと行列に並ぶ。池に映る風景が美しく、また青々とした竹林を歩くのも心地よく、立ち寄ってよかったと思い直す。クラシックの歌曲が流れるアンティークな喫茶店で一休みして京都駅ビルの宿に入る。さて明日は知人にも今回の京都旅行の中の、私のメインイベントにつきあってもらうことにする。
2006年03月11日
1週間の仕事を無事に終えて、少し買い物をして帰宅。午後9時過ぎ、最寄駅に着くと、雲が切れてほぼ真上に月が出ていた。人事異動期を控えた今月後半の忙しい時期を前に、少し仕事に隙間を作ることができたので、心置きなく明日からちょっと旅行に出る。行く先や目的はわかる人にはわかってしまうのだけれど、ここではいずれも事後報告ということにしたい。
2006年03月10日
先日の日曜日が出勤だったために一週間が長く感じられる。それにも関わらず、今日も例によって夕方からまた忙しくなる。結局7時まで仕事をして何とか明日の目処をつける。4月1日付けの人事異動がほぼ終わって、残務整理に忙しかったり、職場と自宅の引越しの準備に大わらわだったり、転入してくる人の噂話が飛び交ったりと、この時期特有の雰囲気が職場に満ちてくる。毎年のことながら、落ち着かない気分になる。
2006年03月09日
職場で昼食会があり、その際の雑談で、学校の給食の時間に「いただきます」とか「ごちそうさま」を言うべきかどうかが議論になっていると聞いた。給食費を払っているのだから頂くなどとへりくだる必要はないし、「ご馳走」を食べているのではないから「ごちそうさま」というのはおかしいという声が上がっているのだという。学童が身近にいないので、そんなことになっているとは知らなかったが、偶々手にした雑誌に木村尚三郎も同様の話を書いているのだから、決して特殊な話ではないようだ。しかし、その考え方には「お金で買えないものはない」という趣旨の発言をしたホリエモンの姿がダブってみえる。そもそも「いただきます」は、誰に向かって言うのだろう。生産者、調理師、世界的にみれば決して粗末ではない糧を与え給うた神…、いや、お金のことだけに注目しても給食費を稼いだのは児童ではなく、お父さんやお母さんであろう、そのすべてに感謝する心を忘れてはいけない。お米はお百姓さんが八十八回の手をかけるから「米」という字は「八十八」を組み合わせてできている、だから米を粗末にすると罰があたる…などというしつけを受けてきた人間には、そう思えてならないのだけれど…。
2006年03月08日
写真は今日も一昨日撮った梅。ここのところ毎日のように、しばらく疎遠になっていた人から連絡が来る。不思議とこういうことは続くものだ。職場関係では、転勤の有無の問い合わせだったりするのだけれど。食事の約束なども入ってきて、3月はいよいよ忙しくなる。朝のうちは雲が多かったけれど、比較的に穏やかな天候だった。明日はもっと暖かくなるという。ただし、その分花粉症の危機が迫っていて、今日は少し目が痒い。職場の夜間通路脇の沈丁花の蕾が、このところの陽気で、ポップコーンのように一気に弾けてきて、濃厚な香りがマスク越しに漂ってくる。こうして春は、冬とせめぎ合いながらも、ときに大きく一歩を踏み出して、確実に近づいてくる。
2006年03月07日
日中は4月中旬の暖かさ、春一番が吹いたという。ソメイヨシノの開花が待ち遠しくなってくる。職場のパソコンの調子が悪くて、それでなくても遅いのに、フリーズ状態になったりして、こちらはフラストレーションがたまる。帰りに買い物に寄るが、求めているものがなくてちょっとがっかり。それが食欲に結びついてしまって、何の関係もないのに明日の昼食用のパンを買ってしまう。そして、ああまたパンにしてしまった、コレステロール対策をもう少し考えようと決意したはずなのに…と自己嫌悪。
2006年03月06日
土曜、日曜とこんなに穏やかな晴天が続いたのは久しぶりではなかろうか。そんな日に限って、休日当番が当たって、一日仕事であった。それでも、日が長くなったので、5時を過ぎてもまだまだ明るいので、花粉症対策にマスクをしながらも、久しぶりに日比谷公園をデジタルカメラを持って散策してみた。写真のとおり、梅が見頃で、辺りには香りも濃く立ち込めていた。しかし、電車に乗るころには急に疲れを感じてグッタリしてしまった。ゆったりとお風呂に入って今夜こそ、早めに休んで明日からの一週間に備えようと思う。
2006年03月05日
久しぶりに一日良く晴れた。陽射しに春の気配を感じる。梅の開花は遅かったのに、桜の開花予想は例年より早目という。3月は急激に暖かくなりそうだ。恒例の用事の帰りに立ち寄ったデパートでは、雛人形に替わり五月人形や鎧冑飾りが並んでいた。書店ではいくつか雑誌を購入する。世界的に有名になった「カリスマ主婦」栗原はるみの「すてきレシピ」の最終号もその中の1冊だ。日常の生活を愉しむさりげない工夫が気に入って、96年の1号(実は1号だけはタイトルが「暮らしのレシピ」になっている)から毎号購入し続けていたので、これで「すてきレシピ」全39巻のすべてが揃ったことになる。そんな意識はなかったけれど、10年越しのコレクション、ご本人がこれだけ有名になると、ちょっと自慢できるお宝かもしれない。
2006年03月04日
先日の血液検査の結果を問い合わせると、努力も薬も甲斐なく前回よりもコレステロール値が上がっていた。食べるものを吟味し、身体を動かすように努めてきたのだが、まだまだ努力が足りないらしい。昼食の時間がきちんととれなかったり、夕食の時間がバラバラだったり、睡眠時間が不足だったりと、何かと不規則になり勝ちな生活パターンを改善しなければならないのだろう。ともすれば、深夜族になってしまい、睡眠時間をどんどん削ってしまう悪癖が再発しているのもいけないのだが…。今月は公私ともに多忙なので、一挙にリセットというわけにはいけそうもない。まずは、食事をリンボウ先生のレセピを参考に超低脂肪食に近づけなくてはと思う。しかし、ほとんど朝夕同じものを食している両親にはそういう問題は起きていないのだけれど…。プレ更年期とか、代謝の低下とか…、加齢等等、いやな言葉が耳元で聞こえる…う~ん。
2006年03月03日
昨日は都立高校の合格発表だったようだが、今日は卒業式らしい学生たちの姿を見かけた。お揃いの小さなブーケ持った3人組の女子大生、部活動で使ったバッグに後輩たちのサインを一杯にもらったのを肩にかけた高校生、茶髪で袴にスニーカーというちょっと不思議な姿の女性は芸術系の専門学校生だったようだ。旅立ちの季節、3月を実感する。テレビでも「春なのに」などという曲がまた甦っていたりする。詰襟などというもの自体少なくなったから、想う男性の学生服の第二ボタンをもらうなどということもなくなったのだろうか。それにしても大学を卒業したのでさえもう23年も前のことなんだと、数えてちょっとぞっとする。
2006年03月02日
昼食の時間があまりゆっくりとれないことが予想される日は、おむすびやパンを用意しておく。非常食として、シリアルなども机の中に忍ばせてある。今日は特にそういうわけではなかったが、雨降りで寒いから外へ出たくはないし、何となくパンは飽きたし、お弁当を用意するには寝坊をしてしまったし…ということで、出勤途上、東京駅のお弁当屋さんに立ち寄り、アナゴ巻き寿司など買った。丸の内側の改札内にあるその店は、朝の通勤ラッシュの時間帯を、いつも中年女性の売り子さんが一人で切り盛りをしている。彼女の手際のよさはもちろんで、つり銭を渡すにも下に手を添えるような丁寧な仕事ぶりなのだが、実は彼女が他の追随を許さないのは、多分トークの部分だろうと思っている。レジが空いていれば商品の紹介などをしているのは当然としても、次々に客がいるときでも素早く処理したうえ、支払いを済ませた客ひとりひとりに必ず一言添えるのだ。「また来てくださいね。」「お仕事頑張ってくださいね。」「風邪引かないように気をつけてくださいね。」などなど、さまざまなバリエーションもあって、おざなりではない印象を受ける。その結果、彼女は仕事中ずうっとしゃべり続けている状態になるのだが、声の質とボリュームのせいか、うるさい感じでもない。この一言に励まされて職場に向かう人もきっといるだろう、そう思わせる達人技である。
2006年03月01日
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