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参加している短歌の会のホームページに字の間違いがないか調べて欲しいというメールが来た。「はいはい。ヒマを見てね」と思って放っていたら電話がかかってきて、「急ぐ」と言う。 ホームページを作った人が、「見てくれましたか」と毎日メールを送って来るということで。「自分でチェックしたら、見る度に2つ3つと間違いがある」そうだ。何度も校正しているのなら大丈夫だろうに、まあ、では、とホームページへ行ってみた。 なんと、あるある。 呼びて が 呼ぴてになっていたり、浮かぶが浮かぷになっていたり、誕生日が謀生日になっていたり。日本語入力をする人らしいが、誕がなんで謀になるのだろう。 エッセイも沢山掲載してあって、ちょこっとのつもりがピックアップして返事書いていたら二時間も掛かった。 自分のおかしい所は何度鏡を見ても判らないということだな。イジメの子も苛めていることに気がつかないのか-------?んなわけで、旅行日記はまた日延べとします。短歌の会"橙"のホームページhttp://www.page.sannet.ne.jp/mori-y/annai.html
2006.11.28
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ロビーで新聞を読んだ。朝刊に、夕刊の連載小説が載っていた。夕刊を一緒に挟み込んでいるのかと思ったが、ページが続いている。ハハーン、この辺は夕刊が無いんだ。 9時、チェックアウト。 学校の庭に、冬桜の花が咲いていた。 ショータンは河口湖のホテルを電話番号でナビにセット。推奨ルートか優先ルートでないといけないのに、節約ルートにした。 高速に乗ると、次の出口でナビ嬢は「この先出口。左側です」と言った。「ほれ」 次の出口でも「この先出口。左側です」。その次でも「この先出口。左側です」。「降りるまで言うわ」 トンネルを入ってすぐストップ。渋滞??? 蛍光塗料を塗ったチョッキのおじさん達があっちでかたまりこっちで相談し……「事故か? ガソリン勿体無いな」「エンジン止めといたらええねん」 ショータンはすぐにエンジンを切った。前の車も後ろのトラックも赤いライトを点けたままだ。車の外へ出て、おじさん達を撮った。トンネルの中は排気ガスが充満していた。ずーっと前も後ろも、赤いライトが並んでいる。 15分ほどしてそばを通りかかったおじさんに、ショータンは窓を開けて「なにがあったんですか?」と訊いた。「この先の峠で事故があったんです。もうちょっと待ってください」 前の車の人は聞いていたのか、エンジンを止めた。後ろのトラックもライトを消した。窓閉めていても排気ガスのニオイがする。トンネルの入り口で車停めてくれればいいのに。 40分もして、動き出した。「この先出口です。左側です」「吉田で降りるんか?」ヾ(・・ )ォィォィ「富士で降ります」「吉田や」「吉田なんかで降りたら、晩になっても着けへんわ」「この先出口です。左側です」「うるさいなあ」 朝、家から出て来て名阪走ったら、浜名湖でお昼になる。 雲が多い。富士山見えるかなあ。「日本平で降りる?」「降りません。富士」「富士まで行ったら、高速高こうつくで」「高速の分も渡したやろ?」「ガソリン代は?」 ガソリン代まで持つつもりはないノデス。「昨日、せめて名古屋まで行ってたらよかってん」「伊賀でええか? 言うたら『ええ』言うた」「そんなこと言うてへん」 関のエリアでトイレへ行って、持っていた大福、カステラ、クッキー、お茶でお昼。 お茶畠が見えて来た。風力発電の風車が、子供を産んだみたいに増えていた。大きなやつもある。静岡以外でやっている所は無いようだけど、何故だろう? 短いトンネルを出ると、正面に富士山がボッカーンと現れた。「出た!」 よかった。来年はいいことがある。 富士川エリアへ寄った。マクドナルドの奥の窓から富士山の全容が見える(はずだ)。「コーヒーでも飲むか」とショータンは入った。黒人の6人連れが奥から出て来た。少年がデジカメを持っている。私はソフトクリームを注文した。コーヒーと言っていたショータンも、ソフトにした。窓へ行ったけど、富士山は丁度雲に隠れていた。 「あっ」 と言って ショータンは、食べていたソフトクリームを私に見せた。コーンの中がミゴトな空洞だった。「あんまりやなあ。ちょっと言うたろか」 ショータンはカウンターへ持って行って、作った男の子に空洞ソフトを見せた。「すみません。作りなおします」 女の従業員がこちらを見ている。「あんた知ってる? あの子の作ったソフトクリーム」 私はその子に訊いた。先輩らしい女の子は頷いた。「あんたとこのやり方?」 また頷く。ああ。この子が作り方を教えたんだ。「ホームページに書いとくわ」 と言ったがオドロキもしない。「ドーゾ」といった顔でこっくりした。 新しく作って貰ったソフトを2口食べて、ショータンは言った。「やっぱりおんなしやァ」 最初にコーンの底へクリームをビーっと入れてからひねって上へ盛るのに、いきなりコーンの縁へぐるっと乗せて上へ巻いて行くから、中にはクリームが入らない。イチゲンさんばっかりでも商売成り立つんだと客をなめているんだ。買う方は中空っぽとは知らずに買う。これじゃ100円でも高いよ。この日記を読んだヒトで、もし富士川のエリアのマクドナルドでソフトクリームを買うことがあったら、作る前に「コーンの中にもクリームちゃんと入れてね」と言ってください。 知事といい役所といい議員といい医者といい、せこい悪者がはびこっている。
2006.11.27
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11月15日 伊賀ウエルピア 大浴場。二つの浴槽は高速ジェット気泡風呂。泡に当たると引っくり返りそうになる。壁と手摺に掴まって、そろそろと入る。勢いが強いので泡が痛い。音もすごい。貸切り。無駄な電気使って採算取れないだろうに。泡風呂は一つでいい。過ぎたるは及ばざるが如しだ。 露天風呂へ移動した。音楽が鳴っていた。脱衣場でも鳴っていたから、泡風呂も鳴っているんだ。ムダ。 いつも私が先に出て待たされるのに、ショータンが先に出ていた。「あかん?」「あかん。泡風呂、嫌いや」「露天風呂に入ってたん?」「露天も嫌いや。泡と泡の間に坐ってた」 郷に入ってもゼッタイに郷に従わない。 夕食は六時。テーブル一つ一つ仕切ってあって、なん組ぐらいの宿泊客なのか判らない。カセットコンロに、大きな土鍋が乗せてある。一人前水炊きのミニコンロもある。注文したビールと刺身を持って来た女の子は、「あとで火をお点けします」と言って、向こうへ行ってしまった。二人で一本の瓶ビールなんだから、火、点けといてよ。 暫くしてテンプラを持って来た男の従業員が、ミニコンロに点火した。「茶碗蒸しをお持ちしたときに、こちら火をお点けします」 土鍋を指差す。「なんですか? それ」「ご飯です」 数分経って、茶碗蒸しを持って来た女の子がカセットコンロに火をつけた。「ご飯がいただける状態になりましたら、お味噌汁お持ちしてよろしいでしょうか?」 待ってぇな。いただくのはこっちや。あんたが言うたらあかんわ。自分のすることに「お」を付けて……。「よろしいでしょうか」って、よろしくないと言えばどうするんだ?「ご飯がお召し上がりいただける状態になりましたら、お味噌汁持ってまいります」やろ。ダイジョーブかいな日本。 タイマーでもセットしてたのか、女の子は火を消しに来て、更に数分後、お茶碗にご飯をよそってくれた。「なんのご飯ですか?」「黒米をお炊き上げしました」 その「お」はご飯への敬語か? ご飯は、思った通り蒸れてなかった。土鍋の蓋を開けて覗いたら、私らが食べる4倍分ものご飯があった。向こうで一発に炊いて、お茶碗によそって持って来ればいいのに。 なるべく無駄少なくして潰れないよう頑張って。 夜。暖房ききすぎで暑い暑い。クーラーつけるのは勿体無いので、ベランダの硝子戸を30センチほど開けて寝た。 写真は、学校の庭に咲いていた桜
2006.11.24
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今日は15日の日記を書きました。 15日の日付けのところに書いたけど、やっぱり残りはこっちへ持って来よう。11月15日 「お城へ行こ」「上野城やな」 うえのじょうと入力している。「あ。入れへん。知れへんな、こいつ」「いがうえのじょうと入れやなあかんやろ」 私が入れた。お城が出た。紅葉も書いてある。52キロ。 カーナビの女のコが「この先およそ2キロを右方向です」と言っていたのに、ショータンは曲がらなかった。無料の高速道路に入り損ねたわけだ。矢印がびろびろびろと出て、後戻りしろと言う。コース変更。 勝手な方へ曲がったり曲がらなかったり。かなり走って高速らしい道路に入った。10キロほど後戻りしたみたい。 お城の駐車場は空いていた。カーナビに書いてあるほどの紅葉がない。伊賀上野城は、城造りの名人藤堂高虎が秀吉の命(いのちではない、めい)により築いたが、台風でぶっ壊れ、300年天守閣が無かった。昭和10年に政治家が建てたそうだが、高虎はんは自信過剰だったのだなあ。「わしに出来ないのに出来る奴があるか」って。日本のドクターと一緒だ。 お城の庭の端っこに「発掘調査中」と看板立てて、土を掘っている人がいた。こんな場所掘って、なにが見つかるんだろう? 紅葉は一本。紅い葉っぱの桜が数本。
2006.11.23
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19日に帰って来たけど、疲れていてパソコンせずに寝てしまった。骨休めの温泉旅行して、なんで疲れているんだろう。 旅先はPC無いからうんと早寝。テレビ見ながら寝ている。10時ごろから朝6時まで寝ても、やっぱり眠い。8時間も寝るとバカになる。バカは馴れやすい。過食、怠けとおなじだ。 旅の日記はその日に後戻りして書くことに。 写真の整理していたらもう2時半。新聞配達のバイクの音がする。そう言えば、昔の新聞配達は、寝ている人達の目を覚まさせないように、自転車で静かに配っていたものだ。便利に馴れると、他人のことなんか「なんだ!」だ。写真は、伊賀・大石神宮の鶏。羽ばたいて鳴いているところ。
2006.11.19
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窓からプールが見える。昨日来た時誰もいなかった。水は張ってあるけど、泳ぐのはもう寒いもんな。 朝六時15分、大浴場へ行く。貸切。ジェット気泡風呂と露天風呂に入った。ショータンはまた、泡と泡の間に浸かっているのだろう。 9時チェックアウト。カードのポイントで1,000円引いてもらう。------続------27日へ。
2006.11.16
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いつものようにマクが開き……じゃなかった。書こう書こうと思っているうちに月が変わってしまいそう。 車に乗ってから、ショータンは「どこ?」と言った。「伊賀」「えー? イガぁ!?」「伊賀」「すぐそこやないか」「河口湖まで行くのン遠い、言うたから、伊賀で一泊にしてんやン」「愛知か岐阜ぐらいやないとあかんやん」「伊賀でもええか、言うたら『ええ』言うたやん」 ヤンヤン言いっこ。 予約してから一ヶ月以上あったのに、いやなら言えば変更するんだ。ヒトの話「ふんふんふんふん」と上の空で聞いて------ へええ。うわのそらって、なんや? 正念入れてないこと、なんで「上の空」と言うんだろう。「ウエルピアか」「ウェルピア」「前、潰れたいうてたやろ」「潰れてなかった」「電話番号で設定しろ」「走ってる時は入れられへん」 前のナビは走行中でも出来たけど、今度のカーナビは安全のために車を停めてしか入力できない。運転者以外に手の開いているヤツも乗ってるのに。気が聞いて間の抜けた設計だ。「こんなとこからナビ入れたら、高速に乗れ言うよ」「一般道路に設定したらええねん」 大きいス-パーの駐車場へ車を入れて、電話番号でゴール設定。1時35分に着くと出た。今日はお弁当も持ってないし、適当に寄り道しながら行けば丁度いいだろう。 大石神宮というのがあった。「大きそうや」と寄った。参道に雄鶏が二羽いた。神宮はニワトリを歩かせて、神社と格差を付けているらしい。デジカメを向けると、尾っぽの綺麗なのが姿勢を正して「コケコッコー」と鳴いた。ショータンが時計を見て、「時間間違うてる」と言った。「なんの時間?」「12時。まだ11時7分や」「12時に鳴くのはクジャクと違う?」 着飾った子供を連れたオヤがいた。「ああ。今日は七五三か」 そこそこお金かけて、元気と幸せ願って大事に育てても、苛められて死ぬかも知れない。苛めて恨まれて、不幸になるかも知れない。 社務所の前に、ニワトリがまたいた。メンが二羽、オンが六羽、大きなヒヨコが二羽。一羽の雄鶏が、「わしが取り仕切ってます」と言うように、歩き回っていた。学校もないし税金も無いし、食べる苦労もないし、これが平和の象徴ってことか? 曰く因縁、何処にも書いてない神宮だった。珍しい。 ------続く-----
2006.11.15
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昨年の九州旅行は紅葉が無くて失敗だったけど、今年は「丁度見頃の紅葉」に遭えそうだ。 明日から、伊賀上野、河口湖、御前崎と回って、18日に帰って来る。今日ショータンは、洗車とガソリン満タン車にして来た。 のに、今雨が降っているような気配。雨戸の向こうでなんだか音がしている。 明日はまあいいけど、16日は楽しみの富士山。見えるか見えないかで来年の運を占う。 私は、今日は仕事をした。いつものオキャクさんが昨日タイミング良く注文をしてくれたので、大阪の家へ行って荷造り、発送。無論、運転手はショータン。で、旅行の費用は私持ち。 堺市の"自由都市文学賞授賞式と文学フォーラム"のお知らせ、今年は遅いと思っていたら、土曜日に招待券が来た。18日だという。旅の予定を組んだのは9月の初めだ。いっつも時間空けてお待ちしているわけじゃないから、もっと早くに知らせて貰わないと…… 短歌の会のトモダチに「ご利用ください」と送った。もし都合が悪くても顔の広い人だから、また友達に送ってくれるだろうと思っていたら、電話があって、「○○さん誘って行きます」とのことだった。○○さんは、小学校の頃のボーイフレンドだ。阪大出の秀才で、定年後はあまり上手くない短歌や俳句を作ってのんびり暮らしている。 文学フォーラムは文学賞の選者、田辺聖子さん、藤本儀一さん、眉村卓さん、難波利三さんのお話もあるから結構面白い。「靴下は何故クツシタなのか、靴中でなければおかしい。出入り口は何故出入り口なのか、入らなければ出られないから、入り出口が正しい」 と、藤本儀一さんは毎年話している。 写真は、花びら一枚の奇形コスモス
2006.11.14
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木曜日、高野山へ行って来た。 昨年、「高野山、きれいでしょう」と言った友達に、「高野山はカエデが少ないからあんまり綺麗ではありません」と返事したけど、かなり綺麗だった。近いから毎年行っているのに、一番綺麗な時に行かなかったみたい。綺麗な自然を見ると心が和む。 自殺志願者は、短期間でもいいからお寺で修行してみたらどうだろう? 座禅組んで、『無』の境地にならなくてもいいから、なにか考えてみればいいと思う。美しい自然を目にしてゆっくり考えたら、きっとなにかが見えて来る筈だ。 高野山の写真、『花と景色』にアップしました。まだ追加しますけど、見てください。
2006.11.13
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家の中のあちこちに文庫本を置いている。 こたつテーブルの上に俳句歳時記。坐っている椅子の横に松本清張の『不安な演奏』、階下のトイレにエラリー・クインの『悪魔の報復』。どちらも20何年も前に買った。『不安な演奏』は、連れ込みホテルに盗聴器を仕掛けたら殺人計画みたいな会話が入っていたことからヒマな素人探偵が事件を探す話。たいして面白くはないけど、「それから?」と思うところもあって、毎日数ページ読んでいる。 『悪魔の報復』は、一度読んだ筈だけどきれいに忘れていて、面白く読んでいる。クイーンは文章が面白い。先月はキャサリン・ネヴィルの『デジタルの秘法』とタム・ホスキンスの『診療室』とD・マーティンの『嘘、そして沈黙』を読んだ。『嘘-----』を読んでよかったァと思ったあと『デジタル----』を読んだらもっと上だった。コンピューターのセキュリティ・システムをいじって、金融経済の達人をライバルに10億ドル盗む話。スリルとラヴとsexシーンもあって申し分ない。 ベッドの枕元にジェフ・アボットの『図書館の死体』と吉行淳之介の『怪談のすすめ』が置いてある。大体2時半ごろベッドへ行くのであまり読み進まないのだが、『図書館----』の方は面白くないから尚のこと終わらない。『怪談のすすめ』は、幽霊やお化けが出る怪談ではなくて、HK怪しい話。 読みかけて気に入ったら何処へでも持って行って、寸暇を惜しんで読んでいる。 朝日新聞の『メタボラ』はずっと読んでいる。夕刊の『悪人』は、時々読む。どっちも暗い暗い暗い、どうしようもない話だ。アメリカの作家と日本の作家との違い。日本人はやっぱり幸せにはなれないようだ。
2006.11.10
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まだ拘っています。 昨日、"自殺予告の手紙"が文部省に送られて来たとテレビのトークショーで騒いでいたけど、今日はそのことについて話したらいけないみたいに、誰も触れなかった。 昔から日本人はヒトを苛めるのが好きな人種だ。集団になると必ず苛めるヤツと苛められる者がいる。大奥、軍隊、会社、学校-----嫌な人種だ。卑怯、下劣、非人間。生きる価値の無いヤツが大奥の時代よりどんどん増えているとは、国の教育制度が悪いからに他ならない。「いじめは食い止めようがない」 と識者が言っていた。そんなことはないだろう。苛めは精神的迫害だから、裁判所へ訴えて、加害者から慰謝料を取るとか、警察で罰金を取るとか、決めればいいのだ。 苛めを楽しんでいる子供の親も、百万円とか五百万円とか払わなければならなくなったら、「ええ加減にしろ! バカ!」と自分の子供を真剣に叱る筈だ。大体、親が子供を叱らないのがいけない。先生が子供を叱ると文句つけに来る親がいるというから情けない。だから、先生も子供を叱らない。子供のすることに口出しないよう心がけている。 昨日の手紙について、大臣は真剣に対処したいとコメントしていたが、誰が書いたのか何処の学校のことかなど調べるより先に、まず苛め罰金制度を作るのが先決だ。 学校の授業に、昔の"修身"という科目を復活させてはどうか? 世界史より為になる。 しかしねえ-----なにか決め事をするには国会で船頭さんが集まって、ああだこーだガヤガヤガヤと相談ぶって、とにかく舟を山へ上げるんだ。「え? 冗談だと思っていたけどやっぱり死んだ?」 なんて言って、オワリ……か?アホンダラーッ
2006.11.08
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親殺し流行。子供殺し流行。苛め(られ)自殺流行。小6女子に続いて中学生や高校生が死んで教師まで自殺したから、先日「その前にやること」という記事を書いた。 苛めという遊びがあって面白くて堪らないヤツと、苛められて辛く悲しい子とでは、同じ"人"として生まれたのに毎日が不公平過ぎる。死ぬ前に、これくらいのことはやろうよ、と。 たまたまあの記事を読んだのかどうかは判らないが、遂に今日、死ぬ前の準備をした子がいた。本当かいたずらかと論議しきりだが、世間は注目した。 私に言わせたら、苛めっ子-----「っ子」なんて可愛らしいものではない。卑劣イジメ族-----の実名が書いてないとはやっぱり弱い。折角のに書けなかったのなら、悪戯っぽいか。それともこの期に及んでまだ遠慮するのか。今日明日死ぬのでなければ自分の名前は伏せておいても、テキの名前はきちんと書いた方がいい。書いてあれば、学校関係でない公平なオトナが調べに行くだろう。 命を賭けてするからには、ハンパでない方がいい。ひところ、結婚出来ない女(実際は、結婚デキナイではなくシナイ強い女)を「負け犬」と囃し立てたが、普通、負け犬と呼ばれるのは恥ずかしいことだ。これも一種のイジメだろう。卑劣イジメ族なんかに負けて死んだりせずに、勇気を出して戦わなければ今まで生きて来た甲斐がない。 イジメに負けて死ぬなんて、本との負け犬だよ。ドッカーンと騒ぎ起こしてみよう。 行け行けイケーッ。
2006.11.07
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赤ちゃんが欲しい人がわんさかいるのに驚いた。 子供のころ、一寸法師の絵本を読んだ。「おじいさんとおばあさんは、村の阿弥陀堂にお籠もりをして、『どうぞ子供をお授けください』と一心に拝みました。三、七、二十一日めに、おじいさんとおばあさんの目の前に、小さな小さな男の子が現れました。ハダカで、大きな声で泣いています。「なんと小さな赤ん坊でしょう」とおばあさんが拾い上げました。「阿弥陀様が授けてくださったのじゃ。ありがたいありがたい」 二人して阿弥陀様にお礼を言って、赤ん坊を持って喜んで家へ帰りました。「可愛い」「かわいい」と大事に育てましたが、赤ん坊は、何日経っても小さいままでした。二人は赤ん坊を、一寸法師と呼びました。 十五年経って、山仕事畠仕事の辛くなったおじいさんは、「こんな小さい子供ではなんの助けにもならん。十五にもなったのだから、何処へでも行って一人で暮らせ」と一寸法師に言いました。 おばあさんは、新しい着物とたっつき(ニッカボッカみたいなはかま)を縫ってやりました。なにかの役に立つだろうと、麦藁に入れた針を背中に紐で括りつけてやりました。「小さいカラダで歩いて都へ行くのは大変だろう」と、お椀とお箸を持って川へ連れて行き、お椀に一寸法師を入れて水に浮かべました。「さようなら。ゲンキでな」 昔は十五歳になったら子供は一人前だった。親は何人子供がいても、長男だけを残してみんな家から追い出した。 現代は子供を大事にし過ぎる。三十歳を過ぎても、仕事がないとか結婚出来ないとかいう子供が大抵の家に一人か二人いる。 昔は、子供は天からの授かりものだった。いまは女が産む産まないの選択をする。昔、貧乏人は子供を間引いた。食べさせることが出来ないから、生まれたばかりの赤ん坊を水に浸けて殺した。 子供ほしい欲しいと、人口受精や代理出産や凍結精子などお金を掛けて作ってみたって、将来なんの役にも立たない子供かも知れない。親殺し、人殺しになるかも知れない。善人の税金で私腹を肥やす政治家になるかも知れない。年寄りからお金を騙し取る詐欺師になるかも知れない。 そこへ行くまでにまず、間違いなくなるのが苛められっ子か苛めっ子かのどっちかだ。 この国の教育方針が改まらない内は、産めない人は産めないままでいた方がいいと思う。天の思し召しは「子供を産むな」ということなのに、何故産む努力をするのだろう? 一寸法師のお伽噺には教訓がいくつもある。 親は、子供に老後をみてもらおうとは思っていない。 一人前になれば一人で生きて行くのが当たり前だと思っている。 子供が旅の途中で死んでも仕方ないと割り切る。 だから、一寸法師がたまたま京へ着いてお姫様に会って気に入られ、お参りのお供をすると鬼が現れたり打出の小槌を落としたり、お陰で普通の人間になったりしても、おじいさんとおばあさんを迎えに行ったとは書いてない。おじいさんとおばあさんは、一寸法師をお椀の舟に入れて川へ流した時、「さようなら」と言ったのが永遠の別れだと思っている。 仏様に願掛けて授けて貰った子供でも、死ぬまで手元に置こうとは考えないのだ。 産めない子供を無理に授けてもらっても、所詮は幻ということだ。
2006.11.05
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昨夜の関西テレビ、文化庁芸術祭参加作品『泣きながら生きて』、良かった。粗末な推理ドラマやくだらないクイズ番組ばっかりで、テレビ局というのはバカ人間増やす努力しているんだと思っていたけど、このドラマを流そうというようなちゃんとしたアタマの人もいるんだ。 日本の大学で勉強するため、奥さんと娘さんを中国に残して単身来日した男性の話だが、貧乏な中国人に日本は、働くところも無い北海道の過疎村のプレハブ住宅をあてがう。しかも、学費は中国では一年働いても得られない30万円という高額。借金返済のため、敢えて不法滞在者となって、男性は東京で働く。無論、賃金の安い底辺の仕事しかない。それでも粗衣粗食に耐え、国への仕送りを続けながら頑張る。そして16年。 ニューヨークの大学へ入る娘が日本へ寄り、父娘は僅かな間会い、また別れる。電車を降りてホームに立つ父親に、泣いている娘は電車が動き出す寸前だけちょっと顔を上げて手を振る。これが自然だから泣ける。日本ドラマではこういう演出は絶対にない。 娘はニューヨークの大学に入って医者を目指して勉強。やがてインターンに。ニューヨークの娘を訪ねる母親は、日本経由の飛行機で、娘と同じように男性に会に来る。空港まで送れない男性はホームで、また別れ別れになる妻を泣きながらじっと見つめる。夫を見ないのか、いつ見るのかとはらはらさせて、妻は一度も顔を上げない。電車は発車。動いて初めてちょっと手を上げる。電車がホームを離れてから人目を憚らず泣く。娘より別れる悲しみが深いことがよくわかる。 娘が一人前になって、ようやく男性は故国へ帰る決心をする。 飛行機の中で、辛い思い出しかなかったろう日本に向かって、男性は手を合わせる。いつまでも…… この男性の優しさ立派さに泣けた。思い出しても涙が出る。 今日、教育テレビで「いじめについて」の討論があった。日本人の心の貧しさに、暗澹たる思いである。
2006.11.04
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「 砂糖100円、醤油118円、お一人一つだけ。1000個限り」というチラシが入った。 早速買いに行った。売り場にそれらしい物がない。女の従業員に訊いた。「お砂糖とお醤油の特価、今日と違うんですか?」「はい。明日です」 また日を間違えた。最近のチラシは3日分か5日分いっぺんに書いてある。よく見ないと日を間違える。「いっつもそうや」 運転手のショータンがぶつつく。ちらし、5日分も書いたって覚えていないのに。トップに書いてあったから今日だと思ったんだ。ブリの切り身とバナナだけ買った。 帰りにやっちょん広場へ蜜柑を買いに寄った。柿、柿、柿だらけだった。皮を剥くと固くて黒い果肉のが好きだ。1週間前、楽農市場で訊ねたら、「ああ。それはまだ出ていません」と言っていた。「身が黒い柿、ありませんか」 と男の従業員に訊いた。「ああ。紀ノ川ですね」 ずーっと見て回って、「もう終わったみたいですね」と言った。なんで?その辺にいっぱい成っているというのに、思う柿が無い。 袋ごと食べられる小粒蜜柑を1袋と菊菜と大根だけ籠に入れてレジへ行った。3番レジに並んだけど2番レジが早そうだったので2番へ変わった。と、先の人お金を払うのにもたもた…… で、3番レジへ素早く移動した。「あら!」 向こうから来たばかりのおばさんが口を尖らせて言った。「わたしここにいるのよ。横から来て前へ行く?」 え? おばさんより数秒早く並んだつもりなのに。目つきが気に入らなかった。「あら!」が癪にさわった。なにが「いるのよ」だ。「なにイケズ言うてんのん」 大阪弁で、思わず言ってやった。「たったこれだけ買うだけやのに、ごじゃごじゃ言いなッ」 2番レジへ行きながら、「それ言うて、なんぼほど得するのん。あほ」と付け加えた。 おばさんレジを済ませて、こちら振り向きもせずに逃げ去った。砂糖と醤油の特価日間違えて、ショータンがぼやくから、虫の居所悪かったみたい。ま、わたしなんかは苛められっ子にはゼッタイにならない。自殺予備軍ちゃん達、参考にしてね。 写真は花みたいに綺麗な毒蛾のケムシ
2006.11.01
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