2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全19件 (19件中 1-19件目)
1
新年がスタートして外に出てみました。雪が静かに降っていて 新しい年の最初の日を静かに清めているような気がします。しばらく愛犬と一緒に家の前の土手を散歩して そして家に戻って静かに瞑想しておりました。その時に来た言葉が集中したものが増幅される という言葉でした。私たちが集中したこと、フォーカスしたことが エネルギーを生み出していくということでしょうか。何に心を向けるかということを よくよく注意しないといけないなあと 感じております。『心をフォーカスしたものが増幅される』ああ、それは昨年 何度も仲間たちを通して経験しました。戦いや恨みに心をフォーカスした人たちは そのエネルギーに取り込まれてしまいやむなく袂を分かつことになりました。また 奪うだけの現世利益に心をフォーカスした人たちも そのエネルギーにぐるぐる巻きにされるという事を教えてくださいました。今 心静かに世界を感じてみると 新しい年の最初の日に多くの人々が平和と安らぎを祈ってくださっているのが感じられます。毎日 毎日 人々が平和に心をフォーカスすれば そのエネルギーが増幅され逆に 殺人や愛のない事件にフォーカスすれば そのエネルギーが増幅されるでしょう。何に 心を向けるか! よくよく大事にしていこうと思います。ところで 今日のこのブログのタイトルをハイヤーセルフに聞いてみれば『収穫の時』 という文字が伝えられてきました。少し 心がドキドキします。さて どんな一年になるのでしょうか。皆さま 今年もどうぞ宜しくお願いいたします。
2009年12月31日
昨日買ってきた韓国旅行のガイドブックと 秀吉さまの朝鮮出兵関係の資料を見比べながら韓国ツアーの訪問地を自分なりにリストアップする作業を一日中しておりました。隣では 母がおせち料理の準備をしてくれていて 次々と出来上がってくる煮豆やお餅のおしょうばんをさせていただいているという贅沢な環境です。おまけに娘が次に本番で引く曲が チャイコフスキーのヴァイオリンコンチェルトだということで毎食ごとにリビングで生演奏を聞くことになるのですが それもまた一年に数回ある飛び切り贅沢な一時です。 さて 目がつぶれるほどにガイドブックの細かい字を読んで やっとこさでリストアップした韓国の訪問地ですが これを九州の喜楽天道さまにエネルギーリーディングしていただきました。私たち(まだ 誰になるのか確定しておりませんが 韓国のツアーを来年に行ったと考えた折の)必要な訪問場所のランキングの結果がでて 「まあ、どうしましょう?」と思ってしまいました。場所が あちこちに分かれているので これをどう飛行機で乗り継いで行くのか またバスやタクシーでまわるのかという事がでてきたのです。訪問地で上位にあがってきたのは ソウル、釜山、新羅の都であった慶州(キョンジュ) それから豊臣秀吉による文禄、慶長の役で 三大激戦地のうちの一つであった晋州(チンジュ)そして扶余(プヨ)という日本とも関わりの深かった百済最後の都などです。やはり 日本と古代から関わりのあった場所があがってきているのですが 今回 とても意外だったのが ランキングの1位が ソウルにある仏教寺院であったことです。私たちのツアーでは 多くの場合 重い波動の場所だけにいくのではなく その土地の美しい部分を見たり感じたりできる波動の高い場所にも行くことになります。また ランキングの最初にその日の私たちをサポートしてくださるような寺社にいくことが多いのですが 今回もそういったケースなのかもしれません。以前 関が原の古戦場を訪問するツアーを組んだ時も 真清田神社さまや南宮大社さまが最初に来てくださいということで 最初にお参りして 一緒にツアーの間付いてきてくださってサポートをしてくださったことがありました。今回は ソウルのある仏教のお寺が上がってきました。韓国の人々の信仰を広くあつめているお寺です。これは韓国の人々の精神的なバックボーンをもっと調べなさいということだと思いました。う~ん、 これは一体どういうことなんだ~? そもそも 韓国は儒教の国だったのではなかったのかなあ と 不勉強な私は 韓国の宗教史を調べることになったのですね。するといろんなことがでてきて、、、、。出てきてという表現を使ったのは 今まで 聞きかじっていたことが 実は韓国と連動して起きていた出来事であったということが 良く分かったのです。考えてみれば そうですよね。 日本の歴史だけ見ていたのでは 片手落ちだということが良くわかりました。朝鮮では三国時代、統一新羅時代、高麗時代は仏教が信仰されていたのです。それが次にくる李氏朝鮮時代に仏教弾圧が行われるようになります。儒教が国教となっていくのです。その儒学から朱子学がでてきて 日本にも影響をあたえていくことになります。そのあたりのことは興味ある方は 次のサイトが分かりやすかったですよ。NHK高校講座世界史 第17回 近世の朝鮮王朝 ~両班と朱子学~講師:東京大学准教授 六反田 豊さま今まで 私の個人ワークで 中国の紅巾の乱に関わる転生を持つ方 また 道教や太極図がテーマになっている方たちも何人かいらっしゃって その都度 その学びをご一緒させていただいたことがありましたが朝鮮の宗教を調べていくと そういった言葉とも深い関わりがあるのですね。韓国ツアーは ただ単に秀吉さまの朝鮮出兵の傷跡を癒しに行くだけではなさそうです。もっと広いゾーンで韓国を見ていくツアーになりそうです。また重たいゾーンを見ていくときは より高い大きな光とつながって動いていく必要がありますが韓国に影響を与えたお釈迦さまは また 孔子さまは 宇宙次元の取り組みとしては どのような役割を担っておられたのでしょうか?年末からお正月にかけて どんどんいろいろなことが分かってきて(私がという意味ですよ)実に楽しいです。 私がこのところ朝鮮についての記事を書いていますので プロジェクトJAPANという番組で朝鮮と日本の交流の歴史についての番組が再放送されるという情報を寄せてくださっている方たちがあります。 (ありがとうございます。)NHKのスペシャル番組です。ETV50年関連番組。古代から海を越えて密接に結びついてきた日本と朝鮮半島。仏教伝来、渡来人、朝鮮通信使など知られざる交流を古代から近世まで、10回シリーズで描く。韓流ドラマで歴史に関心をもった方にもわかりやすく魅力的に見てもらうシリーズである。・第1回 古代 人々は海峡を越えた・第2回 “任那日本府”の謎・第3回 仏教伝来 ~渡来人がもたらした飛鳥文化~・第4回 そして“日本”がうまれた ~白村江の敗戦から律令国家へ~・第5回 日本海の道 ~幻の王国・渤海(ぼっかい)との交流~・第6回 蒙古襲来の衝撃 ~三別抄と鎌倉幕府~・第7回 東シナ海の光と影 ~倭寇の実像を探る~・第8回 豊臣秀吉の朝鮮侵略・第9回 朝鮮通信使 ~和解のために~・第10回 「江華島条約 韓国併合への道」(仮)来年1月1日午後10時~ 連続シリーズで再放送されます。詳細は こちらをご覧ください。 http://www.nhk.or.jp/japan/rerun/index.html私は今回 私たちの歴史は 片一方からだけ見るのではなく 両方から出し合って理解していく必要があるなあとつくづく感じました。私がどこかを訪問する時に 最初にそこで話されている言葉を覚えたいなあと思うのは現地の人との交流が大切なんだと感じているからです。これは中国や スリランカに行った時に痛切に感じました。片言の現地の言葉がきっかけとなって 心が通じ合える経験を何度もしました。来年は もっともっと沢山の外国の人たちとも交流して より多くの角度から日本の歴史を見つめていきたいなあと思います。ほんとうにウキウキしますね。
2009年12月30日

不思議な夢を見ました。私の目の前には神社があります。 私はこれが熊野本宮大社であるとなぜか分かっているのです。しかし不思議なことに 昼間にも関わらず神社は薄暗くて しかも神社が今のように山の上になくて私の目線よりも下にあります。そうして 不思議なことに拝殿は参道をまっすぐに歩いた所にはなくて 横に曲がってから神様を拝まなくてはならないのです。私は (神様がまっすくにこちらを向いておられないのは)まるで出雲大社みたいだなあと思っていました。すると次に現れたのが この薄暗い神殿ではなくて 大きな河原の中洲にあるきらびやかな神殿でした。ここで目が覚めました。この絵が私の夢の中にでてきたものに近いです。熊野本宮大社について調べてみると 次のように書かれていました。『現在の社地は山の上にあるが、1889年(明治22年)の大洪水で流されるまで、社地は熊野川の中州にあった。社地は創建以来その中州にあったと思われ、明治の洪水が起こるまでは社殿が流されることはなかったが、明治以後、山林の伐採が急激に行われたため、山林の保水力が失われ、大規模な洪水を引き起こしたと考えられている。現在、旧社地の中州は「大斎原」(おおゆのはら)と呼ばれ、日本一高い大鳥居(高さ33.9m、横42m、鉄筋コンクリート造、平成12年完成)が建っている。なお、その時の大洪水で被災した上流の十津川村集落の住民の一部が移住した先で開墾したのが北海道の新十津川村である。』この夢はいったい何を伝えてきているのかしらと思いながら しばらくぼーっとしているとあ、そういえば 昨夜田舎の家に帰った時に 九鬼義隆さまのエネルギーが来ていたなあと思い出してあわてて 実家の仏間にかけてあった熊野水軍の絵を見に行ったのでした。ミシンの椅子を出してきて その上に載って 熊野水軍の絵をじっくりと見てみるとそこには何と 文禄二年 太閤 釜山、、といった字が見えるではありませんか。今まで 仏間の高いところにかけてあったので じっくりと見たことがなかったのですがその絵は秀吉さまの朝鮮出兵の折に九鬼水軍の船が 勢ぞろいをしている絵だったのです。ネットで調べてみるとこの絵は 大阪城天守閣所蔵ということですが 我が家にあるものは九鬼さまから頂いた複製のようです。真ん中にいるのが九鬼義隆さまの本艦です 水軍旗がたっていて 日本丸という字も見えます。周りにいる船には 甲賀とか隼人とかいう字が書いてあるのですが これはおそらく甲賀の甲賀雅楽介、越賀の越賀隼人などの九鬼ゆかりの水軍のようです。九鬼氏は武家家伝によれば 九鬼氏というのは、熊野本宮大社の神官の子孫で、紀伊の名族として知られている。との事ですから おそらく朝鮮に出兵した折は 熊野本宮大社で戦勝祈願したのではないでしょうか。この日、私は田舎のお墓のお掃除に行くことになっていたので 掃除が終わりご先祖のお墓の前でお祈りを済ませたあと同じ寺の境内にある九鬼家の歴代の方々のお墓にもお参りしました。 その後で 本屋に行って韓国旅行の本を買いました。地図とにらめっこしながら 韓国にはどんな場所があって それが歴史的にどういう場所であったのかを見ていきました。ただ 旅行のガイドブックはどうしても映画を中心に韓国旅行を紹介してあって 歴史という切り口からは 満足がいくものではないので 今後はもっと調べていこうと思っています。それから ハングルの表を見ていたのですが やっとこさで 母音と子音を組み合わせると音が読めることがわかり これは いったいどうなってるんや~と 頭をひねりながら韓国語に取り組みはじめました。ラッキーなことには 韓流ドラマのブームで ビデオ屋さんに行けば韓国語のビデオは借りれそうです。2月にマヤのツアーもありますから お正月からはスペイン語と韓国語を学習することにしました。それにしても 数日前は 片桐且元さまで 今日は九鬼義隆さまか、、、。毎日 いろいろな人から 朝鮮出兵に関する情報が入ってきますね。これはもう 韓国に行かないといけないなあ と だんだん楽しくツアーに向かって動いています。k
2009年12月29日
この日は京都の我が家から約1時間ほど南に車で走ったところにある大阪府のあるホールにでかけることになっていました。この日は朝から 幼稚園児から大学生までのバイオリンとピアノによる演奏会が開かれることになっていました。この演奏会の場所について 全国の方に分かりやすく説明しますね。京都の南西に位置する長岡京市を過ぎると そこはサントリーの山崎の宣伝で紹介された大山崎の土地です。そこには天王山という山があり この山の北と南では天気が変わると言われています。天王山を境にして 北は京都、南は大阪の領域に入るという感じです。演奏会が行われるのは そういった場所です。さて 演奏会はリハーサルを入れると 朝から夜まであるので 私は小さな子供たちの演奏を午前中に聞いてから お昼にちょっと気分を変えて ホールと同じ建物の中にある図書館に行くことにしました。来年2月に行くメキシコの本を読んで起きたいと思ったのです。メキシコ全般の本を3冊ほど読んで さて ホールへ戻って 子供たちの演奏を聞こうと図書館を出ようとした時のことです。突然 本棚の中のある本の背表紙に書かれた文字に釘付けになりました。『片桐且元(かたぎり かつもと)』この言葉には見覚えがある!!はて? この人は誰なんだろう?この本を手にとった瞬間に 胸の動機が高鳴り 心臓が飛び出すのではないかと思えるほどになりました。それと同時に私の心に呼びかけて来た者があったのです。『私は片桐且元(かたぎり かつもと)でございます。姫さま この度 佐賀のことでは お心を痛めておいでだとは思いますがどうか 九州、朝鮮のことを お心から消し去らないでくださいませ。私は 実は朝鮮征伐のために名護屋城に赴任してくる各大名の陣屋の割り振りをいたしました。また秀吉さまに仰せつかって 先発隊として 各隊の行軍の流れに心配ることになりました。朝鮮にわたってからの 各隊の動きも把握しております。今後は 且元(かつもと)が 姫さまのお側でお伝えいたします故、 どうかこの朝鮮出兵で 我らがどのように働かねばならなかったのかを分かっていただきたいのです。』この私のところに現れた存在(エネルギー)は 自分が片桐且元(かたぎり かつもと)であること 九州の名護屋城や朝鮮出兵についてよく知っている人物であることを 私に知らせたかったようです。彼は それが正しいか正しくないか その真偽は別にして 私のことを秀吉さまの正室の寧々(ねね)さまとみなして 話かけてきているようです。この片桐且元ですが 秀吉さまが 長浜城でご縁あって集まってきた10代の若者たちを自分の子供のように育てることになるのですが その中の一人だということがわかりました。これらの子供たちはやがて 加藤清正や福島正則、石田三成となって 豊臣政権を支える柱となっていくのですが 且元の場合は 上記の武将たちが戦いの中で台頭していったのに対して どちらかと言えば実務的なことを受け持っていったようです。且元は大阪の役では最後まで 豊臣の家臣として 徳川さまと淀殿との間を取り持とうとするのですが 最後は 淀殿に裏切り者の疑いをかけられて 大阪城から去ることになります。その後は突然死をしているのですが 何か 事情がありそうです。秀吉さまの下に集められて ねねさまに育てられた時は ちょうど石田三成も側にいて 年下の三成とは 共に近江出身ですから 仲が良かったのでしょう。彼らは立場は違えども 共に最後まで 豊臣のために尽くしてくれた武将たちでそういえば こうして(霊体が)あらわれてくれたのは 以前では真田信繁(幸村)もそうであったなあと 思いだしました。(過去ブログ 服部半蔵と真田信繁)とにかく その且元が 今私に 九州、朝鮮のことから身を引かないでくれと訴えてきているのです。「わかった。 とにかく 私が必要とする朝鮮出兵の情報を教えて欲しい。」私は 彼にそう頼むと 演奏会の時間も気になるので 大急ぎで 必要な情報が載っている本を探しては コピーをとったのでした。こうして約30分の間には 日本軍と朝鮮軍の戦いの様子と 朝鮮のその場所に関する情報が集まったのでした。『2回目に朝鮮に出兵した時には むごいことも行われました。日本であれば 敵の首をとるのですが 朝鮮では兵や人民の鼻をそぎ落としたのです。これは 朝鮮南部の全羅道(チョルラド)の南原(ナムオン)城を陥落させたときより行われました。秀吉さまの命で これらは塩付けにして 日本に送られたのですが老若男女を問わず無差別に殺され 鼻をそぎ落とされた死体が大量に真夏の戦場に転がっている様は南原城を陥落させた宇喜多秀家さまのお心を痛めたと推察します。』そうだったんだ~。 私は 宇喜多秀家さまの転生を持つ方が 鼻の病気で死にそうに苦しい経験もされてきたし 手術もされたお話を聞いたことを思い出しました。『この土地での合戦は(山崎の合戦のこと) 昨日までは共にお味方であったものを打たねばならぬ悲しさがありました。打つもの 打たれるもの それぞれに一生懸命戦い 多くのものが(4000人?)がこの天王山で果てました。』戦いでは実際に刀を交えた兵士だけではなく家族一族の多くが巻き込まれます。明智光秀さまの近江坂本城では ご家族は敵の攻撃の前に自刃されたようです。また 信長さまへの橋渡しとして光秀さまを頼っていた四国の長宗我部 元親(ちょうそかべ もとちか)さまや四国の一領具足(いちりょうぐそく)たちの運命も左右していくことになります。私は この天王山の戦い(別名山崎の戦い)でも 片桐且元は戦ったのだろうなあと感じながら 大急ぎで1階のホールへと 図書館を後にしたのでした。そんな私に 且元はついてきて 一緒に演奏会の音楽を聴くことになりました。いいえ 且元だけではなく 天王山の戦いで亡くなった者たちも一緒に入ってきたので他の人たちには内緒でしたが この演奏会は私や且元たちにとっては 大変楽しいものになったのでした。 『姫さま この難しい音楽は何ですか? ガンガンして なにやら頭が割れるような。これがバテレンの音楽か。。。 』「これは メンデルスゾーンという人が作ったバイオリン協奏曲 の第三楽章」『これは なんとも 美しい音楽ですなあ。 それに 女人が華やかな衣装を着て肌まであらわにしておりまする。 もう目がくらんで、くらんで、、、。』「これはドレスといって 正装なの。この曲はヴェニアフスキー。 ヴァイオリンならではの美しい旋律が続いているでしょう。」「さあ もうそろそろここにいるわけにはいかないから 皆(天王山の戦いで亡くなった兵たち)光の中に入りなさい。 いつまでもここにいるのではなく 次のステージに向かうのです。」「さあ 曲がどんどん光輝いてきて もう 光の中に入らざるを得なくなってきましたよ。サンサーンスのバイオリン協奏曲 3番 第三楽章、、 うってつけの曲ですね。」「且元、 貴方も もう光の中に上がりなさい。 光に入っても次呼ぶときにはちゃんとお役をもって 私の前に現れることができるから 今日はもう光の中にもどるのです。」サンサーンスの華やかできらびやかな曲が流れる中 私は 側に来ていた存在たちが光の中に入れるように 祈りをささげました。片桐且元、、、、、 朝鮮か、、、。まずは 喜楽さまや 秀吉さまたちに相談してみることにするか、、、。というわけで こんな風にしてクリスマスの日の音楽供養は無事終了したのでした。(ご連絡)ニーナカロライは現在年末年始のお休みに入らせていただいております。(12/24~2010.1/15)お歳暮、お礼などのお心つかいに関しましては お気持ちだけ とても嬉しく頂かせていただきます。せっかくお送りいただいた生ものなど 九州旅行の間に宅急便で送り主さまに返送されるなどしているようです。 せっかくお送りいただきましたのに すみません。ニーナカロライはその特徴から ひめのが不在の時はオープンしておりませんのでどうぞ 御用のある方は ニーナカロライのホームページからご連絡ください。
2009年12月27日
今回の佐賀旅行に動向してくださいました方から 私の先日のブログの内容につきまして次のようなコメントがブログに届いておりました。私自身 まだまだ やきものにつきましては不勉強なところが多々ありまして器のことを陶器と書いたことが 秀吉さまの朝鮮出兵でつれてこられた陶工の過去生を持つのではないかと思われる彼女のお心を十分に理解していなかったと感じますので今後はより この分野について勉強するとともに この方からのコメントをそのまま掲載させていただき 陶器、磁器の繊細な分野について私の前回のブログ内容を補足訂正することにします。『佐賀のブログをありがとうございます。やきもののことにつきまして。普通、磁器も合わせて"陶器"ということが多いですし、GWの有田の市も陶器市といいますし、私自身は気にしていなかったのですがどうしても『陶器ではなく、陶"磁"器、と言ってほしいのです』という気持ちが今、わきだしてきて、これを書くことにしました。元々、日本には細々とながら陶器の文化はありました。朝鮮出兵で連れてこられた人たちによって始まったのが、磁器の産業です。これが、有田を中心として全国に広がったという歴史があります。(陶器に関しましては、県内では、唐津と武雄の一部および三養基などで、この渡来の方々により盛んとなりました。)また、蛇足ですが 稲佐神社で、さて帰ろうと車に乗って、麓の鳥居の所の看板に下りるまでの間に喜楽さまが「あ、やっと日がさしてきたね」という僅かな時間があり照らなかったのではなかったように記憶しております。』やきものについては 今回の旅で はまってしまいました。色とりどりの有田焼きに盛られた料理によって 旅がより豊かに 楽しみの多いものになりました。一方で京都のやきものについては これまでずっと自然な形で触れてきたことに気づきました。京都の庭、座敷、掛け軸、花、テープル、器、 そしてそこに盛られた京料理、、、器だけがすごいとおもわなかったことに 気づきました。これから もっともっと 器について知りたいです。本当に良いチャンスを頂いた旅でした。一緒に旅をしてくださったかた また お家の方たち 有難うございました。それから 稲佐神社では 私は陽の光を見ていないので そのように書きました。皆でお祈りして 光がさしたということよりも『古事記』に書かれた五十猛神の物語に 心を向けておりました。高天原を追放された素戔嗚尊とともに新羅曽尸茂梨(ソシモリ)に天降り、スサノオがこの地吾居ること欲さず(「乃興言曰 此地吾不欲居」)と言ったので、一緒に埴土船で渡って出雲斐伊川上の鳥上峯に至ったとある。五十猛神が天降る際に多くの樹木の種を持っていたが、新羅には植えずに全てを持ってきて、九州からはじめて大八洲国に植えたので、(日本は)青山に被われる国となったという。私のハートの痛みは 五十猛命と私との関係を表していたように感じましたのでほんの少しメランコリーに浸っていました。雨の中で 静かに会話しておりましたので きっと陽の光には気づかなかったのでしょう。昨日までは 来年になったら また佐賀へ そして韓国に行きたいなあと意気込んでいたのですがなんだか 私は行きたくなくなってきました。いつまでも 過去の重い恨みの領域ばかりに囚われて沈んでいるわけにはいかないというメッセージと受け止めました。過去の事柄に想いをむけるのは それを現実に つまり 『今』に生かしたいからなのです。それに囚われて動けなくなるのは 逆効果です。ああ、 ここ数日 苦しかった。 もう苦しいのは嫌だ~もう 殻のなかで 我慢するのは嫌で~す。私は 私、 私なんだぞ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!! 私はどこまでも 伸びやかに 楽しく 笑って 一瞬一瞬をエンジョイしたいのです。過去を見つめる時もそういうスタイルで見つめたいので~す。
2009年12月24日
今日から熊本の阿蘇に来ています。ここ数日佐賀県内の 私たちの学びにとって必要なところをあっちこっちと良く動き回りました。訪問した場所を書き出してみると 次のようになります。12月19日1 龍雲寺 山本常朝さまゆかりの寺。 2 海童神社 3 與止日女(よどひめ)神社4 天満神社 5 道祖神12月20日1 祐徳稲荷神社 2 綾部神社 3 龍造寺八幡宮 4 高伝寺 5 稲佐神社6 丹生神社 12月21日1 唐津 虹の松原 2 玄海エネルギーパーク (休館のため入れず) 3 名護屋城博物館 (休館のため入れず)4 田島神社 5 七ツ釜 6 鏡神社 7 有田町立歴史民俗資料館8 大公孫樹(おおいちょう) 9 李参平の碑一つ一つの訪問地に私たちにとって 必要なテーマと気づきがありました。佐賀は本当に奥深いと思います。訪問地のある所では 藤原広嗣の乱の関係者のエネルギーが流れており遥か昔の平安の時代におきた出来事や その当時のハヤトを感じることになりました。また あるところでは佐賀が生んだ幕末の志士たちのことを感じることになりました。この幕末の動きを見つめることは 北海道、山形からずっとつながっています。また 龍造寺と鍋島を二つの対立する2大柱として捉えながらも 現地では さらに細かい動きも感じることができました。それから 唐津城は 中には入らなかったものの 何度もその前を通りました。支配の一つの拠点として今後もマークしていく必要がありそうです。名護屋城近くでは 秀吉が命じた朝鮮出兵のために布陣してきた大名たちの陣屋跡が所狭しと並んでいる山越えのルートを 車を走らせることになりました。運転手をしてくださったかたが 本人はそうするつもりでなかったのに なぜかそうなりました。朝鮮出兵時に拉致されてつれてこられた陶工の人たちのエネルギーがその後はどんどん押し寄せてくることになりました。佐賀3日目は ずっと器とその器を作った人々について見つめることになりました。訪問中は 佐賀では どこにいっても 美しい陶器に盛り付けられたご馳走をいただくことができました。私は佐賀における陶器の文化の高さを感じとても優雅な気持ちになりました。一方で かつての陶工の人たちの暮らしや 想いを肌で感じ 朝鮮出兵の痛みに目をむけることになりました。私は今 心からわが国の陶器の文化を根づかせてくださった 朝鮮からつれてこられた人々とそのご家族に感謝します。また その景色が美しいといわれている七ツ釜では 海賊のエネルギーを感じました。今回取り上げることは出来ませんでしたが このあたりになると松浦党の支配のエネルギーを感じます。また キリシタンの迫害のエネルギーがある場所もあります。佐賀は私にとって初めて訪問する場所でしたが 京都と似ている部分もあって場所ごとに エネルギーがコロコロと変わります。 でも 京都ほど複雑に そのエネルギーが重なっておらず ある面 その土地にあるエネルギーを判断しやすいです。今回出会った人々は とても親切で優しく どこへいってもお墓や 道祖神や なんらかの素朴な神様が 町や村の一角にお祭されているのが印象的でした。また その場所にいって お参りすると ほとんど必ずといっていいほど 日の光がさしてきて 神様が答えてくださるのです。滞在中は ずっとみぞれ、雨、雪、曇りでしたが お祈りの後は ほとんど陽がさしました。ものすごく判りやすい形で 神々が現れてくださいました。一箇所だけ 私のハートが凄く痛んだ場所で 稲佐神社という神社があったのですがここだけは ずっとみぞれでした。御祭神が五十猛命で スサノオの子供ですが 故郷を離れて異国で頑張って そこで一生を終えた人の望郷の念を感じました。今回の旅では スサノオさまのサポートを感じることも多くありました。出雲でのご縁もありまして これからもうすこし五十猛命を癒していこうと思います。素晴しい学びのあった佐賀訪問でしたが メインに流れるエネルギーが どうしても龍造寺と鍋島の戦いと怨みのエネルギーなので これまでブログを発信するのを控えておりました。今日 阿蘇の外輪山が見えるところまでくると エネルギーがスコーンと変わりもうブログで発信しても良いと感じて 今 この数日間の記録を書いています。ただ 妙なことに 阿蘇のエリアに入って 宇宙的に広々としてエネルギーで気持ちがいいなあと 一瞬感じたものの その後にすぐに ルシファー的なエネルギーを感じました。なぜか この後の阿蘇神社でも 幣立神宮でも その後に行った白川水源でもこのエネルギーは感じましたので「ルシファーにご縁がある存在が このあたりに居たのかしら。」などと感じながら その存在を癒すことに終始しておりました。今夜は もうすこしそういったエネルギー調整が必要なようです。さて 明日は 高千穂神社~天の岩戸神社~高千穂峡 という予定です。現地に行ってみないと何が起きるのかはわかりませんが とにかく宇宙に導かれてずっと動いております。自然がもともとあったように 宇宙の愛をそのままに下ろしてこれるようにと心から祈ります。上
2009年12月22日
光のサポートからのメッセージは 私の場合は朝目覚めたときに私のハートのボックスに届けられていることが多いです。今日のハートのボックス(私書箱)には『流転』という言葉が届けられていました。そして なるほどそうか すべては流れ移り変わり動いていく、、その中で自分も その都度その都度起きてくる出来事を こだわり無く 楽しめばいいのだなあと ストンと心に落ちたのでした。実は この言葉が 出てきたのには理由があります。話は先日のことに戻りますが ニーナカロライで光講座があった時 お泊りの方たちが2階や台所、居間などで楽しそうにお話されていた時のことです。私は 自分の部屋から居間に行って ひろさまとお話しておりました。その時 どんどん 負のエネルギー体(この場合はいわゆる不成仏霊というタイプのものたち)がニーナカロライに入ってきて 私の耳元でモゴモゴと何かをしゃべり始めたのです。その声がどんどん多くなっていくので ひろさんに 今 不成仏霊がどんどん入ってきているんだけど、なんでかなあ? と言ったとたんに その者たちの声はぴたっと止んで 彼らは去っていきました。それがどこから来ているのかを感じてみると 隣の台所で立ち話されている佐賀のHさまと神奈川のKさまから来ているようでした。「すみません、 今 この5分くらいの間に どんなお話をされていましたか?」と聞くと「今までにやろうと思っていたけれども できていないことで 気が付いていることについては京都から家に帰ったらやらないといけないねえ。という話をしていたのです。支配的なホメオパシーの先生から 調合されたお薬があるのですがこれが この先生に悪いと思って そのままにしてあるのです。 でも このお薬をもう捨てないといけないと思っていたのです。(でも そのままなんです。)」とのことでした。私は そうか、 この先生からエネルギーがパイパスされてきて 重いエネルギーが飛んできたんだなあと思い 先ほどから お二人のお話がポータルになって 不成仏霊がどんどんあつまってきていましたよとお伝えしたのでした。お二人は 気が付いて マイナスのエネルギーを引き付けるようなネガティブな会話をしないようにしようと思ってくださったようです。ところが 翌朝も このお二人が それも普通の会話をされている時に 前日と同じことがおきたのです。私は この時は お二人にはこのことをお話するのは控えました。せっかく 京都で出会って楽しくお話しておられるのですから水をさすようなことを言うのはやめようと思ったのです。ただ 一抹の不安は感じていました。 そして その不安を感じていたのは私だけではなく佐賀のHさまと 先日から行動を共にしてきて 交通事故に巻き込まれたKさまもそうであったようです。後からわかったのですが 彼女も黙って心配しながらも暖かく見守りながら このお二人を見つめておられたようです。さて この日から ある共通した緊急ワークや それに関する連絡が入りはじめました。私は この件に関してどうするか考え、まずは 佐賀について動きがあるというブログを発信して 必要な人にはそれが受け取れるように手を打つことにしました。まずはできるだけ事を大きくしないようにすることを考えますが それでもその波紋が広がっているときは 何がおきているのかを自分なりに書くことにしています。その後、佐賀のHさまと関わる方たちが どんどん苦しくなってこられたのです。佐賀という土地を見れば見るほど とても奥深くて 日本の国にとって 大切な場所であったのだなあと感じます。古くから大陸との関わりの要所として 朝廷が重要視した場所です。また佐賀は近代日本を動かした素晴しい人たちを生み出した土地です。ところが 近代になるまでに 佐賀は龍造寺(りゅうぞうじ)氏と鍋島(なべしま)氏の骨肉の争いを経験して それがそこに住む人々の心のなかに根強く残っているようです。そういう土地を背負って 佐賀のHさまは ほんとうに必死でよく頑張っておられて今回の佐賀訪問では私も喜楽さまも 彼女や彼女のご家族のお手伝いをしたいと願っています。また 3次元で旗揚げしてくれている彼女がいらっしゃるからこそ 土地の神様たちもいっしょに動いてくださっている部分もあります。ただ 彼女のエネルギーの影響力があまりにも大きすぎて 彼女のエネルギーがぶわーーーーーっと動いた時に 彼女のプラグにはまる ソケットを持っている人たちがまともに ステージに引き上げられてきているようです。さて どんなステージかということですが 一つは 佐賀にご縁がある人たちが佐賀のエネルギーが動き出すと何がしかの 影響を受けて 佐賀を見つめましょうというステージにたたされることになります。ところが 今回は もう一つステージがあるようです。このHさまは昔 八百万の神様を引き寄せてこられた方としてブログにご紹介したことがあるのですが 彼女の特性として どんどん負のエネルギーを引き寄せてしまう特性があるのです。この特性を持つエネルギーのプラグが 過去のことをくよくよ考えたり どうでもいいことをあれこれ考えて どんどん恐れを増したり また明るい暖かい、日のあたる部分がたくさん目の前にあるにも関わらず なぜか負の部分に引き付けられ 負の部分を集めてきてしまう性質を持つ人たちのソケットを どんどん引き出しはじめました。そして宇宙のサポートが凄いなあと思うのは 彼女と一緒にお泊りになった方たちや光講座で席が近かったかたなどは ものの見事にそのプラグにはまってしまわれたようです。特に神奈川のKさまは それまで仲が良くて 佐賀のHさまは辛い時に私を助けてくれた恩人として必要以上に握り締めていてそれゆえ エネルギーが一体化しており 佐賀のHさまに押し寄せてくる膨大な負のエネルギーが神奈川のKさまを襲いはじめました。こういう時が日ごろ どれだけ自分が 負のエネルギーを手放して 光とつながっているかまた 負の掃除機であるならば 集積してきたゴミをやすやすと処理できる状態にまで光化できているか ということを知る目安になります。このブログをここまで書いた時に 先日緊急ワークをおこなうことになった北海道札幌市のMさまから スカイプが入りました。ご家族が旅行の計画を立てたところ それがきっかけで えらいことになった というものでしたがその彼女から先日取りやめた旅行は九州佐賀の武雄か、嬉野に泊まろうと思ってたのです。 との連絡がスカイプで入りました。 まさに明日から私たちが泊まる場所です。そういえば この方のワークの中では 戊辰戦争の東武皇帝のことなどがでてきたようにお聞きしています。いずれにしても 佐賀は北海道ともご縁の深いところです。現在 夜の10時30分を回ったところですが どんどんと佐賀のエネルギーがニーナカロライに前もって届けられているようです。明朝 ニーナを発って 大阪伊丹飛行場から佐賀空港入りします。パソコンを持っていきますので ほんとうに大変な状態になった方があれば ご連絡ください。京都のKさまに交通事故を起こさせたくらいのエネルギーが実際に動いています。ほんとうに「要注意」で 大きな光のサポートと動くことが 今回は特に特に必要なことを痛感しています。実際に現地にいかないとわからないことも多々ありますが それでも 過去に積み上げてきた怨みは光の中で昇華して 皆で愛にあふれる日本の国にしていきたいと心から願います。それが 幕末に散った人々の願いでもあったと 私は思います。
2009年12月18日
今朝の光のワークのお話です。それぞれの方がそれぞれのテーマパークで頑張っていらっしゃいますのでその学びはどの方にも大切で それを必要なだけ 十分にしてくださいよ~っということを前置きしてから今日のワークのお話をしたいと思います。その方はずいぶん前から私のところにいらっしゃっている方で 最初にもってこられたテーマが「支配と依存」でした。切り離されているさみしさを 埋めるために 教祖タイプの方のところをまわっておられては これは違うぞと想いながら次々と宗教的なグループのなかで 「支配と依存」のテーマを見つめておられました。そうして 私や喜楽天道さまのワークを通して だれかに頼り 自分をあけわたすのではなく自分自身が創造主の分け御霊であることを思い出しましょう。ということを学んでおられました。光講座にもご出席され 過去生の学びなどもでてきて どんどん学びが進んでこられていたのですが今日になって あれれれ??????どったの????? という感じです。 彼女がまるで別の人のような感じで 彼女のハートの動きが感じれないのです。ワークが進んでいくにつれ どんどんそれが何が原因でおこっているのかがわかってきました。あれほど 何かに依存するのは嫌だ!とおっしゃっておられたのにいつのまにか 現世利益を求めるようなグッズにはまっておられたのでした。開運のため、波動調整のため、財運をあげるための グッズ、、、それは お花の写真であったり、 根付であったり、 お札であったり、お水であったり アロマオイルであったり、、、これは有名な大物ブロガーさんが取り上げている とか 雑誌の○○で紹介されたとか、、これはこういう効能がある~であるとか 一生懸命お話しながらも どこか苦しそうです。というのも 彼女ご自身は ほんとうはそれが苦しいことを知っておられるのですが何かのご縁で どこかにはまってからは ハートが閉じて そして 閉じたハートでは大切なセンサーが働かなかったようです。悪いことには そのグッズの中には 支配系のエネルギー体が関与しているものもありそのグッズを通して 彼女の体がエネルギー操作されていたのが判ってきました。ワークは延長になり その部分のエネルギーリンクや契約を解除するワークになりました。しかし もともとは 自分の中に 誰かに依存するところがなければ こういうエネルギーは引き付けてこなかったと思われます。ということで 今日のこの方のワークは もともと持っていた課題にたいして再度確認するようなワークになったのでした。 それに いちいち 「すみません、 この絵は ○○さんから買ったものなのですがどうでしょうか、大丈夫でしょうか? ひめのさん。」 と聞くわけにはいきませんから今度は自分がそれを感じて判断するしかないのです。お家に帰られたら 大量にあるグッズの一つ一つを自分のハートで感じて 自分がそれを処分するか それとも癒すか 決定していくという仕事が 彼女を待っているのですがそれは 彼女とハイヤーセルフとの共同作業で 否が応でも宇宙と繋がっていく訓練になります。そういう意味では良かった、良かった ですね。ところで 今日のニーナでは 喜楽さまのワークが同時に行われていたのですがそこでも スピリチュアルなダイヤモンドを購入した話がでていたようです。それって この前 山形に行ったときに でていた話だなあと思いました。福島県の、あるまほろばの教祖さまに 土地の浄化のためにダイヤモンドを購入する必要があるといわれて ダイヤモンドを買ったというお話でした。私たちの多くは ご利益信仰は良くないとだんだんと分かってきているのですが巧妙な形で スピリチュアルを匂わせながら 販売されるグッズには弱いようです。それに 効能書きが付くと もう信じてしまうのですね。何かを買いたいのは ある意味 女性が 「わあ、 この服いいなあ~買いたいなあ。」という発想に近いのかもしれませんが でも その時に問題になるのはその商品を提供している存在が そのものによって その人を支配していこうという意図があったときです。そのグッズが家にあることによって その支配系のエネルギーが徐々にその人を支配下においていくのであれば それは避けたい状態です。ハートが開いている状態は 他のものの多様性を認めて 宇宙のなかでハーモナイズしていけるような状態です。支配下におかれるとそれができなくなるので それは避けたいですね。年末の大掃除 自分のエネルギーをよりクリアにするためのエネルギーの掃除を書いてくださっている方も多いです。のんのんさまのブログ 「お掃除強化中」たれうさぎさまのブログ 「魂のお掃除はお済みですか」私も気をつけます。 お掃除頑張りま~す。
2009年12月17日

古代の衣装を着た白髭の老人が とがった岩山の上に立っている。私が彼の方を見ると 静かに微笑んで手にした杖で 東のかなたを指し示している。「あなたはどなたですか?」『私は 屋主忍男武雄心命、 その社の主である。』見れば彼の後ろには 朱の鳥居が見え そこにはお社があるようでした。『ずっと黙って見ておったが 心もとないのう。佐賀に行くにおいては この者たちを連れて行くが良い。』そこには 古代の人々のかしずく姿が見え、 また なにか神様のエネルギー体も感じられました。気がつくと 先ほどのビジョンは消え、神代氏という言葉と 高良神社のご祭神という言葉が 心に残っていたのでした。---------------------この老人があの有名な武内宿禰(たけうちのすくね)のお父様で 実はずっと前からご縁があったことを感じた時 私たちはなんともいえない不思議な感覚に包まれたのでした。その老人の名前は 屋主忍男武雄心命(やぬしおしおたけおごころのみこと)と言います。長いので 私はここでは武雄心命(たけお ごころの みこと) と呼ぶことにしますね。さて 話はすこしバックしますが 昨夜私たちは ニーナカロライで佐賀行きの旅行について 計画を練っていました。じつはこの計画は 昨夜までは 本当に実現に向かって動くかどうかは まったく分からなかったのです。ことの発端は 喜楽天道様のワークを受けに来られているHさまのワークが終わったあとで やはりこれは 佐賀にいってHさまやご家族一族の波動調整をする必要があるから 佐賀まで出かけようということになったようです。そして Hさまのお友達のKさまも おじいさまが佐賀出身ということでいっしょに行こうと 自分と佐賀の癒しの旅の計画が持ち上がったのでした。ところが その直後にあの事件が勃発するのです。(過去ログ)私と喜楽さま 白山菊理姫さま(彼の尖山ブログ)とfurafuranさまが(彼女の尖山ブログ) 富山の尖山、二上山、天柱石に登る為に朝早くに ニーナカロライを出発した後でHさま Kさまが ニーナで巨大な対立するエネルギーに憑依されてニーナカロライの地場をめちゃめちゃにしてしまわれるという出来事が起きたのです。その後仲の良かった二人は 互いに傷ついてしまわれて はたしてこの後いっしょに佐賀まで行けるのかどうか わからない状態でした。昨夜の話し合いでも 互いに信頼できるのかが 大切なポイントになっていました。そんな中 まず 日本三大稲荷の祐徳稲荷さまから 佐賀県の波動調整のために来て欲しいという連絡が喜楽さまに届けられたようです。う~ん それでも このような不安定な状態で 佐賀に行ってよいものか!!これまでのツアーの状態を考えると いくらプライベートな個人ワークの旅行といえどもそのエネルギーの中に不調和のまま行くことはできない!!しかも 昨夜Kさまから聞いた話によれば 私たちとリンクする人たちが すでに「九州、九州~」と 九州の名前を出してきており エネルギーはすでに動いている、まわりに迷惑をかけるようなことがあってはいけないし本当にこんな状態で出かけていって いいのか!!そうなんども ハイヤーセルフと相談している時に この武雄心命(たけお ごころの みこと)様が出てきてくださったのです。どこから出てきてくださったかというと Hさまのお家の近くで どこか宿泊できる場所を調べていた時のことです。 この地は武雄(たけお)という地名なのですが温泉街として有名な場所で 駅の近くにはたくさんの温泉があります。ところが この門前町にある良質の温泉ではなく 街から離れた御船山の在る温泉が良いと喜楽天道さまのハイヤーセルフのアドバイスがあったのです。この御船山の地図を見ているうちに さきほどのビジョンに飛んでいくことになりました。<御船山>この武雄という街ですが 武雄心命(たけお ごころの みこと)から来ていることがこの時わかりました。しかし そこに住んでいらっしゃるHさまご家族でも このことをご存じなかったようです。また この写真の山があるこの場所は 昔から天皇家とかかわりがあるようですね。Hさまたちが ニーナカロライで重いエネルギーに取り囲まれた時私はちょうど 尖り山、二上山、天柱石という 3つのポイントを結べば正三角形になる山に登っており Hさまからの連絡で その重いエネルギーは Hさまたちから私の方へ バイパスして届けられました。おかげで 私は大変な目をして山に登ることになりましたが そのおかげでニーナに居たお二人は軽症ですんだようです。それを サポートしてくださったのが 武雄心命(たけお ごころの みこと)だったようです。お父様の武雄心命(たけお ごころの みこと)から 子供の武内宿禰ゆかりの山にいる私たちのところへのエネルギー送信だったわけです。この日 一緒に山に登った白山菊理姫さまは 武内宿禰の研究家でいらっしゃいますがHさまたちが ニーナで白山菊理姫さまと 一晩を一緒に過ごされたのも何かのご縁なのでしょう。それから この神代氏ですが 調べて見ると人皇八代・孝元天皇の孫・武内宿禰を祖として、代々筑後の高良玉垂宮を護ったので、「神に代わる」の意味で「神代」の姓を授かったと伝えられているようです。武家家伝によれば神代という名は、神功皇后遠征のとき、武内宿禰の武略知謀が神の如き働きをしたので、皇后は「神の代わり」との意味で「神代」の二字を授けたと伝える。 神代氏は代々、筑後一宮の高良神社に奉仕してきたが、文治元年(1185)、神代良光のころ、高良山から北へ二キロ、筑後川左岸の神代村に館を建てて移住し武士化していった。 応仁の乱(1467)後、天下は大いに乱れて下剋上の世となり、高良神社も武将たちの戦勝祈願が行われるなど、戦乱の渦中に巻き込まれていった。勝利の代に至って肥前国に確固たる勢力を築くようになる。武勇と知謀に恵まれた勝利は、一躍肥前の有力武将に成長した。 神代一族はのちに川久保鍋島家となって 佐賀藩をささえていくことになります。Hさまの家系は「化け猫騒動」で有名になった 鍋島氏と龍造寺氏の両方とかかわりがありそれが 彼女を苦しめてきたようですが そのご先祖さまの もっと前のご先祖さまのしかも 住んでいる武雄ゆかりの武雄心命(たけお ごころの みこと)のおじいちゃまが出てきてくださって『頑張れ~ 頑張れ~』とエールを送ってくださっているのでしょう。今回の旅行では 佐賀という場所に絞って その土地とその土地に住む人たちが前よりももっともっと安らかにたくさんの光の中で生活できるようにと 自分なりに土地と歴史の癒しと浄化の祈りをするつもりでいます。そんな私たちが 佐賀という特徴のある場所のエネルギーの前にそれこそ挫折しそうになっていたのを その土地ゆかりの存在たちが応援して いっしょに動いてくださっているのだなあと つくづく感謝しました。年内のこの旅行が終わったら 来年は 九州から東北に向かうことになるようです。来年すぐではありません。まずは エネルギーの嵐が吹いて そして その後 ゆっくりと私たちは動くようですよ。おっと もう一つ付け加えるのを忘れないようにしないと。京都光講座では たくさんのお菓子を頂きありがとうございました。お菓子はその場で包みを解いて 皆様にお召し上がりいただいたのですが一つだけ なぜか私が 袋から中身を取り出さずにおいておいたお菓子があります。「嵯峨乃焼」と書かれた 長岡京の小倉山荘のとても美味しいおせんべいなのですがこれをもってきてくださった あおい水月さまも「さが、さが どうもさがが気になる」とおっしゃっておられたようです。このお菓子の中身を開けた時に出てきた紙が在原業平さまの歌です。「ちはやぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くゝるとは」ここでも神代がでてきますね。そんなことを考えていたら そういえば 白山菊理姫さまの薔薇を愛でる会も神代植物園だったなあ と思いました。 今日はなんだか 神代の日ですね。
2009年12月15日
今 京都の光講座を終えて そして マヤ講座も終えて その後の食事会の楽しいひと時も終えて ニーナカロライにもどってきました。お客様たちは 皆様 お風呂屋さんに出かけておられます。静かな時間が しばしの間 私のまわりで流れています。今日の 光講座ですが 皆様の力強さを感じました。1年 いいえ 2年、3年かかりました。でも 集まってきてくださった皆様が それぞれにたいへんな学びを乗り越えてがんばっておられるそのお姿に 静かに感動しています。動かないと思っていた巨大なエネルギー体たちが 動き出し感情を表にだしてもいいのだと 巨大な山たちが 震えだしその巨体が あちこちで涙を流していました。今まで 小さく小さく 人の目を気にしながら動いていた存在たちももう 自分をそのままだしてもいいのだともう 我慢して支配されたままになっていることはないのだと心の底からの声を振り絞りだしました。今日は そんな光講座でした。先日の癒しのツアーでは 函館で 私がぶったれ その後の山形では 喜楽さまが ぶったおれその後 昨日まで 毎日毎日入ってくる 北海道からの支配のエネルギー解除のためのワークを なんとかもちこたえながら 頑張ってきて今日 京都の光講座のメンバーの顔を見て ほっとしました。そこに 確かなもの を 感じ ほっとしました。私たちは もう誰かの 僕(しもべ)としてではなく 自分自身をしっかりととりもどして自分自身が 宇宙の中心とつながって 自分の光を輝かせながら 喜びのなかで 生きていくことができるのですね。「創造主のわけ御霊としての自分」を生きる自由を 声たからかに叫ぶことができるのですね。旭川や帯広でも おなじように 光の集まりが開かれたようです。北海道の光の仲間たちのネットワークを 心のなかで 京都につなぎます。誰かに頼って 光をわけてもらうというのではなくこんどからは 自分たちが 光を生み出していこう!それが 今日の京都光講座のまとめです。
2009年12月13日
12月13日の京都光講座のご案内です。時間につきまして 前回 手洗い、うがいなどを皆さまにご協力いただいたのですが今回も宜しくお願いします。つきましては いつもより早く 12時30分には受付を開始いたします。12時30分~12時50分 受付(この間に 手洗い、うがい、 トイレなどをすませてください。)12時55分~ 調和の祈り (2階瞑想室にて) 遅れないようにしてくださいね。13時~ 光講座スタート16時 終了マヤ講座 17時~18時30分マヤ研究家の方におこしいただいて 初心者向けのマヤ講座を開きます。会費 1500円 (光講座参加者のなかで 希望される方 当日申し込みも可能です)今年最後の光講座になります。 有意義な光講座になると思います。
2009年12月11日
今年も残すところ後1ヶ月を切りました。今年一年 沢山の人たちに出会いました。どの方も 本当に 互いに鏡となって 良い学びをシェアーしてくださったなあと今 しみじみ感じています。ハートを開いて今 今年出会ったかけがえのない人たちに 想いを 寄せているとなんとも いえない 幸せな気持ちになります。歌 平原綾香 「あなたの腕の中で」 (you tube)作詞 作曲 妹尾 武『 はてしなく 広いこの世界 あなたに出会えた奇跡空を高く旅立つ鳥のように ここから 飛び出そう翼を広げて どんな嵐でも超えていけるよ二人で明日へ We are the one, and we can fly夜空に輝く星に抱かれ すべてを今 あなたと生きていく 』
2009年12月10日

今日はクリスマスプレゼントに子供たちに読み聞かせをしてあげるのに私がお薦めしたい本をご紹介しますね。星モグラ サンジの伝説岡田 淳 著理論社 (1990/12 出版)価格: ¥1,223 (税込)(詳細)それは、ほんとうのところ、信じられない話なのです。と、そのモグラは、話しはじめた。とてもモグラわざとは思えないことをやってのけたモグラの物語なのです。…聞くうちにぼくは、これが夢かどうかなんてもう考えてはいなかった。ぼくの前に人間のことばをしゃべるモグラあらわれた。空をとび水にもぐる英雄サンジのことを書きのこしてほしいというのだ。 対象は小学校中学年~小学校高学年 となっていますが毎日 すこしづつ読み聞かせをしてあげると 幼稚園のお子様や小学校低学年のお子様でも十分楽しめると思います。このモグラですが とにかく すこ~~~~~ん と抜けた 凄いヤツで子供たちに読み聞かせしてあげているうちに 気分が爽快になること請負です。登場人物によって 声を変えて読んであげてくださいね。日ごろ どんな風に子供たちと接したらいいかわからないお父さんたちに ぜひぜひクリスマスのお子様のプレゼント(お父さんが読み聞かせをしてあげるのですよ。)としてお薦め致します。 お仕事現場で 閉塞感を感じておられるお父さんたち! 子供たちと一緒に 星モグラサンジの自由な世界で遊んでみませんか。是非 楽しんでくださいね。
2009年12月08日
今日の個人セッションは 北海道にお住まいのボディワークをされている方からの依頼でした。つい最近 急に体の具合が悪くなったので 自分でも心あたりはあるのだけれども一緒にその原因を見つめて欲しいという内容のものでした。時間の経過にそって どのような方と出会い、 どのような会合に参加されどのような所に行かれたのかをお話をお伺いしてその間にこの方にどのようなエネルギーが来て どこでこの方が体調を崩されたかを特定していったのですが彼女が 具合が悪くなった一番の原因が あるメールだったのです。あるパワー系のスピリチュアルワーカーさんからの 新年のイベントのお誘いのメールだったのですがこのメールが 実は この方のハートを強制的に 閉じさせて 地球とグランディングできなくさせていたことを 指摘すると「やっぱり そうでしたか、、、。 このメールから 自分の波動が落ちていったのに気づいてはいたのですが、、、。」事情を聞いてみると かつて このスピリチュアルワーカーさんのイベントに出られたことがあって それ以来 特別親しいというわけではないのに ~ちゃんづけで イベントのお誘いのメールが来るようになったということです。こういうケースは時々 聞いたことがあります。メールをもらった方も そんな凄い人が自分に直接メールしてくれた ということでお近づきになりたいと思ったり お役に立てる自分に嬉しくなったりして イベントに参加するものの 決して 自分が特別扱いされているわけではないのでがっかりして 帰ってくるのですが また あこがれて やっぱりメールが来ると 高揚して行ってしまうという話を聞いたことがあります。また どこか教祖的なカリスマエネルギーを持つ人に誘われたら断れないということもあるようです。今日の相談のケースは このスピリチュアルワーカーさんの波動が支配的でハートを閉じさせるエネルギー体だったために ちょっとやっかいでした。宇宙空間でのご縁もあるのでしょう。結局は ご本人が 『もう 私は 僕(しもべ)にはならない!!』と確固とした意思を持つことが必要なようです。今日のこの緊急セッションを通して 私自身 考えることが沢山ありました。以前は だしていたメールマガジンですが 今は 忙しくて出している暇がないので出していないのですが 心のなかでは 以前ご縁があった人たちに 光講座やワークなどのお誘いを出さないとなあ、、 すっかりご無沙汰しているなあ と思っていたのです。今日は いろいろ考えて 今後はこちらからのお誘いのメールは出さないことにしました。ブログやホームページでご案内して そして その時 ご縁があった方が お申し込みしてくださってそうして その時の出会いを 本当に 本当に 大切にして そしてまた それぞれの道に進んでいくのが 良いと感じました。自分のスタイルを確認させていただいた 良いセッションになりました。ありがとうございました。
2009年12月07日
先日北海道を訪れた時 札幌のありが父さんさまから 「こういったスピリチュアル系のワークや集会って 女性ばっかりで 男性の参加者がいないですよね。」 と言われてそうか 北海道の私の周りでは そうだなあと改めて思いました。『でも 東京や京都では 男性たちの参加もあるんですよ。』と ありが父さんさまにはお話をしたのですが 実際に私のワークでは男性の数も増えていて先日から 男性のスピリチュアルワーカーさんの支援のようなワークが 続いています。 今日午後から 対面でおこなったワークもそうでした。今日は 仕事を持っておられる男性が どうやったら スピリチュアル的な生活に目覚めることができるか、、ということがテーマだったのですが私の中では スピリチュアルなことと 普通の生活が まったく同じで分けて捉えることはないのですがそれが 別のものとして切り離して捉えている人たちにとっては『日常生活にスピリチュアルなことを 取り入れると こんなに日常の生活が生き生きと輝きに満ちたものになりますよ。』 ということをお伝えするのが大事だと感じます。お仕事を持つお父さんたちの 基本的な関心事は 家族を守ること。家族が生活していけるように 稼いでくること。豊かな生活を営めるようにがんばること。 のように感じます。多くのお父さんたちは 生きていくのが難しい社会のなかで 頑張っている自分という姿を背負っておられるように感じます。不況の時代のなかでは まずは 上に書いたような基本的な事が 満たされるようなそういう個人セッションや個人ワークが 求められているようです。私が行っているのは お家や会社で プラスのエネルギーワークをすることによって今の環境をより良い環境にあげていこうということでそのワークの先は 必ず 家族の笑顔、 会社の人々の喜び、 お住まいになっている土地への感謝 しいては地球全体への感謝と癒しに繋がるものです。私は 毎日の生活を つまらないなあと想いながら生きているお父さんたちが他の誰にも迷惑をかけないで 自分で楽しくワークすることによって今までとは違う楽しい喜びの世界を 見つけていってくださるのを 見ているのが好きです。こんな仕事が好きなので この仕事をしています。 そして お父さんたちのなかで スピリチュアルワーカーがどんどん増えると楽しいなあと思って お父さんたちの取り組みを見つめています。頑張れ!! スピリチュアルお父さんたち!!
2009年12月06日

ちょうど一年前 私はチェコスロバキアのプラハにいました。16世紀後半、ルドルフ2世の治世に芸術や科学を愛する王の下、プラハに芸術家、錬金術師、占星術師などが集められ、プラハはヨーロッパの文化の中心都市として栄華を極めました。しかしながら 歴史の中でプラハは幾度となく戦火にみまわれますが 現代でもヨーロッパ中世の影響を残している街と言われています。プラハはチェコ共和国の首都で人口120万人の都市です。今日はこのプラハで 出会った人々に想いを向けながら その時にとった写真をご紹介します。広場は クリスマス市でにぎわっています。私のエネルギー体が 街のなかに ちょっとお邪魔した形の写真になりました。下の写真はプラハ市内のデパートの窓ですが巨大なアドベントカレンダーになっています。毎日 その日の数字が 絵のイルミネーションに変わっていくのですね。クリスマスシーズンは 遠くにいる家族を懐かしく思い出すシーズンでもあります。皆様の懐かしい人、 どなたでしょうか?
2009年12月05日
先ほどお風呂に入っていたら 先日泊まったホテルでの出来事を書いて欲しいという名も無き声がします。声の主たちは 罪無きして殺された人々です。数日前の話にさかのぼりますが 山形から帰ってきた私たちは大森海岸のホテルを取ることにしました。大森海岸は品川からは一本で行けますし 便利な上、近くに水族館があるためか このホテルの波動は なかなか良い感じがしています。さて夜チェックインしてみると なぜかホテルの部屋が寒いのです。暖房が効いていないということではなく なぜか 寒くて だんだん冷凍庫のようになってきました。ベットの上も寒いし、 お風呂場も寒いし、、。パソコンをだして 何がこのホテルの近くにあるのかを グーグル地図で見てみることにしました。波動を重くしているものとして感じられたのは 平和島競艇場 と 大井競馬場かと感じたのですがこの寒いエネルギーは別のところから 発信されています。そうして 見つけたのが鈴ヶ森刑場跡でした。ホテルからすぐの所に 江戸の北の入口(日光街道)に設置されていた小塚原刑場、西の入口(甲州街道)沿いに設置されていた八王子市の大和田刑場(または中仙道の入口の板橋刑場とする説もある)とともに、江戸3大刑場といわれた鈴ヶ森刑場の跡があるのです。ここで処刑された人々の数は 10万人とも20万人とも言われるそうです。現在も井戸や、火炙用の鉄柱や磔用の木柱を立てた礎石などが残されている。なお、礎石の位置はかつてあった場所から移動され、供花台も設置されて、一種の供養碑の役割も果たしている。とのことです。八百屋お七もここで処刑されたようです。私はしばらくホテルで この刑場でお亡くなりになった人々に対して祈りました。すると 先ほどまでの寒さは消えて むしろ 優しい波動に包まれて眠ることが出来たのでした。今夜再びこのことを思い出さされたのは なにも この場所の幽霊が我が家にやってきたということではなく 今のこの時期に 無実の罪で無くなった沢山の人々に想いを向けるようにという上のサポートの願いであるように思いました。12月になると いつも 想うのがキリスト意識のエネルギーです。イエスさまは磔になりましたが この鈴ヶ森でも磔になった人たちがたくさんいらっしゃったのでしょう。その方々のこの世界での学びを かけがえのない尊いものであったと感謝するとともに彼らを癒し、祝福する祈りを捧げます。アセンションの時代、 たくさんの光のサポートが来ていることは感じますが彼ら一部の代表選手が地球をどうこうするということではなく 大昔から 名も無い人々の脈々とした取り組みの中に たくさんたくさんの光が織り込まれていたことを 私は感じるのです。道端の露と消えた人々の命の輝きに 心からの癒しと感謝と祝福を送ります。
2009年12月03日
先日の東京光講座では 喜楽さまにリーディングしていただいて決まった席順がなんと 向かい合った同士 同じ学びをしているペアだったのです。こんなことってあり? っと最初は 本当にびっくりしましたが実際に当日向かい合った人が順番に自分の特徴や現在学んでいることなどをお話する段になると 驚きの声があちこちであがりました。この光講座は 旭川、札幌、山形と続く流れの総集編の部分もあって 圧巻でした。参加された方たちが がんばってブログにあげてくださっていますが みなさまその内容の濃さに 全部は紹介できないといいながら たくさんの素晴しい素晴しい気づきを書いてくださっています。のんのんさまのブログ あきさまのブログwackyさまのブログゆうにゃさまのブログkasumiさまのブログふくのくみさまのブログひろひろちゃんさまのブログtani-happyさまのブログ花shanriさまなないろさまのブログたれうさぎさまのブログrafaelloさまのブログえんさまのブログひかりマリアローズさまのブログkayokoさまのブログどの方の記事も素晴しい気づきと学びでいっぱいですね。ありがとうございます。もしもこちらに掲載漏れしている方がありましたら ごめんなさい。ご連絡いただければすぐに掲載させていただきます。さて12月に入ってからというもの ニーナカロライには 個人ワークやカウンセリング依頼のお問い合わせが毎日来ておりますが 私一人で 対応するのは無理な状況です。ご相談の中には 宇宙の歴史の中で 傷ついてしまったライトワーカーさんが光の治療を必要とするものもあれば 昨日書きましたように この変容の嵐のなかで どうこれを乗り越えたらいいのかわからなくなっているケースもありその多くが まずは 自分本来の姿に戻すために 今まで積もり積もったもう要らないエネルギーをセパレートすることで 随分楽になるケースも多いと思います。今 苦しんでいるこの姿が 自分の姿だと錯覚しているケースも多いのです。エネルギー的に見れば 周りの土地や環境から影響をうけた波動の下に美しいその人本来の波動が 隠れているということは山ほどあります。私自身も このエネルギーのセパレートは大変効果的ですので 毎日行っております。このワークは レイキなどの大きな団体のワークメニューのようには 世の中には知られていないのですがこれを使っているスピリチュアルワーカーさんたちもいらっしゃいますのでこいいったワークのできる方の所へいって 教えていただくのも一つの手かと思います。現在私はどなたかのご紹介がない場合は お受けしないことにしていますので12月に入ってからのワーク・セッション依頼に対応できなくて 困っていたら二人の古い友人が助け舟を出してくださいました。北海道 旭川の南天さま と 神戸の きらきらハウスさまです。それぞれのカウンセリングメニューの中で セパレーションワークを取り入れているとのことですので それぞれのホームページから お問い合わせをしてみてください。先日の光講座で ある参加者の男性が 「ひめのさんに会うのに 1年かかった。」と言われたら その前に立っておられた別の男性が 「1年はまだ 短いほうだ。 自分は2年かかった。」と話しておられましたがそんなに我慢していないで 今の時代は 必要なものであれば さっと 受けて ご自分で進んでいかれるのが良いと思います。我慢していると 宇宙が 無理やり バリバリっと やっちゃいますのでむしろ 自分から どんどん変わっていきましょう。変わっていくほうが サポートが入って楽に変わっていけます。キラキラハウスのご主人さまは 実際にこの3次元の会社にお勤めされているスピリチュアルワーカーですから 3次元社会で男性たちが抱えている問題もよく理解されています。また このご夫婦はスピリチュアルチルドレンを実際に育てておられて 彼らのお子様に私たち大人がおこなっているいろいろなワークを子供用に編成して教えておられますので現代社会への対応でお困りの クリスタルチルドレンをお持ちのご家庭はご相談されると良いと思います。南天さまは 先日北海道の旭川で 私がワークをさせていただいたサロンですが足もみマッサージがお好きなので メニューは ボディワークがメインになっていますが実は カウンセリングの方も エネルギー的なことがわかった上でのカウンセリングの出来る方です。いつもであれば 共に動いている喜楽天道さまや kasumiさまは 宇宙からの呼び出しがかかっているようで 意識がこの3次元にはいらっしゃらないようです。きっと次のステージが始まる前に 宇宙と何か打ち合わせがあるのでしょうね。何がおきてくるのか ワクワク楽しみです。
2009年12月02日
山形の美しい自然と素朴で暖かい人々の余韻を感じる時間もないくらいに 急ピッチで多くの計画が進んでいるようで 日本中からその変容の痛みを感じます。私は今 この地球上に住む人たちが できるだけ痛みが少ない状態でこの変容の波を乗り切っていけるように地上での調整のほんの一部を受け持って このブログを発信しています。すでに宇宙からのエネルギーはどんどん人々の変容を促す光線を発しておりまた 地上のお役目の方たちもそれぞれに今まで封印されてきた部分をどんどん壊していっているようですが 力の強い人、 エネルギー体が大きな人は あまり感じることなく また感じてもあまり響かないかもしれませんが弱い人、 敏感にいろいろなことを感じる人たちにとってはこの変容の時代は辛いものがあるようです。昨日1日に届いた10件のワーク依頼を感じてみました。家の中で 今までそんなことを言わなかったご家族が何かスピリチュアル的に動かされていることを言い出したり、家族の中で インフルエンザをはじめ さまざまな病気や怪我にみまわれる人が続出したり病気とは思えないような体の痛みが続いたりという現象が起きているのですがそれらを感じてみるとけっして悪い現象ではなく 良いほうに向かうためのエネルギー調整であるように思います。日本全国 おそらくは世界中で 良い方向に向かうための 宇宙規模のエネルギー調整が起こっているのでしょう。体の痛みとしては こういうケースでも起きています。かつて 私たちは 善悪さまざまな体験をしております。負のエネルギーを受けて動く体験をした時には闇ネットから 負のエネルギー供給がおこなわれたようです。そのパイプが私たちの体についているとすれば もうそれは必要がないので負のエネルギーパイプを切断する調整が行われるのです。過去生で 闇の将軍の手足となって戦争を経験したり 僕となって悪事に加担したり支配階層にいて誰かを支配したというケースでは そのエネルギーが闇将軍から供給されたパイプが体についていたのですが今生では 光とつながって かつての闇世界の体験を乗り越え、美しい光に変えていくことを選択すると かつての闇パイプは必要がないので 取り外しましょうということになります。その取り外し作業を宇宙では どんどん行っていくのですが それが 痛みとなって来ているという例もあるようです。この闇パイプですが 人々がハートを開かないで 他者を自分の心のなかに自分と同じものとして受け入れられない状態でいる時はこの闇パイプがついていると考えるとわかりやすいです。例えば 自己否定、他者の否定、恨み、ねたみ、 怒り、支配、依存、創造することにたいするあきらめ、対立etc.これらが闇パイプになって 重い振動数の世界に その方をつなぎとめているのですがもう そのような重い波動の世界はどんどん取り壊しされていますのでこの闇パイプも取り壊す必要がでているのだと 経験上感じます。これを乗り越えるには 心をどこに向けるかが大切です。どうか 自分を常にサポートしてくれている光のサポーターたちを信頼してください。自分自身が(教祖でも 誰か超能力者のような人でもなく) しっかりと心を美しいもの、安らかなもの、愛あると感じるものに向けることが大切です。また 頭で考える人たちは ハートを開いているとはいえないのです。ハートの容量は物凄く大きくて 宇宙のすべてとつながっていますので頭思考から ハートに切り替えるようにしていってくださいね。あなたの意識は 今 どこに向いていますか?今 苦しい状態にある方がいらっしゃるとすればその苦しみのトンネルの先に 何が見えていますか?トンネルの向こうに 輝かしい光があると信じることが もっとも大切です。。そう 信じれば そのようにエネルギーは動くからです。『かつてつけてしまった闇ネットのパイプ、 それを取り外す絶好のチャンスです。そのための解体手術が 今 行われているんだと 楽しみにして トンネルを抜け出てくださいね。』トンネルを抜け出たら また 遊びましょうね。
2009年12月02日
全19件 (19件中 1-19件目)
1