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今週は朝3時半起床で、6時よりの集中セミナーを続けてます。夜は集会もあり、ゆとりの一万歩も欠かさず、昨日は予定より早くセミナーが終わりました。 夕方、目を開けていることができずそのままベッドにぐっすり眠って、目が覚めてびっくり、しまった間に合わない、遅れたと飛び起きました。 時計が7時を指しており、木曜日の朝と勘違いし、朝ア6時に始まるセミナーに遅れたと勘違い、でもそんなに長く寝ているはずがないと、テレビをつけたら7時のニュースをやっている。チャンネルを変えて夜の7時だと確認、やっとホッとし、もう夕食は無しで、就寝時間まで・・・・。 いつでもどこでも眠れる熟睡の恵みが与えられ、いつも元気に守られて感謝しながらですが、昨夜は一人で大笑いの昼寝ではなく夕寝?でした。 セミナーに長野県から参加している社長が、ラッキーセブンは好きですか?と問うので、好きですと答えました。 すると、1~9まで好きな数字を思ってください。3と想うと、その数字に3を足してください。6だ。2を掛けて12。8を足して20。2で割って10。最初に思った数字を引いて幾らになりましたか?7です。ラッキーセブンのなりました。 どんな数字を思い浮かべても答えは7になると言う数字遊びだそうです。神学生たちも試されたようで、数学の教師をしていた神学生も不思議ですねと首をひねっていました。 数字の確率だと思いますが、それよりも確実なのは、イエス・キリストのお名前による祈りだと感謝しながら、おしゃべりも楽しめるセミナーのひとときでした。 夜に、「主よ。助けてください」と言うコラムを書きました。 30秒の祈りで世界が変わる(主の祈りの精神で世界が変わる)が、1秒の祈りで助けられると、口癖の祈りの勧めです。 祈りについてあまり簡単に書くと起こられそうですが、毎日、「主よ。助けてください」の祈りで、大きな恵みを体現しながら祝福されています。 アーメン。ありがとうごます。助けられました。感謝します。ハレルヤ! 今朝は6時スタート。予定では夜までだが神学生たちのノリが良いので、夕方には終了できそうです。今日もまた天国の一日です!と楽しんで学びを継続です。詩篇 37:1 悪を行う者に対して腹を立てるな。 不正を行う者に対してねたみを起こすな。 37:2 彼らは草のようにたちまちしおれ、 青草のように枯れるのだ。 37:3 【主】に信頼して善を行え。 地に住み、誠実を養え。 37:4 【主】をおのれの喜びとせよ。 主はあなたの心の願いをかなえてくださる。 37:5 あなたの道を【主】にゆだねよ。 主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。 37:6 主は、あなたの義を光のように、 あなたのさばきを真昼のように輝かされる。 37:7 【主】の前に静まり、耐え忍んで主を待て。 おのれの道の栄える者に対して、 悪意を遂げようとする人に対して、 腹を立てるな。 37:8 怒ることをやめ、憤りを捨てよ。 腹を立てるな。それはただ悪への道だ。 37:9 悪を行う者は断ち切られる。 しかし【主】を待ち望む者、彼らは地を受け継ごう。
2009/09/30
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生駒聖書学院の朝は早く、5時起床、5時半ラジオ体操で眠気を吹き飛ばしチャペルへ。 日課の聖書箇所を一章司会者と交互に一節づつ声を出して読み、全員が大声を出し6時半まで祈り続けます。 6時半から礼拝。元気で美しい賛美が歌われ、20分間の聖書メッセージ(月曜&金曜は院長。水曜日は副院長。火曜&金曜は神学生や教授たち)が語られます。 チャペル・タイムの30分はインターネットで毎日配信されています。elimibc.com/ 今週は予定を変更したので、月曜~来週月曜まで毎日、院長メッセージを配信中です。 月曜日朝8時よりスタート。火曜日から金曜日までは朝6時スタート。火曜日&水曜日の夜集会ですが、木曜日は夜までの予定で缶詰でセミナーを継続中です。楽しい時を時間の過ぎるのも忘れるくらい楽しんでいます。 どういう変化がセミナー終了後に、ひとりひとりに起こるか楽しみなセミナーです。 幸い、ゆとりの一万歩もセミナー時間中に月曜&火曜とも達成。昨夜は午後に銀行や郵便局、夜は大阪エリム集会で駐車場から教会まで歩く機会が多く、万歩計は1万6千歩を計数していました。もうすぐ歩きはじめて丸6年になります。今日もセミナーでゆとりの一万歩になるかな?と思いつつ、今から教室へ向います。 今朝メールに入ったいたドイツ語とスペイン語の聖書のことばです。Gott is mit uns! Dios con nosotoros.神が私たちと共におられる。 マタイ1:23詩篇121:1 私は山に向かって目を上げる。 私の助けは、どこから来るのだろうか。 121:2 私の助けは、天地を造られた【主】から来る。 121:3 主はあなたの足をよろけさせず、 あなたを守る方は、まどろむこともない。 121:4 見よ。イスラエルを守る方は、 まどろむこともなく、眠ることもない。 121:5 【主】は、あなたを守る方。 【主】は、あなたの右の手をおおう陰。 121:6 昼も、日が、あなたを打つことがなく、 夜も、月が、あなたを打つことはない。 121:7 【主】は、すべてのわざわいから、あなたを守り、 あなたのいのちを守られる。 121:8 【主】は、あなたを、行くにも帰るにも、 今よりとこしえまでも守られる。
2009/09/29
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キリスト教インターネット新聞に、天の虫けらと朝日放送ラジオ希望の声説教集、輝き・可能性への変身の掲載が終わり、今年から新しいコラムを掲載しています。 「わずか30秒の祈りで世界が変る」というタイトルです。イエス様はこう祈りなさいと「主の祈り」を教えてくださいました。マタイの福音書 6:9 だから、こう祈りなさい。 『天にいます私たちの父よ。 御名があがめられますように。 6:10 御国が来ますように。 みこころが天で行われるように地でも行われますように。 6:11 私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。 6:12 私たちの負いめをお赦しください。 私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。 6:13 私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。』 〔国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン。〕 主の祈りは全世界の幼子や識字率の低い地域でも、すべてのクリスチャンが祈ります。ミッションスクールではもちろんですが、キリスト教系の幼稚園ヤ保育所、あらゆる施設でも祈られています。祈りのエキスです。 主の祈りは普通30秒もあれば祈ることができます。そしてその祈りの精神を体現し続けているのがクリスチャンたちです。多くの祝福を体験し続けています。 主の祈りの精神をしっかり受け止めて、事あるごとに短い祈りをする幸いを喜んでいます。 「主よ。お助けください。アーメン」と言う祈りです。1~2秒の祈り、口癖の祈りと呼んでも良いかもしれません。不思議に心が落ち着き、知恵が与えられ、物事の本質を見抜くこともでき、乗り切る力も与えられます。 問題があるからだけではなく、どんなときにもともにおられる聖霊の臨在を、口にする(あるいは心で言う)「主よ。お助けください」の1秒が、大きな変化とチャレンジとなります。 聖書の約束は、 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。(ローマ10:13) 「またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。 あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう」(ヨハネ14:13-14) 「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます」(マタイ7:7-8) キリスト教信仰は、神の約束のことばを100パーセント信用して、その約束をアーメン(真実そのとおりほんとうです)と受取るだけです。 どんなに短い祈りや叫びであっても、神はご自分の約束に答えてくださるのです。 今日も素直に何事でも、「主世。お助けください。アーメン」で乗り切りましょう。 今日もまた天国の一日です!ハレルヤ。感謝します。 マタイの福音書 14:22 それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませて、自分より先に向こう岸へ行かせ、その間に群衆を帰してしまわれた。 14:23 群衆を帰したあとで、祈るために、ひとりで山に登られた。夕方になったが、まだそこに、ひとりでおられた。 14:24 しかし、舟は、陸からもう何キロメートルも離れていたが、風が向かい風なので、波に悩まされていた。 14:25 すると、夜中の三時ごろ、イエスは湖の上を歩いて、彼らのところに行かれた。 14:26 弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、「あれは幽霊だ」と言って、おびえてしまい、恐ろしさのあまり、叫び声を上げた。 14:27 しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。 14:28 すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」 14:29 イエスは「来なさい」と言われた。そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。 14:30 ところが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、「主よ。助けてください」と言った。 14:31 そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」 14:32 そして、ふたりが舟に乗り移ると、風がやんだ。 14:33 そこで、舟の中にいた者たちは、イエスを拝んで、「確かにあなたは神の子です」と言った。
2009/09/28
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あっという間に9月が過ぎてしまった感です。超充実の日々で自分でも驚くほどの熟睡と、スッキリ目覚めの朝早くです。 主の恵みは朝ごとに新しく、この日は主が造られた日、この日を楽しみ喜ぼう!今日もまた天国の一日です!主を待ち望む者は、新しい力を受ける。歩いても弱らない。走っても疲れない(走らないで歩いてばかりですが)、わしのように翼を駆って上る。あなたの力はわしのように新しくなる! 幸いなことよ!まことにその人は、主の教えを喜び年、昼も夜もその教えを口ずさむ。その人は流れの側の木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は何をしても栄える。 毎朝のめ算とともに思いつく限りの聖書の言葉を口ずさみながら、洗面、シャワー、朝の祈りや時間を見つけてゆとりの一万歩。私が滅びないで起きているのは、主の恵みによるのだ! 神様!ありがとうございます。今日もいのちを与えられ生かされいます。今日の果たすべき使命を全うさせてくださいます。感謝します。ハレルヤと感謝しつつの歩みです。 今月は誕生日でしたので、様々なチャレンジもあり、一つは献身50年を感謝して、コミック「歌えない、踊れない、無口の牧師物語」(20ページ)のトラクト発行でした。まだ出来上がったばかりですが、自分が文字通りまんがのような人生だったと笑いながらです。 神の恵みの豊かさに、漫画家が描いた自分の姿に涙したり、感動したり、イエス・キリストの救いをただ「アーメン。信じます」と素直に受けただけなのに、すべての罪を赦され、神の子とされたばかりでなく、重荷をおろした喜びと感謝が与えられ続けてきました。 「アーメンと言えば救われます」を信条に、今日も命の限り生きていこう。ハレルヤ!今日もまた天国の一日です! 今週は、今朝から金曜日の昼まで35時間連続の集中セミナーを指導します。火曜日&水曜日は集会があり、木曜日は夜9時までセミナーで、神学生たち20名と5日間朝から晩までいっしょに語り、笑い涙する幸いな秋の日々です。アモス書9:11 その日、わたしは ダビデの倒れている仮庵を起こし、 その破れを繕い、その廃墟を復興し、 昔の日のようにこれを建て直す。 9:12 これは彼らが、エドムの残りの者と、 わたしの名がつけられた すべての国々を手に入れるためだ。 ──これをなされる【主】の御告げ── 9:13 見よ。その日が来る。 ──【主】の御告げ── その日には、耕す者が刈る者に近寄り、 ぶどうを踏む者が種蒔く者に近寄る。 山々は甘いぶどう酒をしたたらせ、 すべての丘もこれを流す。 9:14 わたしは、 わたしの民イスラエルの繁栄を元どおりにする。 彼らは荒れた町々を建て直して住み、 ぶどう畑を作って、そのぶどう酒を飲み、 果樹園を作って、その実を食べる。 9:15 わたしは彼らを彼らの地に植える。 彼らは、 わたしが彼らに与えたその土地から、 もう、引き抜かれることはない」と あなたの神、【主】は、仰せられる。
2009/09/28
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今日は9月最後の日曜日。月一度の、富雄キリスト教会でメッセージです。 「すべてを捨てて従う幸せと喜び」と題して語ります。マタイの福音書16:24 それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。16:25 いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです。16:26 人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。 9月2日に68歳の誕生日を迎えました。15歳の時、聖書をはじめて手にしました。それから53年、聖書を読み続け、聖書66巻は誤りのない神のことばとして従っています。生駒に来て50年、今年は種子島の母教会で日曜日を迎え、夜はバプテスト教会で中学の時の担任と同級生その友人4名が参加してくれました。 23日の天国聖会で、コミック「歌えない、踊れない、無口の牧師物語」を発行。 一口に50年と言いますが、献身したのが日本プロテスタント100周年の年、今年が15周年です。200周年は生きていれば118歳、ギネスブックに載るかもしれません。冗談でが・・・・。 イエス様は、「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」と教えました。イエス・キリストのことばにあるように、すべてを捨てて従う人生を歩みたいものです。心配を捨てるマタイ6:31 そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。 6:32 こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。 6:33 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。恐れを捨てるマタイ8:25 弟子たちはイエスのみもとに来て、イエスを起こして言った。「主よ。助けてください。私たちはおぼれそうです。」 8:26 イエスは言われた。「なぜこわがるのか、信仰の薄い者たちだ。」それから、起き上がって、風と湖をしかりつけられると、大なぎになった。疑いを捨てるマタイ14:30 ところが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、「主よ。助けてください」と言った。 14:31 そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」理屈を捨てるマタイ16:7 すると、彼らは、「これは私たちがパンを持って来なかったからだ」と言って、議論を始めた。 16:8 イエスはそれに気づいて言われた。「あなたがた、信仰の薄い人たち。パンがないからだなどと、なぜ論じ合っているのですか。不信仰を捨てるマタイ17:20 イエスは言われた。「あなたがたの信仰が薄いからです。まことに、あなたがたに告げます。もし、からし種ほどの信仰があったら、この山に、『ここからあそこに移れ』と言えば移るのです。どんなことでも、あなたがたにできないことはありません。 それらのものを捨てきれずに悩む自我の多い者です。根本的問題の本質である自我を捨て、それを可能にしてくださる聖霊に導かれ、聖書の言葉にアーメンと答えつつ生きていこうと思う日曜日の朝です。ガラテヤ人への手紙2:20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。
2009/09/27
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逃がした魚は大きいということばがあります。今朝もブログの記入が終わりに近づきホッとした瞬間、操作ミスで全部削除されてしまいました。と言っても特別なことは書いていなかったのですが・・・・。」書かなくても良いとの神様からメッセージと感謝しています。 明日は今月最終日曜日。月一度富雄キリスト教会へ行く日です。5年前までは毎週富雄キリスト教会で礼拝メッセージでした。 それから月二度になり、2年前から生駒聖書学院教会でインターネット礼拝を開始し、全世界に向って配信を始め、月3回は生駒でメッセージをしています。 毎日平均150くらいのアクセスですが、月にすると5000くらいのアクセスになることもあり、多くの方々に聖書ンメッセージを届けることができ喜んでします。 コミック「歌えない、踊れない、無口の牧師物語」(20ページのまんが)を出版しましたが、そんな牧師が福音を語っていることは、不思議な神の恵みだといつも感謝しています。 一ヶ月間でどれくらいの方々に聖書のメッセージが届いているのだろうかと今思います。インターネット礼拝=約4000名前後。ラジオ放送希望の声=30万人以上。テレフォンメッセージ=1000人位。ブログ=9000ほど。礼拝=500名 学院=500名など、毎日語る聖書のことばに耳を傾けている人は、ざっと数えてラジオがあるので大勢になりますが、30数万になることに聖なる不思議さを感じます。37年目になっているラジオ放送だけでも、年間360万人ですから、トータルすると日本総人口に語った数になります。 ともかく、イエス・キリストの「救いの知らせを伝えたい!アーメンと言えば救われますをモットーに、与えられた救いの恵みを語り、書き続けている毎日です。ローマ人への手紙10:9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。 10:10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。 10:11 聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」 10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。 10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。 10:14 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。 10:15 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」 10:16 しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。「主よ。だれが私たちの知らせを信じましたか」とイザヤは言っています。 10:17 そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。
2009/09/26
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23日は、生駒聖書学院チャペルで天国聖会。本田路津子さんの美しくやさしい賛美で、天を思う幸いな時で、参加者一同感動に包まれました。 家内は、97歳の母が天国へ召され、鹿児島県出水市の実家へ帰り、昨日の夕方帰宅しました。兄弟姉妹7名で母親を天に送りましたが、今まで見た母親の顔で一番美しい顔だったと、興奮して話してくれました。数年病院と施設でしたが、長女と長男夫妻が毎日訪問し、家内や弟妹も度々見舞いに帰りました。私も九州へ行く度に立ち寄り見舞い祈りました。 ずいぶん前に、アーメンと言えば救われると語り、イエス・キリストを信じていました。洗礼は末娘が牧師で家内といっしょに見舞った時、病床でバプテスマを授けました。 兄弟姉妹7名家族に見守られて天国へ行きましたが、みんなの思いは一つで特にその顔が幼子のようにきれいで美しく、息子も娘たちも一応に感動したと喜びの葬式だったとのことです。 人は死ねばどうなるのか?キリスト教では、イエス・キリストを信じれば永遠のいのちが与えられ、天国に召されると信じています。 もうどこへ行くのか分からない人生ではなく終着駅は天国です。滅びてしまうのでもなく、地獄へ行くのではなく、もはや死も悲しみ嘆きも涙もない、麗しい天国が永遠の住まいとなるのです。 旅行をするとき、目的地にホテルを予約しておけば、~様、お待ちしておりました。お部屋の準備ができております。どうぞゆっくりお過ごしくださいと迎えられます。 高級なホテルであればあるほど予約がなければ宿泊できません。人生の旅の最終の目的地は、どんな高級ホテルにもまさる天国の住まいです。 十字架にいのちをすて、天国への切符を取ってくださり,アーメン、信じますとその予約を持っている人は幸いです。 家内の報告を聞きつつ、「主イエスを信じなさい。そうすればあなたもあなたの家族も救われます」(使徒の働き16章31節)の約束のすばらしさに感謝しました。 今日はクリスチャン新聞記者が二人で訪問、一人は韓国支局を設定するため、韓国へ行くので、簡単な送別会をしようと思っています。その前後にインターネット礼拝録画や面談客など、今日もまた天国の一日です。ヨハネの福音書 14:1 「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。 14:2 わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。 14:3 わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。 14:4 わたしの行く道はあなたがたも知っています。」 14:5 トマスはイエスに言った。「主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちにはわかりません。どうして、その道が私たちにわかりましょう。」 14:6 イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。14:27 わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。
2009/09/24
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今朝は5時に目覚め、朝のチャペル後は講師と近くの喫茶店でモーニングサービス(400円)で朝食。明日の朝は、講師の大好きな吉野家の牛丼朝食です。 帰るとすぐインターネット録画(来週は月曜日~金曜日まで35時間の連続セミナーをするのでチャペルがなく)取り。 大阪より全国朝祷会・近畿ブロック会長や大阪朝祷会代表を生駒駅まで迎えに。来月15日開式礼拝で、生駒朝祷会をスタートするので、準備委員会を8名で昼まで行ないました。 月一度ですが、三番目の木曜日朝7時~8時(30分間礼拝と祈り&30分間朝食交わり)の一時間、超教派の集まりを開始します。 幸い生駒聖書学院を会場にすると、広い駐車場があるので車で来られる場合はすごく便利でもあり、1時間以内で来れる周辺教会に案内をします。 クリスチャンたちがカトリックもプロテスタントも、教団教派をこえて一同に会し、ここもまた天国の交わりと、愛と一致でイエス・キリストのお名前によって祈る幸いを体験する場になって欲しいと願っています。覚えて祝福をお祈りお願いいたします。ヨハネの福音書 17:1 イエスはこれらのことを話してから、目を天に向けて、言われた。「父よ。時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すために、子の栄光を現してください。 17:2 それは子が、あなたからいただいたすべての者に、永遠のいのちを与えるため、あなたは、すべての人を支配する権威を子にお与えになったからです。 17:3 その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。 17:4 あなたがわたしに行わせるためにお与えになったわざを、わたしは成し遂げて、地上であなたの栄光を現しました。 17:5 今は、父よ、みそばで、わたしを栄光で輝かせてください。世界が存在する前に、ごいっしょにいて持っていましたあの栄光で輝かせてください。 17:6 わたしは、あなたが世から取り出してわたしに下さった人々に、あなたの御名を明らかにしました。彼らはあなたのものであって、あなたは彼らをわたしに下さいました。彼らはあなたのみことばを守りました。 17:7 いま彼らは、あなたがわたしに下さったものはみな、あなたから出ていることを知っています。 17:8 それは、あなたがわたしに下さったみことばを、わたしが彼らに与えたからです。彼らはそれを受け入れ、わたしがあなたから出て来たことを確かに知り、また、あなたがわたしを遣わされたことを信じました。 17:9 わたしは彼らのためにお願いします。世のためにではなく、あなたがわたしに下さった者たちのためにです。なぜなら彼らはあなたのものだからです。 17:10 わたしのものはみなあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。そして、わたしは彼らによって栄光を受けました。 17:11 わたしはもう世にいなくなります。彼らは世におりますが、わたしはあなたのみもとにまいります。聖なる父。あなたがわたしに下さっているあなたの御名の中に、彼らを保ってください。それはわたしたちと同様に、彼らが一つとなるためです。 17:12 わたしは彼らといっしょにいたとき、あなたがわたしに下さっている御名の中に彼らを保ち、また守りました。彼らのうちだれも滅びた者はなく、ただ滅びの子が滅びました。それは、聖書が成就するためです。 17:13 わたしは今みもとにまいります。わたしは彼らの中でわたしの喜びが全うされるために、世にあってこれらのことを話しているのです。 17:14 わたしは彼らにあなたのみことばを与えました。しかし、世は彼らを憎みました。わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものでないからです。 17:15 彼らをこの世から取り去ってくださるようにというのではなく、悪い者から守ってくださるようにお願いします。 17:16 わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではありません。 17:17 真理によって彼らを聖め別ってください。あなたのみことばは真理です。 17:18 あなたがわたしを世に遣わされたように、わたしも彼らを世に遣わしました。 17:19 わたしは、彼らのため、わたし自身を聖め別ちます。彼ら自身も真理によって聖め別たれるためです。 17:20 わたしは、ただこの人々のためだけでなく、彼らのことばによってわたしを信じる人々のためにもお願いします。 17:21 それは、父よ、あなたがわたしにおられ、わたしがあなたにいるように、彼らがみな一つとなるためです。また、彼らもわたしたちにおるようになるためです。そのことによって、あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるためなのです。 17:22 またわたしは、あなたがわたしに下さった栄光を、彼らに与えました。それは、わたしたちが一つであるように、彼らも一つであるためです。 17:23 わたしは彼らにおり、あなたはわたしにおられます。それは、彼らが全うされて一つとなるためです。それは、あなたがわたしを遣わされたことと、あなたがわたしを愛されたように彼らをも愛されたこととを、この世が知るためです。 17:24 父よ。お願いします。あなたがわたしに下さったものをわたしのいる所にわたしといっしょにおらせてください。あなたがわたしを世の始まる前から愛しておられたためにわたしに下さったわたしの栄光を、彼らが見るようになるためです。 17:25 正しい父よ。この世はあなたを知りません。しかし、わたしはあなたを知っています。また、この人々は、あなたがわたしを遣わされたことを知りました。 17:26 そして、わたしは彼らにあなたの御名を知らせました。また、これからも知らせます。それは、あなたがわたしを愛してくださったその愛が彼らの中にあり、またわたしが彼らの中にいるためです。」
2009/09/24
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アメリカのコロラドに州に、春一番に咲く「サクシフラージュ」という花があるそうです。 この花の根は、岩の小さな裂け目に深く入って、そこに種を植え付ける。その種はものすごい勢いで成長し、岩を砕いてしまい、こうしてこの花は岩から花を咲かせます。 「サクシフラージュ」は、英語では「ロック・ブレーカー」、日本語では「岩を砕く花」という意味の花です。 普通には岩のような問題や試練に直面すれば、もうだめだと思ってしまいます。現実は確かに厳しく、不可能の山は動かないかに見えます。 しかし、神には全能です。どんな問題にも可能性の種があります。投げ出したり逃げたりしないで、不可能は挑戦となり可能となるのが、神を信じるる者に与えられた神の手段であると確信し、困難な問題の中でも美しく輝きたいものです。 自然の世界の、「サクシフラージュ」はそれを証明しています。 神を信じる心に、「生きていて力がある」神のことばが蒔かれる時、問題によって砕かれるのではなく、問題を砕く「ロック・ブレーカー」と変えられていろ自分に驚くことでしょう。イザヤ35:1-4荒野と砂漠は楽しみ、荒地は喜び、サフランのように花を咲かせる。 35:2 盛んに花を咲かせ、喜び喜んで歌う。レバノンの栄光と、カルメルやシャロンの威光をこれに賜わるので、彼らは主の栄光、私たちの神の威光を見る。 35:3 弱った手を強め、よろめくひざをしっかりさせよ。 35:4 心騒ぐ者たちに言え。「強くあれ、恐れるな。見よ、あなたがたの神を。復讐が、神の報いが来る。神は来て、あなたがたを救われる。」
2009/09/24
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日曜日から家内と娘がいなくて一人暮らしで過ごしています。幸い礼拝や、月曜日はプロテスタント宣教150周年で神戸ポートアイランドで過ごし、昨日は本田路津子さんを新大阪に迎え、リハーサルや食事接待などで夜遅くまででした。 今日は祈りつつ準備した天国聖会、本田路津子・こころのコンサートで大勢の皆さんを迎えます。 エリムキリスト教会は、各所で礼拝を行っているので年一回ともに集まります。特に五年前よりその集まりを天国聖会と名づけました。 牧師になって50数名を天国へお送りしました。10歳の少年(白血病)から102歳(老衰)まで各年齢に及びます。臨終の床でアーメンと病床洗礼を受け、家族全員がクリスチャンになった家族も多くあり、見送る家族のない召天もありました。 アーメンと言えば救われます!を信条に、福音を語り続けていますが、それらの方々を覚え、残された者もいずれは召されるその日まで、今日もまた天国の一日ですと、慰めと平安、希望に輝く日々を天国に召されるまで、感謝しつつ生きて生きたいものです。 今年は、本田路津子さんの優しく美しい歌声がチャペルに響きます。昔からのファンの方々からメールやFAXの参加申込も届き、すばらしい時間になると楽しみにしています。 今まで、森祐裕理さんや市岡裕子さん、上原令子さん、湖美芳さんなど多くの福音歌手やゴスペルシンガーを招きました。来年は久米小百合(久保田早紀)さんを迎える予定です。 コンサート終了後は、楽しい愛餐会でご馳走がいっぱいあり、天国の喜びに輝くひとときです。 今日は、生駒に来て50年を感謝して出版したコミック、「歌えない、踊れない、無口の牧師物語」の披露の日です。わずか20ページの漫画ですが、何もできない少年がイエス・キリストの十字架の愛に感動し、アーメンと信じその日に種子島の海でバプテスマを受け、クリスチャンとなり、やがて牧師となる物語です。 ご希望の方があればお贈りします。メールでお申込みください。elimyoshi@kcn.jp詩篇66:1 全地よ。神に向かって喜び叫べ。 66:2 御名の栄光をほめ歌い、 神への賛美を栄光に輝かせよ。 66:3 神に申し上げよ。 「あなたのみわざは、なんと恐ろしいことでしょう。 偉大な御力のために、 あなたの敵は、御前にへつらい服します。 66:4 全地はあなたを伏し拝み、 あなたにほめ歌を歌います。 あなたの御名をほめ歌います。」 セラ 66:5 さあ、神のみわざを見よ。 神の人の子らになさることは恐ろしい。 66:6 神は海を変えて、かわいた地とされた。 人々は川の中を歩いて渡る。 さあ、私たちは、神にあって喜ぼう。 66:7 神はその権力をもってとこしえに統べ治め、 その目は国々を監視される。 頑迷な者を、高ぶらせないでください。 セラ 66:8 国々の民よ。私たちの神をほめたたえよ。 神への賛美の声を聞こえさせよ。 66:9 神は、私たちを、いのちのうちに保ち、 私たちの足をよろけさせない。 66:10 神よ。まことに、あなたは私たちを調べ、 銀を精錬するように、私たちを練られました。 66:11 あなたは私たちを網に引き入れ、 私たちの腰に重荷をつけられました。 66:12 あなたは人々に、 私たちの頭の上を乗り越えさせられました。 私たちは、火の中を通り、水の中を通りました。 しかし、あなたは豊かな所へ 私たちを連れ出されました。
2009/09/22
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いつも日曜日は富雄キリスト教会ですが、一昨日の昼すぐ帰って来ました。 母親が朝に召されたとの連絡出、鹿児島県出水市まで帰ることになりました。予定がぎっしりあるためいっしょに帰ることもできず、すぐ弔電を送りました。 毎年、九州へ行く度に出水市へ立ち寄り、入院中の母親を見舞い、認知が進んでいると言われながら、「義之さん。良く来てくれたね」と、いつもしっかり覚えて喜んでくれました。 大正3年生まれで、子どもが7名、孫が14名、曾孫が14名?もあり、入院するまではいつもお正月には、孫たちへプレゼント。息子、娘には年二回、自分が育てた野菜やお餅などを必ず贈ってくれました。 長男と長女が入院してからも毎日病院へ行き、最後までしっかりと介護し、看取ってくれたので外にいる姉弟たちも安心して、ときどき見舞いに行き、安らかな最後の時を迎えました。 聖書に、「主の聖徒たちの死は【主】の目に尊い」(詩篇116:15)とありますが、四番目の娘が牧師で病床洗礼を授けました。 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」(ヨハネ3:16) 神の大きな愛に救われる幸いは最高だと、家内の家族のことを思う時、いつも思わされます。 40年以上も前になりますが、関西聖書神学校を卒業した宮崎章牧師(江田島キリスト教会)が、牧師としての働きを始める前に、全国の教会を巡って福音を伝えました。 そのとき出水聖書教会の下川牧師(生駒聖書学院卒業)が、家内の実家で家庭集会をすることになりました。 家内の父親(56歳)は病院ではもう処置ができなく、本人には肺ガン末期であることを内緒に、自宅療養をするように退院してきたばかりでした。 夜の集会でイエス・キリストを信じる祈りをし、その真夜中に息を引き取り、天国へ召されていきました。その数週間、開拓伝道中だった富雄キリスト教会に宮崎牧師を迎え、感謝にあふれた集会をもつことができました。 それ以来の長いお付き合いで、長女は生駒聖書学院に献身入学し、その後、学院卒業の牧師と結婚し、幸せな牧師夫人として活躍中です。 神のなさることはみなその時にかなって美しい!(伝道者の書3:11)と聖書にありますが、すべてのことが働いて益になる幸いを、心から感謝しながらの日々です。 家内23日まで帰れず、田路津子・こころのコンサート手話通訳、教会のいつもしている二人にお願いして、うまくやれるよう祈るのみです。黙示録 14:13 また私は、天からこう言っている声を聞いた。「書きしるせ。『今から後、主にあって死ぬ死者は幸いである。』」御霊も言われる。「しかり。彼らはその労苦から解き放されて休むことができる。彼らの行いは彼らについて行くからである。」使徒の働き 16:30 そして、ふたりを外に連れ出して「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか」と言った。 16:31 ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」と言った。 16:32 そして、彼とその家の者全部に主のことばを語った。 16:33 看守は、その夜、時を移さず、ふたりを引き取り、その打ち傷を洗った。そして、そのあとですぐ、彼とその家の者全部がバプテスマを受けた。 16:34 それから、ふたりをその家に案内して、食事のもてなしをし、全家族そろって神を信じたことを心から喜んだ。
2009/09/22
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日本プロテスタント宣教150周年関西大会が、神戸ポートピアホールで開催。昼餐会より参加するので、大阪朝祷会に参加した足で神戸まで行きます。 明日は、本田路津子さんを新大阪まで迎え、23日の天国聖会の備えてもらいます。天国聖会は、エリムキリスト教会で天国へ召された愛する方々を偲び、残された者が天国でまた会う日を思いつつ、信仰と希望と愛に満たされる天国の喜びの集いです。 牧師になってもう50名以上の方々を天国へ見送りました。臨終の床でイエス・キリストの救いの言葉に触れ、アーメンと信じて安らかに召された方々もあります。幼い小学生から102歳の高齢で召された方まで、年齢はいろいろですが、どちらかと言えば90歳前後の方々が多くあり、神の摂理の中での天国聖会です。 今年は、本田路津子・こころのコンサートと題し、23日(祭日)午前10時天国礼拝&10時半よりコンサートを12時まで。その後で持ち寄りで楽しい昼食会です。生駒聖書学院は大駐車場もあり、大勢の参加で会場が狭くなるのではと思っています。お祈りお願いします。 本田路津子さんは、1970年、ニッポン放送とテレビ東京が主催するハルミラフォークコンテストにジョーン・バエズの「シルキー」という曲を歌い、優勝しプロ歌手としてデビュー。 デビュー曲「秋でもないのに」に続いて、「ひとりの手」、「風がはこぶもの」等のヒット曲を飛ばし、多くの人々が高音の澄んだ美しい声に魅了された。 NHK朝の連続ドラマ「藍より青く」のテーマソング「耳をすましてごらん」で、お茶の間でも親しまれ、NHK紅白歌合戦にも二度出場。 5年間の歌手生活の後、結婚し渡米。アメリカでイエス・キリストを信じてクリスチャンになりました。 '88年に帰国後は、キリスト教会を中心にゴスペルシンガーとして活動を開始し、9枚のアルバムをリリースしています。 年間50回以上にもなるコンサート活動を幅広く行い、澄んださわやかな歌声で、多くの人々に神の愛と慰めを与え続けています。今回も、高松市民文化センター講堂、豊浜キリスト教会、四国学院チャペルと香川県で連続3日間を終えて、その足で生駒聖書学院チャペルでのコンサートです。 2001年度第4回ゴスペルCCM 大賞、アーティスト部門、アルバム部門で金賞を受賞。また2001年度の地域での活動が評価され、国際ソロプチミスト(福岡-東)賞を受賞など、その美しくソフトな歌声は、聞く者の心を魅了し続けています。 詩篇 150:1 ハレルヤ。 神の聖所で、 神をほめたたえよ。 御 力の大空で、 神をほめたたえよ。 150:2 その大能のみわざのゆえに、 神をほめたたえよ。 そのすぐれた偉大さのゆえに、 神をほめたたえよ。 150:3 角笛を吹き鳴らして、 神をほめたたえよ。 十弦の琴と立琴をかなでて、 神をほめたたえよ。 150:4 タンバリンと踊りをもって、 神をほめたたえよ。 緒琴と笛とで、 神をほめたたえよ。 150:5 音の高いシンバルで、 神をほめたたえよ。 鳴り響くシンバルで、 神をほめたたえよ。 150:6 息のあるものはみな、 主をほめたたえよ。 ハレルヤ。
2009/09/20
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敬老の日は9月15日でしたが、2003年からは体育の日・成人の日と同様の移動祝日になり、9月の第3月曜に設定されました。 元々は1954年に「としよりの日」という名前で制定されましたが、この名前はちょっとひどいのではということになり、1964年に「敬老の日」に改められ、そして1966年に国民の祝日となり、2002年までは9月15日が祝日でした。 敬老の日対象者、老人というのはだいたい何歳以上か?という意識調査がしばしば行われますが、1993年の総理府調査では「70歳以上」という意見が57%でした。 老人福祉法の規定も70歳以上となっていますが、これに対して国民年金は現在は65歳が受給開始の規準で、我が家も二人とも受給しています。でも国民年金は非常に厳しい運営状態なので、近い将来70歳開始が標準になるかもしれません。長妻大臣頑張れ! 何歳が敬老対象かというより、この年齢になってくると、歴史的な年齢と生理的な年齢が随分差が出てきます。 60歳でかなり老け込んでいる人もあり、80歳でまだ50代並の肉体を維持している人もいます。これは主として本人の生活習慣による差といわれていますが、いつまでも健康で生活できれば最高ですね。 敬老の日には、いつもサムエル・ウルマンの青春の詩をプレゼントします。今日は出席者全員に、青春の詩と聖書の言葉をプレゼントしようと準備しました。 青春の詩 サムエル・ウルマン 青春とは人生のある期間でではなく、心の持ち方をいう。薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな手足ではなく、たくましい意思、豊かな想像力、燃える情熱をさす。青春とは人生の清新さを言う。 青春とは臆病避ける勇気、安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。時には20歳の青年よりも、60歳の人に青春がある。年を重ねただけでは人は老いない。理想を失うとき人を老いる。 歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。苦悩、恐怖、失望により気力は地に這い、精神は芥となる。60歳であろうと16歳であろうと人の胸には、驚異に魅かれる心、幼子のような未知への探究心、人生への興味の歓喜がある。君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。人から、神から美・希望・喜び・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い。 霊感が絶え、精神が皮肉の行きにおおわれ、悲嘆の氷に閉ざされるとき、20歳であろうと人は老いる。頭を高く上げ希望の波を捕らえる限り、60歳であろうと人は青春にして己む。詩篇 71:9 年老いた時も、私を見放さないでください。 私の力の衰え果てたとき、 私を見捨てないでください。71:18 年老いて、しらがになっていても、 神よ、私を捨てないでください。 私はなおも、あなたの力を次の世代に、 あなたの大能のわざを、 後に来るすべての者に告げ知らせます。 71:19 神よ。あなたの義は天にまで届きます。 あなたは大いなることをなさいました。 神よ。だれが、あなたと比べられましょうか。 71:20 あなたは私を多くの苦しみと悩みとに、 会わせなさいましたが、 私を再び生き返らせ、 地の深みから、再び私を引き上げてくださいます。 71:21 あなたが私の偉大さを増し、 ふり向いて私を慰めてくださいますように。イザヤ書46:3 わたしに聞け、 ヤコブの家と、イスラエルの家の すべての残りの者よ。 胎内にいる時からになわれており、 生まれる前から運ばれた者よ。 46:4 あなたがたが年をとっても、 わたしは同じようにする。 あなたがたがしらがになっても、 わたしは背負う。 わたしはそうしてきたのだ。 なお、わたしは運ぼう。 わたしは背負って、救い出そう。
2009/09/20
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昨日、堺市まで歯医者の治療を受けに出かけました。講師の先生が堺市から来ているので、講義終了とともにお送りしようと思ったが、オーストラリアに4年間留学していた卒業生夫妻が帰国の挨拶で来訪。 アルバイトをしながらオーストライア神学校での4年間、様々な逆境を乗り越え逞しく成長した姿に感動。近くの和食レストランで秋の味覚をともに楽しみました。クリご飯にクリがいっぱいでした。 二人を生駒駅まで送り、一度帰宅し歯をきれいに磨き、堺市上野芝までドライブ。三時ちょうどに着き四時まで丁寧な準備治療を受けました。 10月6日に日本一のインプラント治療の歯科医が東京から来て、四本の治療をしてくれます。すでに七月に終わった二本は仮歯で順調なので感謝です。 後、二本もインプラントにしたほうが良いので、来年の春までには念願の歯がきれいになります。 ヨーアンネス・クリュソストモス(347ー407年)という正教会の司祭がいました。説教者の守護聖人として東方教会で尊敬されています。 彼が説教する時には、教会の入り口にスリに注意という張り紙がありました。それは彼の説教が余りにもすばらしく聞き入る人々が、スリに取られても分からないくらいすばらしい説教だったからだそうです。 それで彼の名前は、本名よりクリュソストモスとうあだ名のほうが有名になり、教会の歴史にも残りました。クリュソストモス金の口(金口)というあだ名だそうです。 インプラント治療(高額ですが思い切り安価でしてもらっています)で、歯がきれいに直ると、文字通り金の口だなと思いながら、教会歴史のクリュソストモスに想いを馳せながら、明日の敬老の日礼拝に備えてている朝です。箴言25:9 あなたは隣人と争っても、 他人の秘密を漏らしてはならない。 25:10 そうでないと、聞く者があなたを侮辱し、 あなたの評判は取り返しのつかないほど悪くなる。 25:11 時宜にかなって語られることばは、 銀の彫り物にはめられた金のりんごのようだ。 25:12 知恵のある叱責は、それを聞く者の耳にとって、 金の耳輪、黄金の飾りのようだ。 25:13 忠実な使者はこれを遣わす者にとって、 夏の暑い日の冷たい雪のようだ。 彼は主人の心を生き返らせる。 25:14 贈りもしない贈り物を自慢する者は、 雨を降らせない雲や風のようだ。 25:15 忍耐強く説けば、首領も納得する。 柔らかな舌は骨を砕く。
2009/09/19
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出版社より電話があり、念願のコミック、「歌えない、踊れない、無口の牧師物語」が完成したので送りますとのこと。 午前中到着だったが、数が多いので遅くなると宅急便より電話が入りましたが、どうしても午前中(昼から持っていく約束もあり)に持ってくるようお願いし、50箱がドサッと配達されました。 20ページの簡単な漫画ですが、編集者と漫画家の作画により、きれいに仕上がっています。さっそく都ホテルの集会に持参し好評でした。 夜は二人の医者と夕食。コミックを手渡しお話しの中で、イエス様を信じる祈りをいっしょにでき、帰宅は遅くなりましたが、今日もまた天国の一日でした!と熟睡。感謝!詩篇32:1 幸いなことよ。 そのそむきを赦され、罪をおおわれた人は。 32:2 幸いなことよ。 【主】が、咎をお認めにならない人、 その霊に欺きのない人は。 32:3 私は黙っていたときには、一日中、うめいて、 私の骨々は疲れ果てました。 32:4 それは、御手が昼も夜も私の上に重くのしかかり、 私の骨髄は、夏のひでりでかわききったからです。 セラ 32:5 私は、自分の罪を、あなたに知らせ、 私の咎を隠しませんでした。 私は申しました。 「私のそむきの罪を【主】に告白しよう。」 すると、あなたは私の罪のとがめを赦されました。
2009/09/18
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生駒聖書学院では朝5時半より、猛声祈祷の時間があります。「私はいと高き方、神に呼ばわります。私のために、すべてを成し遂げてくださる神に」(詩篇57:2)などと、聖書の中には、声を上げて呼ばわる祈りが多く記されています。 朝に最初に口にすることばが、一日を支配すると言われます。目覚めとともに神様に感謝し、祈りでスタートする時、今日も一日天国の一日ですとの幸いを体験できます。 「【主】よ。朝明けに、私の声を聞いてください。朝明けに、私はあなたのために備えをし、見張りをいたします」(詩篇5:4) 種子島で育ち、中学生時代は朝5時過ぎに家を出ないと学校に間に合わなかったので朝早いのは平気ですが、神学生たちは慣れるまで午前5時起床は厳しいようです。 もう一つは大声で祈ることに最初はとまどいますが、2週間も続けると声も出るようになり、祈りの醍醐味を体験する者もあります。 なぜ大声で祈るのか、余り理由はありませんが、聖書にそう書いてあるからです。旧約も新約もそのような祈りの例はたくさんあり、彼らが声を上げて祈ったとき、神の御業が現れました。 クリスチャンたちが朝の祈りを始めるとき、日本の福音化はスピードを上げるのではないでしょうか。 大声を出すと眠気が吹っ飛んで祈りに集中できます。また健康のためにも大声は良く、元気溌剌の一日のスタートにふさわしい朝になります。 わずか30秒でもいいから、主よ!と、大声で主の御名を呼んで、祈りに専念する朝を体験し続けたいものです。 夜もまた幸いな祈りのときです。今日もまた天国の一日でしたと、感謝して祈りで一日を閉じる時、幸いな眠りが与えられます。「昼には、【主】が恵みを施し、夜には、その歌が私とともにあります。私のいのち、神への、祈りが」(詩篇42:8)とあるように、朝も昼も夜も一日中、神の恵みは豊かにあります。そのことをしっかり自覚して生きる秘訣は祈りにあります。 わすか30秒でも祈りを忘れずに、祈り続けるとき神の栄光を与えられつつ、喜びと感謝の輝いて生きることがきます。
2009/09/17
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政権交代を掲げて民主党が政権の座に着いた。新しく鳩山内閣が組織され船出。朝刊には新しい顔の大臣が紹介され、社説も期待と不安こもごもの門出を祝っています。 今までの政治がどうしても格差社会につながる政策が多かったように思うので、新政権でどれだけ高齢者や福祉低下に歯止めがかかり、憲法が宣言するように、基本的人権が保障され、国民生活が向上する政治を祈る今朝です。 もっとも大切なことは、国民ひとりひとりが新しくなり、あらゆる面で変化することが期待されていると思います。 「受けるより与えるほうが幸いである」との聖書のことばのように、神を愛し隣人を愛する国なるよう祈りたいものです。 新首相は友愛を掲げていますが、そのことば通りにすばらしい世界平和に貢献する国へと進んで欲しいものです。テモテへの第一の手紙 2:1 そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。 2:2 それは、私たちが敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。 2:3 そうすることは、私たちの救い主である神の御前において良いことであり、喜ばれることなのです。 2:4 神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。 2:5 神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。 2:6 キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自身をお与えになりました。これが時至ってなされたあかしなのです。 2:7 そのあかしのために、私は宣伝者また使徒に任じられ──私は真実を言っており、うそは言いません──信仰と真理を異邦人に教える教師とされました。 お詫びとお知らせ コミック「歌わず踊らず、物も言わない牧師物語」(20ページ)を発行します。ご希望の方にはプレゼントします。メールでお申込み下さいとお知らせをしました。 メールアドレスをミスしましたので、おわびして訂正します。メール=elimyoshi@kcn.jp
2009/09/17
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昨日は車で加古川市、高砂市、姫路市そして相生市とラジオ放送希望の声聴取者訪問で、朝早く車で出かけた。 思ったより高速が混んでいて、大阪の夜の集会に間に合いそうもなくユーターンで、集会ギリギリに間に合いホッと安心の一日でした。 途中のサービスエリアで売店でみやげ物を見ていたら、若い店員がスッと寄ってきてどうぞとカゴを手渡された。あれっと思うまもなく手にカゴを持たされ、スッとレジに戻って待っていてくれる。たくさんの客がいるのにと少々驚きながら、せっかくなので神学生たちへのお菓子や、珍しいものを5千円分も買ってしまった。 サービスエリアで買い物籠を持たされたのは初めてで、若い店員のサービス精神の勝利だなと思いながら悪い気持ちはしなかった。集会後、神学生たちにお菓子を渡し喜ばれた。 明日には、コミック本(20ページ)が東京の出版社より送られてきます。種子島より生駒聖書学院に献身入学して、ちょうど50年になり、50年間の祝福を感謝し、コミックで証をしようと思ったのが5月。いろんな打ち合わせや漫画家の設定など編集者や、出版社が考えに考えて出来上がったコミックとラクトです。 出版されたらぜひごらんになってくださればと思います。また用いられるようお祈りいただければ幸いです。読んで(見て)みたいお方があればプレゼントしますので、お気軽のお申込みください。 メール elimyosi@kcn.jp詩篇 1:1 幸いなことよ。 悪者のはかりごとに歩まず、 罪人の道に立たず、 あざける者の座に着かなかった、その人。 1:2 まことに、その人は【主】のおしえを喜びとし、 昼も夜もそのおしえを口ずさむ。 1:3 その人は、 水路のそばに植わった木のようだ。 時が来ると実がなり、その葉は枯れない。 その人は、何をしても栄える。 1:4 悪者は、それとは違い、 まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。 1:5 それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、 罪人は、正しい者のつどいに立てない。 1:6 まことに、【主】は、正しい者の道を知っておられる。 しかし、悪者の道は滅びうせる。
2009/09/16
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昨日の夕刊、今朝の一面トップは、イチロー9年連続200本安打のニュース。テレビもその瞬間を中継し続けた局もあったようです。 地元紙シアトル・タイムズは「イチローの大リーグ生活は批判や疑問に絶えずさらされてきたが、それはヒットが積み重ねられていくにつれて消えていった」とし、「イチロー伝説は始まったばかりだ」と、最大限の賛辞を贈った。 「記録を掘り起こす男」。イチローは米国でこう呼ばれているそうです。今月6日に達成した大リーグ通算2000本安打は、1402試合目で到達という史上2番目のスピード記録だった。それは1934年にアル・シモンズが達成した1390試合目という最速記録に、再び光を当てることにもなりました。 84年間破られることがなかったジョージ・シスラーのシーズン最多安打記録を破った2004年の記録(262安打)も、長い間眠っていた先人の偉業を掘り起こしました。 アメリカがイチローを手放しで褒めたたえているわけではない。安打数の記録にこだわるイチローに対し「安打数が多いのは四球を選ばないからだ」と、チームの勝利より自分の記録を優先させているといわんばかりの批判も珍しくない。 時には嫌がらせや根拠がない批判をしつつも、最終的には力のある者は受け入れるのが米国流だ。今年のオールスター・ゲームで、始球式を行ったオバマ大統領はイチローに「(私は君の)ビッグファンだ」と声をかけた。 イチローはどこまで進化するのか。シアトル・タイムズは、野球の殿堂入りを盤石なものとする大リーグ通算3000本安打は可能かとの特集を組んだ。これを達成すれば、日米通算で4278本となり、ピート・ローズがもつ大リーグ通算安打記録4256本を抜く。同紙は「到達しないと考えるのは非常に難しい」と結論づけている。 大阪エリムキリスト教会の集会なので、時間があればイチロー関係の書物(一冊もないので)を何冊か読んでみようと思っています。 講師の集中講義日と学院教会聖書輪読会ですが、加古川市まで訪問があり出かけるので、接待は明日にし挨拶だけで出かけます。 明後日には、コミックが完成し東京の出版社より届くので、楽しみにしながら与えられた使命を生きている日々です。ピリピ人への手紙3:7 しかし、私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。 3:8 それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。それは、私には、キリストを得、また、 3:9 キリストの中にある者と認められ、律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基づいて、神から与えられる義を持つことができる、という望みがあるからです。 3:10 私は、キリストとその復活の力を知り、またキリストの苦しみにあずかることも知って、キリストの死と同じ状態になり、 3:11 どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです。 3:12 私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。 3:13 兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、 3:14 キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。
2009/09/15
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朝目が覚めると窓を大きく開け、今日もまた天国の一日です!とできるだけ大きな声で告白します。朗読聖書を聞きながら洗顔やシャワーで爽やかになり、新しい一日のスタートです。 聖書学院が始まったのでチャペル説教、オリエンテーション、二教科講義と午前中は続きます。月曜日は神学生が日曜日の奉仕を終え、帰院が遅い者(名古屋市や滋賀県・兵庫県など)もあり、午前6時30分起床です。 明日火曜日からは午前5時起床で、5時半より朝の猛声祈祷会になります。学期中は神学生徒同じように動きますが、起床は午前4時にしています。年齢のせいというより長年の習慣で目が覚めてしまうのでありがたいと思っています。 今日も元気でハレルヤと歌いつつ、天国の一日を堪能し、アーメン。ありがとうございます。今日もまた天国の一日でした。感謝します。そのような喜びと平安の中を元気で過ごしています。エゼキエル書34:11 まことに、神である主はこう仰せられる。見よ。わたしは自分でわたしの羊を捜し出し、これの世話をする。34:12 牧者が昼間、散らされていた自分の羊の中にいて、その群れの世話をするように、わたしはわたしの羊を、雲と暗やみの日に散らされたすべての所から救い出して、世話をする。34:13 わたしは国々の民の中から彼らを連れ出し、国々から彼らを集め、彼らを彼らの地に連れて行き、イスラエルの山々や谷川のほとり、またその国のうちの人の住むすべての所で彼らを養う。34:14 わたしは良い牧場で彼らを養い、イスラエルの高い山々が彼らのおりとなる。彼らはその良いおりに伏し、イスラエルの山々の肥えた牧場で草をはむ。 34:15 わたしがわたしの羊を飼い、わたしが彼らをいこわせる。──神である主の御告げ──34:16 わたしは失われたものを捜し、迷い出たものを連れ戻し、傷ついたものを包み、病気のものを力づける。わたしは、肥えたものと強いものを滅ぼす。わたしは正しいさばきをもって彼らを養う。
2009/09/14
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人生にはいろんな出来事があります。見張りにとして注意深く、自分をも見張りながら、聖なる道を進みたいものです。 AX君の独り言からの転載です。 たった一つの行いによって、自分の人生が大きく変わるということがあるようである。そういう経験をした人たちは多くいる。 そういう事実を知るとき、私たちは自分の行いというものにもっと慎重にならなくてはいけないと思うのである。 次のような話がある。 ある秋の日、私は、一羽の鷲がライフル銃で撃たれて、瀕死の傷を受けているのを見た。鷲の目は、まだ光の輪のように輝いていた。やがて鷲は、ゆっくり首をもたげて、もう一度、探るような眼差しで、大空を眺めた。鷲は、この星を散りばめた大空を、その強い翼で、幾度も幾度も翔ったのだ。美しい空は、鷲の心の故郷だったのである。空は鷲の領域であった。鷲は、稲妻と戯れ、風と競争したのであった。そして今、故郷から遙かに離れたこの地上に横たわり、死のうとしている。それは、ただ一度だけ、自らの身分を忘れて、低く飛び過ぎたからなのである。サムソンの物語を読みなさい。(旧約聖書 士師記 十三~十六章) 注:「サムソンの物語」とは、昔、「サムソンとデリラ」という映画があったが、サムソンは大いなるトカラで敵をいつも破っていたが、デリラの甘い言葉に負けて力の秘密を話してしまう。敵はその秘密を知ってしまうという物語である。 私たちも、この鷲のように、低く飛びすぎてしまって、取り返しのつかない結果になってしまうことがある。己を知るということは非常に大切なことである。 ただ一つの行為が 人生を台無しにするかもしれない。 また、ただ一つの行為が 人生を建て直すかも知れない。 コメント
2009/09/13
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エゼキエル書33:7 人の子よ。わたしはあなたをイスラエルの家の見張り人とした。あなたは、わたしの口からことばを聞くとき、わたしに代わって彼らに警告を与えよ。33:8 わたしが悪者に、『悪者よ。あなたは必ず死ぬ』と言うとき、もし、あなたがその悪者にその道から離れるように語って警告しないなら、その悪者は自分の咎のために死ぬ。そしてわたしは彼の血の責任をあなたに問う。33:9 あなたが、悪者にその道から立ち返るよう警告しても、彼がその道から立ち返らないなら、彼は自分の咎のために死ななければならない。しかし、あなたは自分のいのちを救うことになる。33:10 人の子よ。イスラエルの家に言え。あなたがたはこう言っている。『私たちのそむきと罪は私たちの上にのしかかり、そのため、私たちは朽ち果てた。私たちはどうして生きられよう』と。33:11 彼らにこう言え。『わたしは誓って言う。──神である主の御告げ──わたしは決して悪者の死を喜ばない。かえって、悪者がその態度を悔い改めて、生きることを喜ぶ。悔い改めよ。悪の道から立ち返れ。イスラエルの家よ。なぜ、あなたがたは死のうとするのか。』 見張り人(33:1-6)の使命=クリスチャンはすべて見張り人としてのミッションを与えられています。ミッション、ビジョン、パッションの教会!第一に、「わたしは決して悪者の死を喜ばない」と、主は宣言されている。すでに第18章で、18:2 「あなたがたは、イスラエルの地について、『父が酸いぶどうを食べたので、子どもの歯が浮く』という、このことわざをくり返し言っているが、いったいどうしたことか。18:3 わたしは誓って言う。──神である主の御告げ──あなたがたはこのことわざを、イスラエルで、もう決して用いないようになる。18:4 見よ。すべてのいのちはわたしのもの。父のいのちも、子のいのちもわたしのもの。罪を犯した者は、その者が死ぬ。 ご存知のように、出エジプト記20:3 あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。20:4 あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。20:5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、【主】であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、20:6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。 親の因果が子に報い=原因があってそれが縁となり結果がある=しかし現代でも似たようなことを言いますよね。例えば、どうしても晴れてほしい日に雨が降ったような場合、日ごろの行いが悪いからだ、といったりしますよね。目に見えぬ何かでつながっているということでしょう。こういう考え方は日本人の思考に染み付いてしまっているといえるかもしれません。 エゼキエルは人それぞれ自分の罪で死ぬが、親が悪いから子もという考えを打ち消しました。逆に親が正しいから子も正しいという考えも否定しました。 新約聖書のローマ人への手紙3:23 すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、6:23 罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。 父よ。彼らをお赦しください。十字架上の祈りとその贖いが、すべての人類をすべての罪ののろいと支配から断ち切ってしまいました。 どのような罪でも、十字架を仰ぐ時、赦されてパラダイスへ行ける幸いを与えられます。アーメンと言えば救われるのです。今週コミック出版! 見張り人の使命第一に、真夜中でも注意深く見守る=とりなしの祈りをすることです。 エゼキエル22:30 わたしがこの国を滅ぼさないように、わたしは、この国のために、わたしの前で石垣を築き、破れ口を修理する者を彼らの間に捜し求めたが、見つからなかった。 第一テモテ2:1 そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。2:2 それは、私たちが敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。2:3 そうすることは、私たちの救い主である神の御前において良いことであり、喜ばれることなのです。2:4 神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。第二に、見張り人の使命は、声に出して警告を与えることです。イザヤ書58:1 せいいっぱい大声で叫べ。角笛のように、声をあげよ。わたしの民に彼らのそむきの罪を告げ、ヤコブの家にその罪を告げよ。マルコの福音書16:15 それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。16:16 信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。16:17 信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、16:18 蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」16:19 主イエスは、彼らにこう話されて後、天に上げられて神の右の座に着かれた。16:20 そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。〕第三に、見張り人にふさわしく生きることです。コリント人への第一の手紙9:23 私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。9:24 競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。9:25 また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。9:26 ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。9:27 私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。結論として 第一に、十字架の救いをしっかりと受け止め動揺しないように、みことばの救いを確信してください。 第二に、救われたのは見張り人となるためであり、家族を親戚を日本人を救いに導き、滅びの中から救い出すためであることを自覚してください。 祈るよう導かれた人々のためにためらわないで救いを祈ろう。 語るべき時には、福音をはっきり語ってみよう。 トラクトや教会案内をポスティンし続けよう。 第三に、マタイの福音書25:21 その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』とのことばをお聞きし、ルカの福音書17:10 『私たちは役に立たないしもべです。なすべきことをしただけです』と答えよることができる見張り人になるために、聖霊に助けていただき力をうけましょう。
2009/09/13
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今週はすることが多く、しかも朝早くから出かける日もあり、ブログを二日間転載でした。今朝はポスティングもなく、久しぶりにゆとりの一万歩を、午前4時50分ー6時30分で終えました。 水曜日夜より今朝まで、IT研修でチョン牧師を韓国ソウルより迎え、朝食接待でモーニングサービスへ。昼は聖書学院食堂で神学生たちとの交流。夜は息子の牧師に頼んで接待でした。 歯の治療中のためしばらくは堅い物(特に肉類)を控えており、今朝はウドンをいっしょに食べて、10月再来日を約して見送りました。 例年、神学生がいない時期に一度は草刈りをするんですが、今夏はポスティングに朝の時間を使い、2学期始業とともに神学生といっしょに木や竹を伐採し、副院長は女性軍に草刈機使用を指導し、自らも身体より大きい草刈機を動かして大活躍でした。 昨日の朝は、住んでいる家の周りを見違えるようにきれいにしました。特に、偽萩は花が終わるとすぐ洋服にくっつくので、特に気をつけて切り取ってしまいました。副院長は両手で偽萩を運んだので、30分越えても取れないくらいに偽萩を作業服にくっつけて、取るのに四苦八苦していました。 アメリカのダラスより12月20日(日)に来日するとのメールが、日本人牧師よりあり、ちょうどクリスマス礼拝なので、3箇所ともお願いしました。 若いから一日3回でもへっちゃらっですと、元気な返事で頼もしい青年牧師です。 コミックのタイトルは、「歌わない、踊らない、無口の牧師の物語」 になりました。昨日印刷所に回り、17日完成と同時に東京より送本されます。20ページのコミックですが、ひとりでも多くの方に、アーメンと言えば救われる、福音のすばらしさをお伝えできればと思っています。 20ページのコミックですが、ご希望の方はメールいただければお贈りします。 elimyoshi@kcn.jpイザヤ書26:3 志の堅固な者を、 あなたは全き平安のうちに守られます。 その人があなたに信頼しているからです。 26:4 いつまでも【主】に信頼せよ。 ヤハ、【主】は、とこしえの岩だから。 26:5 主は高い所、そびえ立つ都に住む者を引き倒し、 これを下して地に倒し、 これを投げつけて、ちりにされる。 26:6 貧しい者の足、弱い者の歩みが、 これを踏みつける。 26:7 義人の道は平らです。 あなたは義人の道筋をならして平らにされます。 26:8 【主】よ。まことにあなたのさばきの道で、 私たちはあなたを待ち望み、 私たちのたましいは、 あなたの御名、あなたの呼び名を慕います。 26:9 私のたましいは、夜あなたを慕います。 まことに、私の内なる霊は あなたを切に求めます。 あなたのさばきが地に行われるとき、 世界の住民は義を学んだからです。 26:10 悪者はあわれみを示されても、義を学びません。 正直の地で不正をし、 【主】のご威光を見ようともしません。 26:11 【主】よ。あなたの御手が上げられても、 彼らは認めません。 どうか彼らが、この民へのあなたの熱心を認めて 恥じますように。 まことに火が、あなたに逆らう者を なめ尽くしますように。 26:12 【主】よ。あなたは、 私たちのために平和を備えておられます。 私たちのなすすべてのわざも、 あなたが私たちのために してくださったのですから。 26:13 私たちの神、【主】よ。 あなた以外の多くの君主が、 私たちを治めましたが、 私たちは、ただあなたによってのみ、 御名を唱えます。 26:14 死人は生き返りません。 死者の霊はよみがえりません。 それゆえ、あなたは彼らを罰して滅ぼし、 彼らについてのすべての記憶を 消し去られました。
2009/09/12
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日曜日の午後には、新世界のすぐ側で礼拝があって出かけます。周辺にはコイン駐車場がたくさんあります。日曜日は通天閣や動物園、スパワールド(世界の温泉)、さらに串かつ屋などが大勢の人々で賑わい、駐車場の空きがなく探し回る状態です。 出かける前に短く、「天のお父様。これから大阪の礼拝に出かけます。礼拝に間に合うよう駐車場がありますようお願いします。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。ありがとうございます。駐車場がありました。感謝します!」と祈って出かけます。 そのように祈ったらもう心配せずに、また駐車場のことなど考えないで、礼拝を楽しみに出かけます。 もう10年以上にもなりますが、一度も駐車場に困ったことはなく、不思議に空きがあったり、停まっていた車から手を上げてここもう出るからと合図してくれたりする方もあったりすることもあります。しかも、日曜日でも一時間200円の駐車場ばかりが空いているので感謝です。 だから祈りが難しいと思っている方には、駐車場のことでも何でも祈ってみたらいかがでしょうと勧めています。たとえ空きがなくても躓く必要もないし、素直に単純に思っていることを、天の父なる神に祈ることがすばらしいことだと思います。 聖書には祈りに関する約束がたくさんあります。それは神の子とされた私たちに何と大きな励ましと勇気になることでしょうか。 第一に、神はすべての必要をご存知であることです。「あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです」(マタイ6:8)。必要をすべて知っておられるお方にお願いすることは嬉しい限りです。素直に願うことができます。 第二に、その願いをイエス・キリストのお名前によって祈る特権です。自分に資格があり、善行に励み答えてもらうにふさわしいからではなく、ただ十字架により罪を赦され神の子とされた喜びで、何でもお話しできるし求めることができるのです。 「またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう」(ヨハネ14:13ー14) イエス・キリストのお名前によって祈る時、すべてをご存知である神は必ず必要に答えてくださいます。 「まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが父に求めることは何でも、父は、わたしの名によってそれをあなたがたにお与えになります。あなたがたは今まで、何もわたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです」(ヨハネ16:23ー24) 第三に、祈り願い求めるとき、聞いてくださる神様に期待をすることです。信仰は期待です。希望も期待です。愛はもっと期待します。ほんとうに必要なものを求めるとき、神様への期待に胸がふくらみ、感謝がいっぱいになります。 祈ったらワクワクしながら、余計な心配やイライラ、不平不満や泣き言から解放され、ありがとうございます、期待しています、感謝しますと信じる心を大きく持ちたいものです。 第四に、願いが聞かれるまで確信を放棄せず、望みの忍耐で神の最善の答えを待つことです。天国には大きな倉庫があるとのこと。その中には受取人不在で返送されてきたものがいっぱいだそうです。イエス・キリストの名によって祈りました。神様が最善のときに発送しました。届けたら願い求めていた人がもうその祈りは諦め、願いがかなうなんて思いもしていなかったということです。あなたの祈りの答えも天国の倉庫に返送されていませんか。 「ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です」(ヘブル10:35ー36)。 第五に、どんな祈りにも神は答えて下さいます。自分の願いどおりにならなかったと、ふてくされたり不信仰に支配されないで、どんなときでも神の恵みの最善を確信し、平安と感謝に満たされて、神の栄光を仰ぎつつ祈り続けるクリスチャン生活を継続しましょう。本音の祈りは答えられます。アーメン。◇
2009/09/11
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キリスト教会へ行くまで、祈ったことが一度もない無神論的な少年時代を過ごしました。「アーメン。信じます」とバプテスマを受け、クリスチャンとなって初めての礼拝のときでした。 牧師が、「兄弟。前に来て祈ってください」と、突然指名されたのです。人と話したこともほとんどない人生、神様にお話ししたこともなく、「天のお父様・・・・」言葉が続かず、長い間の沈黙。やっと牧師がアーメンと言ってくれたので、聞こえないような小さな声で「アーメン」。 キリスト教会での恥ずかしい経験で、祈りの生活がスタートしました。聖書には、「あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです」(マタイ6:8)とあります。クリスチャンになった当初から神がすべての必要を知っておられる恵みの祈りでした。 親は、子どもが求める先から、その必要を知って与える備えをする以上に、父なる神は私たちの願いに心を開いて備えをしていてくださるのです。結婚して12年目に長男が与えられ、長女誕生で2人の子どもを育てました。子育ては私がしたと家内に言われながら、次のことだけをしっかり守りました。 一つは、子どもたちを心を込めて愛したことです。 もう一つは、約束したことは必ず守ったことです。 子どもたちは、誕生日にあれが欲しいと願って父がわかったよと答えると、二度とうるさく求めることはありませんでした。求めたものが手に入るまでには時間がかかるときもあります。時々は、あれ買ってくれるよねと何度か聞くことはあっても、不安や恐れ、疑いの気持ちではなく、愛の信頼の求めでした。 イエス・キリストを信じることにより、神の子とされた私たちは、人間の父よりも何百倍も大きく、真実な天の父を神として祈る幸いを与えられています。 わすか30秒の祈りが世界を変えるというのは、長い時間祈ってはいけないという意味では決してありません。長い時間あれをしてくれ、これをして欲しいとうるさく言わなくても、神との交わりの中で必要なことを率直に求めることです。 まず第一に、霊的な祝福、聖霊に満たされて神との交わりがいつも豊かであるようにと祈ります。まして神は求めて来る者に聖霊をくださらないことがありましょうか。求めるとき、聖霊のバプテスマだけでなく、聖霊充満の恵みを受けるから幸いです。 第二に、心の安らぎを受けます。愛し合う夫婦はいっしょにいるだけで平安です。信頼しあう親子も同じです。子どもが幼い頃、書斎に入ってきて、何か用事?とたずねると、お父さんと一緒にいたいからと答え、じっと待っていてくれたことがあります。今は、孫がときどき遊びに来て、おじいちゃんといっしょに居たいから、ということもあります。イライラやプレッシャーから解き放たれ、精神的に安らぐ祈りを感謝します。 第三に、主の祈りでも「日ごとの糧を与えたまえ」と祈るように、すべての必要を祈ることができます。贅沢をするのではなく、必要な物は必ずキリスト・イエスにある栄光の富の中から供給されると、アドナイ・イルエの神は約束しておられます。 具体的に、明確に必要を求めるとき、思いをはるかに越えた祝福の備えを体験できます。9月にコミックを出版するために、200万円が必要です。金も我が物、銀も我が物と宣言される神に求めるとき、お金も豊かに与えられる幸いを感謝します。何も心配しないでよいと約束された主にお願いできるからです。 第四に、健康についても祈ることができます。約束は、「平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。あなたがたを召された方は真実ですから、きっとそのことをしてくださいます」(テサロニケ人への手紙第一5:23ー24)。 第五に、とりなしの祈りの恵みが与えられます。様々な祈りや求めがありますが、素直に率直に、父なる神にイエス・キリストのお名前によって祈るとき、考えられないような祝福をいただけることはすばらしいことです。 「アーメン。信じます。ありがとうございます。すべての祈りをお聞きくださいました。感謝します!」
2009/09/10
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大阪の集会から帰りシャワーを使い寝ようとしたら、どんどんと叩く音。何事かと出てみると、神学生が持病の発作で倒れたとのこと。神学生たちは救急車だと騒いでいましたが、副院長が実家に連絡を取り、発作の時の処方を母親から聞き、校庭にフトンをかけて寝ていました。 すぐイエス・キリストの名前によって祈り、神学生たちには部屋で休むように指示し、落ち着くまで見守ることにしました。 介護なのに眠たくなり、そのまま神学生の側に横になり、自室よりも秋風が爽やかで月の光を眺めているうちに熟睡してしまいました。12時前に目が覚め、幸い神学生も平常の状態に戻り、部屋へ行けるようになったので、家に帰り朝までしっかり眠りました。 主の恵みは朝ごとに新しく、その真実は絶えることはない!感謝の朝を迎えました。 今日は歯科医へ午前中行くので、草刈や木を切る作業を元気な神学生たちに任せ、コンサルタントとの出会いや、与えられた仕事をこなします。申命記 7:7 【主】があなたがたを恋い慕って、あなたがたを選ばれたのは、あなたがたがどの民よりも数が多かったからではない。事実、あなたがたは、すべての国々の民のうちで最も数が少なかった。 7:8 しかし、【主】があなたがたを愛されたから、また、あなたがたの先祖たちに誓われた誓いを守られたから、【主】は、力強い御手をもってあなたがたを連れ出し、奴隷の家から、エジプトの王パロの手からあなたを贖い出された。 7:9 あなたは知っているのだ。あなたの神、【主】だけが神であり、誠実な神である。主を愛し、主の命令を守る者には恵みの契約を千代までも守られるが、 7:10 主を憎む者には、これに報いて、主はたちどころに彼らを滅ぼされる。主を憎む者には猶予はされない。たちどころに報いられる。 7:11 私が、きょう、あなたに命じる命令──おきてと定め──を守り行わなければならない。 7:12 それゆえ、もしあなたがたが、これらの定めを聞いて、これを守り行うならば、あなたの神、【主】は、あなたの先祖たちに誓われた恵みの契約をあなたのために守り、 7:13 あなたを愛し、あなたを祝福し、あなたをふやし、主があなたに与えるとあなたの先祖たちに誓われた地で、主はあなたの身から生まれる者、地の産物、穀物、新しいぶどう酒、油、またあなたの群れのうちの子牛、群れのうちの雌羊をも祝福される。 7:14 あなたはすべての国々の民の中で、最も祝福された者となる。あなたのうちには、子のない男、子のない女はいないであろう。あなたの家畜も同様である。 7:15 【主】は、すべての病気をあなたから取り除き、あなたの知っているあのエジプトの悪疫は、これを一つもあなたにもたらさず、あなたを憎むすべての者にこれを下す。
2009/09/09
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忙しい!と言うことばを捨てて33年。忙しいの変りに充実と告白し続けています。 昨日も朝早く起き、メールに変身、ブログに吹っ飛んだ少女のことを書き、大阪クリスチャンセンターでの朝祷会に車で行き、誕生日を祝ってもらい、ピストン帰りで学院始業式メッセージ。 終わると天理市のバイキングレストランで神学生たちといっしょに食事。定例の牧師の集まりで途中で退席し学院へ定刻に帰り、午後3時30分まで会議。 すぐ新聞社に始業式レポートと写真を送り、相談があると言う神学生の話を聞き終わるまもなく来客が二人続き、6時過ぎまで歓談。 夕食を終え万歩計を見ると3000歩。ゆとりの一万歩まであと7000歩を暗くなった道を8時過ぎまで歩気、シャワーを使うともう9時。日課の聖書を開き、コミック会社よりメールで校正原稿が届き手直し返信でもう10時。 今日もまた天国の一日でした!テレビのニュースCDを聞く間もなく、主の愛の御手の中ですぐ眠りにつく。 今朝は4時より、天国聖会の案内を配布へ。何と神学生が4名早起きして待機。6名で5時過ぎまでポスティング。総計800枚ほどを完布。シャワーを使わずそのままチャペルへ。 今日はこれから院内草刈作業。男性陣は竹や木などの取り掛かり、女性陣が土手を草刈機できれいにする。今日もギラギラの真夏日の晴れた空が広がる。美しい女性たちには日焼け止めを顎の下までしっかり塗るように、余計な指示まで出しながらです。 午後からは朝日放送スタジオで10月放送分録音。終わると大阪エリムキリスト教会集会。帰宅は9時半過ぎ。超充実の一日です。日々に新たな恵みと聖霊の満たしの中でハレルヤと、高らかに賛美しつつ元気です。イザヤ書 40:28 あなたは知らないのか。聞いていないのか。 【主】は永遠の神、地の果てまで創造された方。 疲れることなく、たゆむことなく、 その英知は測り知れない。 40:29 疲れた者には力を与え、 精力のない者には活気をつける。 40:30 若者も疲れ、たゆみ、 若い男もつまずき倒れる。 40:31 しかし、【主】を待ち望む者は新しく力を得、 鷲のように翼をかって上ることができる。 走ってもたゆまず、歩いても疲れない。
2009/09/08
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昨日の礼拝で、美しいく可愛い高校生の顔に絆創膏があり、どうしたのと聞くと、一昨日朝の出来事とのこと。 朝早く自転車で通学中のことでした。突然、前車輪に何かが詰まりストップ。かなりのスピードが出ていたので、そのまま彼女は吹っ飛びました。そして数メートル先の路上に顔から落ち、その身体の上に自転車が降ってきました。 後ろを走っていた自転車の男性が駆け寄り、すぐ119番で救急車の手配をし、その間に彼女は家に電話しました。 ビックリしたママはまだ家を出たばかりあのに、救急車と聞きすっ飛んで駆けつけました。 血だらけでしたが、幸い絆創膏を張っていた顔も打ち身の青あざだけ。右腕の打撲や顔中に少しの擦り傷はありましたが、大丈夫との事でその日は学校を休み、土曜日(月一度休み)は登校しました。 そして元気で日曜日の礼拝に出席し、親子そろって神様に感謝する姿に感動でした。話を聞けば聞くほど、大きな愛の手が支え、守り助けられたとお互いに感謝するのみでした。 美しい顔に傷がつくこともなく、その絆創膏どうしたの?と聞かれるけれども、通常に登校でき、またその自転車は、普通パパが使うものだけれど、その日は彼女が使ったのでパパが守られたと喜んでいました。 とんでもない女という表現がありますが、飛んだ女(娘が2歳のとき、2階の窓から転落し,無傷で守られ、それから娘のことを飛んだ女だねと冷やかしているので)にすばらしい飛躍がありますよ!と、変な冗談で大笑いに終わり、ともに手を取り合い、感謝といやしの祈りに心を合わせました。 人生には思いがけない事故や災難が降りかかることもあります。すべてのことを真正面から受け止めて、心こめて本音で祈れる人生は幸いです。 ありがとうございます。今日もまた天国の一日です!感謝しますと、高らかに宣言している朝です。 今日より生駒聖書学院2学期開始。その前に今朝はこれからクリスチャンセンターでの大阪朝祷会に出かけます。10月15日(木)生駒朝祷会をスタートするので、その打ち合わせもあり・・・・。 昼は始業式恒例のバイキングレストランへ。途中で退席し定例牧師会出席。年末まで充実した日々が続きます。元気に守られる幸いは、神様の恵みと祈り支えてくれる教会員や神学生、家族や仲間たちがあるからだと感謝しつつの毎朝です。ハレルヤ。感謝します。詩篇 121:1 私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。 121:2 私の助けは、天地を造られた主から来る。 121:3 主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。 121:4 見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。 121:5 主は、あなたを守る方。主は、あなたの右の手をおおう陰。 121:6 昼も、日が、あなたを打つことがなく、夜も、月が、あなたを打つことはない。 121:7 主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる。 121:8 主は、あなたを、行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも守られる。
2009/09/06
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朝一番のメールに、キリスト教テレビ「ライフライン」で、ベー・チェチョルさんが出演しているとのこと。そういえば、富雄キリスト教会ブログで紹介されてた記事を思い出し転載します。 「ベー・チェチョルさんは、100年に一人の歌声と言われましたが、何と甲状腺がんとなり、手術。自慢の歌声をなくしてしまったのでした。 しかし、日本で再手術を受け、またオペラ歌手として復帰できるかと思いましたが、別の問題がでてきて、またもとの歌声を取り戻すことはできませんでした。 厳しいトレーニングをして、彼はついに人前で歌う決心をします。教会で、讃美歌を独唱したのでした。 しかし、全部歌いきることはできません。その時、彼の歌を聞いていた教会の兄弟姉妹が、歌いだしたのでした。 そのことがきっかけで、人を喜ばせるために歌いたいと思うようになりました。 そして、医者では理解できない回復をみせて、またプロの歌手として活躍するようになりました。 神様の奇跡と、教会の素晴らしさ、神の家族の祈りと励ましを見ることができました」 讃美歌のCDも出しているので、インターネットで検索しましたが、購入不可でした。 教会にも昨年5月に交通事故で頚椎障害になり、救急救命センターの初期診断では、生涯下半身は植物状態と診断された男性がいます。両腕も動かず、口だけはしっかりしてたので、その口で、アーメン。ありがとうございます。助かりました。感謝します!ハレルヤ」と、祈りとともに宣言するように言いました。 幸い夫婦ともに素直にそのことばを受け入れ、医者や看護師、介護士も二人が本気で感謝していることが分かり、集中治療室のベッドの周りが明るい空気に包まれました。 赤十字病院に一ヵ月後転院になり、見舞いに行ったその日、最初のリハビリでしたが、何と左手が動きリハビリの先生も驚き、これだと大丈夫ですよとのこと。 ありがとうございます。左手が動きました。感謝しますと祈り、今では左手で歯も磨けるし食事もできるようになりました。右手も使えるようになり、フルート演奏が可能になることを信じて祈っております。 退院してからは車椅子で、介護タクシーを使い礼拝を休むことなく出席し、今では介助があれば立ち、少し歩くこともできるようになりました。電車に乗ることもリハビリで練習しています。 今日の礼拝では、その体験を語ってくれるので、楽しみにしております。弁護士が驚くほどの保証も与えられ、あとは電車で教会にできるようになり、歩いて来れるようになることです。 イエス・キリストはあなたの信じるとおりになるように!あなたの言うとおりになるようにと教え、実行させてくださいました。今日も奇跡の朝です。しっかりと癒し主である神を信頼して健やかになりたいものです。ヨハネの手紙第三1:2 愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。1:2 私は、あなたがすべての点で栄え、たましいも体も健全であるように、と祈っています。1:2 愛する者よ、あなたの魂が恵まれているように、あなたがすべての面で恵まれ、健康であるようにと祈っています。テサロニケ第一 5:23 平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。5:24 あなたがたを召された方は真実ですから、きっとそのことをしてくださいます。
2009/09/06
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9月は、誕生日を迎えたこともあり、何かすっきりした気分になるようです。1日にほとんど2学期がスタート。生駒聖書学院は第二週ですが。 今年の夏も良く動き、充実の日々でした。学院が夏季伝道期間に入るとすぐ、10名の洗礼を受ける方々もありました。20年目のアフリカ・ケニア行きは一度休み、支援金だけは送金できました。 家にいる限りポスティングをしようと決心し、毎朝4時に起きて100冊づつを一時間で、日の昇る頃には、配布完了。メールやFAX、電話で23日の本田路津子こころのコンサート申込や問い合わせも10数件ありで感謝! また、日曜日は50年ぶりの種子島で、母教会で礼拝説教。3名の神学生を同伴し、福岡県や鹿児島市など6教会を巡回。 八月は名古屋市や松江市、沖縄県那覇市・うるま市・南城市・北谷町などを四泊五日で回りました。 八月も洗礼を受けるからが七名もあり、それ以外にも旅先でアーメンと言えば救われる!で、イエス・キリストを受け入れる方々との出会いもありました。 七月、八月と全国ニュースのど真ん中を動いた夏でした。7月22日(火)皆既日食を大洪水の防府市で、うす曇でしたがはっきりと見ることができました。 7月27日(月)やはり大洪水の福岡を、九州自動車道が通行禁止になり、3時間余の遠回りでした。 8月11日(火)の朝は松本市で震度4の揺れで目を覚まし、幸い東名高速は豊田を通過したんで渋滞もなしで帰りました。 13日(木)は、松江市に行く途中、やはり大洪水の兵庫県佐用町を通過しました。 30日(日)は沖縄で、衆議院議員選挙速報で、民主党が圧倒的な勝利で政権交代が、そのまま実現するニュースの渦を経験しました。 投票率も70パーセント近くで、主権在民でみんなが何とか日本が変って欲しいと希望した結果だったと思います。新しい政権が来週には組閣してスタートします。主権在民を裏切らない平和憲法を護持する、平和と正義の国になるよう祈ります。 しかし、新しい変化は外にだけ求めるのではなく、自らが変化することにより、訪れることも自覚していたいものです。 新しい変化は、イエス・キリストをアーメンと信じ、心にお迎えすることによって、だれにでも可能となります。 日本が偶像崇拝や分けのわからない宗教、、また変なスピリチャルなことば、占いなど何の助けにもならないものから、一日も早く解放されて真実の救いに目覚め、幸せになるよう祈る九月の朝です。コリント人への第二の手紙 5:14 というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。私たちはこう考えました。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのです。 5:15 また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。 5:16 ですから、私たちは今後、人間的な標準で人を知ろうとはしません。かつては人間的な標準でキリストを知っていたとしても、今はもうそのような知り方はしません。 5:17 だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。 5:18 これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。 5:19 すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。 5:20 こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。神の和解を受け入れなさい。 5:21 神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。
2009/09/05
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8月28日ー9月2日まで、23年目で初めての四泊五日の沖縄でした。 空港に着きレンタカー会社のバスで、レンタカーの手続き。運転手をはじめ社員みんながマスクをして対応している。観光客が多いので手続きに時間がかかるが、到着の日は先を急がないのでゆっくり順番がくるのを待つ。 車へ案内してくれた若い社員が、レンタカーのナビが古いのでと、新しい車へ変更してくれ、傷がないのを確認しナビに使い方を教えてくれた。 ホテルの駐車場でバックの時、壁にぶつかり傷をつけてしまった。返却の日に、すみませんと謝り傷の箇所を示すと、つばをつけてその場所をこすり、大丈夫ですよと許してくれた。申し分けなかったが、素直に謝りホッと一安心の最終日でした。 キーツマンゴの時期で孫たちが大好きなので、ホテルから市場まで朝のゆとりの一万歩で買いに行く。いつもの果物屋は覚えてくれて、バナナを一房プレゼントしてくれた。2日間はホテルの朝食を取らずに、バナナダイエット?美味しかった。 出店でマンゴがかなり安かったので、追加で送ってもらうことにした。パイナップルも350円だったので買い求める。到着した宅急便を開けてビックリ。マンゴではなくドラゴンフルーツが七個も入っていた。年配方だったので間違えたのだと思うと腹も立たない。ドラゴンフルーツも大好きなのでそのまま食べることにした。 土曜日は卒業生の教会を訪ね、昼食をご馳走するから食べたい店に案内するように言うと、メキシカン料理レストランへ(教会から近かったのだからだと思う)。タコスやスパイスのきいた料理だ。美味しいというより量が多く、若い牧師はしかり食べてくれた。人気のレストランでアメリカ人も大勢来ると言う。 その周辺の並んでいる中古車には、6980ドルなどとドル立ての値段がついている。さすがに嘉手納基地の近くだからかなと感心した。沖縄の美しいところはほとんどが基地になっている。戦後664年、沖縄まだ戦争は終わっていない基地の島だ。 土曜の昼からはクリーニング店を経営しているクリスチャンホームを訪ねる。四月に訪れた時、全員がクリスチャンになった家族で、暑い日差しの中、広いサトウキビ畑を案内され、ざわわ・・・ざわわの歌を思いだす。 夜の八時まで全員が揃うのを待ち、家族みんなで手をつないで健康と仕事の繁栄を祈り、那覇のホテルまで帰り、大浴場(11時まで)も終わり、シャワーを使い熟睡。 毎日ゆとりの一万歩は、朝の日の出前にできるだけ起きて歩き、朝風呂で新しい一日をスタート。 この日は、主が造られた日。この日を楽しみ喜ぼう! 今日もまた天国の一日です!ハレルヤと、ホテル周辺を歩き回る毎日でした。哀歌3:22 私たちが滅びうせなかったのは、【主】の恵みによる。 主のあわれみは尽きないからだ。3:23 それは朝ごとに新しい。 「あなたの真実は力強い。3:24 【主】こそ、私の受ける分です」と 私のたましいは言う。 それゆえ、私は主を待ち望む。3:25 【主】はいつくしみ深い。 主を待ち望む者、主を求めるたましいに。
2009/09/03
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昨日が誕生日でした。 15歳の時聞いた聖書のことばは、「人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう」(マタイ16:26)とのことばでした。 高校一年生のとき、講演会で目の不自由な鍼灸師の方が話し、そのことばを聞いた時に、いのちの尊さに感動したことを思い出します。 クリスチャンになり。そのことばを聖書で見つけイエス・キリストのことばだと分かりました。その日以来、一番尊いのはいのちだと確信しながら生きてきました。 火曜日まで沖縄でしたが、今年は自殺者がもう200名を越えているとのこと。日本は10年以上に渡って3万人以上が自殺しています。 インフルエンザの脅威が言われ、一人でも死ぬと全国ニュースで報じられ、対策が宣言されます。自殺に対するケアももっと取り上げられるよう願います。政権交代になり、いのちの尊さが守られる政治に期待します。 誕生日に、「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」(マタイ16:24)とのことばが心に響きました。68歳になりもう一度、イエス・キリストのことばに全面的に従う決心の朝でした。 捨てる秘訣は、まず自分の回りにあるガラクタや、今の自分に必要のないものを片付けることからはじまります。もう自分にとって価値がなくても、惰性的に置いたままにしている本や雑誌、その他のものを思い切って処分することです。 なぜそうするかと言うと、ものに対する執着心を捨てることになるからです。いつの間にかあり余るものに囲まれながら、心はイライラしたり不平不満に支配されていることがあります。 よりすばらしいものを知れば、それまでしがみついていたものを捨てることは容易なことです。 イエス・キリストを知ることは、何にも変えがたい幸せです。ピリピ人への手紙3:4 ただし、私は、人間的なものにおいても頼むところがあります。もし、ほかの人が人間的なものに頼むところがあると思うなら、私は、それ以上です。 3:5 私は八日目の割礼を受け、イスラエル民族に属し、ベニヤミンの分かれの者です。きっすいのヘブル人で、律法についてはパリサイ人、 3:6 その熱心は教会を迫害したほどで、律法による義についてならば非難されるところのない者です。 3:7 しかし、私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。 3:8 それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。それは、私には、キリストを得、また、 3:9 キリストの中にある者と認められ、律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基づいて、神から与えられる義を持つことができる、という望みがあるからです。 3:10 私は、キリストとその復活の力を知り、またキリストの苦しみにあずかることも知って、キリストの死と同じ状態になり、 3:11 どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです。 3:12 私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。 3:13 兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、 3:14 キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。 3:15 ですから、成人である者はみな、このような考え方をしましょう。もし、あなたがたがどこかでこれと違った考え方をしているなら、神はそのこともあなたがたに明らかにしてくださいます。 3:16 それはそれとして、私たちはすでに達しているところを基準として、進むべきです。
2009/09/03
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28日(金)沖縄へ。1日(火)帰りで、そのまま大阪エリムキリスト教会へ。帰宅は午後9時30分。 4日間の滞在は、沖縄県庁前ホテルちゅら琉球。駐車場(一泊700円)は少し遠かったが、大浴場(午前6時ー9時&午後5時ー11時)があり、朝の散歩をを終えゆっくり朝風呂。夜は帰りが遅くなると部屋でシャワー。 朝の風呂でおはよう!と声をかけ、神奈川から家族旅行の高校生とのこと。種子島育ちで牧師だと自己紹介し、握手をして大学受験合格を祈り、握手したまま「イエス様を心にお迎えし、信じます。アーメン」と受け入れてくれた。 朝食のときいっしょになり、「雪よりも白く」を手渡すこともできた。裸で導くことができた幸いな朝でした。 前のブログで沖縄20年と書いたが、祝賀会に参加した沖縄で初めて出会った皆さんから、23年前ですよと少しお叱りを受け、もうそんなに毎年の沖縄かと感謝でした。 それぞれに出会った時にイエス様を信じバプテスマを受けクリスチャンとなりました。それぞれに祝福され、沖縄最高のエステ会社経営者や、クリーニング店を開店し、全家族クリスチャンになった者。伝道師になり今年開拓伝道を開始予定や神学校2年生で学んでいる者。 基地で仕事をし安定した生活や内装事業で成功している者。保険業で成功している者。同じ会社で福音を信じましたが、それぞれに23年という年月は大きな変化をもたらしていました。 ビジネスホテルで真夜中にゆかたで洗礼を受けた者。まだ寒い沖縄の海で真夜中に洗礼。行けども行けども遠浅で、岸辺で見つめる家族の顔が小さくなった海でのバプテスマなど、洗礼を受けたときの思い出話に花が咲き、あの日があるので、今日も幸せがあるとの体験に、感動と感謝のひとときでした。 同時に、祝賀会には生駒聖書学院を卒業し、牧師となっている者、オリーブ山病院チャップレン、幼稚園教諭、牧師夫人、介護士や様々な働きで活躍中でした。 出席はできませんでしたが母親(92歳)を25日に天国へ送った婦人牧師、国道に面したきれいな教会で、学童保育所を持ち数人の伝道師とともに働く牧師、水道会社を経営している者。 様々な出会いがある23年目の沖縄でした。 今日、68歳の誕生日を迎えました。67年のすべてを沖縄で洗い流し(毎日風呂に入ったので・・・・)、新しい決意で迎えた朝です。クリスチャンは二つの誕生日を持ち、洗礼を受けた日から数えて53歳のつもりで、さらにゆとりを持って生きよう。すべてを捨てて、主に従いたいと祈る、今日も天国の一日の朝です。ローマ人への手紙 1:8 まず第一に、あなたがたすべてのために、私はイエス・キリストによって私の神に感謝します。それは、あなたがたの信仰が全世界に言い伝えられているからです。 1:9 私が御子の福音を宣べ伝えつつ霊をもって仕えている神があかししてくださることですが、私はあなたがたのことを思わぬ時はなく、 1:10 いつも祈りのたびごとに、神のみこころによって、何とかして、今度はついに道が開かれて、あなたがたのところに行けるようにと願っています。 1:11 私があなたがたに会いたいと切に望むのは、御霊の賜物をいくらかでもあなたがたに分けて、あなたがたを強くしたいからです。 1:12 というよりも、あなたがたの間にいて、あなたがたと私との互いの信仰によって、ともに励ましを受けたいのです。 1:13 兄弟たち。ぜひ知っておいていただきたい。私はあなたがたの中でも、ほかの国の人々の中で得たと同じように、いくらかの実を得ようと思って、何度もあなたがたのところに行こうとしたのですが、今なお妨げられているのです。 1:14 私は、ギリシヤ人にも未開人にも、知識のある人にも知識のない人にも、返さなければならない負債を負っています。 1:15 ですから、私としては、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を伝えたいのです。 1:16 私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。 1:17 なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。
2009/09/02
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すべての生きとし生けるものは呼吸をしながら生息しています。 狭義には好気呼吸(こうきこきゅう)、酸素呼吸(さんそこきゅう)など酸素を用いる呼吸となります。 呼吸は心身に大変な影響を与え、呼吸の仕方によっては、その人の人生まで変えてしまいます。しかしほとんどの人は、生まれてから今日まで、呼吸の仕方を教わることなく、自己流に呼吸しながら生きています。スポーツ選手や音楽家、宗教家たちや丹田呼吸法などの指導をする方たちは別ですが。私も腹式呼吸などやったことはありますが、なかなか上達せずです。 わすか30秒の祈りで世界が変わる!と言うと、そんなに簡単にいくんだったら苦労はないと怒られたりします。しかし、祈りは世界を変え、祈る者の人生を変えることは事実です。 結婚して12年目に長男が産まれました。結婚5年目に産婦人科で「子どものできにくい体質です。手術をすれば五分五分ですが、できるかもしれません」との診断でした。 開拓伝道中で手術に支払う経済的余裕もありません。そのままにしていた所、アメリカから来た著名な牧師が、集会の中で2人を前に呼び出し、「男の子が与えられるから心配しないでよい」という預言をしてくれました。私たちの状態をまったく知らない牧師でしたが、そのようにことばを語りました。 その後、長男が産まれて8カ月目に、腸重積と言う幼児特有の病にかかりました。小児科医が救急車を手配し、県立病院へ急ぎました。子どもを抱いたまま祈りました。「神様、この子をお委ねします。助けて下さい。アーメン」と。普段は、祈れば平安になり答えられますと説教していたのですが、アーメンと言った途端、不安になり恐れに支配されました。 委ねるということは、お任せする、全面的に委ねるということです。生きることだけでなく、召されることも含んでいることに祈りつつ気がつきました。必死になって祈るうちに病院に着き、手術室へ向かい、いっしょに中へ入ろうとしました。 看護師が「ここからは私たちにお任せください」と、手術室のドアが閉じられました。 その瞬間、医師や看護師の手に委ねることができれば、全能の愛の神にお任せできないことはないと示され、幸い手術は成功し、現在は牧師として奉仕し、四人の子どもに恵まれています。孫たちが遊びに来るとじい、じいとにぎやかになり、まごまごしているこの頃です。 どんな祈りにも4つの答えがあるようです。 一つはNo(否)です。私たちの人格を損ない、神の栄光を汚すような祈りに、神は明確にNoと答えられます。 もう一つは、Wait(待て)です。まだ必要ではない、時期が来たら与えるという答えです。子どもが何かを求めるとき、まだ必要ではないと判断したら親は待ちなさいと忍耐を学ばせます。そのように神は必ず答えてくださいます。 3番目には、Grow(成長)を答えとしてくださいます。長年の信仰生活で様々なことを祈り願いました。願ったとおりにならないでよかったと思うこともたくさんあります。しかし、それを得なかったので大きな人格的成長を遂げたことがいっぱいあります。結果的に願いや思いをはるかに越えて答えられていたのだと感謝しています。 4番目はYes! Go!(明確で具体的な答え)です。何とそのような具体的な祈りの答えが多く与えられることでしょう。 「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます」(マタイ7:7~8) イエス・キリストの約束は、30秒であろうとなかろうと、素直に率直に、単純明確に求める祈りに、必ず答えをくださり、その結果として神の栄光輝く人生を歩むことができるのです。 「あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます」(ヨハネ15:7)
2009/09/01
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