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祈りの時、みこころがなりますようにとよく祈ります。様々な願いが心に起るとき、どれがみこころからのものかわからなくなります。そして願ったことがかなえられなかたら、みこころではなかったのだと変な安心をしてしまうこともあります。 生駒聖書学院の責任を引き受けた年、アメリカへ行きたいと思いました。それはみこころだろうか。子供が生まれたばかりでお金もなく、1カ月も教会と学院を留守にすることになります。 祈りながら聖書を開くと、「あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起させ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところだからである」(ピリピ2:13、口語訳)とのことばに出会いました。 今まではたくさんの願いが心に起るとき、まずみこころだろうかと考えました。するとすぐ、そんなに大きなことはみこころではないという思いが来るので、やはりみこころではないとその願いを捨てていました。 また、誰かに相談すると、ほとんどがみこころではないと思うよと否定されることが多くありました。 とどめは悪魔がささやきます。お前にそんなことを願う資格があるのか。そんな願いは神のみこころではないと全面的に否定する思いを与えます。 祈りの中で与えられた御言葉は、第一に、神はあなたがたのうちに働きかけて願いを起こさせてくださる。神がご自分の子とされた者に、みこころのままに働きかけてくださるのです。だから、与えられている思いは神の働きかけだから、その願いを起こさせてくださるのだとわかりました。 第二に、実現に至らせるのは神であるので、みこころにかなう願いは必ず実現することも信じることができました。 第三に、それは神のよしとされることであることも、すっきりと聖霊によって理解することができました。 その日以来、神のみこころを決めるのは自分でもなく、人やましてや悪魔に決めさせてはいけないことが明確になり、神ご自身がみこころを決めてくださる喜びを体験しています。 神は、ご自身のみこころの全啓示を聖書によって明らかにしておられます。聖書のみことばをしっかりと受け止めるとき、そこに神の願っておられる幸せを体験できるから幸いです。 神のみこころを確信して祈るとき、そこに必ず起こされた願いが実現されていく、神がよしとしてくださる祝福を受けることができます。その日以来、どのような願いが起こされても、みこころは神に決めていただくことにしました。 祈りのとき、もしみこころならばという願いがかなわなかったときの言い訳となるような言葉を使わないで、聖書の約束に従って、単純明快に、率直に祈る恵みを与えられています。 全費用も不思議に備えられ、アメリカへ1カ月間の宣教奉仕へ出かけ、さらに大きな祝福を体験できました。 祈ることが神のみこころであることを確信して、イエス・キリストの福音を信じて救われる人々が起こされることを楽しみに伝道したいものです。 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。(ヨハネの手紙第一5:14‐15)
2009/08/31
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種子島から生駒聖書学院に入学して驚いたのは、皆がものすごく祈ることでした。チャペルの時間やお昼休み、食事の席、教会でも「いつも祈りなさい」を実行している長い祈りがありました。祈りとは神様とお話しすることだと知っていましたが、生駒聖書学院では、祈りとは求めることだと強く教えられました。 学院長はイギリス人で、神様だけを頼りにビジネスマンを辞め、独立で宣教師になった人物でした。母教団も母教会もないのでスポンサーは神様だけです。しかもアメリカのペンテコステ運動の影響を先取りし、ペンテコステの独立宣教師でした。しかし、広大な土地取得も校舎建設も、すべて祈りによって実現したのです。 1927年には5000坪の敷地が与えられ、すぐにでも校舎を建設することが可能でした。しかし、それからは何の支援もなくお金のない状態が続き、宣教師は失望の中にありました。 そんなときです。宣教師にカナダの友人から手紙が届きました。お金は入っておらず、メモ用紙がひらひらと足元に舞い落ちました。「マルコの福音書11章22~24節のみことばを開いてください」とあったので、広大な敷地の真ん中の藪中に跪いて、聖書を開きました。 イエスは答えて言われた。「神を信じなさい。まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります」 そして、その祈りの宣言の中から生駒聖書学院は1929年に創立されました。私はその宣教師から、ジョージ・ミューラーの話をよく聞かされました。彼は、祈りによってブリストルの五つの丘の上に孤児院を建て、多いときには2000人の子どもたちを、求める祈りだけで養育しました。イギリスを訪ねたとき、ブリストルの孤児院が、建物もプールも大学としてそのまま使用されるほどの広大な場所であったことに驚きを禁じえませんでした。 私はそのような貴重な体験を聞きつつも、必要があれば働けばいいじゃないか、なくてもそれで我慢して辛抱する方が聖なる献身の道ではないだろうかなどと、心のうちで反論する神学生時代を送りました。 現実の生活は本当に何もない状態で、Yシャツは一枚だけ(毎晩、衿と袖を洗って気付かれないように努力)で過ごし、時計も万年筆もボールペンもなく、鉛筆をなくなるまで使い尽くしました。皆にうどんを食べに行こうと誘われても一文無しで、人付き合いもままならない献身生活でした。 でも若いから何がなくても平気で、寮生活だから寝る場所と食事はあり、聖書の勉強はできるしでありがたいことだと平気でした。冬の寒さはこたえましたが、寝る前に冷水で足を洗えば眠れる秘訣をしり、毛布一枚もないせんべい布団で熟睡の日々でした。 3年生の夏季伝道期間、生駒市内のキリスト教会で奉仕が許され、宿泊と食事は確保でき、毎日訪問伝道や路傍伝道で訓練を受けました。 歩き回るうちに何と靴に穴が空いてしまい、買うお金もなくそのまま新聞紙を敷いて、牧師や教会員に気付かれないよう靴箱にちゃんとしまっておきました。 雨上がりのある日、どうぞ上がってお話しくださいと、訪問先で招き入れられました。そんなことはめったにないことでした。靴下がびしょびしょでは上がるに上がれず、真っ赤な顔で玄関で立ち話をして失礼しました。 惨めな気持ちでとぼとぼと帰る道すがら、「求めなさい。そうすれば与えられます。だれであれ求める者は受けるのです」(マタイ7:7~8)のことばが響きました。 何の条件もつけないやさしい約束のことばでした。精神的・霊的なことを求めなさいでもなく、高尚で優雅なことを求めなさいでもありませんでした。 教会に帰りそのまま講壇の前に跪き、「天のお父様。靴に穴が空きました。どうぞ新しい靴を与えてください。イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン」とお願いしました。短く単純に、本音で素直な心で求めました。30秒の祈りでした。 その夜、集会後に部屋に帰るとき、ドアに封筒が挟まれており、その中には「あなたの必要のためにお使いください」との手紙と、新しい靴を買うために丁度のお金が入っていました。新しい靴を履いて、良い知らせを伝える足も軽やかに、今も福音を伝え続けています。 祈らなくてもお金は与えられたかもしれませんが、それは偶然として受け止めただけに終わったかもしれません。しかし、祈ったので与えられたのは必然です。それ以後、今日まで祈れば必ず答えが与えられ、必要は満たされ続けています。神の約束は永遠に変わらず、願い求めたことをはるかに越えて聴かれる幸いを体験し続けています。 思い煩ったり心配したりしないで、不平不満や文句を言わないで、疑わず恐れず素直に本音で、今日から「30秒の祈りは世界を変える」と信じて祈りましょう。
2009/08/30
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手を伸ばせばすぐ届く書棚に、『わずか3秒の「しぐさ」で成功をつかむ!!』という本の書名が目に飛び込んできました。「生き方ベタな人、必読!」とあり、知人が書いた人間心理と動作から読み解く、生きる技術のノウハウ本です。 最初の3秒の動作で人生は決まるそうです。その書名が目に入ると同時に、「わずか30秒の祈りで世界が変わる!」ということばが浮かび、30秒の祈りについて書こうと思いました。 イエス様が教えてくださった主の祈りは、わずか30秒で祈れます。 主の祈り(文語) 天にまします我らの父よ。 願わくは御名をあがめさせたまえ。御国を来たらせたまえ。 みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。 我らの日用の糧を今日も与えたまえ。 我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、 我らの罪をも赦したまえ。 我らを試みに会わせず、悪より救いいだしたまえ。 国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。アーメン。 主の祈り(口語) 天におられるわたしたちの父よ、 み名が聖とされますように。み国が来ますように。 みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。 わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。 わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。 国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。アーメン 幼子から、字の読めない方々も含めて、主の祈りを全世界のクリスチャンが祈り続けています。 ある方は、大学生の時クリスチャンになり、就職から出世街道を駆け上り、大成功を収めました。そのすべては、この家も土地も含めて、主人が主の祈りだけは欠かさず続けて来た結果ですと、奥様から親しく教えてもらいました。その人が何をしても繁栄する秘訣が主の祈りであったことに、私は感動しました。 主の祈りは、神の御名を崇める告白から始まります。主の御名が崇められ、賛美されるところに、いつも神の栄光が表されます。 パウロとシラスは、ヨーロッパ最初の宣教地ピリピで捕らえられ、裸にされ鞭打たれて、鎖の足かせで牢獄の奥深く投じられました。痛みと寒さと飢えの中でどうにもならない状態でした。 真夜中頃、パウロとシラスは牢獄の中で賛美しました。祈りは、神に何かを願い求めることです。感謝は、与えられたことや守りにありがとうございますと申し上げることです。賛美は、神の御名そのものを崇めることなのです。 まだ子どもが幼い頃、4日ほど留守にして帰宅したとき、子どもが2階からトコトコと下りて来ました。いっしょに部屋に上がると、周りをくるくる回りながら、まだお父さんと言えないので、「おとう!」「おとう!」と手を差し伸べました。ひょいと抱きかかえ、高い!高い!をするときゃっきゃっと大喜びです。 その後で、カバンからお土産を出して渡すとまた大喜びです。その喜ぶ姿に親ばかで、もっと良いものを与えようと思いました。 御名を崇める者を神はさらに高く引き上げ、天上の霊のすべての祝福と、地上のすべての必要を豊かに満たしてくださいます。 「御国がきますように!」朝には、「今日もまた天国の一日です」と告白しつつ目覚め、一日の終わりには、「今日もまた天国の一日でした!」と熟眠する幸せは、もう御国がイエス・キリストによりここに来ている感激です。主の豊かな神の国の先取りで、幸せに生きる恵みが与えられています。 みこころがなされるために、自らの罪を血潮にきよめられ、聖なる主のおこころを、聖書によりしっかり教えられて実践していくことは幸いです。 まず神の国とその義を第一にするとき、日ごとの必要は豊かに与えられ、なくてはならないもので祝福を受け、成功と繁栄の人生を感謝しつつ生きることは、すばらしいことです。 イエス様は、赦す者は赦され、赦さない者の祈りは聞かれないと教えました。主の祈りで、完了形のことばで祈られているのはこのフレーズだけです。「私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました」(マタイ6:12) 十字架上で、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」と祈られたイエス様の赦しの中にある者は、このように祈る特権が与えられています。赦した者のみが赦され、神の愛の具現者として聖霊に満たされ、すべてを愛で包みつつ世界を変えていくのです。 人生には様々な試み、誘惑があります。君子危うきに近寄らずです。誘惑の力は強く、しかしやがてその甘い水がすぐ辛さへと変わることも確実なのです。 聖なる神がともに歩いてくださいます。国と力と栄えとは限りなくあなたのものだからですと、今日も世界が変わるために、30秒間の主の祈りに心を合わせましょう。祝福を祈ります。
2009/08/29
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今朝の一番機で沖縄へ出かけ、9月1日に帰ります。 1989年に輝き・可能性への挑戦という原稿を読んだ、大阪の商社社長がテーププログラムを作ろうと申し出てくれました。 6万円定価のマン・オブ・プロミスというプログラムが完成し、それを沖縄の化粧品会社が売り出してくれました。化粧は内面の美しさが一番だという理論を、実践して沖縄の女性をさらに美しく輝かせたらとの願いからでした。 会社の開式祝賀会に招かれ、初めて憧れの沖縄一泊の旅でしたが、自家用機での遊覧飛行、数々の沖縄料理での接待。祝賀会での短いスピーチ。豪華なホテルに帰って来たのは午前2時。朝7時にはもうチェックアウト。あわただしい滞在でした。 発足した会社(10時出社)で9時から短い礼拝の許可を社長にいただき、30名ほどの若い社員に、アーメンと信じれば救われることを、単純率直に話すと、半数以上が素直に手を上げて信じてくれました。 次の年には20名近くが洗礼を受けクリスチャンとなり、沖縄エリムキリスト教会が会社の中に誕生しました。多い時は年間7回も訪沖し集会を重ねました。 退職するものもあり、そうすると会社での礼拝には出にくくなり、卒業生が沖縄へ帰るので、外に場所を借りて働きを始めました。結果的にはその働きも中断し、それぞれが地方教会に所属してクリスチャン生活を続けています。教会に所属していない者もあり、その中の一人が家族4名全員クリスチャンとなり、エリムに所属しています。 今回は沖縄20年になり、今夜、生駒聖書学院卒業生牧師たちや、最初からのエリムのメンバーや家族&友人たちが、祝賀会を開いてくれます。石垣島からもわざわざ訪ねて、日曜日のつきしろゴスペル教会の礼拝に、親子で参加される方もあります。 日曜日の夜は、うるま市中部病院隣のサレム宮里教会で特別集会(午後7時30分)です。 この教会には毎日電話をしてくださる方もあり、半年も前から楽しみに待っています。祈っています。シャロームと声をかけてくれます。しっかりメッセージと病のいやしの祈りをしようと思います。四泊五日の沖縄ですが、帰るとすぐ少年院訪問や悩む方々からの相談が待っています。 明日からは、「わずか30秒の祈りが世界を変える」を火曜日朝まで掲載します。 沖縄レポートは9月2日(水)の朝からボチボチ書くつもりです。よろしくお願いします。今朝早く、聖書の朗読を聞きながら起き、恵まれたので・・・・。感謝します。申命記8:1 私が、きょう、あなたに命じるすべての命令をあなたがたは守り行わなければならない。そうすれば、あなたがたは生き、その数はふえ、【主】があなたがたの先祖たちに誓われた地を所有することができる。 8:2 あなたの神、【主】が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。 8:3 それで主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた。それは、人はパンだけで生きるのではない、人は【主】の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたにわからせるためであった。 8:4 この四十年の間、あなたの着物はすり切れず、あなたの足は、はれなかった。 8:5 あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、【主】があなたを訓練されることを、知らなければならない。 8:6 あなたの神、【主】の命令を守って、その道に歩み、主を恐れなさい。 8:7 あなたの神、【主】が、あなたを良い地に導き入れようとしておられるからである。そこは、水の流れと泉があり、谷間と山を流れ出た深い淵のある地、 8:8 小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろの地、オリーブ油と蜜の地。 8:9 そこは、あなたが十分に食物を食べ、何一つ足りないもののない地、その地の石は鉄であり、その山々からは青銅を掘り出すことのできる地である。 8:10 あなたが食べて満ち足りたとき、主が賜った良い地について、あなたの神、【主】をほめたたえなければならない。 8:11 気をつけなさい。私が、きょう、あなたに命じる主の命令と、主の定めと、主のおきてとを守らず、あなたの神、【主】を忘れることがないように。 8:12 あなたが食べて満ち足り、りっぱな家を建てて住み、 8:13 あなたの牛や羊の群れがふえ、金銀が増し、あなたの所有物がみな増し加わり、 8:14 あなたの心が高ぶり、あなたの神、【主】を忘れる、そういうことがないように。──主は、あなたをエジプトの地、奴隷の家から連れ出し、 8:15 燃える蛇やさそりのいるあの大きな恐ろしい荒野、水のない、かわききった地を通らせ、堅い岩から、あなたのために水を流れ出させ、 8:16 あなたの先祖たちの知らなかったマナを、荒野であなたに食べさせられた。それは、あなたを苦しめ、あなたを試み、ついには、あなたをしあわせにするためであった── 8:17 あなたは心のうちで、「この私の力、私の手の力が、この富を築き上げたのだ」と言わないように気をつけなさい。 8:18 あなたの神、【主】を心に据えなさい。主があなたに富を築き上げる力を与えられるのは、あなたの先祖たちに誓った契約を今日のとおりに果たされるためである。
2009/08/28
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昨日、夕食をしていたら、米田昭三郎氏が「日本伝道の幻を語る会」から帰られたその足で、すぐ生駒聖書学院を訪ねて来られた。24日出版されたばかりの本、「喜望」神の恩寵に生かされてをプレゼントしていただいた。 洗礼を受けて50年、また日本プロテスタント宣教150年を記念し、「日本伝道の幻を語る会」に合わせての出版でした。 思いがけず推薦文をと頼まれ、拙文を以下のように書きました。推薦文 一冊の聖書から 大阪クリスチャンセンターで、いつもおだやかな笑顔で歓迎してくれるすばらしい紳士がいた。その方こそ本書の著者米田昭三郎愛兄です。もう何十年にも及ぶお知り合ですが、物言わぬ私は本書を読んで驚かされることばかりで感動、感激の連続でした。一度頁を開けば最後まで閉じられないほど一気に読ませる魅力あふれる叙伝です。 何よりも盗まれた一冊の聖書が、父親を熱心な信仰に導くきっかけとなり、全家族そろって主に仕える熱心なスタートとなったことは、幾度読んでも感動する証です。 神のことばは生きていて力があり(ヘブル4:12)ます。著者の揺るぎない信仰は、聖書に立脚するものであり、巻末の人生の指針としての愛唱聖句からも実感できます。 両親への深い愛情と全家族への熱い祈り、教会への忠実な奉仕だけでなく超教派的な使命、日本だけでなく全世界への救霊と福音宣教への情熱、同時に企業人として内外に貢献し続けた業績。控えめな筆致からも伺い見ることができる、聖霊による具体的な成功の生涯が描かれています。 読者は行間に、神の不思議な摂理を読み取り、大きな試練に出会いながらも、神の愛と最善の道を、愛妻とともに祈りつつ乗り越え続けた信仰の勇者の姿に涙することでしょう。家族の救いに悩むクリスチャンたち、運命に翻弄されていると考えている人、企業経営に悩み苦労する実業人、読む者すべての心に、信仰と希望と愛が豊かに流れ込み、生きる勇気を与えてくれます。 日本プロテスタント宣教150周年を記念しての出版は、まことに主のみこころであり、時宜を得た本書が一人でも多くの方々に読んでいただけたら、これに過ぎる喜びはありません。 生駒聖書学院 院長 / エリムキリスト教会 牧師 榮義之 218ページもある大著です。 読んでみたい方は、米田昭三郎氏まで。 電話0742-45-7567 FAX.0742-41-4154メール;s.yoneda@iris.ocm.ne.jp2009年・米田家の年間聖句ピリピ人への手紙(新共同訳)4:6 どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。4:7 そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。
2009/08/27
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いつものポスティングは二人で200軒を回るが、今週は沖縄行きがあるので、300軒を目標に朝4時に出発。坂の多い住宅地で道も入り組んでいたが、大きなマンションもあり比較的早く配り終えることができました。 幸い、牧師のポスティングに刺激を受け、自宅の周りのポスティングを始める教会員が増えてきました。冊子は結構重く、20冊くらいしか持てない方もあります。私は50冊を配り終えると車まで戻り、もう50冊をポスティングしています。 袋に30冊、手に20冊を持って一軒一軒配布します。密集した家が多い地域や、マンションがあったら早いのですが、大きな家や坂の上に家がある地域などは、汗びっしょりでともかく日の出前には帰宅するようにしています。日中は用があるため、ゆとりの一万歩です。と言っても、普通に歩けば7000歩近くになりますが、ポスティング一時間で3000歩弱なので、どこかでゆとりを見つけながらの夏です。 76歳の婦人は足が不自由ですが、神の愛を伝える喜びがあるからと、ポスティングに励んでいます。 30代夫婦は、真夜中過ぎに、別の夫婦は朝の散歩の時に一石二鳥と。主婦は家事全般を終えてから。 神学生も刺激されて派遣教会で励み、出会いが与えられたり、家に招かれたりとの嬉しレポートも届いています。 イエス・キリストの十字架のすばらしい喜びの救いを、全日本の家々に、ひとりひとりの心に届くよう祈りつつです。 28日(金)より沖縄です。到着の夜には 首里の「ラ・フォンテ」で20周年感謝会を有志の肝いりで開いてくれます。 会費3000円で定員になりましたが、レストラン側は大丈夫ですので、ご参加くだされば歓迎します。気楽な集まりになると思います。お気軽にお出かけください。 29日は卒業生牧師の教会訪問と出会いのとき。夕方かうるま市で家庭集会。 30日午前10時30分は、つきしろゴスペル教会で礼拝説教。 午後7時30分には、サレム宮里教会で特別集会。 覚えてお祈りいただきますようお願いします。ローマ人への手紙 10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。 10:14 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。 10:15 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」 10:16 しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。「主よ。だれが私たちの知らせを信じましたか」とイザヤは言っています。 10:17 そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。
2009/08/26
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昨夜は、和来(わらい)という店で、焼きそばとお好み焼きをお腹いっぱいご馳走になり、深刻な相談もありましたが、店の名前のように笑が絶えない2時間余を過ごしました。 ちょうど昨朝までに5000冊のポスティンが終わり、新しいチラシ増刷も間に合わず、今朝はポスティング無しで、今までのご褒美と思いながらの時でした。 85歳と76歳のご夫婦は3年前にクリスチャンになりましたが、若い日からの結婚生活の喜びや来る話を、楽しく話してくださり、お二人の健康と長寿を祈りました。 ご主人は28歳まで長年の一人暮らし。ダンス(特にワルツは最高の腕前)や洋画が大好きで毎晩、ダンスホールへ通うような生活でした。 結婚して主人の家に入った奥様はびっくり仰天。家の中には何もなくみかん箱がゴロゴロ置いてあるだけ。なんだろうと開けてみるとさらにビックリ。札束が無造作に詰め込まれていました。 仕事が成功しお金が儲かって儲かってどうにもならない時の結婚だったのです。ダンスホール通いや洋画鑑賞は変らずでした。やがて趣味はカメラに変り、子どもたちはお父さんのカメラ姿を見ると逃げ出すほど。写真展に入選したことも何度もあり、器材はプロの写真家が譲って欲しいと請われるほどの物ばかりを買い求めました。 1946年に自動車免許を持っていたので、自動車の運転は神風運転。趣味が釣りに変り、玄関の戸を開けると家族が目覚めるので、深夜や朝早く窓から出て、弁当の入ったリュックサックを外へ投げ出し、塀を乗り越えて外へ出る。何回も駆けつけたお巡りさんに捕まり、ここは俺の家だと、近所の通報が来るたび駆けつける警官もあきれて大笑い。家の中では目覚めた奥様が、ほらまた捕まったと大笑い。 楽しそうに話す主人の話を引き取って、奥様が武勇伝を笑いながら話はつきない。その間、焼きそばにお好み焼き野菜炒め、デザートのアイスクリームまで。もう食べきれないほど出てくる。 食事の最後に、手をつないで問題の解決と勝利を祈り、「アーメン。ありがとうございます。すべてが最善に解決しました。感謝します」と宣言し、高齢のお二人に見送られ帰りました。 何しろお好み焼き店で食べたのは、何十年ぶりか分からないくらい前。大阪のぼてじゅうに神学生時代の友人に誘われて以来です。行きつけの店なんか一つもない牧師です。 それでも今日は、昇進祝いに食事に招待している店が一つあります。店長がそろそろ来るころだと夢を見ましたと言ってくれる和食のレストランへ予約を入れました。 歯を治療中で、食べることに年内は不自由ですが、今週は沖縄行き。食べることが続く日々です。伝道者の書 5:10 金銭を愛する者は金銭に満足しない。富を愛する者は収益に満足しない。これもまた、むなしい。 5:11 財産がふえると、寄食者もふえる。持ち主にとって何の益になろう。彼はそれを目で見るだけだ。 5:12 働く者は、少し食べても多く食べても、ここちよく眠る。富む者は、満腹しても、安眠をとどめられる。 5:13 私は日の下に、痛ましいことがあるのを見た。所有者に守られている富が、その人に害を加えることだ。 5:14 その富は不幸な出来事で失われ、子どもが生まれても、自分の手もとには何もない。 5:15 母の胎から出て来たときのように、また裸でもとの所に帰る。彼は、自分の労苦によって得たものを、何一つ手に携えて行くことができない。 5:16 これも痛ましいことだ。出て来たときと全く同じようにして去って行く。風のために労苦して何の益があるだろう。 5:17 しかも、人は一生、やみの中で食事をする。多くの苦痛、病気、そして怒り。 5:18 見よ。私がよいと見たこと、好ましいことは、神がその人に許されるいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦のうちに、しあわせを見つけて、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。 5:19 実に神はすべての人間に富と財宝を与え、これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。 5:20 こういう人は、自分の生涯のことをくよくよ思わない。神が彼の心を喜びで満たされるからだ。
2009/08/25
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自分はすばらしいと思ったりすると、傲慢であり鼻持ちならない人間だといわれそうだが、「あなたは、私の目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している」と、愛なる全能の神が宣言されている。 人間は元々、神に似せて創造された神の子であるが、最初の人間アダムとエバの堕罪により、神の子の姿を失い悪魔に支配されるようになってしました。 イエス・キリストは、罪に支配されて地獄行きに定められた人間を救うために、そのいのちを十字架に身代わりとして投げ捨ててくださった。全人類は神の愛により、その十字架の救いに素直に「アーメン、信じます」と答えるとき救われ、神の子として受け入れられるのです。 誇るものは主を誇れ!とありますが、自分はすばらしいと思うことは、主を誇る最高の告白なのです。私はダメであなたはすばらしいと言う関係ではなく、主はすばらしいから私もすばらしい!という関係を、神様は喜んでくださいます。 聖書が言う真実の謙遜は、自己卑下や劣等感に支配されて、自分は何もできないムリです。不可能ですといい続けることではないと思います。 全能の神のことばにアーメンと応ずることこそ真実の謙遜であり、神のことばに従わないことだけが最高傲慢ではないでしょうか。へりくだって仕えるとは、神のことばにアーメンと従い、聖書の命ずるとおりに実行していくことです。 エペソ人への手紙にすばらしい約束のことばがあります。2:8 あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。 ただ、アーメン。信じますと、十字架の救いを受け入れるとき救われます。53年前、種子島の西之表基督教会で、そのようにして信じてバプテスマを受けクリスチャンとなりました。 アーメン。信じますという信仰も聖霊が与えてくださったのです。すべては恵みによるのです。駄々、信じます。アーメン。2:9 行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。2:10 私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。 すばらしい人生を歩める恵みも神は備えてくださいました。イエス・キリストを信じる人生は、神の栄光をあらわすことができるように定められているだけでなく、その行い(それが事業であれ、教育であれ、何であれ、すべてが神の栄光をあらわせるように)も備えられているのです。 どんな状態の中からも、神のすばらしい業がなされていくためなのです。感謝します。
2009/08/24
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日曜日の夜は、堺エリムでの礼拝が午後5時30分より始まります。いつもは担当伝道師がクーラーをいれて涼しくしてくれています。今週は韓国へ断食へ出かけており、朝のビデオ礼拝も休みにし、夜の礼拝に来るように案内していました。 大阪エリムの礼拝を終えて堺へ。教会直前に鍵は持っていますかと副牧師に問われ、ビックリしました。持っていなかったのです。家まで取りに帰る時間はなく、大急ぎで近くのレストランへ。佐藤蛾次郎が予約で入っているから無理と断られ、もう一つのホテルでも突然なので断られ、ラーメン屋でと言うわけにも行かず、教会前に待つ10数人に頭を下げて謝りました。 幸い階段までは入ることができたので、鍵のない教会堂の外で、夕日を浴びながら聖歌を賛美。使徒信条と教会理念を告白し、「あなたは、わたしの目に高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)より、自分はすばらしいと認め告白することこそ、最高の謙遜の姿だと野外説教でした。全員で手をつないで祝福を祈り、30分で礼拝を終わりました。 教会員が素直にすべてのことに感謝する姿に感動しながら、珍しい野外礼拝でした。ヨハネの福音書4:23 しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。4:24 神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」
2009/08/23
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交通事故になりまだ歩行できず、車イスの生活をしている50代男性がいます。介護士や介護タクシーを利用したり、毎日のようにお世話になっています。 まだ強烈な痛みがあったり、何もかも自分でできないので奥様と二人三脚です。しかし、辛く苦しく痛みが襲うと、我慢できなくなりうめき叫びます。いっしょにいる奥様も辛く苦しく悩みに襲われます。 すべてのことが益になり、神の栄光が現われ、歩いて教会にも来れるようにと希望を持ち、ありがとうございます。歩けるようになりました!感謝します。と告白します。 介護士や運転手にもついついグチや文句を言うこともあり、いしょうけんめいお世話をしてもらっているのに、不平や不満、泣き言をぶつけてしまいます。 昨日はケアマネージャーが訪ねてくれました。長い時間いろいろ聞いてくれました。彼女は最高のアドバイスを残して帰りました。それは、「ごちゃごちゃ言わずに、神様に祈ったらいいですね」と言うことばでした。 いつも自分たちはクリスチャンです。すべてのことに感謝しています。介護士さんもイエス様を信じるといいですね。と勧められ、彼女も聖書を読んだりキリスト教関係の本にも目を通しています。それでそのようなアドバイスになりました。 「ごちゃごちゃ言わずに祈ったら」と厳しいことばでしたが、二人は天使のことばと受け取り、心から神様に感謝し、今日も介護タクシーで大阪の教会まで礼拝に参加します。 介護タクシーは費用もかかりますが、「毎週、楽しい旅行に行くと思ったら、安いものね」と、クリスチャンでない母親の一言で、雨が降っても礼拝を休まずに出席し続けています。 すべてのことに共通しますが、失ったものを数えてばかりいると、苦しみは募り、もっと苦しくなります。大切なことは大丈夫な部分が多いことを実感して、嬉しい!感謝だ!ありがたい!と思えるようにすることです。 あるがままを受け入れると同時に、大丈夫なところを思い切り感謝し、不自由な動かない所を手でさすりながら、ありがとうございます。よし、まずOKだ!明日はもっと良くなっていると宣言し祈ることです。きっと不思議な平安が心を満たし始めます。コリント人への第二の手紙4:7 私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。4:8 私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。4:9 迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。4:10 いつでもイエスの死をこの身に帯びていますが、それは、イエスのいのちが私たちの身において明らかに示されるためです。4:11 私たち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されていますが、それは、イエスのいのちが私たちの死ぬべき肉体において明らかに示されるためなのです。4:12 こうして、死は私たちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのです。4:13 「私は信じた。それゆえに語った」と書いてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っている私たちも、信じているゆえに語るのです。4:14 それは、主イエスをよみがえらせた方が、私たちをもイエスとともによみがえらせ、あなたがたといっしょに御前に立たせてくださることを知っているからです。4:15 すべてのことはあなたがたのためであり、それは、恵みがますます多くの人々に及んで感謝が満ちあふれ、神の栄光が現れるようになるためです。 4:16 ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。4:17 今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。4:18 私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。
2009/08/23
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昨夜、砂川牧師一家が東京より遅く到着と聞いたので、一晩中電気を点けたままで、しっかり朝4時まで寝てしまいました。まだ到着していないので、いつのものようにポスティングで出かけ200軒を配布完了し帰宅。 朝5時に砂川牧師一家がレンタカーで到着。5人の子どもたちはぐっする眠ったまま、寝室へ運ばれ挨拶もそこそこに眠ってもらうことにした。 昨日朝、関空へ着き生駒へ。その足で東京ディズニーランド&でズニーシィへ。夕方まで遊び、男の子がガンダムが見たいというのでお台場へ。さらに東京タワーを見せてあげたいと首都高速を走り、かなり遅くなり生駒へ向いました。途中休み休みで今朝5時になりました。 行きつけのパン屋で美味しいサンドイッチや菓子パンで朝食を用意し、昼は王将の餃子が食べたいと子ども達が言う。昨日もお昼に王将で餃子を食べ、東京へ向ったのに? 11時に王将で餃子とご飯を注文し、9名で早い昼食。さすが9時ごろサンドイッチの朝食後なので、全部食べきれずの持ち帰りパック詰め。レンタカー返却が2時とのことで、王将でさよなら。30日にはこの子らの元気な姿に沖縄で会えるのが楽しみです。 砂川牧師を見ていると、若いってすばらしい!その決断もすばやく、さらに大きく飛躍すると思い、祝福を祈りました。強行軍で、今日の午後3時の飛行機で沖縄へ帰るとのこと。感謝します。 今日はインブラント治療を受け、ちょうど一週間目で朝9時30分の予約でしたが、午後3時15分に変更し、これから堺市の置中歯科へ出かけます。 ブログが遅くなたのは来客と、パソコンが固まり書けなかったので今の時間になりました。 詩篇8:1 私たちの主、【主】よ。 あなたの御名は全地にわたり、 なんと力強いことでしょう。 あなたのご威光は天でたたえられています。 8:2 あなたは幼子と乳飲み子たちの口によって、 力を打ち建てられました。 それは、あなたに敵対する者のため、 敵と復讐する者とをしずめるためでした。 8:3 あなたの指のわざである天を見、 あなたが整えられた月や星を見ますのに、 8:4 人とは、何者なのでしょう。 あなたがこれを心に留められるとは。 人の子とは、何者なのでしょう。 あなたがこれを顧みられるとは。 8:5 あなたは、人を、神よりいくらか劣るものとし、 これに栄光と誉れの冠をかぶらせました。 8:6 あなたの御手の多くのわざを人に治めさせ、 万物を彼の足の下に置かれました。 8:7 すべて、羊も牛も、また、野の獣も、 8:8 空の鳥、海の魚、海路を通うものも。 8:9 私たちの主、【主】よ。 あなたの御名は全地にわたり、 なんと力強いことでしょう。
2009/08/22
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昨日は、前から孫たちとプールへ行く約束で、健康ランドへ朝9時に出発しました。女の子二人なので家内もいっしょだったので、孫たちを任せてのんびり風呂を楽しみました。 水着になりプールへ行くと、さすがに夏休み!ごった返しの中を小さい孫と遊び、もう帰ると言うので、大きい孫を捜すがなかなか見つからず・・・・、やっと出会えてもう12時。 お腹が空いたので昼食バイキングレストランへ。小さい孫がラーメンが良いと言うので、半分にしてあげたら、もっと欲しいメンマを5本入れてのリクエスト。残りの半分を家内に持って行ったら、おばあちゃんはおじいちゃんに愛されているんだねと、言われて家内は顔を赤らめる。そうだから結婚したんだよと答えると、四才半の孫がニッコリしながら食べ続ける。幸せな昼でした。 帰宅したのは午後1時過ぎ。副院長から何遍も電話したのに通じず、沖縄から砂川牧師一家が訪問したとのこと。ビックリして着信を見ると何通もの履歴。携帯なのに車に中にほうりっぱなしや、カバンに入れたままが多いので反省しきり。 急に夏休みが取れたので、五人の子どもたちが王将の餃子を食べたい!じゃUSJへも行こうかと関空へ朝着き、レンタカーで生駒へ。 王将で昼食後、予定変更でディズニーランドへ走行中電話が通じ、今夜生駒へ。土曜の朝の出会いを楽しみにし、昼の便で沖縄へ帰るとのこと。家族の旅の安全を祈る。 来週は沖縄20周年感謝会。30日はつきしろゴスペル教会礼拝メッセージですが、生駒で学んだ同級生にも会ったり、お世話になった恩師(静岡県在住)にも会いたい。本土は初めての子どもたちを連れての強行軍。今夜遅く再訪しますと聞くことができました。 今朝も4時半起床で、生駒駅周辺へポスティング200軒。駅前なのに空室が多いマンションもあり、郵便物がたまっているポストには入れないよう。日の出前には終わるように今朝も早起き。天国の一日のスタートです。ご案内;ぜひ沖縄のブログの皆さんともお会いできればと願ってます。お待ちしています。榮義之牧師沖縄20周年感謝の集い日時;8月28日(金)午後7時より 会場;ラ・フォンテ(La fonte) 那覇市首里桃原町1-13会費;3000円(イタリア料理バイキングです)定員;30名申込先;098ー949ー7745(つきしろゴスペル教会) 090-1593-1269(榮義之) メール;elimyoshi@kcn.jp詩篇 133:1 見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、 なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。 133:2 それは頭の上にそそがれたとうとい油のようだ。 それはひげに、アロンのひげに流れて その衣のえりにまで流れしたたる。 133:3 それはまたシオンの山々におりる ヘルモンの露にも似ている。 【主】がそこに とこしえのいのちの祝福を命じられたからである。
2009/08/21
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「地獄を生き抜く、魔法のことば」(ひろさちや著;集英社)という新刊を読みました。 その中で、現代の日本は地獄である。その理由は地獄では言葉が通じない。人間は言葉をもった動物である。曽我量深と言う仏教学者は、「ことばのいらぬ世界が仏の世界。言葉の必要なのが人間界。言葉が通じないのが地獄」と述べました。 そして現代日本はまさしく言葉が通じないので、地獄そのものの姿になってしまった。特に小泉元首相が歯止めのない競争原理を採用し、日本を格差社会にしていまったから、その結果、日本は地獄になった。 地獄では言葉が通じない。ことばは本来情報を伝達するためのものだが、その機能は失われ、むしろ積極的に他人を騙すためのものとなっている。 賞味期限のごまかし、生産地のごまかし、化粧品やダイエット商品に至るまで、ごまかしののことばがあふれています。政治の世界がもっとも欺き、ごまかしの言葉が横行する世界。 衆議院議員選挙が始まり、喧しく地獄の言葉が全国を包んでいるような気がします。 その中で真実の言葉とは何か。仏教評論家だから釈迦のことばだと言うのが当然だが、著者は、イエス・キリストこそ真のことばであることをしっかりと述べています。 ヨハネの福音書1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。 1:2 この言は初めに神と共にあった。 1:3 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。 1:4 この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。 1:5 光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。 このことばこそ、神が人となってこの世界に来られたイエス・キリストを示しています。 正しい読み方は、「初めに言(キリスト)があった。言(キリスト)は神と共にあった。言(キリスト)は神であった。と読むのが真実です。 イエス・キリストのことば(聖書のことば)は天国のことばです。マタイの福音書 4:4 イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』と書いてある」 イエス・キリストをアーメンと信じるとき、真実のことばのある人生=天国の人生が始まります。今日もまた天国の一日です!まさしく、欺きやごまかしのことばから救い出されて、神の口から出るひとつひとつのことばによって、天国の平安と喜びを感謝しながら生きることができるのです。 著者の言う魔法のことばは、「南無そのまんま・そのまんま」と、苦しみ、悩みの中で、自分自身に言って聞かせ、いま現在あるがままの自分をしっかりと生きようとする」 それはまた他人に言ってあげても良い言葉で、「あなたはあなあなたのままでいいのですよ」そのメッセージが他人を勇気づけるのであろうと結んでいました。 読み終わり、自分にとっては、「アーメン。ありがとうございます。すべては神の愛です。感謝します。アーメン!アーメン」こそ最高だと感謝しました。ヨハネの第一の手紙 1:1 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、 1:2 ──このいのちが現れ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現された永遠のいのちです。── 1:3 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。 1:4 私たちがこれらのことを書き送るのは、私たちの喜びが全きものとなるためです。 1:5 神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。これが、私たちがキリストから聞いて、あなたがたに伝える知らせです。 1:6 もし私たちが、神と交わりがあると言っていながら、しかもやみの中を歩んでいるなら、私たちは偽りを言っているのであって、真理を行ってはいません。 1:7 しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。 1:8 もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。 1:9 もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。 1:10 もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。
2009/08/20
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前々からお願いしていた奈良新聞コミュニケーションの美しい指導員が、今朝は早くから昼まで教えに来てくれ、きれいなマニュアルも用意していただいた。 自分ですったもんだしながらだったが、ちょとしたアドバイスでスッキリ分かり、これからもう少しは上手になるだろうと思います。 ワープロに出始めから使っているので経歴は長いが、パソコンになってからもワープロだけという宝の持ち腐れだと子どもに言われています。ホームページの院長室を書き始め、ヤフーがブログを開始し、すぐブログを始めました。 楽天も1500日を越え、一日平均が99アクセスになり、もうすぐ100になりそうです。できるだけ毎日、ブログを書き続けています。 今日も朝4時過ぎからポスティング。160戸数もの大きなマンションがあり、今日は300軒に配布しました。28日から沖縄行きなので、あと7日間で1,500のポスティングを予定しています。日中は予定があるので日の出前に、ゆとりの一万歩を兼ねてやっていますが、今朝はマンションだったのでわすか1000歩だけでした。毎日ともかく歩き続けようと、郵便局や訪問なども車をできるだけ使わないようにしていますが、時間のことを考えるとつい車で出かけています。ご案内;ぜひ沖縄のブログの皆さんとお会いできれば嬉しいです。お待ちしています。榮義之牧師沖縄20周年感謝の集い日時;8月28日(金)午後7時より 会場;ラ・フォンテ(La fonte) 那覇市首里桃原町1-13会費;3000円(イタリア料理バイキングです)定員;30名申込先;098ー949ー7745(つきしろゴスペル教会) 090-1593-1269(榮義之)
2009/08/19
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聖書を読むと様々な奇跡に感動し驚かされます。紅海が真っ二つにわかれ、400年間の奴隷生活からエクソダス。 ヨルダンの流れ逆巻くとき、その中へ一歩を踏み出したとき、流れはストップし、乾いた道を行くカナン入国。 立ちふさがるエリコの城壁、武器一つなく途方にくれたとき、ただその周りを6日間沈黙したまま回れ。7日目には7回回り大声で叫べ!そのとおりにしたとき、難攻不落の城壁が崩れ落ち大勝利。 エリヤやエリシャの時代の奇跡。 イエス・キリストの御手が触れると病いやされ、そのことばだけで不思議な出来事が起こる。弟子たちもイエス・キリストの名によっていやしや不思議を行い、十字架の出来事の後、一世紀もたたないうちに当時の全世界に、救いの知らせが響き渡る前進。 ローマ帝国の大迫害のさ中にも信じる者がさざ波のように増え続け、真実の愛(アガペの愛)が世界を席巻していき、21世紀に至るまで広がり続け福音。 53年前、種子島の西之表基督教会で聞いた神の愛、イエス・キリストの十字架と復活の福音に、アーメン。信じます。と素直に応じてバプテスマを受け、すべての重荷をおろし、平安の中に守れ続けている、自分の上に起きた奇跡のような体験。 人は変り時代は変遷しても、永遠に変らない真の神の愛と真実。イエス・キリストは昨日も今日もいつまでも変らないお方です。その救いの御手はアーメン信じますと祈るとき、今も変らず働きます。 神学生の奥様が4月に台湾で男の赤ちゃんを出産。新しいいのちの誕生を喜ぶまもなく、心臓に6ミリと3ミリの穴があることが分かり不安のどん底へ。神学生は学期中は動けないので、台湾に行くこともできない。ただ祈るだけ。電話での報告はほとんど乳ものまず・・・・。 全能の愛の神の真実に委ねれ祈るのみでした。一学期終了と同時に台湾へ行き、帰国し夏季休暇中に有名な医者に診察してもらいました。不思議なことに心臓の穴はなくなっていました。いやされたのです。可愛く微笑む4ヶ月目になる赤ちゃんの笑顔に、両親はもちろんのこと、そのことを聞いて祈っていた牧師や教会員、神学生たちも大きな感動に包まれています。 祈りを聞かれる神がおられる。イエス・キリストのお名前によって祈れる幸い。アーメンと素直に求める喜び。 祈る時に平安が喜びが感謝が聖霊により満ち溢れてきます。何事でもわたしの名によって求めることは、わたしがしましょうと約束された、イエス・キリストは2000年前と同じように、いやそれよりも大きな業をなさってくださいます。 できない、ダメだ、諦めたと言わないで、信仰と希望と愛のの忍耐で感謝しつつ、チャレンジしてみましょう。奇跡の神の助けと力により、不思議な事が起こります。エペソ人への手紙3:16 どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。 3:17 こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、 3:18 すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、 3:19 人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。 3:20 どうか、私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かに施すことのできる方に、 3:21 教会により、またキリスト・イエスにより、栄光が、世々にわたって、とこしえまでありますように。アーメン。
2009/08/19
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今日からいよいよ衆議院議員選挙がスタートする。このままではいけないという国民門の声が30日の投票結果で決まる。 主権在民と言うが選挙で、そのことをハッキリ表明できることは幸いだと思う。30日は日曜日で20年ぶりに沖縄で礼拝説教です。初めてのことだが、不在者投票をすることになります。 正義は国を高くし、不義は民を民を辱めると聖書のことばが心に響く朝です。 昨日は大阪エリムキリスト教会の洗礼式。小学2年生の女の子がイエス様を信じて洗礼を受けることを希望しました。ママはまだ早いと思いましたが、その心は揺るがず、4年生の姉も洗礼日(8日)前に決断できました。 ところがその朝、緊張のため少し体調を崩し、17日(月)に延期になりました。そのアナウンスが9日の礼拝後にあり、すぐ近くに座っていた母と中学生の娘(もう2年くらい礼拝に出席しイエス様を信じている)も、受洗を決心できました。 さらに16日の礼拝で、韓国人男性も洗礼を決断し合計5名のバプテスマ式でした。式後、感想を求めると、小学2年生がおきな声で、スッキリしたとのこと。思わず拍手が起こり、参列者たちがほほえみ笑いながらの拍手でした。 イエス・キリストは、「信じてバプテスマを受ける者は救われる」(マルコ16:16)と宣言されましたが、日本中がイエス・キリストを信じる、聖霊の働きを祈りながらです。 衆議院議員選挙の立候補す1000名を越える方々の祝福を祈ります。詩篇127:1 神様に建築責任者になっていただかないのなら、家を建ててもむだです。 神様に町を守っていただかないのなら、見張りが立つ意味もありません。 127:2 暮らしを支えるために朝早くから夜遅くまで身を粉にして働いたとしても、それが何になるでしょう。 神様は、愛する者に適当な休息を与えようとなさるお方です。 127:3 子供たちは神様からの贈り物であり、ほうびなのです。 127:4 若いうちに生まれた子供は、身を守る鋭い矢のようです。 127:5 矢筒が矢でいっぱいの人はしあわせです。 敵と論争する時にも、ちゃんと味方がついているわけです。 128:1 神様を恐れかしこみ、信じて従っている人に、祝福がありますように。 128:2 その人へのほうびは、繁栄と幸福です。 128:3 あなたの妻は、家庭の中で、いかにも満足げです。 それに、食卓に集まる子供たちの健康そうなこと! オリーブの若木のように溌刺としています。 128:4 これこそ、神様を信頼している人たちの姿です。 128:5 人間的な喜びだけでなく、天の祝福をも、神様は注いでくださいますように! 128:6 孫の顔を見て喜べるよう、長生きしてほしいものです。 神様がイスラエルを祝福してくださいますように。
2009/08/18
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今日から27日まで、朝に雨がない限り日の出前にポスティングです。本田路津子コンサートのチラシなので、もう8名の予約申し込みがFAXやメールで届き、電話での問い合わせもあるので、ポスティングにも馬力が出てきます。 普通のチラシだけ配布なら一時間で200枚くらいは配布するのですが、150ページの本とセットなので、100冊入れるのに一時間近くかかります。今朝は3人で300冊できましたが、配り残した所があるので一人でまた出かけて50冊(輝き・可能性への変身)ポスティング。 出勤途上の男性におはようございますと挨拶し、お読みくださいと手渡すと快く受取ってくれたのでさらに元気が出ました。電車の中でパラパラ読みでもしてもらえたら、聖霊のお働きがあると信じ、祈りながらポスティングを完了でした。 土曜日にインブラントの高額支払い、カードでとの事でしたが、ほとんどカードを利用しないので、暗証番号を忘れ支払いが今朝の約束になり、今朝9時30分までに堺市まで往復です。 帰るとすぐインターネット放送録画。昼には5名の洗礼式!嬉しい充実の月曜日を過ごしています。 神の恵みは豊か過ぎるほどのだれの上にも注がれています。素直に心を開いて、アーメン。信じますと、イエス・キリストの十字架の救いを体験して欲しいと祈りながらの、新しい天国の一日にスタートです。感謝します。伝道者の書(リビングバイブル訳) 11:1 気前よく与えなさい。 あとになって、与えたものが戻ってくるからです。 11:2 持っているものを、人々に分け与えなさい。 あとになってあなたも、人から助けてもらうことになるからです。 11:3 雲が垂れこめると雨が降ります。 斧が木にあてられるとは、木が北に倒れようが南に倒れようが、すでにさいは投げられたことを意味します。 11:4 条件が良くなるまで待っていたら、何一つ仕上げることはできません。 11:5 神様のなさることは風の通り道と同様に神秘的です。 それはまた、母親の胎内の赤ん坊にたましいが吹き込まれるのと同じように、不可思議なものです。 11:6 手を休めずに種をまきなさい。 どの種が芽を出すか、わからないからです。 ひょっとしたら、ぜんぶ芽を出すかもしれません。 11:7 生きていることは実にすばらしいことです。
2009/08/17
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先週は名古屋市、松本市、松江市と出かけ続け、毎朝のポスティングもままならずでした。来週は27日までは家にいるので、また再会です。 開拓当初を思い出しながら、ゆとりの一万歩も続けながら、一石二鳥以上になるポスティングです。
2009/08/16
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孫たちが遊びに来て天真爛漫。イエス様のことばを思いました。 「さて、イエスにさわっていただこうとして、人々が子どもたちを、みもとに連れて来た。ところが、弟子たちは彼らをしかった。 イエスはそれをご覧になり、憤って、彼らに言われた。「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです。 まことに、あなたがたに告げます。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、入ることはできません」(マルコの福音書10章13-15節) 子どものように神の国を受け入れる者でなければ・・・・、子ども、特に幼子の特徴は素直だということです。三つ子の魂百までもとあるように、すべてを素直に受け入れて育っていきます。 明日は小学2年生と4年生の洗礼式を行ないます。そのことに感動して中学3年生と母親も洗礼を受ける決心ができました。 2年生と4年生の女の子は、「信じてバプテスマを受ける者は救われます」と、イエス様のことば通りにアーメンと決心できました。 今年は多くの子ども達がバプテスマを受ける恵みの年で、中学生以下で9名が洗礼を受けました。子どもたちのバプテスマを見守る祖父母や両親は、本人たち以上に緊張していますが、自ら上がると大きな笑顔と拍手で聖霊の喜びが洗礼場を包みます。 素直に生きると言うことは、本音で生きることです。本音で生きるとはアーメンで生きることだと思います。 第一に、神のことばに素直にアーメンと答えることができれば、だれでも幸せになります。 種子島の小さな教会で、アーメンと信じバプテスマを受けたときから人生が変りました。来月2日の誕生日に、コミック(20ページ)が出版されます。漫画家がその経験を画いてくれます。クリスチャンでない編集者や漫画家が、どのように画いてくれるか出版の日を心待ちしています。 素直=素(もと)の心です。人間は神様によって創造されたので、素(もと)の心は神と同じでした。しかし、残念なことに罪が侵入してからは、その素(もと)の心が汚れてしまいました。 幼子ですら、素(もと)の心が罪に支配されているので、わがままや自我中心丸出しになることがしばしばで親を悩ませます。長じるに従い、素(もと)の心は自分中心になり、自分に都合のいいことには素直でも、それいがいのことには頑固になります。 素直にアーメン信じますと、イエス・キリストを信じるとき、聖霊が素(もと)の心に戻してくださいます。神と同じ心こそ、人生を根底から素直に生きる力の源なのです。 素直に感謝し、素直に愛し、素直に喜び、素直に楽しみ、素直にやる気を出し、素直にごめんなさいと悔い改め、素直に私は、私を強くしてくださる方によって、何事でもできると、聖書のことばを告白し、素直に実行する成功人間になれるのです。 素直に心で、イエス・キリストを信じるとき救われます。素直な心で、イエス・キリストのお名前によって祈るとき、病はいやされ不思議な奇跡と思われるようなことが起こります。 1999年11月19日(金)東京で毎月、元気の出る聖会していました。ホテルでその夜倒れ、病院に救急車で運ばれ、原因不明で朝まで点滴だけでそのままでした。結果は左脳内出血ということで、脳内外科病院へ再搬送で緊急(12時間放置されていたので緊急かどうかは別として)入院。幸い素直にイエス様助けてください!わたしは主であってあなたをいやす者である!と、聖書の約束を告白し、素直に癒してくださいと祈ることができました。 あれからもうすぐ10年になりますが、後遺症もなく元気で健康に守られています。 人間関係でも同じです。難しい人や難癖を付ける人など様々です。悪口を言われたとします。その時素直に、ありがとうございます。自分を気付かせるための栄養です。感謝します。そのように受け止め、良い方向にプラスに考えるから、悩みを克服することができます。 素直な心で物事の本質を見極めつつ、今日もまた天国の一日です!と、本音で感謝しつつ過ごしましょう。すばらしい一週間でありますよう祈ります。
2009/08/16
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歯には幼い時から悩まされ、特に牧師になって人前で話をすると、鬼歯(カッコよく言うと八重歯)が二本を開くのも億劫でした。それも無口の遠因かもと思ったり・・・・。 神学生時代に、教会の外で日曜学校を熱心にしており、そこに出席していた歯医者の娘(小学2年生)が、いつも口を開けさせ、大きくなったらきれいにしてあげると良く言っていました。 やがて歯科医になり、ご主人も最高の歯医者で、いつも長い時間をかけて治療してくれました。 最近、再び歯を直さなければ不自由になり、インブラント治療を受けることにしました。今日は、特別に東京からも日本一のインブラント治療の名医が、堺の歯科医院で二本だけですが、あっという間にきれいにしてくれました。 10月6日にまた別の歯を治療してもらいます。2ヶ月間は右側の歯を使えないので、ダイエットにもちょうどいいですねと笑いながら帰宅しました。 甘いものが大好きですが、2ヶ月間?いやインブラント治療が完了するときまで、望みの忍耐です。2002年には一年間、甘いものカットしたこともあるので平気だと思います。 あっという間に過ぎたような治療の土曜日でした。明日は日曜日、しっかり話せるように今夜は少し早めに熟睡です。 今日もまた天国の一日でした!感謝します。
2009/08/15
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心は自由で喜びに輝き素直です。昨日は孫たち四人が里帰り?で朝から大騒ぎでした。一番小さいのがもうすぐ生後三ヶ月。次が一才九ヶ月でまだ話せないけれど動く動く動き回る。階段が大好きで上がったり下がったり。四才五ヶ月のお姉ちゃんは、よくしゃべる。食べている以外はしゃべっている。二人の弟の面倒を見ながら話しかけたり、おじいちゃんと問いかけたり、書斎まで着いてきて楽しんでいる。 大きいお姉ちゃんはお母さん代わり。ママと同じくらいに大きくなり、家内と娘よりも身長が大きくなり、伸び伸びと自由に振舞ってくれる。 この孫たちが素直に自由に明るく、前向きに無限の可能性を信じて、ありがとうございます、感謝しますと、イエス様を信じ愛する心で幸せに育って欲しいと祈る日々です。 様々な人間関係の中で、素直な心が悪口を言われたり、非難されたりして傷ついている人が多くあります。傷ついていることを自慢?していると思われるような場合もあります。 しかし、ほんとうは人間が人間の心を傷つけることなどできないのです。悪魔・サタンも悪霊でさえ、人の心を傷つけることは不可能なのです。 誰かが、あなたや私の心の中に手を突っ込んで、傷をつけたり切り刻んだりすることなど、絶対のできっこないのです。どんなメスを使っても心に傷をつけることはできません。 でも、「あの人に傷つけられた」とか、「あの態度や言葉で打ちのめされ、落ち込んでしまった」と、だれそれを恨み憎みながらいつまでもグズグズ生きていることがあります。 ほんとうはだれのせいでもなく、自分の心は、自分以外のだれも傷つけることはできないのです。勝手に人のせいにしているだけなのです。 じゃあどうしてこんなに傷ついているのですか?と聞かれますが、自分がかってに自分の心に傷をつけているのに、気付いていないからです。 親や兄弟姉妹、教師や上司、回りにいる口さがない他人に傷つけられたと思い込んでいるなら、それは被害妄想にすぎません。 人のせいにしたり、悪魔・サタンや悪霊の作用と考えると、一番喜ぶのは悪魔・サタンであり悪霊どもです。もう悪霊どもとサヨナラしてください。人に悪口を言われ、だまされたり、意地悪されたことも、いじめられたことでさえ、すべては心を鍛え美しくする肥料だったのです。 美しい花を咲かせ、実りを豊かにするためには肥料が必要です。悪口や非難などひどいことに、無神経になれというのではありませんが、自分の人生を実り多いものにするためだと受け止めるとき、光が当たると闇が消えるように、心の傷は癒されていきます。 今までのすべての辛さを、イエス・キリストの十字架の元に持ってきてください。すぐすべての傷がその血潮によって洗われ、きれいな心になります。 その心ですべてのことに感謝をするのです。もう何を言われても聞かされても、大丈夫です。バカと言われたら、ありがとうございます。バカでした。感謝します!口で相手に答える必要さえありません。ニッコリ微笑んで明るく応対すればいいのです。 素直な心は、何事もプラスになると受け止め、神を愛する者にはすべてのことが働いて益となることを知っているので、ありがとうございます。そのとおりでした。感謝します!と、素直に感謝できるのです。 小さい孫たちと数時間を過ごし、もっと素直に感謝し、素直に愛し、素直に信じ、素直に喜び楽しみ、素直に元気に生きようと思わされました。これから祈りの時間、素直に率直に祈ります。今日も天国の一日です!ハレルヤ。ペテロの第一の手紙 3:8 最後に申します。あなたがたはみな、心を一つにし、同情し合い、兄弟愛を示し、あわれみ深く、謙遜でありなさい。 3:9 悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。 3:10 「いのちを愛し、 幸いな日々を過ごしたいと思う者は、 舌を押さえて悪を言わず、 くちびるを閉ざして偽りを語らず、 3:11 悪から遠ざかって善を行い、 平和を求めてこれを追い求めよ。 3:12 主の目は義人の上に注がれ、 主の耳は彼らの祈りに傾けられる。 しかし主の顔は、 悪を行う者に立ち向かう。」 3:13 もし、あなたがたが善に熱心であるなら、だれがあなたがたに害を加えるでしょう。 3:14 いや、たとい義のために苦しむことがあるにしても、それは幸いなことです。彼らの脅かしを恐れたり、それによって心を動揺させたりしてはいけません。 3:15 むしろ、心の中でキリストを主としてあがめなさい。そして、あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでもいつでも弁明できる用意をしていなさい。 3:16 ただし、優しく、慎み恐れて、また、正しい良心をもって弁明しなさい。そうすれば、キリストにあるあなたがたの正しい生き方をののしる人たちが、あなたがたをそしったことで恥じ入るでしょう。 3:17 もし、神のみこころなら、善を行って苦しみを受けるのが、悪を行って苦しみを受けるよりよいのです。
2009/08/15
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暦の上では立秋(7日)も過ぎました。梅雨明けが立秋の3日前。洪水や地震、台風情報の中も守られて過ごしています。 特に、今週日曜日は名古屋市、松本市でホテル10階の朝、地震の揺れで目覚め、幸い高速は渋滞もなく往復800キロで帰宅。すぐ招かれていた夕食へ家内も同道して八尾市へ。 昨日は島根県松江市まで650キロ往復。今週はポスティングもままならず、行く先々で「雪よりも白く」&「ハレルヤと歌いつつ」を少し配布するだけ。 今朝は出かけようと思いながらよく寝ました。昨夜7時から今朝5時まで爆眠。7時には早天祈祷出席者が来るので、チャペルで賛美し、聖書を開いて朝の祈りのときです。 いま5時39分。秋空さながらの雲を押しのけて朝日が輝き、今日も真夏日の一日になりそうです。 今日もまた天国の一日です!元気で新しい日を迎えました。お知らせ=榮義之牧師沖縄20周年感謝の集い日時;8月28日(金)午後7時より 会場;ラ・フォンテ(La fonte) 那覇市首里桃原町1-13申込先;098ー949ー7745(つきしろゴスペル教会) 090-1593-1269(榮義之)詩篇121:1 私は山に向かって目を上げる。 私の助けは、どこから来るのだろうか。 121:2 私の助けは、天地を造られた【主】から来る。 121:3 主はあなたの足をよろけさせず、 あなたを守る方は、まどろむこともない。 121:4 見よ。イスラエルを守る方は、 まどろむこともなく、眠ることもない。 121:5 【主】は、あなたを守る方。 【主】は、あなたの右の手をおおう陰。 121:6 昼も、日が、あなたを打つことがなく、 夜も、月が、あなたを打つことはない。 121:7 【主】は、すべてのわざわいから、あなたを守り、 あなたのいのちを守られる。 121:8 【主】は、あなたを、行くにも帰るにも、 今よりとこしえまでも守られる。
2009/08/14
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今朝、一時ごろに目覚めブログを書き、テレフォンメッセージ録音後、島根県松江市に向って午前2時過ぎにスタート。中国自動車道宝塚付近をスッと通り抜けれると思ったが、渋滞6キロ。名塩PAは入り口前に500メートルくらいの車の列。幸い米子自動車道は、PAは満車だったがスイスイと松江市まで走れた。 目的地の美保関町千酌覇、日本海に面した静かな所。朝8時前に着き早すぎると思い、車を置いて海岸をゆとりの一万歩。砂浜で一人の青年が腕立て伏せをし手いるので、おはようございますと声をかけると、お祖母様の洗礼を願い来てくれと招いたローの青年。ことばは通じないが、彼の案内で朝早い訪問だったが喜んで迎えてくださる。 10年前に脳梗塞で倒れ、家の中では歩けるがまだリハビリ中とのこと。ご主人は9才年上だが、よく世話をしてくれ二人暮らしに不便はないと微笑んでいた。 倒れるまでは何一つしなかった主人が、食事作りや掃除洗濯、身の回りの世話も全部してくれるので有難い、感謝していると話す奥様のそばでご主人はにこにことしている。 すぐ近くに長男家族が住んでいるとのこと、曾孫が5人もいて幸せです。特にこの孫(そばにるローの青年)には感謝している。いつも祈ってくれて、帰省する度に身体をさすったりもんだりしてくれる。 愛孫の祈りとの願いに、イエス様を信じる祈りにアーメンと唱和し、その場でお二人とも信じました。信じてバプテスマを受ける者は救われます。イエス・キリストの約束に従い、バプテスマを授けました。 愛孫はお喜びで、受洗のお祝いを愛するおばあさんにプレゼント。何かなと見てみると、」耳で聞く旧約聖書&新約聖書のCD全集。身振り手振りでカセットでの聞き方を教える姿に感動でした。 途中よりたい所もあったのですが、目的を果たしたので、宝塚がラッシュにならないうちに通り過ぎ、一度も渋滞に合うことなく往復12時間のドライブでした。イザヤ書 40:28 あなたは知らないのか。聞いていないのか。 【主】は永遠の神、地の果てまで創造された方。 疲れることなく、たゆむことなく、 その英知は測り知れない。 40:29 疲れた者には力を与え、 精力のない者には活気をつける。 40:30 若者も疲れ、たゆみ、 若い男もつまずき倒れる。 40:31 しかし、【主】を待ち望む者は新しく力を得、 鷲のように翼をかって上ることができる。 走ってもたゆまず、歩いても疲れない。
2009/08/13
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ローの青年が教会に出席し、アーメンと信じてバプテスマを受けました。高校生のときでした。松江市が母親の実家で、お祖母さんがいます。体が弱くいつも元気になるよう祈っています。 どうしてもお祖母さんも天国へ行って欲しいと願い、今日里帰りなので牧師に訪問を願い出てきました。今週は出かけてばかりで、ちょうど帰省ラッシュの時期。でも彼の祈りと願いに答え、出かけることにしました。 聖書の使徒の働きを思いながらの松江行きです。お祈りください。使徒の働き 8:26 ところで、ピリポはどうしたでしょう。 主の使いが現われて、「さあ、エルサレムからガザの荒野へ通じる道に、お昼ごろ着くように出かけなさい」と言うではありませんか。 8:27 言われたとおりにすると、エチオピヤの女王カンダケのもとで、大きな権力を持ち、女王の財政を管理していたエチオピヤ人の宦官が向こうから来ます。 この人は、神殿で礼拝するためにエルサレムへ行き、 8:28 いま馬車で帰るところでした。 ちょうど預言者イザヤの書を、声をあげて読んでいる最中です。 8:29 聖霊がピリポをうながしました。 「さあ、あの馬車に近づいて、いっしょに行きなさい。」 8:30 ピリポが走り寄ると、イザヤの書を読んでいるのが聞こえます。 そこで、「失礼ですが、その意味がおわかりですか」と尋ねました。 8:31 「残念ながら、だれかが教えてくれないとわかりませんな。」 こう答えると、その人は、馬車に乗って、そばに座ってくれと頼みました。 8:32 -33読んでいたのは、こういうところでした。 「その方は、殺されるために引かれて行く羊のように、 また、毛を刈る者たちの前で黙っている小羊のように、 口を開かなかった。 その方は卑しい者と見なされ、 正しいさばきも受けなかった。 だれが、この時代の人々の邪悪さを語れよう。 その方のいのちが、地上から取り去られたからには。」 8:34 宦官はピリポに尋ねました。 「その方とは、いったいだれのことです? イザヤは自分のことを言っているのでしょうか。 それとも、だれかほかの人のことを……。」 8:35 またとないチャンスです。 ピリポは、このイザヤのことばから始めて、旧約聖書のあちこちを引用し、イエスのことをくわしく説明しました。 8:36 さて、道を進んで行くうちに、水のある所に来ました。 すると宦官は、「ごらんなさい。 水がありますよ。 ここでバプテスマを受けてはいけない理由はないでしょう。 どうです?」と言いだしました。 8:37 「心から信じておられるなら、もちろんかまいませんとも。」 「私はイエス・キリストを神の子と信じます。」 8:38 宦官がはっきり告白したので、馬車を止めさせ、二人して水の中に入り、バプテスマを授けました。 8:39 二人が水から上がった時、主の霊が、あっという間にピリポを連れ去りました。 宦官はもう二度とピリポの姿を見ることはできませんでしたが、喜びに胸をはずませ、旅を続けました。 8:40 一方、ピリポはアゾトの町に姿を現わし、そこで、神のすばらしい知らせを伝えました。 そして、道々説教しながら、カイザリヤに向かいました。
2009/08/12
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夕方、散歩の途中洋服のツキムラに立ち寄った。夏も過ぎ秋に向うのでカッターシャツ(形状安定の安い3枚)を仕立ててもらうことにした。店長は数年前アーメン信じますと祈ったことがある。 今日は若い女性が対応し、色柄なども選んでくれた。毎日インターネットで話していることを知り、パソコンでアクセスし見てくれ、牧師さんやと声を上げ、私も聖書持っていますとのこと。 祝福を握手して祈りアーメンと唱和し、イエス様を心に受け入れます。アーメンと、素直に祈ってくれました。アーメンと言えば救われます。アーメン。 洋服のツキムラは奈良県に数軒支店があり、9月から大阪本町に支店進出で、生駒の店長が大阪へ行くとのこと。 袖が短いので仕立てのシャツは大助かりです。スーツは今年福袋で一着仕立ててもらいました。 地震や洪水、様々な問題の多い夏です。何事もなく夏季休暇が終わるよう祈るのみです。明日は朝早く島根県松江市まで行きます。詩篇 1:1 幸いなことよ。 悪者のはかりごとに歩まず、 罪人の道に立たず、 あざける者の座に着かなかった、その人。 1:2 まことに、その人は【主】のおしえを喜びとし、 昼も夜もそのおしえを口ずさむ。 1:3 その人は、 水路のそばに植わった木のようだ。 時が来ると実がなり、その葉は枯れない。 その人は、何をしても栄える。 1:4 悪者は、それとは違い、 まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。 1:5 それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、 罪人は、正しい者のつどいに立てない。 1:6 まことに、【主】は、正しい者の道を知っておられる。 しかし、悪者の道は滅びうせる。
2009/08/12
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一昨日、昭和橋キリスト教会の礼拝説教のため、朝早く起きて自動車で名古屋市へ向いました。 三重県を通過中ものすごい大雨に降られ、亀山サービスエリアで休憩。毎日ゆとりの一万歩ですが、万歩計を見たら200歩ほど。雨に濡れないで歩けるところを回ると1000歩。湯ノ山、長島と休憩しながらあっという間に名古屋市到着。教会の場所を確認して、近くの医院の駐車場へ車を置かしてもらい、雪よりも白くをポスティングしながら歩き回り、教会に着くまで一万歩を確保。 元パチンコ店を改装してきれいな礼拝堂になった通りに面した教会は、礼拝前から賛美がなされ、千葉からの方も桑名の妹さんを誘ってもう来られている。妹さんは初めてのキリスト教会礼拝だったが、イエス様をアーメン。信じますと受け入れる祈りをしてくださり、天の虫けらも購入し出会いを喜んでくださり感謝でした。 一人の男性は今年ポスティングでパワーフォーリビングがあり、150ページ余の本を読みました。家から一キロ弱の所に昭和橋キリスト教会があることも知り、ガンを宣告された身体を引きずり礼拝に参加し、うつからも救われました。生活もしゃんとし元気なお顔で話してくれました。 今朝もポスティングに出かけますが、イエス・キリストの十字架の救いの福音を何としても日本中に満たしたいものだと願いながらです。 昨日の朝は、松本市駅前のホテル東急インの10階で、地震の揺れで目覚めました。地震情報の中を400キロ運転で、またサービスエリア(幸いうす曇だったので)ごとに歩いて帰りました。八尾駅前の中華料理店での夕食に招かれていたので、帰宅し大急ぎでシャワーを使いまた出かけました。 食事を終えるころ携帯が鳴り、何と嬉しいことに二人(母と中学生の娘)が洗礼を受けると言う知らせでした。お二人と合せて17日(月)に四名がバプテスマ式です。 日曜日の朝から名古屋市、夜は松本市へ。月曜日は聖会や松本市内の二つの教会訪問。地震の中も守られ渋滞もなく帰宅。バプテスマを受けると言う嬉し決心の電話などと続きました。ピリピ人への手紙 4:8 最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。 4:9 あなたがたが私から学び、受け、聞き、また見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神があなたがたとともにいてくださいます。 4:10 私のことを心配してくれるあなたがたの心が、このたびついによみがえって来たことを、私は主にあって非常に喜びました。あなたがたは心にかけてはいたのですが、機会がなかったのです。 4:11 乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。 4:12 私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。 4:13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。 台風の被害で亡くなった方々や地震でケガをした人々の平安と慰め、守りを祈りながら
2009/08/11
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今朝は、松本市駅前東急イン10階の部屋で寝ていたら、突然部屋が揺れ動き、同時にハンガーのガチャガチャの音で目覚めました。急いでテレビをつけると地震速報が流れ、松本市は震度4。広い範囲に強いところでは震度6。東海地震か?と思いました。昼過ぎの報道で活断層が違うとあり一安心だが、やはち近いうちに東海地震が来るのかなと思いながら、高速道路も込みことなく400キロを帰りました。 夕方5時30分~8時30分の3時間。教会員の招きで八尾駅前の中華料理店でご馳走になり、長かった天国の一日を終え、9時前に帰宅でした。今日もまた天国の一日でした。テサロニケ人への手紙第一 5:1 兄弟たち。それらがいつなのか、またどういう時かについては、あなたがたは私たちに書いてもらう必要がありません。 5:2 主の日が夜中の盗人のように来るということは、あなたがた自身がよく承知しているからです。 5:3 人々が「平和だ。安全だ」と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むようなもので、それをのがれることは決してできません。 5:4 しかし、兄弟たち。あなたがたは暗やみの中にはいないのですから、その日が、盗人のようにあなたがたを襲うことはありません。 5:5 あなたがたはみな、光の子ども、昼の子どもだからです。私たちは、夜や暗やみの者ではありません。 5:6 ですから、ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして、慎み深くしていましょう。 5:7 眠る者は夜眠り、酔う者は夜酔うからです。 5:8 しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの望みをかぶととしてかぶって、慎み深くしていましょう。 5:9 神は、私たちが御怒りに会うようにお定めになったのではなく、主イエス・キリストにあって救いを得るようにお定めになったからです。 5:10 主が私たちのために死んでくださったのは、私たちが、目ざめていても、眠っていても、主とともに生きるためです。 5:11 ですから、あなたがたは、今しているとおり、互いに励まし合い、互いに徳を高め合いなさい。
2009/08/11
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人は誰でも、今の自分よりもっと向上したいと願っています。しかし、いつの間にか自分の限界だけを身に沁みて知るようになり、仕方がないんだとあきらめたまま、生涯を過ごしてしまう人々が多くいます。 聖書は、「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(IIコリント5:17)と力強く宣言しています。 結論から先に言えば、イエス・キリストを信じることによって、人は新しく生まれ変わり、新しい可能性と輝きの日々を生きることができるのです。永遠にしぼまない輝きに満ちた人生は、イエス・キリストによってのみ可能です。そのためにこそ、イエス・キリストは十字架上に死に、墓に葬られ、三日目に復活されたのです。 全人類の罪は、イエス・キリストの十字架によって贖われました。 「自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義にために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたはいやされたのです。」(Iペテロ2:24) イエス・キリストを信じることによって、聖く正しい人生を大手を振って生きてゆけるのです。そればかりでなく、この箇所にはすべての病がいやされる約束が高らかに宣言されています。肉体の病も、精神的な弱さもです。 さらに聖書は、「キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、『木(十字架)にかけられる者はすべてのろわれた者である』と書いてあるからです。」(ガラテヤ3:13)とあります。すべての悪霊や先祖からの遺伝子的欠陥や、不幸な運命など、あなたを捕らえていたすべてののろいから解放されるのです。 また、「あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。」(IIコリント8:9)と、イエス・キリストを信じる者が、その十字架の救いにより豊かに生きることができる、と約束されています。 「あなたがたは、すべてのことに、すなわち、信仰にも、ことばにも、知識にも、あらゆる熱心にも、私たちから出てあなたがたにある愛にも富んでいるように、この恵みのわざにも富むようになってください。」(IIコリント8:7)とあるように、経済的に富むだけでなく、この書で述べてきたすべての可能性にも、富むことができるのです。 さらに、イエス・キリストの十字架は、人間の本質的な問題である死を解決し、永遠の天国を約束してくれます。どんな可能性に満ちた人生にも、終わりの時が訪れます。もし生きている間だけの幸福であるなら、動物と何ら変わりません。永遠の天国へと死を越えて生きる確信がなければ、可能性も絶望に終わります。 「これは、その死によって、悪魔という死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。」(ヘブル2:14?15) この本を読んでくださったあなたが、すばらしいクリスチャンになってくださることを信じて書きました。クリスチャン生活は、実にすばらしい祝福の体験です。可能性に満ちた人生の鍵は、「イエス・キリスト」です。 「私は、私を強くしてくださる方(イエス・キリスト)によって、どんなことでもできるのです。」(ピリピ4:13)と聖書は約束しています。 本書で書いた可能性へのキーワードは、実は「イエス・キリスト」なのです。 イエス・キリストによって、自身を持ち、ハンディキャップに打ち勝ち、熱意に溢れて人生を生きて下さい。期待し、大きな求めを胸にし、受けるよりは与える方が幸いであることを、ギブアンドギブンの愛で生きて下さい。 イエス・キリストによって、成功意識を身につけ、成功する目標を設定し、問題解決の道をストレスから解放されて、力強くお進み下さい。 イエス・キリストによって、成功を導く人間関係を愛によって築き上げ、さらに向上し続け、時代を導くリーダーとして、限りない可能性に輝く人生をお励み下さい。
2009/08/11
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第三に、相手の話を良く聞く技術を身につけることです。 コミュニケーション能力は、リーダーのもう一つの要素です。カレン・ホーネイは、“人と人との関係は、われわれの方で相手に近づくか、相手から離れるか、あるいは対抗するかのいずれかである”と言いました。相手の話を良く聞くための秘訣は以下の通りです。 A.話し手に注意を集中することです。次に何を言おうかと考えたり、ことば尻を捕らえて反対してはなりません。 B.聞くことです。相手が話している時は、ただひたすらに聞くことです。相手がこれから何を言おうとしているか分かっているとよく言います。確かに分かることもあります。しかし、そこがポイントなのです。会話というものはただ情報を分かち合えば良いというものではありません。人々はそれによって、お互いを理解し合おうとしているのです。相手が「何を」言おうとしているのかを知っているかも知れません。しかし、相手が「なぜ」それを言おうとしているのかが大切なのです。相手が言おうとしていることに対して、どんな感じを持っているのか、本当に理解しているのでしょうか。相手がそれを熱心に話そうとしているのはなぜなのでしょう。相手の話に神経を、心を集中すれば、そのメッセージを十分受け取ることができるのです。 C.ことば以外のコミュニケーションを受け入れることです。顔の表情、態度や姿勢などから、ことば以外のメッセージを聞くことができます。 D.推測したことを確かめることも大切です。“つまりあなたが言いたいことは…”“私が理解するところでは…”と確認することです。 E.メッセージ全体に答えることが重要です。もし、相手が“よろしかったら、私があの人に電話をしてもいいですよ。でも私がしない方がいいと思うけど…”と言われたら、そのメッセージの両方の部分に答えるために、どうして電話をかけたがらないかを尋ね、相手の申し出に対して礼を言い、自分でかける旨を正確に伝えることです。 あなたが良い聞き手になれば、人々もまたあなたの話を良く聞き始めるでしょう。 第四に、リーダーは人々や自分自身を勇気づけ、励ますことが肝要です。 人々を励ますことは、リーダーの働きの中でますますその比重が高まっています。人々は勇気づけられたいし、励まされたいのです。意気阻喪した人々の気持ちを高揚させるリーダー。指導者の励ましのことばに対する熱狂的な反応は、大衆行動の場合特に顕著で、人々は大勢の群衆の中にいると、大胆になり、気高くなったように感じるのです。リーダーは長期にわたり、ためらうことなく、声に、顔の表情に、身振りに、態度に熱意を込めて、人々を鼓舞し、彼らが勇気を出して立ち上がる手助けをするのです。 だから、リーダーは自分及びグループが望んでいるものが何であるかをしっかり把握し、常にビジョンを示すことが必要です。リーダーの目標を、グループの人々が完全に理解し、目標を達成することによって得られる利益を、メンバーがはっきりと感知し、自分たちもそれによって幸福になれることを確信する時、強烈なパワーとエネルギーが生まれてくるのです。目標は常に、簡潔かつ魅力的な方法で、メンバーに訴え、各自の心に強烈に印象づけられることが重要です。目標を正しく理解し、従属者に示す時、あなたはリーダーとしての一人者になれるのです。 それは見せかけのものであってはなりません。本気でダイナミックな、希望に満ちた喜び、やり抜く決意に裏づけされた熱意に燃えていなければなりません。熱意は自分自身を支えるだけでなく、人々にも伝染します。だから、リーダーは肉体的な活力と、目標への強固な意志を備えています。そこから熱意が生まれ、熱意が伝染していくのです。 良きリーダーは自分が熱狂者であることを恥としないばかりか、直接的にそうでなければならないことを知っています。彼の熱意が、影響力の尺度になっているのです。究極的には、熱意はリーダーの信念や人格に深く結びついているのです。悲観論者やニヒリストは、リーダーになることはできません。リーダーは熱にとりつかれた人々です。 第五に、リーダーは成果を上げなければなりません。 結果を出すことが絶対条件です。つまりグループの目標が確実に達成されることが必要です。不決断を決断に換え、無関心を熱心な行動に移し、できるだろうかという気持ちを、さあやろう!やれるぞ!という実行力へ持っていくことです。このような好ましい結果をもたらすことが、リーダーの特権であり同時に義務なのです。“彼はやった!”という賛辞を、リーダーは必ず受けなければなりません。 リーダーは知識をため込むだけでなく、それを正しいと思う方向に向かって、断固として実行に移すのです。人々はリーダーに行動を期待します。力強く活気に満ち、効果的に正しく働き、何のためらいもなく実行し、結果を生みだしていくリーダー、それがあなたなのです。 心からあなたの人生の成功と繁栄をお祈りします。
2009/08/10
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委ねる祈りの祝福 長男が生後八ヶ月のとき、腸重積で手遅れかもと小児科で診断され、医者はすぐ救急車を手配し、:県立病院へと指示しました。高熱を出している息子に手を置き救急車に揺られながら祈りました。 神様、結婚12年目に与えられた子どもです。どうぞ助けてください。いやしてください。イエス・キリストのお名前によって祈ります。お委ねします。アーメンと祈った瞬間、ものすごい不安が押し寄せてきました。そしてあわてて主よ。お委ねしますとの祈りは取消します。どうぞ助けてください。癒してくださいと異言で祈り続けました。 委ねるということは一切合財、生きるも死ぬるもお任せしますといことです。教会員が試練や困難な問題に直面し、相談に訪れると話を聞いてアドバイスをしたりして、最後に祈りとき何度も、イエス・キリストのお名前によってお委ねして祈りますと、良く祈りました。 委ねるとは全部お任せすることです。全面降伏の祈りで、全能の神の御手にお委ねすることですが、不安なままで病院に着き、手術室に直行しました。 手術室に入ろうとしたら、看護師は手を広げここから先は、私たちにお任せくださいと宣言されました。その瞬間、理屈で分かっていたお委ねしますとの祈りが、直感的に聖霊によって身体中で分かる経験をしました。 幸い息子は身体にはまだメスの後はありますが、元気で牧師として生涯を捧げ、主に仕えています。主にお委ねするとき、神は思いをはるかに越えた、ご自身の栄光の業を行なってくださいます。 昨日は、孫たち4名に囲まれながら、楽しいティタイムのとき。 今週は、名古屋市、松本市、松江市や岡山県の諸教会を巡回です。15日は、日本一(と聞いている)のはイブリット歯医者が、お盆休みを利用して東京から来てくれ、完璧な治療をしてくれる約束。いろいろある毎日ですが、今日もまた天国の一日です!エペソ人への手紙 3:14 こういうわけで、私はひざをかがめて、 3:15 天上と地上で家族と呼ばれるすべてのものの名の元である父の前に祈ります。 3:16 どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。 3:17 こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、 3:18 すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、 3:19 人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。 3:20 どうか、私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かに施すことのできる方に、 3:21 教会により、またキリスト・イエスにより、栄光が、世々にわたって、とこしえまでありますように。アーメン。 委ねる祈りの祝福 長男が生後八ヶ月のとき、腸重積で手遅れかもと小児科で診断され、医者はすぐ救急車を手配し、:県立病院へと指示しました。高熱を出している息子に手を置き救急車に揺られながら祈りました。 神様、結婚12年目に与えられた子どもです。どうぞ助けてください。いやしてください。イエス・キリストのお名前によって祈ります。お委ねします。アーメンと祈った瞬間、ものすごい不安が押し寄せてきました。そしてあわてて主よ。お委ねしますとの祈りは取消します。どうぞ助けてください。癒してくださいと異言で祈り続けました。 委ねるということは一切合財、生きるも死ぬるもお任せしますといことです。教会員が試練や困難な問題に直面し、相談に訪れると話を聞いてアドバイスをしたりして、最後に祈りとき何度も、イエス・キリストのお名前によってお委ねして祈りますと、良く祈りました。 委ねるとは全部お任せすることです。全面降伏の祈りで、全能の神の御手にお委ねすることですが、不安なままで病院に着き、手術室に直行しました。 手術室に入ろうとしたら、看護師は手を広げここから先は、私たちにお任せくださいと宣言されました。その瞬間、理屈で分かっていたお委ねしますとの祈りが、直感的に聖霊によって身体中で分かる経験をしました。 幸い息子は身体にはまだメスの後はありますが、元気で牧師として生涯を捧げ、主に仕えています。主にお委ねするとき、神は思いをはるかに越えた、ご自身の栄光の業を行なってくださいます。 昨日は、孫たち4名に囲まれながら、楽しいティタイムのとき。 今週は、名古屋市、松本市、松江市や岡山県の諸教会を巡回です。15日は、日本一(と聞いている)のはイブリット歯医者が、お盆休みを利用して東京から来てくれ、完璧な治療をしてくれる約束。いろいろある毎日ですが、今日もまた天国の一日です!エペソ人への手紙 3:14 こういうわけで、私はひざをかがめて、 3:15 天上と地上で家族と呼ばれるすべてのものの名の元である父の前に祈ります。 3:16 どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。 3:17 こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、 3:18 すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、 3:19 人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。 3:20 どうか、私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かに施すことのできる方に、 3:21 教会により、またキリスト・イエスにより、栄光が、世々にわたって、とこしえまでありますように。アーメン。
2009/08/09
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明日は名古屋市の昭和橋キリスト教会礼拝でメッセージです。初めて招かれた教会で、明日朝早く車で名古屋まで行きます。 教会の場所は、名古屋市中川区昭和橋通1-2 電話052-361-3778(国道一号線バス停昭和橋から徒歩1分)礼拝は10時30分より。 礼拝を終え、10日(月)は長野県松本市フルゴスペル松本教会10周年記念聖会説教です。場所は松本市清水1-476-15 電話0263-36-6242(松本駅から徒歩15分)聖会は午後1時より賛美礼拝でスタートします。 新しい週も名古屋、長野県、島根県、岡山県?と動き回ります。この日は主が造られた日。この日を楽しみ喜ぼうと、毎日が天国の一日です。一日の終わりには、今日もまた天国の一日でした!おやすみなさい。で熟睡の恵み。ハレルヤ。感謝します。詩篇4:6 多くの者は言っています。 「だれかわれわれに 良い目を見せてくれないものか。」 【主】よ。どうか、あなたの御顔の光を、 私たちの上に照らしてください。 4:7 あなたは私の心に喜びを下さいました。 それは穀物と新しいぶどう酒が 豊かにあるときにもまさっています。 4:8 平安のうちに私は身を横たえ、 すぐ、眠りにつきます。 【主】よ。あなただけが、 私を安らかに住まわせてくださいます。
2009/08/08
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一昨日は、CGNTV「本の旅」録画取りで東京高田馬場のスタジオ行きでした。久米小百合(久保田早紀)さんとの対談。1993年に種子島で会って以来16年ぶりの再会でした。 今まで異邦人も聴いたこともなく、新しいCD[天使のパン]でその歌声を始めて聴き、ソフトで優しい歌声に感動し、スタジオでのなつかしい語らいでした。普通は新刊紹介番組だと思いますが、98年発行の「天の虫けら」を取り上げてもらいました。 その前日、日本キリスト教団の牧師に、贈呈したらメールで感想を送ってくれました。御著書「天の虫けら」を送って戴き有難うございます。先には大阪クリスチャンセンターの朝祷会にて尊い御奨励を聞かせて戴き、有難うございます。 この本の「おわりに」の中で書かれている事項、即ち、「神は無から有を生じさせるお方である。私の人生は暗く、寂しく、辛い人生だった。イエス・キリストの十字架のメッセージを聞かなければ、絶望の中に今日もうごめいていたと思う。しかし、あわれみ豊かな神は、拾い上げ、引き上げてくださった。聖書には「恐れるな。虫けらのヤコブ」という呼びかけ(イザヤ41:14)がある。主は私にも「恐れるな。虫けらの榮義之」と呼びかけてくださった」。 これは私の人生にも全くよく当てはまる思いが致します。感動と感謝を覚えながら読ませて戴きました。「天の虫けら」とは何と素晴らしい恵みでありましょう。先生の上に神様の祝福を切にお祈り申し上げます。 一人でも多くの方に、そのような恵みをくださるイエス・キリストの十字架の救いを伝えたく、 コミック出版を計画中です。昨日は東京へ出たついでに編集者と打ち合わせもできました。20ページほどの漫画ですが、プロの漫画化が画いてくれます。お任せでクリスチャンでない編集者と漫画家の目で見た、救いとクリスチャンの姿を楽しみにしながらです。ペテロの第一の手紙(リビング訳)1:16 主みずから、「わたしはきよい者であるから、あなたがたも、きよくなければならない」と言われました。 1:17 あなたがたが祈りをささげる天の父なる神は、公平な方で、さばきの時に、決してえこひいきなどなさいません。 人の行ないをすべて、正しく公平にさばかれます。 ですから、天に行くその日まで、主を恐れ、慎み深く生活しなさい。 1:18 神様は、あなたがたの先祖が、天国へ行こうとして迷い込み、むなしい努力を重ねた迷路から、あなたがたを救い出すために、身の代金を支払ってくださいました。 ありきたりの金や銀を積まれたのではありません。 1:19 一点の罪も、しみもない神様の小羊、キリスト様の尊い血が支払われたのです。 1:20 神様はこのために、世の始まる前から、キリスト様を選んでおられました。 そして、この終わりの時代に、あなたがたへの祝福として、だれの目にも見える形で、キリスト様を遣わされたのです。 1:21 こういうわけで、キリスト様を死人の中から復活させ、栄光をお与えになった神様を、心から信頼してまちがいありません。 あなたがたの信仰と希望とは、ただ神様にかかっているのです。 1:22 今や、キリスト様を信じたあなたがたは、たましいが利己心と憎しみからきよめられたので、だれをも、真実に愛することができます。 ですから、互いに心から熱く愛し合いなさい。 1:23 あなたがたには、新しいいのちがあります。 そのいのちは、両親から受け継いだものではありません。 両親がくれた肉体のいのちは、やがて朽ち果てますが、新しいいのちは永遠に続きます。 このいのちは、今も生きて働く神様のことばであるキリスト様から出ているのです。 1:24 生まれながらの古いいのちは、枯れてしまう草のようです。 どんな栄誉も、やがてはしぼみ、散っていく花と同じです。 1:25 しかし、主のことばは、いつまでも変わりなく続きます。 これこそ、あなたがたへの良い知らせです。
2009/08/08
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東京より帰宅。先ほど沖縄より電話があり、28日(金)午後7時より、沖縄へ行きだして20年になるので、祝賀会を開いてくれると言う知らせでした。 本来ならコミック出版祝賀会だたのですが、今日東京で編集者と話し、9月2日の誕生日には間に合うけれども、漫画家の筆次第なので急がすわけにもいかず、28日までにはムリと分かりました。コミックと言っても20ページの漫画ですが・・・・。 多いときは沖縄へ年間8回ほどいたこともありますが、今年は3回目で日曜日に二つの教会で集会です。 30日(日)午前10時30分 つきしろゴスペル教会(砂川竜一牧師)南城市佐敷町つきしろ 30日(日)午後7時30分 サレム宮里教会(島袋英子牧師・伊覇房子牧師)うるま市宮里 祝賀会会場は、ラ・フォンテ (La fonte)(ジャンル イタリアン、ピザ、パスタ) 沖縄県那覇市首里桃原町1-13 TEL 098-884-0595 交通手段 ゆいレール儀保駅から徒歩約10分 日時 8月28日(金)午後7時より 定員 30名 ご参加いただけるときは、メールでご連絡ください。 E-mail elimiyoshi@kcn.jp 詩篇133:1 見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、 なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。 133:2 それは頭の上にそそがれたとうとい油のようだ。 それはひげに、アロンのひげに流れて その衣のえりにまで流れしたたる。 133:3 それはまたシオンの山々におりる ヘルモンの露にも似ている。 【主】がそこに とこしえのいのちの祝福を命じられたからである。
2009/08/07
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「あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。」(マルコ10:44) このプログラムもいよいよ最後のレッスンになりました。今までの十一のレッスンで、自信を持つ、ハンディキャップに勝つ、エンスージアズム(熱意)、期待(ピグマリオン)効果、願望達成の秘訣・求めること、幸福の秘訣・与えること、成功意識を身につける秘訣、成功するための目標設定、問題解決の道、ストレスを解消しよう、そして成功を導く人間関係について、お話ししてきました。そのすべてのプログラムが、あなたの人生に幸せと成功をもたらす鍵となると信じています。 最後のプログラムは、リーダーと自己変革です。簡単に定義するなら、“リーダーとは、後に従う者がいる人”を指します。ですから、“リーダーは、従う者を持つに値する人”です。あなたもきっと自らの努力で、こうした立場とリーダーシップを獲得された一人であると思います。 ところで、この地球始まって以来、最も多くの従う者を持ったリーダーがいます。生きている時だけではなく、二〇〇〇年を経た今日まで、彼に従う何十億という人々がいるのです。彼は真のリーダーシップについてこのように教えました。 「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい。」 リーダーは偉大なしもべです。これこそが理想的なリーダーの姿です。リーダーは“行け”と鞭を手にして、後から追い立てることはしません。リーダーは“行こう”と言って、旗を手にして道を先導します。先頭に立って前進します。 リーダーは従う者たちを、仕事のパートナーとみなし、報酬の分け前を正しく受けているかを確かめます。そして全体のチーム・スピリットをたたえます。 リーダーは人造りをする人です。下の者が大きく育つのに力を貸すのは、大きな人物が多いほど組織が強くなっていくことを心得ているからです。 コンサートに少し早めに行って、彼らの長くてうるさい、イライラするような練習を聞いてみて下さい。ところが、カーテンが上がる数分前、コンサート・マスターが最後の指示をすると、今までのバラバラの雑音が、一つのまとまった音楽として流れ始めます。そして、指揮者のタクトに合わせてすばらしいシンフォニーが奏でられ、聴衆を魅了してしまうのです。 成功する人間も同じです。彼らはリーダーであり、チーム全体を統率し、皆を引っ張っていくだけの姿勢と行動力を備えています。彼らは一部の限られたニーズだけにとらわれず、常に全体のニーズに応えられるように準備しているのです。 では、そのような強力なリーダーシップを、どのようにしたら身につけることができるのでしょう。また、最高のリーダーシップとは何なのでしょうか。先ず、最高のリーダーになるための四つの秘訣をお話ししましょう。 第一に、人間的なあたたかさを持つことです。 このプログラムを読んだあなたはきっと、そのような人に変身していると確信しています。 あたたかい部屋に人は引きつけられます。あたたかな春の日は、万物の復活を予感させてくれます。あたたかい笑顔は、一緒にいたいという気持ちにしてくれます。あたたかい応対は、感謝の念を抱かせます。しかし冷たい応対は、憤りを醸し出します。あたたかい握手は、活力を示しますが、冷たければ、活気の無さを感じさせます。あたたかい性質は、魅力があって人を引きつけますが、氷のような性格は、どこでも歓迎されません。 リーダーにはあたたかさが必要だということは、今も昔も変わりません。あたたかさをはっきりと出し、快く相手を受け入れるリーダーは、丁度橋を架ける人のようです。最高水準の人々がその人の周りには集まってきます。 月並みなリーダーと非凡なリーダーの違いは、この橋を人が架けてくれるのを待つか、自分で架けるかの違いだけです。人と人の間に橋ができると、あたたかさはみんなの自発的な行動や計画を促します。メンバーとの関係にあたたかさがあると、メンバーにとって最善を尽くそうという気持ちが生まれてきます。そして自主的に自発的に行動するようになります。 有能なリーダーの目には輝くものがあり、メンバーに優れた業績を達成するように強く要求することが、メンバーに信頼を置いていることの何にも勝る証拠となるのです。 リーダーのあたたかさはまた伝染するものです。皆の間で、リーダーに対する心からのイエスという返事が多くなり、ノーが少なくなります。あたたかい雰囲気、明るい表情、積極的で前向きの姿勢、それは真のリーダーが持っている特質です。 そのようなリーダーは、リーダーシップをとることを恐れません。リーダーシップには四つの要素があります。 基本は「要望性」―つまりリーダーとは命令することができるし、命令しなければなりません。 しかし、それだけではリーダーシップをとったとは言えないのです。そのほかに「通意性」が必要です。仕事をしていく上において、必要とされる情報や知識を提供することによって、なぜそれをやらなければならないのか、根拠、必要性、重要性を伝えます。 また、もう一つは「共感性」です。メンバーの立場や気持ちを配慮し、行動を思いやる人間に対する関心です。 そのようにあたたかい人間味あふれる人格から出てくるリーダーシップは、当然「信頼性」を生み出します。その時に、組織は力強いパワーで動き始めることは必然の結果です。 第二に、リーダーの権威です。 ここでいう権威とは、ワンマンになり、怒鳴り散らすという意味ではありません。権威とは、自分の仕事に対する知識と、自分自身への信頼、またメンバーに対する信頼、そして知識と信頼を伝達する能力を統合させたものです。 リーダーになっていく過程において大切なことは、まず「感じをつかむこと」です。自分には、知識と経験と知性とリーダーシップが備えられていると実感すること、いや本当にそれを信じなければなりません。間違っても、自分にはリーダーの資格がないとか、誰も自分の言うことなど聞いてくれないと思ってはいけません。 このリーダーになるフィーリングは次の三つのステップによって得ることができます。 A.謙遜の気持ちを持つことです。 リーダーになることは威張るためではありません。先にこの地球最大のリーダーのことばを紹介しました。「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい。」この謙遜こそ、リーダーシップの権威の秘訣です。 B.学べることは何でも学び取ることです。 自分の仕事は商品知識はもちろんのこと、メンバーからも、行きずりの人からさえも学ぶことができます。この文章を読まれていることは、あなたが学ぶ姿勢を持つ人である証拠だと信じます。意欲を持って学ぶ時、今までとは違う知識が身につき、自信を持ったリーダーになれるのです。 C.自分自身にいつも以下のことを言い聞かせることです。 (1)私は人を引っ張っていくだけの能力と知識がある。 (2)私は自分を信じている。 (3)私はメンバーを信じている。 (4)私は立派なリーダーである。 (5)私は、私を強くして下さる方によって、どんなことでもできる。 いつも口に出して告白し繰り返せば、感触をつかむことができます。規則正しく、しかも大きい声で語るのです。大きな声を出せば、身体全体が反応し、身体が覚えます。自動車を運転する人は、車の中で大きい声を出すと良いでしょう。 D.落ち着いた態度を養うことも大切です。 性急な話し方や行動は、神経質な印象を与えますから損です。いずれにせよ、落ち着いて行動し会話すれば、心も落ち着き平静になれるのです。性急すぎると思えば、もっとゆっくり、もっと穏やかに、もっと明瞭に話をする訓練をして下さい。 体のあらゆる動作を完全なものにするために、立ち上がる動作、歩き方も含めてリーダーらしく(わざとらしくなく)成長して下さい。ゆったりと開放的なスタンスで立って、視線を直接相手に向けるのです。特に視線は大切です。少なくとも3~5秒は相手を見るようにしましょう。アイ・コンタクトはそれ以下の短い秒だったら意味がありませんので、3~5秒間は、相手の目をしっかり見ることができるように訓練して下さい。 あなたが尊敬する人の歩き方、座り方、立ち方、話し方を真似て、スターになったつもりで振る舞ってみるのです。姿勢や態度を良くすれば、気持ちの持ち方は自然にその後についてきます。 外観をもっと良くできないかも考えてみることです。減量すること、あるいはもっと太ること、ヘアスタイルを変える、洋服の色や着方を変える、ことばの癖を直すなど、いくらでもその気になればリーダーとして自分を変身させることができます。要するにやる気の問題です。もし、こうしたことを実行する場合は、自分は何か良いことを、さらに良くするためにしているのだ、という確固たる考えで、やるべきことを、やる気になって実行して下さい。そうでないと、自分がピエロのように思われて、返って惨めになる場合があるからです。堅苦しくなく、打ち解けた調和のとれた状態で仕事に打ち込む時、顔も身体も自然とあなたに風格を与えてくれます。 E.しかし、何よりも権威を身につけるためには、有力な模範になることです。 他人に望むと同じように、率先して一生懸命働くことです。高揚した気分と達成感を引き出せば、現実に深い権威は身につきます。それによって自然に権威ある行動と態度が生まれてくるはずです。
2009/08/07
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今日、8月6日は、第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分に、アメリカ軍が日本の広島市に対して投下した原子爆弾(原爆)を覚え、核廃絶を祈り願う日です。 原爆は、実戦で使われた世界最初の核兵器で、この一発の兵器により当時の広島市の人口35万人(推定)のうち約14万人が死亡しました。64年を経た今もその後遺症に悩み苦しむ方々も多いのです。 奈良市の富雄キリスト教会にも、夏でも長袖しか切れない87歳の婦人がいます。幸いお元気で一人暮らし。すべての事(原爆や核が良いと言う意味ではありませんが)に感謝しながら美しく輝くお顔で礼拝しています。 オバマ大統領の核廃絶への姿勢がアメリカ国民にも指示されるよう願いますが、アメリカでは広島への原爆投下に賛成意見が60パーセントを越えるという肌寒い現実です。世界一の核保有国が核をなくす先頭に立ち続けることを祈ります。 恐ろしいことに平和憲法をいただきながら、日本と頭脳と技術があれば、核開発などすぐにできると豪語する愚かな者も多くいる現実に寒気がします。 平和憲法、特に第九条を世界憲法にする英断をすることを祈り願う、原爆投下を覚える6日の朝です。日本国憲法 第二章 戦争の放棄 第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 マタイの福音書 5:9 平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。
2009/08/06
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日本は島国? 種子島から帰ったばかり、まだ郷愁が残っているとき、「名も知らぬ遠き島より―ひとり身の渚を枕に「種子島・屋久島・吐〓(か)喇」亜熱帯漂流 (単行本) 日高恒太朗 (著) 」と本屋で出会い購入。歌を歌わない少年だったが、島崎藤村の「椰子(やし)の実」を読み、さらに種子島を思う朝です。名も知らぬ遠き島より 流れ寄る 椰子の実一つ故郷(ふるさと)の岸を 離れて 汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)旧(もと)の木は 生(お)いや茂れる 枝はなお 影をやなせるわれもまた 渚(なぎさ)を枕 孤身(ひとりみ)の 浮寝(うきね)の旅ぞ実をとりて 胸にあつれば 新(あらた)なり 流離(りゅうり)の憂(うれい)海の日の 沈むを見れば 激(たぎ)り落つ 異郷(いきょう)の涙思いやる 八重(やえ)の汐々(しおじお) いずれの日にか 国に帰らん日本列島は島国と呼ばれ、四面を海に囲まれた北海道、本州、四国、九州の四つの大きな島と沖縄を含む島々から成り立っています。それでは、日本にはいったいいくつ島があるのか調べてみました。測定にあたっては、いろいろな条件があるそうですが、島の周囲が100メートル以上あるものを島として数えると、何と6,852の島々があるそうです。一番島があるのはさすが日本最大の島である本州で、その数は本州を含めて3,194島。九州には2,160島、それから四国、北海道、沖縄の順だそうです。その中で人が住んでいる島は約400島で、あとは無人島です。 種子島は、私がいた(1955年)頃、西之表市で3万、中種子町で2万、南種子町2万で合計7万人ほどでした。現在は3万人くらいですから、やはり少子化と過疎は進んでいるんですね。 西之表市は中学校が一校に統合、中種子・南種子両町もそれぞれ一校で、遠方からは自動車通学になりました。片道9キロを歩いた自分がなつかしいです。 その日本の島々にイエス・キリストの救いの知らせを伝えたいと願い、インターネット放送を開始しています。 今日は、CGNTV「本の旅」(9月放送予定)で久米小百合(久保田早紀)さんと対談録画取りで、東京のスタジオ行きです。 またコミック出版社と編集者の方との打ち合わせもあります。9月出版に向けて準備しています。お祈りください。イザヤ書41:1 島々よ。わたしの前で静まれ。 諸国の民よ。新しい力を得よ。 近寄って、今、語れ。 われわれは、こぞって、さばきの座に近づこう。 41:2 だれが、ひとりの者を東から起こし、 彼の行く先々で勝利を収めさせるのか。 彼の前に国々を渡し、 王たちを踏みにじらせ、 その剣で彼らをちりのようにし、 その弓でわらのように吹き払う。 41:3 彼は彼らを追い、 まだ歩いて行ったことのない道を 安全に通って行く。 41:4 だれが、これを成し遂げたのか。 初めから代々の人々に呼びかけた者ではないか。 わたし、【主】こそ初めであり、 また終わりとともにある。わたしがそれだ。リビングバイブル41:1 海の向こうの島々よ、わたしの前では口をつぐんで聞け。 どんな難問でも吹っかけてこい。 おまえたちのために法廷が開かれているから、そこで話すがよい。 41:2 だれが、東の国のあの人物を奮い立たせ、行く先々で勝利を得させたのか。 わたし以外の者であるはずはない。 わたしが彼に、多くの国々を征服し、王たちを踏みにじり、その軍隊を剣の餌食にする力を与えたのだ。 41:3 彼は敵を追いかけるが、一度も通ったことのない道だというのに安全に進んで行く。 41:4 その進撃によって歴史は大きく塗り変えられる。 こんな途方もなく大きなことを演出したのは、だれか。 それは、わたし、初めでもあり終わりでもある、このわたしだ。 わたしだけが神なのだ。
2009/08/06
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八女フロンティア祈りの家の近藤牧師は、数日前じゅうたんを外そうとして、不自由な左手を骨折入院しました。 今日午後1時より3時までの手術は成功し、約3週間で完全に直ると、元気そうなお声での電話でした。必要に王に応じて外出ができるようで、日曜日には教会で礼拝も守ることができるので幸いです。 さらに覚えてお祈りをお願いします。ペテロの手紙第一2:24 そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。 2:25 あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。
2009/08/05
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待ちわびた梅雨明け宣言も、恐る恐るの月曜日でした。気のせいかも知れませんが、その日から待っていましたと思うほどに、太陽がギラギラ輝きを増したようです。陽射しは薄いけれども、ものすごく暑くなりそうな生駒の朝です。 家にいるときは、毎朝4時起床でポスティングを続けています。早い時間ですが、急いで動くとびっしょり汗ばむほどです。普通に一時間歩くと6000~7000のゆとりの散歩です。ポスティングは本を配ることと、階段のある家が多いこともあり3000歩ほど。 昨日は9月分のラジオ放送録音でスタジオへ。9月2日が誕生日で水曜日のため、自分で誕生日を祝うメッセージを語りました。1941年9月2日なので68歳になります。 喫茶店て面談を約束していましたが、急な診療が入り行けないと医者からの電話が入り、集会まで少し時間ができ書店へ。 書棚を見ていくうちに、本城稔と言う著者名が目に飛び込んできました。あれっと思い引き出してみると、なつかしい笑顔の写真。知り合いの本城稔さんでした。 癒され上手になりましょう(楽な心で生きる法)サンマーク出版・定価1600円+税 裏表紙の帯には、リハーサルのない人生を、よりよくいきるたために。 とことん聴いてあげるだけで癒されていく ことばがあなたの人生をつくっている 自分を深く知る成育史のつくり方 未来を引き寄せるイメージトレーニング方法 上に立つ人ほど、下に仕える姿勢が必要 こんなに違う、男と女の会話スタイル ビジョンとミッションを持てば有意義に生きられる 五百人がいきいきと働ける仕組みづくり 名前がなつかしく、顔も少し大人になっているが、にこやかなほほえみは変わらずでした。 その本を手にとり(一冊しかなかったので)書棚を見ていると、「名も知らぬ遠き島より」ひとり身の渚を枕に「種子島・屋久島・トカラ」亜熱帯漂流が目に入る。種子島から帰ったばかりで、種子島の名前に引かれパラパラとめくると、著者の日高恒太郎(ノンフィクション作家)は種子島出身。なつかしく立ち読みは止めて購入。 2冊を持ってカウンターへ向う途中、世界一の睡眠の専門医が教える!「4時間半熟眠法」が目に付き、それも買うことにした。 その前に立ち読みした本には、読書には実学と美学があり、ハウツーー物は意味がないと強調していた。結局その本ではなくハウツウー物を2冊もかってしまった。詩篇27:4 私は一つのことを【主】に願った。 私はそれを求めている。 私のいのちの日の限り、【主】の家に住むことを。 【主】の麗しさを仰ぎ見、 その宮で、思いにふける、そのために。 27:5 それは、主が、 悩みの日に私を隠れ場に隠し、 その幕屋のひそかな所に私をかくまい、 岩の上に私を上げてくださるからだ。 27:6 今、私のかしらは、 私を取り囲む敵の上に高く上げられる。 私は、その幕屋で、喜びのいけにえをささげ、 歌うたい、【主】に、ほめ歌を歌おう。
2009/08/05
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継続は力なり!と言うが、毎日続けていることはどれくらいあるだろうかと、今朝早く歩きながら思いました。 ゆとりの一万歩と毎日歩き続けて、もうすぐ5年と10ヶ月になるが、残念ながら一日だけどうしても起きられない日があったのっで継続とは言えいない。その次の日から4年半くらいは毎日だが・・・・。 ホームページでブログになる前から書き始め7年間、毎日値継続しています。家にいないときは書いたものを娘が転載しているので、自分で毎日ブログをと言えないかもしれない。 テレフォンメッセージも38年目になるが、毎日新しいメッセージを送り続けています。一人ではなく息子の牧師と婦人牧師が留守のときは吹き込んでくれます。もしかしたら録音を忘れたことが何回かあるかもしれない。 23年間、活性酸素の害から血管を守ってくれる健康食品SODを愛用していますが、時々飲用しないこともあります。家内は忠実に愛用し続けているので、年齢の割には髪の毛も黒々と、若々しく見えるから丹羽医学博士が言われたことが、23年後にも真実であることが分かる。 今日、朝日放送スタジオへ9月放送分の希望の声録音に行くが、早いものでもう36年が過ぎようとしています。99年に脳内出血で一ヶ月入院したとき以外は、毎月ABCラジオから福音を語り続けています。 今日もまた天国の一日です!との宣言が丁度一年になり、毎朝告白し続けています。夜には、今日もまた天国の一日でした!と感謝して熟睡の恵み。 種子島の海岸でバプテスマ(洗礼)を受けクリスチャンになり、もうすぐ52年。イエス様を愛し信じて歩み続けtいます。 一番短い継続は、七月から毎日梅干一個を食べなさいと、76歳の方に言われたので、決断してもうすぐ一ヶ月になります。 テレビを見たり、新聞を開くのも毎日ではないし、ご飯を食べるのもお茶やコーヒーも毎日ではない。人に言われて何かを継続するのは、気持ちがしんどいが、自分の決断したことを継続するのはやさしいことだと思っている。 今朝も早く起きて200軒にポステイング。八月中、毎日と思いながら6ー7日は東京。9日からは名古屋市、松本市、松江市と動くので、朝のポスティングは14日=15日だけ。 15日は、思い切ってハイブリット治療。御盆休みを利用して日本一の歯科医が東京から堺に来てくれるので、特別に診てくれるとのこと。感謝なことです。 そうですね。歯磨きも(できれば三食後とも)毎日継続するよう心がけることですね。 あなたが毎日継続していることは? 身体にも精神にも世の中のためにも、役立つことを継続は力なり!でお励みください。ピリピ人への手紙3:12 私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。 3:13 兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、 3:14 キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。 3:15 ですから、成人である者はみな、このような考え方をしましょう。もし、あなたがたがどこかでこれと違った考え方をしているなら、神はそのこともあなたがたに明らかにしてくださいます。 3:16 それはそれとして、私たちはすでに達しているところを基準として、進むべきです。
2009/08/04
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日曜日は朝の学院教会礼拝に始まり、午後の大阪エリム礼拝、夕方の堺エリム礼拝を終え、帰宅するのは8時頃です。 昨日は頼まれていた本の推薦文を書くために、元原稿(200ページ余)を必死で読み続け、それから推薦文(900字)をしたためたので、ニュースも見ることなく12時近くなり熟睡でした。 朝4時に目覚め、今日もまた天国の一日です!と飛び起き、大きな邸宅ばかりが建つ東生駒の住宅地にポスティング。 5時半に帰宅。シャワーと洗面を終えブログを転載し、大急ぎで大阪クリスチャンセンターでの朝祷会へ。結構込んでいて予定より5分遅刻。駐車場へ車をいれて会場へ。 原爆記念日(6日&8日)の週でもあり、世界に平和と核の廃絶をとのメッセージが、力強く語られていた。 朝食交わりのとき、種子島伝道を少し話し、インターネット礼拝録画のため大急ぎで帰宅。月曜日~土曜日までをネクタイを変えながらメッセージ。土曜日だけは20分。後は5~6分メッセージで話すことができた。 午後からはカウンセリングや病院見舞。月曜日も寝る時間のゆとりが欲しい!
2009/08/03
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50年ぶりに種子島で日曜礼拝、生駒聖書学院院長 (クリスチャントゥディ記事より転載) 種子島で洗礼を受けクリスチャンとなり、その後奈良県生駒市の生駒聖書学院に入学。現在、同学院院長と8つの教会の主任牧師を務める榮義之牧師が、22日から同学院神学生3人を同行して九州本島の4教会をめぐる巡回伝道を行い、日曜日の26日には母教会である西之表基督教会で、実に50年ぶりとなる故郷・種子島での礼拝をささげた。 榮牧師は同学院に入学後、帰島のたびに同教会ではメッセージを伝えてきたが、日曜日には一度も帰島したことはなく、今回は故郷での半世紀ぶりの礼拝となった。25日、一行は鹿児島‐種子島間を結ぶ高速船「トッピー」で種子島へ向い、26日には約30人の会衆とともに礼拝をささげた。初めて礼拝に参加した人も「イエス・キリストを信じる祈りに『アーメン』と応答してくれた」という。 25日には、種子島を初めて訪れたという神学生らと、種子島最南端でポルトガル船が座礁し鉄砲が日本に伝来した地である角倉崎や、種子島宇宙センターなどを見学した。 種子島着任51年を数える同教会の池田公榮牧師は、70~75歳までの5年間は、かねてからの念願であった中国宣教に自費で行っていた。江西省九江市(人口400万人)にある九江大学(学生2万人)で日本語教授として教え、公認教会や家の教会などで福音を伝えてきた。後任牧師が退職したため再び種子島に帰任し、現役で牧会伝道を行っている。 同教会は、学校法人明朗幼稚園と教会幼稚園を運営しており、種子島でも大きな影響を与えている。池田牧師夫妻は幼児教育の専門家でもあり、同時にロータリークラブ会長やその他の要職も兼任し、種子島全体にキリストの香りを与えている牧師である。 一行は26日夜には、中種子町(人口5000人)にある日本バプテスト連盟種子島新生キリスト教会(沼田俊昭牧師)の特別伝道会で榮牧師が説教。 榮牧師の中学1年時の担任教師をはじめ、中学生時代の同級生や、誘われて教会に始めてきた人も参加し、福音に耳を傾けた。榮牧師は「15人ほどの集まりだったが聖霊の臨在あふれる集会だった」と感想を語る。沼田牧師は今年、種子島での伝道40年目を迎え、記念誌を発行したいという。 一方、22日からの九州巡回伝道は、福岡県では150人以上が礼拝に集う3000坪の敷地を有する久留米ベテルキリスト教会(久留米市、吉田有年牧師)。 1000坪の敷地に15坪のプレハブを構えて今年開拓伝道3年目を迎えるイエスの家教会(同、牧山祐子牧師)で聖会。 ノアの箱舟をかたどった教会の八女フロンティア祈りの家(八女市、近藤雅子牧師)では伝道会を行なった。 八女フロンティア祈りの家の近藤牧師は小児麻痺で足の自由が利かないが、その事実をまっすぐに受け止め、心から感謝しつつ八女市内全域に毎日ポスティングをしながら福音を伝えている情熱家だ。 今回の衆議院選挙で民主党より立候補する野田くによし(前八女市長)の選挙事務所を訪れ、祝福を祈るときも与えられた。 鹿児島県では、鹿児島シティチャーチ(鹿児島市、勝郁也牧師)を訪れ、開拓期のご苦労や奇跡的と思わされる土地取得、会堂建設、世界宣教への道、さらに拡張し続ける福音の御業など時間の立つのも忘れるほどの、貴重な体験談に神学生たちともども、心燃やされる交わりのときだった。 種子島にある教会の平均礼拝参加人数は10人前後で、榮牧師は「さらに大きな福音の前進のために、毎年でも帰島したいと願っている」と1週間の巡回伝道を終えて感想を語った。マルコの福音書 16:15 それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。 16:16 信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。 16:17 信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、 16:18 蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」 16:19 主イエスは、彼らにこう話されて後、天に上げられて神の右の座に着かれた。 16:20 そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。〕
2009/08/03
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家の隣がマンゴ園なので、上等の沖縄マンゴを贈りますとの電話。 堺エリムの礼拝から帰宅したら、みごとな沖縄マンゴが届いていました。娘と半分ずつ夕食のデザートに美味しくいただきました。感謝します。明日は孫たちにプレゼントです。 今月22日発行の書物の序文をこれから書きます。明日は大阪朝祷会へ。ENOの集いでの金屋か会長講演会に駆けつけてくださったお礼と、10月より生駒朝祷会をスタートするので報告に行きます。ゆとりのポスティングを終え、朝6時30分の出発です。 朝から恵まれた礼拝続きで、きょうもまた天国の一日でした!感謝します。イザヤ書 30:18 それゆえ、【主】は あなたがたに恵もうと待っておられ、 あなたがたをあわれもうと立ち上がられる。 【主】は正義の神であるからだ。 幸いなことよ。主を待ち望むすべての者は。30:18 しかし神様は、あなたがたを愛し、いつかみもとに帰るのを待っています。 約束どおり、あなたがたを無理やりつかまえてでも祝福しようと、待ちかまえています。 神様は約束は必ず守るお方なので、神様の助けを待ち望む人はしあわせです。30:26 【主】がその民の傷を包み、その打たれた傷をいやされる日に、月の光は日の光のようになり、日の光は七倍になって、七つの日の光のようになる。 30:26 神様がご自分の国民の傷を治す時には、月は太陽のように明るくなり、太陽の光は七倍も明るく輝くのです。
2009/08/02
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25日(土)、鹿児島駅前のホテルで目覚めたのが朝5時30分。神学生たちに6時まではチェックアウトとはんしていたので、大急ぎでシャワー洗面。いつもだと鹿児島市内をゆとりの一万歩だが、今朝は間に合わない。種子島でよりゆっくり歩こう! 鹿児島港からはトッピー(飛魚の愛称の高速艇)で約90分。乗船お急ぎ下さいとのアナウンスに目の前のドアに立つが開かない。注意書きを善く見ると乗船口は別の所と書いてある。大慌てで走る、走る。やっと最後の乗船客となり、シートベルトを着けるとすぐ出航。目の前の桜島は雲に包まれ麓だけが見える。 小学6年のとき初めて船に乗り鹿児島へ来た。6時間も揺れて揺られて二度と船に乗らないと思ったほど。トッピーは波の上を時速80キロで飛ぶように航行する。ゆれない。ちょっと目をつぶったらもう西之表港だ。 レンタカーが待っていてくれる。トッピーで着いたから5000円サービスですとのこと。丸2日間で1300ccの車に乗り、早速鉄砲博物館見学。ポルトガルから伝わった種子島銃が日本の統一を早めたことなどを思いながら・・・・。種子島で産まれたのは日本と世界に福音を満たすため。鉄砲は人を殺す戦争の武器。福音は人を生かし、永遠のいのちを与える愛の武器。そんなことを祈りつつ見て回る。 鉄砲館から東シナ海岸を角倉崎(ポルトガル船漂着地点)に向って快適なドライブ。山道を9キロも歩いた道を、神学生たちに紹介。車だとあっという間だから実感はなかったと思うが・・・・。 鉄砲伝来岬から、ちょっと走ると竹崎海岸ロケット打ち上げ基地。ロケット館(無料)を見学。売店の「美しい女性二人に福音を語り、雪よりも白くを手渡す。素敵な絵(字)葉書を2種類10枚千円で買う。 地球のごちそうは 愛なんだ。 はらっぺこ地球に みんなの愛を! 広い宇宙の中の小さな地球。 地球の中の小さな自分。 ちいさくても しっかり生きている。 さあ 輝こう! 千座(ちひろ)の岩屋は丁度干潮で、ゆっくりと歩くことができ、島の東側(太平洋側)を回り、産まれた小さな村(生姜山)へ出て、また太平洋側を走り、有名な安納芋の産地を通りニュー種子島ホテルにチェックイン。 池田公栄・久子先生ご夫妻とホテルで夕食をいただきながら、種子島伝道や中国宣教、幼稚園教育のことなどをお聞きし、明日の礼拝を楽しみにお別れした。 種子島の今日もまた天国の一日でした!イザヤ書 30:18 それゆえ、【主】は あなたがたに恵もうと待っておられ、 あなたがたをあわれもうと立ち上がられる。 【主】は正義の神であるからだ。 幸いなことよ。主を待ち望むすべての者は。 30:19 ああ、シオンの民、エルサレムに住む者。もうあなたは泣くことはない。あなたの叫び声に応じて、主は必ずあなたに恵み、それを聞かれるとすぐ、あなたに答えてくださる。 30:20 たとい主があなたがたに、乏しいパンとわずかな水とを賜っても、あなたの教師はもう隠れることなく、あなたの目はあなたの教師を見続けよう。 30:21 あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め」と言うことばを聞く。
2009/08/02
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今日届いた郵便物の中で見つけた、効果的に祈る四つのステップ(シャリー・ドブソン)を紹介します。Praise(御名をほめたたえる)詩篇86:12 わが神、主よ。私は心を尽くしてあなたに感謝し、とこしえまでも、あなたの御名をあがめましょう。 神がどんなお方で、何をして、何を与えてくださるか、この三つについて神をほめたたえ、感謝するとき、よりゆたかな思いでいのることががでるようになります。 神は私たちを創られ、限りなく愛してくださる方です。それを知るとき、私たちの心は喜びに満たされ、神ヲ賛美するようになります。Repent(悔い改める)ヤコブ4:10 主の御前でへりくだりなさい。そうすれば、主があなたがたを高くしてくださいます。 悔い改めのため、過ちを認め、それを悲しみ遠ざかり、改善する意思を持つことが必要です。Ask(願う)第一ヨハネ5:14 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。 5:15 私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。 イエス・キリストの御名によって願い求めることは、神のみこころにかなったことを祈ることです。Yield(明け渡す)マタイ26:39 それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」 明け渡すとは、自己中心から神中心へと成長し続けることです。それは聖書のことばに耳を傾けることであり、主に信頼して自分中心の思いを放棄することです。
2009/08/01
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種子島の話をメッセージの中でしたら、若い日に商工会議所で活躍した70歳の男性が、大阪から雨の中をわざわざ生駒まで訪ねてくれた。 中学時代の一年先輩が、種子島は変わっていたかと尋ねてくれた。過疎になり西之表市も、中種子町、南種子町とも中学は一校になり、遠方からは通学バスになったことを伝えた。 安納いもが種子島でも貴重なサツマイモで、安納地区だけに成育し、ほかの所に同じ苗を植えても、味は全然サツマイモになることも伝えた。 生まれ育った島に恩返しをと、種子島にに老人ホームを建てた、大阪在住の同級生もいることなど、短い滞在でしたが良い話もいっぱい聞きました。 そんな中で、北国の春という歌謡曲が流れてきたので一息。故郷のなつかしさをかきたてるメロディーと歌詞。礼拝に備える土曜日の出来事でした。白樺 青空 南風こぶし咲く あの丘 北国のああ 北国の春 季節が都会では 分からないだろうと届いたお袋の 小さな包みあの故郷へ 帰ろうかな 帰ろうかな雪融けせせらぎ 丸木橋から松の芽が吹く 北国のああ 北国の春 好きだとお互いに 言い出せないまま別れて もう五年あの子はどうしているあの故郷へ 帰ろうかな 帰ろうかな山吹朝霧 水車小屋わらべ唄 聞こえる北国のああ 北国の春兄きもおやじにて 無口な二人がたまには酒でも 飲んでるだろうかあの故郷へ 帰ろうかな 帰ろうかな ヘブル人への手紙 11:13 これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。 11:14 彼らはこのように言うことによって、自分の故郷を求めていることを示しています。 11:15 もし、出て来た故郷のことを思っていたのであれば、帰る機会はあったでしょう。 11:16 しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。11:8 アブラハムは神様を信じました。 ですから神様に、生まれ故郷を離れて、新しく与えられる地に向かうようにと指示された時、そのことばに従いました。 彼は、行く先も知らずに出て行ったのです。 11:9 そして、神様の約束された地に入ったあとも、外国からの旅行者のように、天幕生活を送りました。 神様から同じ約束を受けた息子のイサクと孫のヤコブも、この地で、同様に天幕生活を送りました。 11:10 アブラハムがこうした生活に耐えられたのは、揺るがぬ土台を基とした天の都に、神様は必ず連れて行ってくださると確信して、待ち望んでいたからです。 その天の都を設計し、建設されたのは、神ご自身にほかなりません。
2009/08/01
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24日(金)の午前中、八女フロンティア祈りの家(近藤雅子牧師)で集会。神学生たちの賛美のあと、近藤牧師の貴重な体験の証しを聞き、「自信を持つ」と「題してメッセージ。 今回の集会案内には、「輝き・可能性への挑戦」が紹介され、イエス・キリストを信じるとき、何事にも自信を持って挑戦し、成功できると書かれていた。 新約聖書ピリピ人への手紙4章13節「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです」とのみことばから、自分の体験も含めてイエス・キリストを信じる人生の祝福と幸せについてはんすことができた。 集会後、雨の中を九州自動車道八女インター側のイタリア料理レストランで、スパゲッティをいただき高速道路へ。一路鹿児島市へ。 夕方ホテルにチェックインし、そのまま鹿児島シティチャーチへ。勝郁也牧師は同年齢で聖書学院も同級生。若々しく夢とロマン、ビジョンを語る姿は、50年前と変わらず信仰に満ちていました。 一度は故郷の奄美大島に帰り、その後、鹿児島で大島紬の仕事で大成功しました。召しと賜物とは変えられることなく、出席していたフォースクエア教会の牧師に招かれ、すばらしい教会へと成長しました。 詳しい事情はともかく、追われるようにその教会を辞し、途方にくれましたが、神様は新しいビジョンを与え開拓伝道へと乗り出しました。 ある日、奥様が祈りの中、桜島と鹿児島市内が見渡せる高台と、そのすぐ下に赤い鳥居がある土地の幻をハッキリ見たのだそうです。 その直後、不動産からの連絡で土地を見に行くと、まさしく幻で見たとおりの土地があり、信仰の決断で購入し、教会堂が建設されました。 さらに20年後の今年、隣接する会社とその駐車場が所有者により格安で委譲され、大きな駐車場のある大教会になり、名称も鹿児島シティチャーチと改名し、さらに大きなビジョンで燃えている教会と牧師の話に感動しました。 韓国や台湾、フリッピンやルーマニアなど全世界を畑とし、大きな夢とビジョンで語る牧師の顔は輝いていました。 神のなさることはみなその時にかなって美しいと感動する交わりの2時間でした。話が終わるとすぐ近くの黒豚とんかつの店で夕食をご馳走になり、お休みなさいの声に送られてホテルへ。 雨の一日でしたが、八女でのポスティングから鹿児島シティsチャーチまで、今日もまた天国の一日でした!ピリピ人への手紙 4:10 私のことを心配してくれるあなたがたの心が、このたびついによみがえって来たことを、私は主にあって非常に喜びました。あなたがたは心にかけてはいたのですが、機会がなかったのです。 4:11 乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。 4:12 私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。 4:13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。 4:14 それにしても、あなたがたは、よく私と困難を分け合ってくれました。 4:15 ピリピの人たち。あなたがたも知っているとおり、私が福音を宣べ伝え始めたころ、マケドニヤを離れて行ったときには、私の働きのために、物をやり取りしてくれた教会は、あなたがたのほかには一つもありませんでした。 4:16 テサロニケにいたときでさえ、あなたがたは一度ならず二度までも物を送って、私の乏しさを補ってくれました。 4:17 私は贈り物を求めているのではありません。私のほしいのは、あなたがたの収支を償わせて余りある霊的祝福なのです。 4:18 私は、すべての物を受けて、満ちあふれています。エパフロデトからあなたがたの贈り物を受けたので、満ち足りています。それは香ばしいかおりであって、神が喜んで受けてくださる供え物です。 4:19 また、私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。 4:20 どうか、私たちの父なる神に御栄えがとこしえにありますように。アーメン。
2009/08/01
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