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暑いよー。そんな暑い中、街頭から訴え。 郵政民営化法案が8月5日にも採決される情勢で、否決されればかいさーんと叫んでいるわがまま暴君。何をやらかすかわからない。 いつ解散総選挙になるかわからないそんな情勢で、木島日出夫元衆議院議員と上田ひであき小選挙区予定候補を迎えて、埴原田とピアみどりで街頭演説を行った。急なことなので宣伝カーでお誘いをして回ったが、それを聴いて聞きに来て下さった方もいて嬉しかった。どなたかは知らないけれど車いすの方も聞いて下さっていた。 木島日出夫さんのお話はやっぱりいいなあと思う。障害者自立支援法成立を阻止しようと、車いすの障害者が国会のまわりを取り囲み、この暑い中抗議を続けているという。涙が出るような話。 労働者や中小企業をいじめ、空前の利益を上げている一握りの大企業(多国籍企業)には優遇する政治。 政危機だからといって社会保障をどんどん削る、その一方で道路公団の談合に見られるような政治家と官僚と企業の癒着。どれくらいの国民の血税が使われていることか。木島さんのお話だと高速道路とトンネルとで300億あまりになるという。税金の使い方にメスを入れ、平和な安心してくらせる政治をと訴えられた。 北陸信越の議員33名(小選挙区22名、比例区11名)全員が消費税率アップ、憲法改正論者であるという。木島さんは前回6000票の差で比例12位で惜しくも落選してしまった。 民意と議会の乖離が顕著な北陸信越ブロック、多くの人の願いを託す議員が一人くらいいてもいいのでは(もっと多い方がいいけれど)。
2005年07月31日
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扶桑社 社会科教科書について思う(茅野民報投稿文より) 諏訪市教育会館横の博物館で来年度からの教科書の展示が行われました。実際はどうなのかいってみましたが、どうしてこれが文部科学省の検定をクリアしたのか不思議に思いました。 公民の表紙裏のカラーグラビアを見ますと、「世界の中で活躍する日本人」では真っ先に自衛隊のPKO活動、「わが国の伝統」として護国神社を紹介しています。大日本帝国憲法を「天皇の元で国民が暮らしやすい社会をつくるために制定された」とし、現在の日本国憲法については「アメリカから押しつけられたもの」としています。男女平等については「性差をかけがえのない個性ととらえることの大切さ」を強調しており、近頃のジェンダーフリーに対する攻撃と期を一にしています。 歴史では大日本国憲法の教育勅語は、「近代日本人の背骨をなすもの」「大東亜戦争は避けられないもので、アジアの独立を早める一つのきっかけとなった。」としています。また、日本国憲法について「天皇の地位が脅かされるのでやむを得ず受け入れた」などと書かれていました。吃驚するような内容で現在の憲法改正の動きと重なるものです。 教育勅語によって天皇のために命を捧げる軍国主義が子どもたちにたたき込まれたことを考えると、もっと市民が関心を持つことが必要と思います。諏訪地方では一カ所しか展示されません。せめて市町村単位でもっと気軽に出かけられる場所で巡回展示をすることはできないものかと思いました。採択は8月末までに行うことになっています。 議員団では27日に茅野市教育委員長宛に申しれを行いました。
2005年07月28日
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連日アスベストについての記事が報道され、遠いところでの出来事ではなく大丈夫かと不安になる。 先日は理科の実験にずっと使われてきた石綿付き金網について取り上げていて、そういえば理科の実験の時にビーカーの下に敷いて使っていた。東京都内の学校で壁をはがす作業を行っている様子が放映されていた。 国、県、市をあげての緊急の取り組みが求められている。アスベスト対策については、市として前日26日に庁内の会議をもって、公共施設の調査、健康相談の窓口設置などについての対応を協議したとのことで、ほぼ同様の内容であるが、さらに強化し市民の不安に対応するよう申し入れを行った。 アスベスト(石綿)対策に関する緊急申し入れ アスベストによる被害の問題が全国的な広がりとなり、労働災害としての問題にとどまらず公害問題として位置づけられようとしている状況です。 市でも過去において学校施設での除去工事を行った経過がありますが、今日のアスベスト被害の広がりの中で市の施設は大丈夫か、また過去の就労経過などから健康に対し心配する市民もあるのではなどの声が寄せられています。 市民の不安をなくすために次の事項について緊急に対応されるよう要請します。 一、公共施設でのアスベストの利用実態の再点検を行って公表するととも に、利用が明らかになった場合には、除去等の被害防止対策を早急に行 うこと二、市内のアスベスト製品の取扱業者、建物解体業者等が、安全なアスベス ト対策を講ずるよう周 知徹底をはかること。三、アスベスト被災者の実態調査を行うとともに、過去の就労経過からアス ベスト被害に不安を持つ市民の相談窓口を設置すること。四、アスベスト被害の救済対策を政府に強く求めること。
2005年07月27日
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養護学校で訪問教育に携わっている友だちからメールが入った。7月23日付の信毎建設標に教え子の投書が載っているから、読んで感想を聞かせて欲しいとのこと。 新聞を取っていない人にも読んで欲しいので、全文を紹介します。 「23年ぶり学校生活を楽しむ」 私は44歳の車いすの障害者です。この春から養護学校訪問部の高校1年生になりました。23年ぶりの学校生活です。今、週三回計6時間授業をうけています。火曜日は学校へ行き、パソコンや陶芸をやっています。水曜日は先生が自宅に来てくれます。金曜日にも先生が来てくれます。 学校に行けてよかったです。色々な先生に会えて、楽しいおしゃべりが出来てうれしいです。陶芸で色々な作品が出来てうれしいです。パソコンで手紙や暑中見舞いを書いています。 パソコンで手紙を書くことは大変ですが、みんなから「パソコンが上手になった」と言われています。とてもうれしく思います。 将来は優しい人と結婚して幸せな家庭を作りたいと思います」 今はどんな重い障害があっても教育を受けることができるが、以前は障害があるということで「就学猶予」され、重い障害を持っている人は学校教育を受けられなかった。学ぶ喜び、人と係わる喜びがあふれていると思いませんか。まさに教育とはこういうことなのだと思い、友だちには「いい仕事をしていますね」とメールを送った。 教育も行政の仕事も市場化し、競争原理を持ち込み、勝ち組負け組に選別していく。新自由主義による教育改革が進んでいる。一人ひとりがかけがえのない命であるという教育の原点が建前であるということを敏感に感じ取っている子どもたち。心がすさむのが当たり前だと思う。それを事件がおこるたびに「今の子どもは、今の先生は」そして「戦後の教育は、教育基本法がいけない」と、問題をすり替える。 先日、母親大会で買ってきた「教育と国家」「教育改革と新自由主義」まだ全部読んでないが、30年あまりの学校での経験から共感するところが多い。
2005年07月25日
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毎年この時期に行われる村の天神講。元は菅原道真の霊を慰めるためにと始まったようだが、道真が学問の神様といわれることから、子どもたちの行事として行われてきている。各戸から集められた灯籠を公民館のまわりに並べ、ススキで祭壇がつくられ準備万端。夕方から人が集まりだし、大人はおつまみ付きビール、子どもはジュースとおにぎり・ハンバーガー。 今年は手品が披露され、盛り上がったところで子ども相撲。みんなの声援を受けて勇んで土俵に上がり、真剣勝負。 体格は人それぞれ学年も一つ違えば体力も違うが、みんな一生懸命。中には悔しくて泣いている子も。去年負けて泣いていた子が今年こそはと頑張ってあと一歩のところで優勝を逃してしまったが悔しさを我慢していて健気。 親は一年間の成長を見る思いだったでしょう。 子どもたちの成長を地域全体で温かく見守っていきたいもの。あちこち蚊にくわれながらも心温まる夜でした。、
2005年07月23日
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議員定数についてすったもんだの末結論が出たので、今度は議員報酬について検討する特別委員会が初めて行われた。 議員定数削減にあたって、推進する人たちは「合併が無くなり、茅野市も財政が大変になるので、議会も率先して範を示さなければいけない。」というのが大きな理由であった。市民の権利や議会制民主主義を後退させるような大幅な削減を進めておいて、議員報酬の引き上げは考えられない。 審議が始まったばかりなので何とも言えないが、自分の考えは決まっている。
2005年07月22日
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午後から上伊那と諏訪地方の合同での社会教育委員会総会と研修会。市から車がでるということだったが、午前中仕事があったので、自分の車で高遠へ。桜の季節は高遠公園のまわりには食べ物屋さんがいっぱいあったのでとにかく遅れずについてから食事と思って降りてみたが、お城のまわりには何もなくて結局また車に乗って町内で食事をとる。 高遠は町並みも整備されており、様々な史跡もありなかなかいいところで桜の季節だけでなく今度またゆっくりと訪れてみたい。「ふきのとう」という高遠の観光案内のボランテア団体の方が、記念講演をし、実際に会員の方が「絵島の囲い屋敷」「伊沢修二の生家」幕末につくられた藩校「進徳館」について案内と説明をして下さった。真夏日と思えるようななかを歩いて・・・暑かった! 地域づくりについては「まちづくりの一歩は自分たちの地域を知ることから」「歴史的文化的なものは学習が必要で、現代につながるものとしてとらえ視野を広く持つこと」「価値がわかると維持保存の必要性がわかりそれが行動につながっていく」「そのためのリーダーのの養成が急務であるし賛同者が5~6人いれば進んでいく」と話された。 分散会で一緒になった箕輪町の委員さん。どこかで会った人のような気がして・・・思い出した!新卒で赴任した箕輪町、職場の同僚から誘われて箕輪混声合唱団に入っていたことがあって、その時合唱団にいた人だということがわかったた。たったの2年しかいなかったので活動していた時期は短いけど懐かしい思い出である。
2005年07月20日
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裏山でつくつくほうしの声が聞こえ昼間はじーじーとアブラゼミの声が・・夜は静寂の中に虫の声が・・。鳥や虫たちは季節の移り変わりを敏感に感じて私に教えてくれている。いよいよ梅雨明けでしょうか。今日はとても暑くてうんざり。 暑い中、若い人と9条の署名を集めたり訪問活動。もう80になるおじいさん“9条だけは変えてはいけない。今の政治家を見ていると、9条を変えれば何をするかわからない”という。“俺は政治は嫌いだ”といいながら、長いこと生きてきた経験の中から敏感に何が大切か感じ取って教えてくれている。
2005年07月18日
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茅野市が50億円をかけてつくった“市民館”の竣工式があった。本格的なオープンは10月だが、併設の図書室とレストランは営業をはじめる。午後は市内の多くの文化団体が発表を行った。 市民館は市にとっても初めての指定管理者制度による“地域文化創造。”という市が出資し、市長が社長となった会社が管理運営していくことになる。 そこだけが茅野のようでなく都会に来たようなユニークな建物。ちまたの声はというと、あう人あう人心配の声ばかり。 午後は伊藤千代子生誕100年の記念行事として作家の沢地久枝さんの講演会。諏訪文化センターいっぱいで座席に座りきらない人がでるほどの盛況ぶりであった。
2005年07月17日
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毎年恒例の平和行進。12日上原頼岳寺前で諏訪市より引き継ぎ、一日目は駅前を通って市役所まで。2日目は、運動公園の原爆の火の前を出発、市役所で市職員の出迎えを受け玉川穴山まで。 この頃は運動不足で大丈夫かと心配したのだけれど去年より楽にあるくことができ、しかも筋肉痛にもならなかった。年を取ると次の日ではなく後になって出てくるというけど今日になっても筋肉痛はなく意外と平気。運動したせいかいつも頭がぼやっとしているのに気分爽快。 通し行進者の清水梅夫さんは、一人親方や中小の建設労働者がつくっている東京土建の組合員。5月7日に北海道礼文島を出発、青森で太平洋コースの人と分かれ、日本海コースを歩き、新潟から長野県に入った。長野県では群馬に引き継ぐコースと山梨県に引き継ぐコースに分かれて東京上野寛永寺に7月27日つく予定である。毎日歩いて大変だと思うけど、とともお元気。憲法を変える動きが急な今年は特別な思いがある。頑張ってみんなの思いを届けて欲しい。 玉川穴山郵便局前で原村と引き継ぎ
2005年07月14日
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(続き) 午後の全体集会は、東部高校の生徒さんの太鼓でオープン。記念講演は経済紙、週刊文春記者を経て独立したフリージャーナリストの斉藤貴男さんの「子どもたちの豊かな未来のために」と題したお話。自身の記者時代の様々な取材の中で、今の政治、経済、教育をどのように変えようとしているのかその裏を知ることになり、記者を辞めてフリーに。 あらゆる分野でマスコミも動員して巧妙に、国際化の名の下にアメリカを手本の改革と日本独特の戦前回帰が進められている。 戦後教育がどのように変えられてきたのか、教育分野までも新自由主義的な改革(規制緩和、市場化、競争主義)が進んでいて、本当にそれが子どもたちに豊かな未来を保障するものになるのか。様々な自分の取材体験を織り交ぜながら話して下さった。論理的で胸におちる話で、つい本を3冊買い求めてサインをしてもらった。ちょっとミーハーかな。のほほんとしていれば、また暗黒の世界に逆戻りしそう。敏感でなければ、勉強しなければと思った大会でした。
2005年07月12日
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県の母親大会が東御市で行われた。勤めているときから毎年殆ど欠かさず出ている集会である。 午前は今年は海野宿と北御牧にある芸術村を見る見学分科会に参加。海野宿は高齢のボランテア案内人の方が詳しく説明してくれた。以前上田に4年間すんでいて、来たことがあったけれど、その時には今のようには整備されていなかった。家並みも整備されており、私たちの後から観光バスが何台も来て結構にぎやかであった。 芸術村は温泉施設、美術館、各種体験施設、などが整備されている、浅間山など周辺の山々が見渡せる旧北御牧村の台地につくられたものである。 ちょうど梅野美術館では水上勉さんの竹の紙に描いた絵と文が展示されていた。水上さんは心筋梗塞を患い、夏の住居としていた軽井沢からこの北御牧に居を移した。勘六山というこんもりした山に居を構え、地域の人々やそこに住む芸術家達と交流しながら竹の紙を漉きそこに絵を描いた。ちょうどいいときに行くことができラッキーだった。 美術館では海の幸で有名な青木繁、華々しくデビューしたもののその後あまり評価されていない管野啓介という画家の絵が飾られていた。 私はその管野啓介という画家の絵に感ずるものがあった。海の絵が何枚も飾られていたが、ただ様々な青や白や灰色の色が画面に横に塗られているだけであった。でもその色合いでこれは荒れている海なのか晴れた日の海なのか、それを描いた人のその時の心が表されているようであった。 (続きは後で)
2005年07月11日
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道路の端に交通事故にあった猫の死骸が・・・・。その次に通ったときにはもうぺしゃんこに・・。我が物顔の人間の営みで命が失われた。 イギリスのロンドンでの爆破事件、何の罪もない人々が万万が一の偶然で命を落とした。この頃はあまり報道されないが、イラクでも毎日たくさんの命が失われている。貧困、差別・・事件の裏に世界中でますます広がる格差があると。どうしてこのようなことが・・心が晴れない。しかし、こんなとき世界をどう見るか・・立ち返ってみるものがあることは幸せだ。
2005年07月08日
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7月3日「茅野市9条の会」結成のつどいが約120名の参加者で行われた。様々な行事が重なっていてどれくらいの人が集まってくれるのか心配だったが、会場いっぱいの人の参加で・・・本当によかった。 安川誠さんの歌も竹村さんの詩の朗読もすばらしく、また辰野高校の宮下先生はたくさんの資料を基に熱っぽくすごい迫力で話された。 世論調査では憲法を変えた方がよいという意見が変えないを上回っていると出ているが、よく分析してみるとプライバシー権、環境権などあたらしい権利をいれるべきではないかという意見が多く、9条や集団的自衛権については変えないと言う意見の方が多い。 プライバシー権や環境権は法律をつくれば今すぐにでも実現することであって、それをしないでわざわざ憲法を変えるための世論誘導に使っているというのである。国会で多数を占めている政権与党がやろうとすればすぐにでもできること。それが大きなポイントであると話された。 今日も、ある人から戦争はしてはいけないと思うけど、北朝鮮が攻めてきたらどうするのと言われた。毎日毎日朝から晩まで北朝鮮について報道されている。テレビだけを見ていればそう思うのも無理からぬことだ。だから軍隊をもって守らなければならないと思ってしまう。そう思わせるのがねらいなんだけど。 食べるものにも苦労している国が、世界2、3位の軍事力を持つ日本に攻めてくるなどとどうして考えるのだろう。 宮下先生は“北東アジアの国が日本を攻めてくるという可能性は低下している”という政府が出している“防衛白書”を紹介して下さった。“窮鼠猫をかむ”ような事態に追い込まない外交を行うべき。ことさらに北朝鮮や中国の脅威を国民に植え付け、だから憲法改正が必要という世論を作り出そうとしている。 憲法を変えて自衛隊を軍隊にして、日本が戦争をするすれば、アメリカが“ならず者国家”と決めつけた国を先制攻撃するときに、集団的自衛権が発動され自衛隊がアメリカ軍といっしょに世界の果てまでも出かけていって戦争をすることしか考えられない。サマワが非戦闘地域で人道支援だなどといっておられないのである。 また憲法改正はそのことだけでなく、今東京都でおこっている男女平等教育や性教育への攻撃のように、基本的人権の侵害、愛国心の強制など教育基本法の改正と一体のものとして仕掛けられていることだと話された。広い視野をもって一つ一つの動きを関連づけて見ていくことが大切と教えられた。申し合わせ事項、役員、アッピール、今後の活動について承認され、よびかけ人を代表して戦争体験者でもある牧師の佐藤さんが“今を生きる私たちが遺言として次世代に憲法9条を残していきたい”と決意を語られた。 来年にも国民投票法案を国会に提出するといわれているが、これがまた問題。憲法を変えるには、国会の3分の2、国民投票で過半数の賛成がないと変えることはできない。 その過半数が問題!有権者の過半数か、投票数の過半数か、有効投票の過半数か、全然違ってしまう。政府は一番ハードルが低い有効投票の過半数を考えているようだが、試算すると4分の一の賛成で憲法が変えられてしまうのである。 本番はこれから。長い長い取り組みになりそう。
2005年07月05日
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7月3日、「茅野市9条の会」結成会が行われる。大江健三郎さん、井上ひさしさん等9人が全国に呼びかけた「9条の会」。燎原の火のように広がってきている。茅野市でも9条の会をつくり、平和をまもっていきたいと、幅広い方達の賛同を得て3日に結成のつどいを開く。フォークシンガー安川誠さんに歌とコカリナ演奏をお願いしている。「私の子どもたちへ」などの歌を歌った笠木透さんのグループにいらした方で、今原村在住。コカリナの制作もしている。戦後、あたらしい憲法について受けた授業を歌った「あの日の授業」を歌って下さる。私は4月29日に長野で行われた集会で初めて聞いたが、3番の歌詞に泣けてしまった。 あの日の先生は 涙ぐんでいた 教え子を戦場に送ってしまった 自らを責めておられたのだろう 今頃わかったあの日の授業憲法については、宮下与兵衛先生がお話しして下さる。「戦争は二度といや、平和な未来を」ということは多くの人々の共通の思いでもある。しかし、9条の2項についてはいろんな考えもある。宮下先生のお話はそんな疑問にも答え、きっとこれからの確信になるだろうと期待している。
2005年07月01日
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