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あるお宅で子どものアトピーのことについての話になりました。保育園の時には給食を食べないで帰ってくることも出来るが、学校に上がればそういうわけにもいかない。幸い茅野市では自校給食なのでアトピーの子のために除去食も作ってくれているとのことです。ありがたいことです。 しかし、一人でも別の食事を作るとなるとそれなりに手がかかる訳なので人的配置についても考慮していく必要があると思います。 そのためになにがなんでも増やすということではなく、それくらいのことが気持ちよくやってあげられる余裕が職場にあるということが大切なんでしょう。ぎりぎりの人数で仕事に追われていれば「つい、余計なこと」思ってしまいがちだからです。 長野県内各地をまわってきましたが、給食が美味しかったのは、自校給食の長野養護学校と稲荷山養護学校、それに、諏訪郡内の学校でした。 上田市は給食センターでした。栄養士さんや調理員のみなさんは美味しい給食を作りたいと頑張って調理しているにもかかわらず、いつも何かぐちゃぐちゃと煮込んだようなものが出ていたし、冷凍物が多かったような気がします。冷凍のオムレツは今でも思い出すことができます。大人数の給食をつくる、しかも運搬に時間がかかるという点で限界があるのですね。 諏訪地方の給食が美味しいのは自校給食が守られているからです。子どもの食の大切さや、食の安全性から地産地消ということが注目されてきています。学校給食に地元の農産物をといっても、何千食も作っているセンターでは出来ません。自校給食だからこそ出来ることです。 長野市では給食センターを民営化するとの市長の方針だと聞きました。行政のサービスは人によるサービスです。行革というとたいていの場合直接市民と接しているところ、出先機関から民営化や合理化が始まります。行政は何をこそ大切にしなければいけないのか少しでも利益を上げることが目的の企業とは違うのです。給食を子ども達が美味しくいただくためにも、子どもの立場に立った給食作りが出来る環境を行政が作っていかなければいけないと思います。みんなで力を合わせて取り組みたいですね。
2003年01月30日
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今日は特別に寒い日でした。真冬日で気温は上がらず、一日中強い風が吹き雪を舞いあげました。こんなに寒い日は茅野でも珍しい。茅野市に移り住んだ友人は寒さにびっくりして「逃げだそうかな」などと言っていました。 そんなことを言わないで・・・寒い冬の後に、少しづつ春が近づいてくるのが感じられると嬉しくなるのですよ。宮本百合子の心境です。もうじき立春。日差しも強くなっているのがわかります。家の前の木蓮の芽がふくらんでいるのがわかります。 私は長野の生まれですが、北信の冬はどんよりと曇っていることが多いのです。茅野の冬は気温は低いけど晴れている日が多く、澄んだ空気のきりっとしたところが私は好きです。4年前の選挙の最中に亡くなった母が、私のことを歌にしました。 茅野の空はいつも晴れおりといふ 娘(こ)はすでに茅野の人なり3月1日が母の命日です。
2003年01月29日
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諏訪地方の任意合併協議会が下諏訪町民ホールで行われ、いよいよ中身の討議を行う段階に来ているのではと、午後から傍聴に行きました。 事務局から膨大な資料が示され、調整したものが提案されます。調整が難航していることは、「また調整した後提案します。」と後回しにされていました。 たとえば新市の庁舎の所在地について、「新しいものはつくらないで分庁方式で」「合併特例債が使えるうちに庁舎をつくったら。」「富士見から下諏訪まで高速を使って1時間間かかったことを考えればほぼ真ん中にする方がよい」などいろいろな意見が出ていましたが、「任意合併協というのはいわばお見合いのようなもので、お互いが知り合う前に、新居をどこにしようか相談するようなもの。その論議は白紙に戻したら」という意見にほんとにそうだと思いました。それに対して「諏訪青年会議所が合併したときも最初に事務所の場所と名前を決めてそれでよかった」と、同じ目的を持った団体が一緒になるのと、地方自治体が一緒になるのを同じにとらえている発言に、これくらいの認識なの?それぞれの市町村がどんなまちづくりをしていくのかめざす方向が一致しないうちに検討に入ってるような気がしました。庁舎の位置の論議の前に下諏訪の元町会議員の女性が、それぞれの市町村長の考えを聞いたのに、かみ合った答えが返ってこないまま途中で終わりにしてしまったのは残念でした。岡谷から傍聴に来ていた女性も大変不満なようで、「こんな風にどんどん進んでいくのは許せない。」と憤慨していました。そのうちの一人の親戚が大宮に住んでいて、「さいたま市になったがちっともよくない。合併したら元に戻れないのだから慎重に決めるべきだ。」といっているとも話してくれました。12月の茅野市議会の合併問題特別委員会で、是非、任意合併協議会で、バスでも仕立て、国道20号を走り、富士見の信濃境の山梨県境から八ヶ岳山麓を走り茅野から諏訪有賀峠、塩嶺、岡谷の川岸までまわってみて欲しいと提案しました。高速道路のインターが3つもある広い地域なのですから、机上だけで考えるのではなく1回諏訪地方を回ってみたらどうでしょうか。周辺に住むことになる人達の気持ちも実感できるでしょうから。
2003年01月28日
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朝、雪が舞っていたと思ったらそのうちに土砂降りの雨。先日降った雪の上に雨が降り、雪が水分を含んで、車の運転しにくいことこの上ない。ハンドルを取られることもしばしば・・・気をつけなければ。けれど、歩行者は雪で歩きにくいし、車が通るたびに水はかけられるし、なお大変。バス停で待っている人も大変だ。 先日我が家の近くのバス停を通りかかったら、3人のお年寄りがバスを待っていた。バス停のための敷地はなく、置いてあるベンチも、道路ぎりぎりに設置されている。そのベンチには雪が積もっていて、リュックをしょったお年寄りが寒そうに立っていた。 ちょうど車の中に雪かきがあったので車を止め、ベンチの雪は下ろしたが、とても座れるものではない。この雨の中バスを利用する人は、車の通るたびに水がかかり大変だったろうと思う。車に乗っている人はあまり気がつかないことではあるが、車から降りてみて歩行者の視点で考えることができた。
2003年01月27日
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地区の老人クラブ新年会に参加しました。ずっとご招待を受けて参加させてもらっています。本当に嬉しい限りです。 雪がとけ始めて、足下の悪い中どれくらいの方が来るか心配しましたが、30人くらいの参加者でした。 圧倒的に女性の参加者が多く、男性はたったの2名でした。いろんなところで行われる集会などどこでも女性の参加が目立ち、男性の参加が少ないのが現状です。どうしてなのでしょうね。 バスのこと医療や福祉についてあいさつをさせて頂きました。ごちそうをいただき歌など歌ってからお開きとなりました。思うのはみんなでおしゃべりしたりご馳走をいただく会があって、またみんなで歌を歌う会があって、ちょっとした体操や健康についてのお話を聞いたり、長い人生の話を聞きあったりすることがあっても良いのではと思います。議員団で「2003年度の予算施策に対する要望」を市に提出しましたが、その中にいろんなメニューの高齢者向きの出前講座をつくって地区の要請に応じて出かけていく。地区の会合がよりバラエテイに富んだものになるのではと思いますが、高齢者クラブの参加者がどんなことを思っているのかもきいてみたい。今日は大相撲は千秋楽。朝青龍が最終日も勝って優勝しました。昨日で優勝が決まり、とり組み後土俵下の朝青龍はずっと目を閉じたままでした。どうしたのかと思ってみているとそのうちに手ぬぐいで涙を拭いている姿が映し出されました。嬉しかったのでしょう。こちらももらい泣きしてしまいました。一生懸命な姿は人に感動を与えるものですね。朝青龍のファンになってしまいました。先日の日記に八鹿高校事件のことについて書きました。部落解放同盟が知事に抗議したことについては、同じ楽天の石坂千穂県議のホームページを見るとよくわかるので開いてみて下さい。
2003年01月26日
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肺気腫で在宅酸素を吸っている方からお話を伺いました。 昨年10月か高齢者の医療費が定額制から一割負担になりました。ある人は「医療費が上がったというけれど、そんなに感じない。安くなったような気がする。」といわれました。軽い病気や定期的に通っている通院などは一部安くなっているところもあるようですが、重い病気や検査などがはいってくる場合はかなりの負担増になってきます。 家においていた在宅酸素のボンベは置くことが出来なくなり、今までは850円×4(3400円)が上限だったのに、今は8400円になり7万ぐらいの年金生活では本当に大変と話してくれました。先日、赤旗新聞に医師会、歯科医師会、薬剤師会のそれぞれの会長さんが、医療改悪反対を訴えるために街に出て街頭でチラシを配布し、市民に訴えた記事が載っていました。今の政治に対しての批判がいろんな層に広がってきていることを感じます。他の新聞やテレビのニュースでもそのことは報道されていなかったと思います。国民にとって大事なことがないがしろにされる。マスコミのあり方に疑問を感じます。
2003年01月25日
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県の財政見直しの同和予算の削減廃止に部落解放同盟が抗議したという記事が載っていた。 30年近く前、長野県教組の青年部の役員をしているとき八鹿高校事件がおきその集会に参加したことがあった。 その事件とは、兵庫県の八鹿高校の教育が気に入らないということで部落解放同盟が糾弾集会を開き、集団で教師に暴行を働き怪我をさせるという事件だ。 警察は見ているだけで何もせず、それに抗議した生徒達は泣きながら河原に集まり抗議集会を開いたというものだ。その後、暴行を受けた橋本という先生が、回復し町長なったということも聞いた。 同和対策の集結に大賛成だ。もうすでに14年3月31日で地対法が切れているにもかかわらず今までの利権にありつこうとするのは許せない。学校教育の中でも是非見直しをしてもらいたいものだ。それに対応した田中知事の「未だ差別がなくならないのは運動の仕方に問題があったのではないか」という言葉に納得した。圧力にめげず頑張って欲しい。
2003年01月24日
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4月の選挙のリーフが出来ました。トップページの絵手紙「ピラカンサ」、あいさつと政策をのせました。なかなか良いなと自分で自己満足しています。ページに載せることが出来るといいのですが。とりあえず挨拶文を紹介します ごあいさつ 伊藤まち子 みなさんのご支援に支えられながら、この四年間、市会議員として一生懸命努めて参りました。 福祉バスを茅野市に走らせようと署名を集め、初めての一般質問で取り上げ実現できたこと。霧ヶ峰産業廃棄物処理場問題の解決を求めて、「考える会」のみなさんとの見学会や学習会の実施・保健所への交渉をし、営業が停止になったこと。乳幼児医療費無料の年齢引き上げのためにお母さん方と保育園前で署名を行い、一才引き上げられたこと。すべての小中学校の図書館に司書が配置されたこと。蓼科ダムの中止など、市民のみなさんと一緒に運動を進めてきました。要望実現のお手伝いができたことは私の大きな喜びです。 今、大変な不況の中で、くらしの根幹が脅かされています。福祉・医療の後退、子ども達の心にも暗い影を落としています。こんな時こそ一番身近な市政が「住民の健康・安全・福祉を守る」本来の役割を担っていくことが大切であると思います。 昨年の知事選で、私たちは一人一人の力で政治を変えられることを実感しました。 住民参加を地域の隅々にまで広げ、 草の根の力で政治をよくしていくためにみなさんと一緒に頑張ります。 また現在、日本そして世界の平和にとって危機的な事態が進んでいます。 若者や子ども達が将来に夢や希望のもてる、戦争のない平和な社会をめざして 精一杯頑張ります。ご支援よろしくお願いいたします。 今日は雪かきでくたくた・・お休みなさい
2003年01月23日
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茅野市宮川中河原の古い民家を改造した宅老所「なごみの家」を訪ねました。茅野市に寄付されていた土地と建物を、市が資金を出して改装し、NPOとして運営しているところです。(県の宅老所開設にあたっての補助金もいただいての改装です。) 外から見るとは大違い、中はきれいに改造してあって快適な空間になっていました。トイレや風呂も広くつくられていました。 パソコンやソファなどの備品を寄付して下さる方があったり、シーツも閉鎖した寮からいただいたり、また今年は近くのガソリンスタンドの方が灯油を寄付して下さったり、たくさんの人のおかげで運営が出来ていると所長さんがお話ししてくれました。うそ寒くなるような事件の多い昨今だけど、世の中捨てたもんではないですね。 短い時間での訪問でしたが、六人くらいのお年寄りが、話をしたり、お昼寝をしていました。ここに来るようになってから精神的に落ち着いてきて方もいるようです。 対象にはなっていないけれど近所のお年寄りも訪れ、ボランテアとして参加したりして、生き甲斐と憩いの空間になっているようです。 これからこのような施設がますます必要になってくると思いました。ある方からメールに空き家となっている民家を使って「お年寄りと子どもが歩いていけるところにミニほっとルームを」を選挙の公約に掲げませんか、という提案がありました。自分の地域を考えると公民館かなと思ったりしますが、我が地域は・・どうでしょうか。 提案のアドレス http://www1.occn.ne.jp/~mourrima/ 時間が余りなくてせっかく入れてもらったコーヒーもいただかないで帰ってきてしまい申し訳なかったと後で反省しました。 また寄らせてもらいたいと思います。
2003年01月22日
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毎月第3火曜日に行われている市主催の「男女共同参画勉強会」久しぶりに参加しました。 参加者は少なかったけれど、その分自分の思っていることをたくさん話せて有意義な会となりました。 一昨年3月議会で男女共同参画条例が出来ましたが、計画は子そだて支援計画(どんぐりプラン)の作成との関連もあり、そちらが大筋でできあがってからということで、今3月議会に計画を出そうと追い込みにかかっているようです。その計画推進にあたってはじめに地域での女性参画の実態を調査することからはじめたいと考えているようです。 参加者の地域ではどうなっているか、それぞれが地域の様子を出し合いました。「今は違うが、数年前までは区長は独身では出来ないとされていた。懇親会などの時に奥さんが準備や後かたづけをするため。」「世帯主でないと役員になれないところがあるときいたが・・・」「公民館の掃除は役員と奥さんで」「公民館の管理人の人が掃除をしてくれていて区の役員がやることはない。」等々ずいぶんと違うものだとびっくりしました。。 千葉県の堂本知事の出した条例に自民党の県議が成立に待ったをかけている記事を読んだり、岡谷の県の施設「あいとぴあ」(男女共同参画センター)をNPOにするというはなしもあると聞き、、逆風も吹いていることに危惧を抱きました。大寒をすぎて、ずいぶんと日差しが強くなったような気がします。2日連続で雪が降りましたが、昼間の日差しの暖かさですぐに道路の雪が消えました。けれど夜になりまた冷え込んでいます。勉強会の帰り、空に大きなお月様がぽっかりと浮かんでいました。
2003年01月21日
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今日は15年度の区の総会が午後からありました。3月で市議4年の任期が終わりますが、地区の人のかけてくれる温かい言葉が本当に嬉しかった。これからも市民の目線で活動していかなければいけないとあらためて思いました。区会では「お礼とこれからもよろしく」とあいさつ。懇親会で「頑張れ」と励ましてくれる人がたくさんいて嬉しくて、ちょっと飲み過ぎてしまったかな。たくさんいただきました。 大勢の人とお話ししましたが、中には「共産党という名前がよくない」という人もいて、日本共産党について「本当のすがたを知ってもらう努力をしなければいけない」と思いました。 共産党はみんなが幸せに生きられる社会をめざす。その実現のため頑張るということなのですから。それを抜かしたら今の私はないのです。 区長さんのあいさつの中で「初区長会で、市内の自治会長、会計の中に女性の姿が見られたことをあげ、だんだん時代は変わってきている」とお話しされました。私の初めての日記にも書きましたが同感です。差別はあらゆるところに残っていますが、性や家柄、思想信条、宗教によって差別されてはならないのです。良いお話でした。区長会に女性の区役員の姿が珍しくなくなるのはいつになるでしょうか。楽しみに気を長くして待ちたいと思います。
2003年01月19日
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東京から越してきたというお宅を訪問してお話を伺いました。蓼科に時々来ていて、茅野市の自然が気に入って移り住んで3年。自然はすばらしいが、地域の人間関係にとまどうことが多いと話してくれました。住むのに保証人をといわれびっくりし、6時からの雪かきに、地域の行事の参加に、財産区って?とわからないことばかり。諏訪郡内から越してきた他の地区の方は、入区金や区費が高いとびっくりし、区を抜けたいと相談されました。都会での生活をそのまま続けようとしてもだめだし、郷に入っては郷に従えと押しつけてもダメだと思うし、どうお互いが理解し合って気持ちよく暮らせる地域をつくっていくか本当に難しい問題です。最近、区にはいらないという人もいて、この問題は茅野市のまちづくりにとって大きな課題になってくると思います。じっくり考えてみたいと思います。みなさんはどう思われますか。ご意見があったら掲示板へ。今日はもう遅いので終わり。
2003年01月18日
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昨日までの寒さとはうってかわって今日は3月並みの気温とか。昼間の暖かいうちにと近所に議会報告を配りました。その中で嬉しい話がありました。「年をとればどこか悪くなるので医者通いをしているが、福祉バスがとてもありがたい。人に乗せていってもらうのもとても気兼ねなので、自分で行けるのがありがたい。お医者さんに言ってバスの走る日に予約を取っている」といってくれた人がいたのです。 4年前、各地で低料金の巡回バスや福祉バスなど交通手段のない人のためのバスが各地で自治体の施策として取り入れられてきていました。茅野市は広い面積を持ち、駅周辺を中心に扇状に八ヶ岳山麓に広がっており、また総合病院は駅から離れていて、交通手段のない人にとって病院に行くのは大変なことでした。「福祉バスを実現する会」のみなさんと一緒に署名にとり組みました。週一回ではありますが路線のないところにバスが走るようになったのです。その後全市に拡大されました。 週一でなくもっと増やして欲しいなどの声も聞かれます。たくさんの人が利用し市民の足として充実したバスになるように意見を聞かせて欲しいと思っています。
2003年01月17日
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北朝鮮の船が新潟港に入港したことが報道されていました。拉致問題に抗議している人、またそれに異議を唱える人、厳重な検査の様子などが映し出されていました。 その様子を見ながら、何かまた物言えぬ時代に逆戻りするような恐ろしさを感じました。在日朝鮮の方々への嫌がらせや暴力なども起こっているようです。 北朝鮮の人々がいけないのではないのです。その国の体制が問題なのだと思います。その体制とは個人崇拝の全体主義です。テレビに映し出される国民の姿は、自分で考えることをやめ、マインドコントロールされた姿です。個人崇拝のカルトや宗教のようです。 第2次世界大戦のときのヒットラーに支配されたドイツのようです。日本も天皇裕仁は現人神とされお国のために命を捧げることが美徳とされました。北朝鮮のことを世界や日本の歴史から見ることも大切ではないでしょうか。そして日本の国に民主主義を根付かせるようにさらに努力していかなければと思うのです。 教師をしながら父と母2人を介護している人と話をしました。食べることと排泄することが一人でできないことが本当に大変だと話してくれました。昼はお弁当を頼んでいるが若者向きの献立や冷え切ったご飯で残してあることも多いようです。ホームヘルパーを頼んで昼食を作ってもらうのもよいのではとお話ししました。「子ども叱るな来た道だ。年寄り笑うな行く道だ」という言葉をどこかで聞いたことがありますが、いつかは自分の問題と思っても現実はとても大変なのです。
2003年01月16日
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13日は茅野市の成人式でした。 成人式の会場は着物姿で華やかな雰囲気。新成人の式での騒ぎぶりがマスコミでも報道されますが、後ろの席の数人の男性が気になったけれど、全体としては私語も少なかったように思いました。式の後、駐車場でお酒の瓶を割ってしまうということもありましたが・・・。毎年、新日本婦人の会茅野支部と原水協では核兵器廃絶のアピール署名を行っています。「成人の記念に署名を!」と、ジョンレノンのイマジンの歌詞が書かれたチラシを配り署名を呼びかけました。 久しぶりにあった友達との話屋写真を撮るのに夢中のようでしたが、それでも約150筆の署名が集まりました。 アメリカのイラク攻撃、北朝鮮の核問題など世界の平和にとって危機的な状況が進んでいるとき、ことさらに意義があります。毎年続けていきたいとり組みです。若者が夢と希望をもてるようにしていかなければならないと強く思った一日でした。
2003年01月14日
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茅野市議会議員に当選させていただいてから3年と10ヶ月がすぎようとしています。後約2ヶ月で任期が終わります。本当にすぎてしまえば早いものだと思います。まだまだやりたいことがいっぱいある・・・・・去年の12月27日、2期目に挑戦することを発表しました。頑張りたいと思います。そして、この日記でみなさんに自分の思いを発信していきたいと思います。よろしくお願いします。 今日は茅野市の出初め式が市役所通りで行われました。各地区の消防隊のみなさん、消防車オートバイの、ラッパ隊、姉妹都市の伊勢原市の消防のみなさんも行進に参加されて、規律正しくかつ盛大に行われました。日頃のこのような訓練の積み重ねでいざというときに力が発揮できるのでしょう。市民の安全安心のための究極のボランテイアなのかもと思った次第。(行進の最後には少年消防隊のかわいいほほえましい行進もありました。) 宮川消防団には数名の女性団員が見られました。いろんなところへの女性の参画も少しづつ進んで来ていることを感じました。 そういえば、6日の初区長会、男、男、男ばかりの会場に女性の姿が数人みられ、なんだか嬉しくなってお酌に行きました。「やる人がいないもんで」といっていましたがなかなか堂々としていました。前回4年前の市議選のときに、金沢地区の区議会に女性が入ったと話題になったことを思い出しましたまた、議会に女性議員をということで、茅野市で初めての女性市議、先輩の手塚きぬ子さんの後を継いでみなさんのおかげで市議にさせて頂きました。そのときに女性が3人当選し、その後農業委員に2名の女性がはいりました。やはり時代は変化発展しているのです。目の前の忙しさに追われていると見えなくなるものがある。長いスパンで見ることの大切さを感じました。がんばるぞ。
2003年01月12日
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