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我がラパン最後の日は、呆気ないものだった。その日は鹿児島市内から少々足を延ばして知覧へ。卵屋「RANKO」にてドーナツを買い、特攻平和会館で英霊をお参りして、お昼は英国館で紅茶三昧のゲミュートリッヒな時間を過ごさせていただく。天候は曇り空だが、強烈な日射が地面を照らす。園内に古めかしいロンドンバスが置かれていて、こんな大きな車体を英国本土から持って来たのだから驚く。車体は貨物船で運ばれたのだろうが、こんな山の上までどうやって持って来たのか?館内で紅茶でもいただく。器が素晴らしいです。アップルティーの香りも、この器があってこそ。鹿児島県人は、薩英戦争であれだけ滅茶苦茶ヤラレたのに、やたらと大英帝国を持ち上げるのが面白い。太平洋戦争にも負けた事なんか、意識する人もいないんだろう。事故にならなかっただけで良しとするか・・山を降りて、谷山まで戻って来たところでオートマチックのトランスミッションに異変を感じた。1速から切り替わらないのだ!ウィーン!という妙な音までして、このままオートバックスに持って行こうかと思ったが、それどころかお店まで行くのも難しそうだ。谷山港で停車して、保険会社に電話する。最寄りのレッカー車に来てもらった。こんな場面でも、背後に煙を吐く桜島が見えるんだなぁ(笑)。我々は、市電の谷山電停から電車に乗って、レッカー車を追いかけることに。ちなみに、谷山電停は、日本で最も南にある路面電車の電停となっている。記念に一枚・・・こんなことやってる場合じゃ無いのだが、そこが鉄ヲタとしての本能だ。なぜ市電の車体に「大垣市云々・・」と書かれているかというと、江戸時代に幕命により薩摩藩が行った木曽三川の治水工事から始まるご縁だそうで。トランスミッションの故障なら厄介だ。ちょっと直す、という次元で無いことは分かっている。全部交換で数十万円、そういう話になるなら廃車にしよう!と思った。そしてオートバックスの担当者に聞いたら、やはり同じような話であった。ここで決断しなければならない。そもそも、クルマって必要? 拙者が住んでいるのは、天文館にほど近い鹿児島市中心部。タイヨーも山形屋も歩いて行ける。中央駅も与次郎のニシムタも、徒歩30分近くかかるが、元相模原市民としての感覚では、全然歩いて行ける。遠出したい時は、レンタカーを使えばいい。鹿児島生活は、仕事の関係で何時か終わる日が来る。それまで、何とかしのげばいいのだ。 結論は廃車だった。手続きは簡単で、書類にハンコだけついて終わり。呆気ない結末だった。わざわざ東京から陸送までした訳は、独特のオーラを感じる車体で、何となく愛着があったからね。残念ながら、当ホームページのラパンのコーナーは、これにて終了であります。↑のサイトはこちらから・・
2020.06.28
江戸詰め生活の時代、市中のあちこちに「スタバ」があったが、大抵は雑居ビルの一階にあるような店で、混んでるし狭いし、とても入る気にならんかった。ところが、鹿児島の仙厳園近くにある「スタバ」は、同じ会社の店とは思えない豪華な作りなのだ。前から気になっていたので、クルマで通ったついでに寄ってみた。我がラパンの後ろにクラシックな洋館があるが、これが「スタバ」なのである。「旧芹ケ野島津家金山工業事業所」だそうで、こんな博物館級の建物をあっさり「スタバ」に替えてしまうのもどうかと思ったが、大資本が歴史的建造物に投資してくれるなら悪い話でもない。ここでドーナツとフラペチーノをいただく。店内はゆったりで、正にゲミュートリッヒな時間を過ごさせていただいた。スタバの近くに、薩摩切子の展示会場があって、目が飛び出る程の高額なガラス工芸品がずらずらっと並べてある。島津斉彬の偉業が、こうして脈々と受け継がれているのも理解出来たが、拙者が落としたお金は、結局のところスタバに流れて行ったとは何とも悲しい。まあ、あの洋館を保存する費用の一助になれば良いのだが。(→他の写真はこちらでも)鹿児島生活で注意すべきなのは、雨だけでなく桜島の灰も降るということ。晴れてても、灰が降ったらこのとおり(助手席の嫁さん撮影)。クルマのスピードでは、視界は無いに等しい訳である。そしてラパンは見事に灰色ウサギになってしまう訳だが、桜島の灰なんて無害で綺麗なもんです。ドーナツと言えばここでも・・さて、鹿児島市内から少し足を延ばして知覧方面へ。峠を登り切って少し走った所に「RANKO」という店がある。外観が何ともかわいらしい。卵屋さんだから「RANKO」だと思ってたら、店長さんが蘭子さんだそうで・・・。もちろん、お目当ては自家製卵を使ったドーナツです。さて、この後我がラパンに思いもかけぬ運命が待ち受けていたとは・・・続きは記事を編集する暇が出来た時に。この通り、リアルタイム度ゼロな、室町時代並みの遅さで運営しております。↑のサイトはこちらから・・
2020.06.21
鹿児島市に住んで九ヶ月、街のあちこちに西郷さんの影を感じることは出来るが、太平洋戦争の傷跡を感じることは不可能だ。鹿児島空襲で三千人の死者を出したのは事実だが、西南戦争では、もっと大勢の命が奪われた。先の戦争とは、西南の役である!これが鹿児島市内の「雰囲気」だ。鹿児島市内に城下町の風情は消えているが、それは空襲以前に、西南の役や薩英戦争で壊されてしまっている訳である。明治維新のインパクトが如何に大きかったかが分かる。 しかしながら、鹿児島県内は太平洋戦争の最前線であった。鹿児島空襲は前哨戦に過ぎず、連合軍は南九州への上陸作戦を決行する予定であった。8月15日を過ぎてもなお戦争を続けていたならば、水平線の向こうから史上空前の上陸船団が姿を現したのである。そして九州全域に毒劇物がばら撒かれ、文字通り草木も生えない地獄が待っていた。本土決戦に備えて、県内の多くの箇所は要塞化され、厳戒態勢であったのは言うまでもない。今現在の、のんびりした鹿児島県内の雰囲気からは想像も出来ないことだ。 ところが知覧へ行くと、やはり特攻平和会館がある性か、太平洋戦争の爪痕を感じることが出来る。というか、ここまで来ないと太平洋戦争を感じることは出来ない、という言い方も出来る。75年も経てば、記憶の風化は避けられない。 木立の中で翼を休める戦闘機は、映画の為に作られたレプリカ。点在する林の中に飛行機や兵舎が巧妙に隠されていた。米軍機も必死になって特攻基地を捜索していたのだ。 三角兵舎も復元されている。特攻隊員が、出撃までの日々を過ごした場所だ。特攻隊員に対して、地元の女学生が「なでしこ隊」を結成して奉仕活動を行った。こういう事になると、必ず起きるのが思いがけないトラブル。ある女学生が「私も連れてって!」と、彼氏の乗る戦闘機に乗り込もうとして大騒ぎになったとか。月光ソナタのピアノ 平和会館の出入口に、フッペル社のグランドピアノが飾ってある。京都嵐山にて、SLとベーゼンドルファーのグランドピアノが一緒に飾ってある光景が気に入っていたが、グランドピアノと零戦の残骸がセットで飾られる光景は、創造と破壊の恐ろしいコントラストを示している。 「月光の夏」という映画がある。鳥栖国民学校の音楽室で、音大出身の特攻隊員が知覧へ出発する前に「月光ソナタ」を弾いた、という言い伝えを映画にしたものだ。てっきり、その通りの話かと思ったら危なかった。史実は正しく理解しなければならない。鳥栖国民学校に来た士官は、パイロットではあったが、後で調べたら特攻隊員では無かったらしい。しかも、このピアノは鳥栖国民学校のピアノでは無く、実物は鳥栖にあるそうだ。おいおい、紛らわしいよ。 いつか、ここで月光ソナタを演奏する事もあるのだろうか。個人的に思ったのは、月光ソナタに特攻機は「似合わない」ということ。ベートーヴェンは、そんな事をイメージして作曲した訳では無いのだ。この空間に、音楽が介在する余地は見い出せない。下手にBGMなんかが流れると、間違った感情が増幅するような危険を感じる。それほど此処は、デリケートな場所なんだと思う。 さて、この辺はまだ特攻平和会館の入口に過ぎない。ここから先は撮影不可の聖なる場所である。英霊に最大限の敬意を払いつつ、じっくりと展示を見学するとしよう。
2020.06.19
中国人の習さん(仮名)から、食べきれない量のじゃがいもを頂いた。嫁さん経由のいただきものだから、詳しい経緯は分からないが、土まみれの、掘って来た直後のようなじゃがいもである。芽が出る前にさっさと使いたいので、出来るだけ大量消費出来る方法をいろいろ考えた。買い出しに「ニシムタ」まで歩いて行く途中、共月亭というあずまやがある。鹿児島市が長沙市(中共)と友好都市の関係になったことを記念して建てられたそうだ。「両市民が同じ月を眺め友好を深めよう」という意味らしい。先日、長沙市からマスク5万枚と医療用防護服500着が届いたそうだ。もうマスクは要らん気がするが、1月末に鹿児島市が5万枚の備蓄マスクを贈った(後で失敗したーと後悔した?)お返しらしい。まず第1回目、「ポテトグラタン&アイントプフ」これ、明らかに大量消費出来る。じゃがいもと玉ねぎを炒めて、市販のホワイトソースと合わせる。ペンネの残りも入れた。グツグツ煮えたら、グラタン皿に投入し、とろけるチーズを適当に乗せてオーブンで焼いたら出来上がり。なかなか一丁前の美味さである。アイントプフなんか、考えることは何もない料理だ。アイントプフ=鍋の中に投げ込む、の語源の通り、切ったじゃがいも、玉ねぎ、ソーセージを鍋にブチ込んで、多少コンソメで味を調えただけ。ドイツ軍野戦炊事車の定番料理といったところか。自宅カフェがプロイセン軍仕様だなんて、当のドイツ人でもやらなそうだが、この通り帝政ドイツ萌ぇ~な訳でございます。だからアイントプフは定番の定番。続いて第2回目!「じゃがいもピザ&アイントプフ」~思ったより大量消費出来なかった。じゃがいもピザとは、生地を薄く切ったジャガイモで作るのである。薄く切る訳だから、意外と消費量が少ない。作り方は、まずフライパンに薄く切ったじゃがいもを敷き詰めて焼く。後はピザソースを塗ってチーズを敷いて、ベーコンとかピーマンとか散らして、少々蒸し焼きにして出来上がり。じゃがいも同士が糊付けされてピザ生地みたいになるのが理想だけど、上手くくっついていなくて、お皿に移すことが出来ず、そのまま食べる。アイントプフは、残りもののベーコンが浮いてる状態が、如何にも大戦末期に物資が不足したドイツ軍といった感じ(いちいちそんなことを結びつけるんだから、全くもってヲタである)。鹿児島中央駅前にて久々に鹿児島中央駅前のイオンに行ったら、ソーセージが安く手に入った。第3回目は「ジャーマンポテト&アイントプフ&ピザトースト」~これは大量消費型である。ジャーマンポテトは、じゃがいもを電子レンジで少し柔らかくして、玉ねぎ、茹でたソーセージと共に油で炒めて、塩コショウにガーリックをまぶして出来上がり。ピザトーストは、余ったチーズとピザソースの有効利用。ということで、毎週日曜日はアイントプフを食べるハメに。まるで第三帝国時代の「Eintopfsonntag」みたいだ。これは、毎週日曜日はアイントプフで食費を抑えて、国家に募金しよう!というナチ党のプロパガンダのことである。相変わらずドイツヲタなネタは尽きない。続きはのコーナーでもどうぞ。
2020.06.14
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