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地震雷火事親父と怖いものの例えで昔から言われていたことばがあります。現代においては怖い父親は減っているかも知れません。にしても人それぞれ怖いものというのは差はあってもなにかしらあると思います。しかし一番怖いことは自分の自由意志の選択の積み重ねの結果神様から遠く離れ、断絶されてしまった状態だと思います。1テサロニケ2章16節に頑なな姿勢の結果神様の御怒りを引き起こすユダヤ人について書かれています。もちろん悔い改める時に赦しはあります。しかし悔い改めない姿勢を貫き通す時に、結果として永遠の滅びを選択してしまっている現実を知ることが出来たなら幸いでしょう。そのまま突き進むならば罪から来る報酬は死であると聖書にあるそのままの結果を刈り取ることになってしまいます。私たちは人生において多くの種を蒔きます。人にやさしくするという種を蒔けば素晴らしい人間関係という結果を時として刈り取ることになるでしょう。逆に人に辛く当たるという種を蒔けば孤独という結果を刈り取るかも知れません。私たちは神様を知ることで自分が正しい方向へ向かうためのナビゲーションを得ることが出来ます。しかし目的地にいくためにはまず現在地を知ることも大切です。それと同じように私たちは神様は知り、そして共に歩もうとする時に多くの変化を体験します。しかし逆に逆らって生きる歩みをしていくならそういったチャンスを自分から摘み取ってしまうことになります。神様を正しく畏れ、そして知り、共に生きていくことの喜びを体験していきましょう。
2012.06.25
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私たちの好きなことば、また好きな文字などは時としてその人の生き様そのものをよく表現していたり、なるほどと納得させられることもあります。しかし好きではあっても現実とはほど遠い希望であったり夢であったりすることもあります。私たちはどんな人であってもいろんなところから発せられることばによって成長し、人格が形成され、また習慣が生まれています。時としてはだれかのことばを素直に受け止め実践してきた歩み、またある時は傷ついたことばを反面教師としてそうならないようにがんばってきたかも知れません。どういう受け止め方、また過程を辿ったとしても自分の今を見る時に様々な人々や本などからのことばによって多くの影響を受けていることが分かります。このことばというキーワードを歴史の紐を解いていくならば聖書の創世記のはじめにたどり着きます。神様はことばを持ってこの天地を創造されたのです。そのことばによってアダムも創造され命を得ました。神様のことばには息=命があります。神様のことばを受けそして生かされていく時に私たちの人生はいのちに満ちあふれた意義のあるものとなります。人生の目的、価値を見失うことほど辛いものはありません。信仰の父アブラハムも多くの挫折や失敗をしながらも神様のことばを信じ、そのことばに従って生きていたからこそ多くの民の父となりました。主のことばを聞き、そして主のことばに生かされる者となりましょう!
2012.06.23
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人生には時として燃えさかる火のような試練が訪れます。人によってなにが困難かは違いますから他の人から見たら何でもないことででも、当事者としてはものすごく辛いと感じていることもあると思います。しかしその困難をどのように乗り越えるかによって私たちは世の光、地の塩と聖書にある「塩」としての要素を自分の中に蓄えることが出来ます。塩とは取りすぎると高血圧や心臓病、肝臓病を引き起こしますが、それが逆に不足し過ぎると昏睡状態になったりひどい場合は命を落とすこともあります。日本人の食事摂取基準で成年男性で10g成人女性で8gとされています。そして塩とは調味料として、保存料としての食品として使う場合融氷雪用としての役割、また文化によってはきよめのために用いたりします。つまり私たちが世の塩となっていこうとするときに、大切なことはその直面している物事を料理に例えるならばどの程度その塩気を加えていくかというさじ加減が大切なことが分かります。そして塩は塩としてあるべき姿を保つことが大切です。塩とは今の時代に生きている私たちにはその大切さが良く理解出来ないかも知れませんが古代ローマ帝国では兵士の給料として塩が支給されていました。ラテン語で塩はsalと書きますがここから英語のSalary、つまり給与ということばが生まれています。つまり世の塩となるということは世の存続のために必要不可欠な要素に自分自身がなっていることを信仰によって受け止める必要があります。、私たちの中に神様の愛のことば、とりなしの祈り、誠実な歩みによって塩気のある人生を力強く歩んでいきましょう!
2012.06.12
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教会は神様が創造されているものの中で特筆するに値する共同体です。聖書の中にはこの教会についていろいろな角度から記されている事柄があります。そして教会というものを把握していくうえで大きくふたつの側面を見ることが出来ます。ひとつは軍隊、もうひとつは家族です。テサロニケ人への手紙では特に家族的な教会としての面からアプローチされている記述が多くあります。この家族的教会というものを理解しようとする時に、まず家族というものを正しく聖書的に理解していく必要があります。家族とひとことで言っても国や文化、またその人が育った家庭環境において家族ということばの意味合いが違ってくるからです。Iテサロニケの2章を見ると親は子供を1.母がその子供を育てるように優しく振る舞い、2.その人を思う心からいのちまで喜んで与えたいとさえ思い3.自らの手で働き働きを進めたことが記されています。パウロの家族観とは優しく、愛に満ちあふれ、そして堅実であったことを伺い知ることが出来ます。私たちはそういった家庭、またそういった教会を祈りと努力によって建て上げていく必要があります。目標やモデルがなければその時その時で行き当たりばったりの歩みになってしまうでしょう。そして神様が教会に何を期待しておられるのかをしっかりと認識して祈り、備え、行動していくことが大切です。もちろん家族ですから疲れていたら休息することが出来る場所であり、また多くのことを身に付けることが出来る場所であるべきです。神様にある家族=教会として神様の愛によってつながりあっていきたいですね!
2012.06.04
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今日は増えてきたパソコン等のデバイスをさらに使いやすくするためにプリンタの入れ替えをしようと相談していたのを実行に移しました。感謝なことにキャノンの現行機種が備えられていてびっくりです。早速入れ替えようと思ったら前のプリンタ用のインクがまだ結構あるということで場所を無理矢理つくってPCデスクの上にプリンタを2台並べることにしました。前のプリンタのインクがなくなってきたら1台にする予定その時点でどこか必要な教会や個人の方おられたらキャノンのMP980差し上げます。(近くの方か取りに来られる方、遠方の方は着払い等相談で)ようやくデスクトップ、ノートPC、macノート、ipad、私のスマホの設定が終わりすべてのデバイスからワイヤレス印刷が出来るシステムが完成しました。感謝!特にアイパッドからのPDFにしている楽譜の印刷が簡単にできるようになったのはすばらしい。感動ものです。アイパッドでさくっと選曲して、それを印刷して奏楽者に回すことも出来ます。去年がんばってある程度の曲をコード別にPDF化してブック化していたのが更なる利便性をもたらしてくれそうです。今年はシステム面や古くなっている聖書ソフトの入れ替えをしていきたいと思っているのでまず1つ終わったかなって感じです(^_^)
2012.06.03
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