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今年は12月21日にマヤ歴で世界が終わるという騒ぎがあり、アメリカの一部では騒ぎを予防するため休校が相次いだり、中国では逮捕者が出たりするなど普段とは違う年末を迎えていました。日本を見ても衆議院総選挙で自民が政権を担うことになったりと変化がありましたが私たち個人にとっての一年はどういう一年だったでしょうか?うれしいことも悲しいこともあったと思います。でも私たちはまず生かされていることに感謝し、そして新しい一年に主にあって期待していくべきだと思います。自分の力には限界もあるでしょう。社会や政治に十分な期待ができるかと言えば難しいかもしれません。しかし神様は私たちの必要をご存じで、私たちの祈りに応えて下さるお方です。神様に期待していきましょう。そして従っていきましょう。祈りの応えというのは祈ってすぐということばかりではありません。旧約の預言者は何年、何十年、時には生涯を祈りのために捧げて祈りました。そしてその結果を私たちは聖書を通じて知ることができます。日本のことわざに「終わりよければすべてよし」ということばがあります。神様ははじめであり終わりである方。アルファでありオメガであるお方です。私たちの一年の歩みをオメガである方に向かって感謝し、祈り、思いめぐらしてみましょう。きっと多くの恵みの収穫があるはずです。主は私たちが気づかないような形でも様々な恵みを与え、私たちを支えて下さっています。一年の感謝を心から主に捧げましょう!
2012.12.31
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聖書の中に天使が登場する箇所は旧約新約共に数えるほどしかありません。聖書66巻に登場する天使はミカエル、ガブリエルの二人です。御使いの種類としてはケルビムも出てきますが外典、疑典とされる書物を除くとこのふたりとサタンが名前のある霊的存在として登場してきます。その数少ない天使が直接的に現れて神様からのことばを告げるという箇所は少なく特に受胎告知のあたりに集中しています。天使の存在自体は旧約聖書からも様々な箇所で書かれていますが明らかに対話出来るかたちで書かれている箇所は希です。それだけキリストの誕生を告げるということが聖書の核心に迫る出来事であり重要なことだったことを理解することが出来るでしょう。そのメッセージによってマリヤもヨセフも進むべき方向をしっかりと定め、信仰によって結婚し、みどりごイエスを育てるということを決めたのです。私たちは様々なことで思い悩み決断に苦しむこともあるでしょう。しかしそこに明確な神様からのことばやしるし、導きがあればどれほどの助けや支えになることでしょう。天使の訪問はマリヤとヨセフの人生の方向を定め、旧約と新約を分かつ歴史的な出来事を告げ知らせたのです。天使と聞くとみたこともないし信じられないという方も多いでしょう。しかし今年が西暦2012年でることは世界中どこにいっても通用する事実ですしみんな当たり前に思っていることです。この2012年の起源とはイエス・キリストの誕生です。この天使の訪問が起点となっていると言っても過言ではないと思います。神様が人間の歴史に救いの道を与えるために介入された素晴らしい記念となる出来事を基準として今の時代は動いているのです。私たちもその恵みを個人的に体験する者となりましょう
2012.12.17
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イエス・キリストの誕生までのことを聖書から読み解いていく時に、マリヤやヨセフ、またザカリヤやエリサベツといった人物達の心の動き、そして神様から与えられる様々なしるしと聖霊の助けがあります。ゼカリヤとエリサベツは夫婦でしたが高齢であり肉体的に子供を産むということを信じる事が困難でした。マリヤとヨセフはまだ結婚はしていなかったので、マリヤは神様によって身ごもることでヨセフや周囲にどのように思われるか、また扱われるかという問題に直面したことでしょう。当時未婚の状態で妊娠するということは現代とは比べものにならないくらい大問題だったからです。ヨセフもそのことによって疑心暗鬼にかられたことでしょう。そういった状況の中に神様から与えられる超自然的なしるしと不思議によって常識を超えたところに働かれる神様の御手がキリストの誕生、そしてその道を整えていく働きにあったことを覚えさせられます。マリヤが聖霊によって身ごもり、親戚のエリサベツを訪ねた時にエリサベツは聖霊に満たされ喜びと信仰の確信に満ちた預言の歌を語ります。それはまさに旧約と新約をつなぐ預言でした。預言とは成就した段階で完成します。この時すでにマリヤは懐妊しておりまさに旧約時代から続く預言の完成がありました。それを信仰によって受け止め体験していけることはどんなに幸せなことでしょうか。神様は今の時代においても聖書で語られてきた預言やビジョンを実現して下さる御方です。そしてなによりもイエス・キリストによる救いを今も変わらず信じる者に与えて下さる御方です。主の御業の完全さに信頼して喜びと平安と、そして自分達の人生において主がどんなビジョンを完成して下さるか期待しつつ歩んでいきましょう!
2012.12.10
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聖書を読んだことのある方、特に新約聖書を読んだことがある方は最初のページできっと挫折しそうになったと思います。マタイの福音書はアブラハムから始まるキリストの系図が延々と見慣れない名前が続きます。17節でアブラハムからダビデまでが14代ダビデからバビロン移住までが14代、バビロン移住からキリストまでが14代とあります。この系図はマタイの福音書とルカの福音書では若干違いがあります。特にダビデの次からが異なっていて疑問を持ったことがある人も多いのではないでしょうか?当時あった伝承やそれぞれが持ちうる資料をもとに書いたのでしょうが誤差があるのは戸惑いを与えるかも知れません。聖書は聖霊によって書かれているということを信じることが聖書信仰ですが一字一句を読んでいくとそういった誤差を発見することはあります。しかしそれぞれの系図でのキーとなる箇所は正確に一致しています。大いなる父として書かれているアブラハム、王ダビデ、神殿を再建したゾロバベルといったまず信仰の面、そして福音書が書かれた時代には珍しい女性を系図の中に明記するところ、またその背景にある罪や赦し、恵み、系図自体を見ると輝かしい側面と人間の弱さや罪といった側面を見いだします。そこに人間の弱さや愚かさとそれを超える神様の恵みを発見することが出来ます。日本においても血筋を重んじる文化がありますが血筋を誇るのではなく神様の恵みによって生かされみことばにあるように誇るものは主にあって誇ることが出来るように、自分の人生を神様と共に書き記していきましょう。闇は決して光に勝つことがないように主にあって明るく照らされて光のうちに歩みましょう。
2012.12.03
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