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まずこのサイトをみて欲しいhttp://bluebacks.kodansha.co.jp/infopage/brain.htmlこれはブルーバックスにある池谷祐二氏の脳科学の紹介のサイトです。この中の15ドットの人間をみてほしい人が歩いていると見えると思う。しかし、よくよく考えてみるとこれは光の点滅に過ぎないはずです。つまり、人間というものはただの光の点滅を人が居るように加工してみていると言う事です。つまり、あるがままに観ていないのが、人の姿ではないかと言う事なのです。さてではあるがままに観るためには、どうすれば良いのでしょうか?このように見えてしまうのは、脳が常に外界を加工して、それも自動的にそう見えるように認識してしまう。ある意味常にゆがんでみているとも言えるわけです。この作業は、一瞬に自動的に行われるようにプログラム化されているので、これから離れるのは非常に困難です。ではどうすれば良いのでしょうか?自分の見ているものは、常に真実の姿を見ていない、常に自分の加工されたフィルターが加わった状態で見ていると言う事を忘れない事だと思っています。これは見るだけで無く、全ての感覚において聞くことも同じ状態にあると思わざる得ないのです。その立場に立つことが、それがあるがままに観ている事になるのでは無いかと思えるのです。完璧には無理だとは思えますが、それに気づく事が、あるがままに観ると言う事では無いかと思えるのです。気づく(サティ)事というのは、とても重要な問題を含んでいると思っています。
2014.08.30
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前も書いてみましたが、この本は般若心経とはなんであるかと考えさせてくれた、すばらしい本だと思っています。そのなかで、自分では違和感を持ったのは、色即是空をどうも色即是無と理解されているのでは無いかと言う事でした。無であるなら、色即是無はわかるのだけど、この次の空即是色が無即是色となりおかしい事になります。では空とは何か、この定義から始めなければならないのですがこの本では、色を有るものとして、その反対の無と定義している様に見えました。だから有たる物(形有るものは)無となっていくという、無常の表現ならわかるが、その反対はおかしい事になると言う考え方になります。(空即是色と言う事)この有無を全く違う物という世界観で書かれたと思えるのですが般若心経は、どうもこの有無たる物を一緒に扱っているのでは無いかと思えるのです。これは、どうも説明がつきにくいのですけど有無の判断という物は、実は人の認識の中にしかないのでは無いかと思えるのです。これはどう見ても、うまく説明しずらいというか、空があると言うのも、どうもおかしいが色(有)の無くなったものとして有る(変な表現)とでも言うか
2014.08.24
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大乗経典には誰でも仏性があるという思想が説かれているわけですがそれは何か実感がわかないのですが、まさかそれが小乗(あえて小乗と書きます。)の中にあるとは驚きでした。この修行法を修習することは、大乗が最もよくわかるというか、なぜあのような考えが出てきたのか明確にわかるのです。
2014.08.20
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正直な人とウソをつく人との間には脳の「側坐核(そくざかく)」という部分の活動に違いがあるという研究結果を、京都大学の研究グループが発表した。京都大学の阿部修士特定准教授らは、28人のアメリカ人男女にコインの表裏を予想してもらい、予想が当たったと自己申告すれば金がもらえるというゲームを行いながら脳の活動を測定した。その結果、側坐核という部分が活発に活動する人ほどウソの申告をする割合が高いことが分かった。側坐核は報酬や快感など人間の欲求に反応する部分で、欲求が強い人ほどウソをつく可能性が高いことが証明されたという。この側坐核の場所を調べてみると、案の定扁桃体の近く、生命に重要な機能を持つ部分、脳の奥深い場所にあります。思った通りです。子供に嘘をついてはいけないと、教育をしますが、道徳ですね、でもそのことは実は、実は嘘をつかないということは、じつは瞑想にとって重要な理由がわかるのです。それは心を動かしてしまうから、情動を生起してしまう、それは苦を作り出すから情動に翻弄される様になるからなんです。難しいかもしれないでしょうが、正直にありたいと思っています。それが自分にとって苦を作り出す元にならないから、難しい事ですけど静かで動かない心を崩してしまうから、でもそうも行かない場面はありますけどお釈迦様は道徳を説いたと言います。 それは実はじつはとても深い意味を持っています。道徳なんて、そんな人いないじゃ無いかと思われるかもしれませんが、案外とそんなところがうまくいくとかいかないとかの境目になるように思えるのです。これも非常に説明しにくいものです。
2014.08.16
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何事をするにしても、良く無心になれという言葉が出てくるものですがでは無心になるには、どうすれば良いのかと言う問いに対して、こうすればと言う方法はとんと聞いたことがありませんでした。たしかに、自分でもこれがわからず、それを追求してきた面があります。しかし、前ににも述べたように、実は気をつけていると言う、あまりにも馬鹿馬鹿しい様な事が実はこの回答であったと言うことに、驚いているところです。常に自分の動作に気をつけていること、じっとしているときは、息の流れに気づいている歩いている時は、歩いている足の裏に気づいている階段を上がるときは手すりを掴む事に気づいているなど全ては言語を交えず、常に感じているとでも言うかもちろんどこかで、思考がそれを破って出てきますが、それに気づいてまた戻るこれを続ける静かさと平安の場所がそばにあることに気がつくと思います。時間とともに、その静かさと平安の時間が広がっていく事が実感できるはずです。
2014.08.16
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この方法は、簡単に言ってしまうとあきらめると言うことに集約されると思う。この動作はどのような事を身体にもたらすかというと、副交感神経をあげる行動になっていることが理解できます。現在の生活は、緊張が続く交感神経優位の生活習慣と言っても良いと思います。考える事は、前にも述べたように身体の緊張をもたらしていることは、瞑想の結果からよくわかります。この交感神経優位な生活は、血流の低下、血圧の上昇など多くの病の相当根源になっている可能性があります。現在の日本では、健康情報が大流行な状況ですが、おそらくこれが重大な結果をもたらすことに気がついている人は、ごく少数の人しか気がついていないだろうと思えるのです。 簡単に言ってみれば、ストレスが悪いとよく言いますが、おそらくそれから離れる究極の方法でしょう。今までは、しかしどうすれば良いのかと言う方法論がわからなかったと言うことだとは思います。自分もこのような方法があるとは、思いつきませんでした。お釈迦様を医王(医者の王様)と言う言葉が残っていますが、それはこの事を表しているのだと思います。色々なお経の本、訳のわからない、呪文みたいなと思っていますが、その根源には恐るべき物が潜んでいると思っています。そして、この大切な物がこの日本には、空気のように気づかれることも無くあると言う事実に驚かされるのです。そして、このシステムに気がつくときが、そう遠くない時期に現れるでしょう。ただ気づくと言う事に、気がつけばなのですが
2014.08.09
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前にも書いたけど、涅槃経(お釈迦様が亡くなられる様子を記載した経典)を見てお釈迦様の最後の言葉として怠らず努めよの部分その言葉はブッダの最後の言葉だけど、その訳はサンスクリット語(漢訳北伝)からはそうなるのですがappamadena sampadethaパーリー語(南伝)の表現では、sati-avippavasena sabbakiccani sampadeyathaぼんやりと放心することなしに(不放逸にならず)、気をつけて、一切の為すべき事を実現せよ岩波文庫ブッダ最後の旅 P295の訳注よりこの気をつけてと言う部分は、サティ(気づき)です。自分はこの事から、怠らず努める事、修行とは、常に気づき続けていると言う事になるのでは無いかと思えるのです。不放逸とは、なにか考えていること、これを気をつけて=よく言われる気づきつまり気づいていれば良い気づきとは、受>想>行>識の受で常に止まっている状態、つまり想が無い状態想が無い状態とは、前に述べたように天台小止観にもあるように、それが悟りであると完璧にはできないけど、常に思考がそれを破ってくるけど、すこしでも気づきの状態にあればそれに近づくことはできるはず気づいている人は、自動的に平安と静寂に自分が居る事がわかるようになるから
2014.08.09
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今に在ることで、頭の中の声や思考プロセスから、それにその思考が身体に引き起こす感情から離れること
2014.08.08
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この気づきの状態で対応するべきだろうあたかも何も無い状態で、気づきの状態とは思考が落ちている状態であたかもすべてを映し出す鏡の様に、静かに今この瞬間にあるように、対応すべきなのだろうただたたずむだけ、難しいとおもえるが、試してみることにする。この気づきの状態は、様々な可能性を秘めていると思える。また人の思考がどれだけ、本来のあるべき姿を隠してしまっているかさて
2014.08.07
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ヨガそのものの研究みたいです。さて体の内部のこわばりというものは、たとえばのどの奥が詰まってくるなどの症状が出てくるのですがおそらく内部筋肉がこわばって、自由に動けない状態になっているのだと思われます。これを観ながら(つまり観察している)声をだして、動かしているのだと思うのです。ゆっくりと、ふるわせるようにして、その後どうしてもその筋肉に静寂が来ます。動いた後は、止まらざるを得ないからです。それに気づく、つまり無くなったとだから、こういうときには、一度ちからをかけて放すという、前書いた話に戻ってくるのだと思います。この応用として、血圧計を使って、呼吸、腹式呼吸を行いながら、力をかけて、そして放すという作業を観ながら(これが重要)すると、やはり血圧が下がります。心と、体は密接にというか、その関連性はこうなっていると予想しています。
2014.08.07
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こころを作るものは、前に何度も述べたように、このからだでは無いかということからこころが出てくるとき、同時に体の緊張というかこわばりが出ていることが、観えます。これを観ることによって、こわばりは消えます。と同時にその苦しい心は、じわじわと崩れ消えていきます。しかし、このこわばりが体の中にあるときが、難題です。のどが詰まったような、いやな感じです。どうも観るだけでは、難しいと言う結果でした。さて、どうするかですがまず観るというモードにあげて、これはどの場合もおなじですが、気づいている状態で声を出すということです。おそらく、念仏とか題目とか真言や阿息観(阿字観)などの声を出す意味はこういう意味では無いかと思えるのです。当然その声は常に気づきながら、ゆっくりと声を出していくのですけど、吐く息がポイントです。おなかの底から出していく、そして出していくことに気づきながら一応仮説ですが、おそらく声には、息にはこういう意味があるように思えます。
2014.08.06
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大乗では、それにあたるものは おそらく観音経(観世音菩薩普門品第25)だと私は思っています。慈眼視衆生、福聚海無量
2014.08.04
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この気づきのあえてモードと呼びたいのですが、この状態をよく考えてみると、非常にリラックスしている状態にみえます。思考が出てくるときは、必ず緊張という力が入った状態を、非常に小さいものでも伴っているとみていますからそれが落ちてしまうということは、身体的にはこのように見えてきます。やさしさ、というものは まさにこのような状態ではないかと見えるのです。人の本来の姿とは、おそらくそのようなものではないかとも思えます。ニコニコしている、ほほえんでいるときに緊張は無いでしょうから呼吸を整えるというのも、まさにその為のものとまたヨガというものの本質も、そこにあるように思えます。身体から心に持ってくるという事です。しかし、人が生きていくためには、それだけでは行かないという点も理解できるのです。だからその両方を、大きな乗り物に乗せていくようにと
2014.08.02
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脳内でどうなっているのかと考えたとき例えばこの怒りについては、脳内では扁桃体が絡んでいます。ここは怒りなどの増幅装置です。この部分は脳の内部にあり、ある意味生命にとって重要だからなんですが、ここからの信号を掴んでしまうと、感情とか情動に巻き込まれた状態になるのだと思っています。ここにはアドレナリンなどのストレスホルモンの放出を指令するところです。これが動き出すと、様々な身体症状を同時に起こしてくるようになります。では呼吸瞑想とか歩く瞑想はどうなっているかというと、じつは皮膚感覚の接触点を常に観ているのです。この状態、皮膚の感覚は体性感覚野という大脳表面が受容体になっているので、これを観ていると言う事はこの作業によって、ここに強い回路が形成されるのでは無いかと思っています。またこの作業は、常に今この瞬間の反応に対して、信号を発しているつまり、今に居ることになるのだと思っています。これが理想的に行われると、情動の主体たる扁桃体が働きにくくなるので、つまりいろいろな情動から離れることが出来やすくなるのではと思っています。今に居ようと思っても、それが意欲とか、欲とかがうっすらとでも出てくると扁桃体が反応し始めるので、まずいことがうかがわれるのです。人がこの部分を掴んでしまうと、あまりにも強い信号なので、巻き込まれてしまうのはしようがないのです。生きると言う生命の大切な部分を司っているから優先信号になるのは当然と思います。またこの部分は判断とか、好き嫌いなどとも密接に関係しています。まさに苦を感じさせてくれる場所がここでは無いかと思えるのです。分別をせずとか、否定も肯定もせずと言う事は、ここから離れると言う意味があるように思えるのです。ですからただひたすら瞑想をしていることは、今に居る、ただそれを感じていることを観ている事、つまりその信号を流し続けることで、扁桃体は作動を弱め、それは心を波立たされず、結局はそれは苦からはなれ静寂と平安がわかるという事になるのではないでしょうか観るといういう作業は、脳内的には自分ではこの様に思えるのです。
2014.08.01
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