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どうもタロットさんと気があわなくて困っています 先日リーディングに来てくださったのは「すべては自分の内側にある」とか、インナーチャイルドとかいう概念にはあまりなじみがない方でした。いきなりそんな説明をされたって納得いかないだろうし、まずは問題を絞って一番身近な問題を実験的に解決してもらおうとわたしは考えたのですが、なんとなく自信がなくて、 「今日見るべき問題という質問で一枚引いてください」 とお願いして、タロットを引いてもらったら、でてきたのが「力」の逆位置、解決カードが「隠者」。 「…これってまともに自分自身の内面の力について探求せよ、ってことですよね!?その説明をこの短い時間で一からやるのはムリでしょうっ!?」 と思わずカードに文句を言う。 とはいえ、出てきちゃったカードですから、クライアントさんに、 「こういうわけなんですけど、どうでしょう?」 と聞いたら、 「ええ、わたしもそれが聞きたいと思って来たんです」 とおっしゃるではありませんか。 で、腹をくくって説明を試みたのですが、時間切れで結局、クライアントさんがおっしゃるには 「うーん、よくわからないので、こんどのおしゃべり会にまた来ます」 「そうですね…力不足でごめんなさい。ぜひそうしてください」 ということでその日は帰っていただきました。 で、今日おしゃべり会があってその方がほんとに来てくださって、ほかに参加して下さった方も交えて、楽しくおしゃべりし、 「また来ますね」 と言ってくださいました。 リーディングの技術としては時間内に必要な情報をお伝えできなかったことは未熟だなあと思うのですが、内容としては浅いところまでの一回こっきりのリーディングで終わるより、何度か来ていただくことになってもそれで理解を深めてもらえる結果になったのはよかったと思います。リーディングだけで終わらせずに、開館日とかおしゃべり会とか、リーズナブルにリピートしていただく機会をつくりたい、そのためにコンスタントに自由に使える場所が欲しい、という気持ちからはじめたTao Houseですから、今回のリーディングもまさに理想の形に結びついたといえば言えなくもない… 「タロットさん、はじめからそういうつもりだったんですか?」 と問いかけてみたら、 「わたしをだれだと思ってるの!?」 と、師匠の決め台詞が返って来ました… 今日のリーディングではヒアリングの最中に、私自身が「これとこれはこう伝えたいな」というビジョンが比較的はっきり出来ていました。で、実際にカードを引いてもらったら、ものすごくあっさりした展開で、それを見たとたん、 「はい、細かい説明は自分でね」 と、カードにかるーく言われた気がして おもわず、 「それはないでしょう…。もうちょっとなにか語ってくださいよ」 と。 ある意味、カードに信頼されたのかなあ…と思わないでもないのですが、ほんとのところはどうなんでしょう。 「そうだよ」 と答えて欲しい気持ちが強すぎて、その問いかけには答えがもらえません(笑)
2009年09月28日
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クレヨンしんちゃんの作者がなくなったのですね。ご冥福をお祈りします。シュタイナー教育を知って、ぽんぽんにはできるだけアニメを見せずに育てるようにしてきましたが(「できるだけ」ね。かなり見せましたけどね…)しんちゃんだけはどうもわたしが生理的に嫌いで、はじめっから見せようとも思いませんでした。でもわりと身近にファンも多かったんです。(幼稚園の先生も大好きだった)。数年前のある日実家の両親と茨城にいて、母と夕飯の支度をしていたとき、たまたましんちゃんがはじまって、「ぽんぽん、テレビ消しな」「えー、観たい」「だーめ」という会話に母が参入してきていうには、「いいじゃないの、見せてあげなさいよ!」まあね、たしかに食わず嫌いもよろしくないから…と思って見せたのですが、ものの十分もしないうちに、母が、「…なんなの、このテレビは!品のない、消しなさいっ!」「…(だから言ったでしょうに)」どうやらしんちゃんのギャグは昭和一ケタの母には理解できず、その教育を受けたわたしも理解できないようですね…(^^;そして、先日ようやくDVDでみた宮崎駿のポニョ。これはねえ、共感できるんですよね。とっても男前な宗介の母(りさ)に、礼儀正しいまっすぐな宗介に、大いなる海、母、命の源グランマンマーレに…。でも何者?なフジモト…。「少年と少女、愛と責任、海と生命、これ等初源に属するものをためらわずに描いて、神経症と不安の時代に立ち向かおうというものである」という宮崎監督からのメッセージは十分に受け取れたとは言いにくいのだけれど。どっちかというと「生きる力を呼び覚ませ」という千尋のほうがメッセージとしては伝わりやすい気がするのだけど…単に観た回数の問題かな。またまた話は変わるけれど、ファーストレディとなった鳩山婦人はどうやら『スピリチュアルな人』らしい。なんだか…みんな何を伝えたいんだろう。そしてどうやって伝えたようとしているんだろう。わたしが伝えたいことは、伝えたい人にちゃんとちゃんと伝わっているのだろうか。ただ、しんちゃんにしてもポニョにしても、伝えたい人に「わくわく」があれば、たくさんの人に、象徴としての言語の偏狭な範囲ではなく、その土台のハートの部分に共鳴するように伝わるんだと思う。これはとてもすごいことだ。鳩山夫人についてはまだわからないけれど、スピリチュアルな伴侶を持った首相が今この時期にこの国に生まれたことはなんだかとっても「スピリチュアル」」だと思う…けど、どう?
2009年09月23日
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連休が始まりましたね。今日はダンナとぽんぽんと、上野動物園に行ってきました。行きがけに、おばあちゃんに、「パンダいるかしらねえ?」といわれ、「あったりまえでしょ!上野でパンダ見ないでどこで見るのよ!」とたんかをきったのですが、…いませんでした、パンダ。どうしちゃったんだろう?説明もなかったんだけど…。もうこれからずっと上野でパンダみられないのかなあ~。で、あしたからは茨城のじいちゃんの家にいってきまーす。携帯でixiは見られますが、パソコンのメールは見られません。ご連絡はメッセか携帯のメールでおねがいしまーす。
2009年09月19日
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自分のエゴを赦す、そしてそれを神様に委ねる、さらに祝福する… 「赦す、委ねる、祝福する」 というのをここ数年ずっとやってきたわけですが、 「理性で赦しても身体で怒ってる自分」 という感じがずーっととれなくて、困っていたのです。 …っていうか本気で困っていれば、聖霊に聞くなり、師匠に聞くなり、友人に聞くなりしたんでしょうが、まあ、 「こういう作業はある程度時間がかかるし、仕方ないんだろうな~」 くらいに思っていたのでそのままだったわけです。 昨日、いろーんな成り行きから、本当に劇的にいろんな成り行きから、ほかの方の瞑想会にvijayさんとごいっしょに出て、新鮮な体験をする予定が、その瞑想会がvijayさんの主催になってしまい、結局いつもどおりになったわけで、手法がいつもどおりっていったって、vijayさんだって刻々進化してるし、受けるこっちも少しは変わってるわけですから、そのときそのときで得るものが違うわけですが、今回は「あ、身体の怒りもとれた」という実感と、なぜとれたのか、という裏づけと、両方をゲットしました。これはけっこう大収穫 その裏づけっていうのは「赦す、委ねる、祝福する」を自力でやろうとするとどうもダメで、ここからもう聖霊さんに預けて、丁寧に瞑想すればいいんだ、ということだったわけです。 で、今朝あまり時間がなかったので、軽く瞑想しようと思って、いつもは座るんだけど、なんとなく横になって、「聖霊と一緒に」というのを意識しながら、ここ数日浮上しているテーマを「赦します、委ねます…」とイメージしていたら、小さな天使さんたちがわらわらとよってきて、しゃかしゃかとわたしのオーラを箒で掃き始める、という摩訶不思議なイメージが… それもその天使さんたちがもっているのが、レレレのおじさんがもっているような竹箒で、みんな眉間に「」こんなしわを寄せながら、もくもくと掃き続けるのです。 そしてその後雑巾を持ち出して、わたしのハートをぴかぴかに磨き上げてくれました。 なんか「いやそーに」ですけど。 で、「祝福します」のところにきたら、もうすこし大きな天使さんやってきて、花咲か爺さんのように、金粉を撒いてくれました。こちらの天使さんはすごく楽しそうでした。 これから毎回瞑想するたびに、あの竹箒をもった天使さまにおせわになるのでしょうか…。 「…ったくもう、どうしてこんなにゴミをためこむのかしらねっ!」 「なんだって、このハートはこんなに曇ってるのかしらっ!」 という文句たらたらな感じが、なんともキュートでした。
2009年09月18日
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あさって金曜日、第二回のvijayさんの瞑想会のシェアリング会をやります!月曜日はなかなか盛り上がりましたよ。やろうと思っていた瞑想が時間が押して出来ないほどに…(^^;↑時間配分がヘタ。月曜日おいでになれなかった方、ぜひどうぞ~!できれば瞑想もやろうと思ってます。前日までにメールでご連絡下さいね。それとおしゃべり会。HPとお知らせメールで28(火)と書いてあったそうで…[m:79]すみません、正しくは28(月)です。「28なの?29なの?」と思った方、ごめんね~!こちらもお申込みお待ちしてます。
2009年09月16日
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インフルエンザ騒ぎに便乗してしばらく学校をサボっていたために、たまった宿題を一気にやらなければならなかったぽんぽん。 「ねえ、神様の国に漢字ってある?」 「…ないと思うよ」 「なんで?」 「あー(すごく説明したいんだけど、 どうやったらわかってもらえるか悩んでる)漢字って言葉でしょ?言葉にした時点ですべてが象徴となって、その意味が限定されるからね(…ぜんぜん子供向けの説明ではない)」 「…ふーん。神様っていいねえ。勉強しなくていいし。テレパシーとかで通じるし」 「そうだねえ…(わりと通じたらしい)」 今日は私としてはとても充実した一日だったのです。 でも「言語」という壁の難しさにうなった一日でもありました。 わたしは常に、この「言語」を介するというところにスポットをあてながら、スピリチュアリティを探索しています。 「わかる人」にはわかるけれど「わからない人」にはわからない、スピリチュアルな世界。 そして「わからない人」である自分がスピリチュアリティにかかわったとき、前半世を日本語とかかわることに費やしてきたわたしの過去に「意味があった」などとこじつける必要はないけれど、「言語」はわたしの「ツール」なのだ、という自負を持って、「言語化」することから逃げることなく向き合いたいと、常に思ってきたのです。 が、やっぱむずかし~(^^; 尊敬するvijayさんは、この「言語化」の天才です。 わたしも師匠のようにとは言いません。 わたしが必要とするツールとしての「言語」のベクトルは、今のところ、ややvijayさんとは違うように思います。 まあ、それって単純に、vijayさんが言語化しているところまで体験してないからだと思います。 今日午前中にTao Houseでのはじめてのシェアリング会を、午後は出張でタロットをやらせていただきました。遠方からいらしてくださった方はもちろん、近くの方も、みなさんお時間を割いて来てくださったことを思えば、時間配分やら話の内容やら、そして「言葉」の選び方やら、私がもっとピュアに「聖霊の媒体」になれたら、もっとたくさんのものを、もっとクリアに、もっと芯までみんなで「感じられるのに」と、あらためて思いました。 「言葉」で「愛」を伝えようとすると、なんとなく「説得」したり「言い負か」したりしそうになる感じになるときがありますが、そうではなくて、「言葉」はあくあまでも「ツール」なんだ、とちょっと引いた距離で言葉を考えた一日であり、それにふさわしい娘の一言でした。 どうぞわたしの、 「たのしかったよ~!!」 という、きわめて単純な思いが、エネルギーになって、今日お会いした皆さんに伝わりますように!
2009年09月14日
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まぐまぐからメルマガを発行することになりました Tao Houseのスケジュールを月1くらいでお届けします。 携帯対応だから、「ふだんパソコンをなかなかあけなくて…」とおっしゃる方も、これなら大丈夫!本店HPの下部に購読申込みのボックスをつけましたので、そこからお申込みくださいね~!なんか、ほんとにお店っぽくなってきたぞ。るん
2009年09月11日
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どうでもいいのですが、マイミクさんの数がちょうど自分の年齢と同じになりまして、プロフィールの写真の下に(41)という数字が出ると、年齢を書かれているようでなんだかいやーな気持ちになります。真実とは痛いものよのう。ぽんぽんの学校についにインフルエンザが流行り始めました。まだ新型とは確定していないようですが、この時期にA型といったらもう豚インフルエンザと思わざるを得ず…ぽんぽんはありがたいことに、それほど体が弱いほうではないので(喘息→肺炎はちょっとこわいんだけど)、学校の判断で学級閉鎖になるまではふつうに通わせようかなあ、と思い、とりあえずインフルエンザ予防の漢方薬をゲットしに、漢方薬局へGO!で、問題はおじいちゃん。昨年末に胃の全摘をした父はなにしろ81歳という高齢なので、これでインフルエンザにかかっちゃったらかなり大事。ぽんぽんが感染したらじつはぽんぽんよりこっちが心配…そして今朝、ぽんぽんが「おなかが痛い~」というではありませんか。そして鼻水もずるずる。インフルエンザというわけではなさそうだけど、抵抗力が弱っているときに学校に行って感染したらこまる、と思い、お休みすることに…「ぽんぽんは今日お休みさせるよ。お父さんも人ごみ気をつけてね。お彼岸に浅草行くって行ってたけど、やめたほうがいいよ」と言いに行ったら、父はにやっと笑って、「浅草は行かねえけど…」「…けど、なによ」「川口行ってくらあ」「…オートレースかいっ!ばりばり人ごみじゃんっ!」で、ほんとに行っちゃいました。困ったじいさまです。あとに残されたのはのんびりとマンガをよみふけるぽんぽんでした。彼女はなんのために学校を休んだのでしょうか[m:53]昭和一ケタ…たくましいわ。
2009年09月09日
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初夏から見据えてきたものがようやく一段落して、 ものすごくひさしぶりに自分ひとりの時間が持てそうな予感。 ひとりになりたがるのも「9」の特性です(笑) まずはゴーギャン展に行きたい。 あとおいしい日本茶を入れてくれるカフェを探して行きたい。 「急がないとゴーギャン終わっちゃうなあ」 とつぶやくと、 「ゴーギャンって?」 とぽんぽんが聞くので、 「『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』ってやつだよ。スピリチュアルだねえ~」 と冗談で言ったら、こともなげに、 「神様から来て神様に帰るんだよ」 と答えやがりました。 「…」 母、絶句。 聞いてみるとこども版のギリシャ神話の本で読んだ知識をなんとなく張り合わせたみたいですが、それにしてもお嬢さん…。どこかでわたしの話を聞いたりしてるのかもしれません。 すこしスピリチュアルな世界を娘との日常にもちこみすぎているかもしれないなあ、とちょっと反省。 こどもにはこどもとして経験しなければならない「日常」があるはず。人間としての土台があってこそのスピリチュアルですものね。
2009年09月08日
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土曜の夜に山中湖で開催された山根麻以さんのコンサートに、一泊二日で行ってきました。 http://www.futsuunouta.net/index.html 麻衣さんはとってもパワフルな巫女さんみたいな歌姫。そのパワーに引かれて 「山中湖で石を投げればヒーラーにあたる」 と言うほど、スピリチュアル&ナチュラル関係者が多く集まるこの会、一昨年に続き二度目の参加です。 で、大変感慨深いものになりました。 そのベースはvijayさんの滞在後半から浮きあがってきた「9」です。 さて、何のことでしょう(笑) これはわたしのソウルカードのナンバーです。 「9」は1から8までのすべてを経験した数字。だからえらいってわけじゃないんですが、とりあえず「すべて知っている」というスタンスに立って、ものごとに妙に冷めたり、しったかぶりになったり上から目線で人生にむかったりする癖がある…。本人には自覚がなくてもね。 「それは愛じゃないでしょう?」 と再三再四、vijayさんに言われ続けたその翌日からの旅行でした。 そもそも行きのバスから濃かったのよ。 ごいっしょしたWさんは星占いのプロフェッショナル。 娘同士が仲良くおしゃべりしている間に、車中でホロスコープ概論&わたしのホロスコープも見てもらいました。そもそもタロットと占星術はとてもかかわりが深いので、勉強するに越したことはないのですが、わたしは「マイバースデーってなに?」くらいに無関心だったので、ほんとに初歩の初歩から…(笑) 「Taoさんはアセンダントがおとめ座なんだねー。完璧主義で批判的にみられがち~」 「…(なんか9番ちっくだなあ)」 「太陽星座はうお座だし、月もかに座だから、本質はとても母性的なんだけどね」 「うーん、あまりそうは感じないんだけど」 「それが抑圧されてるのかもよ~」 「はああ、なるほど(心あたりがある)」 そしてWさんもvijayさんの一日目の講座に出てくれたので、その反省会というか収穫のシェアと言うか、そんなことをしゃべりつつ山中湖きらら着。 ピースフラッグがたなびく中、ビールを飲みつつ、屋台をのぞきつつ(アジア料理とか手作りのソーセージとか玄米おにぎりとかマクロなケーキ、クリスタルやお香や手染めの服や…プチアースデイみたい。今年は少し少なかったけど)こどもたちはお友達をみつけて芝生の広場を走り回る…。ぽんぽんも一昨年遊んだBFに再会(お互い覚えていないみたいだったけど)私が印象的だったのはハーフの女の子の兄弟。すごく繊細できれいな日本語を話す。心配りもこまやかでやさしい。お母さんをチラッと見たけど素敵な方だった。声をかければよかったな。 コンサートが始まって、熱狂の渦の中、こどもたちは飽きもせずに遊び続け、大人たちは踊り狂う。かなりあやしい踊りの人も。そのなかには一昨日さめざめと泣かせてくださったあのvijayさんも(笑) 「9」なわたしはなんとなくその中に入れない。そもそも麻以さんの歌はちょっと「痛い」ので聞けるときと聞けないときがある。あまりにストレートに愛なので、愛にテレやすい「9」にはつらいのです。舞台を見渡す芝生広場の一番後ろに座って、舞台の背後にくっきりと姿を現した富士山を見つめながらそんな自分と向き合ってました。大人はみんなコンサートに夢中になってるので、こどもたちが時々寄ってきては、いろいろわたしにはなしかけたり、そばに座って休憩したりしてくれました。 そんな母の感傷をものともせず、遊び飽きた子供たちは舞台に乱入。 ぽんぽんにいたっては、アンコール前の決め歌「祈りの唄」のさびを麻以さんにマイクを向けられてソロでうたいやがり、拍手をあびていました。 その後、宿に帰ってこの「ちょっと引いてる自分」に向き合ってみました。 そして赦して委ねてみたら、その翌日はなかなか素敵な一日に。 会う人会う人、ふところが広いのです。 愛すること、楽しむことにオープンなんですよねえ… 子育てしてると、つい「すみません、お騒がせして…」 みたいに変に低姿勢になったりするんですが、そこではそんなわたしの腰の低さのほうがなんか変、っていう感じになって、恥ずかしい思いをしました。 そして昨年11月に沖縄に行ったときにvijayさんに紹介してもらったすてきなタロットリーダーMさんとも再会。素敵なお話をしてもらいました。 「今は受け入れる時なんですよ。いろいろな感情を受け入れて、そのときに自分がどう感じるか、どう反応するか、それを自分の核の部分から見てください。そしてそうやって感情が揺れる繊細な自分を受け入れてください。揺れずに硬くいたら、それはぽきっと折れます。しなやかにその揺れを受け入れてください。感情がゆれてもそれに巻き込まれない核の自分にもどることができるようになります」 とどめは帰りの車の中。 Wさんのご主人の運転する車に同乗させていただいたのですが、とんでもない大渋滞でぎっちり込んじゃって…休憩入れて五時間かかってWさんの最寄り駅に到着。そしてその間、スピリチュアルに詳しいWさんのご主人から、たっぷりスピリチュアル概論の講義をしてもらえました。 車中、WさんにもMさんと同じようなことを違う表現で言ってもらったのも印象的でした。 「自分の星座の持つ欠点を克服してそぎ落としていくんじゃなくて、すべての星座のすべての要素バランスよく自分のものにしていくのが大事なのよ~」 この時間枠をとるために、わざわざ渋滞に巻き込まれるようにすべてが押せ押せになったような気がしてなりません。が、家に着いたのは実に12時すぎ。子連れの午前様でした…。今日は学校おさぼりです…ぽんぽん、すまん すべてを知っている気分になって、すべてがばかばかしく感じて、ひっそりと知識の森に引きこもるソウルナンバー「9」。 麻以さんの唄は「9」を森から引きずり出したようですほんとはぼへーっとしたくて行ったんですけど、とvijayさんにメールを送ったら、 「神の子には息抜きはないのです。毎日神の子なの」 だそうです…
2009年09月07日
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9/1から三日間、Tao Houseで私のタロットの師匠である児玉vijayさんの講座を開催しました。 ここをTao Houseのスタート、と決めてこの二ヶ月がんばってきたので、vijayさんが帰られた昨日は、ちょっと燃え尽きた灰のようでした。しゅるるる… 9/1の三時半に沖縄からTao Houseについたvijayさんは、お茶を飲む暇もなくいきなり『神の使者』の勉強会に突入。五人の大人とこどもが四人。わいわいとにぎやかな勉強会でした。『神の使者』やその大元である『奇跡のコース』からの引用や解釈をしながら、いまの自分の問題をみんなでシェアしながら解きほぐしていくという、とてもふかーい会となりました。 その後、宴会に突入。 とはいえ、お酒を飲まない方が多かったので、お茶でピザを食べました。わたしとvijayさんだけ、ワインをちょこっと。三人のお嬢さん方(二年、一年、年少さん)はレタスをちぎるのに大活躍してくれました。 9/2はまるっと一日タロット講座。 今回は、時間が少ないこともあってわたしともう一人の参加者の二名で、みっちりとしごかれました…。このタロットはねえ…。深いっ!!これを消化するにはもう少し時間がかかりそうだけど、でもこればっかりは実践あるのみ。というわけでまたモニター募集して腕を磨きなおさねば… 9/3は一番楽しみにしていた瞑想会。 初回とはいえ、ほんとうによく16人も集まってくださいました。感謝感謝です。すべてのワークの根底になければならない、自分を愛する、自分を神の子だと認識する感覚を体験してもらいたくて、どうしてもやりたかったこの講座。瞑想は初めて、という人が半数以上だったので、vijayさんどうやってリードするのかなと思ってましたが、実に淡々と会を進めていく姿に、vijayさんの揺るがない神と聖霊への信頼を感じ、あらためて 「師匠、すごいっす!」 と感動したのでした。 わたしは多少緊張していたせいもあって、それほどぶっ飛ばなかったのですが、休み時間にvijayさんに 「何か足りないものとかありますか?」 と聞いたら、 「ティッシュの箱とか持ってきてる?けっこうみんな泣いちゃってるんだよね…」 と言われてびっくり! みんな感度高いなあ…。 その後、Tao Houseに戻ってタロット講座の残りを受けました。疲れて眠くなるかなと思ったのですが、瞑想の後で返ってすっきり受けることが出来ました。 すべて終わって、夜、お茶を飲みながらvijayさんと今回の感想を話し合いました。 瞑想会のときのvijayさんはすごい、とわたしがいうと、 「僕がやるわけじゃないからねー。聖霊が全部やってくれるんだよ~」 と。 そして、愛って教えたり伝えたりするものじゃなくて、溢れるように流し込むものなんですね、といったら、 「あのね…」 と、純粋な愛そのものになることについて淡々と話してくれました。それがあまりに透明で潔く、わたしのエゴは立つ瀬がなくなり、ティッシュの箱を抱えてさめざめと泣きました。 まだまだ書きたいこともあるのですが、これからぽんぽんと山中湖までプチ旅行に行ってまいります。ぜひ近々にみなさんと瞑想会の体験をシェアしましょうね~!それでは行ってきます!
2009年09月05日
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