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みなさん、ご無沙汰しております(^^; 父が体調を崩しまして、先日来、Tao House関連も他の個人的なお約束も、いろいろ踏み倒しております。ご迷惑をおかけして申し訳ないです。 おかげさまで今のところ父の状態は落ち着いています。病院に行くの行かないの、入院するのしないのとすったもんだの挙句、結局腸閉塞とのことで、現在近所の病院に入院中です。閉塞自体は大したことないようですが、何分もうすぐ81歳、しかも昨年末には胃がんで胃を全摘したという履歴がありますので、もしかしたら手術をしないと治らないかもしれず、いま様子をみているところです。 11月の予定もまったく立たず困っておりますが、いまのところ父上優先で…というこの親孝行な娘の心、親知らずで、うちのじいさまときたらまったくわがままで頑固で、ほんっとにその減らず口を叩くパワーを病気の回復に回しやがれ、このくそじじい!と心の中で思ったり、ときどきぽろっと口から出たりしております。で、それが呼び水になってさらなる口げんかに発展する…。憎まれっ子世に憚る、とはよく言ったものよと、ため息をつくことしきりですが、これでもわたしがスピリチュアルな勉強を始め、父との関係を紐解いていく中で、かなーりよくなってるんですよ少なくともわたしががっぷり四つで父の攻撃を受け止めることがなくなりましたし。ぽろっと口から出さずに、すぐに赦せるともっといいのですがね。 タロットのほうもお待ちいただいている方が何人かいらして、ほんとうに申し訳ないのですが、今しばらく予定が立てられない状況です。もうしばらくお待ちください。
2009年10月26日
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すみません、今日予定していたおしゃべり会は中止させていただきます~。父が体調を崩し、病院へ一緒に行くことになりました。申し訳ありません。また改めてご連絡します!
2009年10月20日
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明日はおしゃべり会ですよ~。 皆さんのご参加、おまちしておりまーす! インフルエンザ騒ぎでほぼ二週間、機能停止していたTao Houseですが、今日は久々に神の使者の勉強会があります。 神の使者、勉強会に向けて読み直してみましたが(通して読んだのは三回目かな~)、いやいや、実に情報量の多い本です。 実はわたしはあまり本を読まないのですが、こういうどひゃーっという本、ベスト3を上げろといわれたら、 「TAO-老子の道」和尚OSHO 「禅的生活」玄侑宗久 「神の使者」ゲイリー・レナード でしょうかねえ。 読みかけでおいてあるんだけど、早く読みたいのは、 「ハトホルの書」トム・ケニオン&バージニア・エッセン 「ソフィーの世界」ヨースタイン・ゴルデル この二冊は気になります。 早く読みたいな~。 でも相変わらずこどものようによく眠るので、 なかなか時間がないんですねー。 自業自得か。 ようやく嗅覚が50パーセントくらい機能するようになって、 金木犀のにおいが再びかげるようになった、読書の秋
2009年10月19日
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昨晩、咳がひどくなってやや寝づらかったぽんぽん。 今日も暇です。 でも本を読むという趣味があるので、わりと過ごしやすい。 しかしもう読む本がないというので、文庫版のムーミンを与えてみたら、一冊読んじゃいました(^^;ま、中身がどれくらい理解できてるのかわからないけど(子供用じゃないからルビ振ってないし)、字小さいでしょうに…。暇ってすごいことですね。 で、お昼時に 「こんど小さい子が遊びに来るんだけど、パソコンの机登ったりしないかな。窓が近いからあぶないよね」 とわたしがつぶやいたら、ぽんぽんが 「大丈夫でしょう。倫理的に無理だと思うよ」 といった。 「…?(なんだろう、倫理的って)」 しばらく考えて、 「物理的に?」 と聞き返したら、 「あー、そうだった」 ぽんぽんが赤ちゃんの頃、どうかんがえても無理な要求をしてくると(大きな人形に小さな服を着せろとか)、よく冗談で 「それは物理的にムリ」 といって笑っていたので、それが頭のどこかに残ってたんだろうけど、それが「倫理的に」に変換されたらしい。 小さい頃と違っていい間違いも意味のあるいい間違いになってくる。 かなり笑わせてくれるので、語録を作ろうと思っているのに、すぐ忘れる。 でも一番受けたのは、なにかで失敗して落ち込んだわたしに、 「まあまあ、失敗は母の素だから」 といってくれたやつだ。 「失敗は成功の母」+「失敗は成功の素」=「失敗は母の素」 らしい。 そうそう朝起こしたら、 「待って、今にわとりがたまご産むとこだから」 といわれて、おもわず待ってしまった。起きてきたので、 「たまごうんだ?」 と聞いたら、 「?」 という顔をしていた。だまされたのか? やっぱりぽんぽん語録作っておこうっと。
2009年10月14日
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ずっと警戒していたのですが、学校全体にはほとんど前触れなく、ぽんぽんのクラスからあっという間にインフルエンザが流行ってしまい、ぽんぽんもしっかり流行にのってくれちゃいました。タオハウスは細菌ハウスと化してしまいまして、はにわ屋さんのコーヒー教室も急遽はにわ屋でやっていただきました。で、ぽんぽんがわりと順調に2日で治ったと思ったら、いれかわりでわたしが発熱…いやあ、つらかったです、インフルエンザ(TT)とはいえ、最高38度で2日で熱が下がったのですから、インフルエンザにしては御の字ですね。娘も39度2分が最高でこれも二日で下がりました。二人とも漢方薬のお世話になりましたが(いちおうぽんぽん用にタミフルはゲットしましたが、使わず…これって医者を敵に回すことになるので勇気要るわ…)熱がでたときから食事に関しても厳戒令を引いて、肉、油、卵、砂糖、乳製品などをとらなかったのもよかったのかも。ぽんぽんはいやがって飲まないけど、わたしはマクロ的な手当てもやってみました。大根湯は汗がでていい感じでしたが、頭痛にしいたけスープはあまり効かなかったなあ。とってもおいしくかんじたんだけど。頭にキャベツをはりたかったけど、キャベツがなかった…。今回ありがたかったのは、娘とわたしが入れ違いで発熱したこと。これが同時だったら悲惨なことになっていたでしょう。神様に感謝[m:66][m:66]わたしはもともと左の首にしこりがあって(どうも子供のころに繰り返した中耳炎が原因らしい)それと関連があるのか、左目も調子が悪いのですが、こういうどーんとした病気をしたときには顕著にそういう弱いところに痛みが出ますね~。とにかく頭の左側を取り外したいくらい重痛かったです。今回熱を経験したことでたまってたゆがみもついでに抜けてくれるといいのですが(それくらいのご褒美がないとやってられないって…)一応、熱が下がってから3日たてば感染しないということなのですが、大事をとって15日の開館日は中止させていただきます。またぜひ次回、おまちしております(^^)/
2009年10月12日
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少し前に録画しておいたBSの世界のマエストロ・小澤征爾さんの特集を昨日ようやく観たのだけれど、やっぱりパワフルで、勤勉で、誠実で、そして心の温かい素敵な人だなあと、あらためてファンになりました。来年の松本のサイトウキネンの演奏会、行きたいなあと夢を膨らましております。素敵なお話がたくさんあったのだけど、その中でも特に感動したのが、どうやってオケの音をまとめていくのかという質問に対する「inviteしていく」答えでした。これは小澤さんの師であるカラヤンの言葉なのだそうですが、それぞれの演奏者の表現を尊重しつつ、自分の表現にinvite、つまり招き入れていく、という意味合いです。自分の表現を押し付けるのではなく、inviteしていく。小澤さんのインタビューではそういう文脈ではなかったけど、その前後のお話で、そのためにはinviteされたくなるような魅力的なものが自分の音楽になければならない、さらにそのためには常に自分が勉強を続けなければならないし、それ以上に「個」としての人間に深みがなければならない、ということだと思いました。そしてその「個」にまつわるお話で、オケを成長させるためには、まずはその中の「個」を成長させるというお話も印象的でした。演奏家のほうにも、指揮者を揺さぶり「invite」するくらいの「個」がなければ、そのオケは魅力あるものにならないのだそうです。 で、作曲家と指揮者と演奏家と、それぞれの「個」がお互いにお互いを「invite」しあいながら一つのものを作り上げていく、その「個」の折り合う地点は共感なのではないかと、番組を見終わった後にぼうっと考えていました。だから共感することのできる感情をどれだけ自分の内部に蓄えているか、必要に応じてそれを引き出すことが出来るか、それが「個」のキャパシティーなんだな。そしてその共感をしあいながら練り上げられていったその曲は、演奏する側の一方的な主張ではなく、普遍的なものにまで昇華された形で聴衆に差し出され、それが聴衆の魂をふるわせる芸術になるんだな…と。 ところで。 スピリチュアルな魂の成長って、「個」を消滅させていくことでもあります。 あなたもわたしも同じ「全体」である、という認識を深めていくわけです。 「個」はある意味、完全な○である魂についた傷でもあります。 傷を消滅させるためには、まず自分がどのような傷をもっているのか、きちんと見極める必要があります。自分で気づいていない傷は、治しようがありません。 その傷ときちんと向き合い、その傷に深く共感し、それを昇華させると、他者の共感も呼ぶ。その傷はその人の魅力になり、そのときその「個」は、その人を他者と区別する要素ではなく、他者とのコネクションになるんじゃないかな…。 だから「個」を消滅させるってことは、峻烈な他者と自分とを分け隔てる「個」ではなく、コネクションになる「個」を十分に育てていくってことなんじゃないかな…。 長い間人々に愛されてきた芸術が、独特の重厚さを持つのは、それに携わったたくさんの人の「共感」が履歴として付着しているからなんじゃないかとか、 あ、あと、破滅型の芸術家って、その傷を破滅するまで掘り下げて、結晶のようにしていくのかな、とか。 とか、難しいことを考えてしまった芸術の秋。 ああ、えらい時間食ってしまった。 お夕飯を作らねば。 食欲の秋…
2009年10月09日
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今日、ヨガに行こうと思って、雨の中、外にでたら、 風にのって金木犀が香ってきました。 体中がとろけるような、 文句なしに甘いこの香りが大好きです。 私がよくお話しする「神の使者」は、ちょうど二年前の今頃、読み始めたような記憶があります。その原題は、 「The Disappearance Of The Univers(宇宙の消滅)」 こんなろくでもない宇宙なんか消えてしまえ、 この世界での努力なんて何の意味もない、 …って言われて、なんだかむなしくなって、 途方にくれた時期が長かった… 「やっぱりこの本、ヘンだよっ!」 って、叫んで、もうこの本とは手を切ろうと思ったことも 何度もありました。 でも不思議とわたしの周りでこの本を読んだ人は、 「すごくよくわかる…」 って言うんです。 それがスピ歴からいったら私の先輩に当たる人ばかりだったので、 どうしても理解したくて、食い下がって食い下がって今に至る… 金木犀の香りをかぎながら、 「やっぱりこの宇宙も捨てたもんじゃないじゃない」 って思うのですが、 間髪いれずに、 「あなたが帰るホームの美しさは、こんなもんじゃないからっ!」 って言う声が、聞こえたような聞こえないような…。
2009年10月08日
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「我々はみな、ここでは贖罪のうちに心を一つにしているのであり、この世で我々を結びつけるものは他には何もない」(奇蹟のコース/第14章) 朝、コースを読んでいて、この文章が目にとまって、 ああ、そうだろうなあ…としみじみと思った。 人と人とのレベルで、 国と国とのレベルで、 あなたがこういったからわたしはこうしたとか、 お前の国がこれだけ取るのなら、わたしの国にこれだけくれなければ不公平だとか、 先にお前が手を出したんだから報復は当然だとか、 いや、それはお前がこうしたからだとか、 そういうのをどれだけ追求しても、 さらに混乱して余計わからなくなる。 贖罪、という言葉は、日本人にとってはなじみが薄いけれど、 もともとわたしたちは完全な神の子なのだと、 すべてのトラブルは間違いなのだと、 お互いにそう認めあい、赦しあうことは、 確かにわたしたちすべてがお互いを愛し合うためのベースなんだなと、なんだか心にしみました。 すごく感動して書き始めたんだけど、 贖罪→食材と変換されたときのショックで、 なんだか冷静になってしまいました(笑)
2009年10月07日
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「我々はみな、ここでは贖罪のうちに心を一つにしているのであり、この世で我々を結びつけるものは他には何もない」(奇蹟のコース/第14章) 朝、コースを読んでいて、この文章が目にとまって、 ああ、そうだろうなあ…としみじみと思った。 人と人とのレベルで、 国と国とのレベルで、 あなたがこういったからわたしはこうしたとか、 お前の国がこれだけ取るのなら、わたしの国にこれだけくれなければ不公平だとか、 先にお前が手を出したんだから報復は当然だとか、 いや、それはお前がこうしたからだとか、 そういうのをどれだけ追求しても、 さらに混乱して余計わからなくなる。 贖罪、という言葉は、日本人にとってはなじみが薄いけれど、 もともとわたしたちは完全な神の子なのだと、 すべてのトラブルは間違いなのだと、 お互いにそう認めあい、赦しあうことは、 確かにわたしたちすべてがお互いを愛し合うためのベースなんだなと、なんだか心にしみました。 すごく感動して書き始めたんだけど、 贖罪→食材と変換されたときのショックで、 なんだか冷静になってしまいました(笑)
2009年10月07日
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サンシャイン牧場に友達を招待すると、ポイントがもらえると知ったぽんぽんにせがまれて、何人かの方に招待させていただきました(^^; すみません、あまい親で… それに、招待に応じてもらえると大紫とか野良犬とかがもらえると知って、ついわたしもむずむずと… まあ、もしご興味があればということで。 でも、けっこう面白いよ(笑) 昨日、王道という日記を書いたのですが、実は最初は「王道に近道なし」って書いてたのです。でもちょっと気になって調べたら、こういう言葉はないんだそうで、あれなにか変に覚えてるかな?と安易に「学問に王道なし」と直ました。が、あとで「あれ?なんかへんだな」と気づきまして…。で、調べ始めたらすごいことになっちゃいました(笑) まず、「王道に近道なし」っていうことわざは基本的にないそうです。 で、こういう造語(?)が出来たのは、「学問に王道なし」という似通ったことわざがあったからだと思われます。でこの言葉はの意味は「学問をするのに安易な方法はない」という意味で、こんな解説がついてました 「王道」は、安易な方法、楽な道。ユークリッドから幾何学を学んでいたエジプト王が、「もっと簡単に幾何学を学ぶ方法はないか」と尋ねたところ、「幾何学に王道なし」と答えたという故事による。 なるほどなるほど。 で、この王道ですが、ウィキペディアによると、 王の道(おうのみち、英語:Persian Royal Road)は、アケメネス朝ペルシア帝国の大王ダレイオス1世によって、紀元前5世紀に建造された古代の公道である。宿駅が設けられ、守備隊が置かれていた。ダレイオスは、王都スーサからサルディスに至る、非常に広大な帝国の版図を通じて、迅速な交通と通信を容易にするためこの幹線道路を建設した。スーサから帝国遠隔の地のサルディスまでの 2,699キロメートル(1,677マイル)を7日間で旅することができた。古代ギリシアの歴史家であるヘロドトスは、「この公道を利用したペルシアの旅行以上に速い旅は、世界のなかでも他にはない」と記した。ヘロドトスは、「雨、雪、暑熱、夜の暗さであろうと、託された任務を伝達使が最高の速度で達成することを妨げることはできない」としてペルシアの使者を称賛した。この言葉は、今日、郵便配送者の非公式なモットーとして使用されている。 ふむふむ。ようするに「学問の習得の道は、たとえ王といえども『王道』のような楽で近い道を歩くことはできない。下々と同じように努力と忍耐で習得せねばならん」ということですね。 じゃ、わたしのあたまにのこってた「王道に近道なし」っていうのはなんなんでしょう? 上の解説だと「王道=近道」です(笑) どうやらこの「ことわざもどき」が気になっている人ってけっこういたみたいで、ネットでもひっかかってきました。この場合の「王道」は「孟子」のいう「王道」を指しているようです。これもウィキペディアから引用。 孟子は古今の君主を「王者」と「覇者」とに、そして政道を「王道」と「覇道」とに弁別し、前者が後者よりも優れていると説いた。孟子によれば、覇者とは武力によって借り物の仁政を行う者であり、そのため大国の武力がなければ覇者となって人民や他国を服従させることはできない。対して王者とは、徳によって本当の仁政を行う者であり、そのため小国であっても人民や他国はその徳を慕って心服するようになる… つまり、孟子的「王道」は、力ずくでなく心底から人に慕われ敬われる行政ってことです。転じて「正攻法」という意味になる。 「王道に近道なし」は「学問に王道なし」と潜在的にリンクしているようで、学問や芸ごとに使いたくなるみたいで、ここで王道は「正しい学の仕方」みたいになるんですね。 「王道」の意味は違うのに、内容的には同じことを言おうとしているわけだ。 昨日の私の日記のタイトルは孟子的「王道」のことを言いたかったんだけど、まさか「王道」に洋の東西があるとは思いませんでした。無意識に「royal road」を「東洋的王道」にすりかえてしまって、こんなことわざが出来たんじゃないかなとか、いろいろ妄想しています。 …って、こんな日記に一時間以上かけてる私って…一体?(ちょっと自己嫌悪)
2009年10月05日
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師匠に電話する用事があって、つい、 「なんか忙しくって…。家中の用事がみんなわたしに降ってくる気がするんですよ…」 と愚痴ったら、 「それはあなたが『俺様』だから。家族が成長する機会を奪ってるよ」 と一発で指摘されて、おもわずクラッ… 「…そうですよね、またこのパターンかって感じですわ。どうしてこう繰り返すんでしょうね」 「まあまあ、そういうもんですから。地道にね」 わたしのエゴが、 「わたしの身内はわたしが面倒を見てなんとかするのじゃっ!」 と叫ぶと、私の世界は私がなんとかすべきことに溢れてくる。 そういえば昔、何かの笑い話で、どこかの工場にかかげられた標語のことを聞いた。 「おれがやらなきゃだれがやる」 となるべきところが、濁点が落ちて、 「おれがやらなきゃだれ『か』やる」 となっていたそうだ。 この話に人一倍ウケて、いまでもおぼえているところをみると、やっぱりれがわたしのエゴのツボなんだろう。 やるべきことか、余計なことか、そういうのは一つ一つ聖霊と相談して… そう、これがコースの王道なのだけど、 そうそう毎度答えがもらえるわけではない。 もとい。 もらえてはいるのだけれど(聖霊は必ず答えてくれるそうだ)、受け取れるわけではない。 そして思いがけないときに、ぽんと答えをくれることがある。 昨日の夕飯のとき、久しぶりにワインを飲んでいて、 「それにしてもなんでこんなにお酒がすきなのかしらね~」 とほとんど冗談半分に聖霊に問いかけてみたら、 「人生がつらいから」 と。 「その答えはウソだな。聖霊じゃないぞ」 と思ったら、次には 「ストレスがたまってるから」 「…いや、それもウソだな。そんな悲壮な気分で飲んでないぞ」 そしたらワリと間髪入れずに、 「生きてるのが面倒くさいから」 という考えが浮かんで、同時にピンポーン! 「あ、それだ、それ!」 と。 …そうかあ、わたしって生きてるのが面倒くさいんだ。確かにお酒のんじゃえば、なんか「はあ、もういいやあ…きょうは考えるのやめ」っていう気分になるもんなあ。と妙に納得したのでした。要するになんでも自分が仕切ろうとして、あれもこれも抱え込んで、お酒飲んで逃避してるわけですね…。 「そのうちやめられるようになるかなあ」 と聞いたら、 「まあ、いいようになるでしょ」 と。 そういえばお酒の量もすごく減ったし、辛いものもすっかり食べられなくなったなあ。でもお酒が飲めなくなるのはいやだなあ~(笑) それにしても昨日はいやに疲れて、お風呂にはいったときにはへとへとだった。 「なんでこんなに疲れるのかなあ」 と聖霊さんに聞いたら、 「頭で『赦し』てるけど、それに心がついてきてなくて、そのギャップ埋めるのが力技なんだよね…。まだ実体験としてのフィードバックが不十分だから『赦し』を信じるのも力技だし。そこで体力使うの」 だそうです。 「どうすればいいんでしょう?」 「コース読もうね」 あくまでも王道。 近道はないのね(^^;
2009年10月04日
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はにわ屋のおかみさんが、来週の金曜日にTao Houseでやるコーヒー教室の打ち合わせに来てくれました。朝九時からの約束だったのに、わたしがなんとなくわたわたしてて、まだ台所の掃除が終わってなくて、「ごめんね、まだ掃除してなくて…最近どうもさぼり気味で…」といいながら洗い物を片付けていたら、おかみさんが、「…なんでかわからないんだけど、みんなわたしに懺悔するのよね」と。おかみさんはマクロビオティックに詳しいので、お店に来た人に相談されたり、アドバイスしたりすることもあるのだそうですが、そのあと、「じつはわたし、昨日アイス食べちゃったんです…」とか、「お肉がやめられなくて…」とか、懺悔をされるのだそう。なんとおかみさんは臨月間近の妊婦さん。わたしと同い年の立派なマル高なのに、体調管理は万全で、「カップラーメン食べたり、アイス食べたりもするのよ~」とはいいながら、まさに優良妊婦の鏡。そういう「実行の人」を目の当たりにし、それが出来ない自分に引け目を感じると、人はなぜか懺悔したくなる。さらにおかみさんは自宅兼お店の台所でお店に出すお菓子作りや料理教室もやっています。キッチンはいつもフル回転のはずなのに、いつもピカピカ。マクロをはじめてどんどんシンプルになっていったというおかみさんの日常生活も、まさに見習うべき美しさです。Tao Houseをはじめるにあたり、リビングと台所をすっきりさせるのにだいぶ骨を折ったのですが、その影にはここ数年間のおかみさんの叱咤激励がありました。先日もうちに来て、「ずいぶんすっきりしたよね~」とせっかく褒めてくれたのに、今日のばたばた加減が恥ずかしくて、やっぱりわたしもおかみさんに「懺悔」してしまうのでした。実行の人、おかみさんの『コーヒー教室&ヘルシースウィーツのお話」@Tao Houseは10/9(金)10:30から。コーヒーとおかみさんの手作りお菓子付で、お一人1500円。お申込み受付中です!
2009年10月02日
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一昨日のことですが、ちょっと遠いお友達のおうちに遊びに行ってきました(^^)数秘や星占いの話で盛り上がったり、お友達が使っているボイジャーという種類のタロットをやってもらったり、とても楽しかったのですが(また、どんぴしゃのカードが出て、すごかったねえ)、わたしの大収穫はNさんのお話。Nさんは、ある重大な決断をガーディアンエンジェルの「声」で下したそうなのです。「なんかもう、これしかないって感じだったんだよね~」というNさんに思わず食い下がって、「ねえ、それってどんな風に聞こえるの?」聖霊の声を聞くとか、エンジェルの声を聞くとか、タロットの声を聞くとか、そういうの、どうもぴんと来ないんです。自分も聞いてるんじゃないかなあとは思うんだけど(昨日の日記だってそういう話しなんだけど)いまいち確信がなく、みんなはどんなふうにその「声」をキャッチしてるのかなあって、ずっと気になってて…「うーん…なんかねえ、耳元で『キンコーンッ!』って鳴ったみたいな…」「鳴るの!?」「い、いや、鳴るっていうか、そんな気がして…」「…気がするだけ?」「いやいや、こう、紙に書いて見せられるみたいな…『あなたは○○します!』って」「その紙ってどんなのっ!?」「えーと、でも、…自分の頭の中の考えなのかもしれないけど」そしたらWさんがいつものゆったりした口調で、「でも自分の考えだったら『わたしは』でしょう?二人称なんだからやっぱりガーディアンエンジェルよ」「そうねえ…そう、なんかね、頭の中に文字が張り付くみたいな」そしたら、私の頭の中で、それこそ「キンコーン!」と鐘がなったような気がしました。「そう、それよ、その感じ!」文字といっても別に本当に文字が見えるわけじゃないんだけど、なんか読めちゃう、伝わっちゃう、みたいな、不思議な感じ…。まさに「張り付く」感じ!「聖霊の声ってどうやって聞こえるの?」ってあっちこっちで聞き、あっちこっちで聞かれ、そのたびになんともうまく答えられなかったんだけど、やっといい表現が見つかったかも(^^)持ち寄りのお昼もとってもおいしかったし(お互いに相手がベジタリアンだと思って、がんばって菜食メニューにしたわりには、実はみんなゆるゆるだったと知って大笑いだったり)、またぜひ集まろうね~!
2009年10月01日
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