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ぽんぽん、口うるさい母から逃避して夏休み学習教室に行きました。 「またそうやってお手伝いをさぼろうとする!やりたくないから学校に行くんでしょ」 「ちがうもんっ!」 「学校であそんでばっかでこのあいだみたいに勉強しなかったら、帰ってきてからまた勉強させるからねっ!昨日もおとといも全然宿題やってないんだからね」 「勉強してるもんっ!」 口から先に生まれた母と、口が最後だったんじゃないかと思われる娘…(逆子じゃなかったはずですよ?)口が重い人って、肝心なことしか話さないけど、口が軽い人は話しながら自分の考えをまとめたりする。ある意味迷惑です。(<自分) ちょうど最近のマイミクさんの日記にかぶりますな(ね、ケンケンケーンさん) そうそう、ぽんぽんが二年生の時のお話。 授業参観の科目が「道徳」でした。 「ほんとうのゆうき」というタイトルのお話を読んで、みんなディスカッションする、という授業で、そのお話の内容というのが、 「さるくんとくまくんときつねくんが、下校途中によそのおうちのお庭の夏ミカンの木から夏ミカンを出来心でとってしまう。いっしょにいたうさぎくんはとめたのだが、くまくんに「なんでとらないんだよ、勇気のないやつだ」といわれ、結局いっしょに夏ミカンをとってしまい、良心にさいなまれる…」 というものでした。先生が黒板に ・うさぎくんのきもちをかんがてみましょう。 ・うさぎくんはどうしたらよかったとおもいますか? などなどと項目をリストアップしてみんなに問いを投げかけていきます。 ママたちが後ろにずらりといることもあって、無邪気な二年生は、元気に「はいはいはいはいはい!」と次々に小さな手を挙げているのですが、ふと見るとぽんぽんは挙げてない。 つまんなそーな顔をして机の中身をいじくっているか、椅子をゆらしてあそんでいるか。で、一時間の間に一度だけ手を挙げてさされ、まっとうな答えを言ってましたが、あとはまた挙げない。 帰宅してから、なんで手を挙げないの?と理由を聞いたら、 「だって、うさぎがわるいにきまってるじゃん。とっちゃいけないものはとっちゃいけない」 ときっぱり。 「でも一度挙げてたね」 「たまに挙げないと先生がうるさい」 「…(冷めてるねえ)」 この授業は、 「いけないことはお友達に誘われてもやってはいけません。それが本当の勇気です」 という「正解」にむけて絞られている雰囲気が明白でした。先生も生徒もはじめからそれをわかっていてやり取りしている、ある意味出来レースなので、私のように言葉を浪費するのが大好きなタイプには別に苦でもないのですが、ぽんぽんのように「どうでもいいことはしゃべりたくない」タイプにはばかばかしかったんでしょうね。 授業でも一応くまくんの気持ちとかうさぎくんの気持ちとかに言及してはいるのですが、もっとそこをほりさげたら面白いのに。 「悪いことだとわかって、やってしまう時ってどんな時?」 「誘われたら断れたと思う?」 「もし断ってたらどうなったと思う?」 「あなたがくまくんで、うさぎくんが断ったらどう思う?」 こういう闇の部分にもっと光をあててほしいなあ。 それを「いけない」と裁くのでなく、そういう感情がだれにでもあって、人間はそれを抱えて生きているんだということを、そしてそんな人間であっても神様にみんな愛されているんだということを、こどもたちに理解してほしいんだけどなあ。 人として「正しい」答えだけあって、そういう風に生きなさい、っていわれたって、そんなふうにできたら世話ないっすよ、と、親子で斜に構えた道徳の時間を、なぜか今朝思いだしました。
2010年07月28日
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最近、ミハイル・エンデの「はてしない物語」を読みました。 図書館でぽんぽんに借りてきて、ついでに自分も読んだのですが、あまりのすごさに初めから唸りっぱなしでした。 もう、なんというか、ものすご~くスピリチュアル、ってか、哲学書ですよ、この本。 世界は自分の意識が作り出している。 作り出したとたんに過去も未来も始まって終わっている。 「自分」なんてない。 無条件の愛とは何か。 望む、とはなにか。 勇気とは、幸運とは、愛するとは… いやあ、こんな本が 「ねばえですとーり~♪」 って自分の若いころに大々的に映画になってたなんてねえ。 私がいわゆるスピリチュアルなものに出会ったのはかれこれ5年くらい前の話で、それ以前は、これまでも何度も書いていますが、筋金入りの唯物論者でした。それは私の周りにスピリチュアルな環境が全くなかったからだと思ってたんですが、なるほどこういう風に、全く自分のセンサーにひっかからなくて、とり落としてたものもたくさんあるんだなあと、改めて思った次第です。 同じくエンデの「モモ」もそうですが、スピリチュアルな予備知識なしにこれらの本をよんでもぜんぜんわかんないんじゃないだろうかと思ってしまうのですが、どうでしょ?? 少なくとも以前の私だったら、幼ごころの君の使者に選ばれたアトレーユが「おしるし」を受け取って、 「今からきみはなにも考えてはいけない。君の考えには何の意味もない」 なんて言われたら、 「…??考えないでどうする??」 って感じだったでしょうね。 今なら、 「ふおおお、これは『全託』ですね!?」 なんて感動しちゃったわけですが。 もっともこれはジャンル的には児童文学、ファンタジーですから、アトレーユやバスチアンと同じ年くらいのこどもたちには、頭ではなくハートで理解されるものなのかもしれません。だとしたら、ぜひぽんぽんにもう一度読ませてあげたいなあ。(一応読んだようですが、感想は『フッフールかわいい』でした。わたしもこんな内容だとしっていたら、もう少しあとに勧めたと思います) この本は、はじめバスチアンという男の子が『はてしない物語』という本を読んでいて、やがてその本の世界に入り込む、というストーリーですが、エンデは読者にもバスチアンと同じ体験をしてほしいという意図で、本の装丁をバスチアンが物語中で手に取った本と全く同じように作るように指示したそうです(白い蛇と黒い蛇がお互いの尻尾を噛み合っている紋章が入ってます。まあ、なんて錬金術っぽいのかしら。わくわく)。わたしはハンディに岩波新書で読んじゃったのですが、もしぽんぽんにもう一度読ませる機会があったら、ぜひ新書ではない、バスチアンと同じ装丁の本を渡してあげたいなと思います。それもできれば、部屋の隅に何げなく置いてあって、ある日ふと手にとって…みたいなシチュエーションが望ましいですが、ま、そこまでやると演出過多かしら。そのままずっとよんでもらえず、ハートで読む時期を逃す可能性もあるかも?w で、恥ずかしながら知らなかったのですが、エンデはシュタイナー学校の卒業生だそうです。なるほど、納得。こどもの教育の中にスピリチュアルをもっととりいれていけたらいいのになあ。スピリチュアルが怪しければ哲学でも修身(古い…)でもいいけど。こども時代にこそ、自分の存在の本質を真摯に見つめる能力があるんだから。 おまけ http://www.kiraku.tv/category/22131/movie/1/bJsd9VAIrus
2010年07月26日
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シュタイナー教育で推奨される、こどものなかのファンタジーを膨らませる遊び、そしてそれをかきたてるための自然素材のおもちゃ。 うちの場合、シュタイナー教育の着手が遅かったこと、私がファンタジーのかけらもない人間だったこと、ぽんぽんをリードしてくれる年上の仲間が少なかったことなどなどから、ぽんぽんは結局、そういう遊びはあまりうまくできませんでした。 とはいえまったく興味を示さないわけではなく、とくに布を使っての遊びは割と得意でした。とくにりかちゃん人形のドレス作りはみごとで、いつも草木染めのシルクやわたしのよそ行き用のレースのハンカチで、みごとなカクテルドレスやウェディングドレスを作ってくれます。 ぬいぐるみにもよくお洋服を作っていました。 で、うちの生きたぬいぐるみも、昨夜ターゲットにされました。 迷惑そうな顔がキュートでしょ ところで、うちの兄弟猫は、ロシアンブルーとアメショーにちょっと似てると思ってるんですが、昨日ペットショップに行ったら、ぐうぜん本物のアメショーとロシアンブルーの仔猫が一匹ずついました。 「いや、やっぱり本物は違うねえ~wロシアンブルー、品が違うよな」 「ミラくんはこんなに丸くないねえ」 とぽんぽんと言っていたのですが、 「でもチューちゃんとミラくんのほうがかわいいよね」 ということで納得したのでした。
2010年07月25日
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今日から9月まで、Tao Houseも夏休みにさせていただきます。 理由は、「ぽんぽんが家がいるから」 それだけです 自宅でやってるとこういうことになりますね。 あ、タロットのセッションは大丈夫ですので、ご連絡くださいね~。 ご希望の方には時間内に同一料金内で感情のコリコリほぐしのボディ・マッサージもできますです。マッサージベッド、猫に爪とぎされてちょっとぼろっとなってますがご容赦ください 9月でTao Houseは一周年になります。 あっという間のような、ものすごく長いような、不思議な一年でした。 夏休み中に、本の分類整理をして、使いやすくしておこうと思います。 さて、Tao Houseではタロットの師匠であり画家でもあるVijay氏の絵を委託販売しておりまする。今回パソコンをデスクトップからノートに買い替えたことでデスク周りに余裕ができ、少しばかり模様替えをしましたら、壁がどーんと空きましたので、そこにギャラリー風に絵を集めてみました。なかなかいい感じでしょ?
2010年07月23日
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さとさんとのコラボ企画、昨日無事におわりました!お越しいただいた皆様ありがとうございましたおかげさまでオーラソーマ、タロットとも満員御礼でした!こういうイベント的な場で1日に何本もセッションするのは久しぶりで、わたしにとってもとてもエキサイティングな1日でした。オーラソーマもタロットも、受けていただいた方に必要なメッセージがお届けできていますようにしかし暑かった…そして子どもたちがわいわいと賑やかでしたね~なにかのお祭りみたいでしたま、これも日常の中のスピを標榜している、Tao Houseのいいとこかなあって…ことで次回も9月に企画予定です!お楽しみに!ちなみにいつも人間が寝る時間に暴れまわってる奇跡猫sですが、昨日は子どもたちにたっぷり昼間あそんでもらって、人間と一緒に爆睡していました。
2010年07月23日
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先日、それはみごとな夕焼けを見ました。青と朱の絵具がお互いにかかわりながらにじんでいき、そこに雲の白がだれの意図なのか、絶妙に差し入れられて… 本当に美しい空なのに、私の住んでいる町からは建物が邪魔をして切れ切れにしか見られません。 それでも娘と自転車を西の空を振り返り振り返りしながらこぎ、家に帰ってからもベランダから身を乗り出して、建物の隙間から空を見ました。 「こっちこっち、こっちがよく見える!」 「○○ちゃんちはいいねえ。マンションだからきっとよく見えるよ!」 なんていう会話も楽しくて、見えないなら見えないなりに堪能しましたが、どう考えたって見えるに越したことはないわけで(笑) ただ、こんな街の中でも空を見上げることの楽しさを娘に伝えられてよかったなと思います。そしてそれは私が、そして回数は少ないながら娘も、昔どこかで見たパノラマのような夕焼けに感動したことをベースに、心の中で、 「これ、空いっぱいに見たらすごいだろうね」 という記憶の再生がベースにあるように思います。 で、これって愛も同じなんだよなーと思ったのですね。 愛がない、愛がない、愛をくれ~!! って叫んだときに、今はないように思えても、あのときはたしかに愛があった、という体験があれば、ちょこっとの愛の切れ端しを探し求めて…それは友人と話すことだったり、瞑想することだったり、おいしいものを食べることだったり、いろいろですが…それが空いっぱいに存在することを思い出して安心できる。 二元性の世界に生きている間はアップダウンはお約束、 「神さま、それはないでしょっ!!」 って叫びたくなることも何度もあるけれど、それでも、一度でも自分の意識を超えたレベルの奇跡を体験し、それがフィードバックされていれば、それでも愛はあるはずだっと愛を探し、切れっぱしを見つけて、苦しい中でもそれがすべてを超えた源につながっていることを思い出すことができる… はずなんですが、時々忘れます。(笑) そんなときは決まって山根麻以さんの「beautiful」をおもいだします。 ♪あーいはあーる、あーいはあーる… と歌いながら、思わず空を見上げ、 「はあ…、ある、はず…」 とつぶやいたりするわけです。
2010年07月23日
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明後日Tao Houseで開催いたしますさとさんのオーラソーマ&Taoのタロット、 「時間があったら、セッション交換しましょうね~」 なんていう、さとさんとののんきな会話からスタートしましたが、ふたを開けてみれば、オーラソーマのご予約、残り一名様(11:45~)になりましたっ!ありがとうございます えと、タロットのほうはまだ空いておりますよ~。ひそひそ。 この機会によろしかったらぜひお試しください 女性、およびカップル限定お子様連れ可、 各回所要時間30分、料金2000円です。 7月22日(木)11:00~ 11:45~ 12:30~ 13:15~ 14:00~ 14:45~ オーラソーマは11:45~の1枠、タロットは11:45~以外の枠、まだまだOKです!
2010年07月20日
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こんにちは。ミラクル@Tao Houseです先日はひどい目に逢いました。飼い主のTaoが、ぼくたちにワクチン接種をさせようと、病院に連れて行こうと思ったらしく、なんとボクらをエコバックに詰め込んだのです。「キャリー買いに行くの面倒だし、どうせ獣医さんに行くときくらいしか使わないからもったいないし、獣医さん、自転車で5分だし」という理由だったようです。一度お部屋の中でぽんぽんにエコバックに詰め込まれたことがあったのですが、そのときはなんだかハンモック状態で気持ちよくてとろーんとしてました。でも、エコバックに入れられたまま自転車の前かごに入れられ、上からネットをかけられたら話は別です。もちろん鳴いて暴れてバックから這い出しましたともさ。これではまずい、車道に飛び出してしまうと思ったか、Taoは自転車の後ろに乗っていたぽんぽんにエコバック入りのボクらを渡しまして、「もっててね!」と叫んでましたが、ここでももちろん袋ごと大暴れ。結局家に引き返し、あきらめたかと思いきや、今度はピクニックバスケットを取り出してきました。ここからサンドイッチや焼き菓子がでてくるすてきなピクニックにあこがれて、ずいぶん前に買ったようですが、Taoはお弁当作りが苦手らしく(料理がきらいなわけではなく、お弁当をかわいく詰めるのが苦手だそうです)、まともに使われたことがありません。そして、「うーん、二匹は無理だね」といいながら、それにボクを一匹だけ詰め込んだのです!なーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーおなーお…自転車に乗ってる間中、ボクは鳴き叫びました。「ミラくん、はずかしいから静かにしてっ!虐待してるみたじゃない!」してるじゃんかっ!!そしてようやく病院について、自転車が止まり、Taoがつぶやきました。「あ、休みだ」あまりにベタな落ちで、笑う気にもなりません。こっちは鳴き損だよ。調べてから行けよ。by ミラクル(で、結局買いました、キャリー… by Tao)
2010年07月20日
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なんとなくイベントが地味~なTao Houseですが、今回は、マイミクのさとさんとのコラボ、オーラソーマとタロットのツイン企画が決定いたしました! オーラソーマですよっ!まあ、なんてカラフルなんでしょう! いや、最初はさとさんのオーラソーマの会、って思ってたんですけど、さとさんの日記にも書いてくださったように、さとさんのオーラソーマは深層心理にアクセスして問題提起をするのが得意、そしてわたしのタロットはそれに対する解決策を提示することにわりと重点を置いているかも、というお互いの個性を生かして、一緒にやったら面白いかも…ということになり、わたしも参戦させていただくことになりました。 もちろん、お受けいただく場合はオーラソーマだけでもタロットだけでも、両方でもかまいません。わたしとしては、今現在、自分がどういう状態にあるのかを知りたい方にはオーラソーマ、なにかおかしいという問題意識がある方にはタロットをお勧めしますし、自分の状態を理解した上で、それをどう解決するか、というアドバイスが必要な方には両方をお勧めしますわたしは普段のセッションでは、「自分がどういう状態にあるのか」という部分をとことんヒアリングで聞き出していきますが、オーラソーマを使うと、そういう自分の理性では把握できない部分への、違ったアクセスの仕方があるだろうなと、楽しみにしています。 お申し込み、お待ちしております! 【日時】7/22の以下の時間から、お選びください(オーラソーマまたはタロットでご指定ください。両方ご希望の場合は先にオーラソーマをお受けになることをお勧めします) 1.11:00~ 2.11:45~ 3.12:30~ 4.13:15~ 5.14:00~ 6.14:45~ 【場所】Tao House(最寄駅、東武伊勢崎線竹ノ塚駅。詳細はお申し込み後メッセいたします) ※恐れ入りますが、女性およびカップル限定とさせていただきます。お子さん連れOKです! 今日さとさんが遊びに来てくれて、イベントの詳細とともに手際よくTao Houseの写真を撮って日記にアップしてくれました。仕事の速さに感服いたしましたっ! http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1532846497&owner_id=7898960ちなみに7/22は一粒万倍日という日に当たるのだそうで、さとさんによると、その日にアクションを起こすと万倍になって実るのだそうです(^^)vお申し込みはメッセ、またはコメントでお待ちしております!
2010年07月14日
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先の日記の続きです。 最後のほうで、シュタイナー教育の特徴として、その子の本質を引き出す教育であって、標語を掲げてこういう子になりましょう、という現代の教育とは逆です、というお話がありました。 たしかにねえ。 明るく元気に礼儀正しく、みんな仲良く、はきはき元気に…。 って、そういうキャラじゃない子には厳しいですよね。 まったりどんよりしていたい子だっている。 物静かなところがチャームポイントの子だっている。 だいたい、人間が何十人って集まって、みんな仲良くみんな友達、なんて、ありえないっしょ。大人ができないことを子どもに強要しちゃいかんな 大人の理想をこどもにおしつけた形の「標語」。 いつごろからできたんだろうと思ったのですが、ふと思い浮かんだのが、かの宝塚歌劇団の「清く正しく美しく」でした。 でもこの標語、よくみるとすべて自分の内側を律することに向けられていて、こうあるべし、というのとは違うんですよね。自分自身の心に照らして、自分は穢れなく清くあるか、恥じることなくあるか、そういった心の表現として美しくあるか。自分の魂の成長を常に自分で意識せよという、なんともスピリチュアルな標語だなあと。 やっぱり、かつての日本の教育って、スピリチュアルだったんだよな。 そうそう、この「清し」という感覚、日本ではとても重要視され、さやけし、とも言います。紀宮さまのお名前が「清子(さやこ)」さんでした。この「さやけし」という言葉がとても好きで、ぽんぽんの名前は「さや」か、同根の「さえ」にしたかったんですが、周囲の反対に合い、却下されました。 日本全国の「さや」さん、「さえ」さん、 日本の究極の美意識を担った名前を大切にね
2010年07月08日
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先週のことになりますが、mixiのコミュの足立区でシュタイナーの皆さんが主催してくださった講座に出席させてもらいました。 わたしのスピリチュアルへの入り口はまさにシュタイナーでしたが、その後はあまりご縁がなく、シュタイナーの世界観に触れるのは久しぶりでした。 講師の方は男性で、人智学という大きな体系を背景に持つシュタイナー教育の入門講座ということで、どういう切り口でお話になるのか、とても興味がありましたが、とてもわかりやすく、かつ聞き手に迎合することのないお話で、すばらしかったです。シュタイナー教育の本質を語る上で、スピリチュアリズムは避けて通れないのですが(だって、それがシュタイナー教育だからね)、はじめてシュタイナーに触れた方にとっては、それを大上段にかざされたらドン引きですよね。(わたしはドン引きしました。) こんな仕事をしてるとときどき江原の話題になりますが、 「江原さん、好きですか?」 と聞かれると、反射的にその相手によって答えを変えてる自分に最近気づきました。 スピリチュアルに関係のない人に聞かれると、 「好きですよ」 と答えるし、スピ系の人に聞かれると、 「あんまり好きじゃない」 と答えます。 前者の場合は、「スピリチュアル、好きですよ」という意味だし、後者は「江原さんのスピリチュアルに対する向き合い方はあまり好きじゃないなあ~」という意味になります。守護霊からのメッセージとか過去世の経験からのフィードバックって、特殊な能力がある人だけが伝えられるものではないんだけどなあ。まあ、江原さんはスピリチュアルを知ってほしいという気持ちから、スポークスマン的な立場をかってでたんだと思いますが。 さて、何をいいたいかというと、その講師の先生が、シュタイナーの本質を、スピリチュアルな言葉を使わずに、聞き手の心にすっと納得できる形で説明されたことに感動したってことなんです。 江原さんが好きか嫌いか、相手によって答えを変えたらそこには「うそ」が混ざるけれど、そういう答え方じゃなくて、江原さんとは何なのか、という本質をちゃんと相手に伝えることで、答えるのがベストですよね。(いや、べつに江原さんの本質を解明しなくてもいいんだけど…。たとえ話ね) これは、シュタイナーを自分の中に一度落として、それから外に還元しなければできないことで、さすがに現場で活動していらっしゃる方は違うなと。 スピリチュアル好きにスピリチュアルな話をするのは割と簡単なんですよね。「スピリチュアルは日常」と、つねに言っているわりには、スピリチュアルな言葉を使わずに、つまり、概念的なスピリチュアル用語に頼らずに、スピリチュアルな世界をスピリチュアルになじみのない人に説明することができるかなあと、あらためて考えさせられたのでした。
2010年07月08日
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三年生になって毎日日記を書く宿題が出ているぽんぽん。 最初は大苦戦、何を書いていいかわからない上に、母ちゃんがやたらとうるさい。 はじめ、中、終わりをきちんと意識しなさい。 ひとつの段落に二つのことを書いちゃいけない。 一文はなるべく短く。簡潔に。 たのしかったです、おもしろかったです、とか、馬鹿みたいな感想を書かない。 あー、もう、書くの嫌いになっちゃいそう!! 実際、嫌いになっちゃうかなあと懸念もしたのですが、そこはまあ、ぽんぽんの個性を見極めつつ、押したり引いたりあげたり下げたり… もともとわたしは論文指導中心の国語系の教材作成の仕事をしていたのです。もう、とおおお…い過去のお話ですが。で、文章を書くというのは、確かに個性の表現ではあるのですが、それを身に着けるにはまず型が必要なんだと思ってます。日本語という言葉の持つ性質が、論理より感性を伝える点に優れているということもあって、英語を筆頭とする論理系の言葉にくらべて、こういった「型」を伝える教育を忌避する傾向がけっこうあるんですねー。個性や感性をつぶしてしまうのではないかという理由で。 たしかに、ものすごく天才的なこどもにはそういう傾向もあるかもですが、だいたいのこどもは、まず型を与えて、それをこなせるようになってからその型の中で個性を表現していく。型破り、というのは、型があってこそ敗れるわけですね。型すらも感じさせないのは、宮沢賢治クラスの才能があってこその曲芸かと。 ぽんぽんは、試練好き8番娘なので、わりとあたえられたコンダラはひっぱるタイプ。まあ、コンダラを引っ張るのはやめたほうがいいようですが、ここは都合よく逆手にとってけしかけてみました。 そしたらある時期を境に、どんどん自分で書けるようになってきました(そのころ、わたしが妙に気ぜわしくて見てやる暇がなかった)。さらに「です」「ます」調から、作文の上手な男の子に刺激されて「である」調に変えてから、どんどん調子が出てきた様子。 今度は意識的に口を出さずに見守るようにしたら、わが娘ながら面白いものを書き出して、どんどん個性も出てきました。そしたら、なんというか、わたしの文にどんどん似てくる気がして… 本人の了解を得て、掲載、ある日のぽんぽんの作文です。 ***************************************************************** 「はがぬけた」ぽんぽん きゅう食をたべていたらはがぬけた。この前からぐらぐらしていたはだ。 なぜかスープスパゲティとサラダをたべていたらぬけた。スープスパゲティはやわらかいし、サラダは入りまめ(正・煎り豆)ときゅうりとキャベツだけだ。へんなの…わたしは思った。ぬける時、はがさかさかまになりそうだった。サラダを食べたらけっかんがだけががぶらさがった。わたしは 「ブチッ」 ともぎとった。 先生にいって水どうにいった。そしてくちを5回ゆすいだ。5回ゆすいでもまだちの色がついている。はにしみるかられいとうみかんはへらした。れいとうみかんたべたかったのに。 ***************************************************************** ね、なんか似てると思いませんか?
2010年07月08日
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立て続けにすみません、明日、開館予定日でしたが、お休みします。 どうしても出かけなければならない用事ができてしまって。 こういう突発的な用事もそうなのですが、がんばって開館しても、家族構成その他の事情で、考えていた以上に一日家にい続ける状態が難しい…。 予約なしでふらっと来てね、というのが一番のコンセプトだったのですが、電話一本(またはメール一本)、開館確認、その後ご来館ということで、どうぞよろしくお願いいたします
2010年07月01日
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