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藤沢駅から再びJR東海道本線に乗換えます。JRと小田急が仲良く同居しています。113系が入線してきました。先頭車から運転席の計器を撮りました。時速100キロで快走します。発車していく113系を見送ります。最後尾のクハ111は1000番台でした。元横須賀~総武快速直通仕業をこなしていたクルマですね。これは上り列車です。さて、撮影したのは平塚?茅ヶ崎?実は憶えていません(^^);ただ、この時は湘南新宿ライン体験が主目的でした。この時点ではまだまだ珍しくなかった113系が、今や東海道スジでは見かけることが出来なくなってしまったとは…未だに不思議な感じです。
2007年03月31日
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3月分が後2日分のみ空白ってのも変ですので…かといって良いネタも無いのですが…これは2年前の初夏、とある土曜日たまたま休暇が取れ、お出かけした際撮影しました。江ノ電江ノ島駅です。ホリデーパスで大船駅に着いた時、ふと気まぐれで湘南モノレールに乗り、終点まで行きました。そして、江ノ島駅から江ノ電に乗り、藤沢駅に向いました。実を言うと、この時が「初」江ノ電でした。中々御当地に赴く機会が無く、江ノ電は遠い存在でした。1日乗車券もあるとのことですしいずれ機会があればゆっくり探訪してみたいところです。
2007年03月30日
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もう1日お付き合い下さいm(_ _)m日本全国桜の名所と呼ばれるところは多々あり、其々人々を楽しませてくれます。今回紹介する桜花は、所謂名所のそれではありません。あくまで日常風景の、御近所の桜です。何故こうも桜の花は人々に受け入れられ讃えられるのでしょう?思いますに…厳しい冬も去りまた新しい命の芽生える春の訪れの象徴のように咲き誇る姿に人は喜びを感じるのでしょうか?お天気が良いと、桜を愛でながらお弁当!というのも乙なものです。家族・友人・知人、気の合う仲間と楽しく語らいながら舌鼓ってのも楽しいものです。上戸諸氏はさぞかし杯も進むのでは?(何、口実は何でアレ…呑めればそれで良いのだ!…ですか?)(^^);但し、何事も楽しむのは良いのですがはしゃぎすぎは顰蹙の元です。歌舞音曲禁止!とまでは言いませんが…あまりに目に余るのは…ねぇ(^^);折角咲いてくれた桜のためにも、お花見は穏やかに楽しみましょう。たまにはお花見ってのにも行きたいなぁ~…(あ!でも今年は喪中だった…)
2007年03月29日
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またまたこのネタで恐縮ですが…これらの写真、実は当時勤務していたDPE店での店頭販促用として撮影したものです。市内を結構歩き回りました(^^);
2007年03月28日
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と、いうわけで26日分の続きです。市内いたるところに桜並木があり、恰好の市民の憩いの場になっています。
2007年03月27日
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日記が遅れていますのでここらでネタ仕込を…というわけで季節ネタです。この時期と言えば何といっても桜です!これより紹介しますは2005(平成17)年4月、埼玉県草加市で撮影したものです。数日分に分けてご紹介致します。たとえ日本がどう変わるとしても、春先の山野に咲き誇る桜花の美しさは是非とも未来永劫伝えて行きたいものです。
2007年03月26日
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丁度1週間遅れの書き込みになってしまいました…さて、昔の写真でふと思ったこと。何であの時もっときちんと撮らなかったのだろう?何でもう1度トライしなかったのだろう?今となっては2度と撮れない被写体の失敗写真を前にため息をつく今日この頃だったりします。これは今を去ること10年位前、東北本線矢板~片岡間にて撮影したものです。当時既に希少価値が出始めていた国鉄特急色EF65-500、541号機です。元は地味な貨物用として生まれたものの、運命の悪戯か?手不足だった東京区特急組増員用として同期メンバー8両のうちの1両に選ばれ、特急色を身に纏い、ヘッドマークも凛々しく颯爽と華の寝台特急をエスコートして、大幹線を韋駄天走りする栄誉に輝いたカマです。しかし華やかさと裏腹にあまりにも過酷なその激務は恐ろしいまでの疲労をもたらし、その任に就いて僅か13年で戦線離脱、それこそ「隠居仕事」に甘んじることになった事は今更説明するまでもないでしょう。何時の間にか、特急牽引機としての時代より、首都圏の短距離貨物列車用機としての経年の方が遥かに長くなってしまいましたが…さて、上の写真お気づきの通り、カマに架線支柱がかかってしまいました。電化区間ですから架線支柱は宿命ですが、ここにかかるのはいただけません。流し撮りなのでまだしも支柱の影響は少なくなりましたがお世辞にも綺麗とは申せません。そこで…画像を加工してみました。と言っても弄った後が汚らしく残っている拙い代物ですが…元写真は銀塩フィルムからの紙焼きプリントで、スキャナーで取り込みました。デジタル処理故に、こういうことも出来るようになりはしました。でも…それって「真を写す」写真と言えるのでしょうか?これは一個人のブログページの画像ですし、内容自体も別に閲覧制限の要るような代物でもありませんし、犯罪性だってかけらもありません。この程度の加工が在ったからといって何の問題にもならないでしょうが、この技術、使い方によっては…?いや、以下自粛…(^^);人の世にある様々な技術、それは多くは人々のより良い暮らしに役立っていますが何事も表があれば裏もある、技術はすべからく諸刃の剣。遣い方を間違えるととんでもない事になるものです。ゆめゆめ、おろそかにしないように…(って他人事みたいに言っていいの?>ぢぶん…)
2007年03月25日
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今年はJR発足20年目の年です。早いものであの大変革から20年。けっして短い時間ではありません。となると気になるのは今も活躍を続ける国鉄時代からの車輛達。発足時は継承車輛たちばかりだったJR各社路線も何時の間にか新世代車輛たちが幅を利かせ、旧世代車輛たちは段々鬼籍に入って行き、世代交代が進みました。国鉄時代末期に登場したこれら車輛も何時まで現役でいられるでしょうか?これは1989(平成元)年に撮影しました。クハ116-20以下の新快速です。撮影場所はうろ覚えですが概ね芦屋~摂津本山間あたりです。当時はまだまだ京阪神のエースでしたが、丁度この頃後継車として221系が登場、次第に主役の座を明け渡して行きます。塗装を変え車内も一部変更し編成も組み替えましたが、まだまだ元気なのが嬉しいところ。これは1981(昭和56)年に撮影しました。117系と同じ頃登場した185系です。顔つき・座席形状など雰囲気に一脈通じるものがありますが、対照的でもあります。今ではリニューアルされましたが、登場当時度肝を抜かれた斜めストライプは塗り潰され、湘南カラーのブロックパターン(田町所属車。新前橋組とは別パターン)になりましたが、却って国鉄っぽい感じになった気がします(^^);(もともとのスタイルと塗装が国鉄離れしていたのでそう感じるのかもしれません)(^^);
2007年03月24日
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22日付分の続編です。この衣装を購入したのは1980年代でした。当時の流行?というか、当時は女生徒の制服のスカートは膝下5cm程度が当たり前でした。そのためこのスカートも丈はそんなものです。しかし1990年代になって、スカートの丈が短いものが主流になると、おもちゃの世界にもその影響は及ぶもので、↓のようになりました。因みにこの衣装は特定のモデルはないとのことです。1セット600円(税別)で売られていたので数を揃えることが出来ました。
2007年03月23日
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このところ何の書き込みも出来ていません…構想自体はあるのですが…画像データの用意が…orz(ってなんでそこに某巨大BBS用語が出てくる?>ぢぶん)紺屋の白袴…ではないのですが今振り返ると然程写真を残していません。否、そういうと語弊があるやも知れません。整理が追いついていないというのが実情です。絵などもそうなのですが、撮った瞬間、描いた瞬間、仕上げた瞬間は良く出来た!と思っても、時間を置いて見直すとどうしてもあちこちの粗が目立ってしまいます。過去にここに描いた落書き絵なども、今振り返ると削除してしまいたい代物ばかり…(^^);(ま、何年経っても、「やっぱりオレは上手い」なんて己惚れてるようじゃ絶対的に進歩はありませんからそれよりはマシでしょうか?って、自分で言ってちゃ世話ぁねえなぁ~…)折角ブログをUPするのに画像が無いのも寂しい話です。そこで、もう20年ぐらい前に撮影したものですが、機材で遊んだカットです。フラッシュの発行部に取り付けスポットライト風に極々狭い範囲を照射できるアダプターを使って遊んだものです。レンズにも実は特殊効果の出せるフィルターをセットしました。衣装は当時梅田の阪急デパートで売っていたもので、実在する高校の制服をモチーフにしたものです。何種類かありました。これが何処の高校のものだったか?は失念しましたが、良く言えばオーソドックスな、悪く言えば何処にでもありそうなデザインです。元は水兵用の制服だったセーラー服ですが、何故か女学生用に広く普及してしまいました。そういえば古いドイツ映画で全寮制の女学校を舞台にしたものをTVで見たことがありますが、やはりセーラー服っぽい制服でした。時代的には20世紀半ば、第二次大戦直前の頃のようでしたが…(モノクロだったので撮影自体も当時のもの?)最近は学生の制服も男女問わず百花繚乱となりました。しかしどれがどの学校?となるとさっぱり判りません。30年前はセーラー服・ジャンパースカート・ブレザーの概ね3種類、男子に至っては詰襟でなかったら稀有な存在でしたが当時の方が各校の差異は良くわかりました。でも考えてみれば当時は自分も高校生でしたから制服は身近な存在でしたが今は学校とは縁が遠くなってしまい、いちいち気にする必要も無くなったので、その違いに鈍感になってしまったのですね。何だかJR型車輛より国鉄型の方が一目で違いが判るようなものでしょうか?(113系なら通風器・窓配置・ライト・タイフォン・冷房装置・Hゴムの色等々番台区分の見分けポイントがすぐ見つかるのに、中央総武各駅停車の209系とE231系は一瞬頭で考えないと区別が付かないようなものです)結局最後は無理矢理鉄ネタに持っていってしまう私…
2007年03月22日
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そういえば最近こちらのネタが滞り気味でしたので、今日は久々このネタです。これは100円ショップで見つけた端切れ3枚(右)、衣料品を扱う店で見つけた端切れ生地(左)で作りました。ウチの「娘」どもは仲良しなんです(親ばか!>ぢぶん)(爆)でも何故いつも「姉」が「妹」に抱きついているのか?それは2人の体重差があって、「妹」が「姉」に抱きつくと…?こうなってしまうんです(^^);(このシーンの衣装も実は、100円ショップでみつけたバンダナが素材です。3枚使って2着出来ました)これは以前購入しておいたものの中々出番の無かった生地から一念発起!で作りました。イメージとしては西部劇時代の町娘です。こういう裾が床まで届く長いスカートだと、スタンドが隠せますので自立しているようにも見えます。遠慮の要らない仲良し姉妹ですから時にはこんな事も…↓本来は清楚でおしとやかで慎み深い大和撫子なキャラの筈なのですが…>ドール達…どうもガサツなおやぢと暮らしているのがいけなかったようです(爆)…お目汚し失礼しましたm(_ _)m
2007年03月21日
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例によってしつこくて恐縮至極m(_ _)m。この場所での撮り鉄のメインターゲットはこれでした(^^);↓ついついモータードライブフル回転で連写してしまいました。この日の「エスコート役」は104号機でした。従うのは第2編成です。↓この写真では実はカマの側面に標識がかかってしまいましたのでここにUPする際レタッチしました。痕跡が見苦しくて恐縮ですが…しかし、いくら撮影に邪魔だからって勝手に引っこ抜いたら「鉄」道の重大犯罪行為です。沿線の樹木や草花を手折るのも邪道です。まして撮影場所にゴミを散らかすなんて論外です。以下、特徴的な側面を持つ編成各車輌達です。もっともネガのデータをCD-Rに書き込んでもらう際些細な埃が写りこんだ箇所が何箇所か在ったのでそこをレタッチした関係で多少ノイズが出ている場所があることお詫び申し上げます。8001レは進行方向左側から撮った方が各車の特徴的な窓割が良くわかるのですが、富山県内ではえてして逆光気味です。この辺りなら北陸本線はほぼ南北に走っていますので、午後この場所を通る8001レは丁度左サイドが順光線となるのです。この列車は北陸自動車道のクルマに負けそうですが…(事実途中駅で運転停車の上後続の電車特急の通過待避という、特急列車にあるまじき屈辱的待遇に甘んじていますが…)この列車は乗っているだけでステータスですので、少々追い抜かれようが何の気にもなりますまい(^^);寧ろゆったりした時間の流れを優雅に楽しむ事こそこの列車の真骨頂です。この列車を追うだけでフィルム使い切ってしまいました…(^^);嗚呼…乗りたいよぉ~…
2007年03月20日
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思い出その1と来ましたから当然ながらその2があります(^^);今度はクルマで出かけた時のお話です。これは確か武生~鯖江間あたりだったかと思います。何分15年ぐらい前の話ですので…ローカル輸送に黙々と働く413系です。最後尾のクハがクハ412ではなくクハ455-700です。もしかしたら?473系を改造した100番台?生憎この位置からではナンバーまでは読めませんでした…(元写真を拡大してみましたが無理でした)上り「加越」です。当時はまだ当たり前だった国鉄色485系、ボンネット車です。ナンバーはクハ481-110と読めました。同列車の後追い画像です。前後とも同じ顔の編成は寧ろ少なく、前後で顔が違う編成の方が多かったように記憶しています。下り「雷鳥」です。こちらもボンネット車ですが、残念な事にナンバーまでは判読できません…100番台なのは間違いないのですが…同列車の後追いです。この辺りは北陸自動車道も並行しています。あちらを走るクルマは結構なスピードで流れています。本来高速自動車国道は法定速度時速100キロメートルのはずですが、実態はえてしてそれ以上のスピードで流れています。かつてここをEF81の牽く客車鈍行で通った事がありますが残念ながら勝負になりませんでした。駅間では飛ばしても時速95キロ、各駅停車では発車時・停車時の加減速にも時間を取られてしまいます。しかし、ここを走る485系・681系・683系特急はその、高速道路のクルマに決して負けていません。「鉄」としては溜飲の下がる思いです。北陸本線の線形の良さは惚れ惚れしてしまいます。(我がふるさとを行く山陽本線の線形の悪さは目を覆うばかりです。特に三原~防府間、本由良~厚狭間はフルノッチで走れる区間がどれほどあるでしょう?性能一杯で走れるのは美祢線経由のホキ車・セキ車=それも「ロ」記号付きの65キロ制限車=で編成された貨物列車ぐらいなものでしょうか?中には、快速列車すら通過する無人駅に過ぎないくせに、駅の前後のポイントで通過列車に50キロ制限のある戸田駅のような駅もあり、スピードアップの足枷です)この在来線の線形の良さを巧く活かして、高速列車体系を作れないものでしょうか?
2007年03月19日
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このところ昔話ばっかりで恐縮至極m(_ _)m中々最新のネタが仕入れられないものですから…嗚呼!就職先が欲しい!そういえば3月18日はダイヤ改正の日です。各地で新しい列車、新しい路線が産声を上げ、その一方で長年親しまれた車輛や列車が引退して行きました。ニューフェイスを歓迎する一方、去り行くものに一抹の寂しさを感じます。さて、今回ご紹介しますは福井県のお話。といっても15年ぐらい前のお話です。まだ私が富山に住んでいたころ、写真撮影を目論み、出かけた事がありました。今のえちぜん鉄道の前身、京福電鉄三国港駅です。東尋坊観光…には多少不便でしょうか?(あそこから飛び込める勇気があれば…って、ないから未だに生きています)(自爆)福井口駅隣接の車両基地の風景です。此処で路線は二手に分かれます。北陸の名刹永平寺門前にでん!と構えていた永平寺駅です。これらは1994年頃訪問した時のものです。永平寺線は本当に長閑な路線でしたが、この終着駅はなかなか貫禄のある駅舎でした。かつてこの名刹に参拝するため数多の善男善女が集ったであろう駅構内は往時の面影を残していました。しかし時代が変わり、参詣客の多くは貸し切りバスを仕立てたり、自家用車を利用したり…鉄道の利用客は地元の高齢者と通学生ぐらいになってしまっては、威風堂々の駅舎が却って寂しく見えたものです。今この永平寺駅には電車は来ません。否、永平寺線も永平寺駅も過去帳入りしてしまいました。20世紀も押し迫った頃に起きた悲劇により、京福電鉄福井支社自体が現在ありません。悲運の車輛モハ251です(既出画像で恐縮です)。しかし鉄道が不通になって思わぬ影響が出たとのこと。それまで鉄道を通勤通学に使っていた人がいっせいにバスや自家用車を利用し始めたため並行道路は大渋滞。深刻な社会問題化してしまいました。そして形を変えて鉄道を復活させよう!と言う事になり、新会社えちぜん鉄道があとを引き継ぎ、好評をもって受け入れられているとのこと。喜ばしい事です。福井の鉄道と言えば福井鉄道も忘れてはなりません。これは元静岡鉄道の車輛です。鉄道線用の大きな車両が併用軌道をまるで自動車を蹴散らすように走る様は中々ユニークでした。ここも今は元軌道線用車輛(名鉄岐阜市内線のOBでしたっけ?)が転職してきて世代交代がされたと聞き及んでいます。冬場の雪は確かに大変ですが総じて北陸地方は暮らしやすい土地だと感じたものです。またいつか、訪ねてみたい場所です。
2007年03月18日
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このところ鉄道ネタばかりのこのブログ。ブログ主が「筋金入りの鉄CHAN」である以上宿命ではありますが、ともすればお堅い雰囲気になっていますので、ここらでちょっと息抜きネタです。昔々まだ人類が見果てぬ土地に夢とロマンを抱いていた頃、海には摩訶不思議な魔物がうじゃうじゃいたとの事(否、今でもまだまだ人類の知らない、理解出来ていない不思議な現象はいくらでもありますが…)。中でも、美しい歌声で船乗りを惑わし挙句船を難破させ沈めてしまうセイレーンやローレライはその姿の美しさとそれでいて対照的な恐ろしい災いをもたらすと言う事で著名な存在でした。さて、もし現在彼女達が存在したら…?どんな姿でしょう?案外こんな感じ?↓いぇ~い!皆ノッテルぅ~?(いぇ~い!ひゅーひゅー!)見なよ!デッカイ船だぜぃ!さぁいっちょ、船乗りどもを虜にしてやれ♪(おー)One!Two!OneTwoThreeFour!ず…ずん…ずだだんだん!ず…ずん…ずだだんだん!♪あたいの名前はセイレーン!海一番の歌姫さ♪♪ロックにラップにレゲエにヘビメタ♪ジャズに演歌にクラシックゥ!♪♪あたいに歌えぬ歌はない!♪ず…ずん…ずだだんだん!ず…ずん…ずだだんだん!♪船乗りどもを狂わせる魔性の人魚たぁあたいのことさ♪♪荒くれ老いぼれ若造ガキンチョ!皆あたいに首っ丈!ヘイ!♪ず…ずん…ずだだんだん!ず…ずん…ずだだんだん!♪そら来たやれ来たでっかい船だぜ30万トン大型船♪♪今度の獲物はあのデカブツさ!相手にとって不足はない♪ず…ずん…ずだだんだん!ず…ずん…ずだだんだん!♪あたいの歌で酔わせてやるさ。船乗りどもはイチコロさ♪♪ハイテクマシンがナンボのもんさあたいの美声にゃ敵わない♪♪積荷のこたぁ知るもんか!保険会社の仕事だろ♪ず…ずん…ずだだんだん!ず…ずん…ずだだんだん!ラップ調のリズムでどうぞ…(^^);あ!アンプがない…(いえ、ちゃんと舞台袖にあります…って舞台の袖ってどこだよ?…)ボーカル セイレーン(マーメイド)ギター カニドラム タコキーボード イカバックコーラス イルカ何だかロックもパンクもレゲエもヘビメタも無視した構成になってしまいましたが…(^^);果たして…こんな編成のユニットでいいの?BONGO様に叱られそうですが…(^^);(ユニットだの編成だのって聞くと違うものがピーンと来るのは「鉄」のサガでしょうか?)
2007年03月17日
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しつこく同じテーマで恐縮至極m(_ _)m昨日付け分の続編です。昨日付けのページでも触れましたが、ここはJRと地鉄が並行していますので、同じ場所で両者が撮影できます。14710系14711+11の2連です。14710系はこの14711+11と、14712+12の2本がロングシート、他はセミクロスシートでした。元名古屋鉄道の3800系との事。この写真を撮ったのは既に10030系が登場し、14710系・14750系は最後の御奉公の頃です(1992=平成4年頃)。クハ175を従えた14760系です。宇奈月行きの優等列車でしょうか?連結面側に貫通路のない不思議なスタイルのクハでした。相棒の14760系も貫通型ではないせいでしょうか?下流側に回るとこんな感じです。例によってトワイライトエクスプレスです。この時が唯一、43号機を写せた時でした。103・104・113・114号機は撮れましたが唯一、44号機は撮影機会を得ていません。この他、神通川・生地川・黒部川はアンダートラス橋ということもあって、写真が残せていません。今にして思えば、撮っておくべきだったかな?と反省しています。
2007年03月16日
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富山県には大河が何本も流れています。神通川・常願寺川・早月川・生地川・黒部川、それらの支流や中小河川も含めるとかなりの数です。多くの河川が運ぶ豊かな水と、育む肥沃な土地は豊潤な実りをもたらし、この地を全国屈指の米どころ・酒どころとして知らしめます。富山湾も魚介類に恵まれた海で、寒ブリ・甘エビ・ズワイガニ等々、これまた全国ブランドの美味のオンパレードです。下戸の私には酒の味の紹介はできませんが、著名な地酒もあるとの事。「いける口」の各位は是非、冬場にお越しください。ブリやカニが旬を迎えます。さて、今日ご紹介するのは早月川。勿論味覚とは無関係な「鉄」話(^^);(美味しい物のお話を御期待の向きには恐縮至極…)m(_ _)m早月川は魚津市で日本海に注ぎます。この川の河口付近をJR北陸本線と富山地鉄線が渡りますが此処は何と両者ほぼ並んで渡るのです。そのため同じ場所でこういう光景が見られます。ここも殆ど右岸からばかり撮影しています。本当は左岸から撮った方が立山連峰がバックに入るのでその方がより写真としての迫力が出るのですが…(^^);これは右岸から左岸方面を135ミリで捉えたカットを更にトリミングしました。この通り、左岸からだと足場やアクセスが不便で、あまり見通しも効きません。どうしても光線の加減で橋の南側(上流側)から撮る機会が多くなります。当時はまだ当たり前にいた1500番台、上沼垂のグレードアップ編成にも入っていました。北海道の雪に比べれば北陸の雪なら耐えられたのでしょう。否、元々北陸でテストした後北海道に渡ったのですから…しかし、彼の地の雪質は北陸のそれとは違い大苦戦した由。一流大学を首席で卒業或いは大学院で博士論文も発表したような百戦錬磨の超一流技師・エンジニア達が束になって導き出した、実験室での最適解がフィールドでも最適とは限らないのは今も昔も同じですね。同じ編成の後追いです。ボンネットクハ…今生きているクルマはいるのでしょうか?最近419系のことを「食パン」と呼ぶそうです。中々言い得て妙ですね。そういえば、715系がデビューした頃、丁度当時の人気テレビ番組に因んで「ひょうきん電車」などと趣味誌で言われていました。別に好き好んで折角の流麗な2枚目から敢えて異形の面立ちになった訳じゃないのですが…(^^);しかし、715系は当初の予定通り?引退してしまいましたが419系は後継車に恵まれないのが却って幸いし意外と長生きしています。ラッシュ時には不便でもデータイムにはあの掛け心地の良いクロスシートはありがたい存在です。先程紹介した貨物列車です。流石に動脈幹線を行く貨物列車、長い編成です。河川敷の広いのもお判りいただけるかと存じます。まだまだ紹介したい写真はありますがそれは明日付けのページで紹介します。今日のところはこれまで…m(_ _)m
2007年03月15日
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さて、少し日にちが空いてしまいましたm(_ _)m(え?誰も気にしていない?…ごもっともで…)(^^);先日紹介しました常願寺川橋梁ですが、この川を渡るのはJR北陸本線だけではありません。当然、富山地方鉄道も此処を渡ります。この橋梁の右岸あたりは良き撮影ポイントでした。先日紹介した画像ですがこれもこの場所での撮影です。同鉄道のエース14760系です。元京阪3000系の10030系です。稲荷町駅にいきなり留置してある姿には度肝を抜かれました。2編成を残して塗装は変更されました。もっともこの塗装にも赤線の有無で2パターンあります。在来車も順次新塗装になるものが現れました。もっと橋梁に近いところだと足場が悪く中々近付けません。午後には逆光でした。或いは左岸から撮れればま背景に立山連峰を入れることも出来たのですがもっと足場が悪く、クルマの置き場もなかったので撮影していません。比較的近いところを並行する道路橋もあったのですが、この橋は鉄道橋の北に位置し、逆光になってしまいます。(比較的日差しの弱い薄曇りの時に撮った写真があるはずですが何処にしまいこんだやら…)いずれ見つかったら紹介できるかと思います。
2007年03月14日
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常願寺川橋梁を走るのは勿論トワイライトエクスプレスのみではありません。これは確か朝の回送列車で、折返し直江津発富山行きでしたか?朝の通勤通学輸送列車として働き、そのあと特急列車として走る列車です。長い編成が朝の輸送力確保に重用されてのでしょう。ロザも開放されていてゆったりしたシートに座れれば極楽ですが…デッキも通路も狭く乗降りには時間がかかる上立たされたら悲惨です(^^);日の出の早い夏至の頃なればこそ、この列車も捉えることができました。ただ、順光で撮ろうとすると後追いにならざるを得なかったのが残念ですが…編成中個室寝台の割合の多い列車でした。もっと長時間乗っていたくなります(^^);この頃は12両編成でした。この時は実は、出勤前!に撮影しました。日曜日で道路が空いてる!のを幸い、ひとっ走り行ったものです。あ、勿論無理なスピードは出していません。法定速度の範囲です。会社にも遅刻はしていませんです。はい(^^);
2007年03月13日
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かつて暮らした街…といいながら肝心の街の話が殆どなくて申し訳ないです。もっともっと街の風景でも写して置けば良かったのですが…この頃良く出かけた場所が、常願寺川橋梁でした。一番の狙いは勿論この列車!編成全体を収める事が容易でした。この日のエスコート役…牽引機は103号機でした。オハ25552と読めました。第2編成です。車内は賑わっているようですね。乗りたい(^^);元電サシがよくぞ化けました(^^);ここで食事をして見たいものです。これぞ現在のマイフ97?トワイライトエクスプレスは何度となく撮影しました。この場所もさることながら各地で撮影したものです。残念ながら未だに乗車機会を得ていません。
2007年03月12日
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このところブログネタに困るようになりました(^^);そこで、久々かつて暮らした街の話でも…m(_ _)m今回取り上げるのは富山市です。ここは都合7年暮らしました。人生の中で現時点では3番目に長く暮らした場所です。そこそこ暮らしやすい町でした。冬場の雪だけは当初カルチャーショックでしたが…(市内50cmの積雪には驚きましたがそれ以上に地元の人の「今日は雪がない」発言には度肝を抜かれました。界隈では1m以上積もらないと積雪のうちに入らない由)たまの休日に何をするか?それはもう決まっています。カメラ構えてお出かけして、あちこちで「撮り鉄」です。呉羽山から撮影しました。此処は見晴らしの良い場所でした。当時はまだボンネット485系も当たり前に走っていました。高山本線の新進気鋭のエース、キハ85系です。気動車らしからぬ俊足の持ち主です。当時はありふれていて何の有り難味もなかった首都圏色通称タラコ色です。程なく界隈では見られなくなってしまいました。この色って今もあるのでしょうか?界隈を離れて10年の月日が流れました。そうそう、路面電車!これも世話になったものです。富山地方鉄道も利用しました。機会があれば再び訪ねてみたい土地です。
2007年03月11日
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最新ネタは中々用意できないブログ主です。と、言う訳で今回も回顧ネタ。実に四半世紀前(!)のお話です。時は1981(昭和56)年の夏休み。田舎の駅弁大学の貧乏学生だった私は飯田線を探訪しました。あと数年早ければ流電や半流、省電達とも逢えたのですがその頃は勉学に追われる受験生(ノ割にはまともな結果は出ていませんが…)、とても遠距離「鉄」は不可能でした。もっとも、省電以上に気になる存在だったのが80系でした。ガキの時分から高校時代まで何処に行くにもまず最初に世話になった車輛です。撮影場所は今更言うまでもないでしょうね(^^);三河槙原駅付近の橋の上からです。三河槙原駅の駅舎です。貨物列車をエスコートするED6214です。当時は各線にまだまだ貨物列車がありました。通過する急行列車です。タブレット授受の瞬間を狙ったのですがタイミングを外してしまいました…この当時はまだタブレット閉塞区間は珍しくありませんでした。ただ、元々タブレット閉塞区間で通過列車として運用される事が前提だったキハ81・82・181、キハ55・26・56・27・57・28・58・65、キロ25、キロハ25などはタブレットキャッチャーを備えているものが多かったのですが、165系にはそれはありません。運転士氏は素手でタブレットを拾っていました。(でもこれ一つ間違うと大怪我してしまいますね。実際取り損なって大怪我をしたり、蒸機時代には走行中のキャブから転落、哀れ殉職した機関助士もいた由。)途中駅です。ふるさとに同じ名前の山があるのでついつい写してしまいました。一部スカ色の省電達も最後の活躍をしていました。豊橋駅で発車を待つクモニ83-100です。言うまでもなく元はクモユニ81で、80系とは一緒に手を繋いで走った仲ですが、ここではその機会を得ていません。また、かつて飯田線のメンバーで唯一の戦後型だったサハ87001は、皮肉にも同じ80系に追われる形で戦線離脱して行きました。その豊橋駅には名鉄電車も乗り入れます。国鉄ホームにそのまま発着するのはちょっと不思議な感じでした。今は駅舎も変わり、ここを走る面々も変わりましたが、もう一度ゆったりと旅をしてみたいのが飯田線です(まだ未経験の三河槙原以北も是非乗ってみたいところです)。
2007年03月10日
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去る5日、都内の人材紹介会社の面談(登録)のあと、神保町へより、「鉄」御用達の書店に行った事は過日此処にUPした通りです。そこで気になるDVDを見つけたので、後先考えず購入してしまいました。一つはパシナ倶楽部の前面展望ビデオシリーズ206・207。ブルートレインあさかぜ。もう一つは(有)MotionStyleの運転室展望ファイル山陽本線下関~本由良・本由良~徳山。いずれもDVD2枚組でした。いずれも概ね1時間ずつ、山陽本線の前面展望映像を収録したもので、前者は5レ「あさかぜ」の広島~徳山間と徳山~下関間の映像、後者は115系の上り普通列車で下関~本由良間と本由良~徳山間が収録されています。何故区間も重複するDVDをわざわざ買ったのか?それはこの映像の区間がふるさとの辺りを映しているからです。「あさかぜ」の方は2000年3月、115系の方は2006年8月、両作品には6年の時間差があります。見比べてみると歳月の違いが感じられました。特に大道駅(山口県防府市)はガラリと変わっていました。「あさかぜ」の方に出てきた大道駅は記憶にある姿と大きく変わっていません(中線のポイントが一部撤去されてはいますが)が、6年後の映像では橋上駅舎に変わっていて、駅の南側かつては休耕田だったところに移転してきた私立高校らしい建物が見えました。(そういえば6年あれば高校の生徒は全員入れ替わりお互い顔を合わせる機会もなくなってしまうのですね。大人になると6年は然程長い年月とも思えませんが、こう見ると結構変わってしまいます)。また、擦れ違う列車も、後者には、前者には見られないJR西日本リニューアルカラー車が見られます。一方前者には、小郡駅(当時、現在は新山口駅)でキハ181系に出会います。そして、何故山陽本線では広島~小郡間の電化が最後まで残ってしまったのか?の理由も察する事ができました。山陽本線の広島以東や新山口以西ではトンネルがあるにはありますが数は知れています。新山口~下関間でも75キロの間で4つか5つです。しかし、広島~新山口間ではおよそ20箇所!そのうち5箇所が戸田~富海間に集中しています。それも電化のためのクリアランスを取る為掘り直し=路盤下げ=や新規の掘削をしたトンネルも同区間の5箇所のみならず、ほぼ全部が該当しますので工事の大変さは素人目にも窺い知れます。それでも、新規のトンネルを掘削できたところは新線を使いながら改修出来ますが、それが叶わず現在線の路盤を下げたトンネル=戸田~富海間一番西よりの大畠トンネルなど=は工事期間中は当然ながら単線運転をせざるを得ません。旅客列車以上に貨物列車の運転がありしかも東海道に次ぐ本邦第2の幹線の山陽本線、新幹線も高速道もない当時、特急列車、長距離列車の運転本数も多く列車密度も高い幹線での工事はさぞかし大変だった事と今更ながら感じました。そういえば山陽本線の富海以西って最後に乗ったのは1994年11月です。久しぶりに界隈の景色を見ました。画像がないのは寂しいので、関連した画像を貼ります。これは1994年11月に、博多あさかぜ廃止直前にお名残の意味で全区間乗車した際下関駅で撮影したものです。「あさかぜ」つながりと言う事で、「本家!」のあさかぜです。そしてこちらは115系湘南色時代です。展望DVDでは3000番台でしたがこれは2000番台。80系に最後の引導を渡したクルマです。
2007年03月09日
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さて、6日付7日付で紹介しました、塩谷町探訪ですが、経路確認は朝のうちに終わってしまいましたので、折角此処まで来たのだから…と、豊原~白坂間の著名「お立ち台」を訪ねてみようと思い立ち、再び地図を確認しました。国道461号線から県道87号線へ抜け、豊原駅方面に抜けられそうだと判り、早速向いました。流石にそろそろ通勤通学の人出があるのか?交通量も増えてきましたが市街地から郊外へ向うコースになったせいか然程の混雑にもならずに進めました。とはいえ、やがて道も狭くなり結構気を遣います。県道87号線から国道294号線へ抜け、豊原駅の矢印のところで左折、狭くて上下左右に曲がりくねった(カーブは元よりアップダウンも激しい)道に神経をすり減らしながら(^^);豊原駅に着きました。ちょっとお手洗い貸してもらおうか?とクルマを停めます。ふと見ると?ホームの端に三脚を立てた「御同業」氏。おや?何か来る?その刹那、警報音が鳴り出し、其処にやってきたのは…銀の流星エンブレムをあしらった真紅のブレザージャケットをビシッと決めたEF81、鼻先の北斗星のヘッドマークも凛々しく、北斗星4号をエスコートして疾走して行きました。うあ!カメラカメラ…なんで持って来なかったんだろう…気を取り直してクルマに戻り目的地へ向います。線路沿いに坂を下り細い道を進みます。後方からEH500のエスコートするコンテナ貨物列車がやってきて、あっという間に追い越して行きました。狭い道ですからスピードを出すわけにも行きません。もっとも、一般道路ですから喩え道幅に余裕があって速度制限がなくても、時速60キロを超えて走るわけには行きませんのでいずれにしても追い越されたでしょう。上りの貨物列車がやって来ました。轟音を立てて鉄橋を渡ります。135ミリレンズで狙いました。カマは鉄橋を渡り終え突堤に差し掛かります。更に列車は進みます。しかし編成の最後尾はまだこの辺…長い長い貨物列車でした。それを涼しい顔でエスコートする「金太郎」お見事です。もう少し、あと30分否15分早く着いていれば、北斗星4号も撮れたのですが…(^^);やぶお様のリクエストがありましたので既出ネタですが、1997年12月に撮影した北斗星4号です(当時は3往復体制)。撮影場所は少し南下して矢板~片岡間です。
2007年03月08日
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さて、やっと見つけた看板に従い、細い道を登って行きます。すると?ありましたありました。この場所に良くぞ運んできたものです。中々瀟洒な建物です。到着したのがまだ早朝でしたので当然ながらまだオープンしていません。今回はあくまで場所を確認する事だけが目的でしたのでこれでそれは果たした事になります。このあとはさっき道に迷ったところをもう一度、写真で記録に残す事にしましょう。(昨日付けの発言で順路に従って写真を載せていますがあれは全て帰路で撮影したものです。何故なら、往路はまだ未明でしたので写真を撮るどころではなかったのです)わざわざこんなことしなくても、カーナビにデータ入力しとけばいいじゃんか?そういう御意見もあるでしょう。しかし何故わざわざこんな事をしたのか?理由は単純です。ウチのクルマにはカーナビ付いていないからですともあれ、これでいざ「召集」がかかっても対応できる自信は出来ました(^^);
2007年03月07日
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>>実は3日は出かけていました。ただ、写真が出来るまで時間がかかるので(ブログ主はデジカメを持ちません。相も変わらず銀塩フィルムカメラを使用しています)後日改めて紹介するとしまして…過日このように申し上げた件ですが、その写真が出来上がりました。以下、帰朝報告(何と大げさな言い方>ぢぶん)この日実は栃木県の塩谷町へ赴きました。これは、この町にある「バリアフリー鉄道農園風だより」を訪問、否、経路確認のためでした。10年以上参加させていただいているボランティア団体のメンバーで此処を訪ねようと言う話が持ち上がったのは昨年11月の事でした。その時は提案者の都合で日程変更となってしまいましたがこの場所鉄道アクセスが殆ど不可能な場所でクルマでアクセスせざるを得ないとの事でした。そこで、その時最寄駅からの送迎役が必要になるなら協力できるようにと思い、現地までの道順を確認するべく出かけたものです。コースとしては国道4号線を北上、矢板駅付近で国道461号線に入り、県道63号線に入り…な感じですが、幹線道路の渋滞は嬉しくないので深夜午前1時45分頃、自宅を出発しました。国道296号線から国道16号線に入り、内回りの形で北上、国道4号線に入ります。日中だと柏市内の呼塚・若柴の各交差点で大概渋滞してしまいますが、流石に深夜はその心配もありません。しかし、昼間以上にトラックが疾走します。流れは時速80キロ以上、下手をすると時速100キロ超のレベル。往復4車線で中央分離帯もあり、構造上は高速運転も難しくはないものの、仮にも一般道路、法定速度は時速60キロ以下のはずですが…?(^^);しかしこの場合60キロ以下で走ると却って危険ですので、流れに乗ります。日中ならまず不可能な所要時間で国道4号線との交差点に到着、4号線に入ります。この付近は対面交通なので流石に60キロを超えるスピードは無理です。前後車間距離に余裕を持って、長距離トラックと仲良く走ります。しかし、北上していくと車線が増やされた区間に出て、流れが良くなります。もう10年ぐらい前、撮り鉄で片岡~矢板間を訪ねた頃と比べてもかなり改良が進んでいました。ただ、途中の東北本線をオーバークロスする箇所では、丁度「撮り」の足場として最適な場所が道路拡張工事のため入れなくなっていました。我侭言っちゃいけないんですけども…(^^);(^^);宇都宮市を抜け、利根川を渡るとこれまでは対面交通だったのですが此処も改良がなされ往復4車線になっていました。矢板駅に一旦よろうと思い、「←矢板駅」の標識に従い左折。しかし途中から道が狭くなります。どうやらこの道は地元の人以外は殆ど通らない場所のようです。途中で見つけたコンビニエンスストアで道を確認、矢板駅には着く事はできました。念の為調べてみると、少し手前の、自動車ディーラーのある交差点で左折した方がアクセスが容易でした。或いはそのまま461号線から左折した方が簡単なようです。461号線を西の方に向って走ると、二股に道が分かれています。この交差点を右折します。随分難しい文字を使う地名なのですね。この写真で信号機が見える交差点か、或いは、塩谷町町役場の傍の交差点で右折します(どちらで行っても後に合流します)。やっと目的地を示す看板が見えてきました。この分岐点は右へ行きます。(実は最初知らずに左へ入ってしまいました。案内看板上は左に進んだ方が上寺島エリアのように読めたのです。時間帯がまだ未明だった事も災いしました。どんどん道が狭くなり最後はダム湖のような場所に出ました。そこはしかし、釣りのメッカだったようで、まだ日の出前と言うのに夥しい数のクルマが停めてあり、釣り装束に身を固めた人々が集まっていました。同考えても不自然でしたので引き返し、上の写真の交差点まで戻ってきて、電柱にある看板に気がついたものです)しかし此処からがまた判りづらかった…道なりに進んでいくものの中々それらしい施設に辿り着きません。そのうち「矢板市」の標識が見えてきました。これはおかしい!通り過ぎた?止む無く再び引き返しさっきの看板のところまで戻ります。もう一度、さっきの看板を確認します。すると?ここから11キロ先とのこと。再度地図(ロードマック)を見直してみると…?どうやらこの道、一旦矢板市に入って再び塩谷町に入るようです。今度はクルマのトリップメーターの数値にも気を払いつつ再び進みます。右に左に上に下に…羊腸の山道を走ります。流石に、景色は中々良い場所です。時期を選べばドライブも楽しそうです。幸い今年は暖冬で沿道には雪がなく苦労はなかったのですが、いつもの年だとこの時期はまだ、スタッドレスタイヤがないと危険かも知れませんね。富山に住んでいた頃は、スタッドレスタイヤは必需品でした。流石に除雪体制がしっかりしていたおかげで、多少の山道でもセンターラインがあるような道ならまず除雪されていたので、FRセダンでも何の不安もなく走れました。しかし、引越しの際持ってきたスタッドレスタイヤはその後出番がなく(千葉県じゃ滅多に雪が降らず降っても殆ど積もりません)、タイヤもきっと劣化しています。10年のブランクがあると果たして雪道をまともに走れるか?は少々不安です(^^);トリップメーターの数値が出発点の値+11キロぐらいになった頃、とうとう見つけました!画面右の細い道を登って行きます。
2007年03月06日
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この日は久々都内に出かけました。ネクタイ締めてスーツ着て…人材紹介会社の面談のためです(くたびれたジーンズで行く訳にはまいりませんよね)(^^);当日持参予定の書類の準備に手間取り、実は出発したのはギリギリの時間、本八幡駅で新宿線の急行電車に乗り発車を待っていたら・・・?あれ?あっちのホームから2本立て続けて各駅停車が先発…やばいなぁ?目的地は中央区小川町。約束の時間は14時。時刻はしかし13時20分…少々不安が募ります。岩本町駅でこの急行電車を下車した時点で13時40分を回っていたので念のため先様に電話を入れました(時間に余裕を持てよ!>ぢぶん)。後続の各駅停車に乗換え、小川町駅へ、同駅到着時刻は13時49分!しめた!間に合う!不幸中の幸い、何とか間に合いました。(目的地の人材紹介会社は小川町駅の出口の隣=徒歩0分!=の場所です)面談と手続きを済ませたあと、折角此処まできたのだから…と、神保町へ向います。(それを見越して、都営地下鉄の1日券を用意していました。)神保町には何の用事?「鉄」が此処に行く理由はもう決まっています(爆)。鉄道関係の書籍が充実した書店があるのです。http://www.shosen.co.jp/index.htmlhttp://e-club.shosen.co.jp/rl_index.html詳細は上記URLからどうぞ(^o^)/そこで書籍を購入後今度は大江戸線の落合南長崎へ。何のため?そりゃ決まってます(爆)。http://www.katomodels.com/hobby/収入の術が絶たれている身で何をやってんだか…>ぢぶん(殴)昼間はそうでもなかったのですが夕方から随分とお天気が荒れてきました。小雨がぱらつきだしたので急いで駅に戻ります。幸か不幸か、あとは地下鉄経由で帰宅するのみなので、悪天候もあまり影響はなくて済みましたが、風害多発線区でもある京葉線や武蔵野線では例によって運転規制を喰らったようです。しょっちゅう止まっちゃ困る!のではありますが、強風っておもいのほか重大な被害をもたらすのですね。2005年12月の羽越本線、2006年の日豊本線で起こった悲劇はまだ記憶に新しいところです。頑丈な構造で重量もある485系でさえ吹き飛ばす自然の猛威には小賢しい人智など抗う術もありません。帰宅後ニュース番組によれば各地で甚大深刻な被害があったとの事です。(建物の屋根が吹き飛ばされるは高速道路で多くのトラックがひっくり返されるは…)画像がないのは寂しいので、強風に因んだネタです…きゃあああ!な、何よこの風ぇ!うほっ!ラッキーあ、この卵焼き美味そう。も~らいっとえ?あ?おい!何するんだよ!ふん!今朝の見学料よ。いいもん見せてやったんだから。(いあ、風の被害ったってこんな程度で済めばまだしも…え?当事者には嬉しくない?ごもっともで…)ちょっとおふざけだったかしら?>添付画像
2007年03月05日
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今回は珍しく?テレビ番組ネタです。(1)夕方放送していたアニメスペシャル版事前にその時間帯にオンエアされると言う事は告知されていたのですがいざ当日それを失念していて、たまたまチャンネルを変えたら放映していましたが既に物語りは終盤でした…(2)午後9時台に放映された海外の鉄道を紹介する番組これは毎週千葉県の民放テレビで放映されているのですがついつい見逃してしまう事が多いのです(^^);今回は中欧の鉄道でした。これもラストの数分間しか見られませんでしたが、結構活躍の長そうな大型の電機が5両編成の客車(UIC規格?ユーロフィマ風スタイル)に連結、そして発車していくシーンでした。可動ブラケットビームの複線電化路線を左側通行で走り去る姿は何となく本邦の交流電化区間を髣髴とさせてくれました。雰囲気としては、ED76クラスの電機がスロフ+ナハ+ナハ+オハ+スハフの編成を牽いて走るようにも見えました。国が違い人々の肌の色髪の色瞳の色も話す言葉も、風景や文化風俗習慣が違っても、やっぱり鉄道の醸しだす風情は一脈通じるのは愉快です。(3)NHK教育テレビ芸術劇場バレエ(ジゼル)これも放映を知らずチャンネルを変えたらたまたまやっていました。ただ、23時30分を過ぎていたので(22時20分頃から放映)既に第2幕になっていました。バレエに限らずクラシックは演奏者によって解釈が幾通りにも変わるので、お気に入りの演奏者を見つけたり或いは新しい解釈に出会ったり、時には感動し、時にはブーイング(苦笑)…もっとも、ジゼルという作品自体定番中の定番であり今更いじりようがないのかも知れません。丈の長いロマンチックチュチュで演じる作品の代表ですから…しかし、オペラでは相思相愛の2人が反対勢力から逃れるため(抗うため?)結局は死を選ぶ作品が多いのに対しバレエはハッピーエンドが多いのですが、ジゼルはヒロインが死んでしまうのですね…そういえば、チャイコフスキーの「白鳥の湖」も最後は死を以ってオデットとジークフリートの愛は成就するのでしたっけ?演出家によってはあえてハッピーエンドにした例もあるそうです。さて、バレエ「ジゼル」のジゼルの由来は、物語のヒロインの名前「ジゼル」から来ていますが、そのジゼルとDIESEL(ディーゼル)とは関連があるのでしょうか?ディーゼルエンジンも発明者ディーゼルの名前に由来するとの事。画像がないのも寂しいので、ジゼル→ディーゼルということで…一仕事終え、50系客車をエスコートしたまま下関運転所に帰ってきたDD511119です。画面では写っていませんが後ろに50系客車が繋がっています。シャワールーム(洗浄機)は後続の客車には水も洗剤も噴きつけますが機関車はその恩恵に預かれません。万が一ラジエーター、エアフィルター、ルーバーなどから内部に水が入ったら?殊に電機は高圧回路が濡れたら一大事ですので、機関車は「シャワー」を浴びせてもらえないとの事です。(雨の日や暴風雨の日でも走ってるぞ?)(^^);追記…まさかりぜるマインとジゼルは…?関係ないよね?(^^);
2007年03月04日
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今月こそは毎日更新しようと思っていたものの見事に3日坊主…実は3日は出かけていました。ただ、写真が出来るまで時間がかかるので(ブログ主はデジカメを持ちません。相も変わらず銀塩フィルムカメラを使用しています)後日改めて紹介するとしまして…今回はこんなネタ。先月ニュース報道され我が千葉県の評判にまた一つ泥が塗られ、多くの「鉄」が嘆き悲しんだ事件です。そう、線路脇寝そべり事件です。いい年して(事件を起こした男は60代だったとか)何考えているのやら…確かに、文献・書籍・雑誌等でローアングルからの迫力のあるカットが載る事はあります。しかし言うまでもありませんがそんな場合は安全な場所からレンズ等を工夫するか、事前に鉄道会社と綿密な打ち合わせをした上でカメラを設置し、撮影者は安全な場所から遠隔操作するかです。そもそも、「鉄」の知識がかけらでもあれば、車両限界と建築限界それ以前に用地境界から侵入してはいけないって事ぐらい判る筈です。この侵入おやじはおそらく「素人」でしょうね。(素人がいきがるとろくな事にはなりませんぞ!…いや、他人の振り見て我が振り直せ。自戒自戒…)もしかしてあの侵入おやじにはこんな妄想が?↓(って、そんな発想するのはオマエだけだろ?…はい、反論できません…)D51498の写真が出て来なかったので(何処かにはあるのですが…)既出ですが川崎市生田公園に保存されているD51408の画像を紹介しますm(_ _)m
2007年03月03日
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九州のネタが続きますm(_ _)m1日付発言で紹介した西鹿児島駅駅舎の撮影と同じ時に撮影したかごんま…もとい、鹿児島市電です。3枚連続で失礼します。これは西鉄北方線です。1983年、モノレール建設と引き換えに廃止されてしまいました。北九州市は路面電車のネットワークが充実していたのですが、御他聞に漏れず渋滞の原因と目の敵にされ、廃止されてしまいました。でも寧ろ、トランジットモール化して市街地中心部へのクルマの流入の方を制限する方が大気汚染やバリアフリーの対策になると思うのですが…それだけに、長崎・熊本・鹿児島の各路面電車には頑張って欲しいものです。(いずれも乗車体験がないのが残念です。九州の路面電車で乗った事があるのはいずれも西鉄の北九州市内線・福岡市内線のみですから…)あ?筑豊電鉄は軌道線?鉄道線?北九州市内線の写真も一部あるはずですが、何処にしまいこんだのやら…
2007年03月02日
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さて、1月は行く、2月は逃げて早3月。この冬の暖冬のおかげで本当に弥生の陽気ですね。それにつけても仕事の欲しさよ…3月最初のネタはここ、九州の話題から…これはおそらく1981年か1982年頃に撮影した門司港駅舎です。かつては九州の玄関駅でしたが現在はその機能を小倉駅に譲った形になっています。とはいえ歴史を誇る風格のあるその建物は威風堂々。九州の鉄路の要であることは変わりありません。北の要を紹介したなら南の要も…ということで今度は西鹿児島駅駅舎、といってもこれも1981年夏の撮影です。大学の部活の夏季合宿参加時に撮りました。この駅舎、否、西鹿児島駅自体が現在は存在しません。鹿児島中央駅に改名された由。山陽線でも「西鹿児島行」の札を掲げた長距離列車は当たり前に見られましたが、これも現在は見られません。いずれ九州新幹線と山陽新幹線が繋がれば、「鹿児島中央行」の表記が見られるようになるのでしょうか?これは近々改築のため消えると聞いた折尾駅の駅舎です。この写真は何時撮ったものか?もしかしたら1985年頃、筑豊電鉄車中からだったかも知れません。この駅舎も中々味わいのある、好感の持てる建物で、独特の配線と共に好きな駅の一つでした。そして何より、ホームで立ち売り販売されるかしわ飯弁当!これが美味いんです!変える時はここのかしわ飯を買うのが学生時代の楽しみでした。大学卒業と共に九州を離れ以来幾星霜、九州の土を踏む機会は皆無でこそなかったものの、かしわ飯弁当を食する機会は得ていません。何時の日か、この弁当を賞味したいものです。
2007年03月01日
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