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いきなりいつもらしからぬタイトルです(^^);要は休日に所用で出掛けた際ちょっと足を伸ばして市内の古刹に立ち寄ったと言うだけのお話です。その場所は漢陽寺。周南市鹿野(旧都濃郡鹿野町)地区にある古刹にして中国三十三観音の一つ、十五番札所である由。今でこそ同じ周南市域ですが4年前まではここは隣の行政区域(都濃郡鹿野町)で、最寄の鉄道(JR山陽本線徳山)駅からのアクセスも遠く(クルマで1時間弱。鹿野町エリアには鉄道がない)現住所からも近いとは言い辛い場所でした。但し漢陽寺自体は中国自動車道鹿野インターからは至近の距離にあり、一方旧徳山市街地からの道路も整備されているので、クルマでのアクセスは然程苦労はありません。さて、漢陽寺。初訪問でしたが正直度肝を抜かれました。いえ、お寺さん自体は然程大きな建物でもなく、また観光シーズンを外れた平日と言う事もあってご本尊を拝んだわけでもないのですが、よくぞこんな田舎(失礼!)にこうも手の込んだ立派な庭園を持ったお寺さんがあったもの…手入れが行き届き、清流の流れも或る庭園はお見事の一言です。徳山駅で販売されている駅弁の掛け紙にも採用されています。徳山駅弁当株式会社漢陽寺近くには潮音洞なる旧跡もあるのですが今回は訪ねることが出来ませんでした。いずれ機会があればまた訪ねてみたいものです。その時は是非、カメラも持って…(^^);
2007年11月27日
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かねて告知されていたTVドラマ「点と線」観ました。一言で言えば…物足りなさを感じました。いえ、全体としてはかなり良い作品だったとは思います。出演陣はいずれ劣らぬ芸達者揃い。名優達の迫真の演技はお見事の一言です。その辺りには何の不満もありません。しかし…それがテレビドラマである以上、其処まで指摘するのは酷と言うものである事は重々承知の上で、それでもやっぱり気になった事、目に付いた事、ドラマから現実に引き戻された事が幾つかありました。何処?ドラマに出てくる鉄道の描写です。元より、当時の車輛が残っていない・残っていても本線走行が出来ない・ハードウエア的には走行可能でも保安装置や法令基準への抵触で使用不可…といった条件があってそのままでは再現できないという事情もありましょうが、あれほど各所にCG合成技術が使われていて違和感無く再現されているのに、一番肝心な部分がそれでは、「鉄」としては寂しく思うのです。まず、物語の重要な舞台の一つ。東京~博多間の寝台特急「あさかぜ」。白ベースの「あさかぜ」のヘッドマークを鼻先に掲げたEF58150の姿は現役時代そのままの凛々しさを見せていてこれは好印象でしたが、残念なのは後に続く客車。昭和32年はまだ20系客車登場以前。当時のあさかぜはまだ、在来一般型客車で編成されていました。当然ながら方向幕も自動ドアもありません。因みに、あさかぜの長い歴史の中でこのドラマに登場した14系座席車が使われた機会は寡聞にして存じません(昭和46~50年の間、当時3往復あったあさかぜのうち、あさかぜ2・3号に14系寝台車が充当された時期はあります。また不定期格下げ後の博多あさかぜにも14系寝台車が充当されたことはあります。しかし14系座席車は?あさかぜ51・52号を含めてもその機会はありませんでした)。次に、車中や駅頭でのシーン。旧世代の車輛達の生きた姿を…となると自ずとロケ地が限られてくるのは仕方無い事で、博多駅のシーンが実は大井川鉄道千頭駅でのロケだったり、西鉄香椎駅のシーンが実は銚子電鉄外川駅でのロケだったりするのは敢えて異を唱えません(^^);ただ、外川駅も西鉄香椎駅も実際に駅頭に立ったことのある身にはちと苦笑いのタネでした。その昔まだ私が大学生だった四半世紀前には、西鉄香椎駅の建物は「点と線」当時とあまり変わらない佇まいでしたが現在では鉄道が高架線になり駅も建て直された由。2人の刑事が上京するシーンで出てきたC571。1750ミリの大動輪の躍動は美しいのですが、この当時の博多発東京行き列車の先頭に果たしてC57は立ったのか?博多~門司間と雖も特急・急行列車にあっては既にC59になっていた頃です。まして山陽線ではC57の姿は皆無で、C59かC62しか有り得ず、そして東海道線は電化が完成していて京都以東はEF58の独壇場。東京駅に蒸機牽引のまま到着することはありません(当時東京駅で見られた蒸機列車は常磐線系統だけです)。車内のシーンも大井川鉄道のオハ35、それも内装が未更新のタイプを持ってきているのはまだ許容範囲ですが天井灯が蛍光灯になっているのは少々いただけません。当時の急行列車を再現するなら寧ろオハニ36が良いでしょう。半室分しかありませんがこの客室がもっとも当時の姿を残しています(この当時東海道~山陽~九州方面の急行列車には既にオハ35系統は殆ど見られません。東海道区間のみならスハ43系、九州方面直通ならナハ10系が主体です)。番組の最後の頃、博多に向けて帰還する2人の車中のシーンも、車内が体質改善されたオハ35なのはダウト!です。あのタイプの内装になるにはあと5年以上待たないとなりませんし、そもそも「あさかぜ」にオハ35系は普段は入りません(下り方先頭、荷物合造車に一族のスハニ32が入ったことはありますが…所定では此処はオハニ36です)。横須賀線ホームの電車の発着シーンも、まずあの当時まだ113系は登場以前。70系43系混成部隊です。スカ色の113系も塗り分け線が何だか不自然。どうやら湘南色をそのままCG合成で色を変えたようで塗り分け線が湘南色のそれになっていたのでした。もっとも、昭和38年初めて横須賀線に113系が投入されやがてスカ色に塗られた時はこの塗り分け線でしたので或る意味史実に忠実だったと言えなくもありません(^^);しかしせっかくCGを使うなら何故?銚子電鉄の電車も西鉄風の色に変えなかったのでしょう?(現在の、一目でそれと判る色のまま)折角あさかぜの14系の屋根を20系風に加工しているこだわりがあるなら、いっそのこと113系ではなく70系を登場させるのも一興ですが…そして…刑事達はともかく、仮にも中央官庁のキャリア組管理職や大物政治家の秘書官、そして政商ともいえる大企業の経営者が東京から札幌へ移動するのに果たして3等(普通)車を利用したでしょうか?彼らの立場なら2等(グリーン)車利用がスジだと感じます。とはいえ、当時のロザ車で在姿のものは皆無も同然であり、これの再現は無いものねだりでしょうか?手前味噌になりますがこの当時の情景を以前UPした事がありますので紹介します。東京駅での目撃シーン20系化以前のあさかぜその120系化以前のあさかぜその220系化以前のあさかぜその320系化以前のあさかぜその4この作品、宣伝文句では「映像化不可能と言われた原作に挑んだ」由。しかし原作発表当時既に映画化されています。特急「あさかぜ」博多行 東京駅4分間のトリックユーチューブにUPされていました。もっとも、この映像に出てくる「あさかぜ」も、映画のため特別編成されたもののようです。色々と小うるさい事書き連ねてしまいました。或いは重箱の隅をつついているように受け取られてしまうかも知れませんが、全体としては本当に良くできており制作に携わった関係各位には称賛を惜しまないものである事明記しておきます。次回作に期待します。
2007年11月25日
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何時の間にか秋を通り越して冬の様相を示している今頃になってこのネタですが…この時期厄介なのが落ち葉。あたり一面散らかってしまいます。これを箒で掃き集めさてその処理は?燃やしてしまうのが手っ取り早い、その際ついでに焼き芋も作ってしまえば一石二鳥!であります。かつては当たり前の光景でしたがしかし最近これは必ずしも褒められる事ではないとのことです。煙が公害になる由。そういえば昔は公園の片隅や学校の裏庭などには大概焼却炉があったものですが最近はどうなのでしょう?いつだったかTV番組で紹介されていた話として…とある高層マンション、中層部のベランダから勢いよく煙が出ているのを通行人が見つけ119番通報!直ちに消防車が出動して現場に急行。耐熱服に身を固めホースを抱えて火元の部屋に飛び込んだ消防隊員が見たものは…?ベランダにコンロとテーブルを持ち出し、焼肉パーティーをしている家族の姿(笑)何のことはない、家族がベランダで焼肉作りながらガーデンパーティーとしゃれ込んでいたものが、思いのほか煙が強く上がってしまったのを下の道を通りがかった人にはまるで火事でも起こったかのように見えてしまい119番通報になったものでした…(地上から見上げたらベランダの家族の姿は塀に遮られて見えない)大都市圏では条例なども制定され、特に野焼きに関しては禁止も同然のようですが…地方の農村部ではまだまだ当たり前に行われており、遠目にはまるで火事のように見えることもあります。地方においても野焼きは段々迷惑行為になりつつあるようですがしかし、なまじ昔から行ってきた作業だけに今更止められないという事情もあるので簡単には折り合いがつかないようです。野焼きにせよ焚き火にせよご近所の許諾があろうと無かろうと、絶対に忘れてはいけない事が一つ。言うまでもありません。火の管理。不用意に回りに燃え広がる事のないように、燃えている間は勿論、終わった後の消火も確実に行いましょう。火の不始末は取り返しのつかない悲劇を生みますので…
2007年11月20日
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既にマスメディア等で報道されたので或いはご存知の方も多いとは思われますが来春のダイヤ改正でまた夜行列車が削減される由。戦前からの伝統を持つ東京~大阪間の「銀河」もとうとう俎上に上ってしまったとの事です。また、青函トンネル開通をきっかけに登場し予想を覆す程の好評を得ていたと聞いていた「北斗星」までもが1往復削減…目と耳を疑ってしまいました。長距離夜行列車。片田舎の寒村に生まれ育った身には見果てぬ大都会への憧れをかき立てる存在でした。いつかあれに乗って大都会に行くのだ!いつか大都会で一旗挙げたら、あれで帰省して故郷に錦を飾るのだ!と思ったものでした。実際かつてはそのキップはプラチナチケットで中々取れるものではありませんでした。しかし報道によると、全盛期は言うに及ばず、JR発足時の20年前と比べても見る影もない程その利用客が減ったとの事で、実際毎年ダイヤ改正の度に区間短縮だの本数削減だのが繰り返され今では数える程しか設定がありません。交通機関の速達化により夜行列車で行くべき積極的な理由が減ったのも影響しているそうです。鶏が先か卵が先か?食堂車どころか車内販売もなく、事前の「食料調達」無しに乗ったら最後一晩中「兵糧攻め」な現状は乗客の減少のせいなのかはたまたそれが乗客減少のきっかけなのか?確かに急ぐなら新幹線や飛行機があり、また安く行くなら夜行バスもあるでしょう。それは否定はしません。今東京~徳山間の移動に際し費用と時間を考えて見ましょう。時間的に一番速いのが新幹線「のぞみ」で4時間30分ほど。費用は普通車指定席で19,800円、自由席で18,690円です。もっとも、徳山駅に停まる「のぞみ」は1日2往復、のぞみ4号・7号・47号・48号のみ。のぞみ4号で上京しても東京着は正午過ぎ。のぞみ47号の東京発は17時過ぎ。滞在時間は然程取れません。一方寝台列車だと?現行の「はやぶさ・富士」ですと13時間あまり。B寝台利用で21,420円ですが、滞在時間がのぞみ往復より3時間余分に取れます。末期の下関あさかぜのスジだと更に2時間半滞在時間が伸びたのですが…。因みにバスを調べてみると?品川~萩間の夜行バスが徳山駅を経由しています。所要時間が12時間。費用は流石に安く片道13,150円で、のぞみ指定席より6,650円安く、特急B寝台より8,270円安くなります。この選択肢には航空路線がありませんが、これは周南市には空港が無く、最寄の山口宇部空港もアクセスが便利とは言えず、福岡空港・北九州空港・広島空港いずれもアクセスのための所要時間でフライト時間を相殺してしまい、意味が無いのです。また、広島乗換えで徳山通過「のぞみ」を利用するケースも割愛しました。その場合もしかし、東京での滞在時間は1時間半程度増えるだけです。滞在時間が一番長くなるのは新大阪で銀河に乗り継ぐケースです。(名古屋からムーンライトながら乗り継ぎの場合徳山発時刻が早くなり過ぎ1日のみで東京日帰り…が難しくなりそうです)なるほどこれでは寝台特急の勝ち目は無さそうに見えます。ですが…夜行列車にはそれらを凌ぐ魅力があるのです。この条件であって私に迷わず夜行列車を選択させてしまう魅力とは?それはもう夜行列車が醸し出す風情と言いましょうか?貧乏人には無視できないどころかかなり手痛い金額差を凌駕するその風情や安心感(新幹線は速いけど今ひとつ味気ない。バスは安いけれど時間は当てにならないし鉄道に比べれば遥かにリスクが大きい)についつい惹かれてしまうのです。事実何かと言えば夜行列車を使いました。今までも、そしてこれからも。事あるごとに利用しました。しかしそれも間もなく出来なくなります。時代の趨勢?冗談じゃない!移動の手段を奪わないで欲しい!別に客レでなくても良いから、夜行列車を残して欲しいと切に願います。画像はいずれも既出ですが、「はやぶさ・富士」です。
2007年11月19日
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BBS休止と言いましても弊ブログのことではありません。いつもお世話になっている、斯界の先輩でもあられるやぶお様のサイトのBBSが管理人様ご療養のため一時的に休止されるとの事で、書き込み自体は可能ではあるものの、管理人様からのレスポンスなどがしばらく出来なくなる由。同サイトは良き時代の鉄道情景を紹介されたサイトですが、管理人様のお人柄もあってBBSがいつも賑わい、諸先輩方からの貴重なお話が伺えるまたとない「素晴らしき集いの場所」でありました。BBSの方ではまだまだ活発なご意見が交わされているようですが、此処は取敢えず管理人様の1日も早いご快癒を祈り、BBSに戻って見えられる日を待つ事としましょう。画像なしでは寂しいので、「寝台券は売り切れ満席」に因んだ画像です。といっても既出でしかも模型ですが…長距離列車が雁行し、寝台特急のキップがプラチナチケットだった時代、列車には食堂車も繋がれ、賑わっていました。その情景を再現したものです。(もっとも市販の完成品モデルの車内にこれまたフィギュアを並べただけですが…)
2007年11月05日
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今更ですが…今月は何かと多忙で中々此処も更新できないまま徒に時間が過ぎています。さて、今回のネタは…?この日の朝出勤時、駅頭で共同募金が行われていました。タダでさえ懐具合の厳しい身としては「こちらもご支援ご協力をお願いします」と言いたいところですが(^^);しかしながら曲がりなりにも屋根のあるところに寝起きでき3度の食事も取敢えず摂れるとあっては、もっと困っている人たちのため少しでも支援をするのが筋と言うもの。貧者の一灯ではありませんが、財布の中からやっと工面した100円硬貨を差し出しました。世間様にはたかが100円しかし貧乏人の私にはされど100円、楽ではありませんが少しでも助かる人があるならとの思いからの拠出です。募金をしていた人から大きな声で「有難う御座います」とのお返事。そして募金の証の印として赤い羽根を頂戴しました。さてこの赤い羽根…胸元に刺してくれるのは良いのですが…これを胸に着けていると?「何だアイツ偉そうに…さも「自分は善意の人間でござい」と威張ってやがる」「ふん、馬鹿のクセに貧乏人のクセに不細工のクセに腹黒いクセに似合わない事しやがって」「どうせ落ちてるのでも拾って着けてるんだろ」「偽善者の分際で…募金したら許されるとでも思ってるのか」幸か不幸か?面と向かって言われた事はまだないのですが…何だか周りから非難と罵声の集中砲火を浴びそうな恐怖を感じます。いえ、勿論私自身は純粋に善意から募金しただけなのですが、普段から悪評しかもらっていない私如きが善行を行おうとしても周囲には信じてもらえないのもまた事実です。募金自体は必要とされその余裕があれば今後とも行う事はやぶさかではありませんが、善行をこれ見よがしにアピール(その活動自体がそういう性格のものでは無い事は重々承知してはいますが)しているような気がして結局…羽根は程なく取り外しました。人助けとは難しいものです。久々のUPネタがこんな内容で恐縮至極m(_ _)m
2007年11月01日
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