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例によって補遺です(^^);今回撮影を行った長門峡駅界隈。ココは文字通り近所に「長門峡」なる名勝があります。紅葉の時期には頗る美しい景観が楽しめる場所です。もっとも私は未だにここを訪れた経験はありませんでしたが…今回試しに少し散策してみました。まだ紅葉の時期には程遠く、山の木々は取り立てて美しい表情と言うわけでもなく平々凡々でしたが、渓谷は清流が穏やかに流れていて9月下旬に差し掛かったにもかかわらず真夏日モードの気温が嘘のような清涼な空気が心地良く助かりました。生憎手持ちのレンズは50ミリ・85ミリ・135ミリの3本のみで、この渓谷を写す事はできませんでした。でも画像が無いのは寂しいので、渓谷沿いの遊歩道に咲いていた彼岸花です。遊歩道の入り口近くにあったのは川魚料理を食べさせてくれるお店。既に道の駅併設の食堂で鮎の塩焼き定食(840円)を午餐にした身には今更食事というわけにもいきません。しかしこの店の店先に1匹の犬がつながれていました。流石に不特定多数の出入りする店舗に飼われているだけあって、この犬中々の愛想良し。初対面ですが人懐っこく遊んでくれました。いやいやいや…動物って不思議です。接してその体を撫でてやるだけなのに不思議な安らぎがあり何となく元気をもらえるように感じます。22日撮り損ねたネタを24日に撮りに行く予定でしたが…23日出勤時職場の上長からの「鶴の一声」によって、全ての計画は瓦解しました。え?何を言われたかって?「おい青列車、悪いけどな、24日人手が足りなくなった。出勤してくれ」身分保障の無いアルバイトの身では、出勤要請に対する拒否権はありません。未練はありましたが24日は仕事に明け暮れました。やまぐち号、いつか乗り鉄してやりたいものです。
2007年09月25日
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17日付の日記でも触れましたが、移ろいやすい秋の空模様。この日も一瞬小雨がぱらつき焦りました。その割には雲は分厚いところは僅か、所々晴れ間ものぞいていたのでおそらく大丈夫!と言う事で、かねてより気になっていたポイントに移動します。長門峡駅並びにその近所に在る道の駅から多少津和野方面に進み、峠を越えた辺りです。国道9号線が山口線をオーバークロスしています。画面中央に見えるのは渡川駅、やって来るのは山口行き2548Dです。益田行き2545Dが通過しました。間もなく9522レがやって来ます。来ました!渡川駅を通過します。でも…何かが足りない…そう、煙が出ていません。この場所から撮影された写真がこれまで雑誌等で発表されたのを見た記憶が無かったのですが実際に現地で撮影してみてその理由がわかりました。この場所では激しく煙を吐く…というわけではないため蒸機としては絵になり辛いのであまり人気が無いのですね。(寧ろ近代動力車なら煙は無関係なので絵になるかも知れません)あともう1つ…この撮影場所は実は、山口線をオーバークロスする国道9号線の陸橋脇、道路の突堤の急斜面の上で足場が狭く、大勢が入れるところではありません。程近い場所にクルマを止める事のできるスペースもあるにはあるのですが、その場所からココまで、交通量の多い幹線道路、それも歩道の無い道を、ガードレールにへばりつくようにして歩く必要があります(距離にして100メートルそこそこですが…)。しかも撮影場所の背後は急なカーブで津和野方面行き車線は下り坂です。スピードの出過ぎたクルマがハンドルを切り損ねると背後から突っ込まれる危険性もあります。ガードレールこそありますが、大型車が相手では突き破られてしまいそうです。撮影ポイントとしてはあまり良い場所ではないと言えるでしょうね(^^);
2007年09月24日
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津和野行き9521レの通過は11時40分ごろ、折り返しの小郡…じゃないない(^^);新山口行き9522レの通過は16時20分ごろ、その間5時間弱のインターバルです。ちょいと近辺をロケハンしてみます。これは長門峡駅から少し南側に行った辺り(篠目~長門峡間)です。並行道路は国道9号線です。やってきたのは益田行き2541Dです。編成写真を撮るのに良さそうなカーブですが、並行道路は通行量も多く被られてしまう危険が大です。かつては長い列車も少なくなかった山口線ですが、日中は単行主体と寂しくなりました。これは反対方向、長門峡~渡川間です。と言っても殆ど長門峡駅構内目前の場所です。折りしも同駅12時45分発2540Dが到着しようとするところです。屋根の赤い石州瓦がこの地方らしさを醸し出しています。9521レを狙った第1阿武川橋梁を反対側から撮影したものです。9521レ通過時刻には天気が良ければこちら側からが順光になります。列車は1004Dスーパーおき4号です。山陰本線での列車番号そのまま、偶数番号で山口線内を下り列車として走ります。新山口行き1003Dスーパーおき3号です。キハ187系特急はC57や国鉄型気動車からは想像もできない高速運転で疾走していきました。
2007年09月23日
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17日には折角赴いたものの釣果無しモードでしたので、この22日、リベンジを期すべく予定を立てていました。ところが…これも前日になって思いも寄らない「妨害工作」が発生したのです。「22日休みかね。そいじゃったら墓参りに連ろうていってくれんさいね」伯母からの電話でした。冗談じゃありません!この日は「鉄」をするための日です。「鉄」は冠婚葬祭より遥かに重要な優先事項なのです。しかし相手もひるみません。二〇三高地もかくやの攻防戦の結果…?墓参りは早朝に行き、終了次第「鉄」活動へ。万が一時間が押した場合は母も伯母もクルマに乗っけたまま撮影予定地に向かう!ということでようやく交渉成立しました。幸いにして墓参りは滞りなく終わり、午前9時には解放されましたので早速撮影予定地に向かいます。今回候補地に選んだのは長門峡駅付近でした。同駅至近の場所には国道9号線沿いに道の駅があります。ここにクルマを停める事が出来たのは10時半頃、9521レ通過まで1時間あまり余裕が取れました。まずは小手調べ 撮影ポイントを探して国道沿いを歩いていたら列車がやって来ました(長門峡駅10時35分発益田行2539Dキハ402071)。振り向きざまに撮影しましたが、シャッタースピードの設定が低かったのか?流し撮りになってしまいました。これは長門峡発10時52分山口行2542Dキハ402076です。第1阿武川橋梁です。この橋に差し掛かったところが絵になりそうですのでこの場所で待つ事にしました。雲ひとつ無いドピーカン快晴ならこの時間帯だと逆光になりますが、薄曇で自然の「デフューザー」がかかっているので何とかなるでしょう。(逆に順光側となる、橋梁の反対側には既に数人の「ご同業」の姿があり、皆さん三脚を並べて「臨戦態勢」でした)さて、時間も押し迫った頃、おや?さっき走っていったツーリングご一行様が戻ってきました。私の立っている場所のすぐ傍に皆さんバイクを止め道端に並べます。一体何が始まるの?どうやらこの、ツーリングご一行様、SLをバックにお仲間や愛車と一緒に記念撮影をしたかったようです。彼らと並んで私もファインダーに集中します。木立の向こうに煙が立ちました。汽笛も聞こえました。いよいよ、往年の「大女優」のお出ましです。(え?今も現役の「女優」をつかまえ「往年の」は無礼だ?失礼しました)(^^);心配していた風の影響も無く、9521レの撮影は出来ました。もっとも、成功したとは言い辛いものがあるのは残念ですが…
2007年09月22日
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1週間遅れての書き込みです(添付画像の作成に手間取りました)。この日9月17日は珍しく、祝日(敬老の日)ながら休日でした。この日なら、この日ならSL「やまぐち」号の撮り鉄が出来る!と前々から計画し予定を立てていました。ところが…この日の朝になって近所に住む伯母(母の長姉)から電話がありました。特別養護老人ホームに入所中の伯母(母の次姉)を見舞いに行くから運転手をせよとのこと。なんともいきなりな話です。しかし、従姉(入所中の伯母の長女)からのたっての要請もあって、運転手を務めることと相成りました。午前中はその用事で全て潰されてしまい、津和野行き9521レの撮影は不可能となりました。ではせめて9522レだけでも撮ろうということで、午後から出掛けたのですが…「○心と秋の空」かのベルディ作曲オペラ「リゴレット」でも歌われる著名なアリアにもあるように、変わりやすく移ろいやすいのが秋の空模様。この日も朝方はぐずついていたものの昼ごろには晴れ間も見えるようになり一縷の望みをかけていたのですが、いざ撮影予定ポイントに着いて見ると?空は厚い雲に覆われていました。それでも、雲が分厚いだけならまだ何とかなったのですが、近くにある「道の駅」に立ち寄りトイレを借り、自販機の清涼飲料水を購入した時(9522レ通過の1時間前)でした。まるでバケツでもひっくり返したような、瀑布のような激しい雨が降り出しました(撮影ポイントにいる時でなかったのは不幸中の幸いでした。もし其処で待っている時だったら?全身ぬれねずみです。自身はともかくカメラはおシャカになっていた危険すらありました)。その後雨脚は多少弱くなりましたが、最早線路脇にカメラを構えての撮影は不可能です(カメラを透明なラップフィルムでくるめば或いは可能だったかも知れませんが、レンズの前をどうしたものか?そもそもラップフィルムもビニール袋も雨合羽さえも今持ち合わせていません。唯一あったのは折りたたみ式の傘のみです)。仕方なく今回は「見る鉄」で終わってしまいました(心の中のフィルムに焼付け。ただ哀しい事にこのデータファイルをそのままアウトプットできる周辺機器がありません)(泣)。画像が無いのは寂しいので、当日の気分を表してみました。いうまでも無く、くたびれたおっさんじゃ絵になりませんし描く方がつまらない(爆)ので、ココではネコ耳娘どもに再現させています。尚当日は単独行動でしたので、傘を差しかけてくれる友人等が同行したわけではありません。もっとも、山口線と並行する国道9号線で丁度道路工事が行われ片側交互通行となっていて、警備員氏が誘導をしていたのですが、その警備員氏曰く「何だったら傘さしかけてやろうか?」とのこと。有難いご提案でしたが傘越しに上手く撮る自信がない上、お仕事の邪魔になっては申し訳が立たず、これは辞退しました。SL運転日と重なる次の休日は9月22日と24日、リベンジを固く誓って帰宅の途に着きました。(ま、でも間近に見たC57はやはり美しく迫力でした)
2007年09月17日
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かねてお世話になっておりますやぶお様のサイトのBBSにて、「点と線」の撮影の話が出ていました。この作品は作家松本清張の代表作であり、実は早くも1958(昭和33)年には映画化されている由。上記ウィキペディア情報に寄ればこの秋にもテレビドラマ化されるとの事です。この物語、推理小説としての面白さもさることながら、随所に散りばめられた当時の鉄道風景の描写が嬉しく、ついつい読み耽ったものでした。そこで、冒頭部分をイメージしてこのような代物をでっち上げてしまいました↓しかしこの小説を読んだのは今を去ること四半世紀も前の学生時代の事。物語の細部や登場人物などは忘却の彼方です(覚えているのは鉄道風景ぐらい…清張ファンに叱られそうですが…)。人物のキャラクターなど小説の内容とはかけ離れているかも知れません。丁度弊ブログ過去ネタ、1956(昭和31)年登場当時の「あさかぜ」をテーマにした絵本の話を再編集していた時でしたので、少々浮かれてしまった部分があります事お詫び申し上げます。今でこそ新幹線や空路など、東京~九州間の時間距離は短くなりましたが、この時代は本当に遠隔の地であったようで、当時の映画「張り込み」や「集金旅行」などその辺りの描写があります。昔は皆、こうやって旅行していたのですね。そんな時代151系特急の姿は本当に輝いて見えた存在だったのでは?今にして思えば不便な事も多いでしょうが、叶う事ならこの時代の長距離優等列車で遠距離移動してみたいものです。(あ?でもあの当時禁煙車は皆無も同然でした。これは厳しい…)
2007年09月16日
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そして2006年12月09日分です。兄さまが駅弁を買って下さいました。朝ごはんとしておいしくいただきました。駅弁購入の図です。当時も今も、鉄道旅行の大きな楽しみの一つです。専用の銀色の電気機関車に牽かれ、関門トンネルを抜けました。いよいよ九州です。関門トンネルを抜け九州に渡ったところをイメージしました。門司・小倉・戸畑・八幡…この界隈は我が国屈指の工業地帯、高い煙突からもくもくと煙を吐いています。博多まではもう一息。「鉄都」と謳われ工場の吐き出す煙も「七色の煙」、「繁盛の煙」と呼ばれた北九州工業地帯を行く図です。しかし活発な経済産業活動は同時に深刻な公害被害をももたらしました。今日ではその反省を踏まえ様々な対策がなされ、晴れの日でさえ黒ずんでいた空も現在では明るくなりました。博多駅に到着しました。ごきげんよう お父さまはい、父さん。母さんから頼まれていたものです。有難う、お前達も遠路はるばる疲れただろう。さあ、久々に一緒に食事でもしようか?兄妹は無事博多駅に到着。父親に再会します。果してこの当時、国家公務員キャリア組管理職が転勤する際単身赴任したのか?となるといささか疑問ですが…(^^);比較的短期間の出張ならばありふれていましたので或いはそういう状況・シチュエーションもあったのではないか?と考えます。4日間分、過去ログ再掲お目汚し失礼致しましたm(_ _)m
2007年09月11日
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更に昨日分に引き続きまして2006年12月08日分です。兄さまとお互い寄りそって、一夜の仮眠を取ります。久しぶりに幼い頃に戻ったようです。兄妹仲良く車中泊の図。夜行列車ではありますが10両編成中寝台車は5両のみ。みどりの窓口もまだない時代、寝台券はプラチナチケットで簡単には手に入りませんでした。あさかぜ号は編成の半分は寝台車です。横になってゆったりと、一晩過ごせます。寝台車車内の図。これはロネ車です。尚イラストでは車内塗り潰し風にしてしまいましたが実際には車内はニス塗りだった由。そして、3等寝台車も連結され、庶民もゆったり横になって旅行が出来るようになりました。そしてハネ車です。庶民も気軽に利用できる寝台車は福音でした。夜が明けました。朝の日差しに輝く瀬戸内海が目に眩しい爽やかな朝です。夜が明けて、瀬戸内海沿いに走る姿の図です。以下、明日付けで紹介します。
2007年09月10日
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では昨日分に引き続きまして2006年12月07日分です。兄妹で博多までかい?はい、母に頼まれ父に届け物をするところです。感心だねえ。何かあったら遠慮なく言いなさい。ありがとうございます。旅は道連れ世は情け。車内改札風景です。国鉄時代は検札と呼んでいたのですが準国営の公共企業体から、民間企業になった現在のJRではよりソフトな表現を使うようになった由。食堂車で晩御飯。おいしいね。はい、兄さま、おいしゅうございます。食堂車での食事風景です。この当時の食堂車は上流階級の社交場であった由。この兄妹の父は国家公務員の所謂キャリア組で当時は上流階級の部類ですので、食堂車でのテーブルマナーもそつなくスマートにこなします。特急列車は小さな駅は通過します。しかし、この小さな駅でも駅員さんが安全を確認して特急列車を見送ります。私たちが安心して車内で眠っている間も、多くの人々が働いてくれているのです。特別急行列車である「あさかぜ」は多くの駅を通過します。今でこそCTC司令室の一元管理で小駅には人手を割かなくなっていますがこの当時は何事によらず人海戦術。それこそ寒村の小駅であってもホームで列車監視が行われていました。深夜の京都駅。東京駅からここまで頑張ってくれた電気機関車はここで交代。ここから先は蒸気機関車の出番です。当時の電化区間は神戸まで。ただ、東海道~山陽直通列車の場合、京都駅で機関車交換を行っていました。以下、明日付けで紹介します。
2007年09月09日
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9月4日付弊ブログにて触れました通り、画像保管庫の容量が限界に近づきましたので過去発言のうち一部の画像を削除しました。2006年12月06日分から2006年12月9日分まで計4日分です。しかしこの4日分の画像は創作絵本、それもリクエストを戴いた上で作成したものであり、多くの方々からレスポンスも戴いております故、発言自体を削除してしまうと折角のレスをも削除してしまいかねず、ご投稿各位のお気持ちを踏みにじる事になりかねません。そこで、当該画像を縮小リサイズしたものをココに再び紹介して参ります。尚以前に2006年12月02日分から2006年12月05日分までの発言中の画像データを削除してありますが、これは元々ラフ画の状態でUPしていたもので、基本的には今回紹介するものと同じです。まずは2006年12月06日分から…1956(昭和31)年11月19日のダイヤ改正で登場した特別急行列車「あさかぜ」。後にブルートレインとして一大ブレイクする列車ですが登場当時は一般型客車の寄せ集め編成でした。その当時この列車を紹介した絵本があったらどんな感じになるだろう?ということで作成したものです。尚絵本の本文は2006年12月06日分をご参照下さい。兄さま、あれが今夜乗るあさかぜ号ですの?そうだよ。明日の朝には父さんの待つ博多に着くんだ。東京駅ホームで発車を待つ「あさかぜ」と、これからその列車に乗り込み博多の父を訪ねる兄妹です。では母さま、行って参ります。気をつけて、妹のこと頼みましたよ。発車の見送り風景。窓越しに母親に挨拶をする兄妹です。発車のベルが鳴り終わり、汽笛一声、列車は東京駅を発車します。新鋭の電気機関車に牽かれ、目指すは一路、九州は博多。東京駅を発車する「あさかぜ」博多まで長躯1176営業キロを一晩で走りぬきます。帰宅ラッシュの国電に見送られ、特別急行列車は力強く西を目指します。まだぶどう色1色だった国電と並走しながら一路西へ…以下明日付けで紹介します。
2007年09月08日
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9月7日付読売新聞朝刊によりますと、確定拠出年金のうち約8万人分、金額にして211億円の資産が運用されず放置されているとの事。加入者が確定拠出年金を導入している企業を転職その他の都合で退職した後も手続きをしないままでいたりする事によって発生している由。そのまま6ヶ月経過すると自動的に資産が連合会へ移管される仕組なのだそうです。その8万人のone of themになっていた事を思い知らされました…前職企業がこの制度を導入して程なく左前になり希望退職を募集。不本意ながらそれに応じて退職。その後再就職が見つかるまで2年弱経過しています。その間手続きも何もしていません(その余裕も無かった、否、そもそも説明書を読んでも意味が判らず理解不能でしたし、問い合わせのためのパスワード=ネット検索用=が届いたようなのですが爾後幾度と無くパソコンの買い直しを余儀なくされた事もあってそのメールも喪失=メールアドレス自体の変更は無し=していますので問い合わせも不可能です)。即ち…私には年金をもらう資格は無い!働けなくなったらとっとと死ね!…と、言う事ですね。(前職企業退職後一応国民年金には加入していますが…多分加入期間を考えると受給資格を得るのは困難なようです)尚、現職企業に於いては、厚生年金加入資格はありません。(正社員ではなくアルバイトですから…用が済んだらゴミ箱行です)これからは不摂生に努める事としましょうか?
2007年09月07日
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めでさたも 極小さけり 我がブログめでたさも 中くらいなり おらが春ではありませんが、このブログ、何じゃかんじゃで開設500日目と相成りましたm(_ _)mこのような拙いブログページ、それも怪しげな内容てんこ盛りなブログですが、曲がりなりにもここまで続けられたのは、ひとえにここをご覧になり時には身に余るお褒めのお言葉を下さった皆様のおかげと、改めて厳粛な気持ちにさせていただいております。暦の上では9月に入り、8月中旬の頃に比べればほんの気持ち分だけではありますが、暑さに多少柔らかさを感じなくもないように思えるようになりました。(といってもまだまだ暑さも日差しも厳しいままですが…)本来なら何か御目出度い事でも書きたいところですが、こんな日に限って悲しいニュースや疑問を感じるニュース、腹立たしいニュースが飛び込んできたりするものです。悲しいニュース訃報です。三大テノールと称され、世界中で活躍したルチアーノ=パバロッティ氏が亡くなった由。享年71歳。謹んで哀悼の意を表します。疑問を感じるニュースその1疑問を感じるニュースその2何でも電車内でピストル型のライターを玩び、人に向けて撃つ真似をした男子高校生を諫めるため平手打ちした警官が暴行罪で逮捕された由。このニュース最初聞いた時には…「悪ガキを大人が諫めてなんでそれが暴力になるのだ?」と不思議でした。色々聞いて見ると単純な話では無いようですが…思いますに…高校生ともあろうものがライター持ってること自体不思議ですしましてピストル型のそれを誰かに向けて撃つ真似するなんて…あまりにもガキっぽい…です。見かねた大人が平手打ちしてでも諫めたとして何の不思議も無いと思います。つい最近まではそんなガキがいたらそれこそ問答無用で親に限らず周りの大人が「鉄拳制裁」したものでしたが…勿論行き過ぎた体罰は問題ですが、子供を育てるには時には叩いて痛い思いをさせてでも諫めなければならない時はあると思うのです。恥ずかしい話、私もその昔、小学校時代・中学校時代、教師から体罰を喰らった事は1度や2度じゃありません。ではその教師を怨んでいるか?そんな事はありません。あの時代教師が生徒に体罰を喰らわしたからと言ってそれが問題になる時代ではありませんでしたし、それしきで教師や学校を怨んだり、まして訴えたりするような児童生徒も父兄もいませんでした。(小中高12年間には、中には尊敬するに値しない教師もいるにはいましたが…それは極少数、多くの先生方は敬意を表するに値する人達でした。高校時代部活の顧問だった先生とは卒業後約30年経った今でも賀状のやりとりをしています)そして腹立たしいニュース…何でもネット上で知り合った者同士が、ただ目先の金欲しさに面識の無い、何の恨みも落ち度も無い通りすがりの女性を拉致し金品を奪い挙句の果てにはその命を奪ったという事件があった由。この犯人ども…鬼畜か?(怒)(怒)(怒)(いあ、こいつらを鬼畜呼ばわりしたら鬼畜からクレームが来るでしょうね。あんなのと一緒にするな!って…)この犯人ども、たとえ泣いてその非を悔い、遺族に詫びたとしてもとても許せるものではありません。そういえば、何の罪も無い幼女とその若い母親を無慈悲に殺したガキ(犯行当時)や、酒気帯びどころか泥酔同然でクルマを転がし追突事故を起こし、被害者夫婦から3人の幼い子供と、笑顔を奪った若造(馬鹿造?)が、裁判であれこれ主張しているとの事。思わず…「やかましい!ごたごた抜かすな!お前らのしでかした罪は万死に値する!潔く極刑を受けろ!」と叫んでしまいたくなってしまいました。(いあ勿論裁判ですから被告側の主張を封じる事は出来ません。でも、その言い分を聞いていると「ふざけるな!」と言いたくなるのもまた事実です)おっと、このブログは趣味ネタを気軽にお気楽に語るブログ。政治ネタや宗教ネタその他生臭いものきな臭いものは扱わないブログでした。よってこれ以上は自粛…閑話休題500に因んで…東海道・山陽新幹線、JR西日本500系擬人化キャラクターです。といっても、あんまり車輛の造形が反映されていませんが…(^^);(強いて言えば…ミニスカートであること、床下も一体型カバーで覆われているため丈の長いスパッツ=或いはタイツ=を穿いている事ぐらい?)単に500系をイメージした制服デザイン…な感じで終わってしまったかも知れません(^^);これほど世間の耳目を集め、「堅気の衆」にさえ「500系新幹線」で通じる存在なのに、東海道区間から姿が見られなくなる事に一抹の寂しさを感じる今日この頃です。
2007年09月06日
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9月になりました。今年も暑い夏でしたが、これで多少は涼しくなるでしょうか?もっとも、カレンダーどおりに暑くなったり寒くなったりしてくれるとは限らないのがお天道様のご機嫌ですから、季節商品を扱う業界の人は大変ですね。さて、9月となれば新学期。日中子供達が学校に行くので親御さんはほっと一息でしょうか?家庭を守る立場のお母さんは一息つけても、通勤しているお父さんは朝の電車に登校の児童生徒が戻ってきて混雑が激しくなってちと困っているかも知れません(^^);幸か不幸か私の場合、勤務時間帯の関係で通勤通学ラッシュの時間帯とずれた時間を利用しているので然程影響はありません。やはり画像ナシでは寂しいので、ネコ耳娘達の登校風景です。追記 以前一旦整理した画像保管庫ですが再び容量が限界に近づいてしまいました。今後過去の画像を中心に削除・更新を行う事がありえますので予め申し添えます。
2007年09月04日
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