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さて、列車は千頭駅に到着しました。折り返しは15時23分発。これは従来どおりです。インターバルの間は皆思い思いに過ごします。久々に顔を合せたボランティア仲間。話も弾みます。幼い子供を連れて参加のO氏、K氏、しばらく会わないうちに子供たちは確実に大きくなっていました(大人は2,3年ぶりでも早々変わったりしないものですが子供はガラリと変わりますね)。O氏御令嬢はちょっとおしゃまに、K氏御令息(兄弟)はやんちゃ盛りに拍車がかかっていました。でも、子供が元気なのは良い事です。いずれ彼ら彼女らが活動の中心となってくれる事でしょう。と思っていたら、K氏曰く…「いや、最近ウチの子供達は某アニメに夢中になっててねぇ~…」おやおや、中々親御さんの思うようにはいかないようです(^^);(今はテレビアニメに、そしてあと10年もしてそろそろニキビを気にし始める所謂第二次反抗期ともなると…?親の言うことよりクラスの可愛い女の子の事で頭が一杯に…?)(爆)此処へ来てこれを食さない手はない!のが、千頭駅目の前で売っている抹茶ソフトクリーム。生憎のお天気のせいか然程暑くはないもののやはり6月、作業の後でもありややほてった体には、ひんやりとした食感と抹茶風味が一際美味です。それと駅前で売っている川魚の炭火串焼き。この日は鮎でした。丸ごと齧り付きます。これがまた美味いんです。ホームへの据付が終わりました。今度は5号車。スハフ42286に乗車します。そういえば、大鉄持ちの客車に乗るのは初めてです。青塗りの近代化改造車。昭和40年代の長距離急行のムードです。その前、オハフ33469の車内です。このクルマ、茶塗りですが国鉄時代は晩年青塗りだったのでは?もう1枚オハフ33469です。その前のオハ35559とオハ3522の車内です。昔のままの内装です。このスタイルの車輛がまだ現役でごろごろいた時代を知っている私などには懐かしいスタイルですが、その時代を知らない今の若い人たちには不思議に見えるかも知れません。もっとも、近代化改造車を「レトロムード」と言われると反論したくなるのは私だけでしょうか?(^^);列車はいつもどおり千頭を発車。駿河徳山を経て田野口駅を通過、下泉駅に到着しようとした時でした。おや?随分と手前で停車します。私の乗っていた5号車が半分ホームを外れ、編成後部が構内踏切を塞ぎます。それどころか最後尾の電機はまだポイントより外側です。え?下泉駅の有効長が短いからって7両編成がはみ出す筈はないのですが…?前を見るとおや?C11227が盛んにドレインを切って濛々と白い湯気を吐いています。険しい表示で慌しく走り回る乗務員諸氏、大鉄スタッフ諸氏、これは一体?どうやらただならぬ事態のようです。やがて情報が伝わってきました。どうやらC11227にトラブルが発生し前途列車を牽引して走行することが困難になってしまった由。さあ困りました…世間様なら土日はお休みですが私は翌日仕事です。それも御当地から800キロ弱離れた場所で。ここで足止め喰らっては一大事です。大鉄スタッフ諸氏が携帯電話で連絡を取り合っています。専用の無線機を準備するより、携帯電話を使った方が今では簡単・低コストで済むようですね。そして…とうとうC11227の復旧を断念。同機は此処で切り離し側線に収容。前途は最後尾のE101が本務機として列車をエスコートして行くことと相成りました。汽笛合図とともに結構大きなショックで編成が動きます。ちょっとちょっと!車庫内空身のクルマじゃなくて乗客がいるんですよ?我々トラストトレインボランティアメンバーなら経験があるから驚きもしないけど、一般客はビックリしたんじゃ?(^^);(^^);心なしか?うなだれているようにも見えるC11227を残し、およそ1時間遅れて列車は出発しました。それにしてもこの一連の騒ぎの中、全く動じることなく熟睡していたのはO夫妻御令嬢と、けK氏御令息兄弟。いあいあ、この子達大物になる?(爆)いつもは編成の長いSL列車の最後尾、或いは展望車のある時はカマ次位で、「影武者」、「黒子」の地位に甘んじているE10型。しかして、今は主役を張ります。7両フル編成260トンを牽いて、蒸機牽引時よりもハイペースで金谷を目指して走ります。意外や意外、E10型の底力を見せてもらったような気分です。地名駅。この車両故障のとばっちりで足止め喰らっていた千頭行電車(元近鉄特急)と交換。待たせてごめんなさいね…川根笹間渡温泉駅発車、第一橋梁に差し掛かります。いつもは露天風呂から大勢が手を振ってくれるのですが、蒸機の汽笛が無いせいかで気付かないのか?列車に注目する人は殆どいません。もしかしたら蒸機列車よりレアで貴重な光景なのですが…家山駅。団体さんが乗ってきました。SLの旅を期待していたら?レトロ調とはいえ先頭に立つのは電気機関車!話が違うぞ?とクレームつけた人がいたかも知れません。列車は快調に飛ばします。厄介なシンダシャワーも無く、寧ろ快適な旅なのですが…しかし、列車の遅れ具合は気になります。と、言うのも金谷駅18時10分発の上り電車で静岡に出て、同駅19時14分発のひかり(461号?)で名古屋に行き、のぞみ51号で広島へ、そして最終の新山口行こだまに乗って徳山23時34分着の行程でキップの手配をしてあり、乗り遅れると困るのです。今のペースで新金谷で下車しミーティングに参加してるとその行程が崩れるのは必至。止む無くこのまま直接金谷に出て、終わりのミーティングは欠席させてもらうこととし、車掌さんにキップの乗り越しの申請をします。しかし…「いや、今回はトラブルで遅れたのだからそのまま乗って良い」とのことでした(元のキップは新金谷まで)。果せるかな金谷到着は17時55分頃。18時10分発に辛くも間に合いました。この列車、早くも御当地の顔となった新鋭313系。まだ新車の匂いの残る初々しいクルマでした。乗り心地もよく前面展望も良く、良いクルマなのは大いに認めます、認めますが…何処か一抹の物足りなさを感じるのは贅沢なのでしょうか?おかげさまで無事当初予定通りの列車に乗れ、無事帰宅できました。さて、この次参加できるのは何時になるのでしょう?
2007年06月26日
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今年から集合時刻が午前10時になりました(昨年までは午前10時30分)。これは大井川鉄道の都合により列車ダイヤが変わり、トラストトレインの千頭行のスジが約1時間早くなったためです。財団・大井川鉄道各々の担当者氏と、当日ボランティア参加メンバーが一堂に会しました。今回初参加の人もいましたが、多くは常連、言ってみれば歴戦のつわもの諸侯。段取りは阿吽の呼吸で進みます。長くこの活動を引っ張ってきて、ミスタートラストトレインとでも呼びたい「親分」や「姐御」は今はいません。しかしその意思を受継いだ世代が先頭になって頑張ってくれています。殊に、チャット仲間でもあるM氏は若手ながら場数を踏んでいるだけあって的確な指示で皆をサポート。頼もしい限りです。台車検査で「入院中」だったオハニ367はしかし、諸般の事情で作業が遅れてしまい、この日はまだ現役復帰できていませんでした。オハニの荷物室に保管してある掃除道具その他、「七つ道具」をスハフ433の車掌室へ(ここは編成端となり通り抜ける乗客乗員はいません)移し作業開始。座席や床に積もった埃を掃き、窓枠・肘掛を雑巾がけ。皆さん手馴れたものでてきぱきと進みます(え?あんたも自分の部屋もそんな風に掃除や片付けしろよ?…って、それが出来れば苦労しません!)。客車の掃除が終わり今度はカマ磨き。この日はC2ことC11227が担当です。作業している我々の向こう、本線をC108がオハフ33215以下オール丸屋根3連をエスコートしてやって来ました。戦前型で統一された姿が綺麗です。ただ、残念な事に非公式側の足場が撤去されてしまい、そちら側サイドのプレートが磨けなくなってしまいました。前面・背面・公式側の3箇所のみ磨きます。この日私が担当した背面プレートです。スチールたわしに研磨剤を付け、渾身の力を込めて磨きます。それまで黒ずんでいたプレートの砲金地肌がやがて鈍く輝き出します。「鉄」冥利に尽きる瞬間です。作業が終わりました。今回は「ドアボーイ」は他のメンバーが担当してくれる事になりましたので、久しぶりに一乗客として利用する事とし、駅窓口で切符を購入します。この日のトラストトレインは団体客の利用があるのか?長大7両編成。スハフ433+スハフ432+スハフ42286+オハフ33469+オハ35459+オハ3522+オハ35149。先頭に立つのはC11227。そして最後尾から「影武者」を務めるE101…の編成でした。お天気は時折小雨がぱらつきましたがそれも一瞬の事。総じて落ち着いていました。先頭7号車、スハフ433の進行方向左側の席に身を置き、日本の原風景のような、長閑で美しい風景の中。心地良い揺れを堪能しつつ千頭を目指します。しかしこの時点では、復路にそんな事態が発生するとは予想だに出来ませんでした。え?何があったのかですって?それは次回のお楽しみ…m(_ _)m
2007年06月25日
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この駅、もう何度利用した事やら…(^^);今日待っててくれたのは元近鉄特急でした。ホームの反対側に各種案内看板が並んでいます。おや?あれに見えるは…?カマはおそらくC11227です。カマ次位にいるのはオハ35857のようですね。側線の奥に展望車が停まっていました。以下次号…
2007年06月24日
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と、言う訳でタイトルだけで済んでしまいますが…トラストトレインボランティアに参加してきました。新しい職場も原則土日祝日は出勤なのですが、今回天佑僥倖?23日土曜日が偶然休暇になったのでこれを幸い赴いたものです。出発は22日夜の特急2レ「はやぶさ・富士」。仕事を終え戸田駅発20時44分発岩国行に乗り徳山下車。出勤時予め用意していたカメラバッグや、着替えの入ったボストンバッグをコインロッカーから出し、代わりに通勤時に使う鞄を放り込みます。そして、道中の「兵糧」を確保すべく駅売店に寄ると…?既に弁当・サンドイッチ類は完売。急いで駅前のコンビニエンスストアに駆け込みます(乗り継ぎ時間は僅か10分)。何とか道中の食材を確保し駅に戻り、改札を抜けホームに入ります。程なくやって来たのはEF6648にエスコートされた「はやぶさ・富士」。9号車のB個室が今宵の宿です。個室の居住性は良くこれで開放室と同額ですからお買い得。編成中各1両とは勿体無い(^^);車内放送によると今夜はほぼ満席である由。慶賀の至りです。翌朝目覚めたのは大垣辺り。お天気は晴朗でした。しかし、岐阜県内では良いお天気だったのがやがて愛知県を抜け静岡県に入り、浜名湖を過ぎ、天竜川を渡るとだんだん雲行きが怪しくなって来ました。車内販売のオニギリで朝御飯です(しかし、コンビニで売ってるオニギリそのもの…)(^^);列車は定刻に静岡駅に到着しました。此処で下車します。当日のエスコート役、EF6648号機の側面プレートです。御年34歳。人間なら若手~中堅世代ですがカマの33歳は…高齢車です。一晩世話になったオハネ15-2005です。一路東京を目指し走り去る2レ。貫通路に立つのはおや?「御同業」氏?静岡駅駅舎です。適当な時間帯の下り電車に乗り金谷を目指します。今回利用したのは211系でした。早くもこの界隈の主力となった313系です。今まで空気のように当たり前にいた113系はもういません。金谷駅から大井川鉄道に乗換え新金谷を目指します。以下次号…
2007年06月23日
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さて、昨日付けのブログで紹介しましたペンタブレット。しかし、これを使いこなすのは簡単ではありません。中々思うように、紙に筆記具で描くようには行きません。作品一つ仕上げるにも時間がかかってしまいました…気分としてはこんな感じでしょうか?(^^);ネコ耳生えてるぐらいですから、魔法が使えたって不思議じゃない!だけど魔法もやっぱり練習しないと上手くならないようで…(^^);こんな拙い代物でも、ファンだと言ってくださる方があるのは光栄な事。頑張らないと…(って…果たして御期待に添えているのかしら?)
2007年06月22日
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と、言う訳でタイトルだけで済んでしまいますが…表記の周辺機器並びにアプリケーションソフト、購入してしまいました。今まで自作イラストをアップロードする時は、紙に手描きしたものをスキャナーで取り込み、ウィンドウズ付属のペイントソフトで細部を仕上げていました。しかしマウスでは細かい調整がし辛く、また原版作成のための画材も必要になります。この度の引越しで画材の殆ど全ては荷物の中に梱包され、まだすぐには取り出せない場所に閉じ込められています。ブログに書きたいネタがあっても写真も絵もないのはやっぱり物足りません。そこで、曲がりなりにも収入を得られる術が見つかった事でもあり、一念発起で購入したものです。さて、ペンタブレット。これを使えば簡単に絵が描ける…と思ったのは間違いでした…アナログ画材なら手元を見ながら使うのですが、ペンタブレットでは手元を見ても絵は現れません。しかし画面を見てると手元は見えません。思ったとおりの描写はそうそう簡単にはできません。この道具に慣れるまでには或る程度の修練が必要である事、改めて思い知らされました。白紙の状態から絵を完成させる事は難しい…そこで!ラフスケッチをスキャニングしてそれを基に作画してみたのがこれです↓時々登場するネコ耳娘。ネコ耳が生えているぐらいですからふつーの少女じゃありません(爆)。ホウキに乗って空を飛べても不思議じゃない!…ということで(^^);お目汚し失礼しました。
2007年06月21日
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書評です。>>http://www.gakugei-pub.jp/mokuroku/book/ISBN978-4-7615-1227-9.htm詳細は上記アドレスをご覧いただくとして…過日市内の老舗書店に取り寄せを依頼していたこの本が届き、早速引き取り紐解きました。そして、一気に読み終えました。はい、内容に引き込まれてしまいました。著者は財団法人日本ナショナルトラストの設立初期から関わり、長く要職にあられた米山淳一氏。トラストトレインの実現にも尽力され、また鉄道ファンとして多くの著書もあるので、「その筋」では知られた方です。豪放磊落、人懐っこい笑顔で初対面の人ともすぐに打ち解けるその人柄もあっていつしか氏の周りには人が集まり、そして大きな仕事を成し遂げてしまう、そんな不思議な魅力を持つ氏の事は、私は親愛と敬意をこめて「親分」と呼んでいます。(といっても、氏とはトラストトレインボランティアで10年来面識も知己も得ている私ですが、面と向ってそう呼んだ事はありません。ただ、そう呼びたくなる風格を氏が持ち合わせているのは衆目の認めるところでしょう)この本には氏がこれまで関わってきた数多の自然景観・歴史的建造物等の保存・活用への決して平坦とはいえない道程の様子が臨場感たっぷりに記載されています。あの人懐っこい笑顔の裏に、自信に溢れたような態度の裏に、こんなにも、それこそ文字通り血のにじむようなご苦労があったのか?と、思わず居住まいを正さざるを得ないような、厳粛な気持ちにもなります。文化財・歴史的建造物などと言うと聞こえは良いのですが、その実今の規格や基準に合わず使い勝手の悪い古臭い代物も少なくなく、その取得・保存・活用に必ずしも御理解を得られるとは限りません。維持管理するために敢えて高コスト非効率な技法を使わざるを得ない場合も多々あります。実際トラストトレインボランティアに参加した時にも、そのあたりは痛切に感じます。登場当時は最新鋭の技術が用いられ、そして半世紀以上経った今日でも現役でいられることは素晴らしい事ですが、その実生きている事が奇跡としか言いようの無いものであることもまた厳然たる事実です。もっと低価格で、しかもメンテナンスが容易なシステムが確立しているのに何故今更?思いますに…古い時代の技術を伝承する事は、何よりも先人達の心を受継ぐことではないでしょうか?心と言うと語弊があるなら「先人達の思い入れ」とでも申しましょうか?かつて人生50年。今80年?それでも悠久の歴史の中で人一人の一生の時間なんて一瞬でしかありません。また生きとし生けるもの全てが避けて通れないもの、誰であってもいずれ必ず訪れるもの、それは「死」。歴史的建造物の建立に関わった人々は悉く鬼籍に入りました。トラストトレインの車輛たちだって、スハフ43に関わられた星晃氏は御存命ではありますが御高齢、他の方々も多くは鬼籍に入られたものと推測します。鬼籍に入った先人・先達・先輩方の謦咳に接する事はできません。しかし、その人たちが遺したものを通じ、その人たちの思い、願い、心に対して、今を生きる我々が思いを馳せることはできます。書画骨董美術工芸、勿論それらはそれらで素晴らしいものですが、芸術だけが文化ではありません。先人達の遺してくれたものに思いを馳せ、そして今を生きる我々は次の世代に何を残せるのか?どんな思いを伝えていけるのか?悪しきものとは決別し、良きものを後世に伝えて行きたいもの。現在の保存活動に関わる私の名前が後世に残るわけではありません(財団の名簿の中には残るかも知れません)。多くのボランティアスタッフの中のone of them。しかし、そもそも名前を残したくてボランティアをやっているわけではありません(きっと他の方々も同じ思いでしょう)。先人達の思いを後世に伝えたい、それ以前に自分達がこの活動に携われることが楽しいから、生甲斐だから、皆頑張れるのです。財団のキャッチコピーで大好きな言葉があります。「流した汗は歴史に残る」たとえこの身はあと30年もすれば朽ち果てるとしても、自分達が頑張った活動の結果は後世に伝わり、やがて次世代が引き継いでくれます。そしてまた次の世代へ。その一助になれるなら、望外の喜びであります。やはり画像ナシでは寂しいので、既出ですがトラストトレインの画像です。下泉~田野口間での撮影です。但し撮影したのはもう10年近く前のものですが…
2007年06月20日
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昨日・一昨日に紹介した写真を撮影した場所は、山口県周南市四郎谷。静かな集落です。かつてC62がブルトレ牽引をしていた頃には、お立ち台の一つでした。しかしこの地には駅はありません。また、最寄の駅といっても、戸田駅・富海駅いずれも距離があります。今回はクルマで行きましたが、駅から徒歩となると現実的ではない場所です。(クルマで行く際には、一旦国道2号線を湯野温泉入り口の方まで入ってから、細い道を通ってこの地に出ます)。今でこそクルマが普及していますので、この地の人々もお出かけするのに支障は少ないでしょうが、かつてはさぞかし大変だったのでは?その昔まだ私が小学生だった頃遠足でこの地に来た事がありますが、クルマも通れそうに無いような細道・畦道をそれこそ一列縦隊で進んだ記憶があります。もう一度同じ道を辿れる自信はありません(^^);さて、メインターゲットは撮れたものの、まだフィルムが少々残っていたので、「河岸を変え」る事としました。今度は周南市の不燃物処理場に程近い場所から撮影します。社会人になって間もない頃、やはりこの地に来た事があります。その当時の撮影ポイントはしかし、20年の間に樹木が生長し、とても写せるような状況ではありませんでした。20年前撮影したカットです。カマ次位がカニ24-100なのであさかぜ編成です。このようなカットは今回撮れませんでした。朝7時台の下り電車です。更新車4連です。これは上り電車です。丁度漁港から漁船が出て来ました。この場所から望遠レンズ(今回は135ミリ)で狙えば丁度順光線になります。この次チャンスがあれば是非この位置から特急1レをモノにしてみたいところです。(しかしこの辺り、とにかく道が狭いです。道路整備の進み具合が全国屈指の山口県らしからぬ姿はなんとしたこと!と県庁に文句言うのは筋違い?…それはとにかく、けっして他者の邪魔にならないよう、心して撮り鉄する事肝に銘じておきましょう)
2007年06月15日
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さて、12日のメインターゲットです。この場所で、朝日をバックにやって来る夜行列車を撮影するのが夢でした。この日の担当は50号機でした。側面ナンバー部分を狙ったのですが…見事に障害物に被ってしまいました列車はトンネルに入ります。この部分だけ見ると山岳路線のようにも見えますが、目と鼻の先は海です。このトンネルを抜けた先もしばらく海沿いを走ります(但し高い堤防に眺望を阻まれてしまいますが…)。かつて何往復もの寝台特急が、踵を接して雁行していた頃は、この時間帯には次から次へとやって来て、それこそより取り見取りでした。もっとも、地域の通勤通学輸送はモロにとばっちりを喰らい、富海駅では朝6時44分発の次は8時06分まで、1時間以上電車が無く、防府・小郡(現新山口)方面への通勤通学客は不便を強いられていました。私自身高校時代はその6時44分発の電車で朝は登校したものです(8時の電車ではギリギリ始業時間に間に合いませんでした)。それもあってかつて私の高校では始業時間に夏時間と冬時間があり、12月~3月の冬場のみ、始業時間が20分繰り下げられていました(しかし大道・四辻方面から上り電車で通学してくる連中にとっては、夏時間・冬時間は無意味でした。上り電車は7時台には1本しかなく、8時台の電車では冬時間にも間に合わなかったからです)。その後、1978(昭和53)年頃=私が3年生の時=のダイヤ改正で、防府駅に朝8時台ほぼ前後して発着する上下の電車(上り8時06分、下り8時13分)ができた事により、始業時間がそれに合せた時間となり、夏時間・冬時間は廃止されました。首都圏を初めとする大都市圏の重通勤線区のように、5分と空けずに電車が運行される路線ではとても考えられないような話でしょうが、1本逃すと1時間以上次が来ない路線の沿線では、列車ダイヤが企業や学校の始業時間をも左右してしまう事があるのです。今ではかつてに比べて運転本数はやや増えましたが、編成は短くなりました。それでも運べる程度の利用客しかいないとなると…?寂しいですね…
2007年06月14日
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さて、12日撮影してきたと申しました写真、遅くなりましたが出来上がりました。(何分にもこのご時世だというのにデジカメを持たず、銀塩フィルムを使う35ミリ一眼レフしか持たない身ですのでいちいちDPEの依頼をしないといけないのです)まずはこのカット先頭に立つのはEF66115。長い貨物列車を表情一つ変えずにエスコートして行きます。次にやってきたのはEF6638。こちらも長い編成をエスコートしています。朝の普通電車がやって来ました。しかし…通勤通学で混み合う筈の時間帯に僅か2両編成とは…上り電車です。こちらは115系でも3000番台。元広島快速カラーを纏っていました。トンネルの並びが不自然ですがこれは電化工事の際、今115系が出てきた上り線のトンネルを新たに造り、旧上り線を下り線に転用したためです。旧下り線トンネルは道路トンネルになっていますが一般人・一般車の通行は出来ない模様です。この辺りは車窓間近に瀬戸内海が望め、界隈でも屈指のビューポイントである由。もっとも、その事を知ったのは大人になってからでした(^^);(地元のガキには日常の光景でしたので…見慣れたというか見飽きたというか…)(爆)
2007年06月13日
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新しい仕事・職場・住まい…そろそろ2週間です。仕事の段取りは?まだまだ身についたとはいえません何もかも、上長や諸先輩方の言うとおり、今はまだ、操り人形モードです。目から鱗が落ちるような体験もしばしば。しかし何が厄介かといって、重いものを持ち上げたり降ろしたり…正直これはしんどいです。でも、此処で逃げ出すわけには行きません。何としても、安定した収入の道を得ない事には何も出来ませんので…12日は実は早朝起床して、クルマで40分ほどの場所に出掛けました。この地に戻ってきたら是非行って撮り鉄したい場所がありまして、そこに赴きました。既出画像で恐縮ですが、この日赴いた場所を車内から撮影したものです。この辺りは駅から遠く、また線路に並行した道路もありません。アクセスが非常に判りづらく不便な場所です。とはいえ、付近には小規模とはいえ集落があり人も暮らしています。クルマの通れる道もあります。この日の目的の列車の撮影をした画像はないのか?と訝しく思われる向きもありましょう。実は撮影に使ったのは銀塩フィルムを使うカメラでして、フィルム現像をしない限り画像を得られないのです。前職時代は仕事の合間に出来たのですが現在では不可能です。後日DPE処理をして、無事画像が得られていれば改めてご紹介いたしますm(_ _)m
2007年06月12日
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この日より新しい職場での新しい仕事が開始です。勇んで新品のスーツを着ていったまでは良かったもののいざ制服に着替えようとすると?何と更衣室がありません。仕方なくこの日はトイレの個室を利用して着替えました。今度の職場は家具の販売店。私が担当するのは小物家具。原則としてお客様が御自身で持ち帰り御自身で組み立てるタイプの家具で、代表的なものがカラーボックス。あれが欲しい・これが欲しいとの御要望があればその都度倉庫から品物を持ち出しレジへ運び、お会計の後、駐車場へ運びお車への積み込みを行うのがメインの仕事です。土日祝日原則出勤の仕事ですが、何、それは前職とて同じ事。しかし、ものによってはかなりの重量のあるものもあり、普段箸より重いものを持たない生活をしていた人間はたちどころに腰痛・筋肉痛に襲われてしまいました職場は山陽本線戸田駅から徒歩15分の場所ですので、一見通勤には苦労なさそうですが…新住所が徳山駅まで徒歩20~30分かかる場所な上、山陽本線の運転本数は概ね30分に1本。それもパターンダイヤではなく運転間隔もバラバラ。どうかすると1時間以上空く時間帯すらあります。必ずしも通勤に適しているとは言えません。とはいえ、徳山~戸田間は僅か10分。乗っている間は身を任せておけば良いだけです。これがクルマ通勤だとトータルで25分程度ですが運転中は一瞬たりとも気が抜けませんし、車庫として借りている叔父宅の敷地は大きな木製の門扉を開閉する必要があり出し入れが結構面倒臭いのです。それに駅まで毎日歩く事で多少なりとも体力づくりやトレーニングになります。既にメタボリック症候群ど真ん中サイズのウエストをもつ身としては、敢えて厳しい環境に身をおいたほうが対策になるかも知れません。やはり画像ナシでは寂しいので、その昔撮影したEF66の貨物列車です。しかし編成があまりに短く、EF66も拍子抜けしていそうですね(^^);
2007年06月01日
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