2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全25件 (25件中 1-25件目)
1

この日お名残乗車をしたのでもう最後とは思っていたのですが…本日お天気も良かった事でもあり、ついつい最後の逢瀬に出かけてしまいました。以前仕事中(!)に目星をつけていた場所があり、そこに赴きました。旧熊毛町区域の、小学校の校門前です。ただ、到着したのがギリギリの時間で、クルマを止めて降りたその刹那、「のぞみ」18号のN700系が通過して行きました。と、言う事は程なく「こだま」638号が通過する筈です。果たして約4分後、0系が通過して行きました。流石にこの場所から狙う「同業者」はいませんでした(^^);編成番号などはとても読み取れません…このあと一旦帰宅し、クルマを自転車に乗換え、次のポイントに向かいます。この日と同じ場所、国道2号線が新幹線軌道をオーバークロスする場所、待つのは徳山駅11時54分発「こだま」639号です。まず「こだま」639号を徳山駅で待避させ、「ひかりレール☆スター」445号が駆け抜けて行きます。満を持して0系「こだま」639号のご登場です。前回の撮影時と偶然全く同じR61編成でした。平年より早い紅葉に見送られ、名残を惜しむかのように0系は最後の力走を魅せ、トンネルに消えていきました。この列車の通過を見送ると、其処に集まっていたギャラリー達の多くは立ち去っていき、一握りの「鉄」が残ります。はい、これも今や絶滅危惧種!500系です。徳山12時00分発の「のぞみ」9号です(徳山に停車する貴重な「のぞみ」です)。1964(昭和39)年に、12両編成30本360両で始まった0系。累計3200両余が誕生し、日本の戦後復興高度経済成長を支え文字通り東奔西走した0系。遥かに後に誕生した100系・300系・500系ですら戦線離脱し天に召されるものが出る時代にも一部が生き残り、最後まで人々の旅の夢を育んできた0系が、今その最後の歩みを止める日が来ました。さようなら0系。長い間、本当に長い間、無事勤めてくれました。ありがとう。本当にありがとう。0系。そして、お疲れ様。明日からはたとえキミ達の走る姿は見られなくなっても、キミ達に揺られて旅行する事はできなくなっても、キミ達が成し得た偉大な足跡は決して色褪せる事はありません。日本を代表する鉄道車輛、そして世界の高速鉄道の礎となり鉄道を斜陽産業から見事に立ち直し、高速鉄道の将来性を確立せしめた0系(及び新幹線鉄道システム)に、今惜しみない拍手を送ります。ありがとう!0系 FOR EVER
2008年11月30日
コメント(6)

はい、タイトルどおりです。結局行ってしまいました0系新幹線お名残乗車です。 マスメディアでも盛んに報道されるせいか「堅気の素人衆」の口から「ゼロ系」などと言う言葉が出て来るほど知られ、駅のホームは押すな押すなの大賑わいである由。実際今月上旬の平日でさえ結構な数の「同業者」の姿を見ていただけに正直不安でした。 それでも当初は予定にしていなかったお名残乗車を急遽行う事になったのは、老母の一言がきっかけでした。 「最後じゃけぇ乗ってみんかね?」 「じゃけぇ前から言いよったろうがね。はぁないよなるから今の内に乗ろうって。先週までじゃったら丁度山口線のSLも走りよったけぇ一緒に行こう言うたのに、ちっとも聞きゃあせんかったのは誰かいね?」 「はぁそねえな話しよったけえのぉ?」 「まだ認知症にゃ早いよ?今時75で老け込んでどねえするんじゃ?」 まー何はともあれ行ってみよう、乗ってみようと言う事になりました。 年寄り、そして女性である為老母の仕度(化粧!)が手間取って駅に着いたのはギリギリの時間。ちょっとだけ不安でしたが何とか間に合いました。 徳山駅09時25分発「こだま」629号に乗車。次の新山口駅を目指します。え?たった一駅?はい、生憎この後勤務先の人とランチの予定があったため遠出が出来ず、一駅間だけの体験乗車と相成りました。 もしかして車内は激混みパニック状態か?乗車するまでは不安でしたが、流石は大都市圏を離れた地方とあって車内はところどころに空席があり、無事座れました。「こだま」629号はR68編成でした。 0系自体には、もう既に幾度となく乗車する機会があり時には博多~東京間を乗り通したこともあります。丁度食堂車の登場した頃で、長時間乗車の際には途中で食堂車を利用するのが楽しみでした。現在最後の活躍をする3編成は、一族の中でも「末娘」の部類で車内も当時とは様変わりしていますが、天井の造作などにはかつての面影が残っていました。 並行する山陽自動車道を行くクルマがまるで止まっているかのようなスピードで列車は疾走しますが揺れなど殆ど感じる事もなく、広くなった座席のおかげもあって快適に過ごせます。乗ったと思ったら15分後にはもう下車駅新山口駅に到着しました。 新山口駅12番ホームにて 「こだま」629号。0系R68編成です。さて、復路はどうしよう?新山口駅10時11分発瀬野行がありますが、徳山までは42分の所要時間です。自分1人なら間違いなくこの列車を利用しますが、齢75の老母も一緒です。それに、この瀬野行1644Mは広セキC-35編成。115系でもまだシートピッチの狭い300番台車。ちょっと避けたいかな? (転換シートの広ヒロL編成や広セキN編成なら何も迷いません。また同じC編成でもせめてシートピッチの広い1000・2000番台ならまだ許せますが…) そこで、帰路も新幹線利用としました。新山口駅10時22分発「こだま」638号利用です。こちらはR61編成でした。 新山口駅に到着する「こだま」638号です。0系R61編成です。往路に利用したのは2号車で青系統の内装、復路に利用したのは3号車でベージュ系の内装、其々個性が違う車輛に乗れました。3号車の2号車よりデッキと客室の間に、売店として使われたであろうカウンターが、もう長い事使われた形跡もなく残っていたのには少し寂しさも感じました。おや?車内でもしかしてテレビ局が取材でもしているのでしょうか?ムービーカメラを持った御仁を見かけましたが、彼の構えるレンズの先にいる若い女性がまるで車内のあれこれを説明しているかのように見受けられました。実際のところは?しかし知る由もありません。最近は業務用の撮影機材も小型軽量化、そして一般家庭向けのムービーカメラも高性能化、そして「素人」さんでも簡単に取材しその映像をネット配信が出来る時代ですから何とも言えませんね(^^); 今回も落ち着く間もなくあっという間に下車駅に着いてしまいました。 「こだま」638号は此処徳山駅で「のぞみ」18号の通過待避をします。その時間を利用して対向ホームから撮影、そしてその発車を見送りました。 通過する「のぞみ」18号と待避する「こだま」638号です。発車して行く「こだま」638号です。あまりにも当たり前だったこの顔ともお別れです。感慨深いものがあると同時に、一抹の寂しさを感じずにいられません。さようなら、0系。ありがとう、そしてお疲れ様。キミ達のことは忘れない。 本邦のみならず世界の高速鉄道界に燦然と輝く偉業をなしえた0系新幹線に、今、惜しみない拍手を送ります。
2008年11月29日
コメント(4)

はい、タイトルどおりです。いよいよラストランを迎える0系新幹線電車。およそ「無くなる」となると「鉄」共が色めき立ち何かと騒ぎになるものですが、今回はマスメディアも喧々諤々の大騒ぎで、「非鉄」の「堅気の衆」をも巻き込んだ大賑わいになっている由。確かに新幹線0系と言えば、単なる鉄道車輛の1つではなく、ある意味行動経済成長期の日本の象徴のような存在ですから、その引退ともなれば、一般の人々にも感慨深いものがあるのは容易に想像できます。ただ、あまりの熱狂振りにJR西日本サイドも戦々恐々の模様で、安全確保にサミット開催時以上の厳戒態勢とのこと。ご心中お察しします>関係各位。それにしても…マスメディアは「44年間」と報じますが「鉄」としては…今残っているR61・67・68編成は基本的に30次車以降の、1983~1985年頃に生まれたグループですから、約25年の歴史ですので少々引っ掛かりを感じなくもないのです(^^);ま、細部を見れば別形式と言えそうなほどあちこち改良・設計変更は成されているようですが、大筋では基本は変わらず、1次車~38次車どれ同士でも編成組み換えが可能ですから、素人目に見れば「44年間同じ」と言っても過言ではないのでしょうね。既出画像で恐縮ですが、この日紹介したカットの再掲です。徳山駅10時44分発「こだま638」号と、同列車を待避させ通過して行く「のぞみ」18号です。「こだま」638号は0系R67編成、「のぞみ」18号はN700系Z1編成でした。地方の駅で平日の昼間でしたがそれでも10人弱の撮影者がいましたから、そうすると?明日・明後日には?拠点駅では?何だか空恐ろしくなりますね(^^);それにしても…0系新幹線がエースとして、青いスカートも優雅に颯爽と走っていた頃には寧ろ「鉄」共には仇のように見られていたことを思うと隔世の感と言うヤツでしょうか?(^^);ありがとう0系。お疲れ様0系。キミ達のことは忘れない。偉大なる鉄道復権の立役者。ひとつの時代を築き上げ今此処に勇退する0系に、惜しみない拍手を送ります。
2008年11月28日
コメント(2)

はい、タイトルどおりです。2002(平成14)年より使っていた今の携帯電話がもうガタが来てしまい仕事に差し支えるようになってしまいました。この機会に新しいものに更新しようと言う事になりまして、買い直しました。今時のケータイって色んな機能がごちゃごちゃついていますが正直言ってまず使うことは無さそうでしたので、一番安いヤツ!と言うことでかんたんケータイという代物になりました。(それでもカメラは付いてました。今はもう皆付いているとの事です)今までは設定していなかったメールを設定できるように…と言う事ですがこのあたりはまだこれから説明書を読みながら色々勉強せねばなりません。もっとも…のべつ幕なしケータイ見つめつつメールのやり取りだのネットサーフィンだのってのはどうも苦手です(^^);(電車などで皆横一列に並んで座って全員まるで示し合わせたように一心不乱にケータイ見つめている姿っていささか不気味ですいえ、別にメールするなとまでは申しませんが…あれ?電車内でメールって…?ケータイをそんなトコで使うのっていいのかしら?ペースメーカー等の医療機器への悪影響は?まーもっとも電磁波と言えば電車自体が撒き散らしてはいるのですが…)(^^);目ざとい「娘」共に見つかってしまいました。このケータイで撮影した画像を紹介できれば良いのですが…生憎使用メディアがマイクロSDカードでこれは持っておらず、今此処では紹介できないのが残念です。もっとも(腕が悪いってのもありますが)、「娘」共を撮影しようとすると最短撮影距離以内に近付く形になるのか?いい写真にはなりませんでしたロートル世代にはこういったものを使いこなすには苦労します(爆)
2008年11月27日
コメント(4)

更に前日の続きです。長門峡~篠目間で撮影したあと、ついつい欲が出てもしかしたら?と思い篠目駅の先に向かいました。篠目駅では停車時間が長いのでもしかしたら追い付けるかも?と目論んだのです。現地に着くと最早近いところにはとても駐車する余裕はありません。少し離れたところに停めて、年甲斐も無く全力疾走(笑)、48のおやぢには拷問です(爆)。弾む息を抑えて抑えて、ファインダーを覗きます。山里に汽笛が轟きました。いよいよC571がやって来ます。その先に聳える胸突き八丁の急坂に猛然と挑みます。眼前を通り過ぎ列車は峠へ。9521レでは最後尾を展望デッキを持ったオハフ13701が務めますが、9522レではオハ12703がしんがりを務めます。オハフ13701に比べてちょっと物足りない後姿ですが、逆にかつての一般型客車のそれにも似ていてこれはこれで良しとしましょうか?貫通路に幌があれば文句なし!なのですが…(^^);来年はいよいよ復活30周年。いつまでも元気に走って欲しいものです。この項終わり。
2008年11月26日
コメント(2)

昨日の続きです。ダメで元々撮れれば儲けもの。これが新幹線や軌道条件の良い幹線を走る新世代車輛の優等列車ならクルマで追っかけて…なんて芸当は不可能です(よしんば挑戦したところで良くてパトカーに追っかけられ、下手すりゃ人殺しの十字架を背負う羽目になりかねません)が、SLやまぐち号の場合、山口線が高速運転向きではない線形の上に、列車のスピードも然程高くなく、並行道路も整備されているので追っかけることも不可能ではありません(勿論、無理しちゃダメですよ!)。鍋倉駅付近の姿を捉えたら直ちにクルマにとって返し追跡開始(笑)。決して無理なスピードは出さずに走ります。渡川駅付近で列車と並走、その先国道が線路をオーバークロスする場所で見事に交差。長門峡駅手前ではしかし、時速70キロ以上出ていたC57に引き離され後塵を拝しながら追走モード(何故なら、国道9号線は一般道路ですから法定速度は時速60キロです)。長門峡駅の停車時間に一縷の望みをかけ、その先の道端にクルマを停め、カメラを構えたところ…邪魔だ!どけやゴルァ!!後ろの方から怒声が飛んできました。見ると三脚を構えた御仁が睨みつけています。おやおや、先客氏のお邪魔をしてしまった模様です。姿勢を低くしクルマの影に身を潜め邪魔にならないように気遣います。え?オマエのクルマ自体が邪魔だ?あ…でも最早動かせないよぉ~…本線車道はクルマが途切れないから合流できへんねん…姿勢を低くせざるを得なかったので、並行道路を行くクルマが被ってしまいました。更に直前に私の画角内に子供が「乱入(笑)」して来ました…がちんがちんの「鉄」はこういう時文句垂れるのでしょうが、闇雲に画面から人を排除しなくても、時には人が入ってもそれはそれで面白いと思う私は「この世界」では異端でしょうか?(そらま、長時間待って狙っていたのに後から来たヤツが前で三脚構えた姿が画面の中に入ってメインの被写体が隠されたとあっては流石に腹も立ちますけれども…)(^^);遠路はるばる偶の休みに倹約して貯めたお小遣いをやりくりして撮影に来たのなら必死になるのも判らないではないのですが、幸か不幸かこちらはご近所、思い立ったら気軽に行ける身ですから、がっつぃたさもしい真似は見苦しいと言うものです(^^);とは言いながらやはり「山っ気」はあって、篠目駅発車シーンを撮るべく移動します。中々クルマが途切れずやっと切れ目を見つけ発進。おや?前方でも合流せんとしたクルマがありました。さっき怒鳴りつけてきた御仁です。合流しやすいようにペースを落としパッシングで合流を促してやります。あ!危ない!!そのクルマのすぐ前に停めてあって同じく発進しようとしたクルマがあり危うく両車が接触しそうでした。接触衝突は避けられたようでしたが危なっかしい事をしなさるものです…やれやれ。効率よく撮影したい気持ちは判りますが余裕を持ちましょうよ>ご同輩各位。あんたら2台が合流できる時間(せいぜい数秒)位待ってやるからさぁ~…ほんの少し周りを見回せば良いものを自分が先に行こうと競り合ったら結局どちらも前に進めなくて却って時間がかかるというのに…撮り鉄に行って追っかけで事故ったら洒落になりませんし仲間内では物笑いの種です。安全運転に心がけ、篠目駅の先に向かいます。以下 次号(笑)
2008年11月25日
コメント(6)

シーズン終了とは申しましたが何、「鉄」は365日楽しめる趣味です。何が終了したのか?はい、山口線のSLやまぐち号が今年のシーズンを無事終了したと言う話です。今年は山口ディスティネーションキャンペーンが開催され運転日が増えた事もあってか、夕方放送された地元民放テレビのローカルニュースでは対前年比120%の乗車実績だった由。慶賀の至りですね。生憎24日は天気予報で雨と出ていたので、前日の23日、お天気が良かったことも合って午後から出かけました。え?だったら何故朝から出かけない?だって朝のうちはコッチに行ってましたので(^^);これは鍋倉駅を発車した9522レ新山口行き上り列車です。並行して少し高いところを通っている国道9号線の、道端にある駐車スペースから撮影しました。この日撮影した他のカットは後日紹介しますm(_ _)m(フォトアルバム容量の都合により)
2008年11月24日
コメント(0)

はい、性懲りも無くまたしても出かけて参りました。寝台特急1レの撮影です。今回赴いたのはこの日紹介したカットを撮影した場所です。前回、またそれ以前にも此処を訪ねた時は平日だったこともあってか「ご同業」と出会うことは無かったのですが今回は4人もの「先客」の姿がありました。彼らの邪魔にならないように撮影します。それにしても…地元の人しか知らないような山越えの細い道を通らなければ辿り着けないようなこの地に、遠隔地のナンバーを付けたクルマが停まっているのは正直驚きました。流石に今ではインターネットを利用すれば検索できるのですね。きっと(^^);流石に日の出が遅くなったため明るさが不足しあまり綺麗には仕上がらずに終わってしまいました。この場所は海沿いに走る列車が撮れるのでついつい足が向いてしまいますが…イチバンの「華」である寝台特急の通過時には逆光になってしまうのが残念なところです。50年来当たり前だったこの光景が来年春で終わってしまう…未だに信じられません。否、頑なに拒絶している私です(^^);
2008年11月23日
コメント(0)

はい、タイトルどおりですが…11月22日に地元のお祭りに行って来ました。このお祭りガキの頃には毎年のように行っていたものでしたが、大学進学後は地元を離れ、殊に就職後は原則土日祝日には休めなかった事もあって、長くご無沙汰しておりました。およそ30年ぶりになります。例によって老母を引っ張り出します。年寄りほったらかして1人だけ遊びに行くのはやはり気が引けます(^^);足腰衰えた齢75の婆を連れて行くにはクルマが便利なのですが、大きな祭礼となると交通規制もかかり渋滞は必至、駐車場の確保にも苦労する事は自明の理ですから、敢えてバスと電車を乗り継いで出かけました。高架になった防府駅に着いたのは夕方午後5時17分、高校時代通学の為毎日のように利用していた時代の面影は全くといって残っていません(ってあれからもう30年経っていますが…)。しかし?以前は駅前から既に道の両脇には露店が並び、縁日露店の定番・いか焼き・たこ焼き・フランクフルト・焼き鳥・焼きそば・綿あめ・りんご飴・焼きとうもろこし等がいかにも美味しそうな香りをたなびかせ、お祭りモードを盛り上げていましたが、この日は見当たらず、交通規制のせいかクルマの姿も無く、人影もまばらで既に日の沈んだ街角は祭礼日の商店街らしからぬ寂しさでした。時々祭装束の人を見かけてやっと今日が祭礼日だとわかる程です。それでも流石に防府天満宮の参道に入るとようやく道の両脇に露店が並び始め、お祭りらしい賑わいになっていました。長く閉ざされたままのシャッターを幾つも見かける中、所々見覚えのある暖簾に、地道に堅実な商売を続けているお店の姿勢を見つけホッとする思いです。大鳥居の手前まで来るともう押すな押すなの大賑わい。人混みに押し潰されそうなほど。卑近なたとえでは、[朝7時45分の山手線](笑)間もなくこのお祭りのメインイベント、御網代がやって来るとあっては無理もありません。中にはフェンスの上に昇る御仁も…すると、警戒中の警察官氏から声がかかりました。「其処の人ぉ~危ないから降りちゃって」上っていた人は苦笑いしつつも素直に降りましたが…仲間内と「うるさい、しろしい事言うな!って言うちゃりゃあ良かったのぉ」「それいや」(…って、あんたらねぇ~…)(^^);(まー多少お酒も入っていたのでしょうが警察官の制止には従うのが正解ですよ?)どうしてもお祭りともなると昼間からお酒の入る人も少なくなく、またこのお祭り、御網代を載せた山車を天満宮境内から石段を下ろしまた登らせると言う勇壮にして少々荒っぽいものです。網代の山車やお御輿は「裸坊」と呼ばれる男衆がこれを担ぎます。裸とは言うものの実質白装束を身に纏っていますので全裸だの褌一丁と言うわけではありません。この「裸坊」の男衆も、一升瓶片手に酒を煽りながらその任に就く人も散見されます。11月下旬の肌寒い日ですから、腹の中から体を温めるのに効果的なのでしょう。とはいえ、力任せの勇壮な荒っぽいお祭りですからそれこそ荒くれ衆でないと務まりません。ただでさえ血の気の多い連中に更に酒が入ってますからちょっとした小競り合いも起きかねません。そういえば、以前このお祭りのポスターを作った時、御網代の傍に、背中に見事な彫り物の入った御仁が写ってしまって急遽ポスターを作り変える羽目になった事があった由。荒くれ衆でないと務まらない激しいお祭りのため、そういう荒事のできる人材となるとどうしても「其の筋」の重鎮に一役買ってもらわざるを得ないのでしょう。今だったら画像処理ソフトでCG加工してしまうでしょうけど…(^^);写真撮影に挑戦してみましたが…条件があまりに厳しく上手く撮れませんでした。皆様も是非、機会があったらお出かけ下さい(^o^)/追記これまでも機会のあるごとに過去画像の縮小リサイズ分との差し替えを行いフォトアルバム容量の捻出に努めて参りましたが、そろそろ限界に達しました。今後過去画像を削除する場合がありますこと予め申し副えておきますm(_ _)m
2008年11月22日
コメント(2)

はい、この日の発言の続きです。1レ改め41レ「はやぶさ」の、門司~熊本間のエスコート役はED7669でした。前後にヘッドマークを掲げこれから「はやぶさ」編成と「手」をつなぎます。このあと1レ「富士」をエスコートするED7666が、先発の41レを見送ります。小倉駅で41レを下車。その発車を見送ります。ホンネを言えばこのまま博多でも熊本でも乗って行きたいところですが今回の目的地の都合で、後続の「ソニック」10号に乗換えます。小倉駅発車時点では「はやぶさ」の後続だった「ソニック」10号ですが、福間駅で「はやぶさ」を待避させ追い越してしまいます。そして香椎駅。通過する41レ「はやぶさ」です。何時の日か終点まで乗る機会はあるのでしょうか?
2008年11月19日
コメント(2)

はい、タイトルどおりです。例によって例の如く、闘病通院と言うよりも通院にかこつけて「乗り鉄」してる感じのお話です。病院より処方されている抗鬱薬が切れたので投薬と診察をお願いするべく出かけることになりました。アクセスは例によって1レ「はやぶさ・富士」の「ヒルネ」利用です。徳山駅に到着する1レ。この日のエスコート役はEF6646でした。11月も中旬となり、それでなくても日の出の遅い西国の当地、しかも曇天とあっては綺麗に撮れませんでした(え?腕が悪い?それは…反論できません)平日の割には結構な乗車率で、5号車オハネ15-1122も殆どの席が埋まり、かろうじて1番2番区画が空席でしたのでそこに座ります。夜間長距離をそれも会社間を越えて走るためか、途中些細な支障があってもそのダイヤが狂いやすい1レ・2レですが、今朝は無事定時運転です。06時53分、列車は徳山駅を後にしました。列車は快調に朝の山陽路を走ります。熱く垂れ込めた雲のせいで、折角日が昇ったにも関わらずあたりは尚薄暗いのが残念ですが、沿線の木々は平地の里山にあっても色づき始め車窓の無聊を慰めてくれます。もっとも、列車に乗っていればそれだけでハイテンションになるのは「鉄もの」のサガでしょうか?(^^);一昨日下関を出て一晩掛けて東京まで走り昨夜再び東京を発って今また一晩中駆け通し、いよいよラストスパートのEF6646です。幡生駅手前のカーブで捉えました。下関駅4番線に到着。大任を終えたEF6646が引き上げていきます。心なしか?安堵の表情を浮かべているようにも見えます。今日の「関門海峡の船頭さん」はEF81410でした。以下 次号(笑)
2008年11月18日
コメント(0)

はい、タイトルだけで済んでしまうようなお話ですが…(^^);↑ここに行って来ました。例によって老母を引っ張り出し、自宅を出たのは朝10時前。国道315号線を鹿野インターから中国縦貫自動車道へ入ります。ここは制限速度が時速80キロなので大人しくそのペースで走ります。(実は先日、山陽自動車道で大失敗をしでかしてしまい、下手に飛ばすのが少々怖いのです。いえ、ぶつけたわけじゃありません。遅い先行車がいたので追い越しをかけたのですが迂闊にもセンターラインが途切れていないトンネル内で、しかも速度制限が時速80キロの区間で一瞬ながら時速100キロ近いスピードが出ていたところを広島県警の覆面パトカーに見咎められてしまい、しっかりお叱りを受け反則金を納める羽目になったのです。20年以上無事故無違反でゴールド免許持っていた私としたことが…5月にしでかした失敗以来己を厳しく律していたはずなのに…)中には猛スピードで追い越していく後続車もいましたが敢えて無視(私のクルマを追い越してった某N観光バス!あんたもそのスピードは違反ちゃうんか?)(笑)して法定制限速度を遵守します。幸か不幸か交通量が少なく対向車も後続車もたまに出会う程度、流れの「ガン」にはならずに済みます(^^);幾つかトンネルを抜けた先の作業用駐車場にパトカーが停まっていました。そういえば…さっきぶっ飛ばして行ったスポーツカーがいましたが…さてはあいつ…?(^^);休憩の為立寄った吉和サービスエリアからの遠景です。沿道の紅葉も中々見事でこれは現地の様子が期待できそうです。戸河内インターで中国縦貫自動車道を降ります。三段峡入口まではすぐでした。特設駐車場に誘導されそこでクルマを降ります。あとは遊歩道に沿ってひたすら…ひたすら…ひたすら歩きます。広島県安芸太田町公式サイトにあった三段峡紹介ページによれば2時間コース、3時間コース、4時間コース等々、色々あるようで、地名の由来にもなった三段滝までは概ね2時間30分の道程である由。この日は秋晴れの清々しい小春日和。狭い遊歩道は多くの観光客で賑わいます。深い淵も底まで見通せるほど透き通った清流が流れます。こんな珍しい滝もありました。黒淵渓谷では渡船に乗り船上から観光します。まるでナイフで切り取ったかのように垂直に切り立った崖に吃驚!ややや?アレに見えるはモアイ像?ここはイースター島?んなまさか(^^);自然の造形の妙ですね。この黒淵渓谷には茶店と公衆トイレがあり、一休みです。うどん1杯600円也(^^);街中で食べれば結構高級店の値段です。で、お味は…?立ち食いスタンドのそれの雰囲気で、街中でこの味でこの値段だったら嬉しくないレベルです(^^);とはいえ、結構な距離を歩いてやっと辿り着き腹ペコ状態の身には、そして目の前に広がる掛け値なしの雄大な自然景観があれば、美味しく食べられるものです。もっと先の三段滝まで行ってみたかったのですが、この茶店で腹ごしらえした時点で午後2時、この先4.5キロを、それも齢75の老母と一緒では到着するのは4時頃になりそうです。そうなると今度は帰りが日没までに戻れない危険があります。夜陰にこの細い遊歩道を、しかも切り立った崖沿い、足を滑らしたら奈落の渓谷とあっては、自分1人でも不安です。まして老母が一緒では危険過ぎます。そこで今回は此処で引き返すことにしました。(また日を改めて、今度は新緑の頃か盛夏の頃に涼を求めて来て見ましょう。渡船の船頭さんの話によれば、新緑の頃も素晴らしい景観が広がるとのことです)少し盛りは過ぎた感もありましたが、山の紅葉を思いっきり堪能し、先程クルマを駐車した場所まで戻ってきました。土産物屋やホテル、バス待合所の並ぶ場所に来てみるとややや?この建物は!バス待合所の建物は、旧三段峡駅舎だったのです。そ!そんな…旧可部線三段峡駅って、本当に三段峡渓谷の入口のすぐ側にあったのですね。これなら、観光列車を走らせていれば或いは人気が出たかも知れなかったのに…途中見かけた遺構を見ると、加計~三段峡間は建設時期が新しかったせいか?橋梁は鉄橋もコンクリートラーメン橋も実に立派な造りです。それだけに此処をもう列車が走らないというのがもの凄く残念でなりません。この区間が営業していたうちに乗車体験したかったですね…そんな可部線の遺構を少々紹介します。しかしあちこちで撤去作業が始まっていました…環境に優しい鉄道が、儲からないので廃止…矛盾を感じずに入られません。帰路は敢えて一般道路を進んでみます。国道186号線も沿道には落葉広葉樹が多く三段峡以上に見ごろでした。途中集落の中に入って制限速度が40キロになったのでそのスピードに下げたところ(それまでは速度制限が無かったので法定速度上限の時速60キロで走行)、後続車が車間距離を詰めて追い上げて来ました。しかし公安委員会制定の制限速度がある上、歩道と車道の分かれていない対面交通区間。道幅も狭く民家も多い場所とあっては何時何処で歩行者の飛び出しがあるやも判らず(実際目前の横断歩道を信号無視して横断する老婆がいて焦りました)、たとえ後続車がパッシングしてこようがクラクション鳴らしてこようがスピードは上げられません(お行儀の悪いやつに譲る道などありません!そもそも道路は歩行者の為のものです。断じてクルマの為のものなんかじゃないんです!)。そしたらその後続車、その先の直線区間でセンターラインが黄色なのにも拘らず(言うまでも無く追い越し禁止です)反対車線にはみ出して追い越しをかけ、非常識なスピードで飛ばして行きました。あんな運転していたらそのうち取り返しの付かない結果になると言うのに…秋の日はつるべ落とし、まして晩秋の山里とあっては早い時間に薄暮に包まれます。夜の帳の中慣れない山道を行くのも考えもの。そこで吉和インターから中国縦貫自動車道に入り、鹿野インターまで進みます。国道315号線を走って徳山に着いたのは午後6時を回っていました。おまけ…(^^);紅葉狩りイメージ画像です。(だって…老婆&おっさんじゃ絵になりませんので…)(^^);
2008年11月15日
コメント(2)

前日に引き続き11月03日にも性懲りも無く撮影に出かけました。今回の撮影ポイントはこの日に紹介した場所です。勇んで出かけたのは良かったのですが…朝靄がかかってしまいロングショットは全てアウト。唯一撮れたのもこのカットのみでした↓この日の1レのエスコート役はEF6646でした。「鉄」たるもの、天候を味方につける術を悟る必要があるのですね(^^);
2008年11月14日
コメント(4)

発言のタイムラグが随分と開いてしまいましたm(_ _)mさて、タイトルどおりですが久々に朝の寝台特急の撮影に出かけました。と言っても実際に撮影したのは去る11月02日ですが…今回赴いたのはこの日の発言で紹介した場所です。前回は5月で既に日も高く順光線で撮影できましたが、今回は朝日は出てこそいましたがまだ稜線の上までは昇っておらず、少々光量不足は否めない状況でした。↑のカットをトリミングしアップにしてみました↓残念ながら条件が悪く綺麗なカットは残せませんでしたトンネルを幾つも抜けて1レは快走します。ロングショットを狙いましたがその先の突堤は実はタチウオ釣りの恰好の穴場であった由。朝早くから「太公望」諸氏が釣り糸を垂れています。まさかこちら側からカメラを構えた「怪しげなおやぢ」がいると知る由も無い人が画角の中を横切ってしまいました…このカットはそのため一部トリミングしてあります。来年春までに後何回撮影機会を得られるでしょうか?
2008年11月13日
コメント(4)

はい、何度も何度もこんなネタで恐縮至極m(_ _)m今回の対象はこの日のものです。今回も早月川橋梁での撮影です。
2008年11月11日
コメント(0)

はい、しつこくて申し訳ないです。またこのネタです。今回の対象はこの日のものです。早月川に架かる橋梁上を行く列車を撮影しました。ここはJR北陸本線と富山地方鉄道線が並行して走っています。
2008年11月10日
コメント(0)

はい、しつこいまでにこのネタです。誠に持って恐縮至極m(_ _)m今回の対象はこの日のものです。常願寺川右岸で撮影した富山地方鉄道の電車です。
2008年11月09日
コメント(0)

はい、何度もこんなネタで恐縮至極m(_ _)m今回の対象はこの日のものです。朝の常願寺川橋梁で撮影したものです。
2008年11月08日
コメント(0)

はい、例によって例の如くで恐縮至極m(_ _)m今回の対象はこの日のものです。常願寺川橋梁です。編成写真もすっきり撮れるのでしばしば出かけました。特に16時30分頃此処を通過するトワイライトエクスプレスは恰好の撮影対象でした。この日はEF81103のエスコート、第2編成でした。
2008年11月07日
コメント(0)

はい、例によって例の如くこのネタです。今回の対象はこの日のものです。呉羽山から撮影しました。此処は見晴らしの良い場所でした。当時はまだボンネット485系も当たり前に走っていました。高山本線の新進気鋭のエース、キハ85系です。気動車らしからぬ俊足の持ち主です。当時はありふれていて何の有り難味もなかった首都圏色通称タラコ色です。程なく界隈では見られなくなってしまいました。この色って今もあるのでしょうか?界隈を離れて10年の月日が流れました。そうそう、路面電車!これも世話になったものです。富山地方鉄道も利用しました。このうち、5枚目で紹介した塗装は現在は残っていない由(車輛自体絶滅危惧種で風前の灯です)。いつか機会があれば富山市を再訪したいところです。
2008年11月06日
コメント(0)

はい、またしてもこのネタです。今回は140円支払っての撮影です。(と言うと何か特別な事をしたように聞こえますが、何、入場券買ってホームから撮影しただけです)(^^);0系が充当される「こだま」638号は徳山駅で「のぞみ」18号を待避します。その両者の一瞬の並びを撮ろうと思い立ち出かけました。徳山駅駅舎(既出画像再掲で失礼します)です。徳山駅に着いたのは朝10時30分頃でした。券売機で入場券を買おうとしたところ、駅員氏から声をかけられました。「どちらへ行ってですかいね?」「あ、入場券買います。今日は新幹線は平常運転ですよね?」駅前には普段見かけないJRバスが2台いました。何故わざわざそんな問い合わせを受けたのか?実はこの日は保守点検の為、朝の通勤通学時間帯が終わったあと正午頃まで徳山~新山口間が計画的に運休されていたのです。そのためこの区間の利用客の為代行バスが運転されていました。声をかけられたのはその案内をかねての事でした。改札で入鋏…もとい、スタンプを押してもらい、新幹線ホームに入ります。6番線の列車を撮るので対向7番線に立ちました。ホームの新山口よりに進むと、ローアングルに三脚を立てた先客氏の姿がありました。失礼の無いようにと思い声をかけます。「後ろよろしいですか?」すると、無言で睨まれてしまいました。えええ?オレ何か悪い事を…?どうやらその先客氏、ムービー撮影中だった模様でした。そうとは知らない私が迂闊にかけた声がノイズとして入ってしまったのでしょうか?だとしたら悪い事をしてしまいました状況からして詫びの言葉を掛けると余計に揉めそうだったので無言で下がりました。あの時の方、ごめんなさい。まだ10時40分にならない頃合だったかと思います。「こだま」638号が到着しました。この日はR67編成でした。相前後して到着した「こだま」635号です。100系K56編成でした。これを潮にホームの新岩国よりに移動します。「こだま」635号は通過列車待避もなく、すぐに発車して行きました。そして、そろそろ「こだま」638号の発車時刻も迫って来たと思った10時42分、「のぞみ」18号が猛然と通過して行きました。最古参の0系と、最新鋭のN700系、一瞬の出会いです。この日の「のぞみ」18号はZ1編成でした。「のぞみ」18号が通過するとすぐに「こだま」638号は発車して行きました。40年以上見慣れた鉄路のおなじみが間もなく見納めになる…心中は複雑ですね。
2008年11月05日
コメント(2)

これは11月03日に行われたものですが、この日は別ネタをUPしましたので、1日遅れての紹介になります。え?何処に行って何を見てきたのか?はい、それはこれから…山口県下松市には花岡福徳稲荷神社があり、毎年この時期には稲穂祭が開催され、そのメインイベントとして狐の嫁入り行列が行われます。今回はそれを見学に行く事になりました。例によって老母を引っ張り出します(近隣の祭礼ながら案外行く機会に恵まれず遠い昔の子供時代に行ったきりだった由)。お祭りの由来に関しては、当該神社公式サイトに記載がありましたが、意外にも歴史は浅く、第1回が行われたのは戦後の1950(昭和25)年との事でした。狭い集落に観光客がわんさか押しかえるとあっては駐車場にも事欠くと予想できたので、当初は鉄道利用を予定していました。所要時間10分で会場も駅から徒歩圏内で、何よりこの方が地球環境にも優しいのです。ところが老母の仕度が遅れてしまい、バスに間に合わず、次のバスでは列車の発車時刻に間に合わずかといってその列車を逃すと次は1時間以上後になってお祭りに間に合わない…止む無くクルマで出かけました。もっとも、いざ行ってみると?少し離れた場所にある大規模な総合病院の駐車場が開放され、シャトルバスが運行されるとの事。心配無用でした。門前には出店が並び、たこ焼き・いか焼き・はし巻き・クレープ・フランクフルト・りんご飴…美味しそうな匂いが鼻先を誘惑します。いいですねぇ~お祭りのこういう雰囲気。賑わう参道。鳥居越しに山陽新幹線が見えます。クルマ1台やっと擦れ違える程度の細い道に、まるで芋の子を洗うが如し黒山の人だかり。幼子が親とはぐれたら探し当てるのに骨が折れそうな中、午後2時にいよいよパレード…もとい、狐の嫁入り行列が賑々しく始まりました。2人の制服警官氏の先導で、お神輿や稚児さん行列・地元小中学生の鼓笛隊等々賑やかに華やかに練り歩きます。しかし…大人達は満面の笑みで取り囲んでいるのに、当の稚児さん達、折角綺麗なおべべにお化粧もしてもらっているのに意外にも不機嫌そうな子供が1人2人…さては?朝から続く様々な行事にいささか退屈し疲れ果てた?無理もありません。大人だって楽じゃないのに、幼い子供には拷問に感じられても不思議じゃありません(^^);若い衆が威勢よく担いできたお神輿です。中に2人の子供が乗って太鼓を叩いています。神社前でお神輿が宙を舞います。勇ましいのは良いのですが…中の子供たち、目を回さないかしら?(^^);いよいよ本日の主役、新郎新婦の登場です。ちゃんと媒酌人夫妻、新郎新婦の両親・兄弟姉妹・親戚縁者等々、列席者も其々付き従います。別カットです。聞けば、新婦役を演じた女性は良縁に恵まれるとの事。もっとも、新郎新婦役は誰が演じるのか?は秘密とされる由(もっとも、狭い集落ですから自ずとわかってしまうでしょうね)。おまけ…キツネに因んでこんなキャラクターが出来ました。最後に一言。行ってよかった\(^o^)/~
2008年11月04日
コメント(4)

はい、今回も前日に引き続いてこのネタです。連日こんなネタで恐縮至極m(_ _)mこの日赴いた場所はこの日に、そしてこの日に紹介した場所です。 border="0">まずは最新鋭のN700系「のぞみ」59号。この日はZ14編成でした。そしてその「のぞみ」9号を待避し、後を追う様に発車した「こだま」629号です。この日はR68編成でした。高度経済成長を支え、時代の象徴でもあった0系新幹線電車。40年以上当たり前に見られたこの姿が間もなく見納めになるとは…未だに信じられない思いです。
2008年11月03日
コメント(4)

はい、タイトルどおりです。前日に引き続きまして新幹線ネタです。今回は別の場所に赴きました。駅間で言えば新岩国~徳山間になります。場所は山口県下松市末武中字上和田辺り、丁度この店の徳山東インター店に程近い場所で、山陽新幹線をオーバークロスする橋があり、まずはそこから撮影しました。(下松市内に或るにも拘らず店名に「徳山」と付くのは“?”な気もしないではないですが…)(^^);0系編成の「こだま」638号を徳山で待避させ先を急ぐ「のぞみ」18号です。N700系Z20編成でした。そして続行してやって来た「こだま」638号。この日はR67編成でした。この後は撮影ポイントを移動します。下松市内で国道2号線・山陽新幹線・岩徳線が並走する場所があり、国道が一時的に新幹線高架軌道に近いレベルになる場所に駐車場所があったので当初そこからあたりをつけてみたのですが、防音壁に阻まれ上手く撮れそうにありません(脚立持って来れば良かった…)。そこで、程近いところにある医療法人施設の駐車場に向かいます。近隣の需要を一手に引き受ける大規模な総合病院だけあって広大な駐車場があります。平日ならクルマがギッシリでしょうが、この日は日曜日。駐車場はガラガラでした。小高い丘の斜面にあるので俯瞰撮影を試みますが…こだま639号です。ズームレンズを望遠最大側にしてみましたがちぃーっとばっか遠距離過ぎたようです。残念!(画像はトリミングかけています。実際には画面上はもっと小さくなってしまいます。)
2008年11月02日
コメント(1)

実行日からUP日まで随分とタイムラグが生じていますがこれはこういう事情も影響しています。さて、タイトルだけで済んでしまいそうですが、この日もまた撮り鉄に赴きました。「獲物」は前回と同じ0系新幹線。当初は同じ629Aこだま629号の撮影を予定していましたが諸般の事情でこの列車の時間には自宅を出ることが出来なかったため、639A「こだま」639号を狙う事にしました。撮影ポイントもこの時と同じ、山陽新幹線徳山駅西方、国道2号線をアンダークロスする辺りです。前回は同業者は1人だけでしたが、今回は数人の姿がありました。いよいよXデーへのカウントダウンが始まった事も影響しているのでしょう。時刻は11時52分になりました。639Aが徳山駅を発車する時刻です。果たして、ファインダー越しにヘッドライトの光点が見えました。見る見る近付いてきます。前回と同じR61編成でした。0系を見送りましたが皆さんまだ立ち去ろうとしません。そう、すぐ後を追っかけて来る9A「のぞみ」9号は500系が充当されるのです。これを写さないテはありません。徳山停車の貴重な「のぞみ」です(しかし次の新山口は通過してしまい、次の停車駅は小倉。体験乗車で一駅…と簡単には行かないのが辛いところです)(^^);この日の「のぞみ」9号は、W1編成でした。スレンダーボディの「美女」も意外とクィーン在位期間は短く終わってしまうようです。
2008年11月01日
コメント(0)
全25件 (25件中 1-25件目)
1
![]()
