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長門市駅に着きました。此処からは山陰本線で下関を目指します。長門市駅ホームです。本線系はやはりキハ40系主体のようですね。駅のコンコースには下関市在住の方が寄贈された模型が展示されていました。何と牛乳パックを再利用して自作されたものである由。キハ40系とEF58牽引の青大将編成。全長や軸配置など「鉄」の目で厳しく見ると余計なところも見えてしまいますが、全体で見ると実車の印象を見事に捉えて再現された力作である事は言を待ちません。しかも青大将の方はスハ44とナロ10の違いもちゃんと再現してありました。スケールや時代考証にこだわるだけが模型「道」ではありません(断言!)(^^);時刻表を見ると、丁度「みすず潮彩」号に間に合う事が判りました。折角ですから仙崎まで1往復してみましょう(^^);丁度仙崎行きはその「みすず潮彩」号編成でした。この機会に未乗区間であった長門市~仙崎間を体験すべく乗ってみたのですが…僅か1駅間距離2.2キロ時間にして4分間…軒先掠めてあっと言う間に終わってしまいました。印象もへったくれもあったもんじゃありません(^^);仙崎駅のキハ477004です。「みすず潮彩」号下関寄り1号車自由席車です。実は最初2号車の方に乗ったのです。海岸に向けてソファー・ベンチタイプの座席が並んでいました。これは見晴らしがいい…と思いつつ何だか不思議な違和感と漠然とした不安が…ふと仕切り壁の表示が目に止まりました。そこには…指定席の文字が…し!失礼しましたぁあああ(指定席車にうっかり入ってるなんて…キャリア45年!の筋金入り「鉄」にあるまじき大失態です…この私としたことが…)直ちに隣の1号車に移動します(^^);(コッチは自由席)外見の塗装こそド派手ですが、車内はいたってノーマルでした。シートモケットがブラウン系になっていることを除けばおそらく原型のまま?迷わず進行方向右側窓際の席に座ります。列車は下関へ向けて発車しました。長門市からは山陰本線へ。車窓右手手の届きそうなところに真っ青な日本海が広がります。途中駅でも信号所でもないところで停車します。おや?すぐに車内放送が入りました。絶景ビューポイントでより景色を楽しめるようにとのサービス停車である由。列車密度が疎らなればこそ出来るサービスですね。(首都圏辺りの重通勤路線でコレやったら乗客が暴動を起こしてしまいますね)(^^);折角ですから山陰海岸の車窓風景を幾つか紹介します。この季節ですから穏やかな表情を見せる日本海ですが、季節が変わればキットまったく別の表情を見せてくれることでしょう。幡生で山陽本線と合流、列車は下関を目指します。新旧揃い踏み?EF6617&EF210126です。戦士の休息(^^);…もっとも地上設備の都合で持てる性能をフルに発揮できない、言ってみれば「腹ペコ戦士」なEF200です(^^);そのまま山陽本線を真直ぐ行けば2時間で済む徳山~下関間をあっちこっち寄り道したとはいえ、5時間多い7時間かけて移動した形になります。(7時間あれば?0系でも東京~博多間走破出来ます。EF58もおそらく東京~京都間走破できる筈です。でも私が計算ドリルに挑戦すると?多分最初の数ページも終わらないでしょう)(^^);そしてこの後はこの日紹介した2レ撮り鉄物語に繋がるのでありました(^^);
2008年08月31日
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宇部駅からは再び山陽本線に乗ります。広発下関行き625Mです。広セキC-33編成でした。しかし2駅目の厚狭で下車します。跨線橋の窓から625Mを見送ります。貨物列車の入換作業に勤しむDE101575です。更新カラーでした。美祢線の貨物列車をエスコートするDD51です。国鉄時代そのままの姿の882号機です。基地に屯するDD51達。30年前と変わらぬ光景が今も見られます。更に10年時計の針を戻すと?Dが1つ取れ、厚狭駅の空は黒く燻ります(^^);美祢線の大口顧客(笑)。とはいえ全盛期に比べればうんと減りました。山陽本線や岩徳線の旅客列車は国鉄型ばっかり。山口線も殆どが国鉄型なのに、美祢線の旅客列車はJR世代のキハ120が一手に引き受けます。厚狭駅前にあった三年寝太郎の像です。碑文です。厚狭駅からは美祢線で一路長門市を目指します。かつて…もう30年以上前美祢線は乗ったことがありますが、当時の非力な車輛では然程スピードも出ず、所要時間は結構かかっていた記憶がありましたが、JR世代の新鋭キハ120はその当時には想像もつかないハイペースでかっ飛ばします。並行する幹線道路(それも山口県の、交通量が少ないくせによく整備されている道路です)を結構なスピードで飛ばすクルマに勝るとも劣らないスピードなのは感心しました。タキ1100の群れです。全盛期より減ったとはいえ貨物輸送の比重が高いことが美祢線を幹線扱いにした所以です。上り厚狭行きとの交換です。長門湯本の温泉街が見えて来ました。大型の旅館ホテルが建ち並んでいますが、肝心の長門湯本駅とのアクセスは便利とは言い難いのが何とも勿体無い話です。厚狭を出て1時間06分で長門市に到着しました。
2008年08月30日
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今更!な話で恐縮至極でありますが…m(_ _)mこの日の発言で文末にこの日触れた2レ以外に関する写真・画像は後日別の機会にまた紹介しましょうと触れています。即ち宿題を残した状態でありました。そこで本日よりこの件にしばらく触れます。8月15日朝、徳山7時48分発531Mでスタート。広ヒロL-07編成でした。新山口駅にて。後追いカットです。中線にいたスハフ12155です。SLやまぐちDC号平日ヴァージョン用編成ですね。反対側はスハフ12129でした。個人的には窓の大きいこちらのロットの方が好きです。此処からは宇部線に乗換えます。常盤付近の車窓に見える海です。次の草江付近では山口宇部空港に接近しますが空港は家並の向こうに見え隠れするだけで上手く写真は撮れませんでした。宇部市の市街地に入りました。地元じゃ今でも「宇部駅」と言えば宇部線の「宇部新川駅」の事、山陽本線の宇部駅は「西宇部駅」と呼ばないと通じないとか(^^);市街地中心部には宇部新川駅の方が圧倒的に近いのです。宇部新川駅構内に待機する105系達です。登場当時は朱色1色でしたが、今では国鉄時代に103系から改造編入されたグループも仲間入りしヴァラエティ豊かになりました。厚東川の風景です。岩鼻~宇部間に信号所がありました。上り電車と交換します。宇部駅駅舎です。この駅で下車したのは実は今回が初めてです。寝台特急も停まる駅(1975/03/09までは多くの優等列車の停車駅)にしてはこじんまりとしているのは意外でした。
2008年08月29日
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それにしてもゲリラ豪雨。困ったものですね。幸か不幸かウチの辺りじゃ大きな被害は受けずに済みましたが、被災された方々には衷心よりお見舞い申し上げます。こういう激しい雨は当然鉄道界にも深刻な影響をもたらします。土砂崩れや冠水に伴う事故発生は言うに及ばず、運転規制を惹き起こし当然ダイヤを乱します。ことに長距離列車にはその影響は深刻で、たとえば静岡県内の降雨規制が九州のダイヤを乱す…なんて事態も現実に発生します。此処最近「はやぶさ・富士」がまさにそれで、夏休みとガソリン代高騰で折角利用客の目が夜行列車を見直しだした矢先だっただけに何とも残念であります。先日のような車輛故障は流石にちょっと悲しいものがありますが…自然災害や踏切事故、飛び込み自殺は鉄道会社も被害者。それだけにやりきれませんね。久々に擬人化ネタが出来ました。深夜の集中豪雨に行く手を阻まれた寝台特急「はやぶさ・富士」です。色々逆風が厳しい中、1日でも長く、旅人の夢と希望と笑顔を育み走り続けて欲しいと切に願います。
2008年08月28日
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はい、タイトルどおりです。26日夜辛子真緑様より情報をいただきました。26日東京発の1レ「はやぶさ・富士」が車輛トラブルの為大幅に遅延している由。そしてそのトラブルはカマの不調によるもので、ピンチヒッターとしてEF651106がその任にあたるとのことでした。これは是非記録しよう!ということで本日出かけました。念のため朝6時30分ごろJR西日本のサイトにアクセスし運行状況を確認してみますと?列車は平常どおり運行していますとのこと。おや?遅れを回復したのかな?と思い念のため所定時刻の頃徳山駅に出向きます。しかし列車が来る気配はありません。1レと前後して発車して行く1534Mが発車し、1レの後続の527Mが到着し、岩徳線2226Dが発車し…念のため駅に行ってみます。コンコースにはしかし、遅れの情報は掲示されていません。旅客の流れが途切れていたことを幸いに、改札嬢に問い合わせたところ…列車遅延が生じ今の様子だと昼頃の到着になりそうだとの回答を得ました。これは一大事!そのまま昼まで待つわけには行かないので一旦帰宅しました。その後ネット上でも情報収集に努めたところ、どうやら横浜から一旦品川に戻り、改めて21時30分ごろ発車したとのこと。そのままシフトして3時間30分程度の遅れになるのか?と推測し今度は10時30分頃に出かけました。しかし待てど暮らせど…やっぱり来ません。改めて改札氏に尋ねます(今朝ほどは女性でしたが今度は男性でした)。今広島出たとこじゃけぇねぇ、こりゃあ昼は回って12時半頃になりそうじゃね。あんた乗ってんかね?(訳:今広島出たとこだからねぇ、これは昼を回って12時半頃になりそうだ。あんた乗るのかね?)いえ、知人が乗ってるんですがアイツ携帯持ってないので連絡が取れないんですよ…(あくまでさりげなく…まさか「写真撮りに来た」なんて言ったらヒンシュクものですよね)(^^);仕方ない、出直して来ましょうあくまでさりげなくやり過ごします(爆)そして12時頃、三度目の正直よろしくまた出掛けます(懲りないヤツ)5339Mが到着し、2450Mが発車し、下り貨物列車が到着、5358Mが発車。12時30分になりましたがまだ1レはやって来ません。おそらく12時33分発の下関行き339Mの後になるのでしょう。その339Mが数分遅れて到着、すぐに発車して行きました。そしてその後数分とおかずに、カーブの先にヘッドライトが見えました。来ました!1レです。思わず連写(^^);ヘッドマークがないのが残念ですが、久々に見るEF65PFのブルトレです。1985(昭和60)年3月のダイヤ改正以来久方ぶりに見る姿です。(時々はイレギュラーでEF65がピンチヒッターに立った事はありましたが…)編成最後尾にはスハネフ151が、また同編成の反対側、7号車には24系の生き残り、スハネフ14101が入っていました。先を急ぐ乗客たちはおそらく新幹線などで振り返られたと思いますがそれでも車内には少なくない乗客の姿が見え、新幹線も停まる徳山で下車した人も見受けられました。このまま走って行っても熊本や大分での折り返し間合い時間はとても取れそうにないせいか?この日の1レは下関で運転打ち切り。そして今夜の2レは下関始発になる由。(リネン類はどうしたのでしょうね?熊本や大分から急遽トラックにでも積んで運んだのでしょうか?)今夜の2レはもう走り始めた頃合です。明朝無事に東京へ着いて欲しいものです。
2008年08月27日
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あれほど暑かった今年の夏も、甲子園大会も終わり、北京五輪も終わり、流石に陽射しも和らぎ、多少過ごしやすさを覚える頃となりました。この夏こそはあれもしたいこれもしたい…と、夏の初めには思っていたのにいざ夏本番となると暑さにへこたれて結局殆ど出来ず仕舞い…まだまだ修業が足りません(^^);この時期はまた、小中高児童生徒さん達は宿題の最後の追い込みに追われている時期でもあります。計画的に進めていた生徒さんは余裕でしょうが、大概は…?ついつい時間があることをいいことに後回しにしてしまい、夏休みが後僅かになって慌ててしまうのがオチです。(え?そんなのはオマエだけだって?そ、そういうものなの?)(^^);あはは、あはははは、このマンガおもしろ~いうひゃあ~…まだまだこんなに宿題が残ってる。ゆ、ユキちゃぁ~ん、手伝ってよぉ~お願いだから…あ~ら、コウちゃんってばあんなに計画的にやれって言ったのにちっともやらないんだもん。自業自得よ。そ!そんなぁ~…とほほほほ盛夏の頃はそのあまりの暑さが鬱陶しかったくせに、いざ晩夏となるとその暑さが懐かしくなる…なんとも人間とは身勝手な生き物ですね(^^);
2008年08月26日
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23日と24日の日記で紹介しましたとおり、取敢えずの目的は果たせましたが、9522レはこの先篠目駅で多少停車時間があります。そこで折角ですからもう少し撮影できるかどうか?賭けてみる事にしました。撮影ポイントに選んだのは篠目駅の先、仁保駅に向かって長い上り坂に挑む場所です。しかし辿り着いた時には既に時間ギリギリ、クルマを止めて全力疾走です。篠目駅を発車する汽笛が聞こえて来ました。大急ぎでセッティングを行います。25ミリ勾配に猛ダッシュする重連蒸機です。編成全体を入れようとズーミングしてみましたが…合焦タイムラグでタイミングを逸してしまいました。この場所では後追いカットは望めません。これで帰宅しても良かったのですが、この先山口駅でも少々停車時間があります。此処まで来たならついでにもう1つ!更に国道9号線を南下します。山口市の中心市街地を通り越し、山口線と並行する区間、結局この日と同じ場所でカメラを構えます。そういえばここって、大吉コマサ様のお住まいからさして遠くない場所では?大声で叫んだら聞こえるかしら?(って、そんなことしたらご迷惑です)キハ402071他2連の下り列車が走って行きました。時間帯からして益田行2547Dでしょう。おそらく大歳駅で9522レと交換するはずです。この日も9522レはかっ飛ばして行きました。もうこの後は撮り鉄も難しいので今回の撮影はこれにて終了。あとは帰宅しました。倅の酔狂に付き合わされた老母にはいい迷惑だったかも知れませんが…(^^);もっとも本人に言わせれば、よい気晴らしにはなったとの事。まずは一安心ってところでしょうか(^^);
2008年08月25日
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この日紹介した通り、マイテの撮影は一応出来ました。しかし折角ですから他のカットも撮りたい!と言うことでいざ追っかけ開始国道9号線に出て、小郡方面を目指します。この付近国道と山口線は比較的近いところを並行していて、走り行く9522レが遠望できます。速度制限はされていないものの一般道路の対面交通区間ですからどんなに頑張っても時速60キロが限界(それを越えると道交法に違反します)ですが、幸い9522レのスピードも遅く、引き離されずに済みます。(これが一般の列車だったら、並行道路のクルマに負けると嬉しくないのですが、イベント蒸機列車ならその辺は気にならないのは不思議ではあります)(^^);何とか列車に先回りして、長門峡~篠目間、線路脇にクルマを停めます。もう少し時間に余裕があれば近くの道の駅の駐車場にクルマを置けるのですが…この場所に着いたのが16時22分頃、9522レの長門峡駅発車時刻の数分前、ハザードランプを点け、クルマのすぐ脇でカメラを構えます(万が一ご迷惑になったら撮影断念してでも移動させるつもりでしたが…ちょっとお行儀が悪いですね)(^^);列車がやって来ました。その小さな体で渾身の力を振り絞るC56160の姿が健気です。やっぱりマイテ!最後尾にはマイテ!後姿が美しい!でも図面上は…この展望デッキ側が「前位」なのですが…(^^);次の篠目駅では停車時間が多少あります。これはひょっとして…?以下 次号(笑)
2008年08月24日
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はい、タイトルどおりです。過日の撮影行が不完全燃焼で終わってしまいましたので再チャレンジに赴きました。午前中は老人介護施設で暮らす伯母を訪問すべく、老母と伯母(母方の兄弟姉妹の長女、入院している伯母は母の次姉)の運転手を務め、昼食時になったことを期に其処を辞しました。昼食後いよいよ出かけますが、今回はいつも留守番させていて気兼ねなので老母も引き連れて行く事になりました(クルマなので1人も2人も一緒ですから)(^^);既に朝方の9521レは津和野に到着していますが、今回は蒸機は二の次(^^);メインはマイテです。ターゲットはマイテが最後尾になる9522レです。後追いが自然に撮れる場所として今回もまずは鍋倉駅の三谷側でまずカメラを構えました。待つことしばし。9522レが到着しました。この日はC56160が先頭の重連運転です。汽笛が2声。列車は鍋倉駅を発車します。眼前を通過して行く9522レ。今回のメインターゲットマイテ492。正真正銘由緒正しき特別急行用展望車です。ついつい連写モード(^^);銀塩時代なら36枚撮りフィルムでもあっという間に使い切ってしまうところでした。2ギガのSDカードですが最大で981枚入るサイズモードで撮影していますので遠慮なくシャッターを切ってしまいます(^^);さて、撮影終了後直ちにクルマに戻りいざ、追っかけ開始です(爆)以下 次号(笑)
2008年08月23日
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はい、今回も例によってこのネタです。フォトアルバム容量捻出の為過去画像を差し替えます。今回の対象はこの日のものです。ファイルサイズを僅かに小さくしただけですがこれで151キロバイト→15キロバイトとなり、約130キロバイトぐらいスペースが空きます。
2008年08月22日
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はい、本日もこの話題です。フォトアルバムの容量捻出の為、過去画像を縮小リサイズしたものと差し替えます。今回の対象はこの日のものです。トラストトレインボランティアでの大きな任務の1つ、デッキ保安要員に関した説明画像です(写真が用意できなかったのでイラストです)。在来一般形客車はデッキのドアが自動開閉しません。開けっ放しでも走行できますが逆に走行中に乗客が転落する危険もあります。かつてこの手の車両が当たり前に走っていた頃は乗客たちも心得ていたものでしたが、今この手の車輛をそのまま運行する事は危険過ぎ、国土交通省も首を縦に振りません。万が一の事があれば鉄道事業者・運営責任者が集中砲火を浴びてしまいます。そこで、門番よろしくデッキに保安要員を立て、駅到着時にはドアを開けて乗降の便を図り、走行中は乗客が不用意にドアを開けないよう監視するのです。(ドアには内側から閂を書けることは出来ます)そういえばこのトラストトレインボランティアも長く参加できていません。ぜひ機会を見つけ参加したいものです。
2008年08月21日
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はい、またまたこのネタです。例によってフォトアルバム容量の上限に近付きましたので過去画像のうちファイル容量の大きいものを差し替えます。今回の対象はこの日のものです。上から其々「鉄」界三大流派(笑)、「乗り鉄」「撮り鉄」「模型鉄」です。
2008年08月20日
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はい、今回もタイトルだけで済んでしまうような内容です。え?何も無いよう!つまらないよう!要らないよう?そ…そんなぁあああ(真実だから反論できません)ほぼ1年前のこの日から数日間の発言と被るような話ですが、今回も山口県立博物館の企画展を見学に行きました。昨年は単独行動でしたので鉄道利用でしたが、今年は老母を引っ張り出した関係でクルマを使いました。明け方から午前中にかけて断続的に雷鳴が轟き、激しい降雨もあり、行けるか否かが危ぶまれましたが午後になって天候も落ち着きましたので昼食後出発しました。博物館まではクルマで概ね1時間程度で着きました。いつものようにD601が迎えてくれます。2階の入口で入館券を購入。18歳以下と70歳以上は無料とのことで、老母の分は不要でした(有難い事です。しかし今後少子高齢化が更に進むと?70歳以上の人口割合が増えてしまうと?厄介な事になりませんか?)さて、ロボット展、流石は夏休み期間中だけあって子供たちの姿が多く見られました。それにしても…今日のロボット技術の進展には本当に目を見張ります。間もなく本当に「鉄腕アトム」が登場するのではないか?そんな錯覚さえ覚えました。とはいえ、何でもかんでも機械がやってしまうようになると?人間の立場ってどうなってしまうんでしょうね?一握りの優秀な人々は良いとして私みたいに知識も技能も財産もない人間は?え?その頃にはもうオマエは三途の川の向こうだから心配は要らない?そ、そういうもんなのですか?(^^);21世紀の行く末が楽しみなような心配なような…(^^);画像が何もないのも寂しいので、本編とは直接関係ありませんが、去る8月16日に見物した徳山海上花火大会の別カットを紹介します。
2008年08月19日
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はい、今回もタイトルどおりです。例によって例の如く、まるで何かに取り憑かれたかの如く何かにつけて撮影している寝台特急がそのターゲットです。夕食を終え20時30分を回った頃、自転車にカメラと三脚を積んでいざ出発。券売機で入場券を買いホームに入ります。2レ「はやぶさ・富士」が到着する1番ホームと相対する3番ホームで乗客・職員各位の邪魔にならないように、そして当然ながら白線からはみ出さないように三脚を立て列車を待ちます。時刻は21時を回り間もなく2レがやって来る頃、果たして、ホームの駅メロが鳴り始めました。徳山駅1番線に到着した2レ「はやぶさ・富士」です。本日のエスコート役はEF6642でした。レタッチソフトで自動補正かけてみました。発車して行く2レを後追い撮影しました。このカットのみフラッシュを使いましたが、内臓小型フラッシュなので光量が足りずそのままでは真っ暗。これもレタッチしました。フラッシュ無し、プログラムオートモードで撮影しました。全体的には明るくなったものの…シャッタースピードが稼げず思いっきり被写体ブレしてしまいました。おそらくまた機会を作ってリベンジしに行く事になりそうです(^^);
2008年08月18日
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はい、またしてもこのネタです。骨の髄まで「鉄」な人間ですのでブログの内容がどうしても「鉄」に傾くのですm(_ _)m(だもんで最近ウチの「娘」共が反抗期です)(爆)山口線SLやまぐち号、この時期は展望車を増結する関係で重連(機関車2両で牽引)運転となります。SL以上に展望車の写真が撮りたくてこの日も出かけてしまいました。狙いは当然展望車が最後尾になる新山口行上り9522レです。今回赴いたのはこの日紹介した場所、鍋倉駅のすぐ南側です。途中通り雨に遭いましたが幸い現地は雨は降っていませんでした。でも前回は平日にも関わらず大勢がいたこのポイント、この日は誰もいなかったのは意外でした(^^);もう少し南に行くと別のポイントがあり列車到着の直前、其処を目指すらしいクルマが2台、畦道ダートコースをかなりのスピードで突っ込んで来ました。面白い事に2台とも同じナンバー、それも某ロイヤルエンジンと同じです。明らかに「ご同業」です。しかし、細い砂利道を、しかも道端に人がいるのにぶっ飛ばす…なんかやだな(^^);時刻が午後4時になる頃、遠くから汽笛が聞こえました。9522レが徳佐駅を発車した頃合です。そしていよいよ鍋倉駅に列車が到着しました。16時09分、列車は鍋倉駅を発車します。あれ?でもカマがC571のみです。もしかして今日は展望車の連結は無し?と思ったらなんと!C56160は最後部、後補機状態でした。童謡にある「機関車と機関車が前牽き後押し♪」モード。確かにこれはこれで絵になるのですが…客車ファンとしては、最後尾のマイテを狙ったものとしては、少々残念です(^^);。こういうことを申しますと或いは、展望車なら普段も付いてるじゃないかと仰る向きもありましょう。↓この日紹介しました既出画像で恐縮です。でもこの車輛↑オハフ13701は言ってみれば「レプリカ」です。今回連結されたマイテ492は実際東海道筋の特別急行列車に使われ、皇族や上流階級・高官・要人達を乗せて走った正真正銘の由緒正しいクルマです。世が世であれば、山口線如き田舎路線(失礼!)には足を踏み入れなかった高貴な車輛です。それもあってついつい「血が騒いで」しまいこの日も出陣してしまいました。さて、撮影が終わり、前回長門峡で追いついたことでもあり、一縷の望みをかけて国道9号線を南下します。おや?その先を走る9522レの姿が見えます。追いついてしまいました。あ、言うまでもありませんが決して無理なスピードで突っ走ったわけではありません。あくまで法定速度遵守で走ります。たとえ先行車がペースを上げ、車間距離が開いても、スピードメーターの針が時速60キロを越えないように走ります。渡川駅を遠くに望めるポイントでは、多くのクルマが駐車していて、道路を横切って撮影ポイントへ行こうとする一団を見かけたので一旦停車、横断歩行者を優先します。長門峡駅を少し過ぎた辺りでクルマを止め、列車を待ちます。木立の向こうから汽笛が聞こえてきます。その頃になってやって来た「撮影部隊」が交通量の多い道路を果敢に横切り私の立っている付近に集まって来ました。前から迎え撃つには良い場所です。煙の量は少なめですが別に爆煙が目的ではないのでこれはこれで良しとします。後追いカット。やっぱり最後尾にはマイテの展望デッキが見たかった…(贅沢モン!>自分)その後国道9号線を南下、山口市の中心市街地に差し掛かります。本来ならそこで国道262号線に左折するのですが、時刻がギリギリ17時頃、まだ9522レの山口駅発車前です。ならば…と、このまま国道9号線を進みます。山口線と並行する場所に、道端にクルマを置けるスペースの或る場所があり、既に「ご同業」が大勢集まっていました。其処の片隅に止めさせてもらい、もう1度カメラを構えます。湯田温泉~新山口間10.3キロを15分で走るので、思いのほか高速ですっ飛んで行きました。元々高速仕様のC57には面目躍如でしょうが、C56には少々きついのでは?またきっと、日を改めて出直す事になりそうです(^^);
2008年08月17日
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はい、タイトルどおりです。この日開催された徳山港海上花火大会に老母と2人行って来ました。きっかけは叔父が入場整理券を買うと言うので老母も一緒に購入を依頼したもので、私の分と含めて2枚入手した事によります。さて8月16日、甥っ子夫婦と3人の子供達、そしてその父親である兄、そして老母(甥っ子には祖母、その子供たちには曾祖母)そして私、昼間一緒に食事をする事となり、市内の焼肉料理屋に出掛けました。幼い3兄弟はしかし、よく言えば元気いっぱい、裏を返せば目の離せないやんちゃ盛り、何をしでかすやら…悪戯したり悪さしたりでよそ様にご迷惑にならないよう力ずく!で抑え付けます(^^);何とか食事も終わり店を辞すと篠つく雨模様、ややや?今夜の花火大会大丈夫かしら?甥っ子一家そして兄とは夕刻別れ一旦帰宅します。事前に兄が電話で問い合わせたところ、18時20分に開催の最終決定をするとのことでした。幸い夕刻に雨は上がりました。入場整理券にはバーコードが印刷されていましたが生憎ウチのケータイも老母のそれもカメラは付いていません(旧世代機なので)。もしやと思って18時30分ごろ周南市のサイトにアクセスしてみたところ?花火大会は予定通り開催しますとの一文があり一安心です。会場は駐車場がなく公共交通でアクセスして欲しいとのことで、市内複数個所からシャトルバスの運行もありました。自宅から徒歩10分とかからない周南市文化会館からの運行もあるとのことでこれを利用します。入場整理券はシャトルバス乗車券も兼ねていました。およそ15分で会場に到着しました。辺りには露店も出て賑やかです。三々五々人々が集まって来ました。17時より特設会場でイベントが開催されていた模様でしたがこちらはもう終わった頃合でした。そして会場の照明が消され20時20分、直前のカウントダウンと共にいよいよ花火大会の始まりです。そういえば、花火大会ってのを見に行ったのって何年振りでしょうか?何分にも前職時代は土日祝日は大概仕事、この手のイベントとは無縁の立場でありました。記憶を辿ってみると?遠目で見たのが平成一桁の頃ですからもう15年以上前、観客として見たのは昭和の頃でもう20年以上前です。勿論、花火大会といえば全国的に知名度があり規模も仕掛けももっと大きなものが幾らでもありますので、今回のそれは決して大規模とは言えませんが、それでも間近で見る大輪の打ち上げ花火の迫力と華やかさと大音響は見応えがありました。中々その迫力を上手く写真には撮れませんでした(未経験ジャンルでもあり)が、数カット紹介します。お目汚しの段平にご容赦の程m(_ _)m花火大会それ自体は成功裏に終わったのですが…さて、いざ帰ろうとした時、運営スタッフの不慣れから来る不手際が目立ちいささか後味の悪いものとなってしまったのは残念です。帰りのシャトルバスに乗ろうとした一団はしかし、一時に集まるので辺りは押すな押すなの大騒ぎ、順番も整列もなく、やっとバスが来たら皆一斉にそれこそ我先にバスに群がりますので早く並んで待っていた側から早速怒号が飛びます。老母と一緒に乗ろうとした私も人波に押され、老母はバスに乗れたものの、間に割り込んできた別の老婦人に弾き飛ばされてしまいそのバスには乗れず、結局見送る羽目になりました。その次のバス、そのまた次のバスも人混みに押され列に戻ろうにも「子供が潰れる」、「連れがいるんだ」と押し返されてしまいました(なんで?)その場にいたバスはそのうち出払ってしまい、その便が乗客を下ろして折り返して来るまでしばらく待たされます。失礼ながら運営スタッフの不手際が少々目に余りました。観客が大人しく待っていれば良いのですが、ただでさえ待たされてイラついている上に、中には酒の入ったのもいて、運営スタッフに食って掛かる輩が続出、酷いのになるとスタッフをなじるばかりか手に持っていた風船でスタッフに殴りかかった下司野郎まで出る始末。その場にいた警察官が制止していました。(そんなヤツ問答無用で鋼鉄の「ブレスレット」を進呈し、鉄格子のスイートルームで夜明かしさせるべきだっちゅーに…優し過ぎだよ。山口県警!)後でスタッフ氏に聞いて見ると…?何でもこの花火大会は今年が初めてだった由(以前も花火大会自体はあったようですがこの場所で行うのは初めてとのこと)。なまじ来場時は大きな混乱がなかったので油断していたとの事でした。この手のイベントって、何よりも撤収時が肝心です。観客は来場字は三々五々集まっても撤収時はいっぺんに集中します。如何に手際よく捌くか?こういう時参考になるのが野球場やサッカースタジアムなどの対応。所沢球場や甲子園球場の観客捌きは実にお見事です。或いは近いところで広島市民球場や福岡ドームなどの対処具合もきっと参考になるはず。是非来年の教訓にしてください。スタッフ氏にそう伝えました。一巡目のバスには乗れず、二巡目のバスにも乗れず、花火大会終了(21時)から既に時間は1時間経った22時頃、別の場所行のシャトルバスのうち台数に余裕が出たクルマを回して貰う事になり、やっとそのバスに乗れました。バスを降りると老母が待っていました。「あれ?さっき電話で先に帰れって言うたのに、どねえしたんじゃ?」「傘と一緒に懐中電灯無くしたけぇ夜道が怖ぁてよう帰れん」おやおや、えらい待ちぼうけを喰らわしてしまったようです。花火大会より帰路で疲れました(^^);
2008年08月16日
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いささか旧聞に属する…とでも申しましょうか?この日の発言で触れましたが、上り寝台特急「はやぶさ・富士」をもう一度撮影したくこの日出掛けました。今回利用したのは、我ら貧乏鉄の強い味方青春18キップ。徳山7時48分発531Mでスタートします。18時台に門司駅にいれば良いのに随分と朝早い出発ですが、そこは18キップならでは。まず新山口駅で下車。9時13分発宇部線1839Mに乗換えます。そのまま山陽本線で行けば23分の宇部までを1時間10分かけて移動します。何とも物好きな話です(^^);宇部10時37分発625Mで厚狭へ。11時16分発の美祢線729Dで長門市へ。山口県内否JR西日本広島支社管内では貴重なJR世代車輛キハ120による列車です(と言っても単行1両だけですが)。国鉄時代のDMH-17系エンジン車では想像つかない高加速高減速で、並走する幹線国道のクルマに負けない走りっぷりで列車は飛ばします。昔はもっと時間がかかった記憶のある厚狭~長門市間を1時間06分で制して長門市に到着しました。次の山陰本線列車まで多少時間があったので仙崎まで1往復。「みすず潮彩号」用キハ47の編成でした。そのまま仙崎12時52分発「みすず潮彩2号」1622Dで下関を目指します。山陰本線を下る列車なのに、事実長門市~下関間は825Dとなるのに、2号となっています。これは仙崎支線内の上下関係にあわせたものでしょうか?今朝の531Mにそのまま乗っていたら、約2時間後の9時50分に着いていた下関に15時00分、5時間も余計に時間をかけて到着です(^^);その後関門トンネルを潜り一旦南小倉へ。小倉工場を車窓からウォッチング。その後折尾駅に向かい、夕食用にかしわ飯弁当を購入します。そしてまた一旦関門海峡を渡って下関へ出たのは18時頃。若しかして引き上げ線に来ているか?と思った今夜の2レ牽引機はまだその姿を見せてはいませんでした(この日の牽引機はEF6651でした)。すぐにまた門司へ引き返します。そして門司駅で待つことしばし。まずは42レが6番ホームに到着します。エスコート役は何故かこのところしばしば出会うED7694号機でした。はやぶさ編成の最後尾はスハネフ15-20でした。任務を終えたED7694が帰区して行きます。(レタッチソフトで明るさを調整しました。実際には結構薄暗くなっていました)そして2レの到着です。エスコート役はED7666でした。あれ?7月26日と同じコンビです。(詳細はこの日の発言をご参照下さい)編成から離れようとするED7666ですが、夏休みのせいか乗客も多くカマの周りに大勢のギャラリーが押しかけ、白線からはみ出す輩も出た模様で、動き出すと同時にまるでヒステリックなように非常警笛を連続吹鳴していました。(もぅ~これだから素人は…って、今回は私が構えているにも拘らずその前を横切ってホームの端に行く連中=どう見ても「鉄」=もいて、思わず「何さらすんじゃワレ!」と言いそうになってしまいました…ってそれ言っちゃオシマイ!オシマイなんだからね!自重自重!>ぢぶん)6号車に入っていたスハネフ143です。この後は帰宅の途につきましたが、途中本由良駅で数分抑止をされてしまいました。後で聞いたところによると、この日19時52分頃防府駅で1596Mが人身事故を被災、徳山~新山口間が20時46分まで抑止されたとのことでした。(丁度2レ「はやぶさ・富士」も厚狭の手前あたりの頃合ですので同列車も足止めを喰らった筈です。もっとも、やぶお様によると翌朝の浜名湖辺りでは遅れは15分程度までに回復していた由。)この影響で徳山に着いたのは所定より8分遅れ。帰宅出来たのは22時15分頃でした。この日触れた2レ以外に関する写真・画像は後日別の機会にまた紹介しましょう
2008年08月15日
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はい、タイトルどおりです。全く性懲りもなくまたこの話題ですm(_ _)m今朝(8月14日)のテレビニュースで、広島県内に夜間強い雨があった関係で山陽本線が一時運休とのテロップが流れ、その後のローカルニュースで朝6時46分に運転再開との報道がありました。と言うことは?おそらく1レもとばっちりを喰らって遅れているに違いない!かくしてカメラ片手に自転車に飛び乗り、徳山駅に向かう私の姿がありました(笑)駅に着くと掲示板(言うまでもありませんがBBSではありません、念のため)に、寝台特急はやぶさ・富士号は只今70分遅れで運転していますとの記載がありました。時刻は8時過ぎ、所定では6時53分の発車ですからそろそろやって来る頃合です。駅の東京方にある陸橋の辺りで列車を待ちます。発車待ちしていた上り貨物列車です。この列車は長く停車していました。上り電車が発車して行きました。所定ダイヤなら8時33分発の糸崎行5342Mでしょうか?岩徳線列車がやって来ました。8時35分着の2225Dです。山陽本線の抑止区間は横川~岩国間だった由。岩徳線は所定ダイヤで走れた模様です(沿線にやはり降雨規制のある場所があるようですが…)。下り貨物列車がやって来ました。そういえば、「はやぶさ・富士」の前に、EF200の牽く貨物列車があったことを思い出しましたがその列車でしょうか?さて、待てど暮らせどお目当ての1レ「はやぶさ・富士」はやって来ません。時刻もそろそろ8時40分を回りました。おかしいぞ?もう1度駅に行って情報を仕入れよう。再び自転車に乗って駅に向かっているその時でした…1レが到着したのです。うあ!そんなんないよぉ!!!かくなる上は!一縷の望みを賭け一心不乱にペダルを踏み、自転車を走らせます。目指したのは駅の反対側の下関側。線路沿いの道端から駅構内を望める場所でした。幸い多少停車時間があった関係でギリギリ発車前にその場所に辿り着きました。この日のエスコート役はEF6643号機でした。生憎敷地の境界に背の高いフェンスがあり辺りは雑草も生い茂り尚且つ架線支柱もあって中々上手く撮れる場所がありません。何とかまともに写せたのがこのカットでした。6号車スハネフ1411。登場以来約36年。ずっとずっと長距離運用に就いていたので「勤続」疲労が生じるのは避けられないとしても…このやつれよう、傷みようはいくらなんでもあんまりです写真は撮り損ねましたが、隣の7号車は元オハネフ24のスハネフ14101でした。編成最後尾のスハネフ15です。時刻は概ね8時55分頃でした。所定ダイヤからおよそ2時間の遅延です。もしかしたら特急料金の払い戻しが発生したかも知れません。遅れてしまったのは残念ですがしかし自然災害ですからこれでJRを責めるのは気の毒と言うものですね。
2008年08月14日
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いよいよ旧盆の時期となりました。老母と伯母の要請もあって本日墓所を訪ねました(送迎用運転手です)。母が幼い頃可愛がってくれた叔父(私から見れば大叔父)の墓に参り、雑草を抜き榊を供えるのが目的でした。(正式な参拝は後日改めて行うとのことです)それは良いのですが…何度付き合っても、婆の面倒を見るのは骨が折れます(^^);イヤホント…足腰は衰え歩くのもおぼつかないくせに口の方は老いて益々達者になってしまいあーだのこーだの…嗚呼もう五月蝿い鬱陶しい!この時期ですから二言目には「暑い」の連発。もう!たかだか31℃程度でうだうだ言うな!せめて35℃越えてから言いなさいよ!ホンマにもう!(と、寒がりでクーラー苦手なヤツがほざいています)(^^);そこいらの草むらに「さで捨てて」良いものなら苦労はないのですが…(勿論そんな芸当できる筈もありません)(^^);本当に、年寄りの相手は疲れますね。(それだけに老人介護の仕事をしている人々には本当に頭が下がります)。子供叱るな来た道じゃ。年寄り叱るな行く道じゃ。昔の人は良いこと言いました。厄介な年寄りにならないよう自重自重(^^);画像ナシでは寂しいので、去る11日、市内の商店街で見かけたネコの写真を貼ります。とっても肝っ玉の座ったネコと見えて、私を含めて数人が側に近寄っても微動だにせず、それどころか顎の下撫でてやっても、前足の肉球触っても泰然自若と高いびきモードでした。でも、こういうネコがいるってのはほのぼのとさせてくれますね(^^);
2008年08月13日
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2日前の話で恐縮ですが…この日老母の用事で市街地に連れて行きました。用事が終わるまでただ待つのも手持ち無沙汰。かと言って一旦自宅に帰って出直すのもガソリン代の無駄です。そこで、どのぐらい時間がかかるか不明だった事もありカメラを持参してトレインウォッチングとしゃれ込みました(^^);時刻は間もなく12時となる頃合でした。11時58分発の岩国行2450Mです。広セキT-04編成でした。下り貨物列車がやって来ました。EF66基本番台の現時点のラストナンバー54号機です。珍しくあまり時間をおかずに次の下り貨物列車がやって来ました。岩徳線の列車がやって来ました。徳山着12時27分の2231Dのようです。徳山駅12時33分発の下関行339Mが到着しました。広セキN-04編成でした。この編成なら糸崎~下関間乗りとおしても然程疲れませんね(^^);339Mと入代わる様に発車して行く岡山行5358Mです。岩国~瀬野間は快速運転になります。広ヒロL-15編成でした。京阪神の新快速並の転換シートですが、やや硬めで広セキN編成より僅かに居住性が劣ります。国鉄型オンパレードの中、貨物列車にはJR世代の新鋭電機・新鋭貨車がやって来ます。「ECOPOWER桃太郎」ことEF210の3号機でした。12時53分発岩徳線岩国行2234Dです。先程到着した2231Dの折返し便です。13時02分発白市行1560Mです。徳山始発ですから早めに行けば確実に座れますね(^^);広セキN-05編成でした。かつてこの辺りでは石を投げれば当たるような存在だったEF65一般型、しかし当時の姿を今に伝えるカマは絶滅危惧種。それだけに、此処で出会えたのは奇跡と言っても過言ではありますまい(^^);従えた4両の貨車に積荷はなく、そのうち3両までが塗装も艶やかでしたので、おそらく全般検査(自動車で言えば車検に当たる大掛かりなオーバーホール)上がりの貨車の試運転列車だったのでしょう。日陰で一休みしていたらやって来た貨物列車です。そのためこの後追いカットしか撮れませんでした。下り貨物列車は4本(回送も入れると5本)立て続けにやって来ましたが、上り貨物列車はこの時間帯これが最初です。僅かな時間停車した後そそくさと発車して行きました。徳山13時30分発岡山行5326Mです。岩国~瀬野間は快速運転です。遠目では広ヒロL編成だと思っていたのですが何と広セキC-16編成でした。先頭車は独特のヘッドライト(通称ちくビーム)のクハ115-191でした。あれ?そういえばこのクルマ、何処かで出会った記憶が…ありましたありました、この日紹介したこのカット↓この写真に写っている先頭車がこのクハ115-191です。以前3月21日に幡生駅隣の下関車輛センター内に同車のいたのを目撃しています(出典)。その時その去就が気になっていたのですが、随分姿を変えて出て来たのですね。しかしこのご老体、何時まで働かされるのでしょうね?そして何時まで付き合わさせられるのでしょう?(^^);5326Mの発車を撮影するのとほぼ前後して老母から呼び出しがありました。曰く「用事が終わったけぇ迎えに来い」都合1時間30分あまりで、12種13本の列車の撮影が出来ました。結構高効率で堪能できました。
2008年08月12日
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例によって補遺です。9521レ「SLやまぐち」号の後続列車2543Dです。キハ47の2連でした。まるで鉄道模型のレイアウトを見るようです。(ロングショットで撮った画像を縮小リサイズした関係で主被写体の居場所が見辛かったら申し訳ないです)ターンテーブルで向きを変えるC56160です。まるで花道の7:3で決めポーズをとる花形役者の趣です。C56の後姿。独特のテンダー形態です。スーパーおき3号新山口行。所定は2両ですがこの日は3両編成でした。津和野駅で交換するスーパーおき4号です。山陰本線の列車番号が優先されるため、山口線内では下り列車が偶数番号、上り列車が奇数番号のまま運転されます。こちらは4両編成でした。おそらく性懲りもなくまた出かけるでしょうね(って何を他人事みたいに…>ぢぶん)
2008年08月11日
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復路の9522レは何処で撮ろう?ちょっと悩みました。津和野~船平山間で撮るつもりでしたがさて何処にしよう?最初はトンネルに入る手前のカーブの場所を想定し、行ってみました。列車通過の2時間前でしたが既に多くの人々が集まり、山腹には10指に余りそうなほどの三脚が並び、辺りには何台ものクルマが駐車してありました。少し広い土地に立ててあった看板に…SL撮影の皆様へ この場所には駐車しないで下さい。どうしても駐車される場合は予め地権者または自治会に申請し許可を取って下さいと言う趣旨の文言がありましたが、そこにも4・5台止めてありました。(皆さん許可とってあるのかなぁ~?)(^^);やっと少し路肩に余裕のあるところにクルマを置き、居並ぶ皆さんの邪魔にならないところでカメラを構えてみましたが…9522レの約1時間前を先行する2548Dです。この日は2両編成でした。しかしこの場所だと、確かに煙は期待できますが編成全体を入れるのは苦しく、最後尾のマイテが活かせません。そこで急遽場所を変える事にしました。(通行の支障にはならないとは思いますが路肩にクルマを止めておく事への後ろめたさもありました)もう少し津和野よりの大蔭踏切でカメラを構えました。9522レの通過直前にやって来る2543Dです。やがて15時36分、遠くから蒸機の汽笛が聞こえて来ました。9522レの津和野駅発車です。県境の峠に挑む9522レが遠望できます。あ?あっちの方が良い撮影地だった?(^^);山肌に沿って登って来る9522レ…と言いたいところですがAFカメラの悲しさ、測距エリアに入った一番近いものに合焦してしまうため手前の標識にピントが合い、肝心のカマがアウトフォーカスになってしまいました9522レはC56160が先頭に立ちます。小柄な体躯に似合わない迫力の形相です。最後尾のマイテ492です。デッキで誰か手でも振っていてくれればこちらも振り返すのですが…(^^);この場所から国道9号線に出る道は結構ややこしく、羊腸の山道を随分と走る羽目になりました。そしてやっと合流しようとしたところ…後続のクルマが割り込んで来て、私の進路を邪魔して合流して行きました。ばっきゃろー!危ねぇじゃねーか!この人殺し!(いえこれはあくまで心の中での叫びです。実際に叫んだら喧嘩になるのがオチですから…それは分別ある大人のすることではありませんので)強引に割り込んでいったのは「わ」ナンバーのレンタカー。運転していたのはどう見ても60は越えていそうな(70代かも?)な爺さんでした。全く…無茶する輩がいるものです。その爺さん、対面交通区間を制限速度標識が無いのをいいことに、どうみても時速75キロ以上でぶっ飛ばして行きました(時速60キロで運転していた私が見る見る引き離されましたので)。一般道路である以上普通(小型)乗用自動車の法定速度は時速60キロです。運転免許を持つものがそれを知らない筈はないのですが…もっとも、その先の車列が時速60キロ程度で流れていて更に対向車もあまり途切れず、すぐにその爺のクルマは前を塞がれ、数キロ先の交差点が赤信号だった事もありそこで追いついてしまいましたが…どんなに急いでいてもやはり交通法規は守りましょう。道路は皆のもの。下手に急いで万が一歩行者をよけ切れなかったら?両手をついて謝って大金積んでも償えない十字架を背負う羽目になるのですから…期間中にチャンスがあったらまた出撃する予定です(^^);
2008年08月10日
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8月9日、この日は8月6日と同じく日本人として避けて通れない、忘れてはならない日であります。63年前の長崎に思いを馳せ、まずは核兵器の犠牲になった人々へ、謹んで哀悼の意を表します。そして今も後遺症で苦しんでおられる被曝の被害者各位には衷心よりお見舞い申し上げます。閑話休題。この日はSLやまぐち号にマイテが増結され重連になる日です。昨年は都合が付かず不本意な写真しか撮れませんでしたので、今年はリベンジ!と出かけました。今回の撮影場所に選んだのは津和野界隈。往路の9521レを太鼓谷稲荷神社の駐車場から狙います。太鼓谷稲荷神社本殿です。高台から街並を見下ろす形になりまるで模型のレイアウトを見る趣です。生憎坂を下って駅に着く形になるので煙はあまり吐きませんが、日本の原風景のような街並に蒸機列車が良く似合います。大勢のギャラリーに迎えられ、列車は津和野に到着です。津和野到着。往路の大任を終え一息つくC571とC56160です。転車台に向かうC56160です。おや?ヘッドマークをつけています。帰路はC56160が先頭になるのでしょうか?以下 後編へ(笑)
2008年08月09日
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発売初年が1986(昭和61)年でした。初代の一眼レフカメラとレンズ一式が盗難被害に遭って落ち込んで、その後やっと後継機として、その機種を買ったのが1990(平成2)年、以来18年の歳月が流れました。あんなシーン、こんなシーン、あの被写体、この撮影地。いつも其処には「この子」がいました。既にAFが確立していた時代に敢えてMFの、或る意味使い手を選ぶカメラでもありましたが、ポテンシャルは高く頼りになるカメラでした。キヤノンT-90。しかし去る8月1日、撮影中に異音を発しました。フィルム巻上げ時の音が不自然だったのです。その時の撮影コマは幸い無事(この日紹介したカットです)でしたが、翌2日、いざ撮影に赴くとカメラが言う事を聞かず、その日は何も撮影できず修理には1ヵ月程度かかる見込みと聞き、思い余ってデジカメ購入し、3日の撮影に臨みました。さて、修理を依頼していたカメラですが、カメラ店より回答がありました。製造終了後かなりの年数が経っているせいか既に補修用部品のストックがメーカーサイドにもなく、修理不能とのことでした。重体だった我が「愛機」はもはや治療方法も無く、天に召される事と相成りましたさて、新しく使い始めたデジタル一眼レフ(キヤノンEOSKissX2)、18年(それ以上?)前から脳みそが成長していない銀塩派にはやはり何から何まで勝手が違い苦労しています(^^);特にAFには梃子摺っています。(何故?AFなら勝手にカメラがピント合わせてくれるから楽なんじゃないのか?いえ、これが厄介なんです。測距エリア内の一番近いものにピントが合うので、主被写体の前に何かあるとそっちに合ってしまうんです。かと言ってMFにすると今度はファインダーが見辛くこれまた難儀です。)色んなものにカメラを向けては練習しています(^^);当然被写体にはウチの「娘」共もターゲットに…ちょっとちょっとぉ!こんな縮小リサイズしたらノイズだらけじゃないの!折角の美人姉妹が台無しじゃないの!と、「娘」共が五月蝿いので、顔だけアップしたものをm(_ _)mまずは「姉」。名前は「マヤ」です。そして「妹」。我が家では「末娘」です。名前は「マリ」です。それにしても、あの小さなSDカードに2ギガものデータが収まるとは…隔世の感がありますね。
2008年08月08日
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はい、例によって例の如くm(_ _)m過去発言添付画像の差し替えです。今回の対象はこの日のものです。上手い人が描けばいい作品が仕上がるのでしょうが、へたれな私ではこの程度にしかなりません…ネタはEF58+EF61+スハ44系近代化改造車ですもうひとつはこちらこれはキハ58系最終増備車グループがモチーフです。いずれももう相当古い作品で今から見ると粗だらけ、お恥ずかしい代物です。とはいえ単に削除してしまうと折角コメント下さった方のお気持ちをフイにしてしまいかねず、敢えてそのまま残す次第であります。
2008年08月07日
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はい、タイトルどおりです。8月6日ですから。日本人としてやはりこの日は忘れちゃいけない、避けては通れない特別な日です。あの日から63年の月日が流れましたが、悲しみは癒えません。被爆者各位の苦しみは増す事はあっても減ることはありません。何で人間はあんなもん発明しそして使ってしまったのでしょう?何も解決しないどころかより激しい怒りと悲しみと憎しみしか生み出さない代物を…およそ全世界を見ても、(一握りの為政者・特権階級は別として)市井の人々のレベルで戦争を肯定する人など皆無でしょうね。自分や家族友人たちの命が危険に晒され、家屋敷家財道具書画骨董金銀財宝や住み慣れた町も破壊されて嬉しい人など何処にいるでしょう?しかし悲しいかな、21世紀の今日でもなお、戦果の絶えない場所が、血で血を洗う戦乱に明け暮れる場所がこの地球上にある現実。大々的に平和の祭典を宣伝する裏で、反対派や少数派を平気で軍靴で踏みにじり反省するどころか異を唱えるものに攻撃するような国家さえある始末(敢えて何処とは申しません)。本当に悲しいものです。悲しいことといえば、この日広島電鉄の被曝電車に対してとんでもないことをするという書き込みをネットに書いた馬鹿者がいたとかで、被曝電車の運転が急遽中止されるなど大混乱になったと聞きました。全くもって一体何処の誰が何の目的でしでかしたのやら。大勢の人々に迷惑をかけ平和を祈る人々の気持ちを踏みにじった愚行は許せません。犯人には厳罰を処して欲しいものです。この騒ぎに翻弄されたまろねふ様はじめ関係各位にはお見舞い申し上げます。今ある我が国の平和に感謝すると共に如何にしてそれを守っていくか?平和を守るためにはそれなりの軍備が必要と言うのも或る意味皮肉ですえ?テーマに合わない絵を貼るな?何、平和であればこそ夏の海辺でバカンスが楽しめるのであり、そんな何気ないささやかな幸せを皆が楽しめる世の中であって欲しい。ただそれだけです。閑話休題。8月6日のお昼前に徳山駅で見かけました。EF210の試作機901号機です。(「鉄もの」のブログページですから、多少は「鉄」分がありませんと…)
2008年08月06日
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はい、久々にこの話です。例によってフォトアルバム容量の限界に近付きましたので、過去発言に添付してある画像のうちファイルサイズの大きいものを削除、縮小したものと差し替えます。今回の対象はこの日のものです。2年前の自作絵で今見るとあっちこっち拙いところが見えてしまいお恥ずかしい限りです。
2008年08月05日
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8月3日は山口県知事選挙の日でした。朝食後まず投票を済ませ、カメラ片手にいざ出陣(笑)。1日は9522レのみ、2日は戦果無し、本日こそは往復とも写そう!と言うことで午前中に出発しました。ミハサロことサロンカーなにわを使った「SLやまぐちDX号」とあっては、カマ以上に後ろの客車も写したい!と言うことで往路は長門峡発車シーンを狙う事にしました。現地に到着したのは11時20分頃。既に辺りは立錐の余地もない程人・人・人…この暑い中皆さんご苦労な事で…(ってアンタもその1人ちゃうのんか?)満を持してやってきた9521レ。爆煙状態でした。実は線路の向こう側でも大勢さんが待っていました。そちら側のほうがより順光になるのですが、これじゃ編成後部は煙幕状態ですね(^^);この後津和野に向かったのですが僅かの時間差で追い付けず、更に太鼓谷稲荷神社に参拝し、後続列車を駐車場から撮ろうとした時無情の雨が降り始めてしまいました。9522レの津和野発車シーンの撮影は諦め、雨雲のエリアを抜けるべく南下しました。道路沿いに引きの取れる場所(駐車スペースあり)を見つけたのですがここも雨が降り始めました。さ迷い歩いて(実際の移動はクルマですが)やっと辿り着いたのは結局篠目駅の先。ここも待ってる間に通り雨に襲われクルマに避難、雨宿りします。3003Dスーパーおき3号です。この日は3両編成でした。車内も満員御礼モードでした。山口行2548Dです。キハ4724以下2連でした。満を持して9522レがやって来ました。しかし、慣れないAF、その特性を見落とし、メイン被写体がアウトフォーカスになってしまいました。忍法煙隠れの術(笑)爆煙モードで猛然とダッシュする9522レのC571とC56160。リズムの違うドラフト2重奏が山あいに響きます。かくして3日間に渡ったSLやまぐちDX号との逢瀬は終わり、3日分のクルマの走行距離は500キロ弱となりました。またきっと撮りに行くんだろうなぁ~…>オレ
2008年08月04日
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はい、タイトルそのままです。昨日の発言でも触れましたが、とうとうデジカメを購入してしまいました。まだまだ使い方もろくすっぽ判っていませんが、取敢えず使ってみよう!ということで早速撮影してみました。果たして…?本日2008(平成20)年08月03日朝の特急1レ「はやぶさ・富士」です。
2008年08月03日
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やっときちぃ月が終わったと思ったらあちぃ月です。最高気温25℃の夏日なんて可愛いもの。30℃超の真夏日なんて最早当たり前。35℃超の猛暑日も珍しくなくなりました。根が寒がりで暑い方には多少は耐性のある私でも流石に少々きついですね(^^);(暑がり諸氏には地獄の日々?)さて、タイトルどおりですが、過日触れましたように今年は山口ディスティネーションキャンペーンが9月30日まで展開されています。その関係もあって、8月1~3日の3日間、SLやまぐち号もいつものレトロ客車ではなく、「ミハサロ」こと「サロンカーなにわ」編成で運転される由。滅多にあることではない以上、無視は出来ません。これは何としても「迎撃」しませんと…かくして、8月1日行って来ました。この日はミニコミフリーペーパー紙の戸別配達の仕事があり、9521レの時刻には間に合いません。ただ配布場所は先週と同じエリアなので概ねの所要時間は判ります。少し速めに作業開始。真夏の陽射しの中、流れる汗を拭い、途中のコンビニで買った1リットル入りペットボトルの麦茶で水分補給しながら必死になって配ります(^^);何とか午前中には完了し、この日通院日だった老母を迎えに行き、ついでに外で食事して、夕餉の買出しを終えて帰宅したのは13時を回った頃でした。着替えて準備して自宅を出たのは14時近くになった頃。周南市三田川交差点から国道315号線の山道に入ります。阿東町で国道9号線に合流できたのが15時頃。津和野~船平山間の上り勾配へはしかし、時間的に微妙でした(只走るだけなら間に合うでしょうが、適当な撮影ポイントに、しかも先着のご同業各位の邪魔にならず、自分でも絵になるポジションを探す時間は無さそうです)。そこで、津和野とは反対方向へ向かいます。この辺り、やや平地があり線路脇に田畑があって引きの取れる場所があります。適当な場所を探しますがしかし、国道9号線は交通量が多く路上駐車はご法度です。とはいえ線路の向こう側に簡単に出られる道も中々ありません。そのうち鍋倉駅付近に良さそうな場所を見つけました。行って見ると…およよ!数台のクルマが停めてあり付近には三脚を立てたご同業諸氏の姿が…その数およそ10人。皆さん考える事は同じですね(^^);でもこの日は金曜日。さぞや多くの企業で、休暇届の申請が受理されている事でしょう(^^);鍋倉駅発15時07分の2548Dです。キハ402070の単行でした。あまり長い焦点距離のレンズを使うと編成全体を収める事が難しそうです。9522レのやってくる時刻が迫ってくるにつれ三々五々、人々が集まります。お互い歴戦のつわもの同士のようで諍いやいがみ合いなどはなく、穏やかに時が流れます。8月の強烈な太陽が人々を焦がしますが厚い雲が風に流され照ったり翳ったり…露出の設定に悩みます(^^);更に待つことしばし。遠くで汽笛が聞こえました。いよいよ9522レがやって来ます。全神経をファインダーに集中します。おや?短急汽笛が繰り返されます。え?まさか?短急汽笛がボボボボボォッ!と響くのは何らかの危険を知らせる合図。また素人さんが線路に近付き過ぎたのでしょうか?SLだから遅いとでも舐めてかかっているのでしょうか?冗談じゃありません!(少しでも「鉄」を齧った人間なら必要以上に線路に近付く事がどれだけ危険なことか判る筈です。百歩譲って、かつては「犬走り」辺りでカメラを構えても許された時代があったとしても、今は許されません。昔「鉄」だった人が定年退職を期に戻ってきたりした場合そういった行動に出る例があるそうですが、「素人」の暴走より困りますね)幸か不幸か大事には到らなかったようで、列車は鍋倉駅に到着しました。停車中に135ミリレンズで撮りました。でもこれでは編成全体を入れるのは至難です。敢えて標準レンズで撮影します(ノートリミングカットです)。画面右下に見えるガードレール、県の花夏みかんに因み、夏みかん色に塗られています。本県の県道などでは当たり前に見られるもので、幼い頃はこれがガードレールの標準仕様だと思っていました。長じてそれが本県独自の仕様だと知った時にはカルチャーショックでした(爆)。ギャラリーの前を列車は加速して行きます。ミハサロこと、サロンカーなにわは7両編成だと思っていましたが今回は6両編成でした。山口線の有効長の関係でしょうか?撮影後帰途に着きましたが途中の撮影地にも「ご同業」がわんさか(爆)。このカットの撮れる場所(殆ど煙が期待できないにも拘らず)にも5台以上クルマが停まっていて撤収作業中のご同業各位が約10人(^^);(既出画像で失礼します)丁度長門峡駅で9522レの発車に追い付きました。↑このカットの撮れる辺りにも大勢さんが…(^^);(これも既出画像で失礼します)しばらく列車と並走する形で国道9号線を進みますが沿道には路上駐車が並び此処にも大勢のギャラリー、しかもクルマを無視して道路に飛び出す人もいて冷や汗がまるで間欠泉のように噴き出ます。心臓に悪いです(幸い事故を起こさずに済みましたが…)次の篠目駅でも長めの停車時間があるので、並走区間で引き離された列車に追いつきましたがここも大勢の人が…フィルムも使い切っていたことですしここは邪魔にならないところで眺めるだけにしましょう。おや?さっき鍋倉駅のそばでご一緒だった御仁も数人。ご熱心な事で…(って、皆さん考える事は同じ。私も似たような事してますから…)(^^);(此処も写真が撮れなかったので既出画像で失礼します)そして8月2日にも出掛けたのですが…ここで一大事!何と!カメラが故障してしまったのです。フィルムをセットして、確かに給走されるのですが、フィルムカウンターに数字が出ません。フィルムがセットされた事が認識できなくなってしまったのです。2日は結局ただの1カットも撮れずに空しく帰宅…。市内のカメラ店で聞いて見ると、内部的な故障のためメーカー送りにしないと修理は不可能で1ヵ月位はかかるとのこと。もっとも、既に20年以上前の製品で購入後18年使った銀塩カメラですから果たして部品があるか?直るか否かも微妙との事でした。これは困った!写したいものは明日が最終日なのに…。その時、デジタル一眼レフカメラ+ズームレンズ計87,800円也のセットが目に入りました。そうです!清水の舞台から飛び降りてしまいました(よーやるわ>オレ)銀塩カメラなら概ね判りますがデジタルはど素人。明日までに使えるようになるのか否か?は神のみぞ知る…です。
2008年08月02日
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昨日の続きです。折尾駅に戻り、鹿児島本線上り列車で小倉へ。小倉で下関行に乗換えます。当初は下関の車輛基地でウォッチングでもする予定でしたが、下関に着くと接続の小月行が117系でしたので急遽予定変更!体験乗車をする事にしました。転換シートにエアサス台車、乗り心地も上々。短距離折り返し運用に使うのは勿体無い気がするのですが…小月駅2番ホームで、折り返しの間しばしの休息を取る広セキC-105編成です。ドア付近がロングシート化改造された300番台です。そのままこの編成で折り返すつもりでしたが程なくやって来た下関行もまた117系でしたのでその列車で下関に戻ります。正調117系(但し下降窓の100番台)広セキC-103編成です。僅か20分の乗車時間が残念なほどです。何で新山口以西に封じ込められているのでしょうね。(たまには徳山にも来て欲しい…)下関4番ホームに佇む117系100番台広セキC-103編成です。下関で乗換えた下り列車は日豊本線直通。なので敢えて城野を目指します。西小倉で鹿児島本線と別れた先、車窓右手に見えてくるものそれは!はい、小倉工場です。何か目ぼしいヤツはいないだろうか?ややや?アレは何だ?車窓から一瞬の出会いでしたので上手く撮れませんでした。見慣れない車輛がいました。これは一体何だろう?そういえば…どうやらこれが、新在直通切り札とされ試験が繰り返されているFGT(FreeGaugeTrain フリーゲージトレイン)車輛ですね。良い眼福にあずかりました。城野で折り返しまた折尾へ。夕餉として此処で販売されている東筑軒のかしわ飯弁当を購入するためです。夏休み期間の週末らしく浴衣姿のお嬢さん方も何人も見かけましたが、駅売店のお姉さん曰く、この日は遠賀川で花火大会があるとのこと。そのために夕方から大勢さんが集まっていたのですね。「あんたも花火見に来たの?」売店のお姉さんに聞かれましたが生憎花火大会のことは全然知りませんでした。もっとも、花火大会の有る無しに関わらず、この駅弁のためだけにこの駅に下車する価値は十二分にあります(^^);そしてこの後は門司駅に移動、この日の発言の後段で触れた、2レ(&42レ)撮影に繋がるのでした。
2008年08月01日
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