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この日の話題を今頃になってUPする事をまずはお詫びします。と、申しますのもこの日の前後結構急に冷え込んだせいか、この月末風邪をひいてしまいました。幸い熱は無かったのですが激しい咳と痰に見舞われ、更には下痢症状も出てしまい、元気もすっ飛んでしまいました。(それでも医者の診察と投薬のおかげで何とか仕事にだけは穴を開けずに済みましたが…)9月29日・30日はまたお天気も生憎の雨模様となってしまい、当初予定していたSLやまぐちDC号平日ヴァージョンの写真撮影は叶わずに終わってしまいました。皆様もどうぞ時節柄お体ご自愛下さいm(_ _)m画像無しではやっぱり寂しいのでこんな画像を貼ります。例によって例の如しな絵で恐縮至極…m(_ _)m
2008年09月30日
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ネタが無いわけではないのですが準備が追いつかなかったりで中々更新出来ない事をまずはお詫び申し上げます。(え?誰もオマエ如きのブログなんぞ待ってない?目障りだから閉鎖しろ?ごもっともで…)というわけでタイトルだけで済んでしまいそうですが、この「おいでませ山口」号の撮影に行って来ました。もっと早くに行けば良かったのですが中々機会を得ず、結局最終日のこの日に大慌てで行く羽目になりました。同じ山口県内ではありますが、我が周南市からだと美祢線沿線は決して近い場所ではありません。午前中に走る仙崎行きはしかし、朝寝坊してしまい間に合わず、折り返しの厚狭行きを狙う事にし、自宅を出たのは午後2時を幾分回った頃でした。撮影ポイントは特に決めず行き当たりばったり(概ね於福駅付近を当初考えていました)です。於福駅側に温泉と表記のある施設(雰囲気としてはクアハウス)があり其処の駐車場を借りてクルマを置き、於福駅を跨ぐ歩道橋の上で当初待ち構えてみました。時刻は午後4時30分を過ぎました。時刻表を見るとお誂え向きに同駅16時38分発厚狭行734Dがありましたので、アタリを取ってみます。しかしメインターゲットがこの場所に来るのはこの後約1時間後です。万が一日が沈んでしまったら?ただでさえこの日は曇天で明るさも足りません。一抹の不安がよぎります。少しでも早い時間に通過する場所で撮影しようと考え直し、更に北上します。於福駅と渋木駅の間、丁度厚狭起点34キロ地点付近で、国道316号線が美祢線をオーバークロスする場所がありました。側には手頃な駐車エリアもあり、俯瞰撮影が出来そうでしたのでここで構えます。於福駅17時09分発、渋木駅17時21分発の735Dです。前後をトンネルに挟まれた橋の上からこんな感じで撮影できます。罵声など無縁、皆さん紳士的に仲良くカメラを構えます。ゴールデンレトリバー犬を連れたご婦人が声をかけてきました。「一体何があるの?」(橋の上から線路に向かってカメラを構えた一団がいるので興味を持ったか或いは不思議に思ったか?少なくとも気になりますよね?)「いえ、珍しい列車が来るので皆待ってるんです」(正確には、厳密には、かつては全国いたるところにありふれていて珍しくもなんとも無いクルマでしたが今や絶滅危惧種になってしまったのでこの有様です)(^^);このご婦人も先程停まったクルマからご夫婦(連れの男性はおそらくご亭主でしょうね)一緒に、「わんこ」も連れて降りてきた人でした。もっとも彼女もお連れ様も「鉄」とは無関係、公衆電話かトイレか?いずれかの御用のようです(問いただしたわけではないので=他人様の事情に立ち入る必要など皆無でしたので=真相は判りません)。連れの「わんこ」は大人しく従順で人懐っこく、ついつい頭をなでてやります。いやいや、犬って不思議な生き物です。こうして接していると気持ちが落ち着くのですから。伊達に長年人類のパートナーをしてません(^^);渋木駅で交換したであろう9752D「おいでませ山口」号、そろそろやって来る頃合の筈ですがまだ姿が見えません。時刻表持って来れば良かったかなぁ?そう思い始めた17時30分頃、やっと列車がやって来ました。思ったよりゆっくりのペースです。無理もありません。時速30キロの徐行制限標識が立っています。模型のレイアウトで再現してみたい雰囲気ですね(^^);如何に日没の遅い山口県と雖も、山あいの里でしかも曇天とあっては夜の帳に包まれるのも時間の問題です。この列車は今日が最終日ですがもし来週以降も運転されていたらおそらくこの場所での撮影はかなり厳しくなっていた事でしょう。列車は「鉄」達の足元、国道316号線の橋をアンダークロスします。その時、天佑僥倖。丁度上下車線のクルマが途切れましたので急いで反対側に移動します。軌道条件が悪いのか?牛歩の如く列車は進みます。これはひょっとして?撮影後直ちに車にとって返し、国道316号線を南下します。於福駅手前、見ると於福駅の出発信号機がG信号を現示しています。これはもしかして?近くの踏切の警報機が鳴動を始めました。何時の間にか列車を追い越していたのです。前からの撮影カットはしかし失敗してしまいましたので後追いカットを紹介します。思いのほかゆっくりのペースで列車は国道との並行区間を進みます。そこで、クルマで並走しながらの撮影に挑戦してみました。それがこのカットです。え?斜めになってる?クルマの窓柱にかかってる?はい、仕方ないんです。ファインダーを覗くわけに行かなかったのですから…(運転中ですから脇見は出来ません。目線はしっかり前を向き、片手はカメラを操作しても、もう片方の手はステアリングホイールを離すわけには行きませんから…道路は直線でしたが…)見た感じではしかし、あまり乗客は多くは無さそうだったのが寂しいところです。快速列車と言いながら、定期列車への影響が出ないように配慮した「盛りスジ」の悲しさ?停車駅を絞っていながら、厚狭~長門市間の所要時間が定期の各駅停車より長いとあっては、「鉄」ならともかく、一般客にはアピール度が足りないのかも知れません。並走しながら撮影ってのは、他の人に運転してもらった上で撮影するのがスジと言うもの。自分で運転しながら撮影ってのはやはり邪道です。道端にクルマを停めて撮影してみました(手前のガードレールが邪魔ですが、止められるスペースの有無に制約された結果です)。この後はしかし光線状態も悪くなった上、道路工事による片側交互通行区間が続き列車に引き離されてしまいましたので以降の撮影は諦め、帰宅しました。また何時かこのような列車が運転される可能性は…?残念ながら極めて低そうです。
2008年09月28日
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はい、タイトルどおりですが、市内おそらく初お目見えのメイド喫茶へ行って来ました。事の起こりは数日前の木曜日、勤務先の上司から、「おい青列車、オマエアニメとか好きなんだってな。今度市内にメイド喫茶が出来たそうだがオマエ行って感想教えてくれ」と言われてしまいまして、そのためこの日老母も引きつれ、利用することになったものです。店内では写真撮影は原則禁止のため写真はありません。詳細は同店公式サイトをご参照下さい。店に到着するとお約束のご挨拶お帰りなさいませご主人様 お嬢様とのお出迎えを受けます。メイドさんに案内されて店内へ。ご主人様お嬢様のご帰宅ですとの案内でテーブルに着きます。「なんでお嬢様かね?」老母は訝しく思ったようですが是がメイド喫茶のお約束。男性客は「ご主人様」、女性客は「お嬢様」と呼ぶのです。店内は店名にもなっていておそらくお店のイメージカラーであろう桃色と白の縦じまツートンカラーの壁にカウンターと、丸テーブルのテーブル席が数席。然程広いお店ではありませんが全体的に明るいイメージです。カウンター席の奥にはガラス扉の付いたケースがあり、アニメキャラクターのフィギュアが並んでいました。壁にお店のコンセプトの説明がありました。曰く、お子様からご年配の方まで安心してご利用いただけるお店とのことで、以下の4項目の取扱いはしない由。その趣旨は概ね以下の内容でした。(1)お客様の席についてお喋りはしない(2)お客様に対し、「ふーっふーっ はい、あーん」などといった食事支援は行わない(但し要介護の方には必要な支援介助は行われるものと解釈しました)(3)お客様とゲームなどはしない(4)お客様にお酌などはしないこれらの行為、特に2と4をやってしまうと風俗営業法の規定に触れるとの事です。秋葉原辺りのメイド喫茶の中には、これらのサービスを売りにしているところもあるようですが、此処は一線を画していました。メイド喫茶とは?あくまでもメイドさんにハァハァするところであり、メイドさんとハァハァするところではありません。この「~に」と「~と」の違いが肝心です。(*この「~にハァハァする」と言うのはおそらく世間一般の「堅気の衆」にはどう説明したら通じるのか生憎その手段を知りません。概ね「~に萌える」、「~に憧れる」、「~に恋焦がれる」、「~が好き」と言ったニュアンスでネット上で使われる表現です。これが「~とハァハァする」になってしまうと、異性と特別な関係になるというニュアンスになってしまいます。その詳細については此処では書けないと言う事でその内容はお察し下さい)そしてメイドカフェの客はメイドさんに憧れはしても手出しはしない!というのが暗黙の了解です(個人的な恋愛環状とはまた別のものです。アイドルタレントvsファンといった方がより近いでしょうか?)。そうそう、肝心の料理の話が抜けていました。頼んだのはハンバーグランチセット。ハンバーグ、ライス、サラダ、飲み物(コーヒー又はオレンジジュース)がセットになってお値段は800円でした。他のメニューも見たところ値段は決して高いとはいえない水準です。ただ、訪ねた時刻が12時30分頃、飲食店としては一番忙しい時間帯であったこと、オープン間もない為店舗スタッフがまだ不慣れなのか?料理が出て来るまで多少待たされました(^^);働いているメイドさん全員に会ったわけではありませんが、この日見かけた3人のメイドさんはいずれも20歳になるかならないかの、お姉さんと言うよりお嬢さんと呼びたいようなお年頃でした。また、この日はコスプレデーと言うことで、メイドさん達は思い思いの衣装に身を包んでのご奉仕。ある人はそのままのメイド服、ある人は真っ赤な浴衣、ある人はブレザーにプリーツスカート(まるでどこぞの私立女子高校の制服そのものな姿)。メイド喫茶ではしばしばコスプレでメイドさんがご奉仕する例が見られます。時にはチャイナ服だったり、時にはスク水(スクール水着。学校で水泳の授業の際着用するタイプの水着)だったり。勿論、お約束のアニメキャラクターに扮して…というのもしばしば見られますが、しかし、当地ではネットされる放送局が限られ、話題のアニメも放映されていないことがしばしばあって、内心寂しく思うこともしょっちゅうあります。もっとも、無理矢理?同伴させたウチの老母にはあまりいい印象ではなかったようでした。聞けば、内装が明る過ぎてまるでデパートやショッピングモールなどに良くある軽食コーナー、フードコートのような感じで落ち着かず調度品も好みに合わないとのこと。この店、メイド喫茶としてはかなり控えめで大人しい方だとは思うのですが、田舎の年寄りにはこれでもカルチャーショックだったようです(^^);本家秋葉原じゃもう普通のメイド喫茶から進んで、「ツンデレ喫茶」だの「妹喫茶」だのが出来ているとか。秋葉原よりも寧ろ池袋で増えているのが「執事喫茶」要はメイド喫茶の男女を逆転したもので、イケメンや渋メン?(ナイスミドルやロマンスグレーの大人のオトコ)が特に女性客をターゲットに至れり尽くせりのサービスをするとか。え?「ツンデレ喫茶」や「妹喫茶」って何?それは…この辺に詳しくなると堅気の世界に戻れなくなりそうですが…(爆)「ツンデレ喫茶」とは、女性店員が皆「ツンデレ」、最初はツンツンつっけんどんだけど段々心を許してしまいにはデレデレになる(或いは普段はツンツンしてるくせに気を許した男の子に対してはデレデレな態度をとる)さまを彼女達が演じるもので、知らない人が入ってしまうと思いっきり無愛想な店、客を客とも思わない店に見える危険があります(^^);また、「妹喫茶」とは、店員が高校生の妹、客は帰宅した兄というシチュエーションで兄妹のやり取りを疑似体験できる店で、店内は敬語禁止との事(普通兄と妹が会話するのにですます調の余所行きな言葉遣いは使いませんよね?)です。ま、アニメやゲームなどでは得てして兄と妹、姉と弟が恋愛感情を持つような作品が結構ありますが、実際には?いくら異性同士でも兄弟姉妹でそんな感情持たないと思うのですが…(寧ろ怖いです)(^^);まだまだ荒削りな面も見え隠れしていましたが、これはまだ開店間もなく不慣れなところもあるからということで、将来を期待しましょう。(不思議なことに、逆に多少ぎこちないぐらいの方が却ってウケたりするものです。恐るべきアキバ系)(爆)食事が済み、お会計、テーブルに着いたまま精算します。帰ろうとすると「ご主人様 お嬢様のお出かけです」との声がかかります(客は「メイド喫茶」という「メイドさんの待つ自宅」に帰宅したというコンセプトですから)担当してくれたメイドさんが入口まで付き添い、最後はお約束の台詞「行ってらっしゃいませご主人様 お嬢様」の声に送られ店を辞しました。イベント性とメイドさんのアイドル性を前面に押し出したまるでライブハウスのようなノリのメイド喫茶は流石に退いてしまいますが、この程度のソフトな応対でしたらまた来てもいいかな?そんな風に感じました。
2008年09月27日
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はい、またしてもまたしてもこのネタで失礼しますm(_ _)m今回の対象はこの日のものです。今見返してみるとアッチコッチに粗が目立ちお恥ずかしい限りです。いずれは削除する予定です。
2008年09月23日
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こんなネタばっかりで恐縮至極m(_ _)m例によって例の如く過去画像の差し替えです。今回の対象はこの日のものです。少々季節はずれで恐縮ですが…年の瀬、特に大晦日は何処のお蕎麦屋さんも大忙し。出前の人手も足りなくなりそうです。そこで、こんな出前持ちがいたら便利だろうなぁ~と言うことで浮かんだネタでした。やっぱり粗だらけお恥ずかしい限りですm(_ _)m
2008年09月22日
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はい、またしてもこのネタで恐縮至極m(_ _)mフォトアルバム容量捻出の為例によって以前の画像のうち容量の大きいものを削除します。今回の対象はこの日のものです。「ツーショット」がテーマの話題でした。上記2枚は1981(昭和56)年8月豊橋駅にて撮影しました。これは1990(平成2)年夏、大糸線南小谷駅での撮影です。これは1994(平成6)年11月、東北本線(当時)のある駅(駅名失念)で撮影しました。この駅は今ではIGRいわて銀河鉄道の駅になっているはずです。列車のツーショットも良いのですが、折角なら可愛いおにゃのことツーショット…ってそれは叶わぬ夢です(^^);
2008年09月21日
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はい、またしても例によって例の如くなネタで恐縮至極m(_ _)mフォトアルバム容量捻出の為の過去画像の差し替えです。今回の対象はこの日のものです。お気づきの通りモチーフにしたのは「不思議の国のアリス」です。今見返すと粗ばっかりで汗顔の至りです。
2008年09月20日
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この日はミニコミ新聞の配達日でした(週1回発行。金曜日日没までに配布)。本来なら配布は専任スタッフが行い、私はその人たちをマネジメントする立場なのですが、配布スタッフさんの急な都合などでそれが出来ず、人員のやりくりが付かない場合は私も個別に配布を行う必要があります。この日もそれが4エリア分あり、朝8時前から作業を開始しました。作業開始後概ね1時間程度経った頃でした。ポケットに入れていた携帯電話が鳴り始めました。聞けば本部からクレーム発生の一報。従前より配達時に門扉が開けっ放しで迷惑しているとのご意見でした。早速そのお客様に連絡し、まずは非礼をお詫びしようとしたのですが、ここで一大事発生。携帯電話のバッテリーが切れてしまったのです。私の携帯電話は6年前、契約会社の一方的な事情で強制的に機種変更させられてしまった代物です。幾ら事前にフル充電させておいても、何故か数分通話しただけでバッテリーを消耗してしまうんです。お客様に電話し名乗ったところで切れてしまっては無礼にも保土ヶ谷バイパスです。かくなる上は?手近な公衆電話から連絡を取る必要があります。ところが!かつては街角で何処でも見かけた公衆電話が、しかし見当たりません。何でも、携帯電話の普及で公衆電話の利用者が激減してしまい維持費の負担が大きくなり、その数を急速に減らしている由。この辺りは傾斜地を近年宅地開発された住宅街。見渡す限り電話ボックスなどはありません。急遽クルマにとって返し、比較的近いConvenienceStoreに向かい、Telephoneカードを購入、電話を借りるべく尋ねますが…なんと!公衆電話あらへんそ!そんなぁあああ!近くの鉄道駅に行けばあるんじゃないか?との事で、岩徳線周防花岡駅へ向かいましたが…駅員無配置の棒線駅に成り果てた駅前にはそれらしきものはありません。かつては、たとえ地方の小さな集落であっても駅前には大概万屋や個人商店の1軒や2軒はあって、店先には赤電話もあったりしたものですが、今はそれらしきものもありません。学校には或いはあったかも知れませんが、今時の学校は不審者侵入に神経を尖らせているので訪問するのも気が引けます(^^);離れたところに大手ドラッグストアチェーンがあったのを思い出し尋ねてみますが其処にも無し。その先の交番で聞いてみれば?とのアドバイスを受け、溺れし者は藁をも掴むの心境で交番を訪ね問い合わせますが…知らない 判らないとの事。弱りました…しかし其処に一筋の光明が…「良かったら充電してやろうか?」交番にいた私服警官氏が親切にも提案してくれました。しかし惜しくもその方の携帯電話とは機種が違い、コネクターが繋がりません。いよいよ八方塞です。「仕方ない、それじゃこの電話使っていいよ」なんと、其処にあった固定電話を使わせていただけることになり、やっと当該顧客に連絡が取れました。とにかく平身低頭、私どもの不手際でご迷惑をおかけしまして誠に申し訳御座いません…平謝りです。(もっとも、後でその地区の担当の人に確認したところ、間違っても開けっ放しにして帰ったことなどないとのことでした。どうやらその御宅の建付けの都合で、風向きの関係などで自然に開いてしまうことがある由。要らぬ誤解を避ける為にも以後配布しないことで対処することになりました)え?何でブログ主がおっさんなのにイラストではネコ耳とシッポの生えたおにゃのこなのか?それは単純に、おっさんじゃ絵にならないし描いててちっとも面白くないからです。所謂大人の事情です(爆)。この一件のためポスティング作業が中断、1時間以上のタイムロスとなり、全ての配布が終わったのは午後5時となり、やっと取れた昼食は半分夕食同然になってしまいました。ご協力くださいました交番関係各位にはこの場を借りまして御礼申し上げます。(尚この一件が厳密には職務規定違反になる危険性を鑑み、或いはこの地に詳しい方には推定されてしまう可能性も皆無ではありませんが、当該交番の名称は此処では伏せさせていただきますこと悪しからずご了承下さい。)
2008年09月19日
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このところこんなネタばっかりで恐縮至極m(_ _)m今回も思いっきり季節はずれですがこの日のものです。2006(平成19)年のXmasカードとして作ったものです。サイズが大き過ぎましたので縮小リサイズ分と差し替えます。
2008年09月18日
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はい、今回も例によって例の如くこのネタです。昨日に引き続き今回の対象はこの日のものです。さて、スキー場が大入り満員、村は大きく賑わい財政も潤い、村長も多額の収入を得ました。雪女は村長に尋ねます。なんじゃ?わしゃ今忙しいんじゃ。ねっねっ、あたしの、あたしの報酬は?しかし、村長の返事は意外にも素っ気無いものでした。はて?報酬?何のことだね?えええぇー???最初謝礼ははずむって言ってたじゃない。村の人々が困ってるって話だったから協力したのよ?そんな記憶はない。とにかく、わしゃ今忙しいんじゃ。これから子飼いの業者どもにお裾分け与えて来年の選挙の準備をして、そのあとは中央政府と掛け合って、この村にハコモノ造らせるための根回し費用を捻出したりせにゃならんのじゃ。おまえに取り合ってる暇はない。用が済んだら帰れ!そ、そんな…ひどい!ひどいわ!あんまりだわ!あ、あたしがどんな思いで雪を降らせたと思ってるのよ。雪を降らせるためどれだけ神経とエネルギー使うと思ってるのよ!雪女はなおも訴えますが、尊重には馬耳東風。ちっとも取り合ってもらえません。お、おのれ~…恩をあだで返すとは…鬼畜にも劣る輩めぇ…もう怒った!雪よ降れ!降りしきれ!とうとう雪女はキレてしまいました。村長!これはもらっていくわよ。あたしの取り分、安心なさい。そこにあった札束全部持ってったりはしないから。あくまで当初の約束の分だけしか取ってないわよ。わ、悪かった。わしが悪かった。済まぬ。お願いだ、この氷、溶かしてくれぇ~ふん、自然を見くびり人をなめてかかった報いよ。しばらくそうやって心身冷やして反省してなさい。本来なら急速冷凍でお命頂戴するところ、せめてもの慈悲で命は助けてやってるんだから感謝しなさい。心配しなくてもそのうち溶けるわよ。そ、そのうちっていつだぁあああ~!あら、3日もあれば大丈夫よ。せいぜい己の非を反省してなさい。あっかんべ~…教訓、自然をなめちゃいけません(笑)。そして、親切にしてもらったり、便宜を図ってもらったりした時には、きちんとお礼をしましょう(笑)。
2008年09月17日
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はい、例によって例の如くこのネタです。(最初からもっと小さな画像でUPしておけば良いものを…)今回の対象はいささか季節外れですが、この日のものです。それは、小さな小さな村でした。農地も少なく険しい山に囲まれた、とても裕福とは言えない村でした。唯一の観光資源がスキー場。毎年冬には観光客が押し寄せ、貴重な村の収入源でした。ところがその年は暖冬で、12月の半ばを過ぎても雪が降りません。いつもなら真っ白く雪に覆われるはずのスキー場も、まだ青々としています。弱った弱った、どうして今年は雪が降らないんだ?これじゃ正月も迎えられなくなるぞ…そ、村長ぉ~。こうなったら最後の手段だ。雪女に頼んで雪降らせてもらおう…溺れし者は藁をも掴む。一縷の望みをかけた村長は山奥に住む雪女の庵を訪ねました。た、頼む、このままでは村民達が暮らせなくなる。何とか雪を降らせてやってくれ。まあ、どうした風の吹き回しよ。いつもは雪を降らせるなって文句言うくせに。そこを何とか頼む。謝礼ははずむ。皆のために一肌脱いでやってくれ。一肌脱げ?村長、女に対してその言い回しはないじゃない。それ、セクハラよ。わゎわ…そ、そういうつもりじゃない…この通りだ。頼むよ…やれやれ、そこまで言われちゃ仕方ない。いっちょ力になってやろうかしら…雪女はスキー場にやって来ました。そして腕を高く上げ、叫びました。雪よ降れするとどうでしょう。それまで雲ひとつない快晴だった青空が一瞬にして暗雲に呑み込まれ大粒の雪が横殴りの風に舞いながらどんどんどんどん降り始め山も野原も綿帽子どころかあっという間に一面の銀世界が広がりました。うほ、うっほうっほ、うはうはうはうはわはははは…いゃあ~儲かった儲かったぁい!スキー場は満員御礼。売り上げも前年対比120%じゃい。ありがとう。君のおかげだ。えっへん!ざっとこんなもんよ。雪女の活躍でスキー場には雪が降り、大勢のスキー客がやって来ました。スキー場は大賑わい。村の財政は大いに潤いました。めでたしめでたし…さて、本当にそれで無事に終わるでしょうか?以下 次号(^^);
2008年09月16日
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このところ更新が滞っています。ネタが無いわけではないのですが…(もっともフォトアルバム容量がまた厳しくなってきましたので過去画像はどうにかしないとなりません)数日前どうやら風邪を引いたらしく体調不良です。m(_ _)mさて今日のお話は…もう1週間以上前の話になりますが…その日、かねてより(1ヵ月以上前)右ひざに痛みが生じ、安静にしている時にはノープロブレムであるものの、膝を屈伸させたり、歩いたりするとズキッ!と来るようになってしまいました。まして走ろうものなら激痛が生じます。そこで市内の医院で診察してもらいました。その結果…変形性膝関節症との診断を下されました。何時の間にか膝の軟骨が磨り減っていた由。しかしこれは困りました。仕事柄どうしても長時間歩く必要がありこれは切実な問題です。これまでの人生そんなに膝に負担のかかるような暮らしはしていないつもりでしたが…?(え?まさかカメラ構えて線路脇を歩き回ったのが拙かった?まさか…)(^^);無理の無い範囲で治療していかないと…いやはや…トシには勝てないってことなのでしょうか?
2008年09月15日
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はい、毎回毎回こんなネタで恐縮至極m(_ _)m今回の対象はこの日のものです。この頃流行のメイドカフェ、その蕎麦屋ヴァージョンがあれば?と言うことで生まれた作品です。ホントにこんな蕎麦屋があったら怖いような…でも1度ぐらいは(怖いもの見たさで)行って見たいような…現実には利益が出そうに無いので実現性は皆無も同然でしょうね(^^);
2008年09月14日
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はい、今回もこのネタです。恐縮至極m(_ _)m今回の対象はこの日のものです。盛夏の時期猛暑に因んで作成したものです。
2008年09月13日
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はい、またしてもこのネタです。真に持って恐縮至極m(_ _)m今回の対象はこの日のものです。国鉄初の特急電車151系を擬人化したイラストです。前回発表したものをリメイクしたものです。今日から見れば、車両性能やハザ車の居住性などで一部見劣りする部分もあるにはありますが、その特別急行列車用車輛としての威厳と品格は登場後半世紀を経た21世紀の今日にあってもいささかも色褪せていないどころか、今日の最新鋭車輛と雖も、151系や20系客車、キハ80系気動車の持っていた威厳や品格には遠く及びません。殊にクロ151パーラーカーは今日でも十二分に通用します。華の命は短くて…151系が本当に最高峰であった時代は4年ほどでしかありませんが、その偉業は永遠に語り継がれる事でしょう。
2008年09月12日
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萩市の中央駅はご承知の通り東萩駅です。萩駅は駅舎こそ立派なものがありますがみどりの窓口もなく-それ以前に駅員がいません。無人駅ですから-町外れの小駅に過ぎません。当初老母は萩駅で降りようとしたので止めるのに苦労しました。東萩駅駅舎です。さて、折り返し予定列車まで3時間弱。どう過ごそう?駅前に観光タクシーなる看板がありました。2時間コースで9,960円、ではコレにしようという事で、タクシーに乗り込みます。応対してくれたのは年配の運転手氏。物腰の柔らかい好紳士でした。看板にあったコースはあくまでモデルコース、あとはオーダーメイドで色々チョイスできるとの事でした。まずは!と言うことで松下村塾と松蔭神社へ向かいます。松下村塾の建物自体は極々小さくささやかなものです。しかし其処に集まった多くの有志たちはさぞかし目を輝かせて松蔭先生の薫陶を受けていたことでしょう。しかし、処刑された時29歳だったと言う事は、松下村塾時代の松蔭は20代、今の大学生ぐらいの年頃でしょうか?(今時の若者否、己の20代を振り返ってみても、松陰先生の足元にも及ばなかった事を思うと驚くばかりです)小さな建物の中に、100年以上の年月を越えて、真の意味で国を憂い、大所高所に立って天下国家の行く末を論じていた若者達の息吹が伝わってくるような感じを受けました。事実その門下生達には後の明治政府の屋台骨を支えた人材が数多く輩出されています。21世紀の今日における本邦のありようを見て、当時の憂国の志士達は草葉の陰で何と思っているでしょう?内心忸怩たる思いでは?彼らに恥じないニッポンを次の世代に残せるのか?胸に手を当て考えます。松蔭の生家があったとされる場所から眺めた萩の遠望です。かつてはお城の天守閣も見えた由。幼き日の松蔭はこの光景を見つつ何を思ったのでしょう?もし松蔭が処刑されたりせず、天命を全うし己の信ずる改革を成し得る事ができていれば?或いは今の日本はもっと違ったものになっていたのでしょうか?毛利家の菩提寺でもある東光寺にあった墓碑です。独特な形状ですがこれは黄檗宗の様式によるものである由。東光寺の三門です。その偉容が見るものを圧倒します。そして総門です。流石は藩侯の菩提寺だけあって素晴らしく立派な名刹です。何より今日のような機械動力の無い時代良くぞコレだけのものを造り上げたものです。指月城址です。かつては偉容を誇った(であろう)天守閣は当の昔に失われ今では城址の石垣が残るのみ。かつてここでどんな物語が展開されていたのか?しかし石垣は黙して何も語りません。明治維新のニッポンを築いた!その誇りはおそらく山口県民共通の思いでしょう。(勿論それはすんなり決まったわけではなく紆余曲折どころか不幸な衝突も多々生じ、少なくない悲劇も生みました。そのことは決して忘れてはなりますまい)。萩市と言うところは観光に訪れるには素晴らしいところです。ただ、実際に暮らすとなると?旧武家屋敷界隈は道幅も狭くクルマ同士がすれ違おうとすると一苦労。必ずしも暮らしよいとは言えない面もありそうなのが惜しまれるところです。16時18分発の列車で東萩駅を後にします。今度はキハ120の単行でした。長門市で美祢線に乗換えますが接続は悪く40分以上待ちます。乗換えた美祢線列車もまた、キハ120の単行ワンマン運転でした。幸い母子共に座れましたが丁度下校時間帯とも重なり、車内は地元の高校生で一杯になります。中にはロングシートの間の床に車座になってカードゲームに興じるグループも。トランプかと思ったら「UNO」のようでした。友達同士の通学列車それも学校が終わっての下校時間帯となれば、大人しく出来るわけがありません(爆)。ま、でもあまりに騒がしいのは困りますが、若者達の楽しい笑い声がするのは活気があって良しとしましょう。生憎既に日も傾きこれ以降は撮影は出来ませんでしたので、前回紹介したキハ120のカットを再掲します。厚狭では数分の接続で新山口行に乗換えます。何と105系の3両編成。でも、115系T編成と違ってロングシート車ながら編成中にちゃんとトイレがあるのは助かります。(同行した老母はトシのせいか結構トイレが近くこの問題は切実なのです)乗車した先頭車、クモハ105-531は元103系からの改造車。顔つきこそ105系の「パンダ」顔ですが、車内は103系そのまま。駅間距離が長く沿線の明かりもまばらな区間を疾走する姿に、かつて実際に利用したこともある常磐快速や武蔵野線の姿がオーバーラップします。新山口では1分接続で白市行に乗換えます。僅か1分!一抹の不安がありましたが幸い同じホームの反対側ですぐ乗換えが出来一安心です。何とこの白市行、今朝出会ったC-02編成でした。結構引張りまわしたので老母は疲れたそうですが良い気分転換にもなったとのこと。親不孝にはならずに済んだでしょうか?(^^);21時も近くなって今更晩御飯の準備も大変なので、駅前のコンビニで弁当を買って帰宅します。フライや揚げ物が数種類載った結構ボリュームもある弁当でしたが、いつもは大概フライや揚げ物が食べきれず手伝わされるところこの日は老母は完食しました。良い運動になったみたいで一安心です(^^);物好きな趣味を持った倅がいると母親は年老いても苦労するようで…(爆)
2008年09月11日
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列車は山陰本線に歩を進めます。新下関駅発車時点で殆どの席が埋まっていましたが、下関駅で更に埋まり立ち席客も出るほどになりました。この「みすず潮彩号」、土日祝日は途中区間が快速運転となり、観光列車としての性格が前面に出るのですが、平日は各駅停車(但し新下関発車時点では幡生駅は通過。下関で折り返して来た際には停車)で、地元の日常のアシとしても利用されています。そのための自由席車であり、それ故エクステリアデザインこそ奇抜とすら言えるものですが、インテリアはどノーマル(笑)。原型そのままと言っても過言ではありません。実質単行気動車のようなものです。綾羅木駅発車後、まだ安岡駅に到着しないうちに列車が停車しました。え?かじくりごうだいち?知りませんでした。何時の間にかここに梶栗郷台地なる駅が出来ていたのです。そういえばこの界隈、下関市の外延部、近年は都市化も進み人口も増えたとかで新駅が出来たのですね。鉄道の利用者が増えるのは多いに喜ばしいことです。家並も途切れ、車窓には里山と田園風景が、そしてその向こうに見え隠れする真っ青な日本海。9月の声を聞いたとはいえまだまだ夏の名残の強い日差しに、海面が輝きます。そんな山陰海岸の点描を幾つか紹介しましょう。(縮小リサイズした関係でノイズが出ていることをお詫び申し上げます)手を伸ばせば届きそうなところに、海底まで透き通った掛け値なしの日本海が拡がります。この地方独特の、赤銅色の石州瓦が紺碧の海に映え美しいコントラストを見せてくれます。まだまだ日本も捨てたモンじゃない!(笑)まだ12時には少しだけ早かったのですが、下関駅で駅弁を購入していた事でもあり、車窓を愛でつつ箸をつけます。この弁当、プラスチックの箱に入っているのがちょっと寂しいのですが(駅弁と言えばやっぱり経木の箱でなきゃ…)しかし、中身は中々優れもの。おかずの種類も豊富でボリュームもあり、味付けも絶妙。これで一箱500円ですからお値打ちです。ブランド名は「晋作弁当」とありました。少しも退屈しないまま長門市へ。ここで益田行きに乗換えます。3分接続ですが階段の昇り降りがあります。自分1人なら気にならない時間ですが、今回はそろそろ足腰も弱ってきた老母が一緒ですから一抹の不安がありました。幸い杞憂に終わり無事乗換えは出来ました。乗換えが慌しくて写真が撮れませんでした。前回紹介したカットを再掲します。(乗換えた列車は今回もキハ472連の編成でした。この車輛も広クチこと山口鉄道部の所属です。この界隈広範囲をカバーして東奔西走しています)東萩駅で下車しました。以下 次号(笑)
2008年09月10日
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と、言う訳で、青春18キップが2回分残っていたのでこの日出掛けました。2人旅とは申しましても相手は老母です。色気もへったくれもありません(爆)。実は当初7日の日曜日に行く予定だったのですが、その日の朝ちょっとしたトラブルがあり旅行中止、この日にずれ込みました。スタートは徳山08時08分発、新山口行533M。一路西を目指します。この日の533Mです。広セキC-02編成。両端2ドア、中間3ドアの変則編成です。新南陽駅到着直前見かけたEF65116です。今や貴重な国鉄色。新南陽08時12分発5092レの様ですね。瀬戸内海周防灘は今日も波静かに…新山口。マイテ492の姿が見えました。(ネットの情報によるとこの日DD511193と共にEF6647にエスコートされ返却回送の途についた由)新山口からは09時15分発下関行3547Mに乗換えです。嬉しい事に117系正調編成(広セキC-103)でした。厚東川沿いに。穏やかな川面が目に優しい区間です。1時間あまり乗車した後新下関で下車します。新下関を発車して行く3547Mです。何で徳山まで来てくれないのでしょう?>117系。ここで下車したのは理由があります。ここから快速「みすず潮彩」号に乗換える為です。今回は写真を撮れなかったので、過日紹介した写真の再掲で失礼しますm(_ _)m生憎指定席は取れなかったので自由席車に乗車。何とか海の見える側の席は確保できました。発車時刻となりましていざ出発。新下関と言えば!訓練用の教材として残る0系。残念ながら既に車籍はないとのことです。幡生。元「銀河」用のオロネ24でしょうか?天に召されていきます。何度見ても胸が痛む光景です。新型ブルトレとして登場したのがついこの前のような気がしていましたがあれから30年以上の年月が経っているのですね。当時の生意気盛りは中年街道から壮年・老年街道へ入りかけています。おや?アレに見えるは…?今「其の筋」で熱い注目を集めるEF651038でした。列車は下関に到着しました。多少停車時間があるのでホーム売店で駅弁を求めます。10時36分、列車は進行方向を変えて発車しました。幡生より山陰本線に入ります。以下 次号(笑)
2008年09月09日
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はい、タイトルどおりです。またこのネタです。(全く全く飽きもせず…でも好きなんです寝台特急。理由なんてありません)例によって櫛ヶ浜~徳山間、徳山駅場内信号機の辺りです。時間にして数分遅れていたようです。そのせいか速めのペースで駆け抜けて行きました。同列車の後追いカットです。最後尾はスハネフ146でした。この日の発言で触れました、9月1日東京発の「はやぶさ」編成が、本日の「富士」編成でした。夏休みも終わり多少は落ち着いて来たようですが…まだまだ根強い人気も需要もある夜行列車。存続を願うばかりです。
2008年09月08日
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はい、例によって例の如く今回もこのネタです。今回の対象はこの日のものですが、フォトアルバム容量捻出の為当日UPした複数の画像のうち、極端にファイルサイズの大きいもののみ差し替えます。街中に「カニを踏まないように」との注意喚起をする看板があったことに触発されて作成したものです。手違いでファイルサイズが大きなものがUPされてしまっていたものを今回差し替えます。
2008年09月07日
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はい、また今回も例によって例の如くこのネタで恐縮至極m(_ _)m今回の対象はまたまた過去のものですがこの日のものです。初代修学旅行用車155系を擬人化したものです。やはり今見ると粗だらけでお恥ずかしい限り、汗顔の至りです。
2008年09月06日
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はい、例によって例の如くこのネタですm(_ _)m今回の対象は随分と以前のものですがこの日のものです。今から見返すと粗ばっかり目立ちお恥ずかしい限りです。貴婦人と称されるC57を擬人化してみました。実際には優雅な立ち居振る舞いも確かに見せますが、時には猛女、烈女といった形相を見せることもあります(山口線でしばしば見かけます)。中々芯の強い女性のようです(爆)
2008年09月05日
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病院で診察・投薬を受けます。一頃よりかなり症状も落ち着いてきた事でもあり、少し薬の量を減らすことになりました。ま、根性すえて向き合わないとならない厄介な病気ですから、焦らないのが一番です(^^);病院を辞し、帰路に着きます。今回も復路は貧乏「鉄」の強い味方青春18キップです。列車密度も高く車種も豊富な鹿児島本線福岡都市圏、全く飽きる暇もありません(^^);百花繚乱のJR世代車輛達。JR世代に伍して国鉄組も頑張っています(^^);811系のトップナンバーでした。EF81403の上り貨物列車です。この後再び出会いました。車窓より…うげ!何じゃこりゃ!!!???(一体全体…何処の悪ガキかしら?全くセンスも技術もかけらも無い。悪趣味にも保土ヶ谷バイパスです)スペースワールド駅で出会った883系です。再び出会ったEF81403の貨物列車です。小倉~門司間で先程のEF81403牽引の貨物列車に三度出会いました。下関から先は…打って変わって国鉄型オンリーの世界です(^^);広セキC-35編成。この後徳山までこの編成のお世話になりました。この項終わり。
2008年09月04日
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さて、カマも、車掌さんも交代した1レは関門トンネルを潜り九州に渡り門司駅に到着します。編成から離れ、後位のパンタを下ろし、誘導員氏に導かれ帰区するEF81410です。お疲れ様でした。代わりにやって来たのはED7690でした。この先41レ「はやぶさ」のエスコート役を務めます。カマの交換が終わり、編成の分離も終わり、時刻は8時59分になりました。41レ発車…したのですがすぐに急停車。一瞬緊張が走ります。ドアが再び開く音がしました。(某巨大BBSによるとどうやら一連の作業を見学していて乗り遅れた乗客がいた由。おいおい…)(^^);かくして3分遅延で発車します。例によって小倉駅で下車。走り去る41レ。この後例によって3010Mソニック10号で追いかけます。福間駅にて。以前は883系だった3010Mソニック10号ですがこの日は885系でした。最後尾6号車にいたおかげで、こういうカットが撮れました。(乗務員室の車掌さん達、お気遣い有難う御座います)香椎駅を発車して行く3010Mソニック10号です。香椎で41レを待避する3191Mが到着します。門司港行き150Mが発車します。入れ替わるように41レが姿を現しました。門司発車時の3分遅れは無事取り返せたようです。41レの後追いカット。最後尾はスハネフ146でした。博多まで後10分を切りました。車内では接続案内の放送が流れている頃でしょう。以下 次号(笑)
2008年09月03日
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宿題(?)も終わらないまま9月になりました。やっとあちぃ月が終わったと思ったら苦月です(^^);さて、投薬を受けていた薬が先週切れてしまいました。本来なら先月26日に行くべきだったのですが諸般の事情でその日は行けませんでした。もっとも、行く予定にしていたとしても、結局1レ「はやぶさ・富士」の運休のとばっちりを受けて通院どころではなかったかも知れません。自宅最寄のバス停から徳山駅までバスで出て、窓口で切符を購入。「はやぶさ」の立ち席特急券と言ったのにしかし、窓口嬢の発券してくれたのは「富士」。「違う!富士じゃない。はやぶさだってばぁ!でないと小倉の乗換え出来ないんだよぉ!」(実際には努めて冷静に異議申し立てしましたが…何分にも先客の発券に手間取っていて時間が迫っていたものですから…)何故か「はやぶさ」を頼んでも「富士」で発券されてしまうことが多いのです。もしかして嫌われてるの?即座に訂正してもらい、「兵糧」を確保してホームに入ります。1番ホームには山陽本線白市行き1534Mが、3番ホームには岩徳線岩国行き2226Dが、1レを迎えます。1レが到着しました。今朝のエスコート役はEF6651。有難いことに定時です前回まるで全盛期のような満員御礼立ちっ放しだったので今回も一抹の不安がよぎりましたが幸い5号車に未使用区画があり無事着席できました。空模様も一抹の不安が…雨降らなきゃいいのですが…(^^);富海駅通過時に擦れ違った臨単8470レは国鉄色のEF65116でした。一瞬タイムスリップした気分です(^^);列車は快調に走ります。沿線には平日朝にも関わらず「ご同業」の姿もちらほら。それは良いのですが…本由良駅通過時、「オノアサ」通過時、随分と長い警笛が鳴りました。まさか?またどこぞの「馬鹿者」が線路に近付き過ぎた?本由良は確認取れませんでしたが、「オノアサ」では、2人いた「撮り鉄」のうち1人が殆ど上り線の軌道内侵入状態でした。ちょっとちょっと!あんたねぇ!(以下絶句)(写真撮って晒せば良かった?NO!それはリンチです。)「鉄」の対象はあくまで社会の公器。その安全正確な運行を妨げてはなりません。往来妨害は「鉄」最大の罪です。まして蝕車事故など惹き起こしたら?「鉄」最大の恥です。厚狭駅。美祢線722Dの到着です。タキ1100です。この車番の書き方からすると?JRになってから登場したクルマでしょうか?新下関駅。0系訓練車です。まだ車籍はあるのでしょうか?幡生工場改め下関車輛センター。頭では判っていてもこの光景は…胸が締め付けられます。(壊してしまうぐらいなら頂戴!)鉄道貨物輸送がまだまだ需要の高かった時代の生き証人EF65103。今日はここにいました。下関駅到着。拡声器を持つ係員氏はホーム端で白線からはみ出す「ギャラリー」への注意喚起中です。ホームでは白線からはみ出さないってのは常識中の常識のはずですが…(しかもこれからカマが其処を通るというのに…)1号車スハネフ1412です。本州内ではカマの後ろに隠れて見えない「はやぶさ」のバックサインが顔を出します。今日の「海峡の渡し守」はEF81410でした。以下 次号(笑)
2008年09月02日
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はい、今回もこういうネタです。本当に是ではいずれ過去画像は順番に削除していかないとならなくなりそうです。とはいえ、画像無しではブログ内容が寂しくなります。難しいところです。今回の対象はこの日のものです。但し今回は趣向を変え、前回の絵を少々リメイクしました。といっても、元は紙に手描きした元絵をスキャンしたものをそのままUPしていたのですが、その絵を画像処理ソフトで少々加工したものとの差し替えです。勿論どんな絵でもUPする時は一所懸命誠心誠意描いているのですが後日後年見返すと粗ばっかり目立ち情けなくなります。ついつい手直し入れたくなってしまいまして…(もっとも手直ししたら却って悲惨になったかしら?)(^^);本当に絵を描くのは難しいですね…
2008年09月01日
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