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この日の発言の最後に以下 次号(笑)などと記載しておきながら、続編をUPするまで随分とタイムラグが生じてしまいました。いえ、別にサボっていたわけでも、画像が用意できなかったわけでもありません。実は…パソコンのハードディスクがクラッシュしてしまったのです(号泣)パソコンのハードディスクと言うものは時にクラッシュしてしまうもの…そういう認識自体はありました。ありましたがしかし…正直油断もありました。まさかここで、このタイミングで発生するとは…まさしく顔面蒼白目の前真っ暗…幸いにして、仕事で使う大切なエクセルファイルはフラッシュメモリに入れてあったのでこれだけは無事でしたが、後のデータは?殊に本年8月3日以降に撮影した写真は全てHDDにしか残っていなかったので呆然自失モードでした。(8月1日までは銀塩カメラを使っていたのでネガフィルムもプリントも残っていますし多くのカットはCD-Rにも入れてありますから大概何とかなります。しかしデジカメ撮影のカットはメモリーカードからPCへ移し変えてあり、まだバックアップデータは取っていませんでした…)なす術もなく取り急ぎ自宅から徒歩数分のショップに相談します。すると?HDD交換には3万円かかるとの事。それでもイチから買い直すよりはまだ安くつきますので取敢えず修理を依頼しました。翌日ショップより電話がありました。HDDのデータが無事救えるとのこと。1も2もなくお願いしました。一安心です
2008年10月31日
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さて、広島港まで来て見ましたが、特に何処へ行くというアテがあるわけでもありません。とはいえ、そのまま引き返すのも芸がありません。ふと見ると?次の1号線の車輛は5100型グリーンムーバMAX。1も2もなく、このクルマに乗車しました。前日掲載カットの再掲で恐縮です。程なく擦れ違った3000型3006号です。公式サイトによれば、この3000型は元西鉄北九州市内線を走っていた車輛である由。西鉄北九州市内線もまた、ガキの頃、そしてまだ若造だった頃利用した事があります。そういえばこの3000型って、かつては宮島線直通運用に用いられしばしば山陽本線からも並走する姿が見られたものでしたが、現在では市内線運用に就いているとの事です。その3000型と、踵を接するが如くに続行でやって来たのが3700型3701号です。新世代LRVです。歴史を重ねた古豪が活躍する一方、新世代のクルマもいる…広電の真骨頂でしょうか?いえ、1人広島電鉄さんだけの努力では此処まで充実した軌道交通としては機能していなかったことでしょう。路面電車を活かした街づくり、基幹公共交通・都市インフラとして位置づけた行政の判断、路面電車を優先した道路交通政策に協力する警察・公安委員、そして何より肝心なのは、広島市民各位の理解・協力・支援。軌道敷に割り込んだり、右左折で軌道敷を塞ぐような「お行儀の悪い」自動車は殆ど見られません。断言しても良い!路面電車は人に優しい乗ってて楽しい交通機関です!5107号車内、運転席上部の天井にこのような表記がありました。(画面右下無粋に塗り潰した部分がありますがこれは運転士氏のネームプレートが入っている場所で、個人情報保護の観点から敢えて画像処理で塗り潰しました。)ちっとも退屈しないうちに、電車は無事終点広島駅前に到着しました。正直もう降りねばならないと言うのが寂しいほどです。さて、広島駅で山陽本線下り方面の発車時刻を確認すると…?先発・次発・次々発までが岩国どまり。岩国以西徳山まで直通する列車は30分以上来ないと判り呆然(^^);(岩国どまりで先行してもその先の接続が無く結局一緒)駅構内売店で色々ウィンドーショッピング。もみじ饅頭だけ購入しました。但し、あんこ入りではなくカスタードクリーム入りのものです。早速翌日からコーヒーブレイクの友はしばらくこのお菓子でした。え?味ですか?勿論美味でしたよ。
2008年10月30日
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さて…この日の発言でも多少触れましたが、イベント会場を辞したあと、時間もあったことですから広島市の中心街に行くことにしました。一旦広島駅まで芸備線で移動。駅前から特に当ても無くたまたま停車中の路面電車に乗りました。元京都市電の1900型電車。車内は空いていたので無事着席できました。皆実線経由の広島港行。5号線です。発車してすぐ、信号待ちのタイミングを利用して1日乗車券を運転士氏に求めますが、車内での発売はないとのこと。これは残念でした。とはいえ、全区間均一150円ですから、とりあえず終点まで乗ってみることにしました。因みに、後日御本職であられるまろねふ様より、販売箇所に関してご教示を賜りました。それによると連接車の車掌広島駅周辺では、電車のりばにある案内所、新幹線口2階にある“おもちゃ屋”とのことです。またこの次行く機会があれば是非利用したいものです。車内から撮影した対向電車です。これは元京都市電1900型1901号です。画面左は先行電車グリーンムーバーマックス5100型5110号、右は元大阪市電750型762号です。広島港駅で発車を待つ800型810号と、グリーンムーバーマックス5100型5107号です。広島電鉄は車種のヴァラエティが豊富で、見るのも乗るのも飽きることはありません。でもそれは?裏を返せば多種多様な車種にあわせた交換部品の手配、運転・メンテナンスの手順の違いをスタッフ諸氏が熟知しなければならない事の証です。改良された最新型と、現在では寧ろ非効率となった仕様の旧世代車と同居している分、関係各位のご苦労は察するに余りありますね。以下 次号(笑)
2008年10月29日
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会場(実際には車両基地)を更に奥に進みます。見ると教材でしょうか?カマのカットボディがありました。セノハチのシェルパだったEF5916です。EF614のカットボディ背面です。蒸気暖房発生装置SG1Bが見えます。(前面からも撮影したのですが、家族連れの記念撮影風景が写り込んでしまったのでここでの紹介は自粛します)更に進むとおや?あれに見えるは!忘れもしません。1974(昭和49)年の8月下旬、夏休みも残り少なくなったこの時、開館してまだ間もない梅小路蒸気機関車館の見学のため親にせがんで連れて行ってもらった際の往路に乗った夜行急行上り「日南1号」京都行。そのエスコートを務めたのがこのカマ、EF58113号機でした。米原区にあってワイパーカバーを装備し20系牽引用の「P型」改造を受け連結器周りのホース類が増えたものの最期まで原型小窓は崩さず、器量良しと評判の良かった113号機、それ以前に実際に世話になった事のあるカマが、たとえ今は「富裕階級の屋敷の壁に飾られた剥製」同然の、首だけの姿とはいえ、在姿で残っているのは嬉しい事です。教材と言うよりも、鉄道記念物の扱いなのでしょうか?D52の1号機です。D52も懐かしいカマです。幼い頃の、まだ物心つくかつかないかのうちに見たのは山陽本線を行き来する蒸機達。それもC62・D52・C59…最大級の面々でした。(それ故小学校高学年になるまで、D51を中型蒸機と思っていました)(爆)山陽本線広島~新山口(当時は小郡)間は、海沿いを行くくせにセノハチや船坂峠といった山岳区間に比べてはるかにトンネル数が多く20ヶ所以上あります。そのせいでしょうか?山陽本線の電化がこの区間だけ遅れてしまいました。もっともそのおかげで私も大型蒸機達の雄姿を微かながらも実見し、その牽引する列車を体験できました。この時は知る由もなかったのですが、このイベント、ネット上で何かとお世話になっている方々が複数訪問されていたのですね。そうと知っていればミニオフも出来たのですが…(^^);またいずれ機会のあることを願い、祈ります。本当はまだまだ色々と楽しみたかったのですが、同行した老母の体調(疲労具合)も考慮し、11時30分頃会場を辞し、矢賀駅近くのとんかつレストランへ入りました。(実は付近のレストランは何処も激混み順番待ち行列状態。唯一この店では腰を下ろして待つことが出来る=簡易ながら椅子アリ=環境でしたので、ここで順番を待つことにしました)。定食メニューはごはん・キャベツ・みそ汁はお替り自由との事でした。若い頃は大喜びでライスやキャベツのお替りを頼んでいたのですが、流石に近年は食が細くなったのか?出された量を食べるだけで精一杯でした。折角広島まで来たのですからこれで帰宅するのも面白くありません。まだ半日あります。午後は街中に出てみることにしました。再び矢賀駅から芸備線で一駅広島へ。駅前から路面電車に乗ります。でも結局、広島港まで行って折り返して来てはい終わり。広島駅16時00分発の下関行5361M(徳山からは3361M)で帰途につきます。幸い広島駅発車時に無事座れました。広島駅1番ホームに到着した5361M、広セキN-20編成です。115系3000番台の転換シートは座面も背もたれも柔らかく、掛け心地も上々です(ホンネを言えば中間のM車なら更にエアサスなのでもっと良かったのですが…)。2時間弱の乗車時間でしたが、老母も退屈することなく無事徳山到着。市内の和食処で夕餉を摂り、帰宅しました。この項終わり。
2008年10月28日
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さて、徳山を定時に発車したひかり☆レールスター450号は快調に飛ばします。席に落ち着いたと思う間もなく、僅か24分後9時49分に広島到着。まだ乗っていたいよぉ~(殴)。乗換え改札を抜け、芸備線発着の9番ホームに向かいます。10時00分発快速「みよしライナー」が発車を待っていました。車内には一目でそれと判る(笑)御同業各位の姿が大勢ありましたが、はて?快速?矢賀駅停まるのかな?一抹の不安がよぎりましたので、先頭キハ47の乗務員室扉の窓をノックします。ワンマン運転の運転士氏に訊ねると?矢賀駅停車との事。安心して乗車します。立ち席客が大勢いる混み具合でしたが、幸いボックス席に空いたところがあり、老母だけは座らせることができました。当初乗車予定だった5340Mが9時59分に広セキN-04編成で到着しましたが、乗換え客を殆ど待たずに5856Dみよしライナーは10時丁度に発車しました。(同じホームの反対側なら1分接続も不可能ではありませんが、階段昇って本線側線計3線越えてまた降りて…1分間でこれを出来たら奇跡です(^^);陸上競技の大会で好成績をあげられます(^^);乗ったと思えば程なく到着しました。距離にして2.2キロ、所要時間も5分弱です。矢賀駅の改札口を抜け、さて、イベント会場は?心配は無用でした。皆さんぞろぞろ歩いて行く方向について行けばまず間違いないでしょう。おや?あれに見えるは?家電量販店!駅の売店では手に入らなかったSDカードも此処ならまず間違いなく手に入るはず。10時を回っていることでもあり、日曜日ですからまさか定休日と言うことも無さそうでしたのでこの店に立寄ります。丁度セールで2ギガサイズで1,500円のものがあったので迷わず購入しました。これで一安心です。会場入口すぐのところに鎮座ましましていたEF65PF姉妹。伝統の「フォーマルドレス」を纏い、小粋な「アクセサリー」を付けたその姿はとってもフォトジェニックです。この姿は陽光の元にも、月明かりや水銀灯の明かりにも、またそぼ降る雨の日にも、とても輝いています。EF6557号機です。この色、賛否両論はありましょうが、幼い頃この色のEF60を見た記憶のあるものとしては、そのEF604次形と瓜二つのEF65基本番台のこの姿は違和感無く受け容れられます。JR貨物更新塗装になっていたEF661は、原色に戻されていました。もっとも、前面の造作が戻されていないので違和感を拭いきれません(^^);この奥にはEF5921などもあり、撮影したかったのですが、降雨・人だかりそして足腰の弱い老婆連れと3拍子揃っていてはそうそう思い通りの行動も取れません…建屋内部では、電機の車体をクレーンで吊り上げて移動させていました。今回の「ワイヤーアクションスター」はEF6637でした。動輪を外した台車枠もそこにありましたが、側で見ると随分と大きいものですね。別の場所にはEF65用のDT115系台車もありました。ふと見ると?脚を外されたEF671の姿が…するとこの台車はEF671のもの?(EF67も元はEF65。台車は同じですよね?)楽しそうなモーターカーが走っていました。短距離を行ったり来たりですが、大勢が順番待ちをしていました。子供達は言うに及ばず、大人達も皆笑顔。子供にせがまれた親御さんもいたでしょうが、中にはきっと、子供をダシにして自分が来たかったお父さんもいたに違いありません(爆)。こういうイベントにはお約束の模擬店では、綿飴やたこ焼き・焼きそば等の軽食類も売られていました。香ばしい香りが楽しさもかもし出すと共に、胃袋も刺激します(^^);車両部品などの「お宝」即売会もありましたが、「軍資金」に事欠く上、老母も一緒でしかも移動手段がクルマではないので今回は諦めました(支援の為何か買ってあげるべきだったでしょうか?)いささか冗長になりそうですので今日のところはこの辺でm(_ _)m以下 次号(笑)
2008年10月27日
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10月26日、こういうイベントが開催されました。長く仕事の都合でこの手のイベントには無縁でしたが、今回は26日は休日と重なりましたので、出かけることにしました。1人で行くのも気兼ねでもあり、老母を引っ張り出します(^^);「こねぇなイベントがあるんじゃが、どうかね。行ってみんかね。」「そいじゃあ行ってみるかのぉ。で、何時に出るんかね?」「駐車場がないそうじゃけぇクルマじゃ行けん。徳山駅朝8時11分の白市行で…」「鈍行で行くんか?そりゃあやれん。新幹線にしよういね」かくして、当初予定の徳山→5340M→広島→3832D→矢賀は変更を余儀なくされました。自宅最寄のバス停を8時30分過ぎのバスで徳山駅へ。駅前に着いたのは8時40分頃でした。そういえば…確か広島往復には土休日限定の割安キップがあったはず…そう思ってみどりの窓口の窓口嬢に問い合わせます。「あぁ、ありゃあ前の日までに言うてじゃないと売れんちゃ」なんと!当日売りはなしとのこと。残念でした…仕方なく普通に矢賀までの乗車券と広島までの自由席特急券を2人分購入します。改札口で入鋏(って、今は日付けスタンプですが)を受けようとして時計を確認すると8時44分!こだま634号岡山行はもう発車の頃合です。徳山駅在来線口の改札口は山陽本線上り1番ホームに面していて、新幹線上り東京方面行きの発車する6番ホームへは階段を昇って跨線橋を渡り更に新幹線乗換え口を抜けてもう1度階段やエスカレーター・エレベータを利用していく必要があります。時刻表上の乗換え標準時間は5分。まして今回は足腰も衰えた齢75の老母が一緒です。とてもじゃないですが間に合いません。仕方ないので9時25分発のひかり☆レールスター450号を待つことにして、入場をしばらく待ちます。今のうちに片付けられる用事を済ませ、時間も頃合になって来ましたのでホームに入ります。丁度対向7番ホームに9時25分発のこだま629号が入って来ました。今注目の0系編成です。これは是非写真を撮ろう!おもむろにカメラを取り出し電源オン。その時!大変な事が判明しました。なんと!フィルム…もとい!メモリーカードが入っていなかったのです。そうでした。前日は山口線徳佐~船平山間へ撮り鉄に赴き、その写真を編集する為SDカードをパソコンに挿し込んだままでした。この私としたことが…痛恨のミスです「こだま629号」はここ徳山で後続の「のぞみ59号」を待避します。「のぞみ59号」はN700系編成。そう、東海道・山陽新幹線の最新鋭と最古参が顔を並べるのです。絶好のシャッターチャンスだったのですが…指を咥えて見送る羽目になりました。そして到着したひかり☆レールスター450号、以前利用しようとしたら混雑振りに恐れをなして乗車を諦めたことがありましたが、幸いこのひかり☆レールスター450号は小倉発車後新下関・厚狭・新山口いずれも通過するせいか?自由席車も空いていて難なく着席できました。車窓右手に石油コンビナートの巨大プラントを見つつ、いざ発車。以下 次号(笑)
2008年10月26日
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はい、タイトルどおりです。ついこの前、この日も行ったばかりの場所ですが、再び出かけました。ここは自宅からクルマで1時間あまり。アクセスが容易なこともありついつい足が向いてしまうんです。25日は自宅を11時過ぎに出発しました。三田川交差点から国道315号線を道なりに進めば阿東町徳佐へ抜けられます。途中急坂の峠もあるにはありますが、信号も交通量も少なく、速度制限も殆ど無いので走りやすいのです。現地には12時過ぎに到着しました。「ご同業」の姿も比較的少なく撮影ポイントの選択にも苦労はありません。そこにいた先客に一言断り、その方の邪魔にならないことを確認してカメラを構えます。徳佐駅で9521レSL「やまぐち」号と交換する山口行き2546Dです。この日はキハ402001でした。刈入れの終わった田んぼの間を長閑に走って行きます。沿線でカメラを構えるより、やっぱりこの日のような穏やかなお天気の日には、列車に揺られてのんびりしたいものですね(^^);やがて汽笛が聞こえて来ました。木立の向こうに真っ白い煙が立ち昇りS字カーブの向こうから列車が姿を現しました。花道を行く看板女優の風情です。自らの「吐息」でススキの穂を揺らしつつ、決めポーズを決めるC571。オン年70歳をゆうに越えながら尚放つこの色気・艶やかさ(爆)。ノックアウトされました(おひ!)衰えを知らない脚線美。「鉄路の大女優」は今日も名演技を魅せてくれます。ギャラリーに見送られ、ラストスパート!この先の県境を越えれば津和野はすぐです。デッキには楽しそうな親子連れの姿がありました。もしかして子供たち以上にお父さんの方がはしゃいでいたりして(^^)さて、次はいつ出撃しようかしら?(って、また来るんかい!>オレ)(爆)
2008年10月25日
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この日の発言の続きです。遠路(?)はるばる訪ねた鞆の浦でしたが事前リサーチ不足もあって堪能できずに終わってしまいました。帰路ふと気がつくと、しまなみ海道を行けば耕三寺が程近いことが判り、折角だから立寄ってみようということになりました。耕三寺 かねてよりその名前は聞き及んでいましたが、実はこの日になるまでこの名刹がこの生口島にあるとは知りませんでした(てっきり芸備線か福塩線沿線界隈だとばっかり思っていました)。国道2号線を西進、しまなみ海道へ入ります。本四架橋尾道~今治ルートを構成する高速道路ですが、対面交通だったとは知りませんでした。生口島で橋を降ります。しばらく海岸沿いを走ります。島とはいえ思いのほか面積があり民家や事業所も多々あって中々賑やかですが、目指す耕三寺までは意外と距離がありました。到着したのはもう日も翳り始めた夕刻。決して安いとはいえない拝観料もあって、境内に入って見学することは断念しました。耕三寺と門前町の様子です。帰路撮影しました。生口橋です。このあとは帰路に着きました。往路は山陽自動車道を利用しましたが復路は国道2号線をそのまま進みました。セノハチ区間では何時の日か撮り鉄する時の為ロケハンをしたかったのですが…既に日は落ち夜の帳に包まれていてそれは叶いませんでした。とはいえ、EF66-100のエスコートする貨物列車(しかし最後尾にEF67がいたか否かは確認できませんでした)や115系の普通電車などが走る姿は確認できました。何時の日か機会があれば撮り鉄もしてみたいものです。広島市内から合流したバイパス沿いにあったパーキングエリアで19時過ぎに夕食を摂り、帰宅したのは21時30分前でした。
2008年10月20日
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今更になりますが…この日思い立ってお出かけしました。目的地は今話題の鞆の浦です。自分1人で行くのなら迷わず鉄路利用ですが、足腰も衰えた老母も同行させるとなると、階段昇降を伴う公共交通利用は躊躇せざるを得ず、クルマ利用です。山陽自動車道徳山東インターから一路東へ。福山東インターで一般道路へ降ります。ここまでの所要時間は概ね3時間でした。そのあと一般道路を走ること30分、途中から道が狭く制限速度も時速40キロになり、そろそろ行程に不安が生じる頃ようやく到着です。この光景を見たかった!それが直接の動機でした。しかし…その願いは叶わずに終わりました現地に着いていざ、その医王寺なる古刹を訪ねようと思ったのですが、集落内の道の狭さは想像を絶するものでした。5ナンバー車同士でも擦れ違おうと思うと一苦労(哀しい事に対向車をよけようとして左前フェンダータイヤハウス縁部分を擦ってしまいました。傷が然程目立たない微細なものだったのがせめてもの救いです)。なるほど、景観保護か交通改善か?で地元を二分する議論が起こるわけです。事前の下調べが不十分だったのが災いし医王寺への分かれ道の場所がわからず何時の間にか集落を抜けていました。時刻はそろそろ午後1時、いい加減腹が減った!と老母が訴えますがさて、どこぞに美味しい魚料理でも食べさせてくれるお店は…?ってこれがまた判り辛くあちこちきょろきょろ。なまじ景観保護のためか?建物の構えが民家も商家も似たようなスタイル。それらしい雰囲気の店があってもクルマを停めて確認するにはあまりに狭い道幅がネックとなります。そのうち老母が癇癪を起こし仕方なく鞆の浦滞在45分程で今来たこの道帰りゃんせ(^^);(息苦しい田舎暮らしの長い老母は田舎の古い街並風情が売り物の観光地は必ずしも得意ではなく、老母にとって鞆の浦は「ハズレ」でした。因みに私にとっては再度じっくり訪ねてみたいと感じる場所です)再び戻った福山市内の回転寿司屋で少し遅めのランチタイム。午後1時30分を過ぎましたがまだ順番待ちの客が数組いました。順番が来て席について、回ってきた寿司を一口…おぉ!これは美味い\(^o^)/~おかげさまで老母の機嫌も治りました。一安心です。折角福山市に来たのですからバラ園に立寄ります。意外とそんなに大きな公園ではなく、またバラとしてはシーズンオフで咲いている花も少なかったのですが、老母お気に入りのバラの鉢が手に入ったのは収穫でした。画像無しでは寂しいので、鞆の浦の写真を紹介します。いずれ機会を改め再訪することとしましょうか?
2008年10月19日
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はい、またしてもこのネタで恐縮至極m(_ _)m今回の対象はこの日のものです。2005(平成17)年の12月だったかと思います。ホリデーパスを利用して奥多摩に出かけた際に撮影した青梅線の201系電車です。長く中央線系統の「顔」でしたが現在はE233系にバトンを渡して間もなく勇退する由。もっとも、JR西日本管内ではまだまだ元気な姿が見られます。
2008年10月18日
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病院に着いたのは10時過ぎ。最近膝を痛めているので素直にタクシーを利用しました(でもタクシー代も改定されたのでしょうか?前回950円だったものが今回は1,000円かかりました)おそらく11時ごろには診察も終わるからもしかしたら遅れている41レの「撮り鉄」が出来るかな?…と密かに期待していたのですがこの日は連休明けで外来患者が多く、順番待ちで結構な時間を食ってしまい、診察・投薬・支払いが終わって病院を辞したのは正午頃でした。もう流石に41レ「はやぶさ」は通過している頃合です。香椎駅12時34分発快速門司港行4122Mに乗車。帰路につきます。当初は博多まで戻って0系「こだま」でも利用しようか?とも思っていたのですが、上りは夕方まで来ないのでこれは諦めました。11月までに1度位は機会を得たいものです(たとえ徳山~新山口間だけであっても)。13時08分着の折尾で途中下車。目的は?勿論ここの販売するかしわめし弁当。日本全国名品と称される駅弁は多々ありますが、ここのかしわめしはその中でも屈指の存在です。これを無視して素通りは出来ません(爆)。けっして華美でもおかずが豪華なわけでもありませんが、絶妙な味付けの炊き込みご飯が美味しく、何度食べても飽きません。今回も2つ買い求めました。(老母の分と合わせて今夜の晩御飯です)(^^);折尾駅13時20分発各駅停車門司港行158Mで門司へ。門司で14時03分発下関行5548Mに乗換えです。(以前は鹿児島本線~山陽本線直通列車も多々あったのですが、今や皆無も同然の状況。博多方面と山陽線方面は乗換えを余儀なくされてしまいます。)門司駅から乗換えた5548M先頭クハ411のドアにこんなステッカーがありました↓(車内で姿勢を低くしてフラッシュ撮影などするとあらぬ疑いをかけられかねないので少々見苦しいアングルで恐縮至極であります)わざわざこんな注意書があると言うことは?ジベタリアンが少なくないということでしょうか?ま、我々もかつて散々言われた台詞であり今更此処で「今時の若いモンは…」などと上から目線でほざくつもりはありません。ありませんが…(^^);しかし、畳の上ならともかく、不特定多数が土足で歩く場所によく平気で座れるなぁ?それとも、それでもへたり込んでしまわないとならない程疲労困憊しているの?おぢさんには少々不思議であります(^^);下関駅では乗換えの広行684Mの発車時刻まで多少時間がありましたので、ホームのスタンドでうどんを賞味し腹ごしらえの足しにします。塩味ベースの薄味のだし汁が美味で、全国的にも名が通っている由。かつては雁行する長距離列車、特に客レはカマの交換もあって停車時間が長く、多くの旅人がここのうどんで腹ごしらえし、旅の無聊を慰めたものでした。来年春「はやぶさ・富士」が廃止されてしまうとこの駅に発着する長距離優等客車列車はなくなり、この駅でうどんを食べられる時間停車する列車がなくなってしまいます。時代の流れ?でも、なんだかなぁ~…割り切れないものが残ります。うどん1杯では多少物足りなくもあり、駅売店で幕の内弁当を購入します。9番ホームに入線して来た684Mは有難いことに115系3000番台のN-03編成でした。この地区を走る115系の中では一番居住性の良いクルマです。防府駅発車後車窓左手に見えた大平山ロープウエーです。元はと言えば、山頂のテレビ塔を建設する際の人員・資材輸送及び完成後の職員輸送を目的に建造され、現在では山頂付近の展望台への観光客輸送にも活用されていますが、今では山頂までの道路が整備されてしまいクルマで登頂出来るとあって、その収支は厳しいと聞きました。かく申す私も前回乗ったのは30年前の高校時代が最後ですから…(長く地元を離れていたせいもあります)この大平山登頂は、地元の小中高校には手頃な遠足コースで何度か徒歩でも登ったものです。それは10代のまだガキ・若造だった頃なればこそ出来た事。メタボも気になるくたびれた中年おやぢには果たして同じ芸当が出来るか?残念ながらとても「Yes」と答える自信はありません。徳山には16時23分、定刻に到着しました。この項終わり。
2008年10月17日
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4番ホームで1レを見送ったあと7番ホーム(新幹線下り博多方面)に移動します。折りしも丁度同駅08時02分発ひかりレールスター443号が入線して来ました。この日はE8編成でした。この列車で行っても良かったのですが見るとホームの自由席車乗車口は既に長蛇の列。車内を見ると結構席が埋まっています。これは立ち席の危険も有り得ます。後続のこだま623号でも十分間に合うことでもあり、ひかりレールスター443号は見送りました。程なくこだま623号が到着します。100系6連、K55編成でした。思ったとおりでこの列車は空いていました。こだま運用に就く100系は2-2シートでゆったりしていて、ちょっとしたグリーン車気分です(^^);08時07分、こだま623号は徳山駅を発車しました。そういえば、徳山駅から下り新幹線に乗るなんて何年振りでしょうか?おそらく前回は20年以上前。最後に此処を新幹線で通ったのも11年前!の1997(平成9)年です。(その時は100系X編成の食堂車体験がメインで、当該列車が徳山に停車しない為、小郡=当時の呼称=まで乗車しました。この区間を新幹線で体験したのはそれ以来のこと。新山口以西となると更に前。おそらく昭和の時代以来のことです。)車内に落ち着いたところで腹ごしらえ。今朝ほど買った駅弁の蓋を開けます。お値段550円也。ついこの前まで530円でしたが、諸物価高騰の折、多少の値上げは仕方の無い事でしょうか?中身はオーソドックスな幕の内弁当です。取り立てて変わり映えはしませんが、幕の内弁当として必要最低限のエッセンスはちゃんと抑えてあります。何より御飯の分量が箱の半分あるのはボリュームもあり、濃い目の味付けのおかずをちゃんと受け止めてくれます。もし1レが所定ダイヤでやって来たら手に入らない弁当でした。(駅弁の販売店の開店時刻が午前07時00分。1レの徳山駅発車時刻が午前06時53分。タッチの差で間に合いません)(^^);新山口発車。側線に佇む115系広ヒロL編成の姿がありました。どうやら新山口どまりの529Mに充当された編成のようです。各駅停車。しかも途中の新下関駅では後続のひかりレールスター445号の通過待避が或るにも拘らず、時速220キロの威力はお見事!所定ダイヤで徳山を1レより1時間以上遅く発車したのに、小倉には1レより7分も早く到着します。(もっとも、1レの下関と門司での停車時間が結構大きなロスタイムではありますが…)小倉からは885系編成のソニック10号に乗換え香椎駅には09時55分、これは当初予定通りの時刻に到着です。でもやっぱり…1レに、ブルトレに乗りたかったぁあああああ!以下 次号(笑)
2008年10月16日
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7時48分、下関行531Mが発車して行きました。この地方都市と雖も、通勤通学需要は決して少ないとは申せません。高校生達は自分で自動車を運転して通学と言うわけには行かず、かと言って年齢的には取得も不可能ではない原動機付自転車・自動二輪車免許はしかし、学校側の意向もあってそう簡単にこれを取得し通学のアシとするわけにも行かず勢い公共交通機関に頼ることになります。また、通勤輸送にあっても鉄道を使う方が都合の良い人々も少なくありません。もっとも、鉄道通勤の最大のメリットは特に「左党」、「飲兵衛」諸氏にとって、「仕事帰りに赤提灯に寄って一杯やれる」ことにありましょう(笑)。(自動車・オートバイそして自転車であってもこれを通勤手段にしていてはアルコールを摂取したら帰宅できません。飲酒運転は天下のご法度。大罪です)531Mが発車して程なく、1レが到着しました。所定ダイヤより約1時間遅れての到着です。この日の発言で触れた、2レの編成の折り返しです。この前クモイ103様が甥御さんと一緒に乗車された編成で、是非利用したかったのですが、このままこの列車で行ったのではこの先も531Mの続行運転となり、とても病院の診察受付終了時間(午前11時30分)までに間に合いそうにありません。断腸の思いで見送ります。万感の思いをこめて今、汽笛を鳴らし…はしません。今時の列車は(^^);乗りたかった。乗りたかった…残念無念。未練がましく列車を見送り、新幹線ホームへと移動します。以下 次号(笑)
2008年10月15日
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本来なら2週間前には行っておくべきだったのですが、諸般の事情で延び延びになってしまっていました。え?何が?はい、鬱病治療の為の通院診察投薬です。前回貰った薬は切れてしまっていたのですが、生憎風邪を引いたり天候が不順だったりで行く機会を得られずにいました。丁度「鉄道の日」でもあるこの日何とか通院できる時間的都合が出来ましたので行くことにしました。出かけに少々トラブルがあり、駅に向かうバスに乗り遅れてしまい、急遽タクシーを手配、そのおかげで何とか6時40分には徳山駅に到着しました。1レの発車時刻は6時53分。切符を買う時間的余裕も十分あります。みどりの窓口で「はやぶさ」の立ち席特急券を求めたところ窓口嬢曰く…シカとぶつかったので40分送れて運転しているな!なんですとぉおおおおお?シカと左様ですかぁあああ?(尚、シカとぶつかったのは1レ「はやぶさ・富士」ではなく、先行の貨物列車だった由。1レはとばっちりで足止めを喰らったものです)さあ大変。これは困りました。弱りました。今の時点で40分遅れているとなると?この後更に遅れは拡大することはあっても縮まることはまずありません。このまま1レを待っていては病院の診療時間に間に合う可能性は残念ながら極めて低いと言わざるを得ません。正直迷いました。未練もありました。でも、背に腹は代えられません。断腸の思いで1レ利用は諦め、徳山~小倉間は新幹線利用に変更することにしました。さて、時刻表を見ると8時台の列車でも間に合うことが判りました。もしかしたら1レの到着を見届けることが出来る?一縷の望みをかけて、4番ホームに向かいます。1番ホームには白市行き538M(広島から5338M)が、3番ホームには到着した岩徳線2223Dが停車中でした。538Mはモハが2000番台、クハが3000番台の広セキC-02編成でした。続行の340Mです。こちらは広ヒロL-21編成でした。5番ホームに下りの貨物列車が到着しました。エスコートするのは更新カラーのEF651033です。531Mが到着しました。おそらく1レはこの531Mの「ケツ舐め」運転となるようです。かつては列車ダイヤが乱れた時には、寝台特急のような長距離優等列車は最優先で運転されたものでしたが、今日では逆に通勤通学列車の方が優先され、寝台特急は後回しにされてしまうのですね。通勤通学のアシを乱してはならないのは確かですが、長距離列車の乗客もそれなりに高い運賃料金を払っているのですからもう少し考慮が欲しいと思うのですが…今ではそれは贅沢な願いでしょうか?さて、少々お話も長くなりましたので以下 次号(笑)
2008年10月14日
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このところまた更新が遅れて恐縮至極m(_ _)m13日午後1時より、NHK-FM放送で12時間ぶっ続けの生放送「今日は一日鉄道三昧」なる番組がオンエアされていました。(実はこの日のブログタイトルはこの番組に影響された…と言うのはナイショです)(爆)芸能界では著名な「鉄」で知られる方々を中心に送られるこの番組の内容たるやそらもう…ただじゃ済まなかった…(^^);とは言うもののそこはNHK、やっぱ「堅気の衆」を無視は出来ずある程度はオブラードに包まれた部分はあったように思います。(いあ、私のような「骨の髄まで」染まった輩には物足りねーぞ!って感じる内容でも、世間様にはついていけない「濃い」内容だったのでしょうか?)(笑)ついこの前まで「変わり者」だの「気持ち悪い」だの偏見と迫害に怯えていた立場としてはこのところの「鉄道ブーム」には多少の胡散臭さを感じなくもないのですが、鉄道に関心を持つ人々の裾野が広がることは有難いことです。(とはいえこの世界、明文化されたものは勿論、暗黙のルールも各種厳然と存在し、それを破ると糾弾されます。否、糾弾されるだけならまだしも、ことと次第によっては人命に関わり、公共交通を乱し社会を混乱に陥れる大罪を犯すことになりかねません。それでもまっさらの素人さんなら、砂地に水が染み込むように吸収してくれる可能性もありますが、困るのがかつて「鉄」だった人でカムバックしてきたようなケース。ことに中高年世代だと、かつては許=黙認=されていたものの現在では「禁則事項」になっている事例を平然とやってしまうことが間々あり傍から見ていて背筋が凍ることもしばしばです。安全に関する世間の目がより厳しくなっているのですから自重しませんと…と己の行動も振り返っては自省自制…)折角世間様の目が結構鉄道に向いていると言うのに、肝心の鉄道界が、本来鉄道の特性が発揮できる分野で撤退が見られるのは残念なことです。東京~九州間今や最後の孤塁を守るはやぶさ・富士が来春廃止になるとか。マスメディアの報道に接しても、頭では理解しても感情面では未だに理解できない(理解したくない!認めたくない!)私です(^^);残念ながら今の寝台特急に全盛期のような魅力があるか?と問われると、如何に「鉄」の欲目で見ても「堅気の衆」を納得させ得る答えを用意できる自信はありません。料金・所要時間・居住性・付帯サービスetc.(それでも航空機や夜行バスより列車を指向してしまう私ではあります。何故そこまで?それは一言。好きだから。「鉄」だから。非合理と言われようが不条理と言われようがそれ以外にありません)利用低迷と言われる夜行寝台列車、その活性化のためにはいっそのこと思い切った積極策が必要ではないでしょうか?そこで…お帰りなさいませご主人(お嬢)さま列車ボーイならぬ列車メイド!乗車時にはメイドさんがお出迎え、下車時にはメイドさんがお見送り…なんてサービスがあったら或いはもっと利用客を呼び込めるかも?(でも酔客が絡んできたら?それ以前に一列車につき何人のメイドさんが必要なのか?拘束時間も長く深夜勤務の夜勤手当が必要になり人件費だけで利益分食い潰さないか?となると実現性は極めて低いですね…)所詮は秋の夜長の儚い夢物語でありました…
2008年10月13日
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まずはこのカットから…この日の朝撮影した1レの姿です。撮影場所は山陽自動車道富海パーキングエリアの展望台からです。この日は前夜人身事故があった影響とかで15~20分態度遅れてやって来ました。この撮影の為だけに徳山西インター~防府東インター間を利用、500円の出費でした。この後一旦帰宅し、今度は別の撮影ポイントへ向かいます。国道2号線の432キロ地点付近、山陽新幹線をオーバークロスする場所です。ターゲットは629Aこだま629号。0系編成です。長く東海道・山陽新幹線のエースとして、クィーンとして君臨してきた0系も、今や主役は元気な後輩達に譲り間もなく完全引退を迎える由。この日のこだま629号はR61編成でした。何故これまで見向きもしなかった新幹線を撮ったのか?いえ、見向きもしていなかったわけではないのですが中々撮る機会を得なかったのです。今回重い腰を上げたのは他でもありません。日頃お世話になっておりますクモイ103様がこの日九州へのご旅行でこの列車に乗られると伺ったことによります。ネット上ではお世話になっておりますもののご尊顔を拝する機会をこれまで得なかっただけに、この機会にお会いできれば良かったのですが生憎旅程のご都合が折り合わずそれは叶いませんでした。ではせめて、ご乗車の列車を「撮り鉄」しよう!ということでこうなりました(^^);この日の夜はNHK-BS2で放送された熱中時間“鉄分補給”スペシャル3を、途中まで見ながら21時前に自宅を出発。夜の帳の中徳山駅へと自転車を飛ばします。目的は?今夜の2レ上り「はやぶさ・富士」を撮影する!前述のクモイ103様が今度はこの列車に乗車されると聞き及んでいましたのでこれも撮影する為でした。券売機で入場券を買い、3番ホーム東京寄りへと向かいます。すると?いつもは閑散としているその場所に時ならぬ人だかり…そう、「ご同業」諸氏が三脚を構えて既に大勢「ご出陣」だったのです。その数約10人!正直驚きました(^^);先着諸氏の邪魔にならない場所に三脚を立て列車を待ちます。先行する岩国行580Mです。広セキT-01編成です。この列車に乗る時は時間に余裕を持ち、特にトイレは乗車前に済ませておきましょう(^^);さて、20時58分に580Mが発車して、いよいよ2レが到着…と思ったその時、構内アナウンスが急を告げます。今度1番ホームに参ります柳井・岩国方面東京行き寝台特急「はやぶさ・富士」号は只今5分送れて運転中ですそういえば、夕方見かけた某巨大掲示板の関連スレッドによると2レが九州内で他列車の遅れの影響を受け遅延が生じていたとの事。その影響を引き摺っていたのでしょうか?ただこの先は列車密度も低くなり、スジもそんなに厳しくは無い筈ですから何とか明朝には取り返していて欲しいものです。2レが到着しました。先頭に立つのはEF6645。なるほど最近全検上がったばかりのこのカマが登板するとあっては皆さん色めき立つわけです(^^);ファインダー越しに「鉄」諸氏の熱い視線を浴びて2レ発車。列車は文字通り青い流れ星となって一路東京を目指し漆黒の闇夜に再び歩み始めます…と申しますと少々語弊がありましょうか?この先不夜城の如く照明の光る石油コンビナートの脇を通ります。おそらくその灯りが車体を照らして鈍く輝いていることでしょう。生憎その姿は工場内からでないと見られず(間に新幹線高架橋もある)、部外者が窺い知る事は難しいことでしょう。例によってクモイ103様が何処にいらっしゃるかは判らないままでした(おそらく12号車~7号車にご乗車のことと推測します)。旅人の夢を乗せ、少年の憧れを乗せ、老人の望郷の思いを乗せ、月明かりの夜を、満天の星空の下を、或いは漆黒の闇夜を、烈風厳しい厳寒の夜を、明日に向かって、未来に向かって走れ。夜行列車よ永久に!
2008年10月12日
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またしてもこのネタで恐縮至極m(_ _)m今回の対象はこの日のものです。今を去ること12年前の1996(平成8)年の秋に休暇を利用して日帰り旅行(実質「乗り鉄」)(笑)に出向いた際、高崎駅で出会ったEF5861とEF5889です。12系客車4両を間に挟んで停車中でした。何故ここにこの両雄がいたのか?その時は不明でしたがこれはその後のサプライズの布石だったとはその時は知る由もありませんでした。え?どんなサプライズだったのか?ですか?はい↓こんな内容です。1996(平成8)年10月24日。両毛線で走ったお召し列車です。
2008年10月11日
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はい、タイトルどおりです。おかげさまをもちまして弊ブログも開設900日目を無事迎えました。これもひとえに皆様からの励ましやご助言あればこそと感謝の気持ちで一杯です。ただ…唯一の懸案事項としては…フォトアルバム容量の余裕逼迫!画像を登録できる容量の上限に近付いてしまった事です。(そのため過去何度もUP画像の削除と縮小リサイズ者との差し替えを行いました)要は画像の登録を控えれば良いのですが、ブログ主がブログ主で、ブログネタがどうしても画像を必要とするものに傾きがちの為これは切実でもあります。今後は過去画像のうち一部は差し替え無しで削除していく必要が生じるものと思われます。その結果、ブログの過去ログ分が意味不明な文章になる事例が出てくる可能性があります。予めお断り申し上げて置きますm(_ _)mとはいえ折角のブログページに画像無しでは流石に寂しいので許される範囲で画像添付は行う所存です。とはいえ相応しい画像が無かったので取敢えず出来合いの画像で…(^^);ま、スポーツの秋!に因んで…と言うことでご容赦の程m(_ _)m(この日の発言に添付しましたイラスト=食欲の秋!で食べ過ぎ=のAnswerとして作成したもので、ダイエットの為のスポーツという設定です。少女のスカートがめくれ上がっていては或いはお叱りをいただく危険もありますが下着が見えているわけではない=テニスウェアですから=のでご容赦頂ければ幸いです)果たして…テニスの試合でラケットをシッポで握って打ち合ったらルール違反になるのでしょうか?(まさかシッポの規定がルールブックにあるとも思えません)(^^);
2008年10月10日
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はい、例によって例の如くなネタですm(_ _)m(フォトアルバム容量逼迫の為)今回の対象はこの日のものです。上のカットは紀勢本線宮前駅で国鉄時代の1986(昭和61)年の撮影、下のカットは北陸本線東富山~水橋間でJR化後の平成一桁(おそらく1990~1993)年頃の撮影です。後部標識の違いがお判りいただけるでしょうか?詳細は元発言をご参照下さい。
2008年10月09日
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はい。タイトルどおりです。このところ風邪と下痢でダウンしていましたがようやく多少元気が出てきて、この日珍しく朝早く目が覚めたので「撮り鉄」に出かけました。今回赴いたのは周南市でも西の端になる四郎谷集落。自宅からクルマで30~40分程度の距離です。今日は山の中腹から集落越しに線路を見下ろせる場所を撮影ポイントに選びました。(もっとも、今日は珍しく「ご同業」の姿があり、その方もこの場所から狙っていました。もしもっと軌道に近いところで構えると必然的に彼の画角に入ってしまうことになり、これは「鉄」界の仁義としてはよろしくありません。幸いこの場所ではまだ撮ったことがなかったので元々この場所での撮影を考えていた事でもありノープロブレムです)1レの「露払い」(笑)、525Mです。後10分で1レが通過します。白市行き538M(広島から5338M)です。この日は広セキN編成(115系3000番台編成)でした。間もなく1レがやって来ます。来た!キタ―(・∀・)―(笑)流石にこの位置からだとカマのナンバーまでは読めません(^^);ちょっとUPしてみましたがやっぱり無理でした。見渡せる区間は概ね150メートルほどでしょうか?まずは編成前半「はやぶさ」編成。そして編成後半「富士」編成です。この区間を走る旅客列車では最長且つ唯一の12両編成です(新井口駅の有効長の関係で115系は最長でも8両までです)。物心付いた時から当たり前の存在だった東京行き寝台特急。青い車体に帯を巻いたノーブルな姿は田舎のガキんちょにまだ見ぬ大都会への憧れを掻き立てる存在でした。かつて何本もの列車が踵を接して雁行し、乗車券はプラチナチケット。乗ったといえばクラス中に自慢できる存在だったブルトレが今やこれ1往復でしかも来年春を以って廃止…未だに信じられません。否、信じたくないのです。頭では理解出来ても心の整理が付きません。オマケ画像1 1レに続行する貨物列車です。オマケ画像2 糸崎行き340Mです。広セキC編成、115系300番台です。百歩譲って廃止は避けられないものとしても、たとえ廃止になっても、私の心の中では永久に、ブルトレは走り続けます。
2008年10月08日
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本来なら本日は福岡の病院へ通院する予定でしたが、この日の発言で触れました諸般の事情の為それは断念しました。いえ、元々は先週9月30日に行く予定にしていたのですが、台風接近に伴う天候不順があり万が一の交通機関の乱れを危惧(実際には杞憂に終わったようですが)し、この日は諦め、本日10月07日を予定していました。しかし…去る10月04日12時30分頃、山口線徳佐~船平山間で9521レの撮影を行い帰宅(14時30分頃の帰宅を予定していましたが意外にも13時40分頃には到着してしまいました。勿論速度違反はしていません。愚直なまでに法定速度・制限速度を遵守・墨守の運転=途中の長い下り坂では後続車に迷惑になる事を敢えて覚悟の上で法定速度の66%即ち時速60キロが許容される区間を時速40キロで走行=です。何故速度を落としたのか?そうしないと危険を感じるほど坂がきつくカーブも多かったからです)後、昼食を摂ってしばらくしてから急に激しい腹痛に襲われました。トイレに駆け込んだところ殆ど水のような激しい下痢に見舞われ、しばらくトイレから出られない有様(お食事中の方申し訳ないです)。翌日も、翌々日も調子は戻らず月曜日午後近くの医院に行ってみたところ、点滴を打たれる始末。とてもじゃないけれど、長時間列車に揺られて通院する体力は無さそうです。いえ、列車にもトイレはありますが下車駅直前に激痛に襲われたら大変な事になります。前回投薬してもらった薬は切れてしまいましたがこの体調ではリスクが大き過ぎるので、本日も通院は断念しました。行くとしたらもう1週間先になりそうです(仕事のスケジュールを考慮すると通院に使えそうなのは火曜日のみです)。でも、通院できないことで一番残念なのは…1レ(41レ)「はやぶさ」に乗れないことです。(って、そっちかい!>ぢぶん)帰路に0系「こだま」を利用してみようか?とも思っていましたが博多発上りは夕方まで待つ必要があり、これは実現性はかなり難しそうです。こちらも間もなく引退予定でタイムリミットはカウントダウン状態ですから最後のお別れをしてやりたいところですが…こんな状態なので「食欲の秋」と雖も満足に食事も喉を通りません。もっともその代わりこんな心配もありません(爆)ある意味ダイエットの口実が出来たと思えば必ずしも悪い事でもありますまい(^^);病気も付き合い方次第…ということで(^^);
2008年10月07日
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はい、タイトルどおりです。先月末頃ひいてしまった風邪も多少は落ち着いてきた事もあり、この日の午前中SLやまぐち号の撮り鉄に赴きました。ホンネを言えば先月まで運転されていたSLやまぐちDC号平日ヴァージョン(原型12系2連を蒸機牽引)の方を撮りたかったのですが結局都合が付かず撮れませんでした。その悔しさがなせた行動です。今回訪れたのは阿東町徳佐。山口線徳佐~船平山間です。踏切の傍にこの石碑がありました。この場所は以前、サロンカーなにわ編成を使ったSLやまぐちDX号が運転された際、多くの「撮り鉄」が集まった場所ですが、その時の様子がネット上にUPされていたのを見たことがあります。そしたら…まー恐ろしいまでの罵声と怒号の嵐…なんでも、その場に集まっていた連中の視界の遥か先の路上に1台のクルマが停まっていたのが癇に障ったらしく、叫んだところで聞こえる筈も無いのに「どけー!」「邪魔だぁあああ」…全く何を考えているやら…(「鉄」として恥ずかしいやら情けないやら…)因みに、列車が来る直前にそのクルマは移動したようですが仮にそのまま停まっていても、列車の影に隠れてしまうような状況でした。それだけにこの日も揉め事が起きなければ良いが…と一抹の危惧を抱いていたのですが、幸い列車通過1時間前に到着した時には遠くに2・3人の人影があっただけでした。それでも列車が通過する直前には三々五々ギャラリーが集まってきましたが平穏そのもので一安心です。徳佐駅で交換する上り山口行き2546Dです。キハ402122でした。おや?何処かで出会わなかった?覚えがあるはずです。この日にも同じ2546Dで出会っているのですから…(^^);蒸機も良いのですがこういう近代動力車にも、蒸機とはまた違った魅力がありますね。やがて汽笛が聞こえて来ました。いよいよ満を辞して?9521レやまぐち号がやって来ます。長閑な田園風景の中を走る蒸機は絵になるのですがしかし、今回は風に邪魔されました(^^);何度見ても蒸機は良いものです。何度撮っても蒸機は良いものです。おや?リアゲートを開けたまま、列車と並走するクルマが…どうやらムービー撮影を行っていたのですね…因みにこの道路は制限速度は時速40キロ。このクルマ明らかにスピード違反です(^^);何度撮っても…しかし満足の行く写真が撮れません…(未熟者>ぢぶん)後姿など(^^);走り去る9521レです。最後尾オハフ13701の展望デッキは良いアクセントですね。この後帰宅してお祭りに行く予定だったのですが…諸般の事情でそれは叶わずに終わってしまいました…
2008年10月04日
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はい、例によって例の如くこのネタです。毎度の事で恐縮至極m(_ _)m今回の対象はこの日のものです。元は京阪電鉄の3000系電車。長く京阪間の特急電車として、また車内にテレビを備えてその視聴が出来る当時としては画期的且つ稀有な電車でした。しかし時は流れ京阪特急の仕事を後進に譲り自らは他社に「第二の人生」を求め転進して行きました。ここ富山地方鉄道では台車を替え、塗装を替え、名前も10030系と改め、活躍しています。
2008年10月03日
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はい、今回も例によって例の如しなネタで恐縮至極m(_ _)m今回の対象はこの日のものです。北総鉄道7000系です。独特の風貌が印象的な車輛でした。
2008年10月02日
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はい、またしてもこのネタです。例によって例の如く過去画像の差替えです。今回の対象はこの日のものです。弊ブログ第1日に貼った記念すべき画像ではありますが…フォトアルバム容量捻出の為縮小リサイズ化したものと差し替えます。北総鉄道9100系です。エクステリアデザインも中々カッコ良く内装も綺麗で好きな車輛です。しかし現在では中々接する機会がありません。
2008年10月01日
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