2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全19件 (19件中 1-19件目)
1
数日さかのぼっての、日記です。ずっとノーアクセサリーで通してきた私ですが、なんだか少し殺風景な自分…て感じ。若さがはじけていた時代には、何もつけなくてもよかった(それなりに)だったかもしれないけれど、さすがにもう少し、飾り気というか…、あってもよいじゃないの?と、遅ればせながら気づいたところです。ええ、遅すぎですね。取り急ぎ、変えたのはグロス。色味を少し濃くしました。これまで多用していたピンクベージュは少し休んで、赤っぽいのにしたら、顔色が少しよく見えるようになりました。メイクにもまるで力を入れずにここまできているので、今さらテクニックを学ぶ…という大げさなことは考えていませんが、やっぱり鏡を見たときに、気分が明るくなる自分でいたいものだ…と思ったのでした。そのためにまずしなければならないのは、1にも2にもシェイプアップなのだけれど、即効性があまり期待できないので(汗)、ちょっと「何かを加える」ことだとしたら、血色をよくする色味や、気に入ったアクセサリーなのではないかと。大学生のときは、イヤリングに凝っていました。小さくて、ピアスに見えるものを好んでつけていたのですが、それは最近の自分には似合わないので、しまったままです。いま欲しいのは、大ぶりではないパールのロングネックレス。淡水パールでもいいかな。「いつもどおり」を少し上げる何か、がほしいといったところ。コットンパールもいいな。ちょうどよい大きさと長さのものがあったら、買ってしまいそう。そしてとっても重宝しそうな予感です。
2012.06.30
コメント(0)
父が認知症になった事実は、私の行動をだいぶ変えました。祖母にも電話をして、声を届けました。祖母は相変わらず「頑張って、元気でいられるよう努力」していました。そうだよね、それだからこそ、元気でいられるんだ~。あらためて、尊敬します。でも祖母はもう92歳? 不確かですが、高齢なのには違いありません。気丈な祖母でも、「あんたがもっと近くに住んでたらねぇ」とは言います。東京の方が、「楽しくてよかった」そうです。刺激を求めるとは気が若い…。うれしくなります。同時に「早く会いに行きたい、行かねば」という気持ちになりました。8月中に、祖母の顔を見に行くことにしました。
2012.06.29
コメント(0)
今日は、私が江古田の「唐変木」という飲み屋ののれんを、初めて一人でくぐったときに温かく迎えてくれた、常連のおじさん(生きていたら、父と同じ年)の、命日です。「会長」と呼ばれ、親しまれても疎まれても(笑)いました。もう亡くなってから、10年経つのか。。。そのこととは関係ないかもしれないけれど、とっても不思議な夢を見ました。私が小学生時代にお世話になった、塾の先生と再会する夢。先生が、喫茶店で私を見つけて、声をかけてくださったのでした。この先生は、現実の世界では、今も別の学びの場で英語を教えていらっしゃるようです。もう一度、この先生に教えてもらいたいなぁ。いろんなことが、まるで土を耕すように掘り起こされ、どんどん思い出されています。
2012.06.28
コメント(2)
「座右の銘」…いつも意識しているわけではないけれど、その時どきの自分の年齢によって、大切にしている言葉はありました。10代前半は「誠実」でした(青いね・笑)。10代後半~20代前半は「清貧」でした(さらに青いね・笑)。20代後半~30代前半は「チャンスの神様は後ろに毛がない」でした(少しやる気が出てた・笑)。30代後半~40代の今は、「能力の差は心の差」。20代前半までの言葉は、私自身が「こうありたい」と望んでいたことです。一方、20代後半~40代の言葉は、私が10代後半のころに、父から繰り返し聞かされていたことです。ああそうだ、同じころ、「人は強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格がない」というのも、100万回くらい聞かされていました。10代後半といえばね、私の両親が離婚して間もなくのころですから、当時は「子どもを不幸にしておいて、何を言う」と内心、思ったものです。口先だけの、薄い響きだとも感じていました。でもリアルタイムで聞いたあの言葉が、まさか20年以上たってから私の中で意味をもって存在し続けることになるとは…、自分でも驚きです。「チャンスの神様は後ろに毛がない」と念じながら、20代後半で山岳ビデオに出演し、30代半ばで地元誌ライターになり、40代前半で書籍のお仕事にかかわらせていただきました。父は、強くはないですし、優しいかどうかもよくわかりません。しかし、思い返してみれば、「心がない」「配慮に欠ける」態度をされたと感じたときには、烈火のごとく怒りをあらわにしたものでした。私は、人に攻撃的になる場合、もちろん相手の非はゼロではないにせよ、根本の問題は、自分自身が抱えていると考えているので、(自分の人格に問題があるという意味でもなく、自分が、何か解決しなければならない問題をもっている、という意味)同じように父が私に怒りの感情をぶつけてきたときには、それは父の内面の問題であり、私にとっては「言いがかり」としか捉えられないこともありました。もちろん単なる「言いがかり」の場合もありますが、もしかしたら、私にも「情が足りない」「心が感じられない」といった言動があったのではないか、という振り返りをする機会を与えられたことも事実です。私は社会に出てから、結婚するまでは、たまに父と飲んだりしていました。昭和10年代に生まれた父は、いわゆるモーレツ社員で、組織の中でバリバリ働くことに誇りと生きがいを感じていました。そのせいか、話題はたいていが自分の仕事の話、または私の仕事の聞き取りとダメ出し(汗)、そして最後に、別れた家族の話でした。仕事に関して、父にかなうはずはないと知りつつ、毎度ダメ出しをくらうので、反発もしていました。自分の専門でもない、文章のことにまでダメを出すので、うんざりもしましたが、間違ったことを言われたことは、おそらく一度もないでしょう。そんな父が、先日の再会では、私が仕事の内容やそれにまつわる周辺の関係性などを話しても、すぐにはピンとはきてくれませんでした。仕事の流れの相関図を書いたら理解したようです。そしてなんとなく注意力散漫な雰囲気で、聞いているかと思えば、「お前、注文はもうしなくていいのかい?」などと気配りをするように見えて、話の腰を折るような発言。。。何度も軌道修正を促し、最後まで聞いてくれた後に、父は、三つだけ言いました。「お前、それは配慮が足りなかったよ」「誤解は、電話じゃ解けないよ。会って話しなさい」「それでも誤解が解けないなら、関係はそこまで。切りなさい」私は、好むと好まざるとにかかわらず、この父の娘です。父から聞いた言葉は、これから先も、ずっと私の中で意味をもちながら生き続けていくのだと思います。
2012.06.26
コメント(0)
私の母は、現在私の妹と一緒に生活しています。妹は、そこそこいい年になっていますが、独身です。親子であっても大人同士が一つ屋根の下で円満に暮らすのは、たいへんな苦労があるようです。「来年の夏には更新せずに、母との同居を解消したい」との申し入れが、妹から一斉メールで私と弟たちに送られてきたのは、今年の4月ごろ。みな自分の生活を守るのに忙しく、なかなか集まれずにいたことにも、妹の苛立ちは最高潮に達していました。そこでなんとかやりくりして、話し合いの場をもったのでした。母は、よくも悪くも家庭的な人。つまり社交的ではなく内弁慶。経済が許せば、金品物資を貯めこみたい人です。妹は、経済が許さないので(あはは。。。)、購入は控えめ。一方で、私らきょうだいからの仕送りと年金で、好きに買い物をしている母を見て、イライラを募らせていたわけ。でも、母は贅沢をしているわけではない(と思う)のです。あまりに知り合いを求めないのもいかがなものかと思いますが、でも生来の内気によって友人が少なく、外に趣味を求めない母が、植木やら生活雑貨に散財したとしても、それはたいした金額ではないはず。あ、金額の問題ではないのかも。同居人への配慮、ということですかね。とにもかくにも、妹は「一人になりたい」と言います。妹には妹の人生があるのだから、私たちきょうだいが反対するはずもありません。母は妹の独居希望を承知しています。内心どう思っているのかは聞いていませんが、「子どもにおんぶしてばっかり」と思っているようで、あまり異を唱えることはしません。でも私たちは、母にとって多少なりともなじみのある町で、かつ子どもたちが通える場所がいいと考えています。母は70歳になりました。年老いた母を、できれば遠い昔に家族で暮らした清瀬に戻すことはできないか、というのが私たちの総意です。弟たちにとっても、清瀬を出たことは、「ふるさとを失った」ような感覚だったのでしょう。私も東武東上線沿線の、どの町に母を訪ねて行っても、場所には何の愛着もありませんから、できることなら、母をもう一度清瀬のまちに帰らせてあげたいと思います。ただ、そこには思い出が、それこそ詰まりすぎていて…、母にとってどんな影響があるのか、注意深く考えなければならないのです。年老いた人を、新しい場所に移転させることは、脳の活性化という効果もあるかもしれないけれど、認知症の疑いがある場合は、悪化させるというデータがあるそうです。幸い、母はまだクリアですけれど、混乱させることは、きっと脳にいい影響は与えないでしょうからね。次は、4きょうだいと母を交えて、場所の選定の話をするつもりです。
2012.06.24
コメント(0)
父と会ったとき、いや、今年の最初からおかしいとは思っていたのです。年始の挨拶、賀状が松の内に届かないのはいつものこととしても、達筆で几帳面な父が、誤字を斜線で直したはがきを送ってきたとき、訝しく感じたものです。電話でくどいのは昔からだとしても、それに輪をかけて繰り返し発言が多く、私の子どもたちの学年を、何度言っても覚えないのは、どうしたことだろうとは思っていました。しかしプライドの高い父に、受話器越しに「物忘れ外来」受診を勧めても、意固地になるのは目に見えていました。そして半年経った今、懸念は事実になりました。父は認知症を患ってしまいました。私の弟に、電話があったそうです。「どうもいろんなことが覚えられなくなっている。医者に行ったら認知症だと診断された。Y子(再婚相手の名前)だけには迷惑をかけたくないから、治療に専念する。しばらくお前(私の弟)たちには会えなくなるけど、心配するな」父は私に会ったとき、そんなことひと言も言いませんでした。Y子さんには「診察の結果は、何ともなかった」と答えていたそうです。心配をかけまいとしたのか、プライドがそうさせたのか、隠すためのウソをついたのでした。父に会うとき、さぞ私の母の悪口や恨みを聞かされるだろうと、覚悟していたのでしたが、拍子抜けするほど、毒気のない父でした。私の顔が、幼いころのままだそうで(それはいかがなものか)、また、私の母親に似てきたそうで(もっといや・笑)、それを苦々しく思うどころか、懐かしみ喜んでいる父を見ると、悲しくなってしまいました。「お母さんを大事にしてやれよ」「なぜお父さんとお母さんは別れちゃったのかな」今ごろそんなこと、言ってくれるな、と思いますが、父はもしかしたら、ずっと、母のことを憎みながら恨みながらも、気にかけていたのかもしれません。まぁどうにもならないことです。「お前のお母さんに会いたいな」と言った父に、「母のためにもY子さんのためにもならないから会わせない」と答えましたが、父は、記憶を失う前に、少しでも悔いを減らしたいのでしょう。過去を少しずつ失っていく父のために、どうしてあげるべきなのか、考えているところです。Y子さんは来年、長年勤めた会社を定年退職されます。その彼女の第二の人生が、父との老後を穏やかに楽しむのではなく、父の介護なんて申し訳なさすぎます。だからこそ、今こそ、少しでも進行を遅らせて、自分の意志で生活できる時間を延ばしたい。そのために、私はこれまで先送りしていた会合や電話もまめにして、父に「話をしてもらう」機会を増やし、脳の退化に抵抗したいと思います。Y子さんとももう少し接点をもって、負担を軽減できたら…。少しでもデイサービスで働いている経験を生かせれば、と思っています。
2012.06.23
コメント(0)
ライチさんの日記に大きく心を動かされたこともあり、今日、父に会ってきます。仕事の件で話したいこと、相談したいことがあり、父を思い出していたタイミングで読んだライチさんの日記は、ものすごいインパクトで私の胸に迫ってきました。私は、会うべき人がたくさんいるのに、たくさんたくさん保留にしてきてしまっているなぁ。いつか恩返ししたいと思いながら、できずにここまできてしまっていることを、このところ、ずっと考え続けていたのです。この再会、無駄にしたくないです。父が電話口で言うんです。「お前が出る前に、一応確認の電話をくれ」って。いろんなこと、覚えられなくなってきているのかと思うと、悲しくなってきます。身内ぼめで滑稽だけれど、昔はそれは明晰な父でした。達筆な人だったのに、文字を書くのがおっくうなのか、賀状も来なくなって数年…。だからこそ、今日の再会で、盛んに生きていた時代のことを回想してもらいたいです。…でもさ、人間て、いい思い出より悪い思い出の方を覚えているもので、きっとまた、母の悪口を聞かされるんだろうな。そんな若干の胸苦しさも抱えつつの再会だけれど、私をつくっている半分近くは、間違いなくこの父なのです。会えるうちに、会いたい人、会うべき人には会おうと思います。
2012.06.22
コメント(2)
新月だったのに、願い事を考えるのを忘れていました。でも願いは、いつもある。1.俳句を、子どもの成長写真を撮り続けるように作り続ける。出来不出来で一喜一憂しない。2.家をもっと整え、快適な空間にする。まずはいらない服からさようなら。一部は捨て、一部はデイサービスに寄贈する。3.会うことを保留にしている人と会う。母、祖母、そして父。さらに、父の再婚相手のY子さん。4.祖母に腹巻(時期を逸してしまった)と、レインコートを送る。5.兄弟と、母の身の振り方の今後を話し合う。同居中の妹の心情を察しながら、具体的に、方針を決める。母の希望を置いてきぼりにしないように。6.子どもとの時間をもっと有効にする。時間は増やせないから、せめて頭ごなしに叱ることを減らす。どうしたらいいか? 考え続ける。7.本の企画を考え続ける。企画の持ち込み先も、柔軟性をもって。8.デイサービスの仕事、今期はもっと意見を通せるように取り組む。入浴担当として、もっと現場の環境を心地よくできるように提案する。イメージを具体化へ。9.節電。テレビをなんとなくつけるのではなく、消してラジオへシフト。気に入りのFM番組と英語番組を見つけたい。10.やせる。体を動かす。登録したジムに通い、サイズダウンする。+。。。。*・。。。+*。。。新月の遅ればせながらの願い事は、以上10個。私のお月さんは、またまた早めに到来。ここ2か月、前倒しで、しかもライトな感覚(笑)。かれこれ30年以上つきあってきた、お月さんとも、あと数年でさようならなのかな。大切に、つきあっていきたい。そんな感慨をもっているときに、娘にも大きな変化が。排卵…がいよいよかな、と思われるような量の分泌物に、本人はたいへん困惑し、泣き出してしまった。そうか、体の変化があまりに急で、びっくりして不安なんだね。。。←かわいい(笑)。来るべきときのために用意していたネルの布ナプキンを、つねに身に着けておくといいよ~と話してつけさせたら、泣き止んでにっこり。何度か話してはいたのだけれど、もっと早くに着けさせてあげればよかった。でもね、肉体と精神のアンバランスってまさにこのこと、と思うけれど、体の大きさのわりに性的に成熟していないからか、パンツのなかに違和感があると、人前でもかまわず直そうとするのよ、あの娘!なんか周囲にあらぬ気持ちを起こさせやしないかとハラハラするやら、羞恥心のあまりの希薄さにイライラするやらで、私のほうがどっと老け込みそう。。。あ、娘のせいじゃないって?(笑)
2012.06.21
コメント(3)
『豆腐でつくるヘルシースイーツ』は、本日発売です。私も一読者として、あれこれ作っています。レアチーズケーキは、何度作ったかな。。。私にしては、本当にめずらしいことです。豆腐や大豆製品がメインの材料なので、文字どおりヘルシー。コクを出すためのチーズやクリームを加えたレシピも割とあって、ストイック過ぎないのがいいのです。三温糖など、手に入りやすい砂糖を使っているところも、材料選びのストレスからまず解放されると思います。あ、もちろんてんさい糖でもきび糖でもいいと思うし、こだわりの甘味料に変えたりしてもいいと思います。でも、一度は本のとおりの分量で作ってみて、ここで伝えている「バランス」を知ってからアレンジすることをおすすめします。宣伝しておきながら、なんですが。私にとって、お菓子作りはなかなか定着できずにいました。お菓子って、こだわりが「高級志向」と「自然志向」に二極化されている気がして。どちらにしても、材料選びからしてハードルが高くて、なじみのないものを探さなきゃならないのか~というところで、挫折することも多かったんですよね、実は。でも、本書にはそんな心配はまずありません。どこでも手に入る、あるいはたいてい常備している、日々の食卓になじみのある素材から、こんなにヘルシーな、それでいて華のある、おいしいスイーツができるというところで、とっても共感できたのでした。先日、私は豆乳カスタードクリームをたんまり作って、1人で半分食べてしまいました。。。家にバニラエッセンスがなかったので、香りなしのクリームでしたが、ここはぜひ! バニラエッセンスを買いに走り、本書どおりの香り豊かなクリームを作ることをおすすめします。作らないとしても、どれもおいしそうな写真は必見です!そして、よかったら買ってください(笑)。
2012.06.20
コメント(0)
17日の日曜日は、息子の幼稚園の父親参観だったため、翌月曜が本当は「おつかれ休み」なのだが、私の仕事の都合で、がっつり朝から晩まであずけられた息子。そういえば、5年間も一緒にいて、もしかしたら終日をべったり過ごしたことなど、生後1年間しかなかったかも。。。などと大げさには違いないが思い至ったら、とにかく今週中に1度「おつかれ休み」作らなきゃ!と焦ったハハなのであった。さすがに5歳にもなると、ただただ「ママと一緒がいい」わけでなく、木曜は「美術部だ」とか、金曜は「サッカーだ」とか、いろいろ幼稚園を休みたくない理由も挙げてくる。それらの要望を聞いていたら、今日しかないじゃないか~ということになり。台風が近づいているので遠出はできないけれども、とにかく幼稚園を休むことにした。「仕事を休んでたまには息子と過ごそうと思います」と、学校を休む理由にはなり得ない理由を伝えても、幼稚園では上機嫌な先生の声が返ってくるのが、なんとも不思議。さて、息子のリクエストに応え、まずは近くの公園へ。湿った地面にぺったりと座り込み、双眼鏡を手に何を見るかといえば、そりゃあダンゴ虫に蟻んこに、腐りかけた枯葉やら何やら。。。たまに気を利かせて私にそのお宝を見せにくるからたまらないね(涙)。同じタイミングで遊びに来ていた、近隣の保育園児に囲まれて、双眼鏡を奪われそうになっていたけれど、いつもとは違う社会での、同年代同士のかかわり方が見られたのは私にとって収穫だったかな。警戒心が強く、困惑しながらも拒否はしない距離感で接していたのが印象的。親としては、体が小さめで色白の息子がからかわれたりいじめられたりすることが、この先出てくるのではないかと案じているのだけれど、それほど気弱でもないかもしれない。というところで、少し安心。次に児童館へ。平日の午前中に児童館に来たのは…、9年前ですか!とっても新鮮!とっても疲れる!(笑)身ぎれいにしている、大勢の若いママさん。彼女たちの胡坐の真ん中には、ポチャポチャした赤ちゃんが、それぞれ1人ずつはまっている。わが子のおなかをさすりながら、車座になってしゃべっているママたちもいれば、端っこで、おもちゃで遊ぶわが子にだけ視線を走らせているママさんもいて。過剰反応かもしれないけれど、やっぱり徒党を組めない人にとっては、孤独にならざるを得ない空間…かもね。居心地が悪くて、早々に引き揚げたら、そのうちパラパラと雨が。サッカーボール蹴りは、晴れた日までのおあずけとして、いそいそと帰宅。お昼は決まって塩味の焼きそば。よそ様には絶対にお出しできない組み合わせだけれど、なぜか息子は乾燥めかぶ入りが好み。そして、飲み物はお茶ではなく、水。息子の成長に必要なのは、さしあたり、土と虫と麺と水と、たまに蹴る毬ってところ(笑)。
2012.06.19
コメント(2)
今月に入ってから思うことがしばしばありました。体力的にもきつい日々が続いていたし、自分の思いを自由に書き散らすことが好きなはずだったのに、ブログ上ではない場面で曲解されることも多々あり、本当に疲れてしまっていました。私は毒を吐き散らすことのしにくい性格だし、ここできたない言葉を吐くことはしたくない。そうかといって、善人ぶった物わかりのよいことも書きたくない。人から聞く言葉から、何を取りだし、何を信じればいいのか、よくわからなくなってしまいました。再発した十二指腸潰瘍を飼い慣らし、悶々とする日々でしたが、それでも再びここへ来たのは、「言わなければ、書かなければ、自分の本当の気持ちがつかめないし伝わらない」と思ったからです。しんどいネガティブな感情も、ちゃんと認めて内省することが私にとっては必要だと考え直しました。ネガティブな感情を、隠すようにオブラートに包むのは好きじゃありません。そうかといって、相手を攻撃するためにむき出しにしてぶつけるのは、もっと嫌いです。でも、その根本に何があるのかを「見ない聞かない考えない」というのでは、自分にとってあまりに悔しく、学びも何もないのではないかと思いました。バカ正直な、明るい性善説を標榜するのはもうやめました。でも性悪説を掲げるのは性に合いません。やっぱり人を信じていきたいし、人を貶めたり裏切ったり、試したりする、そういう人間関係に身を置きたくありません。だから気持ちとしては数歩後ろ向きの(笑)性善説、という位置づけでしばらく歩いていきます。規則正しく歩み続けられないかもしれないけれど、それはそれで、その時私が感じて踏んだブレーキなのだと、自分を信じていこうと思います。
2012.06.18
コメント(4)
父の日。息子の幼稚園では「日曜参観」という名の、「父と子のレクリエーション保育」が行われました。私はちょっとそれに行くことができず、オットにすべてお任せで、午前中は寝ていました…。怠慢と言わないでね、本当に起き上がれなかったので。午後には娘のバレーボールに同行しないと…と思いつつ、頭皮が逆立つような不快感があり、相変わらずグダグダ…。でもさぁ、今日は父の日。いつも休まず、規則正しく家と会社を行き来しているオットを思い出しました。洗濯も済んでいない、シンクに洗い物が残っている、アイロンかけもしていない、アルコールで床も拭いていない、こんな状態の家で、父の日の父親を迎えるのは申し訳ない気がして、無理やり体を起こしました。そんなときに目に飛び込んできた、NHKの山の映像。北アルプスの山々とその稜線でした。25年ほど前、登山中の私の眼前にものすごい迫力で迫ってきたこの山に、思わず流れた涙を思い出しました。自然から得られる力、そこから得られる自浄作用、今の私には本当に必要なのでした。そうしてまた生き直す力を取り戻せるのかもしれません。ということで、めずらしく奮発して関西の牛肉でステーキの夕餉を囲みました。旨い肉もまた、私の五臓六腑を少しだけ元気にしてくれたのでした。
2012.06.17
コメント(0)
デイサービスの人事異動。今月から来月にかけて、職員が3人も退職する。理由はさまざまだろうけれど、働きやすかったら、辞めはしないだろうからね。上司もまた、変わる。私に厳しかった上司が今年の春に異動し、その下にいた私よりも若い職員が、直属の上司となった。これからはその人が中心となってデイサービスを盛り立てていく…という話であった。それなのに、7月付けでその人の下にいた職員が、飛び級をしたみたいに、今の上司を越えて上位に立つことになった。下剋上だ。私への当たりは、厳しいときとそうでないときがある。心当たりがないのに、きついときもある。正義感と発言力は強く、「鶴の一声」で物事が動くので、トップとしての貫禄はあると思う。ダブルワークをしている私への当たりが強い上司だと、また更新月にひと悶着ありそうだ。早々に、憂鬱になってきた。。。というか、来年は更新しないかもしれない。というか、できないかもしれないな。前の前の上司のときと同様、粛清が行われそうな気配。人についての云々とは違う次元で仕事がしたいけれど、人と仕事をする以上は、仕方がないのかな。好き嫌いを超えたところで、評価してほしいだけなんだけれど。
2012.06.11
コメント(0)
娘が、クラスメイトから誘われ、「お試し」で地域のバレーボールチームの練習に参加した。初参加で、筋トレやボール拾いも含めて「楽しい!」と大喜び。「日曜も行く!」と言い出した。練習は週3日。水土日とハードだ。金管バンドも始めたし、スイミングも次の検定までは続けると決めたので、7月中は休みがない。どれも楽しいらしく、「つらい」とは言わない。宿題も、夜にならないとする時間がないという状況で、「大丈夫なの?」と問うたら、「全部わかって、やると決めたの。いい?」ときた。ダメとは言う理由がないでしょう。そんなわけで、インドア派と思っていた娘が、案外スポ根にはまりそうな気配。明日も練習ということで、借り物のひざ当てやシューズではあるけれど、気分は上がっているようなので、様子を見ようと思う。このまま本入部すれば、8月には試合に出る予定。。。
2012.06.09
コメント(0)
多忙な日々が、とりあえず終わったので、先送りにしていた事柄を一つずつ片づけています。今日は、自己メンテの3番目*通院です。3月に血圧の上昇に悩み、降圧剤を処方されたことは書いたと思いますが、なんと本の仕事を言い訳に、2か月も通院を怠ってしまいました。薬も、1か月も切らしてしまいました。この間、割に高めながらも安定傾向だった血圧が、2日ほど前には下の数値が90を超えてしまい(汗)、頭もボーッとするような気がしたので、これはいかんと受診したのでした。飛び込みなので主治医の先生は不在で、若く顔立ちのきれいなお兄さん先生に診てもらいました。…叱られました。「まだ若い(笑)のだから、ここでちゃんとコントロールしておかないと、将来的に脳卒中や心筋梗塞のリスクが上がっちゃいますよ。薬は、とりあえずちゃんと飲んでくださいね。あとは主治医の先生と、1日でも早く相談して今後の方針を決めてください」ということで、来週も再診となりました(涙)。寝不足はかなりの確率で血圧に悪影響を及ぼすので、できる限り早寝を心がけようと思います。ちなみに通院よりも上位にくる自己メンテ*2は、先月末の亜莉さんによるマッサージでした。体の可動域が広がったのですが、詳細については後日書きます。*・・・。。。。。*。。+*・。。。・・わが家にはいま、ヤゴとアリがいます。ヤゴは、1週間ほど前にプール掃除のときに娘が連れ帰ったものです(よしてくれ)。冷凍赤虫の入手がなかなかできず、自然の法則にしたがって共食いをしたらしく、7匹いたのが最終的に2匹になってしまいました。。。その2匹でも手厚く育てようと、赤虫を泣きそうになりながら食べさせたよ、私が!アリは息子が連れてきました。案外、かわいいですね。大きなペットボトルに3匹捕獲して、土と甘いものと煮干しを入れておいたら、早々に穴を掘って、小部屋をたくさん作っている模様。このまめまめしさが、かわいいです。3匹が触覚を寄せ合い、相談している(ような)様子も、なんだかほほ笑ましいです。でも、ふと気づけば世話をしているのは私なんだけど!!
2012.06.07
コメント(0)
本の仕事が先月末でひと段落するのを見越して、今月はデイサービスの仕事に注力する予定を立てていました。その大きなひと山…が今週。週4日、入浴介助をするのは、体力的にとてもハードですが、私はやっぱり体を動かす仕事も人とかかわる仕事も、好きなんだと思います。介護の仕事には、その両方があります。じゃ「本の仕事とはまるで逆じゃん」と言われそうですね。本の制作の場合、自宅作業も多いので、人とかかわらずに黙々と取り組む、マイペースな仕事と思われることがとても多いのです。でも、実際は1人で本を作ることはとてもできません。共に制作をする人々や取材先への連絡など、神経をつかう場は、孤独な作業自体よりも多いし、大詰めになると、分単位でメールや電話でやりとりをすることもあり、見えないところでの人とのかかわりが案外多いのです。そういう意味では私にとって、本の制作も、介護も、「コミュニケーション」というキーワードでくくることのできる仕事なんだと思います。「人とよりよくかかわってこその仕事」という思いを、ここ数か月の制作作業を通じていっそう強く感じています。「よりよく」というのは、かかわる頻度や、要領のよさ、という意味ではなく、さまざまな思惑や憶測を超えたところで、まっすぐにかかわれるか、ということです。人間同士のかかわりなので杓子定規にはいきませんが、こちらの考えと先方の考えを、曇りなくストレートに往来させられるのは、本当に心地がよいものです。どんなにハードな事案でも、感謝の念を抱きながら、たいていは乗り越えることができます。憶測ほど、ことを面倒にさせるものはありません。だから、疑問、あるいは疑念が生まれたときには、私はできるだけ憶測をさしはさまずに、当人に質問をすることにしています。憶測抜きで聴けば、相手は答えられる範囲で正直に、誠実に話してくれることを、私は体験してきました。その体験を、介護の現場でもさらに重ねている現在です。早いもので、この春で満3年を越えました。人間関係に慣れてきた副産物として、「人の噂話」も耳に入ってくるようになりました。それらに引きずられず、それでいてシャットアウトもせずに、平らかな気持ちで仕事していきたいと思っています。
2012.06.06
コメント(2)
娘が、勉強にしろ何にしろ、「自分が何位か」ということに関心をもつようになったので、試しに四谷大塚の、無料のテストを受けさせてみた。過去問題を解く時間がなく、対策は不十分どころか、「無策」で行ったので、まぁ結果は惨憺たる感じではあるけれど、家で解き直しをさせたら、時間さえもう少しあれば、算数は思ったほどひどくはないことがわかった。なかには算数というより知能テストに近い出題もあったのだが、答えを導き出す考え方が、正しいというか、勘がよいというか。。。小学生時分の私のように、桁の多い計算をまともにしたり、アメの個数を求められたときに、それを延々書き続けて数えたり…、ということを、まったくしないで答えを出そうとする娘の思考回路は、私が持ち合わせない宝石の原石を見るようで(笑)、親ばかながら頼もしさも覚えたハハであった。とはいえ4年生には難しい問題が多く、最後の問題まで到達せずにタイムアップとなったそうなので、点数は低いです。。。それでも見どころはゼロではないというところで、救われた…かな?
2012.06.03
コメント(0)
娘のクラスメイトが、朝から夕方まで家に来ていました。ご両親が出勤とのことで、おあずかりしたかたちとなりますが、結局、あまり私が手をかける必要はなく、子どもたちで、息子まで含めて遊んでくれたので助かったのはこちらの方だったかもしれません。お昼は、お友だちのリクエストどおりに素麺。おかずはから揚げと、一口きゅうりの塩もみをピックで刺したもの。超カンタンで申し訳ないくらいですが、きゅうりが大好きだったらしく、気持ちのよい食べっぷりでした。たくさん食べてくれるとうれしいものですね。子どもは、遠慮しないほうがかわいいかもしれませんね(笑)。午後は、坊主めくり大会…と、チャレンジの教材を友だちが持ってきていたので、一緒に勉強もしました。ともに遊び、ともに学ぶ、互いに行き来できる友人ができたことは、本人はもとより私にとっても、うれしく頼もしいのでした。+。。。*。。。。。+。・・。。。*。。+デイサービスで一緒に働いている若手職員のTさんが、近く結婚するとのことで、今日は職場に併設されているカフェにて、ウェディングパーティーを、当人には極秘で実施したのでした。新郎までお呼び立てしてのサプライズ企画だったのですが、新婦さんは、もう涙が止まらない…止まらない…状態でした。幸せの涙は美しいですね。いいものです。たくさんの人に愛されて、人徳ですよね。どうか幸せな門出となりますように!
2012.06.02
コメント(0)
この時期にはいつも、私のお産に深くかかわってくださった助産師さんのことを思い出す。思い出すというより、気配を感じる、というほうが近いかもしれない。きっと、血圧が高くても、息が上がるような胸苦しさを自覚していたとしても、全国の妊婦さんのために奔走されていたのだろうな。。。これからも、この季節には同じことを思うだろう。
2012.06.01
コメント(0)
全19件 (19件中 1-19件目)
1