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普段、日本での暮らしに忙殺されているので、海外に残してきた銀行口座や投資信託の残高など、滅多にチェックしないのですが、今日、ふと思い出してチェックしました。ちょっとだけ嬉しかったのが、中国に残してきた銀行口座に、利子がちょっとだけついてたことです。これは、今年3月に、中国・大連の会社を辞めた時に、未払いになっていた人民元の給料とボーナスが、いつの間にか振り込まれてて、それを定期預金にしたら、今回初めて、利子がついたのです。注)中国の銀行口座は、ネットバンキングで、普通預金と定期預金の切り替えができます。利子は、大して変わりませんが、定期預金の方が少しだけ良い。利子の額は、そうねえ、キャバクラに一回行けるくらいかなあ・・・行きませんけど。あと、元の価値が上がりました。昨年は、1元=14.5円くらいだったけど、今では15.5円前後。それを考えると、もう一度くらいキャバクラに・・・行きません!でも、「理財商品」という、銀行が出してる投資商品を買ってたら、もう少し儲かったんだろうなあ。でも、ネットバンキングからの遠隔操作で、買うことはできないみたい。中国に行って手続きしないと・・・。こんなこと書いてたら、大連に行って、久しぶりに友人と会いたくなりました。でも忙しくて、行く暇がありません。
2007年10月31日
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データを見る限り、最近の日本経済は、振るいません。中国・インドやユーロ圏の活況を尻目に、株価も上がらず、日本円も米ドルと一緒に、どんどん落ちていくかのようです。ただ、私の住む、東京都江東区に関していえば、停滞とは全く無縁に見えます。ここは空前の、マンション建設ラッシュ。人口も、子供の数も爆増中で、区民でも公立保育所に入れない、学校選択制度があるのに、どの学校にも空きがない・・・豊洲地区に行くと、「ここは北京か上海か?」と思うほど、無数のクレーンがうなりを上げている。我が屋のポストも、不動産のチラシで、日々埋めつくされる・・・。日本全体の人口は増えないのに、東京が肥大化して、限られた人口をどんどん吸い尽くしているのでしょうね。他の大都市圏の人口も増え、いまや日本人の半数以上が、首都圏・名古屋圏・関西圏の、三大都市圏に暮らしているそうです。そして「地方」に目を転じると、北海道とか、九州とか、エリア全体の人口は減少するなかで、札幌・仙台・広島・福岡の4都市、つまり「札仙広福」と呼ばれる、地方中核都市だけは活気づき、人口も増えているようです。この「札仙広福」こそ、私が日本のなかで、一番住みたいと思う都市です。どこも、人口が100~200万人規模で、このサイズの都市は、「大都市の楽しさ」と「良好な住環境」を両立できるという意味で、人間が暮らすのに適していると思います。札仙広福、いずれも100万を超える人口を擁しています。これだけの都市規模があれば、百貨店も成り立つし、プロ野球球団も自前で持てるし、一流の総合大学もできれば、マイケル・ジャクソンみたいなスーパースターも呼べます。とはいえ東京みたいな巨大都市じゃないので、たとえば、「市の中心まで20分、80坪の土地付き新築一戸建て、3000万円台」みたいな条件で暮らすことも十分可能です。そして、郊外に出れば自然がいっぱい♪だから素晴らしい!この4都市、どこも甲乙つけがたいのですが・・・でも詳しくみれば、札仙広福のなかで、微妙に都市規模の違いがあります。平たくいうと、仙台 × 1.2 = 広島広島 × 1.2 = 福岡福岡 = 札幌こんな図式になります。札仙広福のエースともいうべき、札幌と福岡は、よくライバルと称されるわけですが、都市の経済力や社会的影響力などの面で、「どちらが上か?」と言われれば、1980年代までは、 札幌 > 福岡1990年代以降は、 福岡 > 札幌 といえるでしょう。1980年代までは、冷戦時代。日本の仮想敵は、ソ連でした。国防上、日本の北辺の防衛が重要とされたため、北海道に大きな公共投資が行われ、その中心都市である札幌が潤いました。1972年に冬季オリンピックまで行われた札幌にとって、福岡なんて、目じゃなかったのです。ところが・・・ソ連が崩壊しました。北方の虎が、突然ネコになりました。そして間もなく、中国が経済大国として勃興してきて、国防上でも最大の仮想敵となりました。かくして日本の国防、そして貿易の中心軸は、北から西へ移りました。そういう世界で、抜群の立地条件を持つのが福岡です。中国と朝鮮半島に近く、歴史的にも深い結びつきがある福岡が、日本の対アジア貿易の拠点として繁栄し、あっという間に、札幌を追い抜いてしまいました。そして今でも、「福岡優位」の状況が続いているわけですが、これから長い目でみた時、札幌が再び巻き返す可能性は大きいと思います。その理由は、アジアのなかで、北海道という地域が、観光、気候風土、産業など、いろいろな面で、他の地域が真似できない、独自の価値を持っていること。それが、アジアの経済成長や、21世紀的な価値観と共鳴する可能性が大きく、その結果、北海道の中心都市である札幌の戦略的価値が上がると考えられること、等々です。1)抜群の観光資源札幌の後背地である「北海道」は、福岡のある「九州」、広島のある「中国地方」、仙台のある「東北地方」に比べて、抜群の観光価値を誇っています。しかも近年は、国際観光地としての、競争力をどんどん高めています。「アジアの宝」とよばれる、美しい大自然を背景に、スキー、スノボ、ラフティングなど、多彩なアウトドア観光のネタを持ち、温泉、ドライブ、食べ歩き・・・欧米の人がやるような、長期滞在型の旅行にも適しています。しかもリピーターが多い。いまや北海道は、近隣アジア諸国の人々に人気の観光地であるだけでなく、オセアニアからも集客しています。北米や欧州の観光客に、もっとアピールできれば、さらに明るい前途が開けるでしょうし、またロシア経済の活況によって、北海道観光がさらに脚光をあびる可能性もあります。2)高級食材の産地うちの奥さんは、牛乳でもバターでも、「十勝」という産地名を見ただけで、買いたくなるそうですが・・・「北海道産食品」のブランド価値は、日本でも近隣アジア諸国でも、広く認識されているようです。最近の「白い恋人」のスキャンダルは確かに痛かったですが、でもこれから年月をかけて、イメージ挽回に勤めれば、洋菓子から、ワイン、チーズ、チョコレート、水産品に至るまで、北海道産の良質な食品が、アジアの富裕層の間で、さらに人気を博す可能性は大きく、「北京上海の消費者が、北海道経済を潤す」ことも、十分ありうるでしょう。3)冷涼な気候札幌は、人口200万人近くいる大都会で、かつ冬季の年間降雪量が月200ミリを超えるという、世界でも珍しい「豪雪都市」。ですが、最近は地球温暖化の影響もあって、雪も少なくなり、「長期間、雪に閉ざされたつらい生活」から、解放されつつあると聞きます。今後、温暖化がさらに進めば、東京・名古屋・大阪の酷暑が敬遠され、逆に札幌の冷涼な気候が「丁度良い」とされ、本州やアジア近隣諸国から、札幌を目指して移住してくる人が増えるかもしれません。4)食都・札幌の魅力札幌は、日本のなかでもピカイチの食文化を誇る都市。多彩な食材に恵まれ、札幌ラーメン、スープカレー、ジンギスカンをはじめ、札幌発で、全国区に広まった料理も多い。私の友人で、札幌に行ったことのある者は、国籍を問わず多いのですが、誰もが「食べ物の美味しさ」を絶賛しています。福岡や大阪などと同じく、札幌でも食べ物が非常に魅力的な観光資源になっています。あと、整然とした街の美しさ、緑の多さ、雪まつりなどのイベント・・・これらも、札幌の魅力を演出する、大事なアイテムです。アジアの人にも、欧米の人にも人気の出そうな都市・札幌。その魅力を、世界中の皆に知られて、地価がつりあがってしまう前に、自分が住みたい。それができなければ、せめて札幌の不動産でも仕込んでおきたいと思う、今日この頃です。
2007年10月30日
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日本のすぐ隣りで火を噴く超大国・中国・・・。北京オリンピックを来年に控え、中国の破竹の経済成長は、とどまるところを知りません。直近のデータでも、年率11.5%という猛烈な高度成長。政府のマクロ調整政策や元高、原油高にもかかわらず、ブレーキが全くかかりません。その、経済成長を続ける中国に接近するべく、海外で中国語の学習者数が急増しています。すでに、その数は4000万人を超え、2010年台には1億人を突破しそうな勢いです。一方、日本語ですが、海外で日本語を学ぶ人の数は、80年代後半のバブル経済期に急増し、それ以降も緩やかに増加を続けていますが、それでも400万人前後。全世界で6000以上を数える言語のなかで、第7位という堂々の数字ではありますが、それでも中国語に比べれば、10分の1に過ぎませんし、その差はどんどん開いています。アジアのなかで、日本語は少なくとも、バブル期には一番ホットで、注目度が高い言語でした。あれから20年、アジアで最もホットな言語は、中国語になりました。アジアで、いや世界中で、中国語の影響力が増しても、ま、私は困りません。むしろ、中国語を使うビジネスの可能性が広がって、むしろトクをするでしょう。それでも日本人として、アジアのなかでの日本語の凋落・・・とまではいいませんが、相対的な地位の低下は、正直言って残念ではあります。私はいま東京の職場で、インド人の同僚と日々接していますが、彼らの日本語に対する姿勢は、人によって大きく違います。中には、技術しか興味がなくて、「なんで俺が、日本語みたいなヘンな言葉を、やらなきゃならんのだ?」と、日本語学習をはなから拒否する者もいます。「お前、日本をなめとんのか?」と、思ったりするけれど、でも興味ないものは仕方がない。インド人で優秀な技術屋は、英語さえできれば、当面は世の中渡っていけますもんね。かくいう私だって、仕事でインドに行って、現地のヒンディー語とか、テルグ語とか、覚えられるかといえば、あんまり自信ないし・・・(興味はありますけどね)。その反面、日本語を是非学びたいと言う者も、時々います。概して、女性の方が日本語学習に積極的で、そのうち何人かは、仕事の後に、会社が主催する日本語教室に通っています。その姿を見ていると、嬉しい。やっぱり日本人として、海外の人が日本語に興味を持ち、学んでくれるのは、素直に嬉しいものです。実際問題として、インド人のIT技術者が、日本語の学習するメリットは大きいと思います。ここ数年、日本でインドを使ったオフショア開発はかなりの勢いで増えているのに、インド国内で日本語人材は極端に足りませんから、日本語をマスターできれば、ひっぱりだこになる可能性大!彼らにとって、日本語は難しいです。漢字を持たないインド人が、日本語の読み書きをマスターし、日本語で仕事できるようになるまでには、相当な期間、継続的な努力が必要です。あるいは、中国人や韓国人が日本語を学ぶより、2倍くらいの時間がかかるかもしれません。それでも、頑張ってほしい。彼らが、日本語に興味を持ち、意欲を持って学んでくれるのであれば、私は日本人として、熱き心で、支援していきます。
2007年10月29日
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私の職場は、東京にありますが、模擬国連みたいに、いろんな国籍の人がいます。日本人はなぜか少なく、韓国・中国など、近隣諸国の人が、日本人のお客さん相手の仕事をすることが多いです。そのうちの一人、韓国人の友人と食事に行ったとき、韓国での就職難の話題になりました。彼の話によれば、韓国ではここ10年くらい、就職難の状況がずっと続いていて、かなり良い大学を出ていないと、新卒での就職は非常に難しいと言ってました。私は、その具体的な状況や社会背景について、よく知りません。たとえば日本では、90年代後半から、就職氷河期という期間を経験しましたが、韓国の就職難も同じ程度の厳しさなのか?或いはもっと厳しいのか?また、就職難の背景にある原因は何なのか?たとえば、国内の雇用が中国など、どんどん海外に移っているからなのか?或いは、韓国の産業界が、新卒よりも経験者採用にどんどん傾いているからなのか?或いはもっと単純に、新規雇用数に比べて、大学卒業生の数が慢性的に多いからなのか?本当のところは分かりません。韓国の就職難に関連して、私の印象に残っているは、中国・大連での韓国人留学生です。私は2005年から07年まで、大連で暮らしましたが、当地での外国人留学生の大部分は、日本人と韓国人で占められていました。で、私の見聞きした限り、韓国人留学生の方が、日本人留学生と比べて、明らかに中国での就職を意識して学習する人が多かった。要は、韓国に帰って就職することなどハナから考えずに、中国での就職を目指す人が多い。だから自然と、中国語の学習にも力が入る・・・という印象でした。最近見たニュースでは、韓国の大学生に対する意識調査で、機会があれば北朝鮮で就職しても良いと答えた人が、かなりの数にのぼっていたという。これには、ここ数年の北朝鮮領内における韓国企業の進出や、韓国での就職難が影響している・・・という解説がありました。韓国の隣り・中国でも、目覚しい経済発展の裏で、大学卒業生の就職状況は年々厳しさを増しているという・・・。一見、羽振りがよさそうなアジア近隣諸国ですが、その内部では、いろいろと厳しい現実があるのでしょうね。
2007年10月27日
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ここのところ、プロジェクトが火を噴いて、職場が毎日、修羅場のようです。日々、「今日も無事に生還できて、よかったー♪」と言いたくなるような、ハードな日々が続いているので、週末くらいは、家族とゆっくり、羽根を伸ばしたいものですね。この週末は、ちょっくら、千葉県まで行ってきます。まず土曜日は、柏の実家に行って、一泊してきます。台風が接近中なので、なるべく早く、実家に着かなくてはなりませんね。その日の夕方に、オーストラリアの友人がカンタス便で成田入りします。台風の影響で着陸できない、なんてことにならず、ちゃんと日本の土を踏んでもらいたいものです。次の日、日曜日は、その友人とJR成田駅で待ち合わせて、その足で、佐原まで行ってきます。佐原は、秋祭りこそ終わってしまったけど、和情緒あふれる、しっとりした街並みが自慢で、きっと気に入ってくれると思います。佐原観光が終われば、私たちは高速バスで、一路東京に戻ります。そして、サザエさん見て・・・月曜日には、また出勤だ!修羅場が待ってるぞ!
2007年10月26日
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今週は月曜日の夜から、ひどい風邪をひいてしまい、数日間、ブログ更新ができませんでした。職場でも、最近は風邪ひきさんが多くて、マスク姿が目立ちます。この頃は、季節の変わり目なのか、朝晩はめっきり冷え込むようになりました。この時節、暖かく寝起きするには、毛布が欠かせません。というわけで、先週末は、豊洲(とよす)のVIVAホームセンターで、毛布を買ってきました。私の娘(2歳)は、もう十回ほど、この店に来ているので、店内のことは、隅から隅まで知っているようです。今回も、毛布を探している私の手をとって、「パパ、こっち、こっち」と、ある方向に誘導しました。そこは、ペットコーナーでした。ガラスのケースに入れられた犬猫の鳴き声が、けたたましく聞こえてきました。ここのペットコーナーですが、ホームセンターとしては、半端じゃない大きさ。専門のペットショップも顔負けのサイズと品揃えで、犬と猫あわせて、全部で50以上の品種を扱っているほか、ハムスター、インコ、金魚、亀のコーナーも充実。ペットは動きまわるので、長い時間、見ていても飽きません。で、犬や猫の値札をみて、思わず絶句してしまいました。平均:15万円以上最高額:30万円最低でも6万8千円私は、最近のペット事情に、全然詳しくないのですが、確か数年前、母がペットショップで、猫を1万5千円くらいで買ってきたそうです。だから、ペットの値段もせいぜい2~3万円くらいかなあと思ったら、それより、ゼロが一つ多かった・・・。特に不可解だったのが、「スコッティッシュフィールド」という猫の品種。もちろん血統書つきですが、素人目にはどうみても、そこらを歩いている三毛猫にしか見えない。それでも、23万5千円もするのです。ペット売り場の隣は、当然ながら、ペットフード売り場になっていました。そこでは、夥しい数と種類の、ペットフードが置いてありました。値段はピンキリですが、高級品となると、人間様の食べものよりもっと高い。ペットというのは、人間と違って、国の健康保険に加入できないので、病気やケガをしたら、医療費は当然、飼い主の全額負担になります。逆に人間の場合、子供の医療費は、都や区の補助が出て、たいてい無料だから、よく考えると、ペットを飼うコストって、人間の子供を育てるよりも、あるいは、高くつくのかもしれない。でも、ペットは保育園や学校に行かないから、その面での出費はないですけどね。豊洲は、昨今の東京湾ベイエリアブームで、一躍脚光を浴びた地区です。もともと、埋立地の工業地帯だったところに、今では超高層マンションがたくさん建っています。銀座まで地下鉄で7分、という地の利もあって、すごい人気。ベイブリッジの眺望がある部屋などは、ファミリータイプのマンションで億を超える値段がつくことも、珍しくありません。豊洲に、最近マンションを買って移住してきた人々は、「キャナル族」(キャナル=運河)とよばれ、お金持ちが多いことで有名です。彼らの特徴として、夫婦共稼ぎで子供がいない「DINKS」の割合が多い。そういう人々が、ペットに夢中になっていると思われます。VIVAホームセンターを見回しても、子供連れより、ペット連れの客の方が多いかもしれない。私たちは、ここ豊洲のVIVAのほか、江戸川区葛西の「ホームズ」にも、買い物に行くことが多いのですが、こちらの方は、見渡す限り、子供連ればっかり。子供が載る、アンパンマンやピカチュウのカート、ガチャガチャ、飴玉の自動販売機の類で、店内が溢れかえています。同じ東京でも、ところ変われば、客層も変わるものです。
2007年10月25日
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2歳1ヶ月になった、我が娘ソフィアの言語能力の発達ぶりには、目を見張るものがあります。我が家は国際結婚で、日、英、中の3ヶ国語が、日常的に飛び交います。妻(ママ)は娘に英語で話し、私(パパ)は娘に日本語で話し、夫婦間は中国語(北京語)で話します。こういう家に育つ子供は、少なくとも3ヶ国語の習得が必須です。でもそれは最低ラインで、目標は大きく10ヶ国語!!こんなこと言うと、娘に大きなプレッシャーを与えてるようにも聞こえますが、でもプレッシャー(?)をものともせず、娘はちゃんと、ママには英語で話しかけ、パパには日本語で話しかけ、それで会話が成り立っています。そればかりではなく、私の実家の「おじいちゃん」、「おばあちゃん」には日本語で、妻の実家の「グランマ」、「グランパ」には中国語で、「インド人やオーストラリア人の友人」には英語で、ちゃんと話が通じます。さすがに女の子だからなのか、言葉を覚えるのが恐ろしく速い!特に私は、子供の頃無口で言葉が遅かったから、ただただ驚嘆する以外ありません。すでに、"ABCDEFG HIJK LMNOP QRS TUV WS Y&Z Now I know my ABC. Next time want you sing with me"は、全部歌えるし、日本語では「げんこつ山の たぬきさん おっぱい飲んで ねんねして だっこして おんぶして また明日」「ドキドキ させるよ ドキンちゃん バタバタ 走るよ バタ子さん みんな大好き アンパンマン」「一番はじめは一ノ宮 二は日光東照宮 三は佐倉の惣五郎 四は信濃の善光寺~」「千葉ンバンババンバーン 千葉ンバンババンバーン」「ダンダンダンダ ダンダンダーン ダンダダ埼玉」このあたりも、全部歌えます(意味は分かってないと思うけど・・)。だから、日常会話レベルでは、日、英、中のマルチリンガルなんて、楽勝さっ!と、思うわけですが、でも、学校教育となると、話は別。どの言語で教育しても、長年の積み重ねになるから、並大抵の努力では、マルチリンガル&高等教育の両立は難しい。また学齢期に、突然、言語が変わったりすると、「ハシゴを、突然はずされる」といいますが、多くの場合、一からやり直しになると、多くの先輩方は語っています。ここ東京でも、教育の低年齢化が進んでおり、早ければ3歳、4歳から、学校のお勉強らしきものを始める子が増えています。だから私たちも、モタモタしないで、早く方針を決めなきゃならないのですが、なかなか悩んでいます。将来、どの国に住むかによって、娘の教育言語も自ずから変わってくるのですが、今のところ、優先順位としては、「1:英語、2:日本語、3:中国語」を考えています。「1、2位と3位の決め方」妻はオーストラリアで育ったので、英語のネイティブ、私は日本語がネイティブ。また夫婦双方の実家も、英語圏(オーストラリア)と日本語圏にあります。だから自然の成り行きとして、英語と日本語が、中国語よりも優先順位が高くなります。「1位と2位の決め方」私たち家族は、将来、どの国に住むか、予想がつきません。当然、実の親が高齢・病気になって介護が必要となれば、同居するか、少なくとも近所に住みますが、そういう事情がなければ、仕事の都合で、世界中、どこへでも住む可能性があります。その場合、日本語と英語を比較すると、英語の方が、世界のどの国でも教育を継続できる可能性が大きい。だから、英語の優先順位が高くなる。ただ、どの言語をメインに教育をすすめるとしても、大学(院)卒業時に、日、英、中の三ヶ国語を、仕事に使えるレベルまで高めていきたい。それが親として、娘にしてあげられる、最高のプレゼントだと思うからです。私はなぜか、「娘を日本人として育てたい」とか、「英語人として育てたい」と思う気持ちが、あまりありません。むろん、娘も当然どこかの国に属し、そこで良き公民としての義務を果たしていくわけですが(今のところは、日、豪の2重国籍)、でも意識の上で、単一の国民とか、言語という枠組みに縛られないようにしたい。むしろ、そういう枠組みを超越し、「どこでもドア」を開けるように、自由に行き来できるような人間に育って欲しい。世間には、国際結婚カップルの間に生まれた子を称して、「ハーフ」という言葉がありますが、私は、この言葉が嫌い。むしろ、「ダブル」と言うべきでしょう。うちの娘の場合、「日本人であり、同時に、オーストラリア人である」という意味で、ダブル。もう少し拡大解釈すれば、「漢民族の子供だから、中国人でもある」という意味で、「トリプル」かもしれない。たとえ国籍はひとつでも、意識の上で、ナショナル・アイデンティティなんて、いくつでも持って良いと思う。生まれながらにして、「ダブル」ないし「トリプル」として生まれた、我が娘。それを生かして、可能性を大きく広げて、世界に大きく羽ばたいて欲しいと思うのです。
2007年10月22日
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今日は日曜日、朝から地元の英会話教室の主催する、ハロウィーンパーティーに行ってきました。2歳になる娘は、いろいろお土産をもらって、とても喜んでいました。近年は東京でも、ハロウィーンが静かなブームになっているのか、うちの近所でも、ショッピングセンターでハロウィーン特別企画をやったり、関連グッズを売っているほか、公立の図書館でさえ、ハロウィーンのカボチャのお面を、さりげなく飾っていたりします。ほんの一昔前の東京は、ハロウィーンの「ハ」の字も知らない土地柄だったので、隔世の感があります。でも、アメリカみたいに、ハロウィーンの日に仮装してご近所さんの家に遊びに行くようになるには、まだまだ長い年月がかかるんでしょうね。ハロウィーンに限らず、海外から東京にやってきた文化・風習で、東京人に受け入れられ、普及したものは、たくさんあります。「ヨガ」も、そのひとつでしょう。近年の東京における、ヨガの普及ぶりは、目覚ましいものがあります。ヨガ教室、ヨガ番組、ヨガ健康法やダイエット法、ヨガを利用した潜水法・・・数え切れないほどあります。ヨガ・ブームは、東京だけでなく、世界的な傾向なのでしょう。私のように、ヨガに全然熱心じゃない者にさえも、ヨガの世界的な広がりは、肌で感じることができます。私は、ヨガのレッスンなるものを、この生涯で、たった三回しか受けていませんが、その三回は、三つの国で、三つの言語を使って、行われたものでした。1回目は、オーストラリア・シドニーのヨガ教室で、英語によるレッスン(うちの奥さんについていったもの)2回目は、台湾・台北市の病院で、患者向けのヨガレッスンに参加。言葉はもちろん中国語(義姉の看病のついでに、参加したもの)3回目は、東京某所のカルチャーセンターで、ヨガレッスンに飛び入り参加。言葉はもちろん日本語----------------------先日、職場のインド人の友人と、一緒にメシを食っている時、こんな話題になりました。インド人:「東京には、ヨガという地名があるんでしょ?」私:「えーっ、本当?ヨガなんて地名、聞いたことないけどなあ・・・」インド人:「本当にあるみたいだよ。確か世田谷のほう」私:「世田谷のほうって、どこだろう?駒沢じゃないし、下北沢じゃないし、成城じゃないし・・・あっ、もしかして、用賀のこと?」それで、当たりでした♪用賀(ようが)は、世田谷区にある地名で、渋谷と直結する東急田園都市線の駅があるほか、東名高速道路の起点・東京インターもある、交通便利なところです。この「用賀」をローマ字表記すると、"Yoga"・・・確かに「ヨガ」だ!それ以前に、原語(サンスクリット語)の発音は「ヨーガ」なのだから、結局「用賀」と同じじゃん?「用賀」という地名の起源も、あの「ヨガ」と関係があるとかないとか、いろいろ諸説あるようです。ま、これも何かの縁なのですから、地名の由来なんて堅いこと言わずに、いっそ用賀を日本におけるヨガの中心地にしちゃえばよい!たとえば、「ヨガの本場・用賀で受ける、ヨガレッスン」「ヨガの聖地・用賀で、心身ともキレイになる!ヨガを全面的に取り入れたスポーツジム」「用賀のお寺で、ヨガの奥義を極める」こんなキャッチコピーが出て、用賀を舞台にいろんな商売が始まる日も、近いかもしれないな。
2007年10月21日
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長年の海外暮らしから、久しぶりに日本に戻ってきた私にとって、どう考えても「よー分からん」ものの一つが、NHKの受信料です。NHK(日本放送協会)は、米国のABC、英国のBBCなどとよく比較される、日本の公共放送テレビ局です。さすがに公共放送らしく、商業広告(コマーシャル)の類は一切流れません。番組にしても、視聴率稼ぎのバラエティ番組やワイドショー、深夜のおげれつ番組の類は一切なく、ニュース、教育番組、連続ドラマ、良質なドキュメンタリーなどに定評があります。その点でも、ABCやBBCに比肩されて良い。ですが、NHKが決定的に違うのは、お金の集め方です。洋の東西を問わず、世界の多くの国の公共放送局の財源は、公費から出ています。ところがNHKは、公共放送でありながら、視聴者から直接、「受信料」というかたちで徴収するのです。この「NHK受信料」というのが、実に日本的というのか、曖昧で、よく分からない代物です。普通、商品やサービスを買う時は、それを見て、触れて、感じて、その価値を認めたお客が、代価を支払います。WOWOWのような、有料の電波を受信する場合は、通常、契約書にサインするか、捺印をします。ところが、NHK受信料の支払いに、契約書が取り交わされることはありません。テレビを買えば、誰でもNHKの番組が見られて、同時に民放の番組も見られるので、NHKの電波そのものに対して、価値を認めた客がお金を出して買う、という通常の筋書きからは遠く懸け離れています。だから、受信料を支払っても、支払わなくても、同じ番組が見られてしまうわけだし、逆に、NHKの番組を全く見ず、民放しか見なくても、TVを所有している以上、NHK受信料を要求されてしまう。しかも、受信料未払いによる罰則は特にないので、払わなかった者がトクをしてしまう・・・。なんて不可解なの!現実には、NHKの番組を視聴しているのにもかかわらず、受信料を払わない国民が相当多数いるため、NHKの経営が苦しくなっているという、まことに滑稽な話になっています。要するに、タダなのか、有料なのか、よく分からない。払うも、払わないも、視聴者の善意次第・・・要は神社のお賽銭みたいなものなんでしょうか?もちろん、番組制作がタダなわけはなく、確実にコストがかかっているのだから、それを回収するには、公共放送らしく、公費から捻出するか、或いは民放みたいに、広告収入をとるか、或いはWOWOWみたいに、お金を払った者だけが受信できるようにする必要があるのですが、そのうち、どれ一つとして、実行できていない。いま2歳になる娘ソフィアが大きくなって、「パパ、NHKの受信料って、払わなくていいの?」って聞かれた時、私は正直言って、ロジカルに説明できる自信がありません。こういう、説明がつかない制度を、21世紀、グローバル化の世になっても温存している日本という国の存在は、ある意味、貴重なのかもしれません。
2007年10月19日
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最近の新聞によれば、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)、略して「メタボ」の認定基準が、近く改訂されるかもしれません。いま、日本におけるメタボ認定基準は、次の通りです。■内臓脂肪型(腹腔内脂肪)蓄積ウエスト(おへその位置)周り男性・・・85cm以上女性・・・90cm以上選択項目上記と以下のうち2項目以上■高脂血症中性脂肪値・・・150mg/dl以上HDLコレストロール低値・・・40mg/dl未満■高血圧収縮期血圧・・・130mmHg以上拡張期血圧・・・85mmHG以上■高血糖空腹時高血糖・・・110mg/dl以上このうち、男性のウェスト85cm以上、という基準が、世界的にみても厳しすぎるため、平均的な男性までが、メタボ認定されてしまう恐れが、医学界からも指摘されるようになりました。私は、医学のことは、全く畑違いでよく分かりませんが、40才以上の中年男性で、ウェスト85cmなんてのは、今どき、ごく平均的と言って良いでしょう。そんな程度で、なぜメタボ認定の基準になっちゃうの?というのが、私の素朴な疑問です。もう一つ、素朴な疑問は、男性のウェストが85cm以上、女性が90cmが基準となっていること。なぜ女性の基準の方が緩いのか?男性の方が身体が大きいのに・・・。現時点で、日本の基準が世界の多くの国と、大きくかけ離れていることは一目瞭然です。1)米国の基準男性 ウェスト102cm以上女性 ウェスト88cm以上2)欧州の基準男性 ウェスト94cm以上女性 ウェスト80cm以上3)世界糖尿病連盟(IDF)による、アジア人の基準値男性 ウェスト90cm以上女性 ウェスト80cm以上4)日本肥満学会の基準男性 ウェスト85cm以上女性 ウェスト90cm以上というわけで、「男女逆転」した基準を出しているのは、日本だけなのです。日本人の体型は、基本的にはアジア人のそれに準ずるから、IDFの推奨する「男性90cm以上、女性80cm以上」というのが、私としては一番、感覚的には一番しっくり来るんだけどなあ。いずれにせよ、どう考えても腑に落ちない、現行の認定基準が改訂されるのは、喜ばしいことで、多くの人が納得できる基準にしてもらいたいです。というのも、~2008年から始まる特定健診制度(糖尿病等の生活習慣病に関する健康診査)では、40歳から74歳までの中高年保険加入者を対象に健康保険者に特定健診の実施を義務化すると共に、メタボリックシンドローム該当者、または予備群と判定されたものに対して特定保健指導を行うことを義務づける。5年後に成果を判定し、結果が不良な健康保険者には財政的なペナルティが課せられる~からです。要するに、日本では「メタボ健診」なるものが、来年から始まるんですね。40歳以上なら、誰もが健診を義務づけられ、メタボ認定を受けるか、あるいは予備軍(この概念も、曖昧で嫌だなあ)だと診断されちゃったら、「特定保健指導」なる、御用医師のお説教を聞かなきゃならない。一体、何されるんだろう?サプリでも食わされるのか?あるいはメタボ運動を強制されるのか?でもって、5年経っても改善されなかったら、財政的ペナルティが課せられるんだそうな。それも、個人にではなく、会社に対して課せられるんだって!なんか嫌だなあ。日本でそれやったら、陰湿な「メタボいじめ」が起きるでしょう?「メタボ自殺」、「メタハラ」(メタボ・ハラスメント)が、流行語大賞を取るかもしれない。そもそも、健康保険という、国民全体の医療を包括すべき公的な医療システムが、特定の病気や症候群を狙い撃ちして、特別健診やペナルティを課したりするのは、その本来の目的からいっても、納得がいかない。これって要は、公正や平等みたいな見地からじゃなくて、単に医療費負担を減らしたいだけなんでしょう?タバコ増税みたいに、「取りやすいところから取れ!」、医療費に関しても、「減らしやすいところから減らせ!」みたいな、場当たり的発想。あー、やだやだ。私は、メタボ予備軍かもしれない。自分の健康のために、家族のために、それを治さなきゃならないと思っている。でも、国にああだこうだ言われて、メタボを治すのは気持ちよくない!ましてや、国の医療費負担を減らすためのネタに使われたくない!それに、私が一番いけないと思うのは、多くの日本人が、あまりにも無邪気に、無神経に、人々に「メタボ」というレッテルを貼ってしまうこと。「あ、おまえメタボだろ?」、「あいつメタボだから、しょうがねえよな」みたいな・・・。だから、「メタボ健診」みたいなものが、大手をふってまかり通ってしまうのか。日本が、こんなアホなことを、平気でやる国であるならば、私はまじで、メタボ移住しますよ!日本を離れ、メタボ健診のない国へ・・・。
2007年10月18日
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今日の仕事帰り、インド人の仕事仲間と、焼肉屋に行きました。彼らは、日本在住暦3~4年。皆さん揃って、ビールがお好きなようで、最初から生ビールのジョッキを、ガンガンいってました。彼らのうち、3杯以上、飲まなかった人はいませんでした(私は2杯しか飲まなかった・・)。で、インド人の皆さんが、口を揃えていうこと、それは、日本のビールは、最高に美味しい自分は、日本に来て初めて、ビールの味に目覚めたインドも含めて、日本以外の国では、ビールを飲む気がしない彼らの母国・インドでは、日本に比べて、ビールを飲む習慣が、あまり定着していません。かの国の、ビールのナショナルブランドといえば、キングフィッシャーですが、人口の割に、あまり飲む人はいません。それに味の方は・・・喉ごしはいいけど、アルコール度数が低くて、薄くて、ちょっと苦い。ま、悪くない味だけど、私にはやっぱり、日本のビールの方がずっと美味しく感じます。コクといい、香りといい、酸味といい、後味といい、とてもバランスのとれた味になっていて、「ああ、美味しい。生きててよかった!」という、幸福感さえ味わわせてくれます。私は、これまで25カ国くらい、行きましたけど、一番、ビールが美味しいと思った国は、中欧のチェコ共和国。ここのビールは、たぶん世界一!本当に、目からウロコが落ちるくらい、美味しい。それに安い!プラハの居酒屋で飲んだ、スタロプラメンなんて、一杯40円しかしないのに、めちゃ美味い!次いで、ドイツ、ベルギー、それらと並んで日本が二番手かな。あと、オーストラリアのビールも、美味しいです。クラウンラガーなんて、日本のキリンラガーそっくりな味。カールトンドラフトも、飲みやすくて美味しいです。日本のビールでは、昔からエビスビールとかが好きだったけど、今は安い発泡酒もレベル上がってきて、のどごし生なんて、一缶100円台なのに、美味しい。素晴らしいコストパフォーマンスですね。地ビールでは、福岡に住んでいた時に飲んだ、杉能舎(すぎのや)ビールの味が、忘れられません。ちょっと高いけど、また飲みたいなあ。
2007年10月17日
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ハロウィーン(Halloween)の時期が、いよいよ迫ってきました。10月末に行われるハロウィーンは、カボチャのお面をかぶってパーティーをやるのが特徴です。これは英語圏の伝統行事とされていますが、同じ英語圏でも国によって、扱いが多少違うようです。米国やアイルランドでは、ハロウィーンを盛大に祝いますが、私の住んでいたオーストラリアでは、「ハロウィーン、何それ?」ってな感じで・・・皆、さすがにハロウィーンの名前くらいは知ってましたけど、あまり気合を入れて祝っていませんでした。ちょっと話が脱線しますが、11月の感謝祭(Thanksgiving day)は、米国やカナダでは祝日になっており、皆さん、家族とともに七面鳥のローストでお祝いするようですが、同じ英語圏でもオーストラリアでは、感謝祭の扱いはずっと小さいです。もちろん休日ではありませんし、同じ11月でも競馬のメルボルンカップの方が、皆にとってずっと大きな関心事です。ハロウィーンに話を戻すと、アジアでは米国文化の影響の強い香港では、ハロウィーンの風習がすっかり定着した感があります。香港ディズニーや各ショッピングセンターで、ハロウィーンをテーマにしたイベントが数多く行われます。同じアジアでも日本では、百貨店業界などが普及に力を入れているようですが、定着するにはまだ時間がかかりそうです。東京の我が家では、近所(東陽町)のこども英会話ミネルヴァで、Happy Halloweenというイベントが行われます。「楽しいゲームで、魔女のおうちへ遊びに行こう」というキャッチが、なかなか面白そうなので、今週末、2歳の娘を連れていくことにしました。もっとも、このイベントに参加すると、英会話教室の勧誘がうるさくなりそうだけど・・・ま、うちの娘には、必要ないでしょう。普段、家で英語を話すことが多いですもんねえ。皆さんが住む国では、ハロウィーンのお祝いをやりますか?
2007年10月16日
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この週末は、千葉県佐原市の秋祭りに行ってきました。佐原といえば、4月16日の旅行記にも出てきた土地ですが、関東地方でも1、2を争うほど、江戸時代の街並みがよく保存されている、古風で優美な町です。この4月に、この地を訪れた時、旅館の人に、「佐原は秋祭りが素晴らしいですから、10月になったらまた是非来てください」と言われたのを、今でも覚えています。この週末は、その秋祭りが、金曜日から日曜日まで、なんと3日間ぶっ続けで、昼も夜も休まず、盛大に行われるのです。日帰りの慌しい旅程ではありましたが、うちの奥さんと娘、インド人の同僚夫婦と、総勢5人で、佐原まで行ってきました。旅館の人の言葉通り、いやそれ以上に、素晴らしいお祭りでした。お祭りといえば、威勢のよい、お神輿ワッショイが印象的なんですが、佐原のお祭りは、それとは一味違っていました。佐原の町の至るところで、雅楽と太鼓の音が鳴り響き、楠公(楠木正成)、源為朝、ニニギノミコト、浦島太郎など、神話や歴史上の人物がごっちゃまぜになって、神様としてお神輿に乗っています。柳が風にそよぐ、小野川に沿って、ゆっくりと下っていく小舟。いまの日本で、こんな古風なお祭りが行われているとは・・・
2007年10月14日
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私はいま、インド人の技術者を使って、日本のお客さんに対してITサービスを提供することを生業としています。この仕事には、インドという国が持つ、日本と全く異質で、かつ途方もない多様性を持つ文化・言語・宗教・風俗習慣と向き合い、理解し、使いこなすという、非常に高度なコミュニケーションスキルが要求されます。今日、それを象徴する出来事がありました。今週から、私のチームに、女性のメンバーが新たに加わりました。彼女は、インド西部の大都市・ムンバイの出身で、イスラム教徒です。イスラム教の経典「コーラン」は、アラビア語で書かれているので、彼女は当然、アラビア文字が読めますし、多少は話せるようです。それどころか、彼女の旦那さんは、インド人でありながら、アラビア語が非常に堪能で、一時期、イラクの戦線で、米軍相手に、「英語・アラビア語」通訳をやっていたこともあるそうです。この夫婦は、アラビア語のほか、インドの公用語であるヒンディー語、マラーティ語(ムンバイ現地で話されている言葉)、そして英語ができます。インドのなかに、「アラビア語コミュニティ」があること自体、私は知りませんでした。地図をみると、ムンバイは地理的に、インドではアラビア世界に一番近いところに位置する港町ですから、たぶん、古くからアラビア世界と交流があったのでしょうね。ところで、私は数年前、オーストラリア・シドニーに住んでいた時、アラビア語を少しだけ、かじったことがあります(詳しくはこちら)。かじったといっても、2ヶ月間だけ、コミュニティカレッジで授業を受けたことがある程度で、アラビア文字で書かれた看板やメニューが少しだけ読める、という程度なのですが、「1、2、3~」の数字ぐらいは、今でもなんとか覚えています。1:ワヒッド2:イスナーム3:サラーサ4:アルバー5:ハムサ注)上記は、エジプトでの数字の読み方です。アラビア語の教科書は、エジプトを基準にしているものが多いのですが、私がシドニーのコミュニティカレッジで習った時は、レバノンのアラビア語が基準だったので、授業で習う数字の数え方に、多少の違いがありました。今日、例のチームメイトと話していて、たまたまアラビア語の話題になったので、私がアラビア語で知っている単語を、いくつか言ってみたら、びっくりされました。「鈴木さん。どうしてアラビア語を知っているの?」「以前、オーストラリアで暮らしている時、たまたま、ご近所さんにアラブの人が多かったので、生活の必要性に迫られて、ちょっとだけ習ったんですよ」こんな感じで、アラビア語ネタで、大変盛り上がりました♪それにしても、アラビア語が、日本で役に立つとは、思ってもみませんでした。いま改めて、人種のるつぼ、オーストラリア・シドニーで暮らした経験が、意外なかたちで、人生の糧になっていることを実感します。そして、広いシドニーのなかでも、パラマタ(Parramatta)という街で暮らしたのは、最高の選択だったと思う。なぜなら、パラマタには、ハリス・パーク(Harris Park)という、シドニー最大のインド人街があり、ここで、インドの料理や音楽、映画に親しんだことが、今の仕事に直接役立っているし・、また、この街には、アラブ人も多く暮らしているので、アラビア語にも自然と興味を持てる環境だったのです。時間が空いたときに、アラビア語、もう少し勉強してみようかな?それよりヒンディー語の方が先ですね。
2007年10月12日
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学校時代の友人、職場の友人、お得意さん、サークルの友人、ご近所さん、ネットで知り合った友人・・・「人脈」は、誰にとっても、生きていく上で貴重な財産です。とくに私などは、社会人になってからの13年間で、4回も会社を変わってきました。今の職場が5社目、かつ勤務国としては3ヶ国目になります(長期出張入れれば、5ヶ国目)。ですので、これまで仕事を通じてつくった人脈は、量的にも質的にも、地理的な広がりや国籍、民族という面でも、それなりのものがあります。うまく活かせば、将来、起業する上でも大きな財産となるでしょう。でも残念なことに、私って、この方面ではあんまりマメな性格じゃないんですね。いつも仕事や暮らしに追われていることもあって、以前の会社の友人とは、そのまま音信不通になることも少なくありません。ですがここ数日、嬉しいことに、友人の方から声をかけてきてくれました。まず一つは、私が997年からの3年間、在籍したA社の同期の連中です。彼らは、かれこれ10年来の友人になりますが、私が7年間、日本を離れていたこともあり、彼らと話すのは、本当に久しぶりです。近いうちに、皆で集まって、都内某所でオフ会をやろうということで、話がまとまりました。もう一つは、中国で働いていた時期に直属の上司だった人物からです。彼女と話すのは、7ヶ月ぶりです。ちょうど良いタイミングといいますが、彼女はまもなく上海を引き払い、東京に移住するそうです(それも麻布十番に住むらしい。すごいなあ・・・)。だもんで、昔のチームメイトを引き連れて、都内でオフ会やりましょうということになりました。昔の職場仲間と、年月を隔てて久しぶりに話をするのは、楽しいものです。皆さん、起業したり、転職して商売敵になったり、逆にお得意さんになったりと、人生、いろいろありますが、ま、どの人生もそれなりに波乱万丈で、エキサイティングですよね。友人との関係は、いつでも大事にしていきたいものです。
2007年10月12日
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最近、飲み食いの話題ばっかりだったので、今回は久しぶりに、私が三度のメシより好きな話題・不動産について書きますね。日本ではここ数年、東京など大都市圏を中心に、地価の上昇が続き、「ちょっとしたバブル」の様相さえ呈してきました。それに伴い、マンション分譲価格も、新築物件を中心に上昇傾向にあるようです。東京23区ではすでに、新築マンションの平均分譲価格が6000万円を超え、普通のサラリーマン家庭には手の届きにくい価格帯になりました。数年前、地価がまだ安かった頃は、「都心回帰」現象が顕著だったのですが、都心部の住宅がこんなに高くなったいま、大型マンションは郊外へ、郊外へと移りつつあります。というわけで、都心に近い地域では割安な中古物件に注目が集まるようになりました。東京23区では、新築の平均価格が6100万円なのに対し、中古の平均は3600万円と、6割を切っています。さいたま市に至っては、新築が平均3700万円、中古が平均1800万円と、半額を切っています。私も、不動産購入を純粋な経済行為と考えた場合、日本でマンションを買うなら中古を選ぶのが正解だと思います。なぜなら日本の場合、都心超一等地の希少物件を除いて、マンションが新築から中古になる際の、価値の目減りが激しいからです。日本のマンションには、「価格支持率」という指標があります。これは、新築マンションを買って、ある年数が経った時、新築の何%の価格で売れるかを、数値化したものです。一般には、築10年時点での価格支持率は、平均70~80%と言われています。もちろんこの数字は、都心や駅からの距離、間取りや面積、その時点での経済環境等にも左右されますが、平たくいえば、新築マンションを買っても、10年経ったら、価値が2~3割、目減りするのが日本のマンションなのです。多くの人にとって、「不動産は一生で最大の買い物」のはず。そんな高額な商品を、数十年ローンを組んで買うのに、「10年経ったら2~3割、価値が目減りするのが普通」であること自体が、恐ろしい。たとえば、こんなケースを考えてみましょう。(ケーススタディ-1)Aさん夫婦は、都内某所にて、4000万円の新築マンションを買いました。自己資金は400万円、残りの3600万円は、金利3.1%の35年ローン(元利均等)を組みました。購入時の諸費用は300万円。さて10年後、価格支持率が75%とすると、彼らのバランスシートはどうなっているでしょう?A)10年後のマンションの価値:3000万円 (4000万円×75%)B)10年後のローン残高:2925万4075円C)10年間に払ったローン返済総額:1686万7440円D)頭金:400万円E)購入時諸費用:300万円差し引き:マイナス2312万1515円 (A-B-C-D-E)10年間、住んでるだけで、なんと2312万円のお金が飛んでいった計算になるのです。もし、この時点で、Aさんの家庭に何らかの事情があって、家を売らなければならなくなった場合、ローンを全額返済したら、現金がほとんど手元に残りません。不動産仲介手数料などを支払ったら、足が出てしまいます。これが、中古物件だとどうなるでしょう?Bさん夫婦は、先ほどの新築物件とほぼ同じ立地で、築15年、2500万円の物件を買ったとします。自己資金は400万。残りの2100万円は、金利3.1%の35年ローン(元利均等)を組みました。購入時の諸費用は200万円+リフォーム代100万円。10年後、築25年になった時点で、マンションの価値は2000万円とします。A)10年後のマンションの価値:2000万円 (2500万円×80%)B)10年後のローン残高: 1706万4772円C)10年間に払ったローン返済総額:983万9400円D)頭金;400万円E)購入時諸費用:200万円F)リフォーム代:100万円差し引き:マイナス1390万4172円 (A-B-C-D-E-F)このケースでも、1390万円が飛んでいく計算になりますが、新築の場合と比べて、1000万円近く少ないことが分かりますね。ではもう一つ、ケーススタディをやってみましょう。(ケーススタディ-2)先ほど紹介した、Aさんの新築物件とBさんの中古物件が、いずれも、購入から3年後に、地方転勤のため賃貸に出されたとします。その時点で、Aさんの物件(築3年)は、月15万円で借り手がつき、一方、Bさんの物件(築18年)は、月13万5千円で借り手がつきました。いずれの物件も、賃貸に出されてから7年間で空室率が5%、管理代行料が家賃の5%、月々の管理費・修繕積立金の合計はどちらも2万円、固定資産税・都市計画税は、Aさんの物件が月1万円、Bさんの物件が月6千円と仮定すると、購入10年後のバランスシートは、どうなっているでしょう?1)Aさんの新築物件A)10年後のマンションの価値:3000万円B)10年後のローン残高:2925万4075円物件の現在価値: プラス74万5975円 (A-B)C)7年間の賃貸純収入:15万円×84月×0.95×0.95-(3万円×84月)=885万1500円D)10年間に払ったローン返済総額:1686万7440円キャッシュフロー:マイナス 801万5900円 (C-D)2)Bさんの中古物件A)10年後のマンションの価値:2000万円B)10年後のローン残高:1706万4772円物件の現在価値: プラス293万5228円 (A-B)C)7年間の賃貸純収入 13万5千円×84月×0.95×0.95-(2万6千円×84月)=805万0350円D)10年間に払ったローン返済総額:983万9400円キャッシュフロー: マイナス178万9050円 (C-D)たとえ賃貸に出すことになっても、中古の方が、ストック(物件の現在価値)、フロー(キャッシュフロー)、いずれの面でも、メリットが大きいことが一目瞭然です。とはいえ現実には、日本のサラリーマンにはローン所得税控除のような制度があり、値段の高い新築を買ってローンを多く抱えた方が、税金の戻りが多くなるわけですが、それでも、10年間の通算でせいぜい数十万円単位の差しかつきません。新築と中古のバランスシートの圧倒的な差からみれば、微々たるものです。だから、私は日本での新築マンション購入に、メリットを感じません。海外の多くの国では、築年数が経っても価値が維持されるし、逆に上がっていくのでいいのですが、日本のように「年数とともに、価値が下がるのが当たり前」の市場であれば、マンションはやはり、立地の良い場所で中古を買うのが正解だと思います。
2007年10月11日
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台湾といえば、美味しい中華料理のイメージが強いですが、実はコーヒーも美味しい、ということを最近知りました。こないだ、台湾から持ち帰ってきた、現地産のコーヒー「古坑珈琲」を一杯、淹れてみました。琥珀色の液体から、立ち上るアロマ、しっかりと苦いコーヒーの味、控え目に添えられた砂糖とミルクとのハーモニー、実にバランスのとれた、申し分ない逸品でした。まあ、私は薀蓄たれるほど、コーヒーに詳しいわけじゃないですけどね。でも、一口飲んで「美味しくて、上質なコーヒー」だということは分かります。「毎日でも飲みたい」と思いました。「古坑珈琲」は、台湾中南部の雲林県で、無農薬栽培された豆を使っているそうです。台湾でコーヒー豆というと、ちょっと意外な気もしますが、沖縄でも小規模ながら栽培していますから、台湾の気候でも十分育つのでしょう。栽培の歴史は結構古く、もう100年近くを数えるそうです。昭和天皇にも献上されたこともあるとか。皆さんも、今度台湾にお越しの際は、カラスミ、ウーロン茶、パイナップルケーキのような定番のお土産ではなく、一風変わった「台湾コーヒー」を買って友人にプレゼントすれば、「旅慣れた、センスの良い人」と思われるかも・・・。魅惑の「古坑珈琲」、日本でも買えるのかな?
2007年10月10日
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うちの娘は、2歳1ヶ月。言葉の発達は目覚しい反面、ウソをつくことも覚えたようで、親としては、悩ましい日々が続いています。ところで皆さんは、子供の頃、「三匹のくま」という、ロシアの童話を読んだことがありますか?ストーリ-は、こんな感じです。むかしむかし、女の子が森で遊んでいると、遠くに家が見えたので行ってみました。その家は、三匹のクマの親子が住む家でした。トントントン。ドアをたたいてもへんじがないので、女の子はそっと中に入りました。台所のテーブルの上に、大きいおわんと、中くらいのおわんと、小さいおわんがありました。どのおわんにもスープが入っていたので、女の子は一口ずつのんでみました。「小さなおわんのスープが、いちばんおいしいわ」 おなかがすいていた女の子は、小さいおわんのスープを、すっかりのんでしまいました。居間(いま)には、イスが三つありました。大きいイスは高すぎます。中くらいのイスは、すわりごこちがよくありません。小さいイスは、女の子にピッタリです。ゆらして遊んでいたら、ドシン!イスがこわれて、女の子はしりもちをついてしまいました。となりのへやには、ベッドが三つありました。大きいベッドは広すぎるし、中くらいのべッドはかたすぎます。「小さいベッドは、ちょうどいいわ」女の子は小さいベッドにもぐりこんで、ねむってしまいました。しばらくすると、三びきのクマが帰ってきました。「おや、わしのスープをのんだのは、だれだ?」「まあ、わたしのスープをのんだのは、だあれ?」 お父さんグマとお母さんグマが、うなりました。 ちびグマが、なき声でいいました。「あーん、だれかが、ぼくのスープをのんじゃった!」居間に行くと、「おや、わしのイスにすわったのは、だれだ?」「まあ、わたしのイスにすわったのは、だあれ?」 お父さんグマとお母さんグマが、うなりました。 そして、ちびグマは、「わーん、だれかが、ぼくのイスをこわしちゃったあ!」と、なきだしました。三びきのクマは、となりのへやに行ってみました。「おや、わしのベッドにねたのは、だれだ?」「まあ、わたしのべッドにねたのは、だあれ?」 お父さんグマとお母さんグマが、うなりました。 ちびグマが、さけびました。「見て! ぼくのベッドにだれかがいるよ」 目をさました女の子は、ビックリ。「きゃあああーっ!」 あわててまどから、にげていきました。ま、同じロシア民話でも、「大きなかぶ」と違って、オチがないし、何が教訓なのか、よく分からないストーリーではありますが、私は子供の頃から好きでしたね。森とクマがよく出てくる、ロシア民話っぽい雰囲気が出てたし、絵柄がきれいだったし・・。ところで、私の手元にある日本語版は、父親グマ=ミハイル・イワノビッチ母親グマ=ナスターシャ・ペトローブナ子供グマ=ミシュートカ女の子=名前なしだったのですが、別ルートで入手した英語版、"Goldilokcs and the Three Bears"では、女の子にだけ、Goldilocksという名前がついているのに、三匹のクマは、全部名前なしという設定になっているのが、不思議だ・・・原作は同じはずなのに。日英版、二つを読み比べてみると、英語版の方が、人間(女の子)に関する描写が多く、かつ、彼女がなぜ、クマの家に無断で入って、スープを飲んで、椅子を壊しちゃったのか、という説明が多かったです。「むかし、Goldilocksという、大変おてんばでいたずらな女の子がいました」→おてんばという性質ゆえに、無思慮な行動をしてしまったんですね。→(日本語版の場合、女の子の性格に関する説明はなく、単にお腹が空いていたから、スープを飲んじゃった、ということになっている)「子グマの椅子を揺らしていたところ、(女の子の)体重が重すぎて、壊れてしまいました」→体重が重いから、椅子が壊れるんですね。余談ですが、英語版の挿絵をみると、無残なまでに、コナゴナに壊れていました。→(日本語版の場合、女の子の体重と椅子の強度に関する説明はなく、単にギシギシ動かしていたら、壊れてしまったようです。挿絵をみると、椅子の足の部分だけ、壊れています)かつ、英語版にはオチもついていました。女の子が逃げてしまったあと、父親グマは、「もう、あの子は、同じことをやらないだろう」と言いました。→これは、一度悪いことをしても、反省すれば、二度とやらないという、人間の良心に期待しているんでしょうねえ。→(日本語版の場合、子グマが女の子に噛みつこうとして、父親グマと一緒に一生懸命追いかけたが、追いつけなかった、とあります。)逆に、日本語版の方は、三匹のクマにそれぞれ名前をつけたりして、英語版より、ずっと、キャラクターとしての親しみが湧くような、設定になっています。どちらかといえば、私は日本語版の方が好きですけど・・・日本語版と英語版、一体どちらが、ロシア語の原作に忠実なんでしょうか?たぶん英語版の方が、アレンジを多く加えてるような気がしますけど。いずれにせよ、ロシア語読めないから、私には検証できませんけどね。
2007年10月09日
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急速な経済成長に伴って、中国人の海外旅行客が、毎年、倍々ゲームの勢いで急増し、世界各国の旅行業者にとって、大きなドル箱マーケットになっています。それに伴い、彼らの旅行マナーが、世界各地で問題視されるようにもなりました。よく指摘される点としては、海外の土産物屋やレストランで、大声で悪態をつくところ構わず、痰やツバを吐くトイレの使い方が汚い海外の空港やホテルで、中国人旅行団を引率する添乗員が、ゴリ押しで無理を通そうとするディズニーランドで、公衆の面前で子供におしっこをさせる数ヶ月前まで、中国に住んでいた私としては、「それって、当たり前じゃん」と、思ってしまうのですが・・・中国で当たり前のことが、国境を越えると、それが常識ではなくなるわけですね。中国大陸から、人々が海外旅行に行けるようになったのは、ごく最近のことです。ですので、まだまだ皆さん、国内旅行のノリで、行動してしまうんですね。このように、海外旅行に不慣れな国民が、現地の人間に揶揄されるのは、古くて新しい問題です。早くは20世紀初頭には、「パリのアメリカ人」という言葉がありました。花の都パリにやってきた、にわか成金・アメリカ人観光客が、大声の米国アクセント英語で騒ぎながら、レストランでも、フランス名産のワインを飲まず、水ばっかり飲んでいることを、地元パリの人間が揶揄した言葉です。どの国民も、マナーの悪さを揶揄されるのは、海外旅行が大衆化し始める時期と、ほぼ一致しているのでしょう。それから、ある程度の時間が経つと、海外でのマナーを身につけることもあるし、また、旅行形態が多様化して、グループ旅行だけでなくて個人旅行者も多くなって、「国民としての」振る舞いがあまり目立たなくなる、という面もあるのでしょう。おそらく日本人も、数十年前、海外旅行が大衆化し始めた時期は、いまの中国人旅行客のように、海外でのマナーの悪さを揶揄されていたのでしょうね。だって、農協、月へ行くっていう、作品があるわけですもんね。
2007年10月08日
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昨日は土曜日、私の誕生日祝いも兼ねて、遠く茨城県の荒川沖まで、タイ料理を食べにいきました。上野から、常磐線特別快速に乗って、1時間足らず。荒川沖の駅に着いて、駅前を歩く。西口も、東口も、見るに耐えないほど、寂れておりました。近所のお年寄り以外、人通りもなく、美容室以外は、店という店は一つも開いてない状態でした。夜になると、タイスナ(タイ人の女の子がいるスナック)が何軒か、開店するそうですけどね。東口の駅前に、古びた長崎屋があって、ここはまあ、地元の主婦を中心に、それなりに客は入っていました。しかし、食料品売り場とケーブルテレビコーナー以外は閑散としていて、東京や柏の雑踏とは比べるべくもない。これが「格差社会」なのか・・・。あまりの寂れように、妻が不思議に思い、「この辺に住んでる人は、どこへ買い物に行くの?」と、言っていました。でもその謎は、すぐに解けました。荒川沖の駅から、10分も歩くと大きな県道に出るのですが、そこのロードサイドに、スーパー、ホームセンター、レストラン、パチンコ屋、トイラザス・・・いろんなジャンルの大型店がひしめいていました。どこも、大型駐車場を整備して、たくさんのクルマが停まっていました。その光景をみて、私は2年前の出張で行った、米国ノースカロライナ州ローリーのことを思い出しました。そこも、中心市街地は寂れまくり、ロードサイドの郊外大型店だけが栄えていたのです。そんな、雑駁とした「米国的」な大型ショッピングコンプレックスの一角に、私たちの目指す、タイ料理屋がありました。ここ、茨城県荒川沖の一帯は、90年代の初頭、たくさんのタイスナックが開店し、それとともに、大勢のタイ人が移住してきました。かつては、「日本のリトルバンコク」と呼ばれたほどです。ですが、この地域全体の経済が衰退してしまったからなのか、タイスナック産業も、長く続かず、閉店が続き、タイ人コミュニティも、縮小の一途をたどっているようです(東京に行ってしまったのか?あるいは、本国タイに帰ってしまったのか?)。ですが、そのなかで少数ながら、頑張っているタイ料理レストランや、タイ食品店があって、そこで出てくるタイ料理のクオリティは、それはもう、東京からわざわざ足を運ぶだけの価値があるのです。今回は、・ナマズの辛子味噌炒め・豚肉のラープ(辛味と酸味がきいた、肉入りのサラダ)・ココナッツのトムヤム風味スープ・ライチのジュースを頼みました。どれも、本当に、満足いくものでした。隣りのタイ食品店でも、思わず、たくさん買ってしまい、大荷物を持って、電車に乗って柏に帰ることになりました。私思うに、日本でタイ料理を食べる時、「本場っぽい味だなあ」と思わせる要素が、いくつかあると思います。1)「さわやかな酸味があること」タイ料理=辛い、というのが、世間一般のイメージだと思いますが、私の食べ歩いた限り、タイ料理のなかにも、辛くないものはたくさんあります。たとえば、バンコクなどタイ中部平原の料理は辛いものが多いけれど、北東部のイサーン地方(ラオスに近い方)の料理はさほど辛くなく、むしろ塩辛いものが多いように思います。ですが、どの地方の料理も、レモングラスなどを巧みに使って、さわやかな酸味を出している点では、共通していると思います。先ほどの話でいえば、バンコクの料理は「辛くて酸っぱい」、イサーン地方の料理は、「塩辛くて酸っぱい」というのが、私のイメージです。2)「食べられない部分がたくさんある」タイ料理の特徴として、スープやカレーなど、煮込み料理には、レモングラス、生姜、各種スパイスなど、「そのままでは食べられない」ものが、たくさん含まれています。これらの素材は、香り付けとか、ダシを取るという意味で、料理には欠かせないものなのですが、それらを取り除かずに、料理と一緒に出すのが、タイ料理らしさの一つだと思います。ただ、日本人はそういう食文化に慣れていない人が多いから、日本で営業するタイ料理屋では、取り除いてしまうところも多いのですが、今回行った荒川沖の店などは、タイ本国のスタイルで、生姜やスパイスがバシバシ入った状態で、料理が出てくる。これがポイント高いと思います。あと、「雰囲気も味のうち」といいますが、「店内にタイ国王の写真が飾ってあること」、「タイ語の字幕付きカラオケがあって、男性歌手の声でタイ歌謡曲が流れていること」も、ポイント高い。
2007年10月07日
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今日、東京・新宿の繁華街で、偶然「マックスコーヒー」を目にしました。実は、東京都内で「マックスコーヒー」(正式名称は、ジョージア・マックスコーヒー)を見たのは、これが初めてです。昨年7月から、都内でも販売されるようになりましたが、それ以前は、千葉県と茨城県(と栃木県の一部)だけで販売される「地域限定コーヒー」だったのです。別名、「ちばらきコーヒー」(千葉+茨城=ちばらき)とも呼ばれていました。千葉と茨城の県境近くで育った私にとって、物心ついた頃から、缶コーヒーといえば「マックスコーヒー」でした。このコーヒーの特徴といえば、とにかく甘い!それも、猛烈に甘い!。練乳と砂糖が鬼のように大量に仕込んであり、お世辞にも、ヘルシーな代物とはいえないのですが、この個性的かつ強烈な甘さゆえに、熱烈なファンも大勢いるのです。で、その多くは、千葉県と茨城県に棲息しています。今日でも、千葉や茨城の街角、自動販売機では、当たり前のようにマックスコーヒーが売られています。というか、「マックスコーヒーを売ってない自販機なんて、許せない!!」という感覚が、「ちばらき」地方の住民には、まだ根強く残っています。いくら、健康志向、LOHASがもてはやされる世になっても、この地域で育った者にとっては、子供の頃から親しんだマックスの味は、まさに故郷の味なのです。その強い愛着は、茨城王「マックスコーヒー物語」に、余すことなく描かれています。マックスの東京進出が去年7月だとすれば、もうすでに1年以上が経っているわけですが、でも、東京の自販機の多くは、桑田啓祐のコマーシャルで知られるアサヒ飲料の「WONDA」が席巻しています。自販機にコーヒー商品が8種類あるとすれば、そのうち4つは、「WONDAモーニングショット」、「WONDAアフターショット」、「WONDAオリジンレーベル」、「WONDA圧力仕立て」で占められている自販機も、東京では珍しくありません。ま、思うに、東京都内でマックスコーヒーは、あんまり売れないだろうな。健康志向が多い、都会のサラリーマンやOLに、あんな化け物みたいに甘いコーヒーが受け入れられるとは、考えにくいからです。というか、東京では売れなくてもいい。昔も今も、千葉・茨城だけの地域限定コーヒーであって欲しいという気分が、私の心の片隅にはあります。とはいえ、私もさすがに30代後半になった今、大量の砂糖を、身体が受け付けなくなり、「マックスコーヒー」を飲みたいとは、あまり思わなくなりました。でも、週末、柏の実家に帰る時、ふと「マックスコーヒー」の自販機が目に入ると、「ああ、故郷に帰ってきたんだな」と、しみじみ思うのです。
2007年10月04日
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今日、携帯電話ショップで、順番待ちの間に雑誌を読んでいたら、中国南部の深セン市で、「便器カフェ」なる、新しいタイプの喫茶店が登場した、という記事が載っていました。このカフェは、座席は全部便器、内装も、水道栓をかたどったオブジェなどが施され、まさに便所の中にいるような感覚。看板料理は、「便器カキ氷」(中国語では「馬桶冰」)。便器の形をした容器に、4人分はある巨大カキ氷が、たっぷり盛られて出てくるそうです。私はこれを見て、以前、台湾の台中市で食べた、「便器カレー」を思い出しました。台中市のなかでもオシャレとされる精明一街。終日、歩行者天国となっていて、オープンテラスのカフェが似合うこの界隈で、便器風の容器に入ったカレーをいただきました。見た目はともかく、なかなか美味しかったです。看板料理である便器カレーのほかにも、便器チョコ、便器ミニケーキなど、便器グッズをたくさん販売しておりました。「便器カレー店」、台湾各都市に進出し、なかなか大きなチェーンになっているそうです。中国大陸の深セン市に登場した「便器カフェ」も、オーナーは台湾人とのこと。やっぱり、便器食文化(?)発祥の地は台湾なのでしょうか?このオーナー、便器だけでなく、「病院カフェ」も考えているらしい。ちょっとエグいなあ。香港にも進出した便器食堂。メニューは、「便器チキン」、「便器ソフト」等々。
2007年10月03日
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今年の8月は、記録的な猛暑となり、9月に入っても残暑の厳しかった時期がありましたが、今ではそれが嘘だったかのように、気温が下がり、朝方はめっきり冷え込んできました。秋なんですよね。食欲の秋。食べ物が一番美味しくなる季節です。この頃、八百屋さんやスーパーで買う果物も、夏場と比べて断然美味しくなって、巨峰ぶどうでも、柿でも、何を買っても、満足感があります。とくに素晴らしいのは、梨の美味しさ。新高、長十郎、豊水、二十世紀・・・いろんな品種が出回ってますが、どれもジューシーで、噛んで感動、蜜を吸い込んでも感動!東京に出回る梨っていうのは、たいてい、お隣りの千葉県で栽培されてるんですよね。それも東京に近い、松戸市とか鎌ヶ谷市、白井市、市川市などが主産地となっています。この一帯は、宅地化が激しいエリアですが、それでも梨農園が、依然として頑張っている。うまくやれば、採算とれるんでしょうね。これもまた、東京郊外になりますが、こないだ、埼玉県の狭山地方を歩いた時に仕入れた「狭山茶」。これをお土産にして、実家に持っていったら、すごく美味しいって、喜ばれました。値段を聞かれたので、「600円だったよ。入間市の金子っていうJR駅の近くにある、腰のひん曲がったおばあちゃんがやってる土産屋で買った」と答えたら、「600円で、こんなに美味しいお茶が飲めるなんて!」と、さらに驚かれました。大都市というものは、たいてい、肥沃な土地の上に成立するものです。人口3000万を数える巨大都市・東京も、もとはといえば関東地方の豊かな土と、温暖な気候のうえに、成立しています。そこには、多くの作物が育ち、美味しいものがたくさんあるわけです。とはいえ、東京都区内は、ほぼ市街地化されたため、郊外に行かなくては、農地は残ってないのですが、そこでは、千葉の梨、狭山の茶のように、美味しい味覚が、まだまだ楽しめるのです。ところで最近、首都郊外に現れた、新しい味覚といえば、「荒川沖のタイ料理」。東京のベッドタウンとしては、一番はずれの方になりますが、茨城県土浦市の荒川沖(あらかわおき)地区では、バブル期以来、多くのタイ人が住みつき、タイ人コミュニティができています。当地のタイ料理は、都内でもなかなか食べられないであろう、本格派の味覚。タイ人の、タイ人による、タイ人のためのタイ料理が、日本にいながら楽しめるのです。私の妻は、子供の頃、タイの東北部(ウドン・ターニー)で暮らしたことがあり、酸っぱ辛いタイ料理の味覚になじんでいます。こないだ、荒川沖で食べたタイ料理の味が忘れられなくて、時々、うなされたように、「荒川沖行きたい、行きたい・・・」と、言います。私も、もうすぐ禁断症状が出そうなので、今週末は、荒川沖まで遠征して、食いまくってこようと思います。
2007年10月02日
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前回の日記で、近所のインド幼稚園のことを書きましたが、子供を幼稚園や学校に通わせる時期になると、にわかに出てくるのが、「居住地選択」という問題です。子供の教育のことを考えて、ベストな居住地を選びたいうのは、当然の親心です。これから先、東京に住むのであれば、私たち家族にとって、どこがベストの住地なのか?私は、やっぱり下町が一番だと思う。交通が便利で、物価が安く、エスニック料理が美味しく、子供に優しく、水辺の空間も多く、実家にも近い「下町エリア」を離れる気はありません。というか正直言って、隅田川の西側に住みたい気がおこらない。となると、同じ下町エリアで、どの区が一番かということになるのですが、私が時々迷うのは、江東区と江戸川区、どっちがいいか?という問題です。東京都心・日本橋から隅田川を東へ渡ると、江東区。そこからさらに東へ向かい、荒川と中川を越えると、江戸川区になります。そのさらに先は千葉県になりますが・・・要は江東区と江戸川区って、都心の東側、同じ路線上にあって、江東区がちょっと都心寄り、江戸川区が千葉寄りとはいえ、一言でいえば、似たような区なんですね。江東区と江戸川区、どちらも、川と海に挟まれた、低湿地帯にあります。海抜ゼロメートル地帯も多い。どちらも、海を埋め立てて、面積を大きく伸ばしてきました。昔は、水害に悩まされてきましたが、今では治水技術も向上し、都心勤めのサラリーマン家族向けのマンションがたくさん建ち、人口が大いに増えました。強いて違いをいえば、江東区は住宅だけでなく、工場やオフィス街も多いのに対し、江戸川区は住宅街が圧倒的に多いことでしょうか。ところで最近の江戸川区は、「赤ちゃん天国」とよばれ、子供を持つファミリーにとって、人気の住宅地となりつつあります。不動産広告でも、「子育て支援充実の江戸川区」というのが宣伝文句になっており、その意味では、半ばブランド化したような感さえあります。江戸川区が、なぜ子育てで評価が高いのかというと、保育ママ制度とか、私立幼稚園に対する手厚い補助など、昔から子育てに力を入れてきたからです。加えて、公園が多く、水辺空間も多く、無料の動物園まである。都心に近い割には地価が安く、若いサラリーマンでも住宅を買えてしまう・・・などが、評価されています。私思うに、江戸川区の子育てがもてはやされている背景には、日本国の厳しい財政状況と、出生率低下という世相が反映していると思います。江戸川区は、区立幼稚園が非常に少なく(6園)、私立が圧倒的に多く(38園)、公立と私立の保育料格差を区が補助(月額26000円)しているのですが、これは「官から民へ」という、政府の方針と合致します。また、江戸川区の合計特殊出生率が都内でダントツに高いことも、脚光を浴びる一因となっています。対する江東区はどうかというと、子育て環境が悪いわけではありません。むしろ、児童医療費の公費助成を中学3年まで延長するなど、自治体は頑張っています。合計特殊出生率も、23区では高いほうです。なのに、いまいち宣伝下手なのか、「子育ての江東区」とはあまりいわれない。公立幼稚園は20園と、23区では新宿区に次いで多いのにもかかわらず、あまりに人口増加が激しすぎて、待機児童を数百人単位で出しているのが、イメージを下げているのでしょう。また、区内に私立幼稚園が少ない(11園)こともあって、私立幼稚園就学児に対する保育料補助は、低所得層に対してしか行われていません。私の立場からいうと、たとえばの話、娘をインド幼稚園に通わせようと思った場合、江戸川区の保育料助成2万6千円は、確かに魅力的です。加えて、園への送り迎えにクルマが必要になるでしょうが、江戸川区の駐車料金は、江東区より月5~8千円も安いのが普通なので、それも魅力です。が、江東区の場合、江戸川区よりも都心に近く、交通の便利さが魅力になっています。たとえば、地下鉄東西線の場合、江東区内の駅は門前仲町、木場、東陽町と、3駅に快速が止まるのに(南砂町だけ快速通過)、江戸川区内の西葛西と葛西は、快速がいずれも通過します。そのため、江東区の東陽町に住むのと江戸川区の西葛西に住むのとで、わずか2駅しか違わないのに、都心に出る所要時間が、10~15分ほど違うことがあります。あと、道路などインフラ整備は、江東区の方が、江戸川区よりも格段に良いように思います。江東区内の多くの地域は、関東大震災や東京大空襲などで焼け野原になり、その後、首都東京の核となる広い街路が碁盤目状に整備されました。だから、車道も歩道も広く、渋滞も比較的少ないので、バスも時刻表通りに来ることが多い。一方、江戸川区の街路は概して狭く、場合によっては歩道と車道の仕切りがなく、仕切り線だけ書いてあることも少なくありません。江東区に住む場合、公立幼稚園は満杯だし、私立幼稚園に対する保育料助成はないも同然だけれども、一旦入園してしまえば、しめたもの。道路事情が良く、送り迎えにあまり時間がかからないとか、快速停車駅なので、会社帰りに迎えに行きやすいとか、街路が広いので、子供を安心して歩かせることができるとか・・・そういう地味な部分で、江戸川区より子育てしやすい環境にあると、言えるのではないでしょうか。
2007年10月01日
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