伊賀へいらっしゃい
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無名庵跡に行って来ました。 無名庵は現在の伊賀市上野赤坂町の芭蕉生家に地元の弟子達に依って 建築された庵で芭蕉没後市内、愛宕山大福寺境内に移築され土芳達の サロンとして活用されたようです。 「冬扇一路」に収められたら「伊賀実録」によると、解体された無名庵 の木材で宝暦五年(1755)に藤堂采女元甫が赤坂の別邸の六々庵に移し再形庵と改称したとあります。 その後宝暦十三年(1763)に息子の藤堂采女元福の時、農人町東出に移した と「無名庵之記」にあります。 地元の郷土史家達の調べによるとそれは、当時の箕浦藤兵衛邸だということで 古地図によるとその箕浦藤兵衛邸だと思われる庭がここだと推定されます。 幕末頃までは芭蕉ゆかりの遺品が残されていたと考えられます。 帰り道、岡本苔蘇菩提寺、明華寺も行きました。 岡本苔蘇は墓石を用いず椿を植えてくれとの遺言でこのような墓になり ました。 詫助椿という椿のようです。 芭蕉五庵の一つ瓢竹庵の庵主で土芳の蓑虫庵の一つ東のブロックの 東日南町にありその蓑虫庵の一つ西に愛宕山があり弟子達が集まりやすかったのでしょう。 明華寺の庭に珍しい松があったので゛会員で話し合っていると奥の方 から、多分ご住職の奥さんだと思われます 「その松は寿松と言います」 との声が、かかりマツボックリが落ちないとのことでした。 マツボックリが落ちないので縁起が良いとされていますがもっと 珍重されるべきものでしょう。 ネットで調べると寿松という種は無く、しだれ松の一種で、しだれ松に は赤松と白松がありこれは「しだれ白松」だと思われます。 主に観賞で栽培されているようです。
2018年09月16日
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