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この本も「読み物」として入手した。プロの棋士・碁打ちが放った意表をつく妙手を集めたものである。こういうものは、まず自分の力にはならない。あまりにもレベルが違いすぎており、こんな技術を自分のものにしようなどとゆめ考えてはならない。だからこの本は最初から観賞用と割り切って買った。たいていの人がそうなのではないか、とすら思えるほど、高度なヨミが盛り込まれている。だが、こういう手を見て、「見事だ」と感じることが大事なのではないか。意表をつくだけなら私だってしょっちゅうやっている。ただし、正しい読みの裏付けがなければならない。私などのレベルでは、意表をつく悪手であることが大半である…。筆頭に、あの、岩本薫が木谷実相手に放った「俗筋の妙手」が掲載されている。「これぞ鬼手」と題して。あの坂田ですら「すごい手」と絶賛している。あまりにも有名な手だが、私はこの本で初めて知った。ほかに、木谷vs呉清源の鬼手が2回現われた名局や、若き日の加藤正夫相手に放った橋本宇太郎の妙手、また加藤正夫が小林光一から名人位を奪った挑戦手合での狙い爆発の一手など、古典から現代まで、じつに幅広く集められている。これだけの取材をするのはさぞかし大変だったろうと思う。鬼手の数では、やはり坂田栄男が目立つ。とくに「こんなところに…」と驚くような手段が印象的である。これに続くのが橋本宇太郎か。個人的には、数では坂田・橋本に及ばないが、インパクトの大きさで岩本薫の鬼手が好きである。小岸壮二戦での強引なトリカケ(実際にはきちんとヨミに裏付けられた必殺の一手)がなんともパワフルである。現代碁ではやはり趙治勲が目を引く。しかし、登場回数はじつはそんなに多くない。もともとこの人は、「一手の妙手」より、一連のヨミが意表をつくタイプなのだ。この本に掲載された手でも、加藤正夫相手に放った1目得の「魔手」はいかにも鬼手といった感じだが、もうひとつの片岡聡戦の天元ツケは、どちらか言うとその後の構想が見事だという印象だ。鬼面人を驚かすような鬼手の類は少ないと言われる本因坊秀栄も、3子捨ての妙手で登場している。この本はじつに多くの碁が紹介されているので、概要を書きつくすことは困難である。ぜひ入手して鑑賞していただくことをおすすめする。そのほかに印象に残ったのは、坂田vs林海峰の、2手続けての鬼手の応酬か。これはじつに見応えがある。(上村邦夫九段著・河出書房新社・1999年1月初版発行)
2010.03.31
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しばらくサボってしまった…。私の持ってる囲碁の本をいくつか紹介したい。興味を持たれたらぜひご一読を。さて、最初は、ちょっと迷ったが、この本を。「実力五段」とは、ちょっと背伸びし過ぎの感があるが、タイトルが面白くて購入した。悪力をいかにいなすか、打破するかを教える本であるが、第1章がいきなり「悪力恐るべし」(笑)。この章だけでも、充分楽しめる。とくにアマの対局では、ごつい俗手を連発するした手の力強さに、やはり悪力は怖い、と思ってしまう。そういえばアマ指導に定評のある白江治彦プロがいつかテレビで「俗筋は成立すれば最強の手段」という珍格言(?)を述べていたが、まさにその通りである。しかもここで紹介されているした手は、俗筋だけでなく、ちゃんと手筋も心得ており、なかなかにパワーがある。ただし、力の出しどころ、最強手段の選択に問題があるというだけである。こういう打ち手と打つと、いったん相手のペースにはまると手の施しようがなくなるものである。プロの悪力では、大平修三のハンマーパンチが坂田をとらえた碁と、趙治勲の強引なシノギの碁が紹介されている。もちろん技術水準が違いすぎてアマの悪力とは比較にならないが、「こんな石を狙うのか」「こんな石を引っ張り出すのか」という驚きを感じさせてくれる。発想が悪力的なのだ。第2章は悪力の持主にペースに巻き込まれやすい危険な定石群の紹介だが、これこそ魔婆斗にはちょっと荷が重すぎた。まあこの本は初段クラスには、無理にものにしようとせずに、読み物として楽しめばよいのではないか。技術論のみの章はこの章のみ。第3章から再び実戦および有名な一手の解説になる。「一手」といえば、やはり有名な手は出てくる。これも私が所有する『鬼手』という本にも載っている手が多い。「岩田打ち殺しの一手」を「悪力の権化」と評しているのは面白い。また、俗筋の頂点とも言える岩本薫の一手もやはり登場する。この本では、史上最高の悪力を九世安井算知と断じている。たしかに若き日の秀和をも圧倒したあのパワーはちょっと他に類を見ない。私は趙治勲最強説だが。最後の章は、悪力を力でねじ伏せた碁が紹介されている。こうして見ると、悪力を制するのはやはり力なのだな、と思ってしまう。
2010.03.30
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碁を覚えたばかりの頃を振り返って、いろいろな思い出を書こうと思ったが、思うようにネタがでてこない。さらに思い出したら、またの機会にということで、いったん区切りをつけようと思う。本日のタイトルは私の持論で、これはただルールを条文的に暗記するということではなくて、ルールを知り、それを自分に有利なように運用できることをさす。こう言ってしまうと、じつに途方もないことのように思える。なぜなら、どんなゲームでも、ルールを味方につけた者が常に勝者になるのはごく当然のことであり、それはプロレベルでもつきつめればそういうことである。だから「ルールの運用」を完全に実行できれば、それはまさしく世界最強なわけであり、とても初段などというレベルではない。私が言うのは、そこまではいかずとも、常にそれを意識して打つ、あるいは無意識にそれが身についている、ということである。方法論が結果的に間違っていれば、「ルールを正しく運用」したことにはならないが、問題はその精神なのである。とくに死活などは、この典型である。例を挙げればオシツブシの活きなどである。これは着手禁止点のルールを活用した手法であり、「どうすれば打たれたくない点に打たせずにすむか」を追求した結果導かれる筋である。死活以外にも、オイオトシは相互着手のルールを利用した筋であり、タケフツギも相互着手に基づく。全局レベルでいえば、コウにより形勢を有利に導くのも、コウのルールの活用である。ルールを戦略的に活用することを意図できるまでに達した人は、実際、部分的なテクニックもそれなりのものになっているはずである。つまり、それがだいたい初段レベルなのではないか。そしてそれは、これも私の持論であるが、「人間ならば誰でも、そこまで至るまでにいやになって囲碁をやめてしまわない限り、必ず到達できる水準」なのである。つまり、どんな人でも、魔婆斗程度のレベルまでにはいつか必ず到達できるはずである。囲碁は将棋に比べてきわめてシンプルなルールである。しかし、それだけに奥が深く、実際にルールを字面で覚えても、その意味を理解して正しい着手を選択することが非常に難しいのである。自由度が大きいだけに、正しい手を見つけるのが困難なのだ。だから多くの人が、途中でやめてしまう。じつにもったいない話である。かつて『ヒカルの碁』ブームの頃、若い人たちがネットに数多く集い、囲碁を覚えて半年足らずで私を追い抜いていくような若者たちが続出した。ついこの間、七子でこてんぱにやっつけた相手に互先で敗れた時、まず驚異を感じたが、その次の瞬間に感じたのは悔しさではなくうれしさだった。こうしてどんどん囲碁人口が増えて、私などは当たり前のように追い抜かれていく存在になるようであれば、とは思ったが現実はそうはならなかった。あの頃の盛り上がりが、私が生きている間にもう一度くればいいのだが…。さて、次回からは私の蔵書を披露していこうと思う。
2010.03.29
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この本は、昨日も紹介したが、15人のプロ棋士がそれぞれテーマを受け持ってミニ講座をするような内容である。今思えばじつに豪華な企画である。これは、著者である田村竜騎兵(故人)の人脈がなせる業で、おそらく空き時間に積み重ねた取材をもとに、田村が編集したものであろう。コンパクトにまとまっており、碁の考え方のダイジェスト版といってもよい内容となっている。ちなみにこの本は、毎日コミュニケーションズから『すべての囲碁ファンに捧げる本』として復刊されており、今でも入手可能である。記憶の範囲でいうと、●定石と形勢判断:石田芳夫○辺のヒラキの基本(「二立三析」など):橋本昌二●布石の基本(ヒラキの高低など):高川秀格○攻めの急所:加藤正夫●大模様:武宮正樹○大局観:趙治勲●死活の基本:工藤紀夫○厚みの活かし方殺し方:林海峰●手筋:大竹英雄○形の急所:坂田栄男●反発の重要性:橋本宇太郎○コウ:小林光一●ヨセ:加納嘉徳といったところである。じつにうまい分担である。これだけを見ても、欲しくなる人もいるのではないか。とくにおすすめなのは序盤についての橋本昌二・高川秀格の講座と、工藤紀夫の死活の基本である。これを知っているだけで、初級~中級の人は、絶対に有利になる。たとえば、「隅の六目は死」という基本中の基本も、意外と知らない人が多いのである。隅の六目をこちらから手をかけて殺しにいくか、それとも横目に見て転戦するかは、実に大きな差である。また、これを知っていれば、「封鎖か眼取りか」の選択を迫られた場合、隅は放置しても二眼できないと知っていれば迷わず封鎖をめざすことができる。封鎖を逃して隅を攻め、中に飛び出されて模様を消されて活きられるなどということもなくなる。一方、相手は、死にはないだろうと、出口がふさがってからやおら活きにきても手遅れで、殺されて初めて愕然とするわけである。布石理論についても同じ。本当に難しい「布石理論」などいらない。石の高低とか二立三析などといった基本を知っていれば、戦略的に十分優位に立てる。大学の囲碁部の門を叩いた時の私の引き出しといえば、総論ではほとんどこの本がすべてだったと言って過言ではない。広く浅く、手っ取り早く囲碁の全体像を学びたい人には、ぜひおすすめしたい。あとは各論―序盤・中盤・手筋・死活・ヨセ・定石など各要素を、自分の上達度に応じてもっと詳しい本を入手して補強していけばよい。
2010.03.28
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初めて買った本自己流の学習にもさすがに限界がきて、私はなけなしの小遣いでどうしても碁の本を買いたくなった。最初に買ったのは、石田芳夫の『布石と定石を打とう』だったか、それとも田村竜騎兵の『碁きちに捧げる本』だったか…。自己流の限界を感じていたため、やはり定法を知っておきたいという気持ちから、前者を買ったような気がするが定かではない。後者は当時のトッププロ15名がそれぞれテーマを担当してミニ講座をするという内容だったが、たまたまその先頭が石田芳夫だったのである。しかも、内容は定石と形勢判断の重要性を説くものだった。定石については、手筋の宝庫であり、正しいワカレ方を身につける早道だからというもので、当時の私にはまったく納得がいった。だから『布石と定石を打とう』を買ったという推測も十分成り立つ。まあどちらでもいい。ここは石田説でいこう。実際には定石は、周囲の状況を基本的には考えずに、部分での最善を追求する手順であるから、実戦でこのとおり打ってよいケースはむしろ少ないのではないか、とすら最近では思う。常に隣や対角の隅はどうなっているか、辺は、中央は、と状況によって変化しなければならない。ほとんどの碁は「場合の手」をいかに見つけるかがポイントのような気がする。ましてや定石が4つ(つまり隅全部)現れる碁などは稀である。すべての隅で定石が打たれるとしても、「部分的に不利」とされる廃定石が周囲や全局の情勢により復活することがある。プロの碁で、そのような定石が打たれることがあるのはこのためである。だが、やはり当時の私には、定石手順というものは非常に力になった。小目の小ゲイマガカリに三間にハサんだのに対し二間トビ、さらにツケヒキの形でハサんだ石にツケる手などは、まさに「手筋」という感じで、サバキの初歩である。こういう手順を読んで目を開かされた覚えがある。知っていて定石はずれを打つのと、定石を知らないのでは、やはり大きな差がある。私のように定石から入るのは決しておすすめできるものではないが、ある程度打ち方を覚えてきたらやはり一度は定石を覚えたほうが有利だろう。プロは「定石など勉強しない」とか「定石などすぐ忘れてしまう」とか言う人が多いが、それは力が並外れているからこそできる芸当である。普通の人は、一度は定石を学ぶ方が上達は早いと思う。ただし、やはり「覚えて忘れる」ことが重要である。常にその場での最善の手を自分で考えること、これがないと実際面白さも半減すると思う。よしんば必ず定石を打つ、という戦法を採るにしても、定石の選択が重要になってくる。複数の定石がある場合、たいてい最善のものとそうでないものがある。定石だから間違いない、というものではないのである。「正しい定石」を選ばなければならないのである。布石についても、その意味がわかりやすく簡潔に書いてあってよかった。当時は今ほど布石の研究がすすんでおらず、今では甘いとしてほとんど打たれない「高中国流」なども打たれており、この本にも実戦例が紹介されていた。今はもう入手できないかも知れないが、定石・布石の考え方を概観するには適した本だったと思う。
2010.03.27
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ルールはともかく、用語などまったくわかっていなかった頃、シチョウのことを「必殺技」と言ったり、コウのことを「千日手」と言ったり、独自の呼び名を勝手につけていた時期があった。その中でも、今日のオリジナル用語はすぐにピンと来る方が多いのではないか。そう、『ヒカルの囲碁』にも出てくる必殺少年(この筋のを自らのフィニッシュ・ホールドに定めている)も大好きな、決まると爽快なあの技である。【第1図】を見てほしい。いま、黒からイに打てばどうなるか…。一見して自殺手である。なぜなら、その地点は、白に三方を包囲され、最初からアタリになるからである。じじつ、囲碁を覚えて間もない頃は、こういうところはすかさず(笑)イの上にアタリして白イのツギと代わっていた。しかし、そのうち、「取られた地点でも、その点に打つことによって相手の石を取れるときはそこに打てる」ということを思い出し、少し考えるようになった。【第2図】カウンターパンチ黒1と打ってみる。当然、白2と取られるが、取られた形をよくよく見ると、白4子がアタリになっているではないか!これはルール上、コウではなくすぐ打てる。カナメの白石を、しかも1子おまけまでついてダメージ増大である(実際には黒も犠打を放っているので得したわけではないが)。私はこの手をみつけて有頂天になり、まさにボクシングのカウンターのようだということで「カウンターパンチ」と名づけた。後に知る「ウッテガエシ」という囲碁用語も充分味のある言葉であるが、このいかにも少年らしい命名もなんとなく感じがでているではないか。【第3図】ちなみに、これは「ダブル・クロス・カウンター」(^^)vすみません、最後のは後年造りました…。(^^ゞなお、後年、大学で囲碁部に入った時は、たまたまプロレス好きな部員が多かったので、かなりマニアックなオリジナル用語が飛びかっていた。いくつかの例をあげると、 人間風車→グルグル回し(なんでだ~) 鉄柱攻撃→鉄柱で相手の石を攻める(そのまんま)さらに、片方が大ダメージを受けると、ギャラリーから「顔面血だらけ」とか、「黒(白)、大流血」とか、東スポの見出しのような声が飛んだ。また、会心の一手を放つ時に石を持つ手を高々と上げ、さらには立ち上がって「オン・ザ・トップローーーーープ!」とか言ってるやつもいた。なんとも変な集団である。
2010.03.26
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『ヒカルの碁』番外編で、「必殺ウッテガエシ」を得意技(笑)とする少年が登場する。私にとっての必殺技は、「ウチカキ」であった。当時、まだ活き死にの概念が完全に理解できていなかった少年たちである。その中でいち早く「欠け眼」の概念を習得した私は断然有利になった。私が囲碁を打つことに興味を持って挑戦してくる同級生たちは、眼をもって活きなければならぬ場面に遭遇すると、一様に一線をハネるのだ。サガれば活きるものを…。眼らしきものを二つ作ってほっと一息ついている相手に、意表をつくウチカキ一発―(笑)。当時は面白いように決まり、連戦連勝であった。これを悪用して辺に一眼作られれば活きるような形でも終局間際まで放置し、相手がハネてきた瞬間にウチカキで止めを刺すようなあくどいこともやった。そのせいで後年になるまで囲碁仲間を作れなかったわけだが…。所詮子供のやることである。かくして私は中学で無敵の王者として君臨した。
2010.03.25
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その後私は、極秘の研究(笑)を重ねて、自分なりに囲碁の必勝法をあみ出していった。まあ、予想はつくと思うが、囲碁を始めてちょっとしたら、誰でも気がつくようなことばかりである。しかし、本すら読まぬ独学では、それこそ未開の地を開拓するような境地であった。その最初のものが、「二線の石はすぐ取れる」というものであった。何とも妙なことから覚えたものだと思われるかもしれないが、結構大事なことであり、後々にも応用がきくのではないだろうか。つまり、二線の石1子に、盤の端の方向にアタリをかけると、逃げられないということである。逃げても再度アタリをかけられ、中央ならダメが2つ増えるところが、盤端であるがために逃げ場がない。単純なことではあるが、これは非常に大切なことである。もともと、これをみつけるきっかけは、「隅から打つ」碁の理論を自分なりに考察して、「ならば一番の隅っこに打つとどうなる?」ということから研究を始めたことである。「一番の隅っこ」すなわち一の一を初手に打つと、すぐ隣に打たれてアタリになり、逃げてもどんどん追いかけられて、最後は隣の隅で取られとなる。当たり前のことだが、当時の私にとっては、最善の着手を理詰めで覚えるのに避けて通れない知識だった。さらに二の一は?二の二は?…とつきつめていって、その途中で気づいたのは、二線の石に先にアタリをかけられると、もうその石は逃げられない、ということだった。相手に盤端を除く二方向をオサエられた1子から安易にハネるとたちまち切り取られてしまうのだ。したがって、捨てて利かすつもりの場合以外は、ハネられない、ということ。なお、一の一にアタリをかけられても、逃げずにアテ返すと、1子取られたときに再度アテ返すと相手にツグ手がない。いきおい、相手もアテ返してめまぐるしい変化になる…。もっとも、これは後になって、くっつけて打つから悪いのであって、離して打つか、もっといいのは完全無視するのがベストということを知った。こんなくだらないことでも、一度は考察してみる価値はあろう。
2010.03.24
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さて、ルールも最低限は把握し、その後私は、少しずつ技術的なことに気がつき始めた。その最初が、「石が大きくなると、取られるまでの手数が増える」ということである。どういうことかというと、石が大きくなる(=2つ以上つながる)と、取られるまでに石の数以上に手がかかると言うことである。ごく当たり前のことであるが。具体的には、1子…4手2子…6手3子…8手…という具合に、1子増えるにつき2手ずつ手が延びるのである(注)。数学に強い人ならば、等差数列というものも思いつくだろうが、そんな難しいものを持ち出すまでもなく、これは感覚的に理解できる。もっとも、だからこそ「2子にして捨てよ」という格言もあるわけであるが、当時はそこまでは思いつかなかった。「大石死せず」も、結局はこの原理に基づく。当時の応用力では、「とにかく逃げれば何とかなる」と思うまでが精一杯であった。しかし、ある日、その原則を覆す事件が起こる。図をつけたいところだったが、もったいつけてもしかたがない、要はシチョウが生じたのである。その時も、例によって私が「どカナメ石」をシチョウにカカエられ、「逃げれば手数が2つ伸びるから大丈夫」と数手逃げた(笑)。しかし、ふと気がつくと連続してアタリをかけられている。これはおかしいと思ったが、相手の石は断点だらけである。敵の攻め手が切れたとたんに、両アタリにしてくれると(笑)、なおも盤の中央近くまで逃げたが依然としてアタリをかけられる状態である。どこかで相手がアタリの方向を間違えてくれればピンチ脱出だが、相手も偶然できた形で学習してしまったらしい。こちらが逃げると、間髪を入れず打ってくる…。これはやばいと思い、ふと「盤の端は特殊」ということを思い出し、気を取り直してまた逃げた。対角線の先には黒石も白石もない。しかし、さすがに盤端近くになって、この法則は石を取りに行ってる方にしか有利に働かないのでは…ということに気づいた。無念の投了である。その時は、囲碁にそんな簡単に石を取れる手段があるわけがない、と思った。実際、プロの碁を見ても、そんな形が現われることはない(現実には稀にだが出現している。単なる情報不足)。だが、ジグザグに追うと、確かに石を取ることができる。当時の私は、これをてっきり新発見だと思い、未発見のテクニックを偶然発見したものと思い込んだ。「もしかしたら、これで天下を取れるかも…」(笑)―私は、ひそかにこの技を「必殺技」と名づけた。「必殺技をひっさげて、坂田を倒す日も近い」って…?(当時は林海峰かな?)後日、またまた本を立ち読みして(だから…;)、「シチョウ」なるテクニックの存在を知った。常にこの存在を意識して打つことが大切であるという初歩の初歩も。「シチョウ知らずの碁打ちかな」とはまさに名言である。ついでにその時、ゲタも覚えた。大体、こんな形が現われないから、といって、それをプロが気づいていないなど絶対にありえない。ちゃんと対策をしているから実戦で打たれないだけである。「シチョウ有利」とか「シチョウ不利」とかいう用語も、その時に初めて知った。常に潜在的に存在している手が、シチョウなのである。この頃からだんだん、囲碁の奥の深さが実感できてきたような気がする。ところで、シチョウは、漢字で書くと「征」である。なんとなく感じが出ていると思いませんか?(注)石がまっすぐに伸びる場合に限る。曲がった場合は1手しか延びない。これがシチョウの原理でもある。
2010.03.23
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碁の話なのに、「千日手」とは何だ?と思われよう。まあ先を読んでください。話はまた遡るが、ルールすら満足に理解していない同士の対局を重ねるうち、ある時、コウが発生した。それもとてつもなく大きい、まさに「天下コウ」である。相手の石を取った自分の石がアタリになっており、すぐに取り返されてしまう…。「ここは譲れないな…」「こっちも譲れないね」当たり前である。だがお互いコウのルールを知らないので、果てしがない。そこで、将棋の千日手のルールを思い出し、「15手打ってこれが続いたら引き分けにしよう」ということになった。今思えば「そんなアホな…」であるが、ルールを知らないのではしかたがない。その碁(?)は当然、無勝負になった。笑われるかもしれないが、でも、よくよく考えてみると、人間が初めてコウに遭遇した時も、似たようなものだったのではないか。その時の人間は、すぐに現在のルールに想到したのだろうか?案外、無勝負にしたのではないか。同型反復の解決策がそんなに簡単に思いつくものかどうか。コウのルールが囲碁を面白くした大きな要因であり、張栩棋聖が「コウの名手」と言われるのもむべなるかなである。「コウを制する者は碁を制す」のである。ちなみに、コウに正しい対応ができないのも、PCソフトの弱点の一つである。そういえば、前に述べた件の将棋少年(全国レベルに達した友人である)に囲碁を教えたら、すぐにコウを覚え、うわ手である私をしばしばコウで脅かした。総合力では圧倒しているのに、こちらの形勢がよくなるや、コウになるところをさがし出すのである。これはいやだった。通常はした手を泣かす常套手段のはずのコウなのに、このした手はコウに関してだけは私を上回っていた。このあたりが勝負勘というやつだろうか。実際、将棋のプロ棋士は囲碁を打っても全国クラスという人がたくさんいるとか。話をもどす。同型反復と言えば、循環コウや長生、さらには有名な三コウもある。これらに至っては、棋士(かつての言い方で言えば「碁打ち」)でさえも解決策を見出せず、無勝負と結論づけている(応氏杯は別)。ルールも学ばずに囲碁を始めた中学生がコウの解決策を考え出すことなどできようがないではないか。コウのルールについても、後日、私が立ち読みで調べた(だから買えっつうの…)。これでついに囲碁のルールについて一通りパーツがそろった。あくまで基本ルールであるが。つまり、●相互着手○石取り(抜き)の法則●地が多い方が勝ち○コウのルールである。あとは強いて言えば「隅の曲がり四目」や「万年コウ」、さらには石ずれの処理など細かい(というか、町の碁会所などではそもそも実践されているかどうかも疑わしい)ルールぐらいで、とりあえずは支障はない。そこでこれから、いよいよ技術編に入っていくのである。
2010.03.22
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伯父(アマ二、三段ぐらいか。今思うともっと弱かったかも知れない)から教わる前の囲碁勉強法は、普通の人と違い、なかなか本を買わなかった。中学生という身分から、経済的に困難だったことが大きい。TVにしてもチャンネル権がない。それでは、最初は何をしたかというと、新聞の囲碁欄である。当時の我が家は朝日新聞だったので、名人戦(いわゆる「新名人戦」の初期だった)である。それを切り抜いて、意味もわからず譜を並べたものである。しかも、碁盤も石もない。何を使ったかというと、碁盤はカレンダーの裏に自分で線を引き、石は当時こつこつと集めていた小銭である。白石はもちろん1円玉で、これは数を集めるのが容易である。問題は黒で、10円玉だと当時の私には結構な金額になるので、一定以上たまるとどうしても使いたくなってしまう。そこですぐに黒は5円玉とした。石が足りなくなるとアゲハマを交換して補充するということもすぐに考えついた。そんなところは妙に知恵が回った。最初に並べたのは、名人戦挑戦者決定リーグの石田芳夫対橋本宇太郎戦である。で、初めて覚えた定石が、小目への一間高ガカリに対するツケヒキである。普通の人のように星への小ゲイマガカリに対するツケノビではないのだ。ちなみに、星の定石で最初に打ったのはツケオサエである。これも本を読まなかったからだろう。なんとなく、カケツギの好形で同時に隅を守っているようでよさそうに思えたのだ。今思うと、本当に変な囲碁歴である。新聞の解説など、紙面はごく限られており、1手1手の意味など、ほとんど書いていないようなものだ。ある程度以上の、それこそ解説なしでもわかるぐらいの棋力の人のためにあるようなもので、結局「なんとなく、わかったようなわからんような…」で満足するしかなかった。やがて本も買うようになり、さらに親に折りたたみ式の板盤とガラスの碁石を買ってもらったが、今でもこの自分の原点である、カレンダー盤に小銭の石のことは、懐かしく思い出す。
2010.03.21
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私が囲碁を覚えたのは中学生の頃である。囲碁・将棋が好きな伯父がいて、小学生の頃は遊びに行くたびに将棋を指していたが、私が中学生になってから囲碁に興味を持ちはじめたので早速教えてくれた。伯父も囲碁の方が好きだったようだ。なぜ囲碁に興味を持ったか―。それは単純で、将棋では自分の限界が見えていたからだ。同級生で全国レベルに達した者もいたりして、とにかく学校で一番になることさえ明らかに不可能になったのだ。負けず嫌いな性分(それも中途半端に。そいつに勝つのは無理だと最初からわかってしまったので)もあり、しからばと囲碁に転向したわけである。囲碁といっても、伯父に教わる前はひどいもので、本(当時はPCなどない)は定石・詰碁・手筋などはおろか、入門書すらも読まなかった。つまり、ルールさえろくにわかっていない状態で、友人の家にあった碁石(子供どうしでは専ら五目並べ用であった)を適当に並べて遊んでいたのである。だからその内容たるやひどいものだった。これこそ信じられないだろうが、まず、アタリ、というか、石が取られる状態とか、着手禁止点などがまったくわかっていない。だからポン抜きの跡にいきなり石を突っ込むようなことが平然と行われていた。そして、「眼」のルールがまたひどい。「ポン抜きを連ねた形が『眼』で、そうなったら抜き跡へのツッコミはできない」というもので、欠け眼も何もあったものではない。さらには「相手の石に2目以上のスペースで囲まれているところには入れない」などという珍ルールもあった(逆だろ!)。早い話が「相互着手」と「地が多い方が勝ち」というだけが正しく、あとはとてもゲームとしても成立していないような代物だった(そんな理解水準なのになぜか「地」の概念だけはわかっていた)。さすがに着禁と欠け眼の概念だけは私が書店で入門書を立ち読みして(買えよ…)訂正したが、その時も対局が始まってから「そこは打てないんだよ」とかいう始末(打つ前に言わんかい…)。何事もそうだが、やはりルールを理解しているものが強いのは当然である。それから私が中学で頂点を極める(…って、なんか卑怯じゃね?)過程を、シリーズで紹介しよう。もちろん笑われるだけだし、自慢話にも何もならない話だが、こういうわけのわからない少年が囲碁を覚えていく過程は、これから入門しようという人に参考になるのではないかと思うからだ。あるいは上級の方も、ご自身の思い出と照らし合わせて、懐かしんでいただければ幸いである。乞うご期待。
2010.03.20
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それにしても、昨今のPCの囲碁上達ぶりはめざましいものがある。若い人には信じてもらえないかもしれないが、それこそ私の若い頃(今も「若い」と主張してはいるのだが、他人からもそう認めてもらえた頃、という意味で)は、お話にならないくらいの弱さだった。十数年前、スーファミの囲碁ソフトを買ったが、弱いだけでなくやたら長考するので参った。シミュレーションゲームでいう「キャンペーンモード」のようなモードもあり、最後の対局に勝つと名人だかなんだか忘れたが称号をもらえ、とにかく「おめでとう」と言ってもらえる。ただし、これは最後の方になるとやたら置石を置いてくるというとんでもないもので、「それありかよ~」と言いたくなる設定である。GBAの「ヒカルの碁」も似たようなものだが…(塔矢光洋、そんなにたくさん石置いて「これが名人・塔矢光洋の碁だ…」もないだろう?)。それでも、唯一の黒星はCOMの長考に耐え切れなくなりベランダで喫煙中に打たれての時間切れ負けが1回だけだった(おのれ、いつの間に打ちやがった…卑怯な真似を…)。それを囲碁を覚えたての知人に貸したところ、翌日うれしそうに「レベル5になるとけっこうきついね。レベル9だとさすがに勝てない…」との感想だった。それをきいて私はびっくりした。そのソフトは、強さを9段階に設定できるのだが、正直、私にはレベル1とレベル9がどう違うのか全くわからなかったのだ。「やっぱりレベル設定って、何か変わるのか…」悟った私は、そのソフトをかの知人に進呈した。だって、その人が持ってた方が絶対楽しめるし有意義だから。また、さらに遡って私の学生時代には、囲碁部のある先輩(もちろん「趣味部員」ではなく「選手部員」である)が、PCソフト相手に、9路盤で9子置かせて全滅させる「ゲーム」に熱中して徹夜したことがあるという。9路の9子って…。いくらなんでもそんな勝ち方をするには、もはや「最善の一手」など打っていては不可能であり、“見切り”というか、「どうせCOMならこう打つだろう…」といった“見込み”着手が必然となる。そんな打ち方をあまりすると、はっきり言って碁が弱くなる。したがって上級者は普通そういうことをしないのである。だからこそ、この話を私に教えた友人は「ゲーム」という言い方をしたのだ。碁ではないという意味で。あきれてみせたが、私も人のことは言えない。会社の同期入社の友人で、学生時代に囲碁部の主将だった男がいて、ある日、彼とPCの囲碁ソフトの話題になった時、「最近のPCソフトも昔よりは強くなったけど、まだ19路の9子までならなんとかなるね」と言ったところ、とんでもないという顔をして「いや、9子は無理だよ。せいぜい7子だね」という答えが返ってきた。いかに私が無理な手を連発しているかを如実に物語っている。対人戦でも、同じした手と打っても、弱いうわ手の方がかえって強いうわ手よりも無理な手合いで勝ってしまうことがあるが、なんのことはない、弱いうわ手は、無理筋を平気で打つからである。そもそも無理だとさえ思っていない…。最近のソフトは本当に上達(?)めざましい。無理筋もこっぴどくとがめてくる。しかし、烏鷺3ぐらいまでだと、まだまだ死活が正しく判定できなかったりするんだよなあ…。もう歳だし、私の身体がいうことをきく間に、携帯ゲーム機で互角以上に戦えるソフトが出ないかなあ…。おすすめの「最近のソフト」の一つ、「天頂の囲碁」ほかに「世界最強銀星10」…これもほしいなあ
2010.03.19
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互先 天頂の囲碁先番 魔婆斗新世界の神黒71とタチ、味を残さない。白はここで72と手を戻した。地で争うつもりか?それとも、魔婆斗が右辺に手を入れないと見て、まず他でほころびが出ないよう心がけているのか。黒73。やはり右辺を打たない。魔婆斗も意地だ。白74は、素直に75の方をツグべきではないのか。ここを切られてしまうと、前譜で貴重な先手を渡してまで中央をつながった意味がなくなる。というか、すでに黒からM-8に切られると手だ。白76とまたひとつ右辺を打った。白が一つ打つと、黒も付き合っている。白78に、愚直に黒79とマガる。白80を一本打ってから84と上辺に手を入れた。ここは切られても手にならないところだ。天頂独特の、終盤の不要な手入れだ。この局面でこれが出るとは…。黒85に白86も意味不明。109にオサエて問題ないはずだ。白88とツイで右辺の戦闘再開だが、魔婆斗は黒89でヨミキリだ。白は90以下ねばってはみたものの、黒107まで、ぴったり一眼にしかならない。魔婆斗、ついに念願の先相先打込み達成だ。【魔婆斗】白72とは、あきらめたのか、L?黒73に白74は方向が違うだろう…。白76。むだなことを…。白78。予想通りの手だ。こういう手を打ってくるのも計画のうちだ。白84。いよいよあきらめたか。もうすぐ楽にしてやるよ。黒87。もう勝負は終わった。白88に98ツギは形が悪くまぎれる危険がある。黒89でもう何もない。白94には黒95にアテてここに眼はできない。シボられるといやだから黒97に打っておくか。白98。ここを切られても下には目ができないからどうやっても一眼だ。白100のコウ取りからここのカナメ石を狙っているのだろうが無駄なことだよ。黒101と出て、白には策動の余地はない。白106とこちらに眼を作ってきたから黒107。これでとどめだ。白108は後手死に。やった…!ついに打込みだ。僕は、新世界の神だ…!!
2010.03.18
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互先 天頂の囲碁先番 魔婆斗チェックメイト黒35の切りは、覚悟の上とは言え、白にとって痛い一撃だった。天頂は白36と2子をツイだが、これは白37の方を助けるべきではなかったか。黒36の2子取りには、白50とオサエて被害を最小限にくい止めることができる。ただし、後手だが…。天頂は白38とアテ一本で間に合わせて先手を選んだ。しかし、地を犠牲にして得た貴重な先手を白44、46とこちらの連絡にまわしたため、再度後手をひいてしまう。黒49アテから51とツガれ、このメリコミはいかにも大きい。白52―。ついに殴りこんでいった。天頂の勝負手である。ここを荒らさなければ、もはや争えない。魔婆斗は少考して、黒53と隅から迫る。辺での単独の活きは至難である。なにしろ周囲の黒はがちがちに堅い。結局、白58に手を戻した。ここをさらに侵入されるのはあまりに耐え難い。黒は59とここの味を消し、右辺はにらみ殺しにしようとする。白60以下は疑問。ここは黒からさしたる狙いはない。黒61で活きを確かめられ、さらに白62と後手をひくようでは右上を完封されてジ・エンド…しかし魔婆斗はツガない。黒65と出る。あくまで右上・右辺は手入れ不要と主張している。こうなると白も意地だ。天頂は手を抜いて再び右上に向かう。なんと白66ツケ―。こんな狭いところに割っていって、はたして手になるのだろうか…。【魔婆斗】白48は、こうつながっておかないと中央の味悪が露呈する。したがって、黒49にまわることができた。これも僕の計画通りだ。地合は決定的になった。もはやLは、右辺に殴りこんでいく以外に、手立てを失った。いいか、L。お前は僕の作った鉄壁の前にひざまずき、僕に逆らって地に殴りこんだ罪で死ぬんだ…。白52―。計画通り…!ああ、もう死んでるさ…。白58に手を戻してきたが、何のつもりだ?まさか地で勝てるとでも思っているわけじゃないだろうな。だが僕にもプライドがある。右辺には手入れ自体、一生してたまるか。黒59―。こっちの味ぐらいだろう、気になるのは。もう白から怖い手はない。チェックメイトだ!これで52の1子は孤立状態だ。何もできまい…。白66から70だと?最後の悪あがきだな。いいだろう、相手になってやるよ。
2010.03.17
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互先 天頂の囲碁先番 魔婆斗勝った…!!黒1と受けておく。隅が味悪なので、こう打っておかないとハネダシなどが不気味だ。白2、4にも黒5とじっとマガる。右辺が大きく、味がよくなった。白6に黒7、9とさらに右辺を大きくまとめにいく。白10は味が悪い。すかさず黒11に奇兵を飛ばす。白12とがんばったため、黒13から15でしびれた。白16に抜かないと、黒から1子取る手がさらに2子にもアタリだ。白16だったので、黒17とこちらの2子を取る。しかも白20が省けない。魔婆斗は黒21からのハネツギまで打って、もうヨセに入ろうという態勢だ。白は24以下、あちこちキカしまくるが、結局白34のツギに手を戻さざるを得ない。黒35、ついに両アタリの痛打である。【魔婆斗】黒1、本手。こう打って右辺を固めて損はない。白2、4―。しつこいな。いらいらするがここはじっくり黒5に受けておく。これで右辺はますます入りにくくなった。白10は無理だろう。黒11の様子見から13、15で上の2子が落ちる。黒21からはもうヨセだ。いつまでも付き合ってはいられない。白24からは無駄なことだ。L、お前はいずれ34にツガざるを得ない。白26、28、30…。一生で一番長い10手だ。白34―ツイだか。ふふふ…。黒35―。勝った…!!
2010.03.16
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互先 天頂の囲碁先番 魔婆斗計画通り黒67から69とアテコミ、白4子をダメヅマリにしておく。これでここに眼形ができそうになった。さらに慎重に黒71と押す。これでこの黒はほぼ活き形だ。白は懸案の下辺72に回った。黒73は右辺を盛り上げると同時に白の模様を制限する、ほぼ絶対の一手。白はいよいよ右辺に突入かと思われたが、なんと74の囲い。消された後から囲いにいくような手である。こんな手で間に合うのか?しかし、追い込み型の天頂らしい手ではある。魔婆斗は黒75とじっと受ける。碁盤の左半分で2箇所も活き、囲い合いなら遅れないとみたか。白76、緩手―。いくらなんでもぬるいだろう。ここは急がないし、ここを打つとしても86の点だろう。黒は勇躍、77から79と、右辺から右上にかけて大きく囲ってしまう。囲い合いで負けないと言っている。黒87の様子見に白88とがんばってきたので、黒は89、91のツケ引き。白90で91のハネダシは怖くて打てないだろう。白92ツギを見て、魔婆斗は黒93と一本出てから95とワリコんだ。87にノゾいたときからの狙い筋だ。白はやむなく96の方を切り、98と右下に転じた。両アタリは残っているが、今守ってはいられない。【魔婆斗】黒71まで、左辺の黒はけっこう余裕がある活きだ。白72はまだ小さい。なぜなら、左下の黒はもう活きているからで、黒から72と打っても、白にその上を切られ、2子を取るのは活きている石から地を増やすだけだからだ。黒73が全局の急所で、ここに回れては黒いいだろう。白76とはずいぶん付合いがいいな。甘すぎるぜ、L…。もう少し賢かったら、面白くなったかも知れないのに…。黒77から囲って、囲い合いでも勝てる。計画通り…!右上から右辺がこのまま手つかずで地になったら負けだから白はいずれ入ってくる。それを殺せば、僕の勝ちだ!
2010.03.15
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互先 天頂の囲碁先番 魔婆斗狂いなし白34と切断と封鎖を含んできたのに対し、黒は35のノゾキを決めに行く。ここを厚くさせるのは左辺の黒に悪影響が及ぶが、左上隅で白コスミツケと黒タチの交換があるので問題ないとふんでいる。しかし、ここで白がノゾキにツガなかったので波乱が起きた。白36と強引な封鎖。当然の37の出に対し白38とオサエて存外がんばっている。黒39はやや苦しまぎれの感があるが、ともかく黒45と活きを確保する。白は46、48と今度は左辺を攻めにくる。黒49と切りを入れ、相手にも弱点を作っておく。白54は冷静。この手で55から出切るのは、黒から60に切られて思わしくない。黒55に戻り、白はなおも56と追撃態勢。魔婆斗は黒57から61と形を作りにいく。白62に黒63から65と打ち、スペースを確保する。いつの間にか上辺左方の白の地模様が大きくなる。中央下方にカベもできており、こうなると甘そうに見えた白L-13が働いてきた。しかし魔婆斗は落ち着いていた。【魔婆斗】白は強引に封鎖に来たが、左上でコスミツケとタチの交換があるのでここはカベを作らせてもいい。白は断点が多く、いずれ手が戻るからカベはそんなに怖くない。とにかく左下さえ活きてしまえば、白の強攻は空振りに終わる。黒45まで、すべて予定通り。わがシノギに狂いなし。
2010.03.14
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互先 天頂の囲碁先番 魔婆斗DEATHNOTE風自戦記ついにマッチポイントである。5勝2敗。この碁を勝てば、魔婆斗悲願の先相先打込みである。魔婆斗の憎たらしさを強調するために、本局ではDEATHNOTE風の自戦記を作ってみた。随所に織り込んでいきたい。さて、黒1、3はここ一番で魔婆斗が愛用する布陣。白が4手目でカカリを打ってくれば秀策流も含んでいる。実戦は白4と空き隅だったので黒5とシマる。これも、手堅くそれでいて地にも辛い、魔婆斗好みの布石である。左辺ワリウチから黒9のヒラキに白10とコスミツケるのは、悪手の見本とされる手だが、勢力重視の天頂は平然と打ってくる。黒13の両ジマリが打てては黒、不満ない。白14とは渋く打つもの。黒15と右辺を構えては満足以上だろう。すでに白、容易ならぬ形勢である。白18も個性的。だが、黒11がきているので、なんだかつまらないように見える。黒19と定型どおり潜りこもうとしたのに対して、天頂は白20と変化球を投じてきた。黒21は勢い。対する白22、黒23に対する白24といずれも頑張っている。だが黒25とノビこまれて味が悪いことおびただしい。黒27とノビて、この黒はなかなかつかまらない。それでも白28では、いったん29にノゾキたかった。単に28だったので、黒29とする余地が生まれた。本来、白30と代わって相手を固めるので打ちにくいが、右方の白の構えが小ゲイマなので惜しくないという判断だ。魔婆斗は黒31のハイを利かして黒33と踊りだす。しかし、白28がきているのにこんな手を打って大丈夫なのだろうか?【魔婆斗自戦記】KIRAですか…。好きだなあ…。黒33は読みきった手。白が切断してきても、こちらには策がある。
2010.03.13
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今から10年ばかり昔になるだろうか…。YAHOO JAPANの無料ゲームの囲碁のコーナーで、なんとなく仲良しになった人たちで「オフ会」なるものを開催している時期があった。私の参加していた東京だけでなく、大阪や名古屋などでも開催され、時には互いに「遠征」などしたりしていた。気心が知れると、ネットでもかなり遠慮なしの発言もしあうようになる。私もかなり毒舌の部類で、ずいぶん失礼なことを言ったものである。まあお互い様だが。ネットでは人柄ががらりと変わる人もいた。オフ会ではごく紳士的な方が、突然、時代劇の悪役もかくやという人格に豹変するのが意外性があって楽しかった。ネット碁のいいところは、普通ではとても声もかけられないような強豪と、気軽に打ってもらえることである。ネットで知り合ったために、オフ会でも生で打ってもらえる。これはありがたかった。happynobuさん、toubiさん、genevaさん…プロにも五子までしか置いたことのない私だが、五子では確実に歯が立たない強豪ばかりである。なかでもhappynobuさんなどは、シノギにまわると「ころさないでー」なるチャットを連発する。その気になってトリカケなどにいこうものなら痛烈なしっぺ返しが待っているという寸法である。まあ、数手打てば只者でないことはわかるが…。好敵手といえば、kent0mgさん、i_magicさん、そして関西のsn056jpさん(何かのコードみたいなHN)などである。とくにkent0mg氏との対局(なぜかオフばかり)は、私が最も燃えた一番で、内心「名勝負数え歌」などと勝手に思っていた。そしてオフ会の場に欠かせないのがzarugoさん、amamitsuさん。amamitsu氏は、途中から多忙となりオフ会参加率が落ちてしまったが、その人望から、集まったメンバーが誰からともなく「あまみつに連絡しよう」などといって電話したりしていた。zarugoさんは東京オフの長老で、その人柄が周囲をなごませる、まさにオアシスのような人だった。私が転勤してから、めっきりオフに顔を出さなくなり、その後ネットでもあまり見かけないが、お元気でいらっしゃるだろうか…。ちなみにその当時、私が名乗っていたHNは、t_g_sabaki(ザ・グレート・サバキ)である。どうしても格闘路線からはずれられないのね…。
2010.03.12
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昔話の続き。卒業時の級位は15級だったから、まあ「弱い初段」といったところか。あとで聞いた話によると、囲碁部の初段は、プロの初段相当ということだから、プロには八子ということになる。今までプロには五子で3戦全敗。当たり前である。置石が3つも足りない。プロというものは、なかなか石を置かせてくれないものである。もっとも、その方が勉強にはなるが。最初に打ってもらったのは藤沢朋斎九段。恥ずかしい話だが、私は藤沢先生だと気づかず、日本棋院で何かの大会があった時、空き時間の徒然に女子大生と碁を打っていた時に横に座った先生を、「へんなじいさんだな…」くらいにしか思っていなかった。じいさん、対局が終わると女の子に対局を申し込む。手合いは七子。私も彼女に七子置かせていたので、私はてっきり、この人俺と同じくらいの棋力だな…とか思ってしまった。対局開始直後、じいさんこちらを向いて「次はあなた打ちましょうね」と言う。「はあ…」とか生返事した(なんて失礼なやつ…)。対局は女の子の惜敗(てゆーか、打ち筋見て気づけよ)。かくて私の番となったが、なんと私はニギリをしようとしたのだ。爆笑するギャラリー。しかしまだ私は気づかない。じいさん目を白黒させて困っている。ただならぬ雰囲気に、「もしかしてこの人思わぬ強豪(まだアマだと思っていた)か」と、改めて手合いを問うと、五子置けと言う。カッとなって私は序盤から猛攻を仕掛けた。白石の根拠を奪いガンガン攻め立て調子よく打っていたが、戦いが一段落してみるとどうも地合いが怪しい。てゆーか、目算してみると全然足りない。ただ逃げているだけのように見えたのになぜ…。最後は無理なトリカケをきっちりとがめられ、逆にツブレての投了となった。観戦していた先輩にじいさんの素性をきいて蒼白になったのは言うまでもない。2戦目は依田紀基元名人。当時はまだ若手棋士のホープといった地位だったと思うが、この対局が最も「対プロ勝利」に迫った1局であった。実はこの碁は3面打ちだった。私と女子大生2人相手に、均等に目配りする先生を見ているうちに、不意に「あんたの相手は俺だ!こっちを見ろ」とばかりに盤も折れよとばかりに気合の一手を叩きつけた。すると、眼光鋭く振り向く依田先生。何しろあの風貌と堂々たる体躯である。碁ではなく総合格闘技で戦ったとしてもとても勝ち目はない。たちまちびびってしまう。少し後悔したが、それでも碁は優勢のまま終盤に。ところが、「少しずつ緩むと、結局ひっくり返される」と、根拠のない頑張りを打ったところ、隅が手になり逆転。並べなおして「黒、勝ってたじゃないですか…」の一言に、さらに精神的ダメージを受けた。それはわかっていました…。3戦目が大平修三先生。これは以前書いた。この時はもう会社員になっていたので、よもや五子でプロに勝とうなどとははなから思っていなかった。無謀だという周りを無視して、勉強のため、と自ら五子を志願し、とにかく積極的に打った。最後は予定通り散ったが、守り一方でジリ貧になるのを嫌い反撃により活路を見出そうとしたツケコシを局後にほめていただいた時は本当にうれしかった。個人的な見解を言うと、私程度の力量では、プロには九子置いたとしても、本気を出されたら絶対に勝てない。プロに勝てるとしたら、それはした手の打ちぶりに満足して、ご褒美をくれた時だけである。
2010.03.11
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学生時代、私は囲碁部に籍を置いていた。こう言うと、さぞ強そうに聞こえるが、棋譜をご覧いただければわかる通り、せいぜいアマ初段クラス(碁会所によってはそれでも苦しい)程度の力量しかない。囲碁部は学生リーグでもなかなかの名門で、大会に選手で出るくらいの部員はほとんどセミプロ級であった。しかし、その一方で、私のように単に趣味として囲碁を楽しむ者にも暖かく門を開いており、ヘボ筋を馬鹿にされながらも、和気あいあいと楽しくやっていた。私は勝手に、選手クラスの部員を「選手部員」、自分のような部員を「趣味部員」と名づけていた。この表現で言えば、「いえいえ、囲碁部にいたと言っても、私は趣味部員でしたから…」となる。それでも時には大会に盤石運搬要員としてかりだされたが、ハイレベルの対局をタダで見れるいい機会と思い、喜々として引き受けていた。懐かしい思い出である。大学の囲碁部というものは、それぞれ独自のランキングシステムを持っており、私の所属した大学では、対局者の級位差に1を足して、2で割った数が置石の数になるというものだった。つまり、1級差だと(1+1)÷2で1子、つまり定先、2級差だと1.5子でこれは先二。先二などの手合いでは、握りで手合いを決め、得番5目半コミ出しだった。大体13~15級でアマ初段というおそろしいレベルで、最大20級まで。「実力20級」でも初段に三子か四子だから、なかなかのものである。当然、それ以下の棋力の部員が20級に無数にひしめくことになる。「実力20級」といったら結構強い人である。私は入部時に16級に認定されたが、その後降級を嫌うあまり手が伸びず、一時は18級まで下がり、そこで開き直って大量の置石を背景に上手の石をガンガン攻めまくることに喜びを覚えるようになった。そのため合宿などでは嫌われ者だった。その頃の自分の棋譜を数年後に並べてみて、不思議なことに気づいた。卒業後、ごくたまにしか碁を打たないのに、総合力でははっきり今の方が上なのである。スポーツと違って、碁というものは案外衰えないものだが、強くなるとは考えにくい。これは、生意気なようだが、いろいろな人生経験によって、かつて見えなかった盤上のさまざまなことが見えるようになったのではないか、などと思う。しかし、学生時代の自分ともし対局できたとしたら、とても勝てる気がしないのもまた実感である。なんというか、石が混んできてからがめっぽう強いのだ。「こんな無理筋、よく打つな…」などと思っていると、思わぬところが手になってたりする。大局観・石の方向など、まるでなっていないのだが、こういうタイプは私は苦手である(自分なのに…)。それでも、あの頃の怖いもの知らずだった自分と戦ってみたい気がする。思えば、当時は『詰碁ジョイブックス』の上級編などを平気で解いていた。もちろん全問正解とはいかなかったが…。今ではとてもやる気がしない。その名残があってか、卒業後もしばらくの間は詰碁は案外解けたものである。時間は異様にかかったが。『ヒカルの碁』に出てくる、『玄々碁経』の「金不換」も自力で解いた。『ヒカルの碁』を何回か読み返して、あの形がかつて自分で解いたものだったことに気づいて驚いた。今ではとても無理である。つまり、部分戦闘では現在の私は学生時代の自分に勝てない。とにかくアウトボクシングに徹して、フットワーク軽くポイントを稼ぎ、序盤で大差をつけるしかない。しかし、過去の自分は、不気味に一撃必殺の強打を狙ってくる…。時々妄想気味に、過去の自分との対局の作戦を考えている時がある。なかなかの難敵だ(笑)。あの頃の戦闘力がもう一度手に入れられれば…と思うが、それはないものねだりであろう。
2010.03.10
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今日は現代プロの碁から。私の中で大竹英雄のベスト・バウトといえばこの1局である。第17期名人戦挑戦手合七番勝負第7局、名人戦史上に残る名勝負と言われる碁だ。俗に「大竹美学」と言われるが、その中でもこの碁は敗れたりとはいえども美しくも奥深い。何度見ても涙が出る碁である。白 名人 小林 光一黒 挑戦者 大竹 英雄(5目半コミ出し)二間ビラキが7つもできる珍布石から始まったこの1局、その一因ともなった【第1図】の黒1。ご覧のように、左辺の白から二間にヒラく余地がある。左下の黒は三々コスミも打っていて堅いので、辺の白にハサミ気味に迫っていくべきでは、との声もあったが、後に大竹自身が「この一手」と断言している。ちょっと真似できない手である。さらに【第2図】黒1。新聞の観戦記では「わかりにくい手」「価値がはっきりしない」などと言っているが、それは観戦記をドラマチックに見せるための情報操作だろう。この1手だけを取り出してみると、なるほど「この一手」に見える。しかし、問題図で出されたら到底わかりそうもない。大竹は「こう打つところ」と言っているが、「気がつきにくい手」であることは確かだ。左辺の白に圧力をかけつつ右辺の白2子の行く手に待ち構え、全局をにらむ素晴しい手だ。厚みの碁というものはこういうものなのだろう。短兵急に功をあせってはならず、長期的展望が求められる。こういう碁をみると、つくづく私ごときには厚みの碁など打てないと思う次第である。そして【第3図】。本局のハイライトである。ここは春秋子の観戦記の名調子を借りることにしよう。「攻める石はない。囲っても勝てない。ではどうしたらいいのか。結論を先にいうと、大竹は何もしなかった。本手で押し通し、厚いまま、流れに身をまかせたのである」「何もしないで負けるのをプロは最も嫌う。控室の評判は黒非勢。コミがなくてもとか、終局は早いという声が支配的だった。だからこそ、攻めるでも囲うでもなく、何もしない大竹にだれもが首をかしげたのである」「しかし見方を百八十度変えて、黒が優勢と仮定しよう。何もしない大竹流はまさに理想的な打ち方ではないか」「本当のところはどちらなのか。読者をだましてきたようで申し訳ないが、黒よしなのである。小林も含めて、私たちのすべてが大竹マジックにだまされていた。それが分かったのは【第3図】黒1(実戦では103手目)の好手が打たれてからだった」黒1に対して手を抜くと、L-18のエグリが厳しすぎる。で、白が受けたとたんにN-18とヨセる。じつに鮮やかな打ち回しである。とはいえ基本中の基本の打ち方であり、この手が打たれるまで黒優勢がわからなかったというのは少しオーバーな気もする。実際、対局当日の大盤解説では「黒厚い」との解説が行われていたそうである。それよりも何よりもすごい、と思ったのが【第4図】の黒1である。こんな落ち着いた手、じっくりした手、とても私などには打てそうにない。第3図で挙げた場面から数手、大竹自らが「美しい流れをストップさせた、最もくやまれる」場面である。今、白G-13に打たれたところ。その前に、黒M-11と止めたとき、先にF-12のノゾキを利かせておくべきだった。これを怠ったため中央上方につきそうだった黒地が消えた。しかし大竹は「じたばたせず」黒1。「碁界広しといえども、黒1と辛抱できる人はいません」と、立会人の工藤九段のコメントを引用して春秋子は激賞しているが、なるほど、これは真似できない手だ。そして実に大竹英雄らしい一手である。最後に【第5図】。この碁では、この一手があまりにも有名だ。打たれたタイミングがあまりにドラマチックであったため、鮮やかな印象があり、この手に目を奪われがちである。たしかに、一度はこういう手で碁を決めたいと思うものである。「プロにとってはそんなに難しい手ではない」ようなことをいろいろなところで言っているのを聞くが、本当かね…?もちろん小林も大名人であり、この一手だけでなく打ちまわしも非凡であった。しかしそれ以上に、一手一手でなく、全局の流れの美しさで、私はこの碁を大竹英雄のベスト・バウトであると断定するのである。もっとも、大竹の棋譜をどれだけ知っているの?と問われると弱いが。鬼面人を驚かすような妙手・鬼手ではなく、流れの美しさに感動した次第である。かつてある友人が「石田芳夫(二十四世本因坊)は大竹英雄と名人戦で戦い、そのあまりの美しさに『碁とはこうあるべきだ』と感動し、自分のスタイルを見失ってしまったので、その後勝てなくなった」と言っていた。まさかとは思うがなるほど説得力がある。しかし、私のような凡人にはあまりにも隔絶しているため、「とてもこんな碁は打てない」としか思えない。
2010.03.09
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互先 魔婆斗先番 天頂の囲碁初の作り碁で王手本譜は長手数になるが、もはや見るべきところはなくなったのでご容赦願いたい。白38のワリコミで先手を取り、白44は45と2子を取るより、こう打って下辺の地を確定する方が大きい。白46はこれも手入れの関係で後の白64アテに対する黒65を絶対にしている。白52に黒53と手抜きなので、白54は当然。白64でダメがつまり、白68が省けないが、ここに来ては先手が回っても、黒に有力な手段はない。白70から72、74で、1子を犠牲にここで先手を奪回し、白76のツギにまわる。左下黒77、79のハネツギで黒から80の右にオク手が生じたので白80とがっちり守る。ここはいずれどこかのアテが黒の権利になるところだから、欲張ってもしょうがない。白80は、勝ちを読みきった手である。白92アテには黒はコウをツグところであろう。黒93とダメを打ち、白のコウ取りを許したのは単純に損である。白コウ取りに黒95はまったくの冗着。こんな手は当然必要なく、こういう手を打たれるとしらけてしまう。白98の半コウツギで本来終局である。黒99は天頂独特のあがきで、これもまた興醒めだった。しかし、魔婆斗は慎重に読んで白100と弱点を守る。いままでいく度となく、こういう場面で痛い目にあってきた学習効果である。黒101、白102とダメを詰めあって今度こそ終局かと思われたが、ここでまた黒103、さらに105。手を抜くはずもなく、黒は107と打って続いて双方パス、初めての作り碁となった。かくして魔婆斗、ようやく2番白番を入れ、互先通算成績を5勝2敗とした。いよいよ4番勝ち越し=打込みに王手である。
2010.03.08
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互先 魔婆斗先番 天頂の囲碁決定打黒1は当然。こんなところを切り離されてはたまらない。対する白2から4が決め手で、これで魔婆斗はこの碁をものにした。黒から6に遮る手がなく、白6とつながってはここの黒地が消滅し、白の勝ちが決まった。黒7以下は、これももともと黒の権利なので想定内である。白14から出まくって、白22と2子を取り、白は勝利を不動のものとした。細かいながらも、ここまできてはもはや黒に逆転のチャンスはない。白26から28、そして30は小さいようだが、後々の黒の手入れが違ううえに、万一コウが発生したときに豊富なコウダテを確保しており、用意周到な打ち方である。黒35から37は微妙な駆け引きだが、魔婆斗は最後まで誤ることはなかった。ところで形勢もあらかた定まったので、ここでまた余談をひとつ。十番碁第3局で、魔婆斗はCOM碁ならではの敗北を喫したが、逆に対人戦ならではの珍プレーもある。それは反則負けである。COM戦では、反則はそもそも着手不可能なのでありえないが、対人戦では充分にありえる。プロの碁でもまれにあるようで、一番多いのはタテ番のコウを取ってしまうという反則である。これは趙二十五世が初めて名人を取ったときの挑戦手合いでも現われ、この時は記録係が趙の「次、取り番?」との問いに「はい」と答えた事実から無勝負との裁定となった。次に多いのが二手連打で、じつは魔婆斗もこれを一度だけ演じている。ただし、その碁は魔婆斗が非常に苦しい碁で、次が自分の手番だと錯覚しても仕方ないくらいの形勢であった。趙二十五世の場合はいざ知らず、反則はえてして形勢が苦しい方が犯すことが多いものである。とくに二手連打はそうなのではないか、と思う。魔婆斗がやってしまった時も、次が自分の手番だと誤ってもおかしくないくらいの苦しい形勢だったのである。その時は、やけに楽になった(というか、やけにあっさり互角に戻した)と思ったものである。
2010.03.07
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互先 魔婆斗先番 天頂の囲碁なぜ…?局面は白大いに有望、間違いがなければほとんど必勝と言ってもいい形勢だ。ついに2番、白番を入れ、これで次の先番さえがっちりキープすれば、いよいよ天頂を先相先に打込めるところまできた…。長く苦しい戦いだった。それもようやく報われる。だが、好事魔多し。こういうときが、じつは危ないのである。事実、魔婆斗はここまで営々と築いてきた優勢を、一気に帳消しにしてしまう。白46のツケコシが、才気に溺れた大失着だった。こういう、相手の欠点だけが見えてしまうところが、魔婆斗の弱点である。おのれの弱点も忘れて…。黒49のマガリが強手。白50と先手で抜いたものの、白は隅を守る適当な手がない。白52と、どんくさく1子を助けたものの、その瞬間に黒53で隅は取られである。なぜこうなるんだ…?これで逆転…と思ったが、よく見るとまだ右上の大きなワタリが残っている。気を取り直して、白56とワタリ、隅に一眼を確保して上辺を安泰にする。まだまだ細かい。黒61に白62とツギ、ここに地を作らせない。黒63以下と右辺をとめてきたので、白66とここを消す。黒81に白82は、必死のふんばり。少しでも境界線争いを頑張ろうとしている。黒83、85と転戦してきたので、ありがたく白86と取る。この手を許しては白厚く、黒85は敗着ではなかったか。黒83もしくは85で、86とヒイていてはいけないのだろうか…?この一手で、魔婆斗は助けられた感がある。黒89は当然の権利。白90とあやまって受けるのはやむをえない。以下、黒93までも黒の権利。白94の備えに黒95で左上への侵入を見るが、白は96からここを決めていく。依然、細かい勝負が続く。
2010.03.06
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互先 魔婆斗先番 天頂の囲碁つまずき局面は左辺で白の返し技が見事に決まって、上辺もほぼサバキ形で白大いに有望、梶原用語でいう「オワ」と言っても過言ではない形勢である。梶原用語といえば、ほかに、「ノドテ」…のどから手が出るほど打ちたい手。または点。「スデコマ」…すでに細かい。黒として打ち方がぬるかったの意。「ゲイコマ」…芸が細かい。などの用語を思い出す。独特の言い回しで、棋風同様解説も辛らつな厳しいものだった。この碁で、できればもっと梶原用語を見出しにたてたかったが、残念ながら適当な場面がなかった。ともあれ、ついに2回目の白番勝ち、打込みにむけ大きな前進か、と思われた。しかし、黒5の天頂必死の踏み込みに対し、決めに行った白6、8の出切りが重大なつまずきの第一歩だった。これが成立すればもちろん最強なのだが、そうは問屋がおろさなかった。黒9アテから11、13。筋に入ってきた。白14ノビはやむをえない。黒は15からの突進で、11の1子を犠牲に、出切った白8以下の石を取ってしまった。これは白明らかにおかしい。白6、8の出切りはやや無理気味である。かと言って、出切らない手でも、なかなか白よしの図はできない。ここは実に微妙な勝負どころで、変化図がいくつあっても足りないところだ。ここは「黒5は絶妙の着点だった」という結論にしておこう(実際のところは最善のワカレがわからない…)。しかしまだ白わるくない。続いて白24アテに天頂は見向きもせず、中央左下を黒25から27を利かして一転、黒29とカケツギ上辺を決めようとする。白は厚く34とツギ、ほぼ上辺の活きを確定する。白36といったんトブが、黒39に白40が余儀なく、ここはワタれない。しかし白42まで地が大きい。黒43とようやくここを備えた。魔婆斗は白44と左右のワタリを見ながら眼形を確保し、着実にゴールをめざす。黒45。これに対する一手から、白は一気に奈落の底へと転げ落ちていく。
2010.03.05
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互先 魔婆斗先番 天頂の囲碁オワ前譜でプロ野球の個人タイトルの話が出たのでちょっとだけその続き。ペナントレースも終盤になり、個人タイトルを優先した選手起用がされるようになると興趣をそぐ、という声がけっこう出されるが、それはそれで別の楽しみがあるのではないか。たとえば、だいぶ前の話になるが、中日の宇野と阪神の掛布が本塁打王争いをしていた年、終盤で両チームの敬遠合戦が批判の的となった。しかし、個人記録もまたプロ選手にとっておろそかにできないものであり、チームとしてこれをバックアップするのに何の罪があろうか。投手としては、抑えきるという絶対の自信がない限り、敬遠するのはやむを得ない。掛布だろうが宇野だろうが、絶対に抑えてやる、と言えるだけの投手が両チームにいなかっただけのことである。それならば、掛布あるいは宇野が絶対に敬遠される、という前提で作戦をたてるかけひきが期待される。事実、このとき、中日は1番に宇野をもってきた。これは充分に頷ける戦略で、まさに「この一手」である。なにしろ、相手は必ず宇野を敬遠するのだから、初回の先頭打者を、労せずして出塁させることができるのである。プロならば、こうした、相手の心理を逆手に取った戦い方をして「魅せる」のも必要なことではないだろうか。さて、局面は、白がL-7と急所にノゾいたところ。黒63とは、なんとも辛抱のいいツギである。もう少し気のきいたツギ方がありそうなものだが…。白は勇躍、64と左上にカカった黒1子に襲いかかる。黒は65から67と、あっさり1子を見限る。魔婆斗は白68と働かせて左上を制する。白70はヤキモチ。右辺下方の白地を守る方が正当であろう。黒71に白72から74と上辺に侵入する。黒75は、本因坊秀栄ばりの厳しい攻め。白は76から78と、サバキにかかる。黒79とここをツイだので、さらに白80と軽くサバキにいく。黒81のオサエはどうだったか。白82とツガせては、だんだんここの白がいばってきた。黒は一転、左下に83と仕掛けるが、白84以下逆手を取られ、白92まで、上下を見合いにされて苦しい。魔婆斗のカウンターが、鮮やかに決まった。黒は93とハナヅケで中央の薄みをなんとなくカバーしたが、これも白94と大きな実利を占められ大損。黒95で右上は確保したが、白96で上辺をシノがれ、さらに右下99、101に手を抜かれて白102とここの黒二子を制されては、碁はすでに梶原用語でいう「オワ」である。
2010.03.04
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互先 魔婆斗先番 天頂の囲碁コミなしの白の重さところで、公開する碁が、いずれも魔婆斗の白番ばかりとなってしまったが、これは先番の碁がほとんど盛り上がりのないものになってしまったからである。強いて言えば、第2局の必敗からの逆転の1局ぐらいは、機会があれば掲載したいと思うが、他はほとんど危なげない勝利だった。「先番でした」とはよく言ったものである。本因坊秀策は、人に対局の結果を問われ、「幸いでした。先番でしたので、どうやら…」と答え、これが短縮されて伝わり「先番でした」(=勝ちました)という言葉が伝わったのだという。秀策が先番必勝とうたわれたゆえんであるが、秀策に限らず、コミなしの碁では、少なくとも相当の力量差がない限り、先番が勝つのが順当だったのである。御城碁19連勝の輝かしい記録を持つ秀策だが、じつはこのうち先番が11局と、先番の方がやや多い。また、二子の手合いを嫌い、師の秀和に忌避を申し入れたという話もあり、このことをもって秀策を批判する人もいる。まあしかし、これは単に「記録にこだわるタイプ」だったというだけのことであろう。別に段位差にそぐわない、有利な手合いを要求したわけではないのだから。プロ野球だって、首位打者争いをしている選手がチームに優勝の目がなくなったとたんに欠場することだってある。これとて批判の対象となることがあるが、生活がかかっているプロならば、個人の記録にこだわるのも当然であろう。さて、局面は下辺、黒H-5とカケ、強引に止めにきたところ。白は敢然と30、32と出切り、突破にかかる。黒34から35と厚みを作るが、白36のカカエもまた好形である。黒37と守ったので白は38と右辺に先着する。対する黒39のカタツキもまた天頂流。白は40から2本オシて44とケイマし、下方の黒の厚みを消す。黒45、白46とトビ合ってみると、下方の黒はカベ攻めにあいかねない勢いである。さらに中央で生じた接触戦で、天頂は強引な打ち方を見せる。47カケから49のハネ、さらに白52のツケコシに対する黒53から55である。両方を頑張る打ち方だが、白56と抜かれ、さらに58、60をキカされては辛かった。とはいえ、右上一帯に一大勢力圏が築かれ、全局的には、黒決して遅れていない。このあたりがコミなしの白の重さである。魔婆斗は白62と急所をつき、自らを強化しつつこの黒一団への攻めにすべてを賭ける。
2010.03.03
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互先 魔婆斗先番 天頂の囲碁決意をこめてこの1局、魔婆斗は必勝の決意で臨んでいた。白番を入れない限り打込みはない―。自明のことだが、これがなかなかできなかった。ともすると先番の碁も危うく落としそうになることさえあった。「人間が強い」このことを証明するには、打込みあるのみである。ここまでの対戦成績を見ると、第1局 魔婆斗 白番中押し勝ち第2局 魔婆斗 先番中押し勝ち第3局 天頂 先番中押し勝ち第4局 魔婆斗 先番中押し勝ち第5局 天頂 先番中押し勝ち第6局 魔婆斗 先番中押し勝ちと、第1局を除いて、いずれも先番を入れ合っている。そして、ここまですべての対局が、KO決着だ。第5局惨敗の影響が懸念された魔婆斗だが、第6局は危なげなく先番をキープした。双方先番勝ちが続いて膠着状態、この碁を落とすと最終局まで打ち込むことはできない…。魔婆斗は並々ならぬ気合で本局に臨んだ。白2、黒3の向かい小目の対抗から、黒が先にカカる。ここでも変則の二間高だ。魔婆斗は白6と一間にカカリ返し、さらに8、10のツケヒキから12と二間にヒラく。二立三析で1路広くヒラけるが、あえてこう堅く打ってチャンスを狙う作戦だ。黒13に白14と出口をあけておく。右下、黒15とまたしても二間高ガカリに対し、今度は白16とただちにカドにいく。黒17のオサエに白18とオシアげ、黒19ノビに白20とハサんでいく。いや、これは打ち込みというべきか。ハサミ返しかと思いきや、天頂は黒21とカタをついてくる。魔婆斗は白22と、左下の黒の形の欠陥を強調してヒラく。天頂はかまわず黒23とオシ。力強い打ち方だ。魔婆斗は白24の急所から26と、弾力をもって受けた。黒27、白28からL-2あたりのオキが気になるが、すぐにはどうということはないとふんでいる。ここで黒29の高圧が、いかにも天頂らしかった。
2010.03.02
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今更ながらではあるが、このブログをけっこう真面目に見てくれている方もいらっしゃるので、魔婆斗の自戦解説(?)を読まれるにあたっての注意事項を書いておく。まず、ある程度以上の棋力を持たれる方には先刻ご承知かと思うが、魔婆斗の解説は間違いだらけである。最初のうちは、アクセスのほとんどは業者さんだと思われたので、どんなにデタラメなことを書いても気楽だったが、今頃になって、とくに初心者の方で真面目に読んでくれている方が信じてしまっては申し訳ないと思った次第である。決してはじめから嘘を書いたりはしていないが、しょせんアマ初段程度の棋力の者が書くことであり、中には間違っていたり、それどころかムチャクチャなものも相当あるはずである。私としては、シャレというか、ボケのつもりで、できれば強い人から「それはないんじゃないの?」みたいなツッコミを入れてほしいぐらいである。誰もツッコんでくれないので少し淋しいが…。だから、ここの記事は無責任であり間違いだらけである、いや、ほとんどボケである、というつもりでお読み頂ければ幸いである。さらに高度な読み方としては、実戦心理のアヤというか、人がいかに悪手を打つかというプロセス、錯覚が生じるメカニズム、そういったものをここから学んでいただければなおよしである。勝手なことを言うようだが、間違ってもここに書いてあることを「そういうものか…」などと信じてしまい、そのために碁が弱くなった、などということがあってはいけないので、あえて申し上げておく。もう遅いかな…。
2010.03.01
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