2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全10件 (10件中 1-10件目)
1
7時前に起床。列車は順調に北陸本線を走行中である。朝食時間は一番遅い8時15分で予約した。大阪着が12時52分である。時間はたっぷりある。シャワーは20分使えるが、昨晩使った後もまだ11分も残っているので、朝からたっぷり浴びる。すっきりした所で朝食。富山から石川に抜ける辺りを走行中。食堂車で豪華に洋朝食1575円を頂く。車窓を見ながら頂く朝食は最高である。それにしてもこの列車は揺れない。行きの「日本海」はこれでもかというほど揺れまくって、夜もゆっくり眠れなかったが、この「トワイライト」は同じ24系客車なのにほとんど揺れない。看板列車としてJRも特別技量優秀な乗務員を乗務させているのだろうか。おかげでゆっくり寝られたし、食事も支障なくいただける。金沢到着頃に食事が終わり、朝ラッシュの金沢駅を見ながら優越感に浸る。食後サロンカーでくつろぎ、乗車記念スタンプをしっかり押して部屋に戻る。 まだ大阪まで時間がある。とはいっても時間が長く感じられない。外の風景は当たり前だが北海道とは全く違う。福井を過ぎ、長い北陸トンネルを抜け、敦賀に到着。「トワイライト」のイベントの一つ、機関車交換である。同じEF81同士だが、敦賀に機関区があるため、電車特急の退避中に機関車交換をする。案内放送を聞いて乗客がたくさん機関車の付け替えを見学する。大阪行の上りは御自慢の展望室のスイートルームは機関車連結側なので、この機関車交換の時はある意味注目の的になるが、上手いこと出来ていて中からは外がよく見えるが、外からは部屋の中はよく見えない。世間一般では当たり前の構造だが、列車では珍しい。 この「撮影会」の間に同じホームの向かいから先に「雷鳥」が発車していく。ちなみにその前に芦原温泉でも運転停車中に「サンダーバード」に追い抜かれているが、この「トワイライト」の乗客からすれば全く問題ない。急いでいくことが目的ではないからである。車掌も列車の外に出て乗客の質問に答えたりしている。16分の停車時間が過ぎ、発車。ほどなく鉄道マニア御馴染みの鳩原ループ線に差し掛かると、車内放送でその解説までしてくれる。長い乗車時間でも飽きさせないよう車内放送でも工夫がされている。 湖西線ではまるで徐行のような走りをし、西大津でさらに後続の「サンダーバード」に追い越される。車内放送で「悠久の都」と紹介された京都に到着。いよいよ残りも僅か。実に残念である。このままずっと乗っていたい。もうまもなく旅も終わる。ところで土産物も多いし、湖西線の間に長浜にメールを打ち、大阪駅に迎えに来てもらうよう依頼。おそらくその長浜とどっかでニアミスしたかもしれない状態で残り大阪までラストスパート。そして大阪12時52分定時に到着する。これでこの旅も終わりを告げる。名残惜しく車内や外観を撮影しまくっていると長浜が隣のホームに着いた新快速から迎えに来た。
2007年06月23日
コメント(0)
久しぶりの和室でゆっくり就寝した次の朝。荷物も元からひっくり返してまとめてから、不要不急品は自宅に宅急便で送る。やはり朝食はバイキング。展望レストランで帯広の街を見ながら相変わらずモリモリ食う。我ながら感心する。 帯広9時07分発「おおぞら2号」に乗車、その前に駅の売店を物色し、非常食として豚八の「ぶたにぎり」3個入りを購入。駅弁としておなじみの豚丼をおにぎりにしたもので、後ほど食すが冷めていても風味は良いし、豚の脂も落ちているのでしつこさも無い。 9両に増結した「おおぞら」は帯広での乗降客も多く、席の確保を危惧するものの無事自由席に乗れる。曇り空の下十勝平野を疾走し、新得9時37分着。この旅最後の目的地である。この新得もまた蕎麦で有名な町。そして狩勝峠の十勝側の拠点。かつては峠越えの列車に補機を連結したり、新狩勝トンネル開業後は国鉄の実験線があったりした鉄道の街でもある。その駅舎内に名物立ち食い蕎麦がある。 改札を出て店を確認するが、店員不在。先に駅舎を撮影したり、駅前のモニュメントを眺めたりしていると、店員らしきおばさんが戻ってくる。店に入り、「かしわそば」を注文する。客は自分一人やし、当分列車も来ないのでおばちゃんが話しかけてくる。こちらはようやく会社を休んで大阪から来て道内を旅していることを話し、おばちゃんはつい先日に強風で列車ダイヤが乱れた時の話をしてくれる。1時間に4、50人ほど客が押し寄せ、何分初めての事で一人で対応するのに難儀したらしい。大都市のラッシュでは1時間に数十人なら当たり前の数だろうが、ここではそんなことがまず無いのだろう。支払いも食券を使わずに直接のやり取りであるし。「儲かって良かったですね」と言うが、「自分は雇われているのでそのようなことはない」との意味の返事。なるほど、売れて直接儲かるのは経営者ですからね。本題の蕎麦も噂通りに上手い。やや太目の麺に蕎麦の香りが良い。北海道なのに具の「かしわ」も味付けが良く蕎麦に合う。次の特急までその辺を歩いて時間を潰すと言うと「新得の町には何も無いよ」とおばちゃんが言う。しかし上手い蕎麦があった。 駅前から適当にウロウロする。北海道らしい路地でも広い駅前の街を歩いていると、小さな祠があり「欲捨て神社」と書かれている。お賽銭の1円玉も持って帰ってください、と書いているし、拝まなくてもよいとも書いている。うーむ謎の祠である。こちらは一応賽銭は入れずに拝んでおきました。 ほぼ満席の新得10時31分発「おおぞら4号」に乗車、一気に札幌まで出る。前回10年前は寝ていた石勝線も今回は車窓をじっくり眺める。石勝線に入ると晴れてきて鮮やかな緑が車窓に映る。昭和55年に開業した高規格の路線なので一気に特急列車は駆けていく。途中の楓駅やトマム駅などは確認出来なかった。ほとんど何も無い山中を抜け、追分からは平野と丘陵の牧場地帯を高速で走り抜ける。南千歳で千歳線に合流し、大回りで道北から道東を1周、札幌に近付き列車本数が増え、大都市に近付いたことを実感。新札幌を出ていよいよ最終札幌到着直前に最前部に向う。自由席車は前の方なので便利。JR北海道の特急列車は前面の展望が良い車両が多く、このキハ283も最前部の運転台の下、貫通路の扉に窓が開いていて乗客でも見に行くことが出来る。終点到着間際なら誰もいないだろうし、この列車がJR北海道の列車としては今回一番最後に乗るので試しに行ってみる。段々札幌駅に近付く様子が楽しい。複々線の上、駅の側線やポイントが複雑に入り組んで見てるだけで楽しい。札幌12時14分着。 札幌では御土産購入時間を見込んでいたが、まだ多少時間に余裕がある。そこで駅から徒歩で行ける時計台に行ってみる。がっかりスポットとして有名だが、10年前は行っていないので時間潰しに丁度良かろうと向う。世の中は普通の平日金曜日のお昼休みなので街中にはサラリーマンやら労働者達が昼飯を求めて大挙歩いている。この辺は大阪でも変わらない風景である。その中を場違いなバックパッカーがうろついている。時計台は確かに高層ビルの中に埋もれているが、先にがっかりスポットという情報を聞いていると、それ程がっかりでもない。入場料も安いし。長年充分な手入れを受け、市民に愛着を持って接していられるからだろう、全く古さは感じない。出口にスタンプ台があり、ボランティアだろうかおっちゃんが何枚も量産してどうぞ持って帰ってと言う。何枚押しても1枚として同じものが押せないと言う。これがきれい、これは濃く出てる、と3枚ほどもらう。 1時間ほどで駅に戻り、駅の中のお土産専用のキヨスクで会社向けや自分向け、家族向けなど土産を大量に物色する。とりあえず会社にはベタな「白い恋人」と「マルセイバターサンド」を選択。当然会社で「これ北海道物産展で買った?」というツッコミを期待してである。 いよいよ最後のハイライト14時05分発「トワイライトエクスプレス」に乗車する。まだ食べていない昼食、夜食、翌日の昼食として駅弁「DMV弁当」「やまめ鮭寿し」「札幌焼売」購入して、13時55分頃にホームに上がると既に列車が入線し、乗客たちがあちこちで記念撮影をしている。奮発した広々としたA個室「ロイヤル」に荷物を置いてから自分も撮影に励む。そういえば弁当は買ったが、飲み物を買い忘れた。時間が押しているので急いで方々まわり確保してから乗車し、一服すると程なく発車、札幌ともお別れである。それにしても札幌駅は道内の他の駅とまるで違い、ひっきりなしに列車が発着し、人の流れも途絶えることが無い。10年前と違い、711系は札幌近辺ではほとんど姿を見ず、代わってデッキ無しのロングシート通勤車731系が大幅に増えている。 発車するとほどなく食堂車からウェイトレスがやって来て、ウェルカムドリンクと、夕食の弁当と翌朝の朝食の予約を取りに来る。トワイライトと言えば夕食は豪華フランス料理か和食の日本海御膳だが、今回は秘かに車内で販売されている弁当を食べるために敢えて一番安い弁当にする。決してケチったわけではない。A寝台個室はウェルカムドリンクとしてサービスで飲み物が付く。大きな窓から北海道の風景を眺めながらコーヒーを頂く。大変優雅である。車掌がやって来て個室内の設備を案内する。スリッパやトラベルセットなどお持ち帰り自由とのこと。当然記念に頂くことにする。さらに車内販売で記念品として帽子も購入。 夕方17時頃に弁当が部屋に届く。昼食が遅かったのに、今度夕食は早い。しかし付いているお茶がホカホカなので冷めないうちに頂く。食堂車があるので出来たて弁当を期待したが残念ながら値段ほど(1500円)ではなかった。やがて次第に日が暮れてくる。所々で車掌が沿線の観光案内をする。これもこの列車ならではのことであろう。豪華ディナータイム中の食堂車を堂々と通り抜けサロンカーで青函トンネルを眺める。サロンカーと個室内ではビデオが上映されていてずっと「釣りバカ日誌」を流している。まあ移動している列車でしかもトンネルも抜けるので通常のテレビ放送は出来ないだろうけど。 青函トンネルを抜けるとすっかり暗くなっている。列車内を探検した後、部屋に戻りマターリする。既に札幌を出て数時間が経つが全く時間の長さを感じない。食堂車はやがてパブタイムとなるが、こちらは夜食も確保し満腹なので行かず、個室内のシャワーを浴びてベットを展開させて早目に就寝する。それにしても広いベットで斜めに寝ることも出来る贅沢さである。
2007年06月22日
コメント(0)
釧路では「おはスタ」はやっていないようだが、早い列車なのでやはり6時40分に起床。昨晩に食べた展望レストランでバイキングの朝食。昨晩給仕していたウェイターさんがお礼を言ってくるが、そんなにお金を落としていないので恐縮。昨日の5食が響いているのか空腹感が無かったが、それでもおすすめ品をどんどん食べ飲む。ししゃもフライ、十穀米かゆ、クロワッサン、根釧牛乳・・・。 満腹で急いで用意し出発、8時15分発根室行キハ54単行に乗車、結構乗っている。が、次の東釧路でそこそこ下車する。対向の釧路行は朝ラッシュ(といってもちらほら立客が乗っている程度だが)。次の武佐までは釧路郊外だが、そこを抜けると原野の中を進む。別保駅前に釧路町役場を見つけた自分の感覚が嫌になる。駅の周辺を除いて原野。やがて10年振りの門静駅に着く。当時あつし46が熱望して訪問したあの駅舎は姿を消し、ログハウス風の待合室駅舎になっていた。記念撮影した電柱は健在だったが。ここからは初乗車区間になる。次の厚岸は厚岸湾に面した比較的大きな街。帰りに下車するのでそのまま先に行く。糸魚沢との間は撮影名所の湿原地帯を進み、原野と牧場の続く中ひたすら東に走る。途中線路際に鹿を発見。野生動物は初見である。茶内では最後まで残った簡易軌道の跡も無く、浜中も市街地からかけ離れ人影は少ないが、委託駅員の初老男性がいた。さらにひたすら牧場と原野の中走るとやがて右側に太平洋が見える。この辺は丘陵で草原になっている。木もあるが少ないし低く、枝も全部内陸側を向いている。それほど厳しい気候なのであろう。そして乗降客も少ない。やがて根室市街に入り、日本最東端の東根室駅を車内から撮影。乗車したままだがこれで東西南北全てを達成する。ちなみに北端の稚内と、西端の那覇空港は下車。本土内としてはたびら平戸口も下車している。東根室の他、西大山、赤嶺は乗車したままである。根室着10時40分。折り返し11時03分発なので駅からあまり離れられない。駅弁が売られていることを確認(この後の行程のため未購入)、撮影にいそしむ。駅前のバスターミナルに昭和50年代チックなバスが現役のままに停まっており、これも写す。 ほどなく11時03分発の折り返し快速に乗車。割とよく乗っている。そういえば行きの列車もビジネスマンぽい人も乗っていたので意外と根室に行く人はローカルしかないのによく使っているのだろう。元急行「ノサップ」の快速は行きと違い快調に小駅を飛ばす。厚床11時41分着で下車。かつてここから標津線が分岐しており、駅にもその記念碑的なものがある。現在は鉄道要員は無人で、駅舎はバスセンターとして機能。その厚床駅でかつて売られていた「ほたて弁当」を捜す。事前情報により、駅から表の道に出て田舎によくあるなんでも商店に向う。店名が無かったので一旦通過してしまうが、無事入店。しかし弁当は無し。かわりに土産の根室名物「オランダせんべい」と水を購入し、店の人に訊ねると、ほたて弁当はもうやめてしまったとのこと。調整元はここではないのだが、残念である。まあ仕方がない。駅と周辺をブラブラし、最新のIT技術を駆使して帯広に宿を確保したりして時間を潰す。のんびりした空気が周りを漂う。根室交通バスの事務所になっている厚床駅はかつて標津線が健在の頃は「ほたて弁当」が1日数百個も売れていたそうで、それだけ利用者も多かったということだろう。やがて接続のバスが到着、意外にも5・6人の乗客が13時15分発の釧路行に乗車。このうち3・4人ほどの高校生がなんと後ほど帯広で見かけるとは。 再び来た道を帰り、厚岸13時58分着で下車。早速今回の旅3番目の目玉の氏家「かきめし」をキヨスクで購入。同じ御飯を使ったかきおにぎりと、かき燻製も購入。遅まきながらの昼食とする。時間もあるので街に出て役場横の町民広場で「かきめし」を食す。噂通り、駅弁大会に来るものとは別物の旨さ。かきの旨味が濃厚で野趣溢れる味である。やはり現地で食うのが一番である。厚岸は道内では古い歴史のある街で、厚岸大橋を渡れば国泰寺という江戸時代からある寺もあるらしいが、そこまではさすがに行けない。バスの便もちょうど良いのが無く、町民広場の横にある海事記念館も時間が半端で行けない。港だけチラッと見て駅に帰る。15時24分発釧路行に乗車。厚岸駅は釧路以東の拠点駅で保線車両や折り返し・増結車両が側線に留置されている。行きに厚岸で停まっていたDE15牽引の工臨と上尾幌ですれ違う。 釧路着16時13分、早足で16時17分発の「おおぞら10号」に乗換え。もう少し乗換えの余裕時間を作っておいて欲しい。ここからは同じ根室本線でありながら、高速化工事がされているし、JR北海道御自慢、航空路線に勝ったキハ283系振子式気動車で、速い速い。釧路の車両基地、貨物駅を抜けあっという間に海沿いに。しかし太平洋と思えないほど寒々しい。そういえば厚床や厚岸では晴れていたのに、釧路では曇り。さすがにぬかりは無い。白糠を発車して車販のバニラアイスをデザートに食べる。やがて内陸に入り、丘陵地帯を抜けると十勝平野の大農業地帯へ。日本の食糧倉庫であり、我が憧れの土地でもある。10年前は睡眠不足で行き帰りとも寝ていたので初めて見る風景である。池田では駅前に駅弁とバナナ饅頭の「よねくら」とちほく線の跡を確認。あっという間に帯広17時44分着。ここで厚床で同時に乗った高校生が同時に下車し、大きな荷物を持って前を歩いている。そして駅前の各ホテルには高校生の集団が。やはりなにかイベントでもあるのだろうか。それでなかなか宿が取れなかったのか。 この日の宿は道内のホテルチェーンの「ホテルパコ帯広」で、広い和室の部屋に温泉大浴場つき。多少値段が張ったが仕方が無いし、温泉なので良しとしよう。夕飯にはホテル近くにあった元祖豚丼の「ぱんちょう」で帯広名物豚丼を堪能。閉店間際でセーフだったがしかし、大変旨い。某牛丼チェーンとは全く違う製法だが、豚丼としてはこちらの方が古い。そして旨い。香ばしく焼いた豚ロース肉からは余分な脂が落ち、タレも御飯とよく合う。食後帯広駅のお土産店街を物色し、お土産類とデザートを購入。池田「よねくら」のバナナ饅頭も購入、箱の外までバナナの良い匂いがしてくる。そして温泉にゆっくり浸かり、いよいよ北海道で最後の夜となる。
2007年06月21日
コメント(0)
ホテルで軽い朝食を済ませ、出発。旭川9時01分発「オホーツク1号」に乗車する。少し余裕があったので、駅をうろつく。すっかり有名になった旭山動物園グッズもいろいろ販売されているが、肝心な園に行っていないし、かさばるので買い上げなし。駅弁もこの日の予定を見てパス。観光案内コーナーを見る。特に収穫はないまま乗車。 「オホーツク1号」は札幌始発で、旭川下車客も多い。両都市間の移動は頻発運転しているので大変便利。しかし北海道では自由席とかの乗車位置がよく分からない。旭川クラスのターミナルぐらいは表示を出して欲しいが・・・。乗車後回ってきた車販に早速遠軽の「かにめし」を注文。さらに車販メニューにあった「ほたてソーセージ」を購入、土産兼非常食とする。それにしても北海道の特急列車には車販メニューが各座席に置いてあり、沿線の名物駅弁が注文出来るので、自分のような旅行者には重宝する。このメニュー持ち帰りたいところであるが、他の冊子類のように「御自由にお持ち帰りください」と書いていないので残念。 車窓は上川盆地の田園地帯を抜け、層雲峡・大雪山観光の玄関口の上川に到着。ここでツアー客らしき団体が大量に乗車する。ここから山中に入り、石北峠の人のいない中をキハ183は喘ぎながら走る。この区間には多数の無人駅が廃止され上川~白滝はローカル1日1本。ここにもかの熱中人は来たのだろう。それにしてもずっと目障りな高速道路。一般道共々ガラガラなのになぜ造るのか。人の気配の無い中を進む。道内の幹線ではこの石北本線が一番遅れている。このキハ183もまた次期淘汰対象。白滝からようやく谷間が開け、牧場が現れる。平地におりて遠軽10時55分着。到着前に「インカル岩」は確認出来ず。ここでスイッチバックする。噂通り駅弁を台売りしていた。座席をひっくり返し、出発後やってきた「かにめし」を受け取り、早速頂く。朝食は軽かったし、しかも噂通りうまいのであっさり頂く。やがて列車は常紋峠を越える。再びキハ183は喘ぎながら峠に挑むが、それよりもここはかのタコ部屋労働と人柱である。トンネルを抜け信号所を通過するところに慰霊碑も見える。 峠を越え、北見盆地に入ると、あとは軽やかにビートや玉ねぎやジャガイモなどの畑の中を走る。水田や牧場はほとんど無い。北見はハッカの街でもある。北見着11時56分。ビジネスマンを中心に半数以上が下車する。人口10万人のオホーツク側の最大の街である。駅前にはビルなども多い。しかし当たり前だが既にちほく線の姿は無い。再び田園地帯を走り、美幌も相生線は無い。やがて網走湖畔を走り、湧網線跡も確認出来ず、網走着12時56分。「オホーツク1号」の下車客や折り返しの札幌行に乗車する観光客でごった返している。上川で乗った団体客はここから観光バスに乗り込んでいた。駅弁屋も盛況で駅前で駅弁をほうばっている人も多く、良いことだ。13時25分発の斜里行キハ40単行に乗車、結構乗っている。ボックスが埋まっており、久しぶりにロングシート部分に座る。対向の緑発網走行キハ40の到着を待って出発。その対向列車から札幌行「オホーツク」に乗り換える人も多いが、既に自由席も結構埋まっていた。 網走市内を抜け、ほどなくオホーツク海沿いに出る。いよいよこの旅2つ目の目標である北浜駅に13時43分に着く。北浜と言っても駅前に証券屋も、先物取引商社も、京阪電車も無い。早速駅舎の喫茶「停車場」に入る。古い駅舎をそのまま生かしてレトロチックな店内である。座席も古い客車のものを利用している。網棚まである。「停車場ランチ」を注文、目玉焼き付きハンバーグ定食である。窓からはホーム越しに目の前はオホーツク海。ハンバーグも上々。たっぷり堪能する。来て良かった。食後駅とその周辺を撮影しまくる。駅舎内には大量の名刺が貼られており、天井までびっしり。自分は持っていないし、そもそも貼ろうとも思わないが、よく行ってる某市役所の名刺を見てしまった。JR東関係が多いような気がしたが、何かあるのだろうか?14時45分発釧路行に乗車。次の原生花園で先ほどのツアー客が大量乗車、キハ54単行の車内はたちまち立客で溢れる。そのツアー客は斜里で下車。知床への玄関口であり、10年前はここまで乗車した。もっとも知床には行っていないが。知床にも機会あれば行っておかねばならない所である。その途中小清水駅には話題のDMVが停車していて、客が沸く。 車内は静かになり、オホーツク海にも別れを告げ、ビート畑の中を進む。斜め前の席に地元のじいさんと旅行客のじいさんが会話をしている。地元じいさん曰く、この辺は昭和29年までは水田だったが、冷害により皆転作し畑になったとの由。しかしこんな所まで米を作っていたとは。やがて斜里岳を眺めながら少しずつ山中に入り、緑15時49分着。無人駅で、駅の周辺を地元の人々が草刈をしていた。しばしの休憩の後対向列車が来て、運転手同士が交替する。この列車は緑~摩周が夏季のみ臨時運転扱いなので釧路と網走との乗務員が交替しているのだろう。対向したのはともにキハ54だが帯の色が違う。乗っていたのは赤帯の下に白黒の細帯。対向列車はピンク一色。2種類あるとははじめて知った。ここから峠を越える。強力キハ54も喘ぎながらゆっくり無人の山中を越える。20分ほど走りようやく川湯温泉に到着。ログハウス風のなかなか趣のある駅舎である。今回は下車しなかったが、いずれまたじっくり来たい所である。まとまった客が下車。温泉に泊まるのだろう。 ここからは原野と田園の混じった風景を進み、16時44分摩周着。20分以上停車時間があるので、駅の外に出てみる。それにしても車内が暑い。しかし誰も窓を開けないし、扇風機も着けない。勝手知った自分は閉まっていたベンチレータを開け、窓も開けて換気する。駅の売店を見ると新規参入した駅弁見本が置いてある。とりあえず駅の撮影や、足湯には浸からずに飲用温泉を飲んで考えてから再び売店を見ると見本が引っ込んである。聞いてみると、駅前の調整所に電話し、間に合えばと電話してくれる。17時06分発に間に合うとのことで持ってきてもらう。見本には3種類あったが、メインの「摩周の豚丼」であった。無理を聞いてもらったみたいで申し訳ない。なんといってもお兄ちゃんが走って届けてくれた。受け取るとなんと出来立て。当初晩御飯にと考えたが、やはり出来立てを頂かない手は無い。列車が動くと早速食べ始める。ホカホカの十穀米御飯の上に香ばしく焼かれた豚肉がのり、食が進む。あっという間にこの日4食目を完食。徐々に外は雲が増えてくる。標茶で高校生が大量乗車。かつてはここも標津線が分岐していたが、跡は未確認。列車はやがて釧路湿原に入っていく。釧路湿原駅からは10年振りの乗車で、これにて釧網本線全線乗車達成。釧路市街に近付いた遠矢で高校生がほとんど下車。釧路着18時30分。 この日は駅前の東急インに宿泊。5食目となる晩御飯を最上階のレストランで頂く。地元産の食材を使った洒落た料理に、標津産のミルク焼酎を味わう。たまの贅沢を味わった後、幣舞橋まで散歩。途中見る見るうちに霧が覆ってくる。さすが霧の街。そういえば到着時にもすごい霧だったが、そのうち跡形無く晴れ渡り、そして再び霧。駅北口にも足を伸ばし10年前に泊まったすみれ旅館も健在を確認。それにしても1日5食達成とは我ながらあきれる。
2007年06月20日
コメント(2)
6時40分起床、「おはスタ」前半を見てからバイキングの朝食。まさか個人の旅行でルートインを使うとは思わなかった。8時に宿を出て、旭川8時19分発の名寄行に乗車。キハ40単行だが結構乗っている。旭川駅は高架工事中で、ここも10年前と変わっている。次に来ることがあればさらに変わっていることだろう。旭川四条、新旭川と市内の駅を通過するが、永山で半数ほど下車。市街地の一角にあるので何かの施設があるのだろうか、朝のラッシュだろう。永山を抜けると田園地帯を走り、やがて塩狩峠へ。時折上り列車と交換すると旭川へのラッシュなのか、結構乗っている。といっても当たり前だが大阪には遠く及ばないが。10年前には無かった、線路と絡む高速道路が目障りである。 やがて名寄盆地に入る。無人駅になってしまった和寒、久々の主要駅士別など田園と牧場と鉄道林の中を列車は進む。名寄着10時10分。早速駅弁を物色し、「きのこご飯」購入。後ほど宗谷本線ローカルキハ54の車内食すが、茶飯の上にきのこやらコーンやらを中心に、肉気が無くヘルシーな感じ。次の列車は10時46発なのでそれまで駅前をうろつく。駅裏にあるキマロキまでは迂回しないといけないので断念。駅弁の角館まで行ってみる。それにしても街の造りが広々としている。北海道らしい。 名寄10時46分発「宗谷1号」で音威子府へ。名寄盆地から山中に入った所で音威子府11時31分着。いよいよ今回の最大の目的である、音威子府の蕎麦である。交通センターとして駅前に来るバスのターミナルを兼ねている駅舎内の蕎麦屋「常盤軒」で早速食う。噂通り真っ黒い麺であるが、これも噂通り非常に美味である。かつてのホーム上ではないが、次々駅舎の外から客がやって来るので、今の駅舎内の方が良いのかもしれない。しかしながら、店主氏が高齢ゆえにいつなくなってもおかしくないとの情報もある。いつまでもやっていて欲しいが・・・。土産として乾麺も購入、次の列車は13時55分発なのでそれまでかなりの時間を潰さねばならない。まず駅舎内の天北線記念館を見学、往年の音威子府駅の模型があるが、門鉄デフのC57がスニ40が混じった貨物列車を牽いていたり、キハ47が旧客と編成を組んでいたりと、突っ込み所が多いが、まあいい。まだ時間があるので、近くの道の駅に行く。外をブラブラし、ソフトクリームを食い、日ハム情報をこれでもかと流し続けるFM放送が流れる道の駅の2階の展示室で展示物や松浦武四郎に関する本を読んだりして時間を潰す。 やがて時間が近付き、駅に戻る。普通列車用の短い1番ホームに着いたキハ54単行から4人ばかりばあさんやらが降り、車内は自分を含めて3人。いよいよ最北の地へ向う。天塩川沿いの原野と山林の中をひたすら進む。やはりここも無人になった天塩中川で1人減り、問寒別で最後の1人も降り、遂に貸切状態に。かつてはその問寒別から簡易軌道が出ていたが、跡は見つからない。天塩川沿いの平野に出て原野の中を走り、久しぶりに有人駅の幌延へ到着。2名ほど乗車するが、停車時間が長い。列車から出て駅舎をウロウロし、撮影に励む。幌延はトナカイの町であるが、核廃棄物の最終処理施設の建設も進む。駅を発車し羽幌線の跡は難なく発見し、幌延からは風景が変わりサロベツ原野の中を走る。この辺は平野だが土地が良くなく、厳寒の地でもあるので作物が育ちにくく牧場にするしかないと聞いたことがある。原野と牧場の中を進み豊富。ここでなんと20名ほどの大量乗車。先ほどから利尻富士が遠目に見えており、抜海を出ると期待が膨らむ。が、肝心の場所では光の加減と雲に遮られ撮影出来ず。 稚内着16時47分。外は肌寒いほど。おそらく気温は17・8度ほどだろうか。このまま泊まりたい気分だが、既に旭川に宿もとっているし、日程の都合もある。折り返しの列車まで市内を散策。当初稚内公園に行こうとしたが、距離的にちょっと無理。最北端の線路標識を撮影し、有野課長のサイン会の電器屋を捜すも不明。と偶然にも商店街の中に道内の鉄道グッズショップの「からまつトレイン」稚内店を発見。こんな所にあったとは・・・。店内を早速物色し、戦前の稚内桟橋を撮影した貴重な写真が地元で発見されたとかで、ついついその写真を4枚ほど購入。1枚800円なので3200円の臨時出費。すると2000円以上お買い上げの場合キャラメルが付くと言うので、夕張メロンキャラメルも貰う。これは旅立つ前に「夕張メロンをお土産に」と言っていた母親宛の土産にする。店内には地元稚内のコミュニティーFMが流れ、「スーパー宗谷」のグリーン席の空席情報を伝えているが、そもそも元から席数が少ないので意味があるのだろうか。また街中に某ビジネスホテルチェーンがホテルを建設中であったが、この最北の都市でそんなに宿泊需要があるのだろうか。まあ、観光シーズンなどはそうなのかもしれない。お寺を見つけるが、既に店じまいしておりちゃんと拝めず、すると駅から離れているのに列車入線のアナウンスが聞こえてくる。早目だが駅に戻る。それにしても北海道の道路は傷やデコボコが多い。おそらく除雪車が通ると機械で傷が付いたり、凍上によって舗装に歪みが出たりするのだろう。こんな所にも北国らしさが垣間見られる。駅もバッチリ撮影し、18時02分発の「宗谷4号」で今度は一気に旭川に戻る。車窓からは10年前に泊まった稚内の線路際の「さつき旅館」の健在を確認。車販の「わっかない弁当」を購入し車内で夕食とし、最北の都市に別れを告げた。旭川着21時38分。この日は何とか確保した駅近くの小さなビジネスホテルに泊まる。
2007年06月19日
コメント(0)
朝というか、未明に目が覚める。駅名を見ると酒田。まだ4時前である。少しでも寝ておきたいので頑張って寝る。次に目が覚めたのは秋田で、やはり5時半ごろ。件のじいさんは既に起きているのか、カーテンを開けている。そのじいさんは車内放送の始まる東能代で下車していった。それにしてもなぜこのボックスだけ2人いたのか?車内には空のボックスもあったのに。車販で大館の「鶏めし」が売られているとの情報を持っていたが、捕まえた車販には無い。別の弁当を購入して朝飯にするが、どうやら予約がいった模様。 青森着8時32分。函館行「白鳥45号」は8時57分発、青森始発のためかガラガラ。ちなみに以前の「日本海1号」のスジである。青森県内は10年前は行き帰りとも夜だったので景色は始めて見る。改めて車窓を見ると北海道に近い。屋根がトタンなのである。青函トンネルは眠かったので寝ているうちに北海道に入る。トンネルを抜けた明かりで目が覚めた。サイロが見え、実感する。10年ぶりだ。天気が良く、海の向こうに下北半島や函館山も見える。函館着10時49分。同じホームの向かいに接続する「北斗7号」が待っている。11時00分発なので、すぐに乗換え、函館では下車せず。乗車後早速車販のお姉ちゃんが長万部の「かにめし」「もりそば」の予約を取りに来る。当然2個とも注文。函館の市街を抜けるとすぐに北海道らしい風景になる。その中を振子気動車特急は快調に飛ばす。これまでと変わって乗客の入りも盛況。大沼公園の綺麗な風景や、駒ケ岳の独特な山様を見、噴火湾沿いを走り、長万部着。お腹の準備万端で受け取った2個の弁当を頂く。両方とも名物と言われるだけあり、さすがに旨い。1個は後回しかと考えていたが、2個とも続けてペロッと頂く。室蘭、苫小牧付近の工場と原野と牧場の入り混じった風景から、千歳に入ると急に都会に。その後駅前は街、それ以外は原野と交互に現れ、行き違う列車も増え、大都市の真ん中、高架駅の札幌14時17分着。 ここでも函館同様、すぐに14時30分発「ライラック13号」に乗換える。札幌郊外の本土とはまるで違うゆとりたっぷりの住宅地を抜け、石狩平野のだだっ広い田園地帯を走り、深川15時40分着。いよいよ初乗車の留萌本線に乗り換える。16時05分発まで駅舎をウロウロする。若い男性の駅員がやたら丁寧で明るい。高橋商事の売店は夕方なので当然駅弁は売り切れ、名物「うろこ団子」の真空パック版を土産に購入。駅舎内隣の深川物産館を見ると「そばめしおにぎり」なるものを発見。350円と安いので「カボチャドリンク」と共に購入。後ほど留萌本線に乗車中食すが、長田と違い、ソバの身と米を混ぜて炊いたものにネギ、天かすを混ぜ、そばつゆで味付けするという一品。ざるソバと御飯を混ぜておにぎりにした感じである。どうやら深川はこの「そばめし」を売り出そうとしているようである。 16時05分発増毛行は高校生が8割ほどの下校列車。石狩の田園地帯を走り、秩父別と石狩沼田でほとんど下車する。それにしてもかつて札沼線の分岐駅だった石狩沼田でさえ無人駅になっているとは。終点まで結局駅員がいたのは留萌だけ。その留萌以外では客の動きも少ない。途中恵比島(明日萌)から山中を通り、留萌からは日本海沿いを走る。海沿いは以外にも民家が多い。なぜかみんな厳しい北の漁場に挑む漁師の家に見えてしまう。終点増毛着17時31分。無人駅なので我々のお守り(記念入場券)は留萌駅で売っているが、停車時間が無いので買えない。代わりに増毛駅で撮影にはげむ、っていかんじゃないか。撮影に励む。ところでその増毛駅、なんと土休日のみであるが駅舎内で蕎麦を売っているではないか。平日なので食えない。また宿題か・・・。高倉健の映画にも出た駅前の風情ある建物なども撮影し、折り返し17時51分発深川行に乗車。深川19時13分着。線路に近い所にはやたら明るい寺を発見、なんだろうか?19時40分発「ライラック19号」で旭川5分遅れ20時05分ごろ着。遅れた理由が分からん。旭川到着直前にずっと徐行していたが・・・。ホテル近くのラーメン屋でホタテネギラーメンを晩御飯とする。
2007年06月18日
コメント(2)
大阪17時47分発「日本海1号」にて出発する。10年前と違い「白鳥」も無いし、「日本海1・4号」も函館まで行かず青森止。列車での北海道行きは大阪人にとってつらいダイヤになってしまった。せめて「トワイライト」の切符入手がし易ければ・・・。さらに北海道新幹線が出来るとますます行き難くなるのでは。改装中の大阪駅10番線、向かいの9番線からは17時42分発魚津行「サンダーバード」が満員で出発する。その後の18時12分発「雷鳥」を待つ客も多い。しかし「日本海1号」の3号車には私一人だけ乗せて出発した。出発時にホームにいた小学生がこちらをみて歓声を上げる。今でも寝台特急は特別な存在なのであろう。がしかし、彼が大きくなった時、この列車は走っているのだろうか。 京都で少し乗客が乗り、同じボックスの向かいにじいさんが乗る。私に客は多いのか、と聞くが、分かるわけが無い。こちらも大阪からの下りに乗るのは初めてである。もっとも少ないであろう事は想像に難くない。検札に来た車掌に大きい荷物を上の寝台に上げるよう頼んでいた。上に客が来るのかどうか、それが知りたかったのか。 近江塩津運転停車中に「しらさぎ」「雷鳥」に相次いで追い越され、加賀温泉でも停車中にさらに後発の「サンダーバード」に抜かれる。もし乗り遅れても1時間も後の特急に乗れば金沢で追いつける。それだけこの「日本海」が遅いということ。これでは客も少ない。 夕食に大阪駅で購入した淡路屋の駅弁を食べて、早々に寝ることにする。向かいのじいさんの変な唸り声がうるさい。また相変わらず衝撃が大きい。これも乗客減少の一因か。 ところで、今回の旅の早々、自宅最寄り駅で充っちーに遭遇する。「これから行くのか」と聞かれ、相変わらず日記をチェックしてることを認識する。現在楽天以外の書き込みを制限中なので、何か言いたい事があればm○xiの方でもどうぞ。
2007年06月17日
コメント(0)
旅に出ます。10年ぶりに北海道に行きます。1週間会社を休んで行きます。道北と道東の駅弁と駅そばめぐりです。またか、と思われるでしょうが。楽しみと不安と入り混じっております。なぜに不安か、というとなにせ10年ぶりの土地であるということ、宿が全く未確定、1週間の不在の後に会社からのメールがどんなことになっているのか、などなど。まあたわいの無いことですな。せいぜい楽しんできます。帰りはトワイライトのA個室でプチ豪華旅行といきましょう。
2007年06月17日
コメント(0)
今日は一日中首が痛かった。多分昨日の晩に猫がワシのベットで寝ていたので、気を使っていたからだろうか。 この週末もなんだかんだと雑用が多かった。まずは営業車の棚卸し。今回は徹底的にしたい、と毎回言われていることでありながら、今回は通常の業務時間に作業をしてもよいとの通達。今までは週末にサービス残業ならぬサービス出社(といっても自宅近くの駐車場だが)でやっていた。そのほうがむしろ問題なはずだが、今回だけは、とか言われるのがムカつくので、敢えていつもどおり週末にしてやり、嫌がらせのために早々に本社に在庫表を送りつける。それにしても今回は事前に来た在庫表の間違いが多いこと。営業所事務を閉めた影響がこんな所にも出ている。ちょうど昨年末に閉鎖された時期あたりに返本した分がそのまま自分の在庫に残っている状態だった。はあ~、だから言わんこっちゃ無い。 さらに通常通り営業所宛の報告書に、支社宛の入手資料も送るが、それぞれ全部バラバラの手段というのもうちの会社らしい。本社へは佐川、営業所へはヤマト、支社へは郵便。あー面倒くさ。 そしていよいよ来週になった北海道行きの準備。まず先週入手した切符のうち、帰りの「トワイライト」を普通のBネから、A個室に変更。1万円以上追加となるが、次回がいつになるか分からないのであえて奮発する。さらに懸案事項の大型リュックサックを購入。従来のものより収容力を増加し、かつ運びやすさを考慮して大きなものを求めていた。これも1万円を奮発して購入。今後値段分働いてもらおう。それからガイドブックを選定。いろいろ見比べた結果、結局ベタな「るるぶ」に落ち着く。「まっぷる」にするか、鉄道モノの本にするか、それとも普通の道路地図にするか迷ったが、やっぱり一番上手く出来ていると言うことなのかな。 帰りに近鉄百貨店の「グルメ博覧会」に向かい、相変わらず様々な食品を購入。親から晩飯代として4千円預かってきたが、遥かに上回る金額を使ってしまう。ほんまどうしようもないなあ。
2007年06月10日
コメント(0)
というわけで、この日は国内旅行地理検定試験2級を受験しに土佐堀の某旅行専門学校へ行ってきた。事前にネットでお試し版をしたときは割と出来た感じだったが、いざ本番を受けてみると、意外と難しいもんである。1時間で120問という問題数も実際やると時間に追われる感じだったし。じっくり見ていないが自己採点では7割いっていれば良いほうかな。もっともどれくらいの正解率で合格とかは分からないので、なんとも言えないが。まあ、あくまで趣味で自分の知識(仕事で知り得たものが大半というのがまた悲しいが)がどれくらいのもんか試してみたかったので、本格的に取りたいと言うものではないのだが、いざ受けるとなるとやっぱり取りたいもんである。今回駄目だったら次回は3級に落として受験するか。それにしてもあの試験を受ける感覚、ほんまに久しぶりで懐かしかったなあ。 試験は13時から14時なので、終了後時間もあるし日本橋へ向う。KATO製近鉄10100系をなんとしても手にしたかったのだが、4月初版はあっという間に無くなり、5月末の再販を待っていた。しかし今回も見つからない。3軒目でようやく1個あったやつを購入する。しかし3割引はうれしい。6千円も浮いた。展示用のレールまで付いて、帰宅後に早速箱から出し並べてニヤニヤしていたことは言うまでも無い。その後CDを購入し、早々に日本橋を退散する。もう一つ重要な用件があったからである。 6月18日の週に1週間休みを取得した。先週はずっと内勤していたので、木曜日に休暇届けを出す。1週間の休みということで所長は1日考えさせてくれ、と返事。なんせその上の人は部下が休みを取ることを嫌う人だからである。残念ながらこの人は部下の痛みや苦労を一切顧みず、周囲の人を踏み台にして出世した人である。そんなことはどうでもいい。こっちはやっとのことで1週間休みを取れる状態にしたのである。あんたがなにを言おうと休むつもりでいた。間に挟まれる中間管理職の所長には悪いが。で、金曜日に残業代の付かない残業時にビールを飲みながら結論をもらう。もちろん酔った勢いでハンコをもらう。 で、その休みについに10年越しの念願を達成すべく旅立つ。そう、北海道である。休みが確定したので、周遊きっぷやら指定券やらを購入しにみどりの窓口へ向ったのである。以前なら「北海道ワイド周遊券」を購入すれば事足りたが、今はゆき券、ゾーン券、かえり券を買い、さらに直通列車が「トワイライト」しかないので、往復の指定席の手配も大変。まあ、窓口で急に言っても、窓口のおねいちゃんはなんとか対応してくれたが。もっとも中小国や津軽今別がちゃんと読めなかったけどね。おかげで「周遊きっぷ」も、17日の「日本海1号」も、18日のゾーン入り口までの自由席特急券も、帰りの22日の「トワイライト」(B寝台ですが)も確保できました。 あとは支社長が変な事とか言い出そうとも行きますのでよろしく。帰ったらメールがバンバン着てるやろうな。
2007年06月03日
コメント(0)
全10件 (10件中 1-10件目)
1