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日本にある復職支援団体 うつ病の回復期にある人にとって気がかりなのは復職です。この復職を支援する団体MDA-JAPAN(うつ、気分障害教会)が東京都にはあります。山口律子さん(四一歳)がたちあげました。設立から五年。ここでは病気本人だけでなく家族も支援します。 復職支援プログラムは年間約二〇〇〇人が利用。約九割が元の職場に戻っています。 月一回開く家族会にはさまざまな悩みが寄せられます。「出口が見えない」「うつ病の夫から離婚を言い出された」「収入が途絶えた」。そんな家族らを何よりも勇気づけるのは、ともに語りあう中で、明るい希望をつかもうという連帯の絆です。 山口さんは二〇代にケガをし、復職できなかった苦い経験があります。その時出会ったのが、MDA(本部・カナダ)の理事たち。北欧と並ぶ精神医療の先進地のカナダ、そこで心の病を抱える人たちの暮らしをつぶさに見ました。地域のボランティアが専門家と一緒に自然体で支えていたのです。日本は偏見に満ちているというのに……。 「どんなケガや病気だって痛みの激しい最初の時期を過ぎれば、リハビリで回復を待ちます。その刺激が両刃の剣になろうと、とにかく続けます。心の病だけが特別ではありません。 山口さんは損保会社で働きながら、この会のために動きまわっています。 MDAとはカナダに本部をおく、うつ病や躁鬱病などの気分障害の患者と家族を支援する組織です。理念は、これらの病からの回復つかみとるのは「あなた自身」、つまり自律の精神。こうした活動を日本でも広めるため、産業カウンセラーらに声をかけ、二〇〇二年にMDA-JAPANをたちあげました。 主にうつ病で休職している人たちに、病気の正しい知識や症状の自己管理法を学んでもらうために、専門家も交えセミナーを開いています。回復期にある人の復職の手伝いも。家族には患者への接し方を理解してもらい、ご自身が燃え尽きないようケアを行います。 MDAではうつをいかに乗りこなすか、というテクニックやノウハウを学んでもらうのです。家族と患者たちが語りあうことで、世の中が変わっていくはず。ほとんどの人は、きちんと治療と支援さえあれば、回復し、再び社会で活躍できます。 カナダや米国では、仕事がうつの引き金になったり、うつで長期休職したりということは起こりえません。仕事がストレスなら転職します。競争社会なので、高額の報酬をもらうポストをあけていたら戻れません。 うつ病の人を励ましてはいけない、というのも日本だけのようです。ともに闘っていくという姿勢です。日常生活がままならない人にも、一歩を踏み出してもらうため、職業リハビリを行います。そもそも、生きていくうえで、辛さ、苦しさを永遠には遠ざけられません。 (二〇〇七年一月二七日朝日新聞の記事を要約・文責は著者)これを書くのはとても大変ですので、本の原稿から抜粋しました。★私の誕生日が1月でしたので家の中は花であふれています。幸せ…。私は楽天にHPを持っているアミカフローリアの花が大好きです。店は大津市にあります。YAHOOで「アミカフローリア」ででます。東京にもこんな花束作れる人はいないというくらい、センスがいいのです。どうぞ一度利用してみてください。
2007.01.31
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おはよう。これから禅ヨガです。帰ってきたら、復職支援についてくわしくお知らせします。いまは朝なので時間がありません。午後になります。
2007.01.31
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夕べはよく寝ました。それでプールへ。プールも少し進歩がわかってうれしかったです。息子とドライブして、郊外へ。ジャケットとパンツをプレゼント。ひさしぶりのプレゼントです。 夫は娘と会い、お互い情報交換。元気だというので安心しました。 夫のほうが早く帰っていたので、少しドキドキ。でも大丈夫でした。息子は夕飯を食べてすぐ帰りました。
2007.01.30
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昨日、一昨日と充実した日を送ったのに、夕べは12時に目が覚めてしまいました。セルシン(5ミリ)を追加しましたが、眠れないので、3時を待って起きました。 1年に2,3回はこういうことがあります。 娘とのトラブル、息子との2時間にわたる論争、夫のきつい小言と続きました。日ごろ私が元気だから、みんな若いときと同じと思ってやってきます。やはり年は年です。エネルギーが続きません。 このところ特別にストレスを感じる行事はいれていません。それなのに珍しく腰が痛いのです。しかも内臓からきている感じです。今度の診察のとき、医者に相談してみます。副作用がよくなってきましたが、また朝、舌が痛いのです。食事できないほどではありません。 家族とのトラブルが原因かもしれないと、夫と話しました。胃が悪いのではないかと。今日は、ぼちぼち家事をして、寝ます。
2007.01.29
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黒柳徹子さんが『窓際のトットちやん』の印税で、社会福祉法人 トット基金を作りました。かなり前のことです。(35年前)。聞こえる人も聞こえないも一緒に楽しめる、質のいい芝居をやりたい、と『窓際のトットちやん』の印税で、トット基金を作り、日本ろう者劇団を全面的に支援することにしましたとのこと。 声は別な人がだし、それにあわせて狂言を手話でやりますが、まったく違和感がなく、楽しめました。 チケットは私の尊敬するW氏が代表の「子どもと生活文化協会」が能と狂言をやっている関係で、プレゼントされました。黒柳さんは三宅右近さんとふるいつきあいだそうです。プレゼントは右近さんか、右矩さんからされました。 海外ですがウガンダのエイズの子に病気の進行を止める薬を飲ませたいと言ってました。私も少ないながらも、Tシャツを買って応援。夫と車で昔住んでいた近くの四谷を見ながら、帰宅したわけです。充実した1日でした。
2007.01.28
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人生を愛するがゆえに詩を愛する わたしの詩もそこから生まれなくてはならない かなしみが喜びtなり ひとりのなげきが まんにんのすくいとなり ひとりのよろこびが まんにんのちからとなり 水のように清められ 雲のように高められ 虹のように美しくならなければならない わたしの詩もそこまでゆかなくてはならない (坂村真民) 私は詩が書けないので、うらやましいです。多くの文章より、詩の一行が思いを表すことがあります。 何か表現をすることは、ストレス社会では必要に思います。ブログもまた、表現の一つです。早起きしてしまったので、更新しました。 みなさん元気でね(無理かな……)。
2007.01.27
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今日はヨガが非常にうまくいきました。明日は実家です。もう誰もいません。明日更新できないので、いま書いています。 あさって帰ってきます。 非常に落ち着いております。安心してください。いつもありがとうございます。みなさんのおかげでここまできました。
2007.01.26
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アルバイト先から突然クビを言い渡されるなど、不当な扱いを受けた20~30代のフリーターたちが、元フリーターらが運営する地域の労働組合に駆け込み、雇い主に対して主張しはじめました。 フリーターで働いていた男性が突然クビを言い渡されました。「これはおかしい」と直感的に思い、会社側にかけあってもらちがあきません。それで「首都圏青年ユニオン」(東京都豊島区、組合員280人)にはいりました。 団体交渉を重ね、全員が復職。残業代の割り増し賃金の未払いがあった仲間は、それも手にしました。 ブログでも元勤務していた会社を訴え、弁護士を使わず闘った方がいます。勝訴しましたが、お金を払ってくれないそうです。うつもひどくなりました。労働基準監督署も役にたたなかったそうです。 こうした組合は全国にあります。ぜひ利用してください。若い人たちが運営しているので、気持ちも分かってもらえます。電話番号などが分かったら、ここに書きます。 元会社と闘った方がどなただったか、把握してません。これを見てくれるといいのですが。私も探してみます。★今日は10時からヨガです。明日は誰もいない実家へ。日曜日は手話による能をみます。プレゼントなので無料。ありがたいです。 それから、副作用(筋肉が痛んだり、口が不自然な動きをする)が軽くなってきています。やはりいまの医者はベテランです。加えて感じのよい明るさ、ユーモラスな雰囲気をもっています。これも神様からの贈り物かもしれません。
2007.01.26
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入院中に出会ったなかに30代と思われる男性がいました。ふたりのかわいいお嬢さんと奥様が毎日見まいにきていました。 毎日3時間の睡眠だったそうです。 25歳から35歳をロストジェネレーションと呼ぶそうですね。まじめ世代とも。最近次のような文章に出会いました。 「仕事するのはもう疲れた。二人心穏やかに暮らしたかった。ごめんな。ゆっくり眠ります」。自殺です。32歳でした。 私はいのちとひきかえにしていい仕事はないという考えです。過労死もそうですが、殺される前にやめましょう。生活保護を受けてもいいじゃないですか。残されたものがどんなにつらい思いをするか……。 私の兄はバイクで28歳の時交通事故を起こし、誤診の末、ものすごい苦しみのはてなくなりました。このときの親を見て、親より早く逝くのが一番の親不幸と思うようになりました。この世で一番悲しいことと思っています。 ●ストレス解消法(できるだけ右脳を使う) ・近くへ散歩 ・家の掃除をちょこちょこと ・音楽の演奏や聴くこと ・詩で思いを表現 ・絵を描く(下手でもかまわない) ・手紙を書く ・ダンス、テニス、ウオーキング ・おしゃべり ・写真を撮る ・水泳 ・写真の整理 ・おしゃれをする(家の中でもかまわない) ・ヨガ 厚生労働省によると、仕事のストレスによるうつ病などで労災認定を受けた人は2005年度で127人。そのうち自殺が40人。認定の6割が20~30代。 昨日、出版社に本の最終原稿を送ったので、少し余裕ができました。厚生労働省の審議官(かなり偉い立場です)辻哲夫さんは知人です。折を見て、ファクスか手紙を送りたいと思っています。 私は昨日は禅ヨガ。非常にうまくできました。今日はお休みの日。夢中で家事をしません。ゆっくりとあれこれ片付けたりして過ごします。天気がよいので布団くらあいは干そうかしら……。
2007.01.25
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どんなによい家庭でも、人間が寄り合っていれば、トラブルはあります。その解消を自分で考えないと、ストレスがたまります。 それは仕事にも言えることで、どんなに忙しい人でも、必ず、自分に合ったストレス解消法がないと病気になりがちです。 登山、ハイキング、水泳、テニスなどできれば体を動かすことがお勧めです。というのは現代社会は、頭を使うことが多いので、体を動かすほうがバランスがとれます。 私は、このところ、家族との関係でストレスがたまっていました。しかし、昨日プールに行ったら、「私はどうして狭い世界でぐちぐちしていたのだろう」と思えるようになりました。 場所を変えてみることも気分転換につながります。激うつはともかくとして、まあまあのうつなら、おっくうだなと思っても、でかけたほうが気分転換になります。 昨日は息子が車をとりにきました。時間がないというので、車中ではなそうと一緒に、仕事の場まで行きました。あまり熱中すると運転が危ないので、危険ではないところでいろいろ話ました。すると一人では浮かばないことを言ってもらい、考え方が変わります。 いろいろあったので、一つひとつ二人で話しあいました。 原宿にクレヨンハウスというしゃれた店があります。作家の落合恵子さんが経営しています。昔からよく行った思い出の場所。息子がおなかがすいたというので、夫から、飲んで帰るというメールがあったのをよいことに、食事をしました。 原宿から電車で帰ろうとしたら、家まで送るというので送ってもらいました。話し合いができてお互いによかったです。私は、少し傷ついていたこと、落ち込んでいたことが解消されました。息子は車がストレス解消になるそうです。
2007.01.24
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いよいよ本が最後の段階になりました。「はじめに」「終わりに」を一応書きました。これでOKなら、文字のデザイン、プロの校正をへて、印刷にはいります。できてくるのは初校。それを私がまた校正(間違いなおし)して、二校になり、4月に出版です。 表紙のデザインが決まりました。 帯はまだ、どなたに頼むか決まっていません。 ブログの世界は怖いので、詳しいことはほしい方へのメールでお伝えします。みなさまのおかげでここまできました。ありがとうございます。 舌の痛いのはとれました。一時的なものだったのでしょう。ちょっと子どもたちとの関係で行き違いがあり、疲れましたので。 今日はプールで水中歩行です。初めてから1年になります。かなり体力がついたと感じます。電車で立っているのが苦痛でなくなりました。 先日勤めていた会社の社長にはがきをだしたら、禅ヨガをやっていることを喜んでくれました。続けるようにと。社長は毎朝座禅しています。仏教との出会いは彼の影響が大きいです。何事もムダにはなりませんね。
2007.01.23
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うつ病患者や家族の自助組織「うつ・気分障害協会」(MDA-JAPAN)では、うつ病の人を対象にした復職支援プログラムのほかにグループミーティングを中心とした家族プログラムも用意している。 苦しい家計、出口の見えない不安一家心中さえちらつく……。簡単に答えはでないが、看病歴の長い「先輩」家族が「後輩」に自らの経験を伝える場にもなっている。 MDAの山口さんは、多くのうつ病患者の家族に接してきた経験から「温かな無関心」という姿勢が必要、と説く。 家族は「早く治ってほしい」という焦りから、過干渉や過保護になりがちです。これはかえって患者の回復を遅らすことになる場合があります。 「ちょっと離れているけれど、しっかり見守っているという姿勢で接するのがいい」 これは10歳以降の子育てにも言えることです。 家族には本人が薬を飲むのを拒否したり本人がいやがるからと病院へいくのをためらうケースがある。 ここでは専門家による勉強会を開いているので、参加するのもいいかもしれません。 MDA-japan http://www.mdajapan.net ☆夕べはぐっすり寝ました。昨日と今日は1日原稿に向かっていました。でももうお休みします。無理はいけませんからね。 (朝日新聞2006.07.30参考)
2007.01.22
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昨日、朝、舌が傷ついて痛かったので、医者に行く予定でした。でも、日中は痛くなかったので様子をみることにしました。 今朝も痛かったです。でもすぐにおさまりました。 いまの医者は、診察時間内なら電話で対応してくれるのでなんとなく心強いです。いままでは、電話できる病院だとしても、電話を安心してかけられる信頼関係はなかったです。いまはありますので、あまり心配しません。この安心感が良循環なのでしょうね。 ところで、まだ寒いですが、これが過ぎ、2月に入って初春になると、私はすごくうれしくなります。 沈丁花、福寿草、梅など寒いなかをけなげに咲いている花々。そして日差しが強くなり春の訪れを予感させる。 うつのみなさんが、こんな状態にいてもう少しで春になったらいいなと思います。 私は壮絶なうつの助走は2月でした。大好きな初春どころではなかったです。いまこうして初春を楽しめるのがうそのように思います。 本当の春は、都会では暑くなって、気持ち悪いのです。さわやかな5月も暑くてぼわっとしています。田舎の初夏はさわやかです。その点は残念。 今日は一日原稿の直しです。
2007.01.21
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葬儀、49日の法要、正月、還暦の祝いと続いたせいか、疲れ気味です。疲れているからゆっくり寝ようとしているのに、4時に目がさめてしまうのが3日続いてます。舌にも傷がついて今朝は痛いです。これは薬の副作用です。病院は午後からやっているので、午後電話してどうしたらいいか聞くつもりです。 実はここには書けないのですが、ストレスになることがここのところ続きました。おそらくはそのせいでしょう。ですから、ストレスがなくなれば、元に戻ると思います。 体が敏感に反応することに驚きました。でも、それだけ体の感受性がいいことは、うれしいです。壮絶なうつの発作の前は、そういった感受性がまったく失われていました。 ヨガは頭のなかにあるメタンガス(悩みなど)を吐き出させてくれすので、助かります。昨日はヨガでしたので、そう悪くならずにすんだのでしょう。 勤めていた会社の社長にはがきを書きました。坂村真民さんが亡くなったので、社長と親しかったから書きました。そのとき禅ヨガをやっていると書いたら、続けるようにと返事にかいてありました。社長は、毎日朝30分座禅をします。 座禅や仏教について、勉強している人が社長のまわりにはいます。けれども、座禅を実行していない人は、本当にわかることはできない、と常にいってました。 坂村さんは相田みつおをもっと上等にしたような人です。相田さんの詩はわかりやすいから親しまれていますが、人間的な上等さから言ったら、坂村さんのほうが上です。でも人はそれぞれですので、相田さんの詩で癒される人がいてもいいと思います。 私の友人が詩を出版(自費出版)するので、2つほど書いてくれといってきました。実は私、詩を書くのは苦手です。彼女はよく詩を書いていたので、出版するようにすすめたのは私ななおですが。ふつうの出版社ですと120万から200万かかります。 あるとき新聞だったかテレビだったか30万で本を作ってくれるところがあったので、彼女に教えたら、結局実ったようで、よかったです。 詩を二つ書かねば、と思いつつ逃げています。
2007.01.20
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私自身のうつ(後に躁鬱)の体験を本にして一人でも自殺する人を減らしたい、世の中の人にうつを理解してほしいと努力してきました。 いま、出版社はすごい不況なので、出してもらえるかどうか、不安でした。 昨日の部長さんの電話では「よくまとめられましたね」ということですので、大きな書き直しはないと思います。 今日、部長さんと会います。 こまかいところは書き直しがあるようです。少しでもよい本にするためには、部長と相談しがんばろうと思います。 本を出版できることはすごくうれしいです。これで3冊になります。これからも出せればいいのですが、何もやってないのでなかなかです。 子どもたたいに子どもが生まれたら「ババの子育て」なんて本考えてましたが、子どもは生まれません。ま、まだ可能性はあるのでわかりませんが・・・・。 ブログのことも1章とってかきました。みなさんに迷惑をかけないよう努力しました。ですから、少し迫力にかけるかもしれません。もっと書きたいのですけど、みなさんのブログをせきららに書いたら、どんなことがあるかもしれないから、書かないこともあります。ブログは怖い面もありますからね。 午前はヨガ。午後は部長さんと会います。 個人的なことでつらいことが続きました。でもみなさんがいるから元気でいられます。そしてそんなとき、必ず、助けてくれる(いいことがふってくるなど)人に出会ってきました。ですから、私は本来楽天家です。 うつは脳の病気です。ですから心の問題とするだけでは治りません。適切な治療が必要です。 私の本がたった一人の人の自殺をくいとめられるだけでも、私は満足です。みなさんありがとう。
2007.01.19
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昨日、夫の帰りが午後8時過ぎたので、それから、食事、片付け、風呂となると、9時は無理で、10時になりました。 それなのに朝は5時前からうとうと、眠くはありませんんが、午後くらいに眠くなるでしょう。 きっと何かで興奮して熟睡しなかかったのだと思います。このくらいの睡眠でも大丈夫なのですが、医者は、8時間くらいはとるようにすすめます。朝6時までぐっすり眠れれば、夜10時にねても8時間とれるのですが、どうしても朝は5時くらいには起きてしまいます。 ところで楽天が管理画面を新しくしたので、わからなくて困っています。 今日は、何もお出かけがない日。片付けをゆっくりし、庭の手入れなどで遊び、1日を過ごします。アルコールを飲む人の休肝日みたいなものです。 昨日、夫に医者のことを「いい男よ」と報告したら、「医者の病院の外でダンボールに寝なさい」とからかわれました。「僕は、君を大切に思っているのに・・・」と不満そう。私の感覚では、日本っていい男が少ないです。これって身のほど知らずのあほな発言かしら。
2007.01.18
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会うなり先生は、「あけましておめでとうございます」「この前、意見書行き違いになってごめんなさい。間に合った?」とおっしゃいました。「はい間に合いました」と返事。長い期間書いてもらえなかったので、いい加減な先生なのかしら、と思ってました。 いま、体重が増えていることも、きちっと、薬の副作用かどうか調べてくれ、今後の方針も考えてくれました。ベスト体重には2キロほど減らしたいのですが、先生はいまの体重を維持してもいいのではと・・・。炭水化物を少し減らし、間食(本来はしません)をしないようにというアドバイスでした。 「徐々に薬も減らしていきます」との言葉に「本当ですか?」と私は驚きました。前にそういってましたが、その後そのような気配もなかったし、「全部なくすことは無理かもしれません」といってらしたので、あきらめていました。 「副作用もなくします」と更なるうれしい言葉。 何より先生の感じのよい笑顔、やわらかいオーラ、それだけでも元気になります。
2007.01.17
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雨のようですね。冬の雨は寒いからいやですね。今日は精神科です。息子が車で送ってくれるので、よかったです。帰りは電車で帰ってきます。息子も仕事がありますからね。 いまのところ、病的な気分の上下はないので、薬をもらうだけです。先生は素敵な方なので、お会いするのが楽しみです。 午前中禅ヨガへ。頭のなかが空になって、気持ちがよくなります。 事情があって書けないのですが、落ち込むことがありました。幸い、相談する人がいて、愚痴を聞いてもらい、元気になりました。 私自身を分析すると、何でも落ちるわけではなくて、PCのホールみたいに、弱いところがあるようです。いつもパワフルなのでほとんど気づかれません。いつも元気な人と思われています。しかし、そのホールを攻撃されると、見事どん底まで落ちます。 ありがたいのは、夫がそれを知っていて、そっとしておいてくれることです。 禅ヨガを終えたころは元気になって息子の昼飯を作っているでしょう。 ヨガと精神科行ってきます!
2007.01.17
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朝、夫は寝ているように言いましたが、起きました。体が軽いです。家事をかなりこなしていまパソコンの前。 プールに行ってきたら、また更新します。 久しぶりのプール、快適でした。まだ少ししか泳げないのですが、運動するのは気持ちがいいです。いやなこと全部ふっとびました。 うつになるタイプは頭を常時動かすタイプが多いと思います。プールへ行くと、頭ではなくて体を動かすので、気分転換になります。 明日は、午前は禅ヨガ、午後は精神科です。息子が車をとりにくるので送ってもらうつもりです。昼食を作って、待つことにしましょう。 夫の両親の葬儀、49日の法要、お正月、還暦の祝いと、行事が続きました。やっと普通の日々が戻ってきました。行事も楽しいですけれど、葬儀は楽しいとは思えないですね。私のような病気は行事が続くのは苦手です。再発に注意したいので、ほどほどにしないと・・・。
2007.01.16
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夫が休みだったので、世田谷のボロ市に行ってきました。「代官もち」を食べたくて並びました。美味しかったです。 私の実家は代官が遊びにくる庄屋だったそうです。ですから、非常にプライド高く生まれています。しかも平清盛ではなくて、以前からあった平家や藤原家とも縁があったようです。父の祖父くらいにあたる人が、東京におめかけさんを囲い、ほとんどの財産を亡くしました。 そのうえ叔父が我が家を抵当に入れて借金。父は自分の家を買い戻したのです。ですから、プライドばかり高い、貧乏な家でした。父にはそのことを自覚して生きるよういわれましたが、見事私は失敗しました。そしてうつになったわけです。 血というものはあるのですね。お母様方のなかでおとなしくしていても、子どもの幼稚園時代、ボス的存在の人から目をつけられました。どこか態度が大きく見られるのです。息子も経験があるそうです。仕方ないですね。姉、兄、弟のなかで、私だけなんですが、血を受け継いでいるのです。父からは男の子に生まれてくればよかった・・・と何度も言われました。 誇り高いし、度胸もあるけれど、心はガラスなのです。それを受け入れて生きていくしかありません。
2007.01.15
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子どもたちのすてきな企画で、還暦のお祝い、無事終わりました。明日が誕生日です。夫とボロ市にでも行こうかと話してます。 今日はまず私が着物を着て、娘の着物をあずかっていたので、それをもって娘宅へ。娘に着物を着付けました。小紋くらいですと、娘も自分で着られるのですが、訪問着だと帯も違うので、無理です。娘(うるさい人・内緒)が満足する着付けができました。だから私ご機嫌です。 写真館に予約をしておき、5人で撮りました。夫のときもとればよかったと後悔しています。 食事も素敵なレストランで、娘の企画がなければ、行かないようなところです。とてもよいデザインの店でした。もちろん食べ物も美味しかったです。感謝、感謝。 薬を一生のみ続けるかもしれないと、娘と息子に言ったら、「うつでなくとも、一生薬を飲む人なんてたくさんいる」と一蹴されました。私もそう思います。 ずっと忙しかったけれど、どうやらひといきつけそうです。ご心配おかけしました。
2007.01.14
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姉はまめな人なので、飲む支度がしてありました。姪が少しよくなっていたので、うれしかったです(過労のところに風邪をひき、脳炎になり、寝たきりで、言葉もでない)。大学時代、姪は2歳くらいで、私はすごくかわいがりました。 姉は親に厳しく育てられたので、私の甘さがきになるのか、ずいぶんいじめられました。親は上にはきびしく、下へいくほど甘くなるんですよね。でも過去のことです。少しでも姉夫婦が元気でいてほしいと訪問しました。夫もやさしい人なので、帰りないてました。私も泣いてしまいました。 明日は、還暦のお祝い、きっと更新の時間もないでしょう。みなさまお元気でね。
2007.01.13
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明日の還暦の祝いで写真をとるので、カットに行ってきます。年がばればれね。自分では60才という自覚ありません。52歳くらいの気分。人には40歳といってますが、ストレスと薬のせいか、髪が薄くて80歳の髪です。でもかつらが苦手なのでかつらをかぶらずがまんしています。 髪が、ふさふさなら52歳でも信用してもらえると思うのですが。無理ですか。 明日の着物の準備をしました。私は自分で着て、娘は私が着付けます。夫は背広じゃなくて、セーターにジャケットにするといいます。彼はイケメンでかっこいいです。私、めんくいなのです。でも武田鉄矢みたいなのも好き。 午後は姉のところ、車でもいけるのですけど、バスにしました。
2007.01.13
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今日はすっかり元気です。昨日夫が帰るの遅かったから、ゆっくりしたせいか、あるいはW氏に会ったせいか。恋愛感情ではなくて、私は彼が好きです。昨年8月からずっと会えなかったので、寂しかったです。 実は彼の本を作りたいのですが、そして彼も了解しているのですが、原稿を作って「赤いれ」を頼んでも、原稿は戻ってきません。これでは本にならないです。彼の父は偉大な人で、原稿を書くのが得意でした。W氏は実践家、実践しているほうが楽しいタイプです。しばらく待つしかありません。 もっと体力とお金があるなら、小田原に通っていろいろ手伝いたいです。 これからヨガへ行ってきます。午後はあいているので、のんびりします。暮れに夫が大掃除をしてくれたので、掃除が楽です。
2007.01.12
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やはり小泉の5年で世の中だけでなく人間もおかしくなっているという話でした。この時代に子どもを育てるにはのびのび元気にと同時に、勉強もしっかりやって両輪が強い子に育てたい、ということでした。 ふつう、フリースクールというと、のびのびに偏りがちです。しかし、この時代知識や知性も必要です。それには勉強も必要ということです。 W氏が運営していた「はじめ」塾、いまは息子さんが跡をついでいます。ここの子どもたちは「生活力」があります。100人くらいの食事をかんたんに作れるし、気配りもできます。先生が強制するのではなく、先輩をみていて育っていくのです。よく気がつくし、何事もいやがらず、すすんでやるので、就職もできます。 金持ち層と貧困層に分かれると、たびたび言われてますが、小泉がそうしたのです。しかし、貧困層に入っても、まじめに働いていけば大丈夫ということでした。 でも、弱者に対して、痛めつける、たとえば生活保護が受けられないなど、悪い方向に向かっているのは確かと、うれいていました。 私の息子など貧困層にはいりそうですが、まあまあ、まじめで誠実だし、自分で努力してたくましくなっているので、心配ではありますが、なんとかやっていくだろうと思います。 私の子たちも塾に預けたかったです。出会ったときは、もうわが子は育ってました。 今日は多少不調でしたが、W氏の顔を見て話をして元気になりました。多くの方が言うのですが、彼から元気をもらえるそうです。そういう星のもとに生まれてきた人もいるのですね。 土曜日は姉のところに行きます。近いです。バスをのりかえますけどね。原因不明なのですが脳がほとんど空なのです。胃に穴をあけ、栄養をとってます。姉は宗教をもち元気ですが、兄は相当まいっています。夫が行きたいというので行くことにしました。 日曜日は、私の還暦のお祝いで食事と写真です。まだまだ40歳くらいのつもりなのに、いつの間にか60歳になってしまいました。でも、誰にいっても、60歳には見えないといってくれるので、うれしいです(根が単純)。
2007.01.11
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調子悪いので、今日のおでかけはやめようと思いました。でも1月の会合なので少し無理していきます。でも、着物を着たらシャンとして元気になりました。不思議ですね。 ゆっくりゆっくり行ってきます。
2007.01.11
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朝はなんとか7時におきました。古いパソコンを処分してくれる人がくるからです。夫の朝食を作れなかったので、少しいやな気分。 8年くらい使ったパソコン、お別れです。夫のパソコンと一緒に並んでいます。 夫は今日は機嫌よく帰ってきました。そんなに気分の上下のある人ではないのですけどね。昨日はよほどいやなことがあったのでしょう。 明日は私が属しているNPO法人の会合。行く予定でしたが、今日、不調なので思案中です。14日のお祝いの会に、元気な顔で出たいですからね。 午後十分寝たのに、肩が珍しくこって不調です。
2007.01.10
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昨日は夫の帰りが遅かったので、9時に一人で夕食、10時に寝ました。夫が寝てていいというので、夫が家を出るまで寝てました。 玄関を開ける音がしたので寝室の窓を開け「行ってらっしゃい」 昨日は、夫は会社でいやなことがあったらしく、知人からのお誘いにのって飲んで帰りました。午前中息子と何をはなしたのかを聞くので、話したら「聞きたくない」と。私の中には彼は私と話し合いはしないという思いこみがあります。一番相談にのってほしい話を「聞きたくない」「今日はいやだ」といいます。 定年後働くということは部下だった人の下で働くことになります。それがいやなようです。でもそれはいやでしょうが、当然のことだと思います。仕事のない人に比べたら、すごく幸福なことです。親戚の会社なので、叔父が会長ですので、よけいにいやなようです。しかし、会社を変わることを承諾したのは彼です。 本当にいやならやめればいいと何度も言っています。おそらく愚痴なのでしょう。はっきり愚痴として言ってくれるのならいいのですが、私が何か話し合いをしたいというと、会社でつらい、ということをぶつけてくるのです。 今日は、だから6時には起きられなくて7時に起きました。彼はひきずらない人なので朝にはケロっとしてます。私はひきずって、体が重いです。こんなに心と体がつながっていることを実感したのはしばらくぶりです。 私と夫、あるいは男と女は永遠にわかりあえないのかしらと思います。今日は前のパソコンのデータをなくし、ひきとってもらいます。 私はできるだけ、のんびりとすごします。
2007.01.10
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またまた坂村真民の詩 念ずれば 花開く 苦しいとき 母がいつも口にしていた このことばを わたしもいつのころからか となえるようになった そうしてそのたび わたしの花がふしぎと ひとつひとつ ひらいていった 念ずれば花開く、この言葉は坂村さんの詩のなかでも、かなり有名です。おかあさまの言葉をきいて育ったがゆえにできた詩でしょう。 詩では食えない時代です。いやいまだって詩で食べていくのは並大抵のことではないでしょう。夫を亡くし、5人の子を育てた、しかも前向きのすごいおかあさんだったのですね。坂村さんの詩にはおかあさんがかなりでてきます。 みなさんがうつで苦しんでいるのを、どうか治りますようにと祈るだけの私。 念ずれば、うつ治る と、今日も祈る私です。 今日は午後用があるので、午前の早くに車をとりにきた息子。 おしゃべりしていたら、もうこんな時間。 でも、楽しい時間でした。
2007.01.09
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坂村真民の詩 ねがい あなたに合わせる手を だれにも合わせるまで 愛の心をお与えください どんなにわたしを苦しめる人をも すべてをゆるすまで 広い心をお授けください これは真民さんがものすごく苦しいときに書かれた詩です。 苦しみのために心身ともに弱っていたときのもの。 それで仏陀に救いを求め、坐に専念したそうです。 私は壮絶な発作(興奮状態)ののち入院し、回復しました。奇跡に近いそうです。 それから人をゆるせるようになりました。一時的には腹をたてますが、すぐに落ち着きます。そして、ま、いいか、生きているのだからと思えるのです。 手はいろいろなことができますね。ものをもったり、にぎったり、投げたり、でも祈ることもできます。すばらしいですね。これは知人のおとうさま(医者)が教えてくれました。
2007.01.08
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前の詩と同じく、うつで仕事をするなかで、出会った文章です。板橋興宗だと思うのですが、紹介します。 私たちは、どんなに自分をかわいがりアクセク生きてみたところで、いつかは必ず死ぬのです。ひとにぎりの灰になるだけです。お金だ地位だと、かっこよく生きようともがいても、結局は生きている間の夢ものがたりにすぎません。 「諸行無常」といわれますが、世の中すべてのことは絶えず移り変わり、流転しています。人の生命(いのち)も水の泡のごとくもろいものです。自分の生命が短くはかないことを身にしみて実感すればするほど、毎日の生活がしみじみ味わい深くなります。世の無常をしり、はかない人生をはかないままに生きるところに、いのちの閑かな(しずかな)悦びを感じるものです。 泣きたいときもありましょう。その時は涙のあふれるままに手ばなしで、天をあおいで泣くことです。うつむいて愚痴っぽく泣いては、頭のメタンガスがとめどなくふきだします。 淋しい時は、上体をおこし胸をはってポッカリ頭の中をカラにし、ひとりしずかに淋しがっていることです。さびしさをしんみり味わう心のゆたかさがほしい。肩を落とし前かがみになり、考え込んでは淋しさにとりつかれ負けてしまう。 頭のなかにメタンガスを充満させないように、いつも生活を規則正しく身辺を清潔にし、脳のはたらきを健康にしておくことが大切です。★うつになってから、仏教にはよい教えがたくさんあることを知りました。うつになる前にこの文章を読んで自分のものにしたかったです。 板橋さまには昨年だと思うのですが、福井まででかけて、お会いしました。立派な方ほど偉ぶりませんね。たくさんの有名人とであってきての感想です。板橋様は総持寺の元貫主ですが、ユーモアにあふれ誰をもファンにしてしまうオーラを発しています。 私はうつになったとき、きっと頭はメタンガスでいっぱいだったのでしょう。いまはかなり空になってきています。
2007.01.07
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うつを抱えて仕事をしていたとき、いろいろな人の言葉で自分を励ましました。おそらく坂村真民さんの詩だと思うのですが(最近なくなりました) 人生には意味がある 行く先がある ひとつの苦しみもムダにならず ひと粒の涙も ひとしずくの血も忘れられることはない ひとつの苦しみもムダにならず、という言葉に惹かれました。
2007.01.06
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土曜日ですけど、夫は出勤です。雨なので「いやだな」とでていきました。昨日はけっこう遅くまで飲んでいたようです。 夕べは息子が彼女ときたので、一緒にちょっといい感じの中華料理屋へ行きました。早くわかっていれば、食事を作ったんですけどね。まだ結婚とはいかないようです。もう年なのでそろそろ決めないと、と思いますが、息子も希望がうるさいですからね。 私たちは若気の至り?で結婚したから、結婚できたようなもので、年齢が高かったら、利口になっていて結婚できなかったかもしれません。 日曜日か月曜日は私の姉夫婦のところへ行きます。姪は嫁いだ先の九州で病気になり(脳のなかの炎症?)、レントゲンでみると、脳が空なのです。何も自分ではできず、胃に穴をあけて栄養をとってます。私の大学は姉の家の近くでした。1歳半くらいだった彼女の子守をしました。かわいくてやさしい子でした。40歳近くで病気になり、姉夫婦がめんどうを見てます。姉は信仰を持っているので強いです。 主人だけ伺っていないので「行きたい」といいます。 いまさらいっても仕方ないですが、東京にいたら助かったかもしれないなんて思ってしまいます。帯状疱疹のウイルスがはいったと最初は言っていたのですけど・・・。最終的には原因不明です。働きすぎて体力がなかった、免疫力がなかったということでしょう。
2007.01.06
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夫が出勤し、今日からふつうの生活に戻ります。まずはヨガです。午後はパソコンの設定の人がきます。 病気は落ち着いています。ありがたいです。 本の原稿出版社に送りました。今は便利ですね。以前は手書きの原稿。次はワープロで書きフロッピー。いまは原稿を添付してパソコンで送ります。 今年も何かテーマを決めて書いてみたいと思います。では支度をしますので。時間があったら、続きを書きます。 ヨガを終えて帰ってきたら、もうパソコンサービスの人が来ていました。15分前です。これまでADSLの人、ひかりの人、いろいろきましたが、個人でやっているせいか、フランクに話しができ楽しかったです。お金を払ってもやってもらってよかったです。夫もやる気力がなさそうですし、私は電話で教わりながらやらないとだめです。 息子から電話がありました。車を借りたいと。夫の了解取らずに(もともとは私の車です)OKをだしました。息子は今音楽業界が不景気なので、暮らしは苦しいようです。性格もいいし、人間性も豊かなんですけどね。(親バカ)。一生懸命やっているのに、苦しいのはかわいそうです。私たちもこれから年金暮らしになっていくと援助ができません。 なんとか、ほどほど暮らせるくらいになってほしいです。結婚もできないでいます。もてることはもてるんですけど・・・。好みがうるさいのです。 30歳を超えた男の子の心配などしていられません。なりゆきです。
2007.01.05
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正月疲れか、朝食のあと午後の1時までねていて夫に起こされました。あわてて昼食を作り、いまパソコンに向かっています。 両親はいまの私たちの年齢で富山からでてきました。30年近く老後を過ごし、逝きました。それを考えると、私たち夫婦に残されている時間は長くありません。何か一つでもいいから、集中してやり、充実した感じをもって、あの世へ行きたいです。 若い方々はまだこれからです。いろいろな可能性があります。どんどん活躍してください。病気はいずれ治ります。そのとき何をしたいのか、考えるのもムダではありません。希望は大切です。
2007.01.04
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実家に年賀状が来ているかと、実家へ行ってきました。私は「もう少しあとでもいいのに」と思ったのですが、言うとケンカになるので黙ってついていきました。 帰りに秋葉原に寄ったのですが、箱根駅伝があって大手町はすごい混雑。車を止めるのにひと苦労です。 それでも、なんとかパソコンを買って帰ってきました。 設定が二人とも得意ではないので、どうしようかなと思ってます。「ぱそこんの手伝い」というチラシが入っていたので、そこに頼もうかとも思います。夫のパソコンのときはつなぐのは夫。設定はNECに電話をして教えてもらいながら、私がやりました。 明日まで夫は休みです。6日は出勤とか。
2007.01.03
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車で送ろうかといっても「いい」と言っていたのですが、息子はまた寝てしまいました。結局泊まるのでしょうか。かなり疲れているようです。 明日、実家へ行く前に送っていくことになりそうです。実家から秋葉原へ行ってパソコンを買います。 実家に亡き義父あての年賀状をとりに行くのだそうです。義父のことはかなりこたえているようで、好きにさせてます。辛いとき支えてもらった思いがあるのでしょう。 明日はなるべく早く出たいです。帰り渋滞しますからね。
2007.01.02
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娘夫婦が帰って、息子がきました。どんよりとした天気です。昨日みたいに晴れているとドライブに行きたくなります。 昨日、私のパソコンをなおそうとして夫が全部ふっとばしてしまって、インターネットも何もできなくなりました。これは夫のパソコンでやってます。メールアドレスもパー。 やらないでというのにやったから、腹がたったけど、落ち込んでいるから許してあげました。 なんとかなるでしょう。昨年の年賀状にアドレス書いている人もいるし・・・。お金はないけど困るので明日パソコンかいます。 新しいパソコンを動かすために、誰か仕事にしているパソコンおじさんを頼んで動くようにします。夫のパソコンは私がやったんですけど。
2007.01.02
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あけましておめでとうございます。 娘夫婦と紅白歌合戦を見て、12時にねました。朝は8時におきておしるこを食べました。夜は息子がきます。娘夫婦は帰りました。明日仕事があるそうです。そのあとムコ殿の実家へ行きます。 今年も躁鬱と仲良く、医者とも仲良くやっていくつもりです。早くお正月が終わり、ヨガとか行けるといいなと思います。 みなさま、今年もよろしくお願いいたします。
2007.01.01
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