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秩父の芝桜を見に行ってきました。二人とも疲れていて不機嫌。やはり居酒屋のうるさいのと、お墓を探したのとで、そうとう疲れていました。 それでも秩父に着くころには機嫌も少し治っていました。そしたら今度は、夫が車の温度がすごくあがるので、お弁当が腐ると夫は気になり、いらいらしています。 そこで提案しました、10時半でしたが、朝飯が早かったのだから、食べてしまいましょうと。それでやっとダンナ様のご機嫌が治りました。 行きは高速でしたが、帰りは下道を走りました。途中で運転を私に変わる予定だったのですが、彼がよく知っているところなので、私は遠慮しました。彼が教習所で走ったコースでした。でも、そこまでは、私がナビをしました。 新緑がとてもきれいで、楽しいドライブでした。自然っていいですね。
2007.04.30
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27日は、夫と待ち合わせて、夫の友人と居酒屋へ行きました。とてもお安いのですが、けっこうおいしいのです。私も少し飲みました。男性たちはおいしい日本酒。 この友人をたとえばNさんとしましょう。この方の仕事はファンヒーターの修理やベッドの組み立てなどいくつかあるようです。 しかし、仕事以外の能力のほうがすごいかもしれません。水彩画も描きますし、文章も書きます。もっとすごいのは企画力があることです。企画力のない私はうらやましい限りでした。その話をえんえんとされるのですが、隣のお客様がすごい大きな声をだされるので、聞こえないのです。ですから話しあいが成り立ちません。夫もつらそうでした。それで少し疲れました。 家に帰ったら午後11時。翌日は実家です。また早起きです。でも、実家に泊まったときは9時半くらいに寝て、5時半起きでしたから、早朝覚醒ではないでしょう。 このNさんの友人にSさんという方がいます。ご自分もうつになり、奥様をうつ病で亡くしています。この二人が知り合いになったのはNさんがSさんのところのファンヒーターを修理に行ったからです。夫の会社の仕事も少しやっていたNさんは、夫と知り合うことになり、Sさんを紹介してもらいました。私も一緒に飲んだことがあります。いまSさんは仕事が忙しく、なかなかお会いできません。すごい勉強家です。自分で研究所をたちあげ、成功しています。
2007.04.29
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あまりにもすごい発作を起こす私と1ヶ月以上暮らした夫は、たまたま夫が先に寝てうとうとし、目ざめると、私が隣にいない、「また発作が起きて外へ行ったのか!」と、不安になる夫。2階の寝室からあわてて下に降りて、私を見つけて安心するそうです。 私には、また発作を起こすという不安は99パーセントないんですけど、高齢になって夫を亡くしたら、うつを発病するかもしれないとは考えています。 しかし、夫ほどの不安はありません。 こういったものも人それぞれで、一人ひとり違うのでしょう。夫は本当につらかっただろうと思います。 夫を支えてくれた夫の友人たちには、本当に感謝しています。その一人と今日は夫を含め3人で飲みます。この友人の友だちは、自分もうつをやりましたが、奥様をうつによる自殺で亡くしました。ですから、私のこともとても心配してくれたようです。さいわい新しい奥様との出会いがあり、よい仕事をしています。 今日はこれからヨガです。身体と心を整えて、飲みにでかけます。
2007.04.27
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事業(仕事でも)に行き詰る でも、事業は借り物 事業は天に返して次の新しい仕事をお借りする すべてプラスの方向に考えるようになったとき 怖さがなくなる いつも明るく生きることができる すると、あらゆる現象が良い方向へ流れ始めます 自分の周りを大事にし、自分の在り方を大切にする 人間として正しく治まることによって、不思議な現象が起こる 宇宙の摂理は、その人が負いきれない重荷を選択することを許さない その人が負う重荷の大きさは神のその人に対する信頼の大きさを示している
2007.04.26
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昨日は診察日でした。精神科と同じビルの内科でMRIを撮りました。先日手がしびれたからです。左足がちょっと痛むこと、左手がしびれることから、脳梗塞を心配しました。 結果、「年齢にしてはきれいな脳です」とのことでした。いろいろ説明してもらって面白かったです。入院していてMRIをとったときは、3分もがまんできず、3回断絶。結果中止。必要なデータは取れたということですが、5月7日入院で25日がMRIの検査でした。「レビー小体型認知症という診断でした」といったら、「それは誤診です」と。ま、診断できない、というのが本当のところだったのだと思います。 家族は大変でした。2年くらいしか生きられないうえに、治療もできない病気らしいです。 医者はそちらに集中したら、躁うつのことはすっかりいいかげん。薬の処方をひとつ落としました。薬局で気がつき電話してくれました。本当に、この医者は精神科向きです。 安心したところで、息子が○駅まで送ってくれ、同じく病院だった夫と合流。お茶して解散。
2007.04.25
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今日は精神科の診察です。いまのところ3週間おきです。今朝起きたら(5時)頭が痛くて、がまんできなくて薬を飲みました。 結婚してから頭痛が起きるようになったのです。結婚ストレス?なーんて言ったら、夫がかわいそうですね。 病院までは息子が車で送ってくれます。2時間弱かかります。電車だと1時間と少しなんですけどね。帰りは息子の仕事のじゃまになるから、電車で帰ってきます。 車のなかで息子とおしゃべりするのが楽しいです。まだ結婚していないからできることですけどね。私、息子のパートナーは大事にするつもりです。まだ候補者いないんですけど、魅力的な人だからきっといい人と出会えるでしょう。もっとも食いしんぼうで太っているので、ハンサムなころと比較するとみる影もありません。自分でも痩せたいと思っているようです。 夫はソケイヘルニアの診察のため国立国際医療センターに出かけました。私の診察がなければついていってあげるんですけど…。いずれ手術です。人生、いろいろ起こりますね。
2007.04.25
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昨日、とてもつらいことがありました。事情があって、ここには書けませんが。料理教室は楽しかったです。それを終えてから人に会って、家に帰ったのは午後9時近く。 もう私の寝る時間です。 急いで夕飯を食べ、風呂はパスして寝ました。ここで眠らないと、またリズムが狂うかもしれないので、セルシンを7ミリ飲みました。前の病院でいただいていた5ミリのセルシンがあるから、それに2ミリを加えて飲んだわけです。 朝目が覚めて時計を見るのが怖かったです。でも、5時でした。よかった!! これでまた4ミリのセルシンでも5時までは眠れるでしょう。9時半に寝るのではよいテレビ番組を見たり、仕事から帰ってきた夫とおしゃべりをする時間も少ないのですが、3年は慎重にと言われてますので、やむをえません。 いまの心の状態は、カウンセラーにでも話したい気持ちですが、うつ状態ではないので、今日プールで泳いで(泳ぐまでいってないのですけど)くればかなりすっきりするでしょう。 しかし簡単に解決する問題ではないので、抱えて耐えて生きていくしかありません。そういう人はこの世の中にたくさんいます。
2007.04.24
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今朝は4時10分前に目を覚ましました。土曜日の朝4時半に起きたので、睡眠リズムが崩れたのでしょう。午後9時半から深く眠ったので問題はないと思います。 私は「明日○時に起きる」と自分に言い聞かせると、起きられるほうです。もちろんいまは薬で寝ているので、それは無理です。土曜日は夫に起こしてもらいました。 何日か過ぎればまた5時くらいまでは眠れるようになると思います。うつ病で眠れないのには、病気もあるけれど、何日か早朝覚醒をやってしまうと、その時間に起きるよう体内リズムができてしまうのかもしれません。それで薬を飲んでも眠れないということになるのかと思います。 今日は穀物菜食の料理教室です。迷ったのですが、夕べになって「ドタ参加」の電話をしました。バス40分、電車に乗り換えて15分、もうひとつ乗り換えて15分くらいでしょうか。遠いです。 でも、ひとつでもレパートリーが増えたらうれしいです。先生が「聡明な女性は料理が上手」と褒めてくれました。仕事をしてきたからあまり料理は好きじゃないと思ったらしいです。 よく寝ている夫を起こさないよう、静かに打ってます。以前ワープロの時代、もっと音がして「カタカタおばさん」と呼ばれていました。夜中や早朝に書き物していると不気味だそうです。
2007.04.22
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連休あけに私が書いたうつ病の本がでます。昨年の2月からこつこつと思いだしながら、一昨年の入院のことを含めてブログに書いてきました。それに筆を加えて本にしたのです。 私は1998年の6月に発病しました。それから6年間2004年までは抗うつ剤と安定剤、そして睡眠導入剤を飲み、まあまあ落ち着いて過ごしてきたのでした。 ところが、もういいだろうと薬をやめたところ、躁になりました。それからは睡眠導入剤を飲んでも眠れなく悪化への道をたどりました。医学的には興奮状態と言うのだそうですが、夜中にはだしで路上へ飛び出すなど、壮絶な1ヶ月を過ごしました。 ついに5月には入院、自殺願望が非常に強かったです。誰にもそのことは言いませんでした。 今朝の朝日新聞にでていましたが、1日90人が自殺しているそうです。厚生労働省も本気で自殺者を少なくするよう取り組むと書いてありました。 私は、一時は治らないというか、医者も診断つかない状態でした。幸いに3ヶ月の入院後躁鬱という診断名をもらい退院しました。 そして自殺者の7割から8割近くがうつ病ではないかと思ったのです。女優や俳優がうつについて語っていますが、ほとんどの人が自殺に視点をおいてないです。私はうつ病の怖い点は「自殺念慮」にあると思います。 そこで、私自身の体験を書くことで、自殺する人を一人でも減らすことができたらいいなと出版を決意しました。うつ病への偏見も少なくしたいと思いました。 一度死の淵まで行った私は、自分が躁うつであることを明かすことが平気になりました。 同じく朝日新聞に曽野あや子がうつの本をだし、広告が載っていました。そう重いうつとは感じられません。しかし有名人ですから、売れるでしょう。 私は、コツコツと売っていくつもりです。 本を書くためにブログを始めたのに、逆にブログの方々から励まされることになりました。私の人生における大きな出会いと言っていいでしょう。しかし、ネットは闇の世界です。率直に私自身をあかし、みなさんとやっていきたいと思っても、簡単ではありません。それはとても残念です。
2007.04.22
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急に三春のしだれ桜が見たくなって、4時半に起きて、お弁当をもって、東北道をまっしぐら。途中から磐越道に入り、少し走ると三春。 久しぶりに運転した感じです。ドライブが好きなので楽しかったです。それから桜公園でお弁当を食べました。お煮しめ、切り干し大根の煮たの、漬物、ご飯、コーヒー。私は自然のなかにいると、元気です。 夫からはヤマザルと呼ばれています。娘はハイジと言います。 4時には帰ってこられたので、すごく楽です。これから夕飯の支度などします。
2007.04.21
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ヨガをし、布団を干し、夕食の準備をし、明日の弁当を考え、根津神社へでかけました。想像以上に見事でした。 つつじでもこんなに品がある、庭の作り方があるんだわと感動しました。
2007.04.20
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看護師をしている姪が潰瘍性大腸炎になりました。軽いようですが、心配です。一応難病指定の病気ですからね。若い人がかかる病気のようです。仕事のストレスもあるのではないかと思います。しっかりした子なんですけど。 甥(別な兄弟の子)は腎臓が悪いのをがまんして、とうとう透析するようになってしまったそうです。どうしてがまんしたのでしょう。 姪(別な姉妹の子)はヘルペスのウイルス?が脳にはいり脳炎、脳をほとんどやられてしまいました。 こうしてみると、重い病気ばかり、お払い(そういうのあまり好きではないですけど)でもしたくなります。私自身も兄弟姉妹に心配をかけたほうです。 私くらいは元気になって姉や弟を励ます側になりたいです。
2007.04.20
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アメリカ精神医学会の診断基準の影響で、神経症と呼ばれていたものが、不安障害、パニック障害、適応障害と呼ばれるようになりました。そのために一般の人にはわかりにくくなりました。 私はうつ病は精神病、神経症は精神病ではないと教わりました。本当のところ分かりません。 うつ状態の脳のなかはどうなっているのか。脳の中ではセロトニン、ノルアドレナリンなど、感情に関係する神経伝達物質が受け渡されている。その伝達がうまくいかないのではないかと考えられている。しかし、これも北里大学の宮岡等教授によれば、抗うつ剤の効果から推測されていることで、仮説の段階と考えたほうがよいと言う。 東邦大学医学部教授の有田秀穂氏の場合はセロトニン神経とノルアドレナリン、ドーパミンの関係について仮説をたて、検証作業を推進している。研究結果から薬に頼らなくともうつは治せるといっているが、うつになった精神科医の蟻塚氏は、いまだ薬を使わないで、生活を変えることで治った人を見たことがないという。 私は子どもと生活文化協会で活動していた方で、10年かかって薬を使わず治った人を知っています。それと、軽いうつならばたしかに医者にかからず治ります。 しかし、かといって私は薬を使わない方法を薦める自信はありません。むしろ薬とあわせてリズミカルな運動やヨガをやることで、早く治ったり、再発しにくくなるのではないかと考えています。つまりセロトニンを増やす生活をすることがうつを治す早道ではないかと思うのです。 認知療法について、私はどなたかに間違って伝えたように思います。認知療法とは、問題点をはっきりさせるために、どういう場面でどんなことが起こるのかをよく考える。問題が起きた時にどう感じたかを振り返るなど。★福島県の三春にあるすごいしだれ桜を見に行こうと思いましたが、もう満開は過ぎたようなので、来年にします。日本の三大しだれ桜の一つです。桜は時期が短いから、仕事をしていてはダメですね。 21日は夫が根津神社のつつじを見に行こうといいます。都内です。都内もいいところが結構あります。
2007.04.19
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作家の柳田邦男さんが『人の痛みを感じる国家』という本をだされました。その紹介に匿名をたてに欲望を充足し、他者を中傷する人々とあります。 以前からこの方を尊敬していましたが、ご子息に心の病で自殺され、奥様も長いこと心の病だということを知りました。そういう家庭環境であれだけのものを書けるということは驚きでした。 まだ本を手にしてないので、中身は分かりません。帰り買ってこようかなと思います。 私はネットのおかげで文章を書くことができ、ひどいあらしにも遭っていませんが、私の周囲では、中傷されてブログを休む人がいます。ネットは匿名で多くの人に偽りを伝えることもできる怖い「用具?」であります。 これから禅ヨガに行ってきます。午後は寒いそうですので、家で静かに過ごしましょう。基本的には仕事が大好きな私が、こうして家でのんびり(してないか?)過ごしていることが不思議です。夜は横浜で子どもと生活文化協会の正座会なのですが、雨だし、寒いし、夫の賛成は得られそうもないので行きません。 代表のW氏は私たちは「便利の代わりに、つながりを失ったのではないか」と新しいつながりを構築することを提案しています。彼は評論家ではなく実践家なので、言っているだけでなく、プロジェクトを組んで新しいつながりの仕組みを作っていくでしょう。私も協力するつもりです。
2007.04.18
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いまプールから帰ってきました。入院で弱った身体を鍛えるいみもあって、水中ウオークに通ってました。そこでできた友人が、「初めての水泳」と「初級クロール」を勧めるのでした。 そこでおそるおそる始めました。まだ息継ぎができないので、道は遠いという感じです。ここでヨガもやってます。 整形外科の医者は昔と違って、いまは痛いからと安静にするのではなく、動かしてながら治していくあるいは様子をみるのだそうです。膝を痛めるほど運動してませんので、老化現象かもしれません。ハイキングが好きなので、歩けなくなるのは困るなーと思っていまうs。 これから息子が車をとりにくるというから、途中まで送ってもらって友人(男性)の個展(絵あるいはイラスト)を見に銀座まで行こうと思っています。というのは夫は今日は異業種交流会で帰りが遅くなるのです。オリンピック金メダリストの宮原さんが講師だそうです。若い人たちはわからないかもしれません。
2007.04.17
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以前野口整体(野口晴哉氏が開発)に参加していたころ、月の中でも身体の調子の周期があるし、1年の中でも周期がありますと言われました。 自分でその周期が分かるようにならないといけないと。 調子がよいときは、睡眠時間が短く、食も少ない量でよい。 不調のときは睡眠時間が長く、食べる量が多くなるそうです。 今日は、朝眠くありません。月曜日は夫の会社では朝礼があるので早く行きます。ですから早めに起きました。昨日は朝いつもより30分くらい多く寝ました。起きて快適でしたので、いつも朝、早く起きないといけないから起きているけど、このくらい長く寝るといいのかなと、感じました。その前までは夫が出勤のあとごろごろしていましたからね。それなのに、今日は朝すっきり起きられました。今日が周期の変わり目なのかしら。 2,3日様子をみないとなんともいえませんが、薬が残っていると思っていたけれど、そうでもないのかな、と疑問をもちました。 足が痛いのはあまりよくなってはいません。漢方薬ですので時間はかかるでしょう。左足の膝も階段を降りるとき痛みます。つらいほどではありません。変形膝○○症ではないように思います。 整体はずっとやっていたかったのですが、私のインストラクターが女性解放に反対の人で、私が講師で話しているときにやってきて、めちゃくちゃ言ったので、やめました。整体の能力は高い人です。子どもと生活文化協会では活動しています。代表のW氏は子どものお稽古事には師の人間性を選べといってますが、このインストラクターの人間性をどこまで認めているのか分かりません。 私がひさしぶりに出会ったときこのインストラクターは「おひさしぶりです」と挨拶したのに対してけんもほろろの態度でした。 新しくインストラクターを探すのもできず、やめました。 みなさん整体などを科学的でないと思われるようですが、非科学ではなく未科学だと私は思っています。ただ、医者に身体を預けるのとは違い、自分で自分の身体を調整できるよう勉強しないといけません。仕事をしていると時間がないので無理で、自然に遠ざかりました。 心の病には、あまり効果がなく腰痛などには劇的に効果があるように思います。私の友人は腰痛の人を何人も紹介し(別なインストラクターに)、すごく喜ばれたようです。
2007.04.16
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昨日、教育テレビで境界性人格障害の女性がテレビにでて、どういうふうに感じるのかなど話してくれました。インタビューする3名の方の問いも彼女に配慮したよい質問でした。30分の番組ですので、十分とはいきませんが、語っていただけてよかったです。 まとめにくいので、羅列することになりますが、書いてみます。なぜ境界性あるいはボーダーといわれるのかは、自分と他人の境界を認識できないからです。ひどい場合は殺されることもあると診察しない医者もいます(境界性の方、ごめんなさい)。私の医者は「来る者こばまずです」と診察しているそうです。 まず、彼女のなかにあるのは、勝つか負けるかだけです。ですから、突然怒ったりします。周囲の者は理解できません。境界性の方の周囲にはバリアーが円状にはられています。間違ってそのなかにはいると、言葉でひどいめに合わされます。たいていの方はそれを感じて、円を踏まないよう気をつけています。 彼女は人に会うと緊張するから、いつもマスクをかけています。彼女の円に踏み込んで、彼女と闘い?結婚した男性がいます。一生彼女を守っていくといってました。子どもたちにも怒鳴ります。 入院していたあるとき、彼女が「先生のおかげでこうなったのよ」と(ここのくわしい記憶がないのですが)いったとき、医者は「きみをそんな目にあわせてごめんなさい。悲しい」と言いました。彼女は悲しいという感情がどういうものか初めて知りました。自分を見つめることになり、自分のなかにあるいろいろな感情に気づいたのでした。 彼女は子どもたちに手をついて謝りました。 そのころから、彼女が夕方にはへとへとになっているのを知った家族は、お父さんが食事をつくり、子どもたちが風呂掃除をするようになりました。 集団登校の当番もできないので、事情を話し、パスしています。そのかわり、どんなに調子が悪くとも、集合場所までは子どもたちを送っていきます。 20種の薬のなかから、自分の体調に合う薬を選んで調子よく暮らせるよう努力しています。★私がモラルハラスメントを受けた上司も、突然怒るだすのです。「あ、踏んでしまった」と思いましたが、なぜ怒るのかは分かりませんでした。彼のおいたちを考えると無理もないかなと思いました。躁鬱もありました。この人に出会ってから、私は心の病に関心をもつようになりました。まさか私が躁鬱になるなんて……。 今日はもう少ししたら、昔よくいった公園に行ってみようかと、夫とはなしています。
2007.04.15
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東大の准教授の佐藤俊樹さんが、今朝の朝日新聞に書いている記事を読んで、ショックを受けました。彼によるとある人が「あの本のこと、悪くいうとネットでたたかれるんだよなあ」と言ったそうです。この人は大学教員だから、世の中に受けなくたってご飯は食べていかれるのに、それでもネットを恐れているということです。 作家や評論家などはフリーの立場ですから、ネットでたたかれることは、仕事に影響しご飯が食べられなくなるかもしれないから、本音で発言することは躊躇するかもしれません。しかし、大学から給料もらっている人は、何を言っても反社会的発言でない限り、身分は保証されるでしょう。 40代以下の人たちに見られる現象といってますが、ネット人口が多い世代だからかもしれないのでなんとも言えません。 そういえば、何か批判的(批判はいいと思うのですけど)なことを言う人はほとんどが、足跡をたどれない形で、コメントを残していきます。非常に卑怯なやり方だと、私は腹をたてていました。ダーっとある方向に流れやすい国民性、先日の納豆騒動などがいい例です。いまの方は分からないでしょうが、数十年前オイルショックの時には洗剤とトイレットペーパーがなくなりました。 私は意地でものっかりたくないと買いませんでしたが、トイレットペーパーを買いだめしなくても大丈夫でした。洗剤は仕方なく町にないので、デパートの贈り物コーナーで自宅に送りました。 ネットの名乗らない人々を恐れて本音が言えず、世の中がそういう人にあやつられて、一つの方向に流れていくとしたら怖いですね。 戦後の日本のよい点は、本音でものが言えるということにあったのではないでしょうか。アメリカよりも言論の自由が保障されているそうです。 そういう私も、ブログに書くときは、どこかで躊躇しているところがあります。まだ本のほうが本音を書きやすいかもしれません。 しかしネットの場合は闇の世界があり、「いのち」さえ狙われるとしたら、やはり書けませんね。自分のいのちはともかく、子どもや孫のいのちも脅かされるとしたら……。★昨日は夫の友人の個展(陶芸)を見に行きました。ちょうど私が入院しているときに同窓会があったらしく、多くの方が心配してくれたようです。そういう方々に支えられて夫は自分をもちこたえたのでしょう。感謝です。感謝の意味をこめて、いい食器が好き(お金はないけど)な私は、少し買わせていただきました。食えない彼を支えて、奥様は教師をしていたそうです。子育ては彼の仕事でした。 息子にもそういう人、現れないかしら。
2007.04.14
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私の数少ない体験からでは、うつによる自殺うんぬん…を言うのははばかられますが、家族、医者、会社の人々、社会の認識が甘すぎるというか、うつという病気を軽くみていると思います。その割には偏見だけは大きいですね。 tak-ichiさんの医者のようにはっきり聞いたほうがいいように思います。私は入院するころは病状がすすんで、医者はほとんど家族とやりとりしていました。しかし、家族が把握しているのはほんの一部です。つまり外側から見えることです。しかしうつは内側の問題です。家族は私が、日々自殺を考えているなんて思わなかったのではないかと思います。 医者に聞かれれば、自殺願望があると答えたでしょう。回診のとき「何か不安はありますか」という漠然としたした質問が多かったです。「吐き気がありますか」とも聞かれませんでした。 私はうつになりたてで軽いときにも突如と湧いてくる自殺願望がありました。しかし重くなってからの自殺願望はなまはんかのものではなかったです。私がいろいろな発作を起こし、目を離せる状況ではなかったので、家族が誰かはついていました。それでなければあぶなかったかもしれません。 年間3万人といわれる自殺する人の7割くらいはうつではないかと思います。この人たちはどのくらいのうつの状態だったのか、医者にはかかっていなかっただろうと言われるのですが、うつ病なのに医者にかからない人はどのくらいいるのでしょうか。 こういったことについて、国はもう少し真剣に対処してほしいと思います。★今日はヨガに行ってきました。夕方から用があってでかけます。すごく風が強いのでいやですね。明日は夫は育った地域の人たちの会にでます。私は天気がよければどこかへ花見でもいくのですが、悪そうなので、家で過ごします。
2007.04.13
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昨日の朝日新聞の視点にアメリカ・エール大の研修医の方が書いています。今年2月の医師国家試験に自殺(おそらくうつからくる自殺)についての問題が例年以上に多かったと。先進国で最高なのだそうです。おそらく受験生は答えられなかったのではないかと内田舞さんは言います。 私が思うにそれは社会の認識が低いからです。内田さんも書いてますが、交通事故死よりも多いのです。交通事故死に対しては対策がとられています。それは、誰にでも起こりうる可能性があるからです。 うつに対しては、誰にでも起こりうるという社会の認識が低いどころかないに等しいので、対策がとられないというわけです。 対策をとっている15カ国は、自殺が減っているそうです。二つの対策をとっていますが、一つは、銃など簡単に自殺できる手段の規制。もう一つは、最初に診察する内科医を念頭においた、うつ病教育。患者の抑うつ状態や自殺念慮にいち早く気づいて専門的治療につなげることが、自殺防止につながったそうです。 国家試験の問題の一つは激しいめまいと吐き気を主訴に不眠、倦怠感、職場でのストレスを抱え、出勤を負担に感じる患者に、もっとも注意すべき症状は何かという問いの答えは「自殺念慮」でした。 内田さんは研修医としてそのような患者を診たとき、自殺念慮についてたずねる勇気があるだろうか、と書いています。★私は医者に一度も自殺念慮があるかどうか聞かれたことはありません。医者や家族に言ったこともありません。退院して1ヶ月すぎたとき、初めて入院していた病院の医者に、通院のとき伝えました。医者は「だからこの病気は怖いんですよね」と言ってました。 国家試験の問題に自殺についての問題が増えたということは、それだけ出題者が自殺やうつに関心があるということですので、うつへの認識はあるということでしょう。それは評価していいと思います。しかし試験を受けた人々、社会の人々の認識はどうでしょうか。 それからもう一つ、ブログを書くようになってから気がついたのですが、生活の問題です。一家の柱がうつ病になって働けないとき、どうやって生きていくかということです。これはおそらくほかの病気とも共通する問題でしょう。誤解をおそれず言えば、うつの場合、医療費の支援があるだけ恵まれている部分があります。 私の場合は私が働くのを前提にして家のローンを組んだので、病気がひどくなり働けなくなったとき、私は追い詰められました。それと私の場合はうつが重かったので、入院させないと夫は私の世話で会社へ行くことができませんでした。うつでそんなに重いという認識は会社の側にはなかったので、夫はつらい思いをしたようです。
2007.04.12
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今朝、朝日新聞の本の広告欄を見ていたら、PSIKO プシコ5月号が紹介され、その中身だろうと思うのですが、 30代、気がついてみたら 「うつ」かもしれない 私たちと載っていました。さきほどでかけたので本屋に寄ろうと思ったのですが、忙しくて寄ることができませんでした。 数的には50代のうつが多いのですが増加率は30代が多いのです。おそらくはリストラなどのしわ寄せが30代に行っているのでしょう。入院していた病院の男性にも30代の方がいました。このブログで見ていても30代らしき人が多いです。 この雑誌は初めて見ました。まだ中身はみてませんが。 たしかに軽いうつの場合、うつかもしれない、という状態で治ってしまう人もいます。また医者にかかって半年か1年で治ってしまう人もいます。そんななかにうつかもしれない、と思いつつ医者にかからない人がいるようです。 この本の言いたいことは読んでみないと分かりませんが、軽いうつだけでなく、重いうつに対しても、関心をもってほしいと思います。 本であふれた(といってもたいしたことはない)のを引越しで片付けたので、買いたくありません。立ち読みでもしてこようかしら。ないと取り寄せですから、買うことになりますね。結果中身がたいしたことがないとがっかりです。 どんなうつの情報も、私の把握できる範囲でとらいたいと思います。それによって一人でも回復できたらうれしいです。 私自身はよい医者に恵まれ、任せていますので、心配はありません。不愉快なこともありませんからね。多少の副作用はありますけど、これは仕方ないです。
2007.04.10
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両親が住んでいた家をどうするかで、実家へ行く予定をしていたところ、子どもと生活文化協会からはがきが届きました。能楽師の安田登氏と子どもと生活文化協会の会長和田氏の対談。これは面白くなりそう。それに、決まったのが遅かったので人が集まるかどうかも疑問。ということで息子のところへ寄って車をとり、夫と会場のある横浜まで。 夫に安田さんを知ってほしいという思いもありました。私の提案にのってくれたので、夫の運転で横浜へ。若いとき、運転手つきで(偉いわけではありません。免許がなかっただけ)仕事をしていたので、道はくわしいのです。かなりのベテランでも躊躇する首都高をスイスイ行きます。 最近なぜ安田氏が人気があるかというと、人柄もありますが、能で鍛えられる「深層筋」を鍛えることを広めたり、ロルフィンング(体の各部分を本来の状態に戻すように調整する)の施術を行うからです。 私も安田氏のワークショップに参加したいのですが、夜ですので、なかなかでられません。 肝心の話そっちのけで、笑いころげて会は終わりました。もちろん大切な話もあったのですが、こんなに笑ったのは久しぶりです。 この二方は、周囲の人を元気にする力を持っています。そしてとてもよい「気」を発しています。夫もいろいろな講師の話を聞いてきたけれど、このような方々は初めてだと感動していました。話だけでなく、きっとだしているオーラにも、気分をよくさせる何かがあるのでしょう。 午後4時半には会場をでて実家へ、翌日は、お墓参りをして帰りました。息子のところに車を置き、電車で家まで。(ちょっと過保護ですが、息子の仕事上、どうにもならないので援助しました) 今になって感じることですが、両親の思い出、私たちがはじめて買った家ということで、すぐに処分する気にはなれない状態です。不便なところですので、なかなか売ることも難しいのですけど…。
2007.04.09
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用があって息子に電話し、今朝手がしびれた話をしたら、精神科の医者に電話するよう言われました。電話をしたら、医者は「寝相のせいだと思うがMRIを念のためとりましょう」ということになりました。 私は入院中の最後の検査がMRIで、3回も苦しがって、検査を途中でやめたことを思いだしました。 夫もそれを思い出し、とることに賛成。医者は緊急ではないので次回の診察の前に予約を入れてくれました。クリニックの上に病院があるようです。クリニックなのに入院設備があると言ってましたからね。まだ病院の全体像をつかんでいません。 ヨガに行くとあちこち具合の悪い人に会います。世の中、それでもみんながんばって生きているんだなと思い、心強くなります。
2007.04.06
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1週間前くらいに整形外科へ行ったときより、足が鈍く痛みます。息子に、「精神科の先生にもいいなさいよ。重い病気が隠れていることがあるから」と言われました。レントゲン写真を見て、年老いたら坐骨神経痛になるかもしれないという整形外科の医者の話でした。いまは手当てはしなくていいと。そういわれても、このときはそんなに痛まなかったので、あまり気にも留めなかったのです。 ところがここ1週間のうちに、重い感じになってきてどんどんひどくなるのではと、気になりました。精神科は心の状態がいつもどおりなので、足の話が中心。結局対症療法でもしたほうがいいという医者の判断で、飲み薬、湿布、漢方薬を提案され、漢方薬を選びました。 夫の両親をみてきているので、子どもの世話にはならないようにと思っているのに、足が悪くては困ります。少し落ちこみました。まだ孫の世話だってしなくてはいけないのに……。 こんな日に限って夫は飲んで帰るといいます。夫と話したってどうにもならないのだけれど、話せば気も晴れます。それがいつもズレます。今朝も夕べ話していなのだから、出勤前に話そうと思っていると食事をしながらテレビを見ています。だいたい食事中のテレビが嫌いな私。時計がわりにつけている家庭が多いと聞きますが…。 というわけで、いつもすれ違っています。やさしい人ですし、根本の考えはほぼ同じなので、不満はないのですが、相談とか話し合いはできない人と私は思っています。
2007.04.05
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いつもの精神科の診察日でした。左足の裏の筋肉が痛いので、そのことを伝えました。整形外科へ行ったら、腰のレントゲン写真を撮り、将来、坐骨神経痛になるかもしれないが、いまはそのままでよいということでした。 私も痛みどめや湿布は気休めですので、それはいらないと思っていたら、医者は私が言う前に腰からきていると判断したらしく、漢方薬を処方してくれました。 整形外科へ行ったときよりも痛みが増していたので悩んでいましたが、すぐに分かっていただけてよかったです。 精神科のほうはいままでどおりです。 帰りはすごい雨、傘をもたなかったので、好きなプラムレッド色の傘を買って帰宅しました。途中息子から電話があったので、電話をしたら、仕事で病院の近くに来ていたのでお茶しようと思ってかけたそうです。
2007.04.04
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夕べも早く寝たのに、このところ朝が最低…。今日は時間がないので、夫に「お茶漬けでいい?」といい、本当にお茶づけ。食事をきちんと作らないとイヤな性格なので、ここでまず少し落ちます。「無理するなよ」と夫は出かけていきました。しばらく寝てましたが、これではいけないと、起き、泳ぐ用意をして出かけました。 娘のことや息子のことでいろいろ悩みがあります。夫にもいえないこともあって、ずっと考えていなくとも、気持ちが重くなります。家に一人でいると、あれこれ考えるでしょう。もう病気前のように悩むことはありません。どこかで開き直っています。 でも、わが子ですので、気にならないといったらうそになります。まだ息継ぎがうまくいかないクロールを泳いで帰ってきました。クラブの友人とお話していると気が晴れます。体を動かすのもいいですね。 それでも疲れたので、これから少し休みます。朝食いいかげんだったぶん、夜はきちんとしないと…。
2007.04.03
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昨日は4時に目がさめてしまい5時に起きました。土日は夫が朝食を作ってくれます。「もっと寝ていればいいのに」と言われました。 夫は麺類が好きなので、だしをとって汁をつくり、時間をはかっておそばをゆでます。それで「やはり僕の作ったのが美味しい」と。私は作ってもらったほうが楽ななので「そうね。あなたのが美味しい」といつも言いいます。 仕事を引退したらそばを打ってもらおうかしら。 今日は横浜までお茶会にでかけます。まずは着物を着ないと…。着物って気力がないときは苦痛なんですよ。あまり気力がなかったのですけど、ふだんの着物じゃなくて訪問着でしたので、がんばりました。夫がいないと独りで着るのですが、いるとチェックされ、手をいれられます。しまいに「男の着付け教室ないの?」ときます。 私だって相当ならって免状いただいているのだから、ばかにしないで、と思うのですが、手伝ってもらったほうが楽なことは確かです。 帰りは駅まで迎えにきてくれました。疲れていたので助かりました。二人で歩くだけで、別に車で迎えにくるわけではないのですけど。
2007.04.02
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夫が早朝から計画し、花見に二人ででかけました。風もなく静かで、最高。19年近く東京都市谷に住み、花見はいつも市谷近辺の土手でした。 いつかは泊まってみたいと思っていたフェアモントホテルは病院になっていました。千鳥が淵は、向かい側が北の丸公園で、間に堀があって、ボートに乗れます。この時期は混んでいて無理ですけどね。ここの桜は日本一と思います。 私はボートがこげないのですけど、夫は上手です。あまり豊かではなかった私たちは、近くで遊んで満足でした。土曜日になると四谷まで夫を迎えにいき、帰りはこの土手を歩いて帰りました。もう子どもはいないので、夫と二人です。 しばらくぶりの懐かしい土地、夫は思わず、昔の家に帰りそうになったそうです。子どもたちにとっては故郷です。
2007.04.02
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