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私の従妹は無理やり結婚させられ、やっと仲良く暮らすようになったら、無理に離婚させられ、心身症(病名不明)を発病しました。もう何十年も前のことです。そのうえ、従弟よりは遠いけれど、縁戚の代々統合失調症の家系の人と結婚させられました。その夫は統合失調症を発病し、娘も統合失調症を思春期に発病しました。 母はこの青芽どきになると従妹が出て歩くので、事の経過を私に話してくれたのです。まさかそのときわが娘が躁うつ病になるなど、考えなかったでしょう。 従妹の娘は早いうちに手をうてばなんとかなったのですが、夫である人が、自分が精神病院でイヤな思いをしたので、絶対反対でした。そして自分は先に逝ってしまいました。従妹は気立てもよく頭もよく遠い師範学校をでて先生をしていました。それを無理に結婚させたのです。いまの時代では考えられません。 そういう家系から私自身を考えると、私の躁うつ病も、多少遺伝的なものがあるのでしょうか。なんか怖いです。次回のとき、医者に話してみます。
2007.03.30
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そろそろ姉のところへ行こうかと迷ってます。このところ、ごろごろしてましたからね。私と違って姉は元気なんですよ。昔からです。 それでも姪(お腹に穴を開け、栄養をいれている)の介護には滅入ることもあると思います。私が行くと気分転換になるといってくれるのです。大学時代、1年も下宿させてもらったので、少しは恩返しをしたいです。 私は発病前、「元気ね」と言われていましたが、そんなに元気ではなかったです。無理をすると、すぐばててました。やりすぎていたのかもしれません。だからスケジュールをつめるのはすごく不安です。その日の調子がわかりませんからね。 行く途中、桜の名所があるので、寄っていきたいですけど、無理かもしれません。
2007.03.29
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昨日、夕方夫から電話がありました。「今日結婚記念日だよね」。「あ、そうだ、前の日まで覚えていたんだけれど、今日は忘れてた」 結局、夫にケーキを頼んだ。お料理は仕方がない。いつもと同じです。何年になるのかも忘れている。計算したら38年になります。大学を卒業してすぐの結婚でした。 もう少し自由な時間がほしかったのですが、夫の母や妹が、すぐに、ということでした。 うつになってからは9年です。医者の話の様子だと、当分薬は飲むことになりそうです。それでも、眠れて、食べられて、歩けるのですから、それ以上何を望みましょう。
2007.03.28
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こまめに動く人はうつにならないそうです。なんとなく分かる気がします。うつになる人が働かないというわけではありません。働き方が違うのです。 こまめに働く人は、家事でたとえれば、何回でも洗いものをこまごまとやり、ためておくということをしない。うつになりやすい人は、どかんとためて洗う。 亡き義母はきれい好きな義父の影響もあって、こまねずみのように動いてました。義父もきれい好きでしたから、本当にきれいに住んでいました。そうすると、深く悩む時間が少なくなります。それがいいのではないでしょうか。 私も、真似をしているのですが、最近ごろごろ願望がでてきました。退院してから今までは、ごろごろ願望がなかったのですけど…。それでも今日はプールへ行ってきました。行きたくなかったけれど、行ったのです。それでないとまた「おっくう病」にかかってしまいそうなので、思い切っていきました。行けばなんとかなります。 でも、無理はしません。やはりこの病気にいちばんよいのは休養だからです。うつ病は薬だけでは治りません。休養がすごく大事です。3年くらい休養が必要だそうです。それを認める社会であってほしいです。
2007.03.27
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昨日は雨をいいことに、ごろごろ過ごした。もちろんパジャマは洋服に着替えたが、なんとなく体が動きません。 そして夜は、もう8時くらいから寝る準備、本を読む元気もなく寝ました。睡眠障害の人は寝るとき本を読まないほうがいいそうです。それで私も、避けてきました。夫は寝るときも、夜中目を覚ましても、暗いスタンドで本を読んでいます。どちらかいうと短く、深く寝るタイプです。 若いとき、ケンカをしたあとでも、2,3秒後には寝ているので、腹をたて指にマニュキアをしたことがあります。きづかず出勤して、周囲から「どうしたの」と笑われたみたいです。 いまはそんなケンカもしません。ケンカのエネルギーがもったいないと思います。 土日と夫がいる暮らし、うるさいと思うこともたまにはありますが、いることに慣れての月曜日は調子がくるいます。長生きしてもらわねば…。
2007.03.26
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いつも紹介している医者が不眠について書いています。 睡眠導入剤で眠れないケースがあるが、あくまでも導入なので、最大効果を表すのは30分から3、5時間。これまでに眠れないと、効果なし。そのときは、睡眠導入剤をたくさん飲んでいるのなら、それを少し減らしてクロルプロマジンなどの抗うつ剤を組み合わせるのがいいそうです。 それでも夜明けや明け方に覚醒したときには軽い精神安定剤を飲んで気持ちを休めるのがいいと書いてあります。 入院していたとき、2時ころ目をさますと、看護師室へ行って薬をもらってました。今考えると安定剤だったのでしょうか。薬を飲まなくとも眠れそうと判断されたときは「大丈夫」と追い返されました。また3時過ぎた場合は、もうがまんしなさいということでした。これも入院したては全然分かりませんでした。 昨日は疲れて8時半には寝ていました。朝4時に目を覚まし、時計を見るのが怖かったです。また中途覚醒が始まったのかと。 おそるおそる時計を見ると朝の4時、なーんだ、朝じゃない、とほっとしました。このくらい、眠れなかったときの恐怖は私のなかに残っています。
2007.03.25
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朝早く家を出て、世田谷で車に乗り、一路海蛍のあるところまで。ほとんどトンネル。海蛍というからロマンティックなものを想像していたら、俗っぽいドライブインでした。 夫が先日実家へ行ったとき、両親がここで写した写真を見て、行ってみたくなったらしいです。 仕方ないので千葉県富津まで足を伸ばしたところ、きれいな海岸にでました。観光客もいず、貝をとっている人がいました。アサリが有名らしく、アサリご飯が美味しかったです。晴れていれば360度の方向全部が見え、富士山、横須賀、館山などが見えたでしょう。あいにく曇りでした。 友人は車のなかのおしゃべりが、気分転換になったと帰っていきました。九州の方ですが、娘さんや息子さんのお世話でよく東京に出てきます。
2007.03.24
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朝は眠気がある。たぶん薬が残っているのでしょう。かといって薬を減らすと、睡眠時間が足りなくなります。このへんでがまんするしかありません。仕事をしていないからできることです。 明日は夫が海蛍を見に連れていく、といいます。彼の友人(女性)を誘ってです。だから今日はできるだけ静かに過ごすようにと。結局、ヨガを休んでしまいました。 たまたま息子から電話があり、ヨガに間に合わなかったこともあります。 いつも引用している精神科の医者の本のなかに興味深いものがありました。 私(医者)を含むうつ病(気質)の人は(すべてではないにしても)うつ的な資質(努力、生真面目その他)だけでなく、それらとは正反対の「いたずら好き」で「やんちゃ」、「躁的な快感への憧れ」や「達成感や成功への願望」といったものをあわせもっているということである。 そして躁による社会的不適応や派手な躁病的言動は示さないものの、潜在的に「躁的な体験へのあこがれ」を抱いており、これが満たされないときにうつ病として現れるのだろう。 私は躁うつですので、むしろこれらがかなりあてはまります。しかし、うつの人がこのようなものをかかえているというのは、なんとも私が経験してはいないので、分かりません。人間というのは微妙なものですから、あるのかもしれません。
2007.03.23
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1日延ばしにしていましたが、入院していた病院の整形外科へ行ってきました。なんと偶然にも何人もいる医者の中で、前、躁鬱の薬の副作用でかかった医者でした。この人のほうがよほど精神科医にむいているという感じの医者です。 重い足の病気は腰からくることが多いと、腰のレントゲンを4枚。 結果ほぼ異常なし。少し、ヨガか水泳をやりすぎたのかも…と。しかし、いまはやめるより運動をすすめるよう治療が変わってきているので、やっていいですよ、と言われました。 腰の一部に不安定な骨があるので、将来坐骨神経痛になるかもしれません。確かにレントゲン写真を見ると、そうです。これも、年齢相応なので、仕方ないでしょう。いまのところ治療は必要ありません、ということでした。 紹介状がないと2650円とられます。本当はうつの先生に紹介状を書いてもらっていけばよかったのですが、思い立つと、がまんできない性質で行ってきました。痛いときはそのへんの痛みどめでも塗ってください、とあっさりしています。 病院疲れで1日寝てました。
2007.03.22
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少し前から左足の奥の筋がいたいのが気になっていました。ふつうでは分からない痛さ。ヨガのあるポーズをすると、痛いのです。 そのうち治るだろうと放っておきました。でも座っていて立ち上がるときや、ヨガで次のポーズにうつるとき、痛くてうつれないことがあります。 昨日息子がきたので相談したら「医者へいくように」言われました。午前中でなければ送っていくのに…とも。躁うつ病で飲んでいる薬の副作用があるのだから、そちらの医者にも言うようにといわれました。 今日も微妙に痛いので、やっと決心がついて行くことにしました。長く水泳をやっていた息子は、水泳ではよくあることだと言います。しかし、体はいろいろつながっているから、診てもらうようにと言うわけです。 いつも躁うつであることを忘れてくらしていますが、こういうとき、「ああ、私は躁うつなんだ」と思います。
2007.03.21
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毎日眠いです。今朝も眠いです。きっと薬が残っているのです。でもセルシンを4ミリ飲んでいるのですが、2ミリにすると、4時おき(9時半就寝)になるかもしれません。そう思うと、がまんしようと思います。 眠れないよりは眠いほうがまだいいですからね。今日はプールへ行く日ですけど、おっくうです。それでも行きます。家にいるときっと、ごろごろして食べて寝ての生活になると思いますから。 プールも寒い日は参加者少ないです。みなさん正直ですね。元気のいいおばさんが多いです。いまやジムはおばさんのもの、という感じです。もちろん私もおばさんです。 話は変わりますが、昨日、辰巳芳子さんのけんちん汁をつくりました。夫に娘のところへ届けてもらおうかと思いましたが、前にイヤな思いをしたので(娘が忙しかったのか、邪険な扱い)、イヤということです。仕方ない。 もう少ししたら仕度します。
2007.03.20
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どなたの詩かはっきりしません。 すべては出会いである 川も出会いの喜びに 音をたて流れてゆく その川のべに立っていると 私は師にめぐりあった喜びを 川と共に語りたくなる★義父は「一期一会」という言葉が好きでした。それで墓石には「一期一会」と彫りました。義父だけでなく、私も好きです。夫が中国へ行ったとき、ラストエンペラーの弟に書いていただいた書も「一期一会」でした。 私も人との出会いはとても大切に思っています。あまり関係のよくない人とも出会いますが、きっと必要な出会いなのでしょう。うつ病とも出会ってしまいました(笑い)。それで最近はうつ病(本当は躁うつ)とも仲良く暮らしています。 もっとも、落ち着いて生活できているから言える言葉です。これが苦しみで転げまわったり、眠れなくて悶々としていたら言えるかどうか自信ありません。 よき師に出会えることは、無常の喜びですね。子どもと生活文化協会の代表W氏は内山老師が師だったと思います。私はW氏が師だと思います。それにしてはできの悪い弟子です。
2007.03.19
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上を見ると立派な両親がそろい、経済的にもゆったりと恵まれ、体も健康で、頭がよく勉強もでき、したがって誰からも尊敬されるうらやましい人がいます。 下を見ると、その反対にまことに何から何まで恵まれない気の毒な人がいます。 しかし、恵まれている人も、恵まれていない人も、めいめい自分の力いっぱいに努力するより仕方ありません。 またその中間の境遇である私は、その境遇を力いっぱい生きるよりほかありません。 私は鳥になることもできないし、蟻の代わりに働いてやることもできません。やっぱり私は私自身のしなければならないことを、せっせとやるより仕方ありません。 それなら、わざわざ上を見てうらやましがったり、下を見て気の毒がったりするのはばかげた余計なことなのでしょうか。私はそうは思いません。うらやんだり、気の毒がるのは余計なことですが、自分と違う境遇のあることをなるべく広く詳しく知ることは決して無駄なことではないと思います。(中略) それがやがてその人の人柄の豊かさや深みとなって現れてくるのです。 これは和田重宏氏の父上重正氏の『葦かびの萌えいずるごとく』から抜粋しました。重正氏のこの本は、当時の若者に非常に感銘を与え、いまでいうなら自分探しに役立ちました。1964年発行です。★私はどちらかというとあまり人をうらやまないタイプです。しかし自分が「歩けない」と思いこんだときは、さすがに歩ける人がうらやましかったです。
2007.03.18
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ここ1ヶ月ずっと朝の気分が落ち気味でした。あれこれ考えをめぐらしても考えつきません。そんなとき息子が木曜日の夕方来て、娘の状態が少しよくなったことを伝えていきました。娘は毎日厳しい仕事ですので、ストレスが強いのです。 先日北海道から「いいよ、北海道」という携帯メールが届きました。娘からです。飛行機の券があたったので、旅行に出かけたようです。事前にいつ行くとかいうメールはありません。ふつうの母と娘のようにベッタリした関係がないのです。自分からメールしてくることの少ない人がメールしてきたのですから、よほど楽しかったのでしょう。息子は「たまにはそうやって気分転換したら」と提案したそうです。それでも「もったいない」と堅実路線を走るようです。 しかし、仕事のストレスが強く、グダグダ言って病気になるより、気分転換したほうが、結果としてはよいでしょう。ま、仕事ばかりしていた私にそれをいう資格はないですけどね。息子は音楽を仕事に選んだせいか、苦労の結果得た結論か、いつでもポジティブです。 それが昨日の朝から、私の「落ち」がないのです。不思議ですね。おとといまで、そんなに深刻なことでもなかったのに、微妙な落ちがありました。私自身の心のありように驚きました。季節のせいかなくらいに考えていたのに、実は娘のことを心配していたのですね。それもメールすることで、よけいに複雑になることがありますので、じっとがまんしていました。 話は変わりますが、プールのバタ足で傷めたのか左足のひざから下の筋が痛いです。整形外科へ行っても痛み止めを処方するか、赤外線?を照射するかでしょう。鍼もきくそうですけど、と迷っています。どなたかくわしい方がいらしたら、教えてください。
2007.03.17
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私は、私が通勤しているころ、よく線路に人がはいったとか人身事故があった、という放送を聞きました。私自身のうつは軽かったので、よく分からず、放送のまま受け取っていました。しかし、私のうつが重くなって自殺願望が強くなり、はじめて、ああ、あの人たちは自殺しようとして線路に入ったのだと、分かりました。人身事故は言うまでもありません。 過労によるうつ病が、本人が弱い性格だからと、仕事のやりすぎでないことを訴訟しなければ認めない社会は疑問です。今回は、東京都の小児科医が東京地裁で認められたのは本当によかったと思います。しかし、その人は帰ってはきません…。 過労死の場合、過労そのものを認めてもらうために、残された妻たちは、毎日の勤務時間をメモしたり、同僚に聞いたり、非常に苦労します。うつ病ならなおのこと、社会の認識がまだまだなので、認めてもらうことは大変です。 私自身はうつ病になったのは、過労が原因ではないですが、身近に仕事のストレスと長時間労働でアレルギーの症状がでる青年がいますし、友人にもいます。友人は一人で生活してますので、アレルギーだからといって仕事をやめるわけにはいきません。 少しずつ、社会のうつ病に対する認識が深まることを願ってやみません。私自身もまだまだ薬を飲み続けなければならないようです。
2007.03.16
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昨日は診察日でした。息子が送ってくれると軽く期待していましたが、何の連絡もありません。娘といい息子といい、きちんと連絡してこないことがよくあります。いったい誰が育てたのでしょう?? 医者には、よく眠れていること、昼寝をすることを伝えました。「ま、この季節だからね」ということでした。眠れないのに比べれば眠れたほうがいいですからね。 自立支援法がらみでは、やっと12月から立て替えていたのが戻ってきました。医者は「○○県は残りの10パーセントも出してくれるの?」と言います。そうなんです。さいしょちょっと手続きが必要ですが、あとは医者から領収書を書いてもらい、提出すると銀行に入ってきます。「いいね、東京都は石原さんになるまで最先端だったのだけれど今では最低……」とのことです。 「○○県は子どもの支援もしっかりしてますよ」「それじゃ人口が増えるね」「そうですか」と、病気とは関係のない話。副作用で筋肉の動きがおかしのを医者と確認し次回も3週間後と診察室を後にしました。 あとひとつありました。「体重少ないですね」「はい、こんなになってしまいました」「これじゃダイエットだ」「努力して増やします。もともとアップダウンが激しい体質なんです」自分でも、これじゃ減りすぎと自覚していました。 いつもならいまころはブログの更新を終えて、ヨガなどにでかけている時間です。今日は夫が「寝てていいよ」と言います。「でも、立ち食いそば食べるんでしょ」と、起きました。それから、ぼうっとしていました。 少し前から、悩んでいることがあります。左の筋が1本痛いのです。4年前にひどくころんだときの後遺症なのか、水泳で痛めたのか、分かりません。ふつうにしていては感じません。ヨガをやると痛いのです。ヨガでは無理していませんので、水泳のキックで痛めたかと思うのです。整形外科に行くと、レントゲンをとって痛みどめ、それと赤外線(?)照射。これって効果があるのでしょうか。
2007.03.15
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このところ毎日のように昼寝しています。しかも2時間くらいぐっすり寝てしまうのです。それでも夜も眠れるので、あまり心配していません。 もしかすると、薬を減らしたほうがいいのかもしれませんが、少し怖いです。 今日は45分ほど禅ヨガをして、午後病院へ行きます。息子が送ってくれるかもしれません。禅ヨガはストレッチと呼吸と瞑想をやります。ふつうのヨガと違うのは瞑想を大事にしていることでしょうか。ですから、ポーズは少ないです。ストレッチを目的にする人にはものたりないかもしれません。 終わると、ポジティブな気持ちになっています。 回復期にあるうつ病の人は、朝の不愉快な気持ちに引きずられないようにと、精神科医が言っています。私もこのところ、朝はあまりよい気持ちではありませんので、ひきずられないようにしましょう。その意味でも禅ヨガは、私にとってはいいようです。
2007.03.14
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うつ病により意欲が低下し疲労感が強まると、、毎日の行動あるいは興味関心の範囲はおのずと狭くなり、変化を避けようとする傾向が強まる。 生活はゴロ寝が主たるスタイルとなり、単純・最低の活動レベルの繰り返しとなる。(中略) こうして心理的にも感覚的にも行動面でも生活全般の幅が狭くなると、ますます頭だけ・観念だけで物事を処理しようとする傾向が強まる。この際に、強迫観念傾向の強い人は自己保存本能に支えられて、現状打破を目指してワーカホリック(仕事中毒)になる場合もある。 たいていの場合は、毎日の生活の中に入ってくる刺激の量が少なくなり、刺激の質が画一化されて、生活の内容が貧困化する。そのことがうつで疲弊した生活からさらに活力を奪い、うつ病をいっそう悪化させる。つまりうつ病の慢性化によってうつ病を促進するという悪循環が形成される。 回復期に「歩く」ことが推奨される理由のひとつは、狭くなってしまった心理的縄張り感覚を、歩くことで広げようということでもある。 『うつ病を体験した精神科医の処方せん』より★ブログを読んでいると、ここに書いた傾向の方がかなりいるように思われます。入院前の私もそうでした。それに私の場合は重かったので歩く元気などなかったです。それでも歩いたほうがよかったのだろうか。 明日は診察日です。毎日よく眠れています。昼寝もこのところ多いです。春のせいでしょうか。副作用も少しずつではありますが、よくなっている気がします。
2007.03.13
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1週間くらい前から落ち気味です。しかし、うつの感じは全くありません。特に朝が落ちるところはうつによく似ています。 眠たいので、昼寝を毎日のようにしました。それでも夜も眠れました。 この季節は微妙ですよね。私が勤めていた会社の上司は躁鬱でしたが、多少季節性のものがあって、2月になって日差しが強くなると躁になりました。塾だったので、敏感な子どもは恐れましたが、ほとんどの人にはわかりませんでした。私は、身近にいて攻撃されるので、すぐに分かりました。しかし、医者嫌いで、医者には行きませんでした。うつは自分でコントロールできていたようです。躁は快感なのか、コントロールできず、身近な人を傷つけていました。 うつになると借りてきた猫のようにおとなしかったです。仕事中に昼寝をよくしていました。そして「仕事ができない」と嘆くのです。私たちスタッフは「これがふつうなのです。社長がおかしいのです」と言ってました。躁のときの処理能力と言ったらすごいものでした。また次から次へとアイディアをだすので、こちらはまいりました。 しかし、いつうつになるのかは、よく分かりませんでした。8月のこともあればそれ以外のこともありました。 冬季うつ病というのは医学的に認められています。人工太陽の照射療法などが用いられています。加えて、陽ざしを浴びるとセロトニンが増えると言われます。 うつ病のなかでも敏感な人は春の陽ざしはきついようです。急激な変化だからでしょうか。うつになると強い刺激はたしかにつらいですね。 私もこの季節の影響をなんらかの形で受けているのかもしれません。慎重にしましょう。
2007.03.12
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以前から感じていたのですが、30代の人たちの労働の現場でそ負担が非常に重いということです。自殺する数は50代がいちばんですが、自殺の増加率は30代がいちん高いのです。以下に新聞記事を引用します。 年間4000時間を超える長時間労働でうつ状態となり解雇されたとして、総合建設コンサルタント「建築技術研究所」(本社・東京)の元男性社員(30)が損害賠償や未払い賃金など約1300万円の支払いなどを求める訴訟を大阪地裁に近く起こす。(中略) 02年ごろから体調を崩し、03年4月からは自宅療養と復職を繰り返すようになった。その後、適正な支援も受けられず、05年12月に解雇されたという。 建設技研は元社員の主張を認めておらず、「誠実に事実を明らかにしていきたい」と話している。 (2007年3月11日朝日新聞より)★どこから「誠実」という言葉が出てくるのでしょうか。30代といえばこれから人生が始まるという年代です。結婚をし、家庭をつくっていく人たちを酷使して、解雇して放り出す。これが先進国のやることでしょうか。 日本は心の病では後進国です。この方のように訴訟を起こす人は少ないと思います。訴訟を起こすことで次の就職が難しくなったり、起こしたくともお金がなかったりしてためらうのではないかと思います。 以前紹介したと思うのですが、訴訟を起こすお金のない人を支援する弁護士グループがあります。そういったところを利用して闘うことをすすめます。会社側は泣き寝入りするだろうと思ってやっているのでしょう。こういうときのために弁護士はいるのだと、私は考えたいです。もちろん会社側も弁護士をたてるでしょう。 私たちは敵さん(会社)ほどノウハウをもっていません。それを知っているから、なんでもやれるのです。そんな社会はすさんでいきます。住みよい社会を作るには、私たちも利口になって、勝ち取っていかないとだめなのではないかと、思うようになりました。 話は変わりますが、よく寝るようになりました。昼寝をしても夜も寝ています。春は春眠暁を覚えず、と言います。春なのでしょうね。
2007.03.11
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精神科の面接やカウンセリングは言葉のやりとりによって、心の整理をしたり、あいまいな思いを明確にしたり、吹きだまっていた感情を標準化する技法である。(中略) 精神療法やカウンセリングの中ではいろいろな問いかけがなされるが、それらの分類を自分流のオリジナルも加えて以下に示す。 質問・疑問・確認・同調・共感・共鳴・感想・湾曲な疑問・たとえ話・独り言・励まし・命令・仮定文・褒める・沈黙の共有・その他… 面接で「質問」ばかりを繰り返すとまるで警察官の尋問になる。また、「励まし」たり「褒めて」ばかりいるのを「褒め殺し」と言う。相手を褒めて尊重しているかのように見せかけて、相手に言いたいことを何も言わせないでカウンセラーだけが自分に酔ったように「結論を押し売り」する場面もよく見かける。(中略) 相手の話に積極的に「聞きいり」、とりわけ「言葉の背後に潜む言うにいえない感情」をよく理解しようとつとめるのが一番よい。(後略) 『うつ病を体験した精神科医の処方せん』より抜粋★ひとくちにカウンセラーといってもいろいろなレベルの人がいます。カウンセリングによって癒されるのは、うつ病の一時期には必要なことです。 しかし、どうするかを決めるのはあくまでも自分。やはり話をよく聞いてくれるカウンセラーを私は一番望みます。 ところで、昨日は、結局ヨガにも行かず、料理教室もドタキャンして息子と早めの昼食をとり、「午後から予定あるの?」と言う息子に「何もないけれど」と言ったら、アウトレットに行くことになりました。息子はドライブが好きなので、仕事もつまっていないから、気分転換に出かけたかったのでしょう。作曲という仕事もある種のひきこもりですから。出かけたいのだと思います。 帰ってきて、自分の住まいに戻るのかと思いきや、昼寝しています。作曲は、作家と同じで夜の仕事が多いから疲れているのでしょう。 そのうち夫が帰ってきて3人で酒盛りです。タバコはむんむん、話は弾むという状態でした。よく娘が「この家は話したいばかりで聞く人がいない」といいますが、私はなるべく聞くがわに回りました。 息子は私が夫にとって不利な話をすると必ずフォローしていました。 結局、息子は知人のDJの会に行くのだということを知り、いくらかほっとしました。何か大切な仕事でしたら、珍しくたくさん飲んだ息子が心配です。それでも10時半には解散、私はすぐ寝ました。私には深夜です。
2007.03.10
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坂村真民の詩です。 川は海に向かって流れます。 川がわたしたちをつれて行ってくれます。 川といっしに溶けるだけでいいのです。 何も澱まないこと! 前進する生命……前進です。 死の中においてすら、波がわたしを運んで行きます。★詩って私には難しいものです。でも、澱まないという言葉に惹かれました。うつ病って澱んでいる状態だと思うからです。さらさらと流れている水は腐敗しません。澱んでいる水は腐ります。 そういわれても、うつ病のときは澱むしかないのです。 しかし、いつまでも澱んでいないで一歩踏み出すことも必要だと思います。十分に休み、心の傷を癒したら、前進です。 今日は、お料理教室、ヨガどちらにしようかとためらっていたら、息子から電話。これから行きます、と。「えつ」、しょうがないどちらも休むことにしました。私がいなくとも車をおいて帰ればいいことですが……。 昨日、午後昼寝をしていたら、呉服屋から電話があって寝てから10分くらいなのに、起こされました。ほかの呉服屋は電話でセールの案内などしないのに、ここはうるさいです。次回なにか案内がきたら、もう電話をしないでくれと言います。 そういうわけで、今日は「休みたい」というのが正直な気持ちです。ゆうべ十分寝てはいるのですけどね。ちょうどよかった! 休む理由ができました。
2007.03.09
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いま「鈍感力」という本が大きく宣伝されています。渡辺淳一著です。どちらかというと色っぽい本を書く作家です。 鈍感とは、雑音を気にしない、嫌いなことはすぐに忘れる。許す度量…。ナイーブさよりも、へこたれない鈍さこそ、現代を生き抜く力。仕事でのここぞというときの集中力。一旦決めた方針・政策を貫いていく推進力、恋愛、健康においても、大事なのは「鈍感力」! 本を読まないでとやかくいうのはいけないでしょうが、この宣伝文から感じたことがあります。・昔の阿吽の呼吸で通じる人がいなくなってきたということ・職場で鈍い人が上司や仲間になる可能性が大きいこと こういうことになると、病気の人や弱いひとはますます排除されるかもしれません。 私は、阿吽の呼吸で通じる日本人の感性は素晴らしいと思っています。私が実家でお寿司を作っていたら、義父には何も言っていないのにちょうどよい大きさの半ぎり(桶の形で浅いもの)をだしてきました。義父の勘のよさに感動しました。 もちろん、雑音を気にしない、嫌いなことはすぐ忘れる、許す度量などは納得できるものです。そのようでありたいと思います。 しかし、私の好みですが、ナイーブな人が好きです。日本中、鈍い人だらけになったら(いやもうなっているかもしれません)、寂しいです。心の病の人がますます増える環境になることを危惧します。 いちばんいいのは勘もするどく、しなやかに強い精神力をもつことなんでしょうね。しかし、みんながそういう風に生まれてくるとは限りません。また、さまざまな人がいていいのだと思います。 やはりアメリカ型の競争社会に方向が向いているのですね……。 今日は、何も行事がはいっていません。のんびり過ごしたいです。
2007.03.08
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「治る」ということの真意は病気になる前の状態に腹することではなくて、「肩から力を抜いてもっと楽な生き方に変わる」ことに他ならない。病気になる前の「肩肘張った自分」に戻るだけなら、また同じ病気になる。 実際には何度かの試行錯誤を経て、」その中で「生き方」「人生への考え方」「生きる環境」などを変えて「治る」つまり「社会へのその人にあった再適応」を果たされていくようだ。 『うつ病を経験した精神科医の処方せん』より★この文章に、「そうよね」とうなづいてしまいました。こういうような表現はできなかったけれど、病気をして少し生き方が変わったことは、分かっていました。別に肩肘張っていたわけではないけれど、どこかに力がはいっていたように思います。 病気になって生きるのが少し楽になったのです。若い人たちに比べると、残っている時間は少ないかもしれないけれど、せっかく楽になったのですから、人生を楽しんで、少し社会の役にたって、あちらへ行きましょう。 次回の診察に娘がいっしょに行くかもしれないのですが、連絡がありません。きっと仕事が忙しいのでしょう。下手にケイタイメールをすると怖い?ので、じっと待っています。一度「それだからうつになるのよ(几帳面)」と言われたことがあります。娘の言うとおりです。でも、人を相手にする場合、昔の性格はあまり変わっていません。つい誠実にと思ってしまいます。それでいいです。変われるところだけ変わります。 息子が車を返しにくるそうです。夕飯食べて帰るのかしら。こちらは怖く?ないので、楽しみにしています。息子にも娘にもお世話になっています。
2007.03.07
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昔、「なんのために生きるのか」を考えてばかりいた時代があった。そのうち私は次のような魯迅の言葉に行きあたった。魯迅いわく、「人は生きねばならない」のであって、そこには理由もへったくれもないと、ドイツの作家のブレヒトは言った、「正しい道でも一人では行くな、一人で行く道は正しくない」と。つまり、たくさんの人と共に人生を送りなさいということだ。三池炭鉱の落盤事故で、夫たちが一酸化中毒に冒されて人格崩壊に近い状態になった妻たちに言われたことがある。「ここにきた国からの医者は御用学者ばかり。みなさんは患者の立場に立つ医者になってください」と。それで私の「何のために生きるのか」は決まった。ひとつは自分が食うために生きる。もうひとつは、たくさんの人の利益のために医者として生きる。 『うつ病を体験した精神科医の処方せん』より抜粋★私もどちらかというと「何のために生きるのか」と考えてしまうタイプです。ですから淡々と生きているように見える人たちは、どうして生きていられるのだろう、と不思議でした。しかし、あるときから「生きるだけで十分」と思うようになりました。実はみなさんも思っているでしょうが、この世は生きるだけで大変なのです。母はよく「人生は重荷を背負いていくがごとし」という家康の言葉を口にしていました。 最初の夫に死なれ、大事な長男に死なれ、後を追うように二番目の夫に死なれ、それから工場に働きにでたのです。それでもいつも明るかったです。 私はこの医者じゃないけれど、社会のために役に立ちたいと考えています。うつ病になったのを幸い、少しでもうつ病の人たちの役に立ちたいと思っているのです。★昨日、姉の家での役割はこなしました。雨と風がひどいからと、姉夫婦が家まで送ってくれました。 姪の発病のいきさつを聞きました。40度の高熱が下がったところで、出勤し、運転して帰る気力もなく、駐車場のイスに座っていました。同僚が「どうしたの」と言っても、本当のことは言わず人を待っているようなことを言ったそうです。 風邪は熱があるときより下がったときのほうが怖いのです。そして、このイスで気を失い、救急車であちこちの病院を回り60キロ先の病院についたときは、2,3時間過ぎていたでしょう。 そのために脳炎を起こしたようです。いままで、兄弟をとおして話をきいていたので真実をはじめて聞きました。 姉の話ではダイエットもしていたのではないかと言います。発病の少し前、私の母の7回忌で会ったとき、痩せていたので、心配していました。 私たちが家に着いたら、息子が車をとりに来ていました。姉夫婦と「今度行きます」「来てね」と会話を交わし、帰っていきました。 本当に人生って明日はわからないですね。まだ朝起きてさわやかとはいきません。昼頃にやっと元気になります。
2007.03.06
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春はようよう……と清少納言の歌にあるように眠いです。 夕べも、夫に1時間といって2時間寝ました。あまりによく寝ているので起こさなかったといいます。「お前は寝てないと顔にでるからすぐわかる」といわれました。それから夕食の準備、手早いので大丈夫です。夜もきちんと寝ました。 今日は午後から、姉の家へ行きます。バスをのりついで1時間ちょっとです。姉が肺の検査でひっかかったので、再検査です。理由は分かっているから心配ないと言っています。 前にも話しましたが、姪は最初は帯状疱疹のウイルスが脳にはいったと言われてました。次に風邪の菌と。結局どちらでもなく、心身の疲労で免疫力が落ち、そこいらにある菌が脳にはいり、脳炎を起こし、脳のほとんどがやられたようです。歩くこともできません。おむつを使っています。食べるのは胃に穴をあけて流し込みます。 昨年の10月に会ったときは、話すこともできませんでした。今年の1月だったか夫と二人で会ったときは、少し反応していました。昨年の11月ころ病院で痙攣を起こし、その後落ち着いたら、ダメになっていない脳が復活したのです。 私が2月に訪ねた1回目は私の名を「○子さん」といいました。私は喜びと悲しみがいりまじって涙がボロボロでした。2回目のとき、眠っていたのに起きたのでいろいろ話しかけたら「やさしく眠らせてください」と言うのです。私は最初理解できなくて、いろいろ話しかけていましたが、そのうちはっとして「ごめん、眠いのね」と静かにしました。 誰もここまでよくなるとは思っていませんでした。姉の愛情です。姉は毎日毎日話しかけてきました。施設に預けることもできるのに、自分たちが元気な間は、と家でめんどうをみています。私は、東洋医学や霊的なことに関心があったので、どこかで信じていました。顔つきもしまってきました。 九州にいる姪の娘たちも、ときどきこちらにきます。 いま、姉から電話がありました。昨日、私がかけたのですが、庭にいたそうです。あきらめない姉を偉いと思います。でも親だったら誰もがそうするかもしれません。家族の愛はなにものにもかえがたいのですね。 うつ病だって、家族の「治ってほしい」「きっと治る」という思いは力になると思います。改めて、家族に感謝です。人間のもつ自然治癒力はすごいと思います。それを信じて治った自分の姿をイメージしましょう。
2007.03.05
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うつ病で休職していた社員にいつ復職してもらえばいいのかーー。そんな企業の声に応えるため、NTT東日本関東病院の秋山剛・精神神経科部長が復職時期を適切に評価するためのチェックシートをつくり、セミナーなどを通して普及を図っている。職場のうつが増える一方対策が追いつかない企業が多いことも背景にある。 チェックシートは「通常出勤する場合の起床時刻より、2時間以上遅く起きる頻度」や「食生活のリズムがどれほど乱れているか」などの基本的な生活状況のほか、「上司や医療関係者らとの交流状況」など20項目ある。 それぞれについて4段階で評価し、一定の基準に達していれば、復職可能と判断する目安になるという。 企業側が主治医にこのシートを渡して記入してもらったり、産業医が職員にこのシートをもとに直接聞き取りしたりして使う。 企業によっては、独自に復職プログラムをを用意したり、徐々に出勤時間を増やしていく「リハビリ出勤」制度など支援態勢を整えているところもある。ただ多くの中小企業などはそこまで体制が整っていないのが現状だ。 さらに「職場のメンタルヘルスに詳しい精神科医が少ない」との指摘もある。患者に要求されるまま、復職後にどれほどの負担がかかりうるかを判断せずに「復職可能」と診断書を書いてしまい、結果的に再発、再休職という悪循環に入ってしまうケースも少なくないという。 秋山さんは日本うつ病学会評議員で、10年近く、うつ病による休職者に対し、職場復帰援助プログラムなどで支援してきた。チェックシートについて「外見からは分かりづらい回復の程度を具体的に評価するツールがこれまでなく、企業も戸惑っていた。その一助にはなります」と話す。 朝日新聞3月3日より★このところ疲れ気味でしたが1日と3日に十分な昼寝をしたおかげで、元気になりました。CLCAの行事に参加したい、しかしスケジュールがつめすぎにならないか、といつも気にしての選択です。 お陰様で、気分の上下は健康なときと同じ感じです。退院してから1年7ヶ月安定しているのでほっとしています。でも、油断は禁物なので注意していきます。それに体が「休め」と信号をだしてくれますので、そのようなときは寝てしまいます。 今日は、本の初校(出版するのと同じ形で文字が印刷)のチェックを始めます。ていねいにゆっくりとやるつもりです。あれもこれもつめこみたくなる私ですが、それではかえって伝わらないので、しぼっていこうと思います。 草木の芽吹きどきは、副交感神経が不安定になるそうです。今年は1ヶ月早くきているようですので、なんとか無事に乗り越えましょう。
2007.03.04
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どんなことができれば自立できるのでしょうか。単身者向けです。(この文はバラ8343)・社会で生活する意欲・服薬通院・買い物・金銭管理・洗濯・電気釜で飯を炊く・簡単な調理・家族の賛成・困ったときのSOS・症状のある程度のコントロール・集団に参加・一人になる・社会資源の利用・夜に眠る・歯磨き・入浴・洗髪 このうち困ったときの内容というのは、たとえば不眠、いらいら、幻聴などの精神状態に苦しむとき、あるいは行き着けの商店のおばさんの目つきがおかしくて自分を馬鹿にしているのではないかといった悩み、あるいは生活費がなくなった「どうしよう」といったものまで何でもありだ。問題は、それらの悩みを自分の胸に収めてひとり悩んで反芻していると、悩みがよけいにひどくなったり、うつになったり、被害妄想になったりすることである。だから、「悩みは何でも他人に相談することだ!」が基本だ。悩みの内容はいかなるものであれ、他人に相談すると楽になる。 参考文献『うつ病を体験した精神科医の処方せん』より★昨日会った友人は毎日のようにかかってくるうつ病の方の電話で、彼女のほうがノイローゼになりそうだったといいます。「ごめん、今日は聞くのが辛い」と言えばよかったのでしょうが、やさしいから言えなかったのでしょう。 また言っていたらその友人はそれから電話ができなくなったかもしれません。 そしてある日、友人は自殺しました。何度か入院していたから家族も気をつけていたと思うのですが……。 私は、友人にはまったく電話しませんでした。発病してすぐのころが辛かったので、息子への電話、友人へのはがき、メル友へのメールと分散しました。逆の立場にたってみたとき、どんなやさしい人でも、毎日うつの人の話を聞くのは辛いと思ったからです。 そして、日ごろの人間関係の大事さを思いました。この精神科医は「相談しなさい」と言います。それは正しいです。しかし、相談できる相手は簡単には見つからないのではないでしょうか。相談を受ける側が、うつ病への理解がなければ、あまりのマイナス思考にまいってしまうかもしれません。 そういう意味では若い人は人間関係の広がりが狭いですから、気の毒です。 それでも私は自殺するいじめられた子どもたちにはSOSを出すよう言いたいです。必ず力になってくれる人がいます。 うつ病の人にも同じことが言えるかもしれません。死ぬよりは、イヤな思いをしてもSOSを出したほうがいいと思います。私の友人もノイローゼになりそうになりながら、電話を受けていたのに、死なれてしまっては、きっと辛かったと思います。 家庭全体がオープンであれば、子どもの人間関係の幅が狭くても家庭の人間関係は広いので、昔だったら叔父さんや従弟にそうだんするように、相談できるかもしれません。 今日はこれから夫と、息子のところに車をとりに行きます。ミニデートです。なんでも楽しまなくちゃね。 といいつつ二人ともばっちり昼寝。疲れがとれてよかったです。
2007.03.03
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なぜ呼吸法がうつ病にいいのか。それは呼吸法もリズム運動なのです。それによってセロトニン神経が活性化されます。 しかもたとえばヨガを経て、瞑想までいくと、宇宙の無限のエネルギーが補給されるのです。何度も書いてきましたが、呼吸法によって、自律神経のうちの交換神経と副交感神経の働きが高まり、のんびりしたり、リラックスすると、副交感神経の働きが強くなってきます。 ですから、両方の神経を刺激する呼吸法はいいのです。 ヨガにはいろいろあります。私がやっている禅ヨガの先生は鼻から吸って口からだすと言ってますが、鼻から吸って鼻からだすのが正しいやり方です。 ヨガのときの座りかたは結跏趺坐ですが、正座でも、半跏坐でもかまいません。大事なことは、腰をたてて(一番下の背骨を少し前へ)、背骨をまっすぐにすることです。天の気と地の気が背骨をとおして行ったりきたりすることが肝心です。 呼吸は腹式呼吸ですが、胸式呼吸もくわえて、大きく呼吸してもかまいません。 ヨガではストレッチ体操をやりますが、それは、最後の瞑想を上手にやれるようにするのです。そして最後はポジティブセンキングで終わります。終えたときの人たちの顔は少し上気し、よいオーラに満たされています。 どの呼吸法もやり方を間違えると、危ない面があります。最初はきちんとした先生についてやったほうがいいです。★夫は「鈍感力」がすぐれているせいか、昨日の娘の対応でいやな思いをしたことなど、すっかり忘れて、元気で出勤していきました。うらやましい性格です。 でも、私が仕事をやめてから、すっかり家事は私まかせ、せっかく改造?したのにもとのもくあみです。本当の定年になったら、家事を手伝ってもらいましょう。「ぬれ落ち葉」にはしません。
2007.03.02
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うつ病のときは、心身の状態が低空飛行なので、何かをするとなると緊張したり身構えたりします。これからやることに対して、まだ着手していないのに、過剰な負担を感じてしまいます。 「やらなきゃ、やたなきゃ」という気持ちが集中していって、それしか頭になくなり、やるべきことが、実際よりも大きなものになってしまうのです。 実は、私は病気以前もそういう気質がありました。必ず、メモをとって、やるべき課題を完璧にこなそうとするのです。どうしてもっと気楽にできないのか、と何度思ったことでしょう。 このような傾向は最近のアメリカの認知療法によると、決め付け、先の読みすぎ、悲観しすぎなどといった項目に該当します。 対策としては、過度に気分・感情によりかからないように、とりあえず、その行動だけを優先して行う。悲観的観念が入り込まないように頭をカラにする。そして「今日やるべきことは明日やる」くらいの気持ちが大事です。 (参考文献『うつ病を体験した精神科医の処方せん』★このところぼうっとすることが多く、食器を何度も割りました。今朝も気に入っている急須を割りました。 夫は夕べはお酒を飲まず(これが結婚しては初めてくらい)、朝は「お腹が痛い」と言います。昨日娘にスープを朝早く届けたのに、娘は調子が悪く冷たいあしらいだったそうです。かわいそうに……。 それでも元気に出勤して行きました。「調子悪かったら医者へ行くのよ」と玄関で大声をだす私。ムダなことです。私が心配しても無視されます。逆のときは大変、「医者へ行けよ」と厳しいです。 話は変わりますが『鈍感力』という本がでています。うつになる人にはこの力が少ないのかもしれません。ほとんどのことは「ま、たいしたことではないさ」と言えます。急須が割れたって、いのちには関係ありません。夫の鈍感力は、彼のストレスを助けてきました。 私もことによっては鈍感力を身につけたいです。でも感受性豊かな私も好きです。
2007.03.01
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