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今日は午前中、小屋の片付けをしておりました。奥のほうにブルーシートに包まれたものがあって、なんだろうと引っ張り出してみると、石油ストーブでした。これは助かった、と出して、試しにつけようとしていたところ、一緒に白い何か骨格の模型のようなものが出てきました。 よくわからないので、土の上に置いておきました。なんだか顔にも見えます。蛇がとぐろを巻いているようです。 早速来たJさんに聞いてみると「これは猫ですね。猫のミイラですよ。猫は人に見つからないところで死ぬっていいますから。」と即答でした。えーっとびっくり。小さくて猫には思えませんでした。なんだかいろんなものが出てくる一日です。 そのJさんは、この九月に得度してお坊さんになったばかり。今は新鮮な毎日でしょうか。皆に混じって一生懸命です。 それはとても障りのない人で、こちらも安心です。周りの人に、例えば「猿みたい。」と言われれば、猿の真似をしてくれますし、「ポットだ。」と言われれば、ポットの顔をします。そこに理屈がなくとてもさわやかだから不思議です。 その一生懸命さが、ちょっと力みがはいってぎこちなさに現れていたので、思わずくすりと笑ってしまったことがありました。そうしたら後で「きっと慈光さんが想像するところまで自分が成長していなかったので、おかしかったのでしょう。」と、おそらくフォローしてくれるつもりで言われました。私は自分でも気づかないところできっとそうだったのだろうと思い、よく見破ったなあとびっくりしました。 特別目立つようなリーダー的存在でもないのですが、常に安定して、これまでもどこか苦労してきたのだろうなあと思います。 いつでも太陽は東から昇って西に沈むという、そんな静かな信頼。「自分の琴線に触れるものは…、「哀しみ」かな。」 そんなものを内に秘めている、お坊さんです。
2009.11.26
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穏やかな一日です。空気が肌に優しく体も緩んで、外を歩くだけでも楽しくなります。 こんな風に庭を歩いていたら、お坊さんとAさんは物干し場のところでセメントを練っている、作務の最中でした。壊れた焼却炉を分解して新しく作っているところです。何とか自分たちでやってみようと、ブロックを沢山買い込んできて積み重ねていました。しかも崩れないように鉄パイプを通しています。雪が降る前にと慌てていましたが、今日のこの天気なら、白いものがちらつく前に完成を眺められるでしょう。何でも手作りです。 私もその横で白菜を切って、広げました。太陽の力で甘みが増すと期待して。ご近所の方からの頂き物ですが、里の落葉松が風にのっていくために、葉の折々に松葉が入り込んでいます。ささやかな、冬支度です。 血のつながりもない他人同士が仲良く暮らして、その中には間違いも多い私たちですが、本当にここは自由で思い切り失敗させていただいています。学びにきている小学生を指導するのも若者だったり、お年寄りだったり、様々で、使う言葉も違ってきます。時に厳しく、時に抱きしめて、そのやり取りは百万通りでしょう。それぞれが精一杯ぶつかりながら、もまれていきます。全てはいい方向に、ふるいにかけられていくと信じて。そしてそれぞれのやり方に違和感を感じても、黙って見守ってくださる方もあります。どう転んでも、いずれは、天がみているからと。「きっとらせん状に、目に見えない大切なものを軸として昇華していくんだよね。」 ごまかしはききません。 この一日の光が、必ずあのりんごの甘みに繋がっているように、この穏やかな記憶が私の一細胞の成長を促進させるように。 何であれ、私も借り物、過ぎ行く者です。
2009.11.25
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2009.11.24
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雨の多い一週間でした。托鉢から帰ってみると、屋根の上が白くなっていて驚きました。いよいよ冬の訪れです。 今日からまた里のいつもの生活に戻ります。早速頂いてきた大根をお漬物にしたり、炒め煮にしたりと、割烹着を着て台所に立ちました。「お帰りなさい。寒かったでしょう。」と迎えてくださる皆様の笑顔の中に「今回の収穫は?」と鋭い質問が混ざります。 収穫とは、精神的な前進といいましょうか。何か気づきや発見です。留守をお願いして托鉢に出かける身としては、それをお話することも役割の一つだと思います。今回は大きな発見というよりもくもくと初冬の托鉢をこなした感じでした。 昨年一年の托鉢の行脚のときは、天気が悪かったり寒かったりする日は、もう少し、自分を励ましたり勇気付けたりして、初めの一歩を踏んでいたような気がします。それをやり遂げることに意味を見出して、自分を引っ張りました。 本当は意味は必要ないことです。でも~無常の風に誘われてたちまちこの世を終わるとき、何を頼りとなすべきか~ではありませんが、刻み込まれた記憶は今の自分に繋がっているような気がします。信じる力に、と。何がどうなっても、絶対に大丈夫、と。 皆なに迷惑をかける、と小さな声で心配する人があります。 生きていく以上は迷惑をかけっぱなしです。それでも生きていかなければならない…その行き詰まりのようなところも突破して、明るく爽やかに生きて欲しいと思っています。 ごめんなさい、で終わらずに、ごめんなさい、でも愛してると続けていきたいです。
2009.11.22
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小さな女の子、それでも元気に暮らしています。 学校で作文を発表するというので聞きに行ってまいりました。二組の六年生が一同に集まって「二十歳の私」に向けて手紙を書いておりました。それを皆の前で読み上げる会です。今の小学校六年生はどんな文章を書くのでしょう。そんな関心もあって楽しみに出かけていきました。 そんな中彼女の作文はこんな風でした。「拝啓 二十歳の私 お元気ですか。~私はいつもいつも怒られています。~毎朝4時半に起きて五時から坐禅しています。テント生活もしています。~今頑張っていることは、六年生のうちに本を100冊読むことです。つらいことばっかりですが、でも、これからです。将来は、保育士?お菓子職人?好きなものなら何でもござれ。将来は素直で優しい人になりたいです。誰からも好かれる人になりたいです。~頑張れ、自分!」 毎日怒られてばかりでも、まだまだ頑張ろうとする子どもの気持ちは嬉しいものでした。最後の家の人のところには、いつも心配かけてごめんなさい、と結んでありました。 そんな彼女を連れて、4人で托鉢に出かけました。彼女と21歳の青年は、私たちお坊さんについてゴミ拾いです。軍手をして、大きなゴミ袋を持って出発です。 もう一人のお坊さんはまだ若いのですが、和尚様の不在の間、責任もって留守を守るものです。僧堂で鍛えられてきた分、体も心も成熟してきて迫力があります。その後ろを彼女は一生懸命ついていきます。 いつもお寺で見送りはしているものの、彼女も青年も托鉢を見るのは初めてです。それは新鮮なことでしょう。帰ってくるのを楽しみに、分かれました。 私は見覚えのある道路を托鉢して歩きます。あとからついてくる青年は「えー、何も悪いことしていないのに、俺も行くの?」と言っていましたが、罰としてのゴミ拾いではないことを話して参加してもらいます。大阪から来ている彼は明るくてもじもじするところがなく、人通りのある交差点でも走り回ってゴミを拾っていました。途中托鉢する私のすぐ後ろについてきて、人の家の敷地のゴミまで拾おうとするので、ここはいいからと手で合図します。素直な彼らしい行動です。空き缶を見つけると嬉しそうでした。 お昼をすぎて、ぐるっと一周町を歩きました。ちょうど彼女たちと出会うころです。気がつくとゴミ拾いを終えた彼女が私に向かって、こっちだよといわんばかりに走ってくるのが見えました。それは本当に子どもらしい格好でまるで別人をみているような光景でした。 私はもう嬉しくて仕方がありませんでした。彼女のこの午前中の充実が手に取るように感じられたのです。しみじみと有難いと思いました。といって、あまりに彼女に今日の感想を聞いても、だんだんまた心が離れていくような気がします。言葉で聞かなくても、その走ってきた感触と笑顔で充分でした。こんな時間をちょっとずつ積み上げていけばいいと思います。 帰ったら、里の人も彼女の様子を気にしていて「どうだった?」と聞いてくれました。一人の成長はみんなの喜びです。「托鉢のときにお金を頂いたら唱えているお経は、なんと言っているんですか。」と少女は聞きました。 一日が爽やかな風のように過ぎていきます。 間違いだらけの人間の集まりですが、お互いに学びながら暮らしていきたいです。
2009.11.09
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少女がテント生活を始めて一ヶ月が経ちました。 その間、台風もやってきましたが元気にクリアし、本格的な冬の到来の前に室内に戻ったらいいなあと話していたところです。 そのちょうど区切りの日の午後でした。「ちょっと慈光さん。」と呼ばれて行ってみると、泣き濡れた少女が連れられて立っていました。「今日ね、お金を盗んだんだって。それで途中で気がついて、今までやってきたことが全て無駄になってしまったって言いにきたところです。」と彼女が私の手に引き渡されました。これは私だけの問題ではないなあと思い、ひとまず夕方のお勤め(お経)に連れて行って、みんなの前で話させることにしました。 本堂では何も知らない人たちが、いつものようにお経を唱えておりました。終わって全員が向き合い「今日も一日ご苦労様でした。」と合掌いたします。その後です。もじもじしていた彼女を後押しして中央に座らせました。「…私は、今日、Sおばあさんの部屋から、お金を、盗んで、しまいました。」一同、シーンとしています。「そして、どうしたんですか。」と後を言わせます。「近くのイオンに行って、本を買って、ゲームセンターで遊んできました。」 その場には盗まれたおばあさんも同席していただいておりました。最初に口を開いたのは、そのおばあさんでした。「いや、もう言わないでください。私が、盗まれるほうにも、責任があるんですから。私が悪かったんです。」おばあさんが謝り始めました。一同、なお黙り込んでいます。 しばらくしてまたおばあさんが話してくださいました。「私はいつも戸を少し開けて出かけるのですが、今日はきちんとしまっていて不思議に思いました。そしてカバンをみたら、中から紐が飛び出ていて、おかしいので確認しました。財布の中は五円、十円を残して空っぽでした。もう座り込んで立てませんでした。ずっと里のみなさんと信頼してきましたのに。それから(少女を)探しました。でも、探して疑ってしまった自分もいやなんです。もういいです。私が来てしまって、こんな問題が起きてしまったんです。」 急に年配の女性が立ち上がって少女を叩きました。「あんたね、何でおばあさんを悲しませるの。おばあさんの気持ちがわからないの。心臓が(病気で)止まったらどうするの。なんであんたが謝らないで、おばあさんが泣かなくてはいけないの。こら、目を覚ませ。」と。そしてまた自分の席に戻り自分を叩き始めました。「こんな風になって、少女を育てられない私が悪い。私が悪い。」と。それは真剣そのものでした。少女は叩かれ、じっとしています。 皆、いろいろな思いで見守っていました。 それから食事の時間が来て一度解散しました。少女は禅堂へ。「大人は大人でこの出来事に取り組みますから、あなたはあなたでこのことを通して自分には何が出来るのか、考えてみなさい。」と。 少女は小学六年生。家族と離れてたった一人、里に暮らしています。預けにいらしたお父様が悲しむことも目に見えています。最近は順調だったと喜んでいた里人もまた一から信用の土台を作り直し。彼女自身もまた、どうせ自分は悪い子だと自分を信じられなくなってしまうでしょう。 それから、里がとった方針はこんな風でした。 今はまだ個人の欲望が先走っていて、全体ということを考えられない時期でもあります。体が実践してそれを知るしかありません。皆のことをやってもらおうと、週に一回ゴミ拾いを決めました。それから、個人の部屋を没収です。皆が使う共用の場所にタンスや教科書などを移動しました。それから、あともう少しテント生活です。 与えられていた「自由」が「不自由」になり、その不自由さの中でもたくましく生きてほしいと思っています。 茶の間のようなところに彼女の荷物一式があって、まるで昔の家庭みたいだです。「昔は、子どもの部屋なんてなかったよね。そう、皆がいる場所の傍らにランドセルが転がっていてみかん箱ひっくり返して勉強したよね。なんだか懐かしい。」と。 出来事のあと、彼女が書いた反省文のようなものを見せていただいて少し心に残るところがありました。それは、今回のことを通じて、皆のために何ができますかという質問に対して、「聞かれたらすぐ答える。嘘をつかない」と書いていたことです。 皆のため、ということをどんな風に理解しているのでしょう。確かに、聞かれたらすぐ答えたほうが皆にとっていいのかもしれませんが、望んだ答えとは少しずれているような気がします。 おばあさんに泣いて頭を下げて「皆さんに黙っていてください。」とまずお願いした少女です。 その歩みは本当にゆっくりですが、しかし絶対にいいものがあると信じて、見つめていきたいです。
2009.11.05
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ちらちらと白いものが舞い降り始めました。 目の前の岩手山も雪で真っ白。上にはすっかり雪雲がかかっておりました。 昨朝、目が覚めて屋根を覗くと、黄色い落葉松の葉の上に白い雪がかぶさっていました。ふと「好雪片片別所に落ちず」という禅語を思い出しました。 ふわふわとどこ行くともなく舞い降りる、雪。眺めているだけで穏やかになる、雪。まだこの季節の雪は、ちらちら舞うだけで、積もることもなく、本当にいいものです。「どこから来て、どこへ行くのかー」 人生における疑問、生命の創られように対する不思議さも、一括りにしたらそんな言葉で表せるのかもしれません。私とは一体何者であって、世界とどんなかかわりがあるのか。 けれども結局雪が教えてくれます。 どこからともなくやってきて、どこへ行くものでもない、と。それを考えてみたとてどうなるものでもない、と。そしてどこにも行かない、と。 すでに行くべきところは決まっているのだろうと思っています。別のところはない、でしょう。聞くべきことは何もない、でしょう。 里のことを旅の本で知り、訪ねてきた人があって、ちょうどこの禅語を紹介しました。どこを探そうにも自分の尋ねるものがありますでしょうか。未だ人生の終着場所を探しておられるようでした。 場所や職業はなんでもいいのだと思います。ただ自身の生きる機軸がはっきりしていたら、どこで何をしていても、「別所」ではないと思います。 私の、今、ここ、は里との出会いからでした。 雪を離れ日常の生活の中で、その落ちるところ、帰着するところはどこなのか、出会ってほしいなあと思います。
2009.11.04
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