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朝の法話の時間です。子どもたちに向けて、易しいお話でした。「ここに一本のろうそくがあります。ろうそくは自分を照らすこともなく周囲を照らしています。どんなことも嫌がることがなく、どうしてこんなことになったのかと考えることもなく、ただ静かに照らしています。~みなさんは一本のろうそくからどんなことを考えますか。今日の日記に書いてみなさい。」 夜、三人の子どもたちはそれぞれ考えて一枚にまとめたものを和尚様に見ていただきました。 まずは小学四年生の女の子。不安だなあといいながら、もじもじしながら原稿用紙をもってきました。 次は六年生のお兄ちゃん。一緒に書いたのでしょうか、始めの部分は同じようなものでした。「和尚様がお経の時間にろうそくのお話をしました。『ろうそくに比べて人間は面倒くさがりだ。』ということでした。」 お兄ちゃんは途中から、こんなお話は自分の将来に役立つと、そしてお坊さんになってもいいかなあと展開しています。女の子は真似たのでしょう、最後に一文、お母さんのお手伝いを頑張りたいとまとめました。 そうしてもう一人の女の子は、「明日でもいいでしょう?」と、まだ書いていない様子です。 同じお話でもその受け取り方は様々です。 このところ里の特徴として、「自覚」ということが露わになってきた感じがしています。または「気づき」。周りは提示するだけで、選択するのも学ぶのも本人の問題で、和尚様はただ待っていらっしゃいます。 一本のろうそく~その存在 私なら今日はどんな学びでしょう…
2009.08.10
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虻の飛び回る八月です。 鹿児島から小学生が三人、遊びに来ています。それはしっかりしていて、近くの駅から自分たちだけで歩いて20分、予定通り到着しました。 大人と同じように朝の五時に起きて坐禅を体験し、午前中は胡桃を割ったり、薪を運んだりと貴重な経験を積み重ねています。 先日は倒した木の皮をむくことに夢中になりました。畑に行ってインゲンの収穫を手伝っていたら近くのおばさんに声をかけられて、じゃがいもを堀りました。生活から生まれる様々な作業を経験していい環境だなあと改めて思います。 この春から住み始めた30歳のOさんも、一緒に暮らしながらにこにこしています。純粋な彼は和尚様のお話を聞きながら、しょっちゅう涙をこぼしています。「今まで一人で暮らしてきた感じが長いので、こんなに自分の話を聞いてもらえる環境がすごくありがたいです。これまでずっと自分の感情を抑圧してきたので、ありのままの子どもたちを見ていると自分の幼少の頃を思い出してまた涙が出てきます。いえ、今が一番いいですから戻りたいとは思いませんが、そんな子どもたちのように、笑いたいときにわらって、面白くないときにはむっとしているような、そんな自分になりたいです。」「でもまだ、それが出来ないためにストレスもたまって、家にいる頃は、車の中で大声を出したりしていました。今はお経をよんで発散していますが、でも時々出かけたくなります。昨日の夜もなかなか眠れなくて、筋トレしていました。やっぱり僕の場合はストレスのベクトルが自分に向けられてしまうのですが、外に向けられた殺人事件なんか犯人の気持ちがわかるような気がします。 静かで穏やかで、まさに最近の本『悼む人』をやるような雰囲気です。それでも内に鬱屈したものというのは想像を超えることに驚きます。それも自分が生み出したものだと思いますが。 子どもたちは天真爛漫に走り回っています。 しばらくぶりに遊びに来ている、元引きこもりの青年が呟きました。「俺の膝にも乗っかってきて無邪気なんだもん。本当に。」 と。 この夏も、いよいよみんな元気です。
2009.08.07
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