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すごく納得する言葉に出会いました。 神の前で、神とともに、われわれは神なしに生きる。 矛盾を含んでこそと思います。大いなるものの存在を否定しませんが、といって日常の声を神が聞き取るということは考えられません。神に頼らず生きる、と言えましょうか。
2009.03.31
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「はい、これ。」 いつの間にか後ろから追いかけてきた少年が何か入れてくれました。 「お菓子でもいいかな。」 と呟くと私の返事を待たずに 「もう一個あげちゃおう。」 と手に持っていたハイチュウをまた入れてくれました。かわいい顔を見たのもそれきりですぐに角を曲がって消えて行きました。 春休みでしょう。子どもたちの姿もよく見かけます。知らない人にはついていかないようにと注意されるものの、逆に子どもたちは知らない人に声をかけるのが実に上手です。 「こんにちは。」 「さようなら。」 「頑張ってください。」 と。そして私の周りを取り巻いて数軒ついて歩きます。 子ども時代は知らないことがいっぱいで、こわいとかいろんな発想がないのでしょう。 私も大学を出た頃までお坊さんになろうと思ったことがありませんでした。初めて和尚様に出会い、こうして托鉢して生きていく道を知りました。それまで頭の中にそういう発想がありません。知るということも良し悪しです。 大人になっていろんな発想を抱きながらもなお自分の純なるところを大事にしていくことは至難の道かもしれません。 明らかにして、そして捨てる、それが大人の時代かなあと思います。
2009.03.30
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2009.03.29
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2009.03.28
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あちこちでツバメが巣作りを始めたようです。玄関先に広げられた新聞、点在する白い跡に、ふと僧堂時代の禅堂掃除を思い出しました。 禅堂の高いところに毎年巣を作ります。下は瓦なので毎朝ブラシでこすったり雑巾で拭いたり。 尼僧堂といえ男性と同じやり方でしたから、タスキに腰上げして、膝をつかないで足を開いて両手で雑巾を押さえ横に拭きます。 僧堂に行くまではそんなことも知りません。玄関掃除を頼まれた時にやっぱり瓦敷きの床を水で流してお終いにして怒られたのが懐かしい。いつか乾くだろうと思って暮らしてきた自分が明らかです。 「これで終わりか?」 と呆れられました。 よく公衆トイレでお掃除して頂いた後は水溜まりが出来ていて草鞋の私はちょっと困るのですが、いつかの私を思い出して恥ずかしくなります。 今日は柳の新芽の美しい町を歩きました。もう気分は五月です。
2009.03.28
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2009.03.26
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2009.03.25
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久しぶりに、厚い本を読みました。篠田節子著『弥勒』です。 インドのお隣、パスキムという国を舞台に広げられるお話で、人間にとって幸福とは何か、考えさせられるものでした。新政権となった解放戦線は、国民を監視して全ての人が平等の暮らしになるように、最も貧しい山の暮らしを町の人々にも一斉に強いるようになりました。その理想郷のためには多くの犠牲者も生まれました。実際全ての人が幸福に感じたでしょうか。 私にとって幸福とは何でありましょう。たまたま今日はおにぎりを一つ持って托鉢に出かけました。お昼を過ぎて見つけた公園で一息ついた時、私はとても穏やかな気持ちで川を眺めました。これ以上何か欲しいものもなし、ただいま憂うこともなし、です。もちろん考えたら少し寒いなとか、桜が咲いていたらもっといいのにと思います。 幸福とは人によって異なると改めて思いました。生まれも育ちも違い、不平等を認めてこそ平等が生まれるといえるかもしれません。例えば黙々と鍬を振るう単調な山の暮らしに情報や物質の溢れた町の暮らし。全ての人が幸福感を抱く日は来るでしょうか。 しばらく考えさせられる一冊でした。
2009.03.24
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おばあさんに柚子を30個くらい頂きました。絞り汁にお湯をさして飲んだりするようです。 その時に一緒におられた和尚様が仰いました。 「朝一番のオシッコも飲むといいんだよ。」 と。するとおばあさんも 「私は飲みにくいからりんごやみかんとミックスさせてます。」 と答えられました。どこかで耳した健康法ですが、私には真似出来そうもありません。 もともと健康には無頓着で、栄養バランスを考えたり、産地を気にすることはめったにありません。 里のおばあさんは、枇杷信仰と笑うくらい何でもビワで治して、医者いらずでした。そんなおばあさんの信じる力にいつもすごいなあと感心させられましたが、自分となるとどうでしょう。 長生きへの努力は今のところ怠け者のようです。
2009.03.18
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3日間、犬と暮らしている80歳のおばあさんにお世話になりました。 80歳と言ってもまだ車も運転なさる、矍鑠とした方です。 旅立つ朝にこんな話をして下さいました。 「今はまだ元気だけれど、車に乗れなくなって動けなくなったら、施設に行こうと思う。みんなに迷惑かけたくないからね。家は、いらないよ。その為に施設があるんだからね。」 「昔は施設がなかったでしょう。だからうば捨て山も必要だったんだよ。私は呆けるの歓迎ですよ。自分が何食べているかわからない、誰に会ったかわからない、いいじゃない~」 その見事な言い方に大笑いしておりました。その捨て方、執着の断ち方が潔く、僅かな時の中に居心地のいい思いをさせてもらったような気がします。 お昼に、握ってもらったおむすびを食べようとパックを開いた時、ふと外のシールに目がいきました。二年前のお惣菜が書いてありました。 にじみ出てくる中に学ぶことが多いなあとしみじみ思いました。
2009.03.16
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春だなあ~と眺めておりました。ところが近づいてみて何だかちょっと落ち着かない。ぐるり一周してみて、左側のこんもりしているところがどうも気になる。ここがないほうが左右対称でバランスがとれると思うのだが。 木には木の事情があるんだなあと感じさせられました。 生まれ死んでいくところは天の仕業でどうにも出来ないけれど、その間の生き続けるということ、それはやっぱり苦であろうとしみじみ思いました。 自分に太陽が当たることをじっと待っている植物の生き方は争いがないけれど、人間はそれでは餓死してしまう。自分が生き長らえるためにいくつもの生命を犠牲にしていると悔いてみるけれど、貫けば食べていけない。 一体どれが正しいというのだろう。 結局は考えるより先に流れきたことを一生懸命やるほかありません。 この木はこういう形、こういう歴史…。ただそのままを汲み取ってあげられたらなあとこのところ思います。
2009.03.12
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港の近くの小さな町を托鉢しておりました。 「一万円札でもあげられたらいいのになあ。」 と八百屋のおじさんが言いました。するとおばさんが笑いながら 「ちょっと遅かったなあ。」 と返しました。どうしたのかと思っていますと 「さっきそこを通った自転車の人が百円拾ったんだって。やっぱり夜に自動販売機に来たりすると落とすんじゃない。持ってきたから、いらんいらんって言ったよ。そしたらここに座ってたおじちゃんもいらんって言って、お地蔵様のとこにあげとけばお地蔵様が喜んどるって言ってた。でもあんたが来るんやったらな。あんたにあげたら良かったな。」 とまた笑いました。何だかほんわかとして 「いい町ですね。」 と答えたら、 「すごくいい人だった。正直な人だったよ。」 と繰り返す、おばさん。 私は一礼して、また足を進めました。
2009.03.04
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