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いよいよ2月。しばらく悪天候で続いて1日が精一杯に過ぎていましたが、今日は見事な快晴です。 こんなにも空の模様と共に歩むのは托鉢を始めてからではないでしょうか? 原爆の傷跡に触れて意識させられたのは"水"の存在でした。 一体どれほどたくさんの涙が流されたことでしょう。噴水も静かに溢れる水もそれを思い起こさせました。 空っぽのままにそこに立ったつもりですが、鎮魂を叫ばずにはいられません。それでも空は真っ青でさやさやと揺れる樹木に救いを感じました。 これが宗教の出発かもしれません。亡くなられた方の名簿が形を替えて仏の姿になり、そこに向かって手を合わせるかなと思ったのでした。
2009.01.30
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托鉢をしながら横の細い路地に入って、また大きな通りに出て来た時のことです。 タイル地の、幅は3メートルもあるかと思われる歩道に膝をついていた若い男性がふと顔を上げました。聞こえてきた鈴の音に何かと思われたのでしょう。 しかしこちらも一瞬どうされたのかとびっくりしました。まだ開店前の居酒屋さんのエリアです。 通り過ぎてから水の入ったバケツと乾ききらない歩道が目に入りました。 水拭きしていたんだと気づいたのは後のことです。思わず僧堂時代の玄関拭きを思い出しました。 これを自分のお店の前だけじゃなくて町の為にすれば、と思うのは欲が深いかもしれません。 しかし真昼にたった一人歩道を拭く姿は、見るものをはっとさせるのに十分でありました。
2009.01.18
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2009.01.17
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とある大きなアーケードを托鉢している時でした。お店の前に並ぶ品物に囲まれて立っている私が振り返ると後ろに年輩の男性がおりました。 買ってきたばかりらしい買い物袋から小さな最中を取り出すと、すっと私が下げている看板袋に入れてくださいました。そしてグーにした手を突き出して言われました。 「代わりに…」 と何やら考えてから 「僕に悪相があるから取り払ってください。」 と仰いました。 私がムニャムニャお経を唱えますと、目を開いて 「大丈夫?」 と聞かれましたので、 「大丈夫。」 と答えます。 「大丈夫?」 もう一度聞いて去っていかれました。 実際あまり悪相など考えておられないような明るい方で、悪相や悪霊など信じていない私とのやりとりは、ただコミュニケーションみたいな感じでした。気合いのような、と言いましょうか。 しかし町の喧騒に負けないくらいの迫力があればいいなと自分に思ったところです。
2009.01.16
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2009.01.15
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「お坊さんになりたいけど、捨てるものが多すぎてね~」 そんな声が聞こえます。 それぞれの役割があって、全ての人にお坊さんを勧めるよりもその生命の居心地のいいところはどこなのか、そこにたどり着いて欲しいと願うようになりました。 たまたま私は若いうちにこの道を選択出来る環境にありました。やっぱり私にはお坊さんしかなかったと思っています。 大きい人はその大きさを、小さい人はその小ささを全うして欲しいと思います。 そうすれば自分に対して、弁解の必要がなくなるのではないでしょうか?
2009.01.14
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2009.01.13
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「頑張れない時はどうしたらいいのですか?」 と青年は言いました。すると同席していた女性も頷いて 「調子のいい時は人の話も聞けるのですが、疲れて来ると自分のことしか考えられなくて。」 と。確かにそうかもしれません。 でも最近思うことは、日々の中で少しくらい悩んでも迷っても大したことないなあということです。宇宙の生成からみたら人間なんて何とちっぽけなものでしょう。 ただ信じて歩き続けること。これがなかなか難しいのかもしれません。今は弱気でもちょっと躓いても、いつか絶対何とかなるんだと、信じています。 そうすればいつの間にか雨が止んでお日様が出てくるから。それが今の私の答えと申しましょうか。 でもその時は何も言えなかったのでした。
2009.01.12
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2009.01.10
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靴屋のおばさんが声をかけて下さいました。 でも何と仰ったのか聞き取れないままでいましたら、売っていた焼き芋を新聞紙にくるんで 「ここで食べていってもいいよ。」 と椅子を示して下さいました。今度はわかりましたので、焼き芋器のそばに座って焼き芋に暖めてもらいました。おばさんも鼻が真っ赤です。 口が火傷しそうなほどあったかい焼き芋を頂いておりましたら 「お茶も持ってきてやろうか。」 と中に引っ込まれました。そうしたら今度はおじさんが出て来てこんな話をして下さいました。それはおばさんのおじさんにあたる方のようです。 「この辺りにも全国に修行に出た方があってな。その人は戦争から帰ってきて沢山の部下を亡くしたから行かなきゃならないと、行かれたんだ。東大を出た立派な方だった。それからは世のため人のためと言って、生涯独身でお坊さんをなさったんだ。昭和天皇が亡くなられる時も跪いて祈る姿がテレビに出たりしたのだよ。東京に住んでおられたからね。時々こちらに来ては休んでいかれたよ。亡くなった時も献体して、骨も何もないんだよ。」 と。大体の話の筋はこのようだと思います。 すごくいいお話だなあと思いました。否応なしに流れてくる現実があり、それに対して人間は微力も持たないけれども、さてその後どうするか、それが大切だと改めて思いました。 おばさんはもう一つどうだいとサツマイモをお土産にくるんで下さいました。 冷えていた身も暖められ心までホカホカして、私はまた歩き出しました。
2009.01.09
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新しい年が始まったばかりに、屋久島で鹿とぶつかってしまいました。私は、車です。 暗くなったのでライトをつけながらそろそろと下っていましたら、左から寄ってくるのが見えました。次の瞬間、ゴンと音がして、車が止まったのはその後でした。 それからヨタヨタと逃げていく鹿の姿が見えました。生きていてくれて良かったものの骨折しているかと思うと、心配です。これから餌が探せなくなるのではないか、ちゃんと生きていけるのかどうかと。しかし毎日餌を運んであげることは出来ませんし、連れて帰ることも出来ません。 今年は、世界を肯定的に受け止めようと意識していた矢先、どう考えていいのかわからなくなりました。 「それも自然淘汰の一つだ。」 そう仰って頂きましたが、ただ受け止めるしかありません。 自分を責めずに、しかしまた失敗をいかして生きていかなければなりません。とても難しい課題です。 生命は食み食まれて連綿と続いています。私もその連鎖の中に暮らしておりました。
2009.01.07
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「あなたが、食べてください。」 今日から学校が始まったよ、という小学3年のボクたちが3人、托鉢する私の後ろにくっついて来ました。 初めはスナック菓子を食べながらお行儀悪く歩いていましたが、次に路地で出会った時には何も持っていませんでした。 「さっき会った人だ。」 「お金集めているの?」 「50円とか5円とかいいんだよね、穴が開いているから。」 と物知り顔のボク。 「1円でもいい?」 それぞれ好きなことを言っています。それからパッといなくなったので、振り返らずにまた歩き始めました。 しばらくすると 「待ってー。」 と全速力で駆け寄ってくるボクたちが見えました。握りしめてきたそれぞれの思いを入れてくれます。よほど嬉しかったのか、3人はまた取りに帰って、今度は1円ずつ持って来ました。 「よし、ついていこう。」 「一列に並んで。」 「えー、邪魔してるんじゃない?」 「しー。」 子どもたちの会話に子どもたちなりのルールが生まれ、お互いに注意しあいながらも、好奇心いっぱいです。 お坊さんを先頭に子どもたちが並んでついて歩く、アヒルの行列です。 しばらくして建物が切れ工事現場に差しかかったので雛たちに声をかけました。 「ついて歩くなら後ろでゴミを拾うといいなあ。」 と。 背の低いボクは近くの薬屋さんに向かって一目散に走るとスーパーの袋をもらって来ました。 それから3人は競ってゴミを拾っているようでした。 そんなボクたちと出会ったのはちょっと遅かったので、別れはすぐにやって来てしまいました。ゴミも袋に半分くらいです。 「ここでさようならしましょう。」 3つの小さな手と握手しました。 「ゴミ、私がもらっていくから頂戴。」 「いいです。」 小さなボクが言いました。 「一緒にゴミを拾ってくれて嬉しかったよ。飴をあげたいけど、今二個しかないの。」 ふとっちょのボクは手にとって飴を表裏返していましたがもらおうとはしませんでした。 「それはあなたが、食べてください。」 小さなボクが横から言いました。 それで本当にお別れです。お互いに薄暗い町の雑踏に消えていきました。 何だか心がキュンとしました。生命は通じるんだなあと思いました。 そしてこんな子どもたちが育まれている町が、素敵だなと思いました。
2009.01.06
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