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夜の八時半から30分は、一日を締めくくる坐禅です。 九時。チーンと合図を鳴らして、皆が退出していき、ひとり禅堂に残ります。闇の中に、足元が見える程度の灯と文殊菩薩の前の蝋燭がとてもきれいでした。 それから今日一日分の香炉を直して、電気を消したら、ほっと一息。交代で二人のお坊さんが托鉢に出かけた今、今度は私がお留守番をして禅堂を守ります。 そろそろ明日のお粥の準備を始めている小学生の女の子も、やがて十時を過ぎるとこの本堂に来て眠ることでしょう。寒くなってちょうどテント生活も卒業し、今は本堂で寝ています。私が朝の坐禅の支度に来る音で目を覚まし、彼女は台所に出て行きます。ここは小さな小さなお寺ですが、未熟な私たちが精一杯修行させてもらうには十分なところ。かわいらしいなあと思います。 今朝の坐禅のときも、座の前にたなびくお線香の煙がとても静謐に感じられました。 ちょうどこなしてきた一週間の托鉢でも「行雲流水」とかかれた看板袋を下げているのですが、そのたなびくお線香の白い筋も、まさにそんな風に感じました。二度と同じ形を見せない雲の動き、決して留まらない、留まったら濁る水。自然(じねん)に、あるがままに、それはまた仏道で目指すところでありますが、托鉢でもそのようにありたいところです。 一日の端々には様々な感情が沸き起こり、喜んでみたり未熟さを嘆いてみたり、泉のごときです。でも大きなところからみたら、それも一つのお線香の白い筋の様に思いました。私も小学生の彼女も、また里の皆もその煙と何ら変わりないのではないかな、と。 いつの間にか雪が降り始め、あたり一面を白く染めておりました。 静かな、夜です。 冷たい手を比べあって騒いでいた仲間たちも、みな自分の部屋に帰っていきました。 今日も一日、お疲れ様。
2009.12.15
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さて、何から書きましょうと迷うぐらいに出会いの多い、この師走の托鉢一週間でありました。 今回は新潟県へ。 いくらか雨模様の日もあったために、裸足にわらじの私を心配してくださって、何度と無く声を掛けていただき、お茶もすすめられました。「お坊様をお上げするのは(お店に入れるのは)初めてなんですよ。ちょうどいまお客様がいらっしゃらないものですから。」とご縁を頂いた美容室でのこと。「昔、自分が小さい頃は村にときどき瞽女さんがいらしていたのを覚えています。みんなでおもてなししていました。」とお話してくださいました。ちょうど新聞記事でその関連のことを読んだばかりでしたので、興味深く聞きました。「テレビで特集されたことがあったのですが、その中で小林ハルさんが「今度生まれてくるときは、虫でもいいから目が見えたい…」ということを仰っていたのが印象的でした。」ということを話してくださいました。 その一言をお聞きするだけで、その方の人生の労苦を垣間見るような気がいたします。 町を歩いていても、腰の曲がったおばあさんが雨にぬれながら、リヤカーを引いています。その横を装った観光客が足早に通り過ぎ、また私みたいなものも過ぎていきます。生活そのものがあふれ出ている町の一日でした。 そうしたら、ちょうど自転車にのってきたおじさんが、私の姿に感応してくださって、足をさすってくださいました。そして「俺の家は(何とかの)39号だから、泊っていけ。な、泊っていけ。」と言って発砲スチロールに、もてないほど沢山の熟した柿と山芋の細いところとイクラの瓶詰め、生卵をくれました。少々困り果ててしまい、私も相槌を打ちながら、終わるまで荷物を置いていきました。もてないほどのこんな頂き物も初めてです。 どんな世界にもそれぞれの悩みや苦しみがあって、それでも必死に生きております。優劣は、もちろんつけられません。 12月の雨に濡れながら、多くの人間模様がひしひしと身に沁みる行脚でありました。
2009.12.14
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12月に入りました。暖冬といいながらも、少しずつ寒くなってきております。外のテント生活のHちゃんもそろそろ引き上げたいところです。このところは目立った暴言を吐くこともないのですが、相変わらず自分の荷物の中にトイレのゴミを捨てていたりして、難しいなあとも思います。 ところで大阪からのY君。今月の目標は「お粥を卒業すること。」でした。 里では、学びに来ている人たちが順繰りの典座(里の場合は朝のお粥を担当すること)当番をしています。一通り仕事の流れを覚えたものの、その後になかなかお粥の煮え具合が一定せずに、周囲がその都度注意しておりました。「火をつけてからどのくらいで、弱火にしているの?」「味見している?」 朝は、お粥とお味噌汁、それにお粥の薬味を4種類そろえることになります。お粥の状態がどろどろだったり、水が多かったりして不ぞろいなので、大人たちが不思議に思って、Y君の話に耳を傾けます。そうして毎日書いている典座ノートを点検したところ一つわかったことがありました。 それは、その日の人数から割り出したお米の量に対して、水の分量が決まっているのですが、その水の分量を計量器で何杯分になるのか、その計算が間違っていたのでした。「これじゃあ、お粥が安定しないわけだ。」と周囲の大人たち。どこかで計算が間違ったものをずっと写していたようです。 それからはだいぶお粥の煮え具合が均一になってまいりました。しかしなかなか厳しいものです。 お粥のどろどろ加減だけでなく、温度や量、お汁の具の煮え方、切り方、割合、温度、そして薬味が同じものが続かないように…と気をつけることがたくさんあります。そこまで仕上がって普通。それからが本人の工夫のしどころです。食堂にお花を飾って場をもてなした日もありました。「このところは、粥座が始まる前に掃いて雑巾がけしてます。」とYくん。そろそろ卒業できるでしょうか。一人で起きて、大人10人以上の場を調える緊張感。このお仕事を通じて何人が成長させていただいたことでしょう。 すでに絶品のお粥ですが、彼の成長の為にその日の評価が厳しく行われています。 そんな彼も、福祉事業所のすすめで、酪農の仕事に就ける可能性が出てまいりました。見学に行った本人も、牛にどっぷり手をなめられて大満足です。「僕は悪いのは頭だけで…体を使った仕事がむいてます!心が最高だから、皆に幸せを分けてあげます。」といつもニコニコ。とても美しい心で、皆に愛されています。正直IQは標準の半分くらいでお粥の当番がよく勤まったなあという感じですが、ここでは容赦されません。もう一人生活保護を受けている青年もいますが、トイレ掃除にお風呂掃除と任されていて、少々サボりがちになるとしっかり叱られています。 生命の創られようは本当に未知数で、どこまでも諦められません。社会生活上、一般との比較は必要ですが、実際に向き合って周囲が囚われないように気をつけていたいな、と思います。
2009.12.03
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