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今日はハロウイーン。土曜日はマリアのパーティーによばれたし、日曜日はメリンダのパーティーによばれたし、今日は保育園でパーティーがあったし、もう忙しくて、いそがしくて。でも、やっぱり今夜が一番の楽しみ。ママが作ってくれたジャコーランタンには、ちゃんと灯がついているかな? (おとなはさむがりだからジャケットを着ているけど、ぼくは半そでTシャツでOK. 外の温度は4度だって、テレビで言ってるけど、どうでもいいの。)暗くなると、ちゃんとスプーキーに見えるでしょ? 誰かきた! あ、おとなりのベスだ。ベビー・ブラザーも一緒だ。ボクがお菓子をあげるんだから、ママはママとオハナシしててね。
October 31, 2007
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Janet Blackさんという友人のお葬式に行った。享年64歳。Janetは、スコットランドの生まれなので本当の名前はJahnetteと書きジュネットのような発音になる。(ちなみに同じくスコットランドの夫君は、カナダ英語ではJohnという名前だが、本当はIainでイアンのような発音になる。)で、そのジュネットの亡くなるまでのことにはいろいろあるのだが、そこは全部省略。会場には、元気だった彼女がにっこり笑っている写真と、盛り花が一つ。(供花はいらないので、その代わりにALS協会に寄付をしてくださいとのことだったし、参加者も皆、その言葉に従ったのがよくわかる。)記帳をする受付もなく、故人に別れをつげようと思う人たちが、ごく普通の服装で次々と集まってきた。(といっても、私たち夫婦は、どうしても喪服=黒の感覚から抜け切れなくて、黒を着てしまって、居心地が悪かったのだが、「今日はBLACK家の集まりだから」と、冗談にしてごまかした。)最近では、Funeral(葬儀)といわずに Celebration of Life (人生を祝う会)と言われる会に出ることの方が多くなってきたが、牧師さんは「We celebrate Janet for her well-lived life」と言われた。彼女の充実した人生を表現するにはよい言葉だと思った。彼女は信心深い人だったけれども、今回の「お祝い」には、牧師さんが聖書を読んでそれにみなが「AMEN」と復唱するのではなく、スコットランドらしく、キルトをはいた奏者のパイプの演奏があったあと、牧師さんが「みなさん、目をつぶってください。そして、ジュネットのことを頭に描いてください」といわれた。私もあれこれ思い出して「ああ、あんなこともあった、こんなこともあった」と考えていたら、「では、頭に浮かんだジャネットの姿から、形容詞を一つ、思いつくままに言ってください。」と、まるで学校の授業のよう。参加者の中から次々と手があがり、graceful, smiling, loving, careing, とまあ、20位形容詞が出てきたところで、スコットランド特有の大男Iain旦那が、大声で「BEAUTIFULL!」と言ったので、笑い声があがった。「だって、誰も言ってくれないからさ。ワ、ハハッ」と、彼は言ったけれども、あんまりしんみりとした雰囲気になりすぎるのが苦手なIainらしい心遣いだと思った。それでも、それだけ多くの人から形容詞が上がってくると、故人の生前の様子が彷彿としてくるから、すばらしい。そこで、次に、故人が生前、息子への手紙の形で書いた経歴が読み上げられた。スコットランドの田舎で過ごした子供時代のことから始まって、高校のカフェテリアでIainと初めてあったことや、リーガル・セクレタリーとしての仕事のことや・・・。息子に伝えておきたいことを、長い闘病の間にまとめたのだろうが、充実した一生だったと自らに言い聞かせているような、よい文章だった。牧師さんが読み終わって、会場がシーンとしたところで、「何か一言言いたい人は?」と、会場を見回す。次々と手があがり、息子さん、お嫁さん、スコットランドからきた妹さん、仕事仲間、ゴルフ仲間・・・と、話があったが、どのスピーチも一箇所は笑う場所が用意されていて、参会者は涙を流したり笑ったり。「皆さんがこうして思い出している限り、ジュネットは皆さんの中で生き続けるのです。今日はジュネットとのお別れの日ではなく、あたらしいジュネットの誕生の日です」という牧師さんの結びのお話があり、最後に、賛美歌を一曲歌って式は終わり、あとはレセプションに移った。察するところ、この演出をしたのはジュネットだったらしいが、そのために、形式をそぎ落としそぎ落とした進行で、その意を汲んだ友人たちも「悲しい、寂しい」という言葉を使わずに、でも、どの目も潤んで心のこもった旅立ちであった。(これぞ、短歌の心意気!)最後に歌ったのは、「あまつみつかいの~言葉さながら~声も密やか~に希望ささやく
October 29, 2007
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うっすらと、霧がかかった日の出が美しい。 霧がでると、地上からの熱の放出は少ないはずだから、暖かいかと思うと・・・そうでもなくて、霜月には、まだほんの少々日があるのに、初霜がおりた。このあたりは、秋から冬にかけては雨が多いので、たまのよい天気の日にしか霜をみることがない。朝、家々の屋根が白くなっていると、身が引き締まるような感じがする。 10時頃になっても、まだ日陰には霜が残っている。 午後になって晴れてくると、ポプラ並木が秋の陽に輝く。 そして夕方は、暮れきらない空に大きな月。 あっと言う間に、一日が終わってしまいました。歌を一首も詠まず、読まずの間に・・・ でも、ま、いいか。。ナポレオンの辞書には無くもわが辞書にありてまたよし「不可能」の文字
October 27, 2007
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子の妻に頼まれ旅に求め来るスターバックスのご当地カップ成田には千葉と横浜二種類のご当地カップが並べて売らる上海に仕事の旅に行く友にスタバのカップを土産に頼むカナダよりの投資も少なからぬとふスターバックスの北京(ベイジン)支店娘の夫の仕事の旅にも頼みたりシンガポールのスタバのカップアメリカのスタバのカップは大きくて600cc悠々容れる東京のスタバのカップのデザインは白地に紺の東京タワーハイライズのシルエット紺で描きだすバンクーバーのスタバのカップ専用の棚にカップを収集す 物好きなれど楽しさうなり長男夫婦は、スターバックスが大好きで、結婚前からよくスターバックスに立ち寄っていた。そのうち、いつの頃からか、その土地土地でデザインに趣向を凝らしたスターバックスのマグカップのコレクションが趣味になり、どこかに行くとお土産にそれを頼まれるようになった。どうせ、何か気に入るものを買いたいと思っているので、スターバックスのカップを買えばよいとわかれば、こちらも簡単でよい。その上、よろこばれるとうれしいものだから、自分で買ってくるばかりではなく、友達から、「お土産は何がいい?」なとど聞かれると、即座に「スタバのカップ」と答えるので、息子の家にはけっこうの数のカップがある。今日、行ってみたら、ダイニングルームの壁面に、ガラスのドアのついた食器棚が作りつけられて、そこにスターバックスのマグカップばかりがすらりと並んでいた。 なかなか華やかなことである。昼間はどこぞのスターバックスでコーヒーを飲み、夜は自宅で、「今日は、どこのカップでコーヒーを飲もうか?」と迷いながら夫婦でコーヒーを楽しむ・・・らしい。あまり濃くないアメリカンコーヒーだからよいのかもしれないけれども、胃が悪くなりそう!でも、まあ、なかよくしているようで、何よりではある。日本のマグカップも少しおおぶりだと思うけれども、アメリカ大陸のスターバックスのマグカップは、さらに大きくて大きくて、500cc入りのメジャーカップよりも大ぶりだ。シンガポールと上海は、絵はよく似ているが、厚さが違う。数としては、白地に紺が一番多く集まっている。
October 26, 2007
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海外日系新聞放送協会主催の第四回海外日系文芸祭「みなとみらい文芸祭」の作品集が航空便で1冊届きました。これは、見本であり、追って別便でSALと船便で必要数が届く予定ことになっていますので、ご希望の方は nsato60@hotmail.com あてに、住所、氏名、必要冊数を添えてお申し込みください。日本から作品集が届き次第にお送りいたします。代金は、作品集をお受け取りになってから、5カナダドル+送料をチェックで、指定のあて先までお送りください。小切手のあて先などは、作品集に同封してお知らせいたします。なお、昨年までの作品集には、応募作品全部が掲載されていましたが、今回からは、一次予選を通過した作品のみの掲載になっていますが、それについて選考委員長の小塩卓也先生は、あとがきで以下のように書かれています。(前略)応募数の増加を受けて、今回からは全作品を作品集に収録せず、短歌については、一次予選を通過した方以上の作品を、俳句においては、入選以上と一次予選を通過した皆様の芳名を収録しました。短歌と俳句それぞれのジャンルの特性や今回の水準を慎重に考えた上での判断ですが、こんごどのように作品集を編集するかについて参加者の皆様のご意見があれば、ぜひ事務局にお知らせください。(以下略)世界の各地で短歌や俳句を楽しんでいる人たちの作品には、きっと何かまなぶところや、同感するところなどがあると思います。日本でこのブログをお読みの方でご希望がありましたら、海外日系新聞放送協会あて、「海日系文芸祭作品集購入希望」として、電話(045-211-1780)またはメール(info@jadesas.or.jp )にて、住所、氏名をそえてお申し込みください。
October 25, 2007
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10月のバンクーバー短歌会は、「落葉」の題詠で、得票が多かったのは、以下の一首だった。裏庭の落葉の堆肥鋤きこみし畑の野沢菜今夜は煮物(粟津三寿)裏庭の菜園で野沢菜を作っている作者。化学肥料ではなく、落葉で作った堆肥を鋤きこんで作ったところも楽しそうだ。その落葉だって、たいせつに手入れをしている植木の落葉なのである。さらに、作者の家では、そうしてできた野沢菜を、毎日、いろいろな料理に工夫して変化をつけて食べていることが、「今夜は煮物」という結句によく表現されている。題の「落葉」の扱いも自然でよい作品になっていると思った。ところで、内容だが・・・野沢菜を塩漬けにして食べるのはよく知っているし、ごま油でいためて醤油で味付けをしたりも経験があるのだが、煮物となると、私にはイメージがわかない。辞書でひくと、野沢菜はカブの仲間だそうだし、カブの煮物はなかなかおいしいから、野沢菜の煮物もおいしいのかもしれないとは思うけれども。互評の終了後、作者に「どういう煮物になさるのですか?」と伺ってみたら、「油揚げと煮付けるのです」とのこと。今年はもう畑作業は終わりだから、来年ためしてみることにしよう。
October 23, 2007
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乳呑み児とふたりっきりの日曜日うどんに七味多めにかける(樋町 加奈) NHK短歌を見ていて出合った一首。「乳呑み児」ということは、そのお母さんである作者は、母乳で育てているのであれば、授乳中だと思う。授乳中に刺激物を、しかも多めに摂取するということは普通はよくないとされており、このお母さんは、自分の嗜好を抑えてすごしているのではないだろうか。でも、今日は日曜だというのに、夫もいない。忠告がましい「先輩」もいない・・・ということで、「たまにはいいんじゃないかな?」という気持になって、「うどんに七味多めにかける」という「冒険」をしているのだと思う。そのささやかな羽目のはずし方が、ほほえましい。20年くらいたって、その「乳呑み児」さんが成人したころに読みなおしたら、きっと授乳期の節制なども、ほのぼのと懐かしく思われることと思った。人生の一時期の記録として、こういう歌が残っているということは、作者のためにも、その後の「乳呑み児」さんのためにも、とても幸せなことではないだろうか。
October 22, 2007
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TVジャパンの早朝の番組「週刊 ブックレビュー」を途中から見た。(放送が朝5時からなので、途中から見るケースが多い。)今回は、渡辺淳一氏がゲストでの公開録音で、最後に会場からの質問を受けたときの回答が、じつにおかしくて、一人で大笑い。しかも、この言葉、もし、20代のときの私が聞いたら本気で怒ったかもしれないと思うと、またさらにおかしくなって、もっと笑ってしまった。ヽ(^o^)丿質問は、もうすぐ結婚30年を迎えるご夫婦からで、「夫婦としてこれからもなかよくやっていくには、どうしたらよいか」というような内容。それに応えての渡辺氏のお話は・・・夫婦に会話がなくなるのが一番いけません。たとえば、朝おきたら、「おはよう」と挨拶を交すとかだって、特に、男性にはできない人が多い。外出しておいしいものを食べたような時でも、もし、おくさんが「これもあなたのおかげね」とか言えば、だんなさんの方も、うれしくてしっかりやろうという気持になる。また、だんなさんはだんなさんで、ちゃんとオクサンを見て、褒めるところはちゃんと褒めるようにする。ところが、日本の男性にはそれがなかなか気恥ずかしくてできないのです。・・・でも、それは「心」をいれて、その言葉を言おうとするからです。「心」を入れないで言うだけなら、なんの恥ずかしさもなく、気楽にできるものですよ。そうやって口先だけでもなんでも、そういう言葉を交しているうちに、互いの絆が強くなってくるものなのです。「心」をいれなければよいのだ・・・というのが、もうおかしくて、おかしくて。人をばかにしているけれども、真実を含む言葉だ。そういう言葉の使い方をする渡辺氏のセンスが、人間描写に生きているのだろうと思う。かえりみると、西洋人には、「おはよう」のような挨拶感覚で「I love you」とかいっているとしか思えない人もいるし、伴侶によびかけるときに、Dear とか Honey とか言っても、真意は、「おい!」だとしか思えないことも多い。 また、How are you? と聞かれても、相手が本気で私がどういう状態にいるか知りたがっているということはまずないと思ったほうがよいが、そんなことは気にせず、Fine,thank you, and you? と相手がどういう状態かは別に知りたいと思っていなくても、聞き返し、Good とかせりふのような答えがあってから、やっと話が始まる。そんな言葉には、どうみたって、「心」なんか入っているもんですか。もっとも、日本人だって、昔は「心」を入れない言葉を交わすことで、潤滑な関係を保っていたこともある。たとえば、外出しようとして、近所の人にあうと、近所の人から「どちらまで?」とかいう挨拶があって、その答えは「ちょっとそこまで」というのが定番。訊く人も、本当にその人がどこへ行くのかを知りたいわけではないし、返事をするほうも、特定の場所などを言う気はさらさらない。でも、この種の会話の交換によって、「言葉を交わすご近所さん」という関係ができて、なんとなくつながりができていたのだろう。今は、忙しいせいもあり、プライバシーを尊重する意味もあり、そんな会話は交わされないのだろうと思っていたけれども、実は、人々が昔にくらべて「心」を入れた会話を交わすようになったからだという解釈も成立しそうだ。「心」の入っていない言葉なんかいらないわよっ! と20代の頃だったら言ったことだろうが、60代になってみると、そうは言い切れないところが、人生の面白さであり哀しさであろう。うちは、朝おきたら、「おはようございま~す」くらい言いますよ。自慢にもならないけれども。
October 20, 2007
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飛行機が空を飛ぶのに不安など持たずに乗りゐき 見上げてをりき事故というのは、いつ、どこで起こるかわからないものだ。今日の午後、私の住んでいる場所から歩いて5分くらいのところにあるアパートの9階に小型の飛行機が突っ込んで、部屋を突き抜けて、廊下のエレベーターシャフトに衝突して止まったという事件があった。 大きな音はしたという話だし、実際これだけのことがおこればそのはずなのだけれども、私にはその音はあまり聞えず、緊急自動車のサイレンが多いので異常に気がつき、ラジオのニュースからことを知ったという暢気さであった。甲高きサイレン音に促されて近所の事故をテレビに探すえ?まさか!そんな!と心にくりかえしニュースに見たり墜落の事故火事にならなかったのが、不幸中の幸いだけれども、普通に暮らしている9階の部屋に、飛行機が飛び込んでくるなど思いもよらないから、恐ろしい。飛行機の機体の大部分はまだ建物の中にあるし、かなりの匂いがするし、建物の安全性の問題もあるからと、住民は近所のホテルに避難して、数日は家に帰れないのだそうだが、とんだ災難としかいいようがない。6人のりの事故機には、パイロット(82歳)が乗っていただけだったが、彼は亡くなり、住民からは2名のけが人が出たそうだ。ニュースで、レポーターが話しているのを見ていたら、その後ろの方に自分の住んでいるビルディングが見えていて、あらためてその近さにショックをうけた。
October 19, 2007
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9月からバンクーバー短歌会に戻られた鵜沢梢さんと、オーストラリアのアメリア・フィールデンさんの手になる短歌の英訳集、「FERRIS WHEELS、観覧車」が、2007年のドナルドキーン翻訳賞(Japan-US Friendship Commission's Translation Award --Donald Keene Translation Award)に決まった。「鵜沢さん、本当におめでとうございます!!」 実は5月に決定したときに、すでにお知らせをいただいていたのだが、表彰式は2008年春ということだったので、念のためにブログにUPするのはこれまで差し控えていた。でも、ご本人の編集になるGUSTS No.6 にニュースとして掲載されていたので、安心してUPさせていただく。これは、鵜沢梢さんが、短歌を始められて以来、心に残って書き留められていたノートより、101首を選び、英訳されたもので、「英語圏の方々に日本の現代短歌のいくつかを紹介する目的」でつくられたと、前書きにある。共訳者、アメリア・フィールデンさんには、バンクーバーで日本歌人クラブの国際大会があったときにご出席くださったので、お目にかかったことがあるが、最近では、あちこちでたくさんの短歌英訳を、精力的になさっているのを拝見する。ドナルド・キーン博士は、1995年に奥田町子さんが宮柊二の短歌の翻訳集をだされて送られたときに、奥田さんあてに書かれた葉書を見せていただいたが、その当時は東京都北区西ヶ原に住んでいらした。(差出人の住所がそうなっていた。) たしか85歳か86歳になっていらっしゃる筈。「授賞式でキーン博士にお会いするのが楽しみ」だと鵜沢さんがGUSTSに書いていらっしゃるところをみると、きっと今もお元気にしていらっしゃるのだと思う。頼もしいことである。それにしても、日本と日本の文学を深く愛していらしゃる博士の名を冠する賞を受賞されるのは、とても名誉なことだと思い、私もうれしい。巻頭は、「心の花」所属の訳者だけあって、やはり佐々木幸綱氏の作品。サキサキとセロリを噛みいてあどけなき汝を愛する理由はいらずlike a childmaking fresh, crispy soundsyou crunch celery sticksI don't need a reason to adore you(「サキサキ」の訳に、なるほど・・と思った。)であるが、「抽出は作者によらず、作品に拠った」とあるとおり、ご自身の2首も含めて、広い範囲からの抽出がおこなわれている。中で翻訳が一番魅力的になされていると私が思ったのは、タイトルにもなった栗木京子作品。観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生ferris wheel,go round and round!memories lastone day for youa lifetime for me解釈が行き届いた上での訳とよくわかる滑らかな英語になっていると思う。コスモスの歌人では宮柊二、英子、高野公彦、小島ゆかりの四氏の作品が英訳されているが、それについては、日を改めて、もう少し詳しく書きたいと思っている。
October 15, 2007
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誰かが食べかけの林檎でも捨てたのかと思ったが、近づいてよく見たらベニテングダケだった。 齧った後があるのは、冬支度に忙しいリスだろうか、それとも、どんぐりの味にあきたダック?有毒だと聞いているが、動物たちが食べるところをみると、有毒にならない動物もいるのだろうか?昨年の日記にも、10月21日の欄にベニテングダケの写真を載せているが、あまり華やかなので、つい写真にとりたくなる茸である。ただし、昨年の欄には、駈けめぐり冬の支度をするリスが歯牙にもかけぬベニテングダケなどと一首をのせているが・・・今年の観察では、何か動物が齧ったあとのあるいくつかが見つかったので、昨年の作品には、事実誤認があったことになる。それとも、今年のリスがちょっとオバカサンだったのか??・・・まさか! もちろん、無傷のキノコにも出会うが・・・ こんなに沢山並んでいても、人々は目もくれずに通りすぎていく。今年の夏はあまり天候がよくなくて、雨も多かったので、茸にはよいのだろう。松茸のできも、例年よりよいと聞いている。
October 14, 2007
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水を汲むごとき音して昇りくるエレベーターを五階に待てり(高嶋健一)マンションの11階の部屋を住まいとして、2年あまり。外にでるときは、運動の一環としてなるべく階段を使おうかと思うのだが、荷物が多かったり、時間がなかったり、疲れていたりと、口実をみつけては、エレベーターを使うことも多い。(特に、登りは、7階から上になってくると、だんだん速度が落ちる。)で、そんなとき、ボタンを押すと、チンとベルが鳴って、シュウーッと長い音がしておもむろにエレベーターがあがってくるのを、11階の廊下でじっと待つことになるのだが、まったくこの歌に出てくるのと同じ情景。他にすることもないので、どうしてもこの音をじっときいていることになる。この一首に出会って、改めて耳を澄ますと、ああ、なるほど「水を汲むごとき音」と捉えたのは、さすがだなあと思った。そして、やってきたエレベーターに一旦乗り込むと、同じ音でも違った感じに聞えてきて、四十八階一気にのぼる擦過音この昇降機にいま孤りなる(小島静子『擦過音』)ということになる。エレベーターの中で、この音を聞くと、特に一人で乗っているときなどは、閉塞感と孤独感がせまってきてあまり好きではないし、かといって、知らない人と乗り合わせると、それなりに緊張があってこれもあまり楽しくない。でも・・・ とにかく便利だ。
October 13, 2007
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今月は以下の通り、歌会の作品を、バンクーバー新報に掲載を依頼した。バンクーバー短歌会会員作品。つらつらと八十三歳わがよはひ 会員名簿に最高齢とは(虹)巧みなる和製英語よ「ランニングホームラン」など判りやすくて(のりこ) 註 英語では”inside the park home run” と言う 西舞鶴に移りし友の絵手紙は魚踊りてはみ出す気配 (ふみ)雨の朝友快癒とのメール受け心の天気図晴れに変はりぬ(みき)時かけて縺れし毛糸ほどく時何故か感じる裡なるよろこび(みちこ) 後家となりし祖母、母、われの結びたる帯あげは紅の豆絞りなり(よしこ)我が内にある悲しみの休火山ふいに蘇り月冴ゆるなり(蓮仁)母上の縫ひかけしままの肌襦袢友は縫ひ初む二十年経て(茜)道ばたのジュースの缶を蹴とばせばすつからかんと五メートル行く(あき)かくまでにわれの病の治癒願はれわれは治ると確信したり(市)雪の残る冷たき急流に夏鮭のペア上り来たれり(唐) ジャンボ機は轟音従へ騎士のごと勇姿を広げ頭上横切る(沙羅)子鴉が親探すのか一羽来て裏の木の上カアカアと鳴く(すみえ)天上の蛇口閉めてと願ふ夏雨見つめつつセーター羽織る(希)チグリスやメソポタミアやと古き名を新しく聞くイラク戦争(とみこ) 困り果て「コムシ,コムサ」と言つてみるパリジャンのやうに肩をすくめて(友)大空を吸い込むごとく嘴開けて喉(のみど)震はせ鷦鷯(ミソサザイ)鳴く(奈津)
October 12, 2007
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雁の渡る声が聞えるようになったので、通り道にあたる土手道まで出てみた。 ガヤガヤ鳴き交す声が聞えてくると思って、北の方をみると、遠い空の方に胡麻でもまいたような黒い点々が見え、それがだんだん大きくなってくる。かなりのスピードだ。見事な編隊大編成も、小編成も組み合わせによる変化も空に描いた絣模様も・・・・などと見とれているうちに、同行したはずの夫は、すっかり退屈してスタスタとウオーキング。 どんどん小さくなってしまいました。
October 11, 2007
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イギリス映画、「Miss Potter」を見た。(2006年の映画だが、日本ではまだこの9月に封切られたばかりらしい。)ミス・ポターは、ピーター・ラビットの絵を描いて、絵本を出した人だが、あのラビット一家は、色合いが上品で、かわいらしく、いろいろなところで使われているので、おそらく一度も目にしたことのない人はいないのではないかと思う。詳しいことは公式ブログに譲るとして、英国の湖水地方の美しい景観を十分に堪能し、1902年頃のイギリスに戻ったような言葉使いや服装や交通機関や家々の風習を想像しながら、当時の女性の生き方や、悩みや喜びや、まあ、抽象的に言えばそういうことに感動しての1時間半だった。湖水地方の、ゆったりとしたFARMLANDの維持には、こういう人が尽くしていたことを知り得たことも、よかったと思う。ノブレス・オブリージというのか・・・さすが大英帝国の上流階級の女性!それと、瑣末なことかもしれないが、恋人同士が、"Miss Potter""Mr. Warne"のように、姓にミス、ミスターなどをつけて呼び合うところなど、21世紀のカナダ英語からみると、文語的で、なんだか慎ましやかにみえて、面白かった。また、使用人がたくさんいる上流家庭、お嬢様のお付き合いにはすべて立ち会う年配女性(シャペロン)、階級と格式にこだわる母と、引退してもクラブでの社交を通じて外の世界を知っていて、娘をたしなめながらも理解しようとする父など、表れるかたちは違っても、戦前の日本の上流社会にもありそうだし・・・・・一口で言えば、もし、私の母と一緒に見たらもっと楽しかっただろうと思われる映画であった。
October 10, 2007
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地元のシニアセンターに書道教室があり、短歌仲間の登志子さんが通っている。今月は、その作品が展示されているというので、見に行ってきた。 作品は見ての通りの隷書。先生も仲間も全員が中国系だそうだ。書道はもともと中国から日本に来たものだし、今でもお手本には中国の拓本を使うことが多いのに、その筆法には中国式と日本式ではかなり違いがあり、筆を持つ場所から、筆の持ち方(私が習い覚えたのと違い、指を開いて、筆のずっと上の方を持っているようだ)、その運び方(私には、一度書いたところをなぞっているように見えるが、「筆を返す」というのだそうだ。)までが、大きく異なるようにみえる。その差を克服して、中国式に筆の上の方を持って、「その方が動きが自由になる」と言って勉強している登志子さんの適応力は、すばらしいと思う。登志子さんの話では、中国系の参加者は、きちんとした学校教育を受けた人が多く、新会員でも、既にそれぞれかなり達者の字を書かれるそうだ。隷書といえば・・・NHKの中国語講座を担当されたり、その方面の著作も多い榎本英雄氏も、学生時代には隷書を書いていらしたが、今も続けられているのだろうか・・・。ずいぶん昔の話ではある。
October 9, 2007
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今日の日の出は、美しかった。(日によって、雲の量が異なるせいか、印象がかなり違う)1)シルエットで見える山の向こうの空が、ほんの少しだけ赤味を帯びてきた。 2)赤が少しずつ広がる気配を見せ・・それでも、ぼんやりと神秘的だ。 3)下から上に段々濃い赤になるクラディエーション。 起き出してきた夫が、「東京空襲の翌朝に見た空のようだ」と言う。 4)ここまで来ると、段々に神秘的な印象が薄れる。 5)待ちかねた太陽が現れる。直視できない光だけれども、デジカメであればこそ、画面をのぞいて撮影。 東に向いたマンションに住んでいるものだから、どの季節もそれぞれの日の出に感動している。それが夏の朝四時すぎの日の出であっても、冬の八時近い日の出であっても・・・。(その分、ロマンチックであるべきサンセットには縁が遠くなった。)
October 8, 2007
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午前中降っていた雨が、昼ごろになってやんだので散歩にでると、高校生くらいのチームでサッカーが始まるところに出会った。(カナダでのメジャーなスポーツは、あくまでアイスホッケーで、野球やサッカーはそれにくらべるとかなりマイナー。国際的にもあまり強いとは言えない。) 雨あがり少年サッカー始まりぬ "One, Two, Three, Yeh!" 気合ひを入れて球を追ひ重きピッチを駆け回るサッカー選手よ「取れ!」「蹴れ!」「奪へ!」ポケットに手を入れたまま寒さうに檄を飛ばすはコーチなるべしよく走る緑のシャツが審判氏 太りてゐれど息は切らさず サッカーのゲームの写真の宙に浮く白きボールは視線集めて宙に浮くボールを受けむと走りよる少年たちの頬は上気すキックするボールの音が重たげに未だ雲低き空にこだます" Way to go! " 応援席よりかかる声 選手よりむしろ元気な母か 二人よりマークされつつ蹴らむとす紺シャツチーム期待の選手ソックスにも靴にも泥のはねをあげ少年たちが走る蹴る突く 赤と黄のフラッグを手にライン際を時にダッシュす若き副審目は常にボールに向けてぬかるめるピッチを走る選手、審判 ピッチより飛び出すボールが傍に来る 息呑むほどのエネルギー持ちキックする刹那の写真撮りたくて望遠機能を3倍にする交代を命じられたる一人(いちにん)がペットボトルの水を飲み干す ひと試合終了近きトラックを次の試合のチームが走る軽々と選手と共に駆けゐるはコーチならむか ややに高齢 円陣にヘディング交す試合前 ユニフォームにまだ汚(よご)れのあらずヘディングもパスも回して待機する 次の試合に戦ふチーム以上、実況記録 & 試作。本当のところ、私はサッカーはほとんどわからないのだけれども、実際のゲームを間近で見る臨場感は、十分に楽しかった。たとえ、それが、技術的にはどうというゲームでなかったとしても。
October 7, 2007
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北原白秋の「かなしき」(「金扁に質」の漢字一字のタイトル)という添削実例集のことは、以前から話にきいて、興味を持っていた。時代が違うから、そのまま自分の作品には使えないかもしれないけれども、「言葉が頭のなかにたくさんあって、一度詩に向かうと、機関銃のようにどんどん飛び出してくる天才」(鈴木英夫氏談)であった白秋の添削を、じっくり読んでみたいものだとながいこと思っていたのだが、ふと、今回思いついて、インターネットで検索してみたら、なんとヤフーオークションに出品されていた。しかも、初版本である。早速詳細を見ようとしたら、なんと、本当に残念なことに、「このオークションは終了しました」とされて、もう落札されていたので、がっくり。「いいよ、いいよ。きっと、こんな本の初版本なんて、私の手の届く値段じゃあないんだから」と思って、でも、念のために落札価格をみたらたったの1000円! 1000円だったら、私でも払えるし、海外まで送ってくれないにしても、娘に頼んで受け取っておいてもらえば、なんとかなるではないか!残念なことをした。教訓:欲しいと思った本は、とても手に入らないと思っても、オークションの場を時々調べてみること。思わぬチャンスがくるかもしれない。(・・・・けっして、オークションの宣伝をするわけではありません。念のため)付記物欲しそうな日記をUPした次の日、「なんだ、そういう本が欲しいのか」と、主人がインターネットを探してくれた。「ほれ、早く注文しろ」と威張られながら、早速注文。800円プラス送料で、見積もりはこれから届くことになるらしいが、オークションの1000円よりも、200円も安い!どちらも、保存状態は悪いということだから、ちょっと何ともいえないけれども、これでまた当分、主人に頭が上がらなくなる。ちなみに、私の「かなしき」での検索にひっかかってこなかったか理由は、「かなしき」の字がむずかしいために、オンラインショップでの表記が、「?」に化けていたからという簡単なことであった。主人は「白秋」「添削實例」で検索したようである。マケタ!
October 6, 2007
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題詠マラソンの継承企画、題詠BLOG2007に参加していたのだが、今日、100首目のトラックバックを終わって「完走報告」をUPした。2003年目に、五十嵐きよみさんのお世話で第一回目の「題詠マラソン」が始まって以来、今年で5年。UPした歌だけでも、合計500首。そのために詠んだ影の歌をいれると、さて・・・、何首になるやらそれもこれも、健康であったからできたことだと、あらためておもいかえしている。私の場合、毎年、限りなく最高齢に近い参加者なので、歌柄がずばぬけて古かったり、おとなしすぎたり、材料がとしよりじみていたりして、ちょっとたじろぐところがあるのだが、まあ、それもご愛嬌として、「こんな風に、年配者にも若い者にも参加できるし、インターネットなら、外国に居ても国内にいるのと同じようにリアルタイムで参加できるのですよ」という宣伝にはなるのではないかと、ドーンとしていることにした。なお、今年の作品は、フリーページの題詠blog2007 にUPしている。
October 5, 2007
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ありさとふ名の少女をり〈狭き門〉読みたるひとを親にもてるや(樹口圭子 --- コスモス10月号)コスモス10月号が届いた。まだ読み終わっていない9月号を、ちょっと横において読み始めている時、目についたのが上の一首。また昔話になるけれど・・・・中学一年のとき、「伊藤ねるり」という名前の音楽の先生が転任していらして、最初の授業で、黒板に「ねるり」と大きく書いて、ご自分の名前の由来を話された。「ねるり」って、変わった名前でしょう? 子供の頃は、名前のせいでずいぶんいじめられたのよ~。でも、あるとき、父に「どうしてこんな名前をつけたの?」って泣きながらきいたら、『虐げられた人びと』という本を出してきて、「この本を読んでごらん。ここに出てくる「ねるり」っていう子は、どんな困難にも負けないで明るく過ごした強い子なんだよ。だから、何があっても負けない子になるように、君にはこういう名前をつけたんだ」と教えてくれたの。早速その本を読んでみたら、自分もすっかり「ねるり」が好きになり、自分の名前も大好きになりました。そうか、そうか・・・というわけで、私も早速図書館で借りて読み始めたのだけれども、中学一年生の私には、ドフトエフスキーの宗教観も難しかったし、内容の暗さと重さも辛かったし、長編に根気が続かなかったしで、途中で放棄。以後XX年間、放棄のしっぱなし・・・。ただ、ねるり先生のお父さんがとても感動なさった本だという印象は強く残った。ねるり先生は、多分昭和一桁前半のお生まれだろうと思うが、その時代には「ねるり」は本当にめずらしかっただろうから、お父上にはよほどの思い入れがあったに違いない。「ねるり」とふ名の女性(ひと)をりき『虐げられし人びと』を読みし父を持てると (樹口圭子さんのまねをしましたので、自作としては発表しませんが、「私の場合は、こういうことでした」ということで。)
October 4, 2007
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