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秋晴れの見本のような日曜日。もう、早いところでは、落葉が散らばっていた。拾ってきた落葉をスキャナーにならべてスキャンして作った料紙に、宮柊二「忘瓦亭の歌」よりの一首を書いてみた。 散り層む落葉は妻に掃かしめず出でて折々一人見むため
September 28, 2014
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カナダのニュースチャンネルでは、くりかえしくりかえし御嶽山の噴火のニュースを放送している。A mountain in the centre of Japan Ontake-san..... もちろん、TVジャパンでも。テレビの画面のこちらからみていると、本当の恐怖感は湧かないのだけれども、現場にいあわせたら、どんなだっただろう!被害が少しでも少なく収まりますように・・・。山の上で避難の途中でとった動画も放送されているが、ちゃんと写っていないところが、かえって怖い。
September 27, 2014
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短歌は、もうずいぶんながい間、かなり熱心にやっているのだけれども、なにやらちっとも進展がない。なにか、よい勉強方法はないかと思っていたところ、この春、インターネットの無料コースで、俳句の講座があるのがわかった。俳句の実作が私にできるとは思わないけれども、俳句の側に立って、短歌を見たら、なにかまた見えてくるものがあるのではないか・・・と思って、申し込んだのが6月だったか、7月だったか。で、その講座は8月25日にはじまって、今週が最終週。 「コスモス」の30首詠も投稿したあとになるし、丁度よいと思っていたのだが、急遽、忙しい時期にあたってしまったのだけれども、講義をmp3プレーヤーに落して、台所仕事などをしながら、何度も聞いて・・・ ま、なんとか追いついてこられたような気がする。俳句講座というから、実作かと思ったらそうではなく、和歌から説ききおこして、俳句がどういうものかを勉強する講座で、第四週では、HAIKUの話まで聞けたので、私には最適。短歌の歴史を整理するにも、必要な知識もいろいろあった。国文科というのは、こういうことを勉強するのかと思うと、国文科出身の方々を改めて尊敬。最後に、芭蕉の俳句の中から、講座で扱わなかった一句を自分で選んで、講座で習った考え方を使って分析して600~800字のレポートを書くという課題がでていて、そんなもの、出来そうもないと一日のばしにしていたのだけれども、おりよく(?)足首捻挫などしてしまったので、この際・・・と書いてしまった。もし、これで論の呈をなしていたら、捻挫のおかげだ。 実は、受講料が高かったら、申し込まなかったかもしれないが、その代わり、一旦、申し込んだら絶対に終了できたと思う。ところが、今回は、「無料講座」ということで、うれしくてすぐ申し込んだものの、途中で脱落してしまうのではないかと、かなり不安であった。でも、期間内に、課題も出し終えて終了できて、短歌に反映するかどうかは別として、俳句の本をたのしく読めるようになったのが、自分にたいしてちょっと自慢!講師の先生にも、スポンサーやスタッフのみなさんにも大感謝。どうしてこういうことができるのかは、疑問だけれども、また何か、自分の興味に合うものがあったら勉強させていただきたいと思っている。
September 26, 2014
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よい天気だと思っていたら、なにやら、東の空に黒い雲が・・・ お!これ、何かに似てませんか?今年最後の南風に乗って、北の方に飛んでゆく・・・・あれは、太ったスパイダーマン!・・・・と、孫が言っておりました。 最近では、スーパーマンよりも、スパイダーマンの方が人気があるようです。これは短歌の種にはならない・・・・でしょうね。
September 25, 2014
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「コスモス」のお仲間で、アナハイムで、ご夫君と和菓子屋さんを開いていらした曽根川伊都子さん。一度だけ、お店に伺ったことがある。丁度、旧正月の頃だったので、はなびら餅を、ご夫君が作っていらした。鶴屋八幡で修業されてから、アメリカに来られたご夫君と伊都子さんは、どうやら、アメリカのどこかで、出会いがあったらしい。はなびら餅は、私が日本の鶴屋八幡で見たものよりも、ちょっと大きめだったが、アメリカ人には、それでないと通じないのだそうだ。お店から近い大きなお宅には、猫がいたような記憶がある。その後二十数年、ご主人がまず、そして、昨年には伊都子さんが亡くなってしまわれたけれども、この度たまたま、伊都子さんがコスモスに出された歌を見直すチャンスがあって、すっかり感動してしまったので、出詠作から10首抽出して、UPする。たびたび、夜中にかかってきていた電話で、いったい何を話していたのだろう。もっと、短歌の話をして鍛えていただいておけばよかった。高曇る下にまた雲湧き立ちて半年ぶりの雨待つ夕べアナハイムからロスに移って、日本人街の高層住宅での一人暮らしだった頃の歌。雨の少ないロサンゼルスの夏、どんなに待っている雨かが、雲を見ている作者の視線からもかんじられる。「高曇る下にまた雲湧き立ちて」の動きある描写が、特によいと思った。気がつけば風向計はこちら向き夏を連れくる天上南風ああ、もう、夏が来る! と、南風に思う。結句に、良寛和尚の 天上大風 を下敷きにしたあたり、巧み。ながい間 一戸建てに住んでいらしただけに、「天上」にふく風に特に思いがあったのだと思う。 姿よし色よし香のよし雨によしにほんにおけよ日本の桜ほんとうに、日本の桜は美しい。それは、良さをひとつずつあげても、言いつくせないのだけれども、ただ一つ不満がある。アメリカに植えて数年たつと、日本の桜が、なんだかたくましくなって、花もおどろおどろしくなって・・・・たじろぐ。きっと、作者も、下の句でそれを言いたかったのだろう。 四句の「にほん」と、五句の「日本」の区別が、絶妙。にほん ではひらがなで咲いていた桜が、アメリカ大陸にくると、漢字で、それも画数の多い「櫻」として咲いてしまうのだから・・・・。瀬戸内より空輸の鯛はふるさとにもう帰れぬぞ半身になりてこれは、瀬戸内海に面した広島県に生れそだった伊都子さんが、鯛にご自分を投影しての一首だと確信。帰るさに手を差し伸ばすもの言はぬ夫の唯一の意志なりこれは・・・・・・ なんもいえない。生きる人逝きにし人も華やかに集へる中を夢にさまよふあの世の人も、この世の人も、意識のなかで、時々ゴチャゴチャになってくるのは、私だけかとおもったら。でも、これは真実が見えてきているということで、あの世もこの世も、たいして違わないのかもしれない。行って調べてくるわけにはいかないけれど。もうここでタオルが来てもいい頃とセコンド探すあしたも晴れかこのころの作者は、ほんとうに大変だった。ご自分も自由がきかなかったのに、介護もしていらしたのだから。 尽し切りしは泣かぬと人に言はるるも尽し足りぬか涙あふるる・・・ 私には、何も言う資格なし。七七忌併せ執する散骨の船は散華を捲きて白波筏に供花と遺灰を置いて海にうかべて見送った・・・・と、あとでうかがった。それぞれの葉はそれぞれに動きをり幾つもの風この大木を過ぐ人生そのものを詠んだ集大成だと思う。
September 24, 2014
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おそらく、この秋では最後になるかもしれないほどの、よいお天気。ちょっと頑張っていた仕事も、締め切りより一日はやく仕上げて送信することができ、ホイホイと喜んでゴルフにでかけた。最初からなんだか、調子が変だったけれども、しばらく座業が続いたせいだろうと思い、準備運動のつもりで気にせず、ごくごくおおらかに、にこにことプレイしていたのだが、7番グリーンのエッジでパットラインを見てから立ち上がって二歩くらい歩いたところで、ミシミシミシと足が鳴った感じがして、みごと右足首捻挫! (スプリンクラー・ヘッドが埋っている凹にはまった!!!)一緒にいた人たちに支えてもらってたちあがり、パターを杖に、8番ティーグラウンド横のベンチまで歩いて座った。ゴルフバッグに入れてあったサロンパスを貼り、肘の具合が悪くてつけていたサポーターをはずして足首に嵌めて「ああ、私は、なんと用意が良い人だろう」と自嘲。その間に、同行の人がプロショップに電話してくれたので、初期対応が終わるかおわらないかの裡に、プロショップのお兄さんが電動カートで迎えにきてくれた。痛むことはいたむし、力が入らないけれども、かつての捻挫体験(!)にくらべると、たいした痛さではない。駐車場の車まで送ってもらって、とにかく、腫れてこないうちに、帰宅した。右脚をいためると、オートマティックではあっても、車の運転には、なかなか我慢がいったが、これだけは仕方がない。一本道で、約8分くらいのところだから、そこは気をひきしめて、無事クリヤー。アパートの駐車場から、エレベーターまでの道のり(ふだんならなんでもなに)をどうしようかと思ったが、荷物が多いときのために、折り畳みカートをトランクに入れてあったのを思い出し、それにすがって、さらにそこも無事クリヤー。捻挫してから自宅のリビングに座りこむまで、推定時間20分。すごい!
September 23, 2014
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遠近法の見本のような小径。木陰のトレイルで、犬の散歩の人達と、そこここで出会った。
September 15, 2014
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ゴルフ場の池のほとり、石と同じような色をした青鷺が大きな羽を広げて降り立った。この池には、魚はいないけれども・・・・ 蛙がたくさんいるらしい。こうして写真にとってみると、頭の割りに、ずいぶんと眼が大きいのに気付く。
September 14, 2014
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地球の磁気の活動が活発なので、今夜と明日の夜は、バンクーバーでもオーロラ が見えるかもしれません。また、その影響でGPSや、テレビの画像が乱れることがあります。と、テレビのニュースと、天気予報の両方で度々お知らせがでる。「見える」と言っても空は広いし、夜と言っても時間はながい。ネットで検索しまくっていたら、私の住むリッチモンド市では、「午前1時~2時の頃に、北北西の方向に見えるかもしれない。」とわかった。ずっと以前に、1月のイエローナイフで、空いっぱいのすばらしいオーロラを見たことがあるのだけれど、気温は零下20度で、まつ毛も凍る寒さに耐えて、借り物の防寒具を着て見たのだから、まさか、そこまでのオーロラが見えるとは思わないけれども、青白い光がゆーらゆーらするだけでもいいから・・・・。それに、オーロラを見に行くとなると、飛行機代が、日本行きの格安航空券くらいは、かんたんにかかるのだから、自宅から見えるようには望まないまでも、5分か10分、ドライブをして川岸にでもでれば、見られるというのだから、こんなバーゲンはない。・・・ということで、昨夜は、1時に起きようと思って、8時頃にベッドに入って・・・すぐに眠ってしまった。で、或る時、空一面がす~~~~っと赤いので、うつくしいなあ・・・・と、夢だか本当だかわからないままに見えていてびっくり。南半球に多いという赤いオーロラなのかなあ・・・とか、それでも、うっとり見ているうちに、オーロラにしては動きがなのに気がついた。さらに、ふと、「あれ、この窓から見えるのは東だっけ!」と気付き、あわてて時計をみたら・・・ 朝6時を過ぎていた。単に、夜明前に空が赤く染まったのを、寝ぼけて眺めていただけなんて、マンがにもならない。いつも、3時や4時に起きてこまってしまっているのに。久しぶりに、10時間くらい続けて眠ったので、気分爽快なので、うれしいような、うれしくないような。
September 13, 2014
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このところ、締め切りのある仕事で机にかじりついていて・・・・ 久々に外にでたら、この通り!秋が来て、葉の色が変わっていた。今日は、長男の50回目の誕生日。ありがたいことだが、その一方、自分の年齢を知らされる思いで、少々、複雑な思いがある。私が母親になったのは、24歳、26歳、29歳 だったので、私が50歳のときは、一番若い娘でも、すでに親元を離れて東京の大学に行っていたことを思うと、まだ10歳の息子のいるおとうさんには、これからがだいへんだなあ・・・。いろいろ無理をしているようだが、健康に気をつけて、息子が一人前になるまで見届けてもらわねばと思う。息子が生れたのは東京でのことだったので、入院した時はまだ暑くてたいへんだったが、1週間後に退院したら、すっかり人々の服装が秋向きに変っていた。産後で体力がない時期に、毎日、じめじめと雨が降って、おむつがかわかなくて困ったこととか、馬鹿丁寧におむつの一枚一枚にアイロンをかけ、皺があかちゃんのおしりに痛くないように・・とか気をつかっていたこととか、本人に話したらいやがられそうなことばかり、頭にうかぶ。昔のことばかりよく覚えているのはあぶない・・・・というが、それがあまり昔のことに思えないのが、もっとあぶない。
September 13, 2014
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バンクーバー短歌会の9月例会。・・・となれば、やはり短歌のハナシを書くのがオーソドックスだけれども、ここは、わがうちの俳味を発揮して、実りの秋の話。農園を経営しているOさんと、家庭菜園が収穫期を迎えたSさんのおかげで、こんなにたくさんの、新鮮野菜をゲット。一般の店では、めったに手に入らない枝豆とか、やわらかい牛蒡とか、ピンッとして水菜とか。ひとまず、お盆に乗せて写真をとってから、さて、これをどう料理しようかと考えながら、ひとつずつ冷蔵庫うに入れたり、さっそく今夜のために料理をはじめたり・・・と、気持ちが華やぐ。でも、少しは短歌との関連がないといけないので、野菜の短歌を詠まねば!!
September 12, 2014
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テレビのニュースを見ていたら、となりのアルバータ州の州都カルガリーでは、まだ九月だというのに、かなりの雪が降ったらしく、ひまわりの花に雪が積もって、つららがたれている写真が出てきた!梅の花とか、柿の実に雪がつもって美しいのを見たことはあるけれども、テレビでとはいえ、ひまわりから氷柱なんて!雪には慣れているカルガリーでも、夏の雪はタイヘンらしい。あちこちで、停電がおきているそうだ。900キロくらいはなれた私の住んでいるバンクーバーでは、今日は20度くらい。室内と室外の温度が同じくらいで、適温。朝から曇っていたけれども、昼近くなって、陽がさしはじめた。
September 10, 2014
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ここ数日、空に〇があるだけの写真が続くが、今日の月も美しい。月ははじめもをはりもよろし・・・ (とか、ちょっと、パロディー)下の方に雲が出ていたので、見え始めたときには、こんな風だった。でも、昨日の月の出よりも、時間が遅くて空が暗くなっているせいか、大きく見えるような気がした。一番、明るく見えた頃そして、悠々と睥睨する月人里離れたところでこんな月を見たら、精神の安定が崩れそうな気がする。
September 9, 2014
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今夜は、仲秋の満月。中国人のお店には、「香港製」の月餅がたくさんならび、過剰包装されて、かなりのお値段。月の出は、7時半くらいだったのだが、まだ空が明るいので、うっかりしていたら、もう、月が出てくる瞬間はのがしていた。♪ 出た出た 月が まるいまるい まんまるい 盆のような 月が ♪♪ 隠れた 雲に ♪♪ 黒い黒い まっ黒い 墨のような 雲に また出た 月が ♪♪ まるいまるい まんまるい 盆のような 月が ♪古くから歌われて、今でも覚えているような歌は、さすがに、情景を網羅していて、この上、短歌を詠む隙がないような感じだけれども、今の短歌の先生たちには、「盆のような」とか、「墨のような」とかが、「手あかのついた比喩ですね」と批評されるのだろう。 そんなケチをつけている間にも、東から出た月が南にかたむきつつ、刻々 上っていく。・・・・・・そして、枇杷色だった月が 白い月となりだんだん南の方に回り込みつつ さらに上っていって、雲のうしろに入っていきました。
September 8, 2014
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このところ、また久しぶりに 急ぎの仕事でがんばっているので、「わき目もふらず」状態なのだけれども、小さなアパートに住んでいるので、テニスの中継を見ている人がいれば、やはり、隣室にいてもかなり聞えてくる。で、だれかが普通にインタビューに応えていたので、「外人」が二位になったという風には聞えなかったのだけれども、「あれ? 内容は、外人!」テレビのあるリビングルームに出て、テレビ画面みたら、錦織選手のインタビューだった。お門違いの褒め方だけれども、錦織選手の英語って、ほんとうに自然。テニスを褒めなくては失礼なのに、なにしろ、見ていなかったものだから・・・。「ここまで上る前に、長い試合もたくさんこなしたから、疲れていたんだよ」と、主人は言っていたけれども、この後も、次々とたくさんの試合が続いていくらしい。これからが楽しみな人に、そんなに無理をしてもらってしまっていいのかしら。・・・と、年寄りとしては心配になる。・・・なんて心配よりも、自分の心配をしなくては!
September 8, 2014
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バンクーバーらしくない大雨で、暗い一日だったが、夕方7時過ぎになったら、俄かに東の空が明るくなった。「きっと虹がでる!」と、ベランダに出てみたら、南東に右脚、東北東に左脚が立ち始めていて見ているうちに、どんどん明るくなり、二重になってきた。冬の虹は孤が低いが、夏の虹は高いので、客の部分はほとんど地面に垂直に出る。虹ふたへ神も恋愛したまへり(津田清子)を、またも思い出した。でも、昔の歌言葉では、「恋」という言葉の本意は、「辛く哀しい恋」だそうだから、お気の毒で神様にはオススメできない。
September 3, 2014
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