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先日訪れた鶴岡は素晴らしい町だと、いつも思う。ところで、この仙台から車で行くと、高速道で山形市まで約1時間。そのあと、さらに2時間近く時間を掛けて達するのだが、進路としてはかなり北に寄っている。従って、鶴岡に着くと、宮城県でいうと石巻はおろか、大崎よりも北で、栗原市(築館)や南三陸町あたりと同じ緯度レベルにまで北上している。酒田市は鶴岡より北だから、宮城県でいうと気仙沼市とほぼ同緯度。意外なことだが、宮城県域の北限はもちろん気仙沼市で北緯39度線上あたりなのだが、山形県の北限(遊佐町や鳥海山)は、宮城の北の端よりさらに北にある。ところで、山形県の沿岸部は新潟県に押し出されるような形でかなり北に限られており、言い換えれば新潟県がずいぶんと北にまで張り出している。鼠ヶ関が両県の境目だが、これは太平洋岸では新北上川の河口である追波湾あたりが同緯度になる。つまり、同緯度くらべをすると、新潟県が、宮城県の黒川郡や石巻市よりも北に飛び出しているのである。宮城に住む私たちは、何気なしに、石巻は西に国道47号で酒田にいくから、ちょうど東西に同緯度くらいかなという感覚を持っているのではないだろうか。実際は、酒田はかなり北。新潟県は福島県の西くらいの方位感覚でいるのだが、実際は、山形県をはさんで、宮城県の南から半分以上にまで「肩を並べて」いるのだ。■関連する過去の記事 同緯度くらべ (06年6月29日) その他、各地域や主要都市に関する方位感覚など何度か記事にしております。
2015.07.29
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北国生まれの私は真夏の暑さに弱い(と毎年今頃言っている)。昨日の仙台はことし初めて35度を超えた。日の最高気温が35度を超えた日数を、気象台のデータからひろってみたら、仙台は毎年一日あるかゼロかというところ。2010年には2日あった。ちなみに30度以上だと、年間20から40日程度。近年では、2010年は48日と多く、逆に少ないのは2013年の21日。もう少し遡ってみると、08年(11日)、09年(10日)などは冷夏だったということになる。同じく、「山形」を見てみると、35度以上は今年すでに5日を数える。近年はだいたい一桁の後半という感じだが、多い年だと2012年で16日などとなっている。30度以上は30日から50日程度で、やはり仙台より10日くらいは毎年多いようだ。近時で多い年は2010年(67日)、12年(62日)など。「福島」は、2010年に、30度以上が72日、35度以上が24日を記録している。山形よりも、真夏日や猛暑日の年間発生数は多いようだ。さて、夏に弱い私の話題に戻ると、食欲が落ちて、しかし何故か、やたらと冷やし中華や白石温麺ばかり食べたがる。冷房の電車やバスから外に出るたびに、暑さにめげる毎日。夜はすぐ眠れるが、早朝に起きてしまう。ビールは飲める(飲みたくなくなる訳ではない)が、翌日にスッキリしない感覚が残りがち。こんなところが、わが特有の「ガオった」状態です。はい、今年もその域に達しました。
2015.07.28
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前回記事(ついに体験 冷やしシャンプーin山形(2015年7月25日))で、山形市内で冷やしシャンプーをしてもらったと書いたが、この日の昼過ぎまでは、鶴岡に居た。お昼は鶴岡市内の「みその食堂」さんにお邪魔した。家人が何かで調べていて是非訪れたかったようで、前日羽黒山の杉並木の石段を登ってきた帰りの午後2時前にも立ち寄ったのだが、木曜が定休日のようだった。それで、一泊のあとのこの日、改めて訪店したのだった。家人は担々麺を注文。見るからに美味しそうだ。テーブル上にも担々麺だけの案内があるから、看板メニューの一つのようだ。私はと言えば、ロースータンメンを注文。ロースーとは何ですかと家人が聞いたら、店の方が具材の種類などを教えてくれたが、後から考えたら、青椒肉絲のロースーなのだろう。実際、たいへん美味しかった。店のメニューは、ラーメン、カレー、うどん、そば、など何でもあるようだ。割り箸の紙袋(上の写真でEATING HOUSEと堂々書いてあってちょっと驚いた)の裏側の写真が下だ。(なぜかサイズ比較のため千円札。)これだけさまざまな品目を出し続けて、地元の方々に定着しているのだろう。もちろん、味が良いから。店内のメニューに「ロースータンメン」とあったのが、ここでは「ロースタンメン」と表記されている。鶴岡から山形市までの高速道は、大雨。みその食堂さんのTVでプレーボールを見た山形県の高校野球の決勝戦は、高速道中のラジオによると、雨天ノーゲームになった。■関連する過去の記事(鶴岡市に関すること。たくさんあるので、下記リンクをご覧ください。)記事リスト「山形」
2015.07.26
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猛暑と突然の大雨。金曜日(24日)、夏まっただ中の山形市内にいた私は、本物の「冷やしシャンプー」を体験した。写真は帰りにいただいた冷やしシャンプー。サイズ比較のため、イーグルスのポケットブック夏版。冷蔵庫に入れて試してみれば、ふたたび爽快感が味わえるということでしょう。ありがたい。500円の体験コースを案内するホームページのプリントアウトしたものを持参していたので、最寄りの、山形駅近くのW店に立ち寄り、お願いした。店の方によれば、やり方は店によって違う。氷水を使うイメージもあるのだがと聞くと、それは髪を傷めるので勧められないという。なるほど。メンソールの効いたようなシャンプーと、マッサージで、首から上が軽くなった気分。大変さわやかになった。関西から冷やしシャンプーしてもらいに来店した方もいるとのこと。ネーミングもいいし、県内の多くの理容店で共同して取り組んでいるのが良いと思う。■関連する過去の記事 山形発冷やしシャンプー 編集長も試してみる(08年8月18日)
2015.07.25
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前回の日記(奥津軽いまべつ駅の開業と観光ルートを考える(2015年7月19日))に続いて、考えました。前回の記事を書いた翌日に、NHKでは、自転車愛好家が津軽海峡や陸奥湾の景色を楽しんでサイクリングするイベントの映像が流れていた。新幹線駅開業の交流人口拡大をねらっているという。これは面白いと思う。バスのツアーも良いが、自らペダルを漕いで風を感じながら海沿いの街道を走りたいと思う人も少なくないだろう。たいした観光名所もない、あっても広く分散しているから観光ルートも設定がむずかしい、移動に時間がかかる、などという悩みがあるものと推察するのだが、それを逆手に取るのが自転車。一見何もないところでも、自転車なら移動すること自体が楽しい。適度に走って、小さなスポットで足を止める。そんなルート設定なら、津軽半島はいろいろ考えられるはず。夏の北海道のレンタカードライブがある時期大いに流行ったように、初夏から秋にかけて、奥津軽いまべつ駅に行けば、ツーリングタイプの自転車をレンタルできて、コース案内や休憩スポットも充実、温泉にも浸かれて、気ままに1泊でも2泊でもできて、また駅に戻って仙台や東京に帰る、そんな観光のメッカに仕立ててはどうだろうか。ちょっと足(自転車)をのばして、三厩、小泊、十三湖、旧車力村あたりの海岸、縄文博物館なども。海岸美、夕陽、歴史、あるいは津軽平野の田園を伸びやかに走るもよし。観光客をバスで運ぶのではなく、ツーリストが自由に行きたいスポットや通りたいルートを設定する。そのための基礎情報は、休憩場所や宿泊場所も含めて、もちろん地元が豊かに提供するという構図だ。家族でも楽しめるような気がする。我が家の子ども達も小さい頃は自転車が大好きだった。鳥海山麓に行った際には、2日目もせがまれてレンタサイクルやったくらいだ。子ども達ならあまり遠距離ではなくて、近くに自然の中で農業や動物とのふれあい、食産業の手作り体験などのスポットがあるとおもしろいように思う。そんな自然体験型で主体的な交流人口受け入れ構想は、どうだろうか。
2015.07.22
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今朝の河北新報(ワイド東北面)には、来春開業の北海道新幹線に関連して、「奥津軽いまべつ駅」を活用した観光周遊ルートと二次交通の開発に悩む地元の話題が出ていた。新聞記事にあった「高野崎」はたしかに知られていないと思うが、すばらしい所だった。海峡を挟んで、北海道と下北がみえる。2年前の青森の旅ブログに乗せていない写真を何点か引っ張り出して、掲載します。(気になったいたことを思い出した。高野崎は美しいところだが、犬のフンが多すぎ。足元を見て歩かないといけないくらい。地元の方々に気付いてほしいです。)高野崎の灯台海雲洞釈迦堂吉田松陰の東北視察をしるす石碑新駅は、従来のJR北海道の海峡線「津軽今別駅」を廃止して同位置に設けられる。すぐそばにJR東日本の津軽線「津軽二股駅」があり、連絡通路があって繋がっているようだ。青森県による新駅開業に伴う事業化検討では、日帰りバスツアー(太宰と奥津軽号、4980円)を設定したが、利用者は伸び悩み、採算性は困難。そこで、今年度はあまり知られていない高野崎などをコースに盛り込んで差別化を図ってリピーターを狙っているのだそうだ。しかし、県から委託されている弘南バスでは、県のもくろむ低料金設定での集客は無理と本音をもらしている。当ジャーナルの私見。私の旅は、竜飛崎から松前街道をとおり、津軽海峡越しにのぞむ北海道や下北の仏ヶ浦などの景色などに、(地元で暮らす方には失礼ですが)「ああやっとここまで来ることができた」と実感を得た。また、義経北行伝説もそうだが、藤原政権が平泉を中心に平安浄土の北縁と認識し、津軽安藤氏が交易で北方世界と交わり、さらには幕末には砲台を置くなど外交の最前線でもあったし、赤根沢の赤岩もユニーク、吉田松陰も通った道がある。ロマンや情緒を感じるには十分すぎる最果ての地だ。提案だが、思い切って蟹田から船を使って、仏ヶ浦を眺めたり、上陸して下北半島のひなびた雰囲気に浸るのはどうだろうか。なに、下北は八戸駅から陸路ですぐ行けるといわれそうだが、そうではなくて、奥津軽の別世界を入り口として、海を挟んだ下北の鄙びと非日常さをそのまま味わってもらえるのではないだろうか。マグロ、イカ、ホタテ、一泊温泉に泊まってもらってもよし、なんだったら津軽と下北の双方の森林鉄道あとの見学など組み入れると素晴らしいと思うが、それはちょっと「通」すぎるか。外ヶ浜の絶景と歴史ロマン、そして、下北半島の地の果て感。死ぬまでに一度は行きたい旅と名付けても大げさではありません。基本コンセプトは、ありのままを見てもらう旅。絶対に印象にのこる旅になります。都会の現代人が心の隅に残している最果てに向けた憧れ、近代を生きてきた私たちの足跡、そして土地に染みついた日本の心を味わっていただこう。青森県交通政策課で苦慮されているとのことですから、ぜひ当ジャーナルにプラン提案をご依頼ください。あまり参考にならないかもしれませんが、青森ファンの一旅人の立場にて鋭意検討し、提案をご返信いたします。■関連する過去の記事 貴重な資源だった赤根沢の赤岩(2013年7月15日) 青森市森林博物館と津軽森林鉄道(その2)(2013年6月19日) 青森市森林博物館と津軽森林鉄道(その1)(2013年6月18日) 蟹田から蓬田へ(2013年6月17日) 平館灯台と不思議な高層建築(外ヶ浜町平舘)(2013年6月16日) 赤根沢の赤岩(今別町)(2013年6月15日) 袰月海岸、高野崎(今別町)(2013年6月14日) 厩石と義経寺(2013年6月13日) 芦野公園と津軽森林鉄道(2013年6月4日) 下北半島の森林鉄道(2013年5月6日) 津軽森林鉄道(10年5月8日)
2015.07.19
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昨日(14日)は午前中から気温が上がり、県内では観測史上最高気温を記録したところも。丸森の37.6度、気仙沼の36.7度。今日も暑かった。熱中症疑いで救急搬送が続出のようだ。暑さ続きは体力を消耗させ、集中力をそぎ、活動の効率が下がる。あちらこちらで、ガオったガオったとの声がでていることでしょう。しかし、こんな時こそ落ち着いて、水分補給と適切な室内環境設定で、乗り切りましょう。
2015.07.15
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猛暑の山形からの帰り。午後4時半頃だったろうか。山形自動車道を村田JCTに向かうと、右手に黒煙が上がるのが見える。夏の青空にまっすぐに伸びあがって、上空には薄く白雲のように立ちこめている。野焼き、いや山火事だろうか。川崎ICを過ぎて進むと、火の元に近づく。上空は白煙だが火元は真っ黒の煙が盛んに出ている。まもなく、林の間から、真っ赤な火の手も垣間見えた。停まるわけにも行かず、よそ見運転もできないので、はっきり確認できなかったが、場所は、前川小学校の付近で集積のない農業地帯の中という感じだろうか。あるいは、村田町域に入ったかも知れない。高速の南側だ。一瞬に見えた火の手は、どうも一件の民家か作業小屋を燃え尽くしているようだった。赤く、黒く、踊るように巨大な火焔だった。大きな被害にならなければいいが。
2015.07.12
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今朝の河北新報の記事で、横荘線の敷設免許交付100年にあたる今年も、鉄路の記憶を後世に伝えようと、線路跡をたどるウオーキングが開催されるという。旧横荘線の東線、西線の地図や現在は県道となっている浮蓋トンネルの写真が載っている。人類と高速交通の関係は日が浅い。鉄道の歴史はまだ100年ちょっとなのに、レール、駅、鉄道、鉄橋は人々の心の根っこを揺さぶり起こすような存在だと思うことがある。だが、廃線跡の風情にも本能に響くものがあるから不思議だ。■関連する過去の記事 庄内と秋田の新幹線延伸構想(2015年4月14日) 幻の鉄道計画 改正鉄道敷設法の予定線(その2)(2013年4月20日) 幻の鉄道計画 改正鉄道敷設法の予定線(その1)(2013年4月19日) 横荘鉄道構想(07年11月25日)
2015.07.08
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岩手日報のニュースだ。一関市の専門学校で、山岳救助などを想定してドローンがAEDを運ぶ救命訓練が実演された。GPSを活用して現場にAEDを届け、救急隊が到着するまで緊急の処置を行うというもののようだ。私は、ドローンには多面的な活用可能性があると思っていたが、これもナルホドの活用事例だろう。ドローンと何かを組み合わせる発想で考えていくなら、食糧、消化剤、薬品、バッテリー、衛星携帯電話、文書、図書、などなどいくらでも考えられるだろう。活用シーンで組み合わせるなら、今回のような救命救助のほかにも、防災、介護、僻地、離島、老人世帯、とか。ところで、ニュースに出た学校は、国際医療福祉専門学校一関校で、同市室根町にあるという。救急救命士などを養成する学校で、本部は千葉市。一関校は2011年開設、室根校舎で救急救命学科、大東校舎で理学療法学科。室根校舎は旧釘子小学校の空き校舎を活用したようだ。人口減少による学校統合に際する施設活用の事例としても、参考になるような気がする。大東校舎の方は、旧摺沢小学校で市が無償貸与したという記事が検索したら出てきた。
2015.07.06
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NHKニュースで流していたが、日本政策金融公庫の教育ローンの利用件数。東北全体では9,574件。前年対比で695件増で、2年連続の増加傾向。公庫によると、貸付限度額の拡充が反映したという。県別に見ると、青森県1950岩手県1189宮城県2304秋田県1155山形県1167福島県1766である。震災前と比較すると、青森、秋田、山形は震災前とほぼ同水準だが、岩手、宮城、福島の3県は4年連続で震災前を下回っている。高校では、進学先を地元に変更したり断念したり、また、入学金や授業料の減免措置の反映で件数が増加していないと見ているという。上の6つの数字だけを単純に比べれば、青森県の県外進学の多さ、あるいは「教育熱」がうかがわれるようにも感じたが、そう単純では無かろう。まず、大学や専門学校への進学状況と県内県外の比率などに依存することは間違いないだろう。最近は、不況の影響で東京や関西圏など遠方の大学に進学する割合はかなり減ったと全国的に言われている。さらに、世帯の収入状況も影響するだろう。複雑と思われるのは政策的融資制度として所得要件などの関係から、奨学金制度の活用可能性(ローン回避に働くと予想)や、他の金融制度(農協など)の選好度合いも影響するはず。ニュースのように、震災による教育費減免(対学校、対世帯)のインパクトもたしかに生じるだろう。直感的には、(震災による影響ファクターは別にして、)青森県や岩手県は規模に比較して遠方進学が多いと思われ、さらに教育に投資する県民性のようなものが存在しているように思うのだが。もっとも、政策融資という一方策に過ぎないので、かりにそのような実相があってもどれだけこのデータに顕在化されるかわからない。興味深いところなので、誰か詳しく分析しておられないだろうか。
2015.07.04
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海の向こうで、ケーシー・マギーが事実上の戦力外通告を受けたとのニュースが舞い込んだ。40人枠に入らなかったというのだ。日本のプロ野球界としては、楽天優勝の立役者だし、巨人や阪神も関心を持っていた逸材だけに、獲得合戦が再燃するかもしれない。もちろん、楽天も鋭意検討するのではないだろうか。思えば2年前のあのシーズンは、素晴らしかった。イーグルス10年間の歴史で、はじめて、4番ジョーンズと5番マギーが効果的に機能していた。それが日本人選手にも好影響を与えて、少々のビハインドは覆せるという確信を根付かせ、実際に逆転勝利が多かった。ファンとしては、たまらないパターンだ。ケーシー・マギーか。打席にはいるときの独特の仕草が忘れられない。かりに仙台に戻るとなれば、市民県民は諸手をあげて歓迎するだろう。
2015.07.02
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青森のニュースで、十和田市が耐震性などの理由で新渡戸記念館を廃止する条例改正をしたのに対して、記念館の資料保有者がの「条例の取消を求めて市を相手に訴えた」というのが報じられている。ここで、条例の取消を求める訴訟というから、抗告訴訟だろう。とすると、条例制定(廃止する条例の制定ということになろうか)の処分性が論点になるはずだ。ここで思い出すのが、横浜市の市立保育所民営化の訴訟。横浜地裁が条例制定に処分性を認めたことにあれこれ論評した。■関連する過去の記事 保育所民営化が違法? 横浜地裁判決を考える(その5 見解・続)(06年6月9日) 保育所民営化が違法? 横浜地裁判決を考える(その4 見解)(06年6月6日) 保育所民営化が違法? 横浜地裁判決を考える(その3 判決の論理・続々)(06年6月6日) 保育所民営化が違法? 横浜地裁判決を考える(その2 判決の論理・続)(06年6月6日) 保育所民営化が違法? 横浜地裁判決を考える(その1 判決の論理)(06年6月6日)私の問題意識は特に、条例制定という自治体活動が実質的に行政処分と同視されるとする構成に対する疑問だった。法律と行政活動との関係(措置法・処分的法律の論点)も参考に、条例それ自体に処分的性格を認るめことは疑問だし、また、公選の議会が住民の意向を反映して意思を集約、表明したものである以上は、たとえそこに表面上一貫性がみえないとしても、あるいは政治的判断どの事情があったとしても、その手続や過程が団体自治として優先されるべきであって(国政なら立法裁量、あるいは話を広げれば統治行為論)、裁判所が立ち入って判断すべきではないのではないか、というものだった。裁判所には、条例制定行為はあくまで自治体の長の総合調整の延長で、地方議会は可否を表明するワンステップにすぎないという感覚もあるのかも知れない。実質的に考えても、私人の救済(何らかの地位の回復、損害賠償など)は、何らかの個別的な行政活動を捕まえれば良くて、あえて条例制定(可決)行為を違法とすべき必要性はさほどないのでないか。さらには、第三者との関係で判決の効果をどう考えるのかなどなど、疑問はつきない。もう10年近くにもなるが、上記のとおり当時の意識で論点は整理していた。(今じっくり読み返す時間と体力がありませんが。)その後、横浜市の事件では最高裁も、処分と実質的に同視すべき処分性を一般論としては認めた、と評されている。今回は、条例を違法といわねばならない論理構成の必要性があるのだろうか。自治体の政策法務の観点から、また、地方議会の立場としても(条例の処分性が認められる余地が広がるとすれば)大きな関心が寄せられるべき論点だろう。
2015.07.01
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