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前回記事に続いて、大館と盛岡の交流人口について考えてみる。■前回記事 大館と盛岡を結ぶ高速バス(2015年10月27日)まずは平成22年国勢調査の通勤通学の統計をみてみる。大館市常住者で他市町村に通勤通学する人の数。大館市で従業・通学 35764人他市町村に従業・通学 2945人その内訳(秋田県内 2412)北秋田市 1001鹿角市 627小坂町 412能代市 166秋田市 163 など県外弘前市 187盛岡市 20仙台市 5 などバスを利用して盛岡に通勤通学はまず居ないと言うことになる。都市間バスが便数が多いのは、新幹線利用や商業利用などであり、デイリーの通勤通学はちょっと無理があるということか。参考までに、鹿角市をみてみた。鹿角市で従業・通学 15092人他市町村に従業・通学 2475人その内訳(秋田県内 2114)大館市 1006小坂町 980仙北市 69 など県外十和田市 41青森市 22盛岡市 62八幡平市 6220仙台市 8 などやはり県境にあるため、通勤通学者にしめる市外や県外の割合が高く、盛岡にデイリーで出る人も大館よりは多いようだ。あのバスを利用する人もいるのだろう。
2015.10.29
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七ヶ浜町の民家で親子の遺体が発見された事件。次女が大館市で逮捕された。高速バス乗り場で、午後1時頃の盛岡行きのバスに乗ろうとしていたらしいとのことだ。この手の報道は、いわゆる発表報道で、一般大衆が知りたい(はずだと記者が思いこんだ)ネタを捜査側の意のままに流すおそれがあって、私は実は被疑者の人権と刑事手続の適正の観点から、いつもいやな思いをしているのだが、それはともかくとして、気になったのは大館から盛岡へのバスの便について。調べたら、秋北バスと岩手県北バスの共同運行で、大館・花輪と盛岡間。みちのく号の愛称で、一日に28便(片道14便)もあるのだ。大館発でみると、ほぼ1時間間隔だが、朝は午前4時台からあって、盛岡には7時ころに着く。東北新幹線で午前の早い時間に東京に行くニーズを乗せるのだろう。逆方向は盛岡駅2045で大館駅前2305が最終。2380円。また、盛岡への通勤通学もあるのかも知れない。いままであまり考えたこともなかったが、これだけの本数が成立していることからすれば、大館は盛岡との経済交流が強いのかも知れない。距離的には、盛岡も秋田市も同等だと思うが、東北縦貫道のおかげで盛岡に利があるのか。大館と秋田市の間の高速バスは、ちょいと調べた限りでは存在しないようだ。秋北バスには、能代と秋田市の間では一日6便(12往復)がある。大館からだと、奥羽本線が主流なのだろうか。それとも、盛岡に行ってしまうのか。このへんは経済の実勢の問題。地域を知る人に、聞いてみたいところだ。それにしても、高速バスで大館-盛岡が2時間半という時間は、意外と長いと感じる。正味で高速道の時間は1時間程度なのだろうが、大館や盛岡で利用客の便を考えて停留所をあちこち回るルートにしているのか。仙台を発着点として東北域内や全国向けのバスの便については、これまでも考えたことがあったが、東北の地方都市間の交流を紐解くのは、非常に面白いような気がする。当ジャーナルのテーマとして、次回以降分析してみます。
2015.10.27
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仕事後の移動の車中、NHKラジオで、本屋離れの話題。ネットで本を買う人が2割とか3割とかで、本屋離れが進んでいる。書店がゼロの町も全国で300を越えるという。全国で300ならば、宮城県でも3つか4つある勘定だ。震災の影響でもっと多いかも知れない。書店ゼロの町が300という「調査」を探そうとしたら、読売新聞の記事に出ていた。そして、調査の出典は、日本書籍出版協会で、本年5月のようだ。この読売記事では、書店ゼロの自治体数が全国で332ある。東北では、青森9岩手5宮城6秋田9山形9福島22となっている。福島県は、合併が進まなかったから市町村数が多いことも背景にあるだろうが、北海道47、長野35に次いで、ゼロ自治体の多い方から全国第3位。(ちなみに、ゼロ自治体皆無の唯一の都道府県が、香川県。)また、そもそも対象となる書店の定義は何だろう、店頭でちょっと文庫分や週刊誌売っている雑貨屋は入らないのだろうが、何らかの協会加盟とかだろうか。書籍の流通は独特だし。どうも気になった。宮城県で困ったときはやっぱり河北新報さんだ。河北新報出版センターのウェブサイトに、宮城県のおもな書店紹介というページがある。片っ端から読み上げて、所在地のない市町村をあぶり出す。大郷町、大衡村、七ヶ浜町、村田町、七ケ宿町、蔵王町、丸森町、色麻町、南三陸町読売記事の6より、ちょっと多い。これらの9町村には、「おもな書店」ではない本屋さんが存在している場合がある、ということだろう。次に、iタウンページで検索してみた。すると、市町村名が29出てくる。つまり該当する「書店」がゼロの市町村は6つということになる。次の町村。大郷町、大衡村、七ヶ浜町、七ケ宿町、色麻町、南三陸町これが読売記事と一致するのかも知れない。
2015.10.26
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仙台駅東口エリアは、もう30年にもなるだろうか、区画整理で立派な道路(宮城野通り)ができる前は、駅前(西口)に比べると雑然としていて、エンドーチェーンがあったように記憶しているが、実は昔の東口をよく知っているわけではない。代ゼミ仙台校は、1983年の開校だというから、意外と早い。私たちが東口をイメージするときに不可欠のランドマークだが、パルシティなどとともに、東口の「現代史」のさきがけとなった建物と言えるのではないだろうか。時代は流れて、今春、代ゼミ仙台校は閉鎖され、建物は東北福祉大学の仙台駅東口キャンパスとなった。それにしても「旧代ゼミ前」なるバス停の名前。よそから来た人には奇異に映るはず。だが、仙台人にとってはこれでないと困るだろう。このバス停の名前が変わる時が、いつか来るのだろう。(記事の続きは最後にあります。)■シリーズ 仙台百景(こんな企画で100まで続くでしょうか) ペデストリアンデッキのマーク(シリーズ仙台百景 38)(2015年6月2日) send i(シリーズ仙台百景 37)(2015年4月18日) 飲酒運転に、喝!(シリーズ仙台百景 36)(2011年9月24日) みんなのよい食プロジェクト(シリーズ仙台百景 35)(2011年5月14日) 彩雲?でしょうか(シリーズ仙台百景 34)(2011年5月3日) 耀け!!ベガルタ仙台(シリーズ仙台百景 33)(2010年12月26日) 太白トンネル(シリーズ仙台百景 32)(2010年11月23日) 富士宮やきそば(シリーズ仙台百景 31)(2010年10月17日) フェンスのメッセージ(シリーズ仙台百景 30)(2010年2月28日) 宮城刑務所(シリーズ仙台百景 29)(08年10月12日) 松森焔硝蔵跡(シリーズ仙台百景 28)(08年8月31日) 十一面観音堂(シリーズ仙台百景 27)(07年10月23日) 陸奥国分寺薬師堂(シリーズ仙台百景 26)(07年10月17日) 県民の森 鶴ケ丘口(シリーズ仙台百景 25)(07年8月26日) 一時停止だ!三時はお茶だ!(シリーズ仙台百景 24)(07年8月20日) 風の環(シリーズ仙台百景 23)(07年7月7日) 冷やし中華の龍亭(シリーズ仙台百景 22)(07年6月29日) 県民の森(シリーズ仙台百景 21)(07年4月8日) 数字の練習ボード?(シリーズ仙台百景 20)(07年3月25日) 半田屋一番町に進出!(シリーズ仙台百景 19)(07年3月1日) 仙台百景画像散歩(その18 撮影成功!霊気のトンネル)(07年2月6日) 仙台百景画像散歩(その17 変な漢字の看板)(07年1月28日) 仙台百景画像散歩(その16 駅前東宝ビル)(07年1月13日) 仙台百景画像散歩(その15 空から見た仙台)(06年12月29日) 仙台百景画像散歩(その14 光のページェント)(06年12月13日) 仙台百景画像散歩(その13 東京スター銀行)(06年11月30日) 仙台百景画像散歩(その12 建設ラッシュ再来?)(06年11月10日) 仙台百景画像散歩(その11 E721系電車)(06年7月25日) 仙台百景画像散歩(その10 ワンコイン端末)(06年7月7日) 仙台百景画像散歩(その9 ヤギさんの看板)(06年6月19日) 仙台百景画像散歩(その8 キック治療?)(06年6月18日) 仙台百景画像散歩(その7 ホテルモントレ)(06年6月4日) 仙台百景画像散歩(その6 佐々重ビル)(06年5月24日) 仙台百景画像散歩(その5 車止めポール)(06年4月29日) 仙台百景画像散歩(その4 オロナミンC)(06年4月4日) 仙台百景画像散歩(その3 東仙台案内踏切)(06年3月22日) 仙台百景画像散歩(その2 はんだや)(06年3月18日) 仙台ミステリー?風景(06年3月4日)ところで、東口の歴史?をやや感傷的につづった上記の記事とは別に、ひとこと付け加えます。代ゼミのビルのあるあたりは、観光ツアーのバスの乗り場としても定着しているように思います。わが家族も何度か利用させていただきました。また、画像のように長距離バスの乗車の場として活用されています。バス停には5本ほどの時刻表が記載されていますが、私も今年の夏に神戸行きの高速バスを利用しました。(関連する記事 奈良散策(2015年9月5日))それと、全くどうでも良いことですが、英語表記が formerly Yozemi とあります。formerly は副詞なので、former で良いんじゃないか(以前の代ゼミ)と思ったりしますが、the building called Yozemi formerly のようなダイナミックな意味内容を端的に連想させる意味で(日本語で言うなら「以前は代ゼミ」のニュアンス)、このような場合の定番的な表現なのかも知れません。どうなのでしょうか。いずれにしても、(旧)代ゼミの名がいつまで残るのか、ですね。残って欲しい気もして...
2015.10.24
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県議選関係の話は昨夜でいったん終わらせたつもりでしたが、ウーン、やはり記します。泉区の分析に驚きを感じたこともあり... 今朝の河北新報の最終情勢分析について。特に注目の選挙区について(昨日記したところ)、淡々とその表現を整理します。石巻、大崎、加美などは明日でしょう。もちろん結果はまだまだわからないですが。■青葉選挙区(定数7-候補10) 区分河北分析記事当ジャーナルコメント備考先行21共産現職2公明新人中位33無所属現職(か)4民主現職(女性)5無所属現職(き)苦戦36自民現職ベテラン(あ)7自民現職ベテラン(な)(追う)8民主新人民主新人が食い込む可能性独自1維新新人■宮城野選挙区(4-5) 区分河北分析記事当ジャーナルコメント備考優位2追って2自民現職公明現職(続いて)3共産新人(追って)4民主現職追う15維新現職■若林選挙区(3-4) 区分河北分析記事当ジャーナルコメント備考横一線3自民新人共産新人(女性)自民現職自民現職(以上横一線)懸命追い上げ14民主新人(女性)■太白選挙区(5-6) 区分河北分析記事当ジャーナルコメント備考優位1猛追3民主現職(猛追)自民現職共産新人公明新人接戦25社民現職6自民新人どちらかが最後の議席■泉選挙区(5-10) 区分河北分析記事当ジャーナルコメント備考トップ争い2公明現職無所属新人(民主推薦、元衆議)無所属新人すごい中位53自民現職(女性)4共産新人5自民新人(え)6民主現職7自民新人(し)自民が議席を減らすか、民主が議席を増やすか(推薦を含めて)最後を争う38自民系無所属新人9無所属新人(女性、元衆議)10元気新人■関連する過去の記事(今回の県議選について) 宮城県議選 注目選挙区の情勢分析(2015年10月21日) 県議選 知事の県政の是非が争点ではおかしいのか(2015年10月20日) 宮城県議選の投票率は? 復興と選挙を考える(2015年10月19日) 県議選 河北新報の情勢分析を検証してみる(2015年10月18日) 県議選ポスター掲示板で気づいたこと(2015年10月16日)■関連する過去の当ブログ記事(前回の宮城県議選関係) 宮城県議選 高点順得票で激戦を分析(2011年11月15日) 低かった投票率 宮城県議選(2011年11月14日) 県議選の印象(2011年11月14日) 県議選 石巻はどうか(2011年11月11日) 県議選 激戦の仙台市内3区(2011年11月10日) 宮城県議選 激戦区を追う(2011年11月9日)
2015.10.22
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おそらく明日の朝刊で、我らが河北新報は選挙戦最終版の情勢分析を記事にすると予想しています。出ないかも知れません。候補の当落予想もさることながら、候補者の支持浸透度合いを通じて有権者の重視する事柄は何なのかに関心を抱いております。さて、連日県議選について記してきましたが、今夜は、告示後これまでの各紙の報道を通じて、選挙の構図や候補者の浸透状況がどう表現(示唆)されているかを、注目選挙区についてまとめてみます。(各選挙区とも、当ジャーナルのつまらないコメントの後に、新聞記事をむりやり深読みした「情勢」などを掲げています。)■青葉選挙区(定数7-候補9)〔当ジャーナルのつまらないコメントです。以下この文字色同じ。〕自民のベテラン2人、無所属2人、民主1人、共産1人の合計6人の現職が再選をめざし出馬。新人は、候補者を交替させた公明のほかには、維新1人と、2議席目を狙う民主1人。従って、現行の議席をそのまま引きずった上で、維新と民主が割り込みを狙うという、花の1区ならぬ花の青葉区の割には、案外と順接的でわかりやすい構図だ。もっとも、民主の複数擁立強攻策がどう出るかが、民主自体がどれだけ表の受け皿になれるかと関連して大きなポイントか。河北(20日)は、各2人を出す自民と民主について優劣なく表現しているが、新人は追う位置のようにも読める。他の候補5人については、記載順や表現内容からは、無所属現職(菅)、共産現職、公明新人、無所属現職(吉)、維新新人の順に優位を示唆するようにも受け取れる。■泉選挙区(5-10)自民系3人のうち大物2人が引退し、それぞれ後継者を公認で擁立。公明と民主は現職が出馬。これらに加えて、新たに議席を狙う新人として、共産、無所属(自民系)、無所属(民主推薦で元衆院議員)、無所属(元自民衆院議員)、元気の会の5人が揃っており、多彩な顔ぶれになっている。河北(18日)は、保守票の争奪が過熱とする。自民現職が若手2人の切り崩しに合って躍起だとする。読売(21日)は、浮動票が多いとされた地区だが、今回は投票率低下で浮動票は減るので、各陣営は組織票固めに奔走していると紹介。記事を相当うがって読み込んでいくと、次の点が言えそうだ。○ 公明現職、民主現職が先行(当選圏か)○ 自民の新人2人は共倒れを避けながら組織作り(基礎票はある)○ 支持を広げる共産は各陣営が警戒(当選圏か)○ 自民現職(女性)は今回女性候補が合計3人となったため、女性票奪い合いで苦戦○ 他の女性2人はいずれも元衆院議員だが国替えの説明強いられ苦戦。以上から強引に想定すると、自民の現新3人、公明、民主、共産の合計6人で枠の5を争うというところだろうか。そして、自民の3人のうち誰かがはじき出されるのか。■石巻・牡鹿選挙区(5-7)前回議席を奪われた元職2人も含めて、7人全員が前回と全く同じ顔ぶれでの争い。それぞれに政治基盤を有し基礎票はもっているだろう。その意味では読みやすいかも知れないが、それ以外の要素では、復興についての訴えが響くか、浮動票を吸い上げられるかで決するのでないか。河北(19日)は、前回落選の元職2人と、自民現職、共産現職のそれぞれ復興に関する主張の違いを紹介しながらも、前回1位と2位の自民系無所属2人は今回も安泰であるかのような書きぶりだ。また、河北(21日)は、地域別の視点で、新興住宅地を抱え人口が急増する蛇田地区が草刈り場になっていると紹介する。読売(20日)は、どの候補者も復興が第一と主張し、政策論争より地域や政党を割ったドブ板の激しい戦いと表現。復興に関する訴え自体は投票の分岐を誘発せず(いわば合意争点)、従来の基礎票をベースにしつつも互いに食い込み合う厳しい戦いが展開されているのだろう。記事では、2人共倒れになる民主の懸念を紹介する一方で、割れている自民票を必至で守る自民公認候補2人の姿を紹介している。ここでも(河北同様)、自民系無所属の2人は厳しさを表現していない。以上からすると、上位は比較的順当な票読みで、無所属現職2人が先行、共産現職、自民現元の2人、民主の現元の2人のうちから誰か2人が苦杯をなめるのだが、自民と民主の計4人のうちから。最後の滑り込みは相当激しい戦いになるように思われる。■気仙沼・本吉選挙区(3-5)自民系有力新人の参戦で、非自民の2議席が維持できるか注目の選挙区と思われたが、個人票を多く持っているとみられた民主ベテラン現職の突然の引退で、構図が落ち着いてしまった。読売(20日)は、維新の現職がさっそく民主の協力をとりつけたことを記載。自民現職については自民系無所属新人(公明推薦)と表の奪い合いを警戒すると表現し、先行を示唆している。議席は3だから、これら登場者が順当というところか。河北(21日)では、維新現職が「野党統一候補」を強調して民主票を取り込み、自民は公認と推薦で2議席をうかがうとする。他の新人2人の紹介もあるが、後行の状態を示唆するようだ。■大崎選挙区(4-6)河北(21日)は、自民現職2人の先行を示唆しながら、新人4人のうち無所属1人を除く3人については優劣は置かずに紹介している。この3人(自民、共産、社民)のうち1人が苦杯を喫するということか。■登米選挙区(2-5)自民の現職元職2人と無所属現職1人による、知名度の高いメンバーによる再三の椅子取り争いに加えて、今回は民主推薦の無所属女性候補が登場。票の一定の受け皿となるかどうかが注目されるとみる。■加美選挙区(1-2)過去2回の無投票から転じて、現新の一騎打ち。基本は個人の顔の見える投票の図式だろうが、指定廃棄物処分場問題が大きなイシューとなったとみられる。しかし、両者とも反対の姿勢。あとは、処分場問題への対応に関して両者の微妙な違いを有権者が重視するのか、また、町長などを核とした組織運動がどこまで浸透するのかだろう。少子高齢化、過疎化、農業問題なども抱える地域だけに、そもそも本当に処分場のシングルイシュー選挙と意識されているのかどうか、政治意識論や投票行動論(公共選択)としても興味深い対象地域だ。河北(20日)は、慎重に表現している。知名度や県とのパイプで有利な現職は処分場争点化の回避を狙い、かたや新人は処分場問題と選挙区2町の両町長などとの連携を強調すると紹介。おそらく、優劣は読みがたい実情なのでないか。最後に、朝日は安保法制について候補者アンケート結果を報じています(21日)。これはこれで興味深いが、有権者にとってどれだけ今回選挙の実効争点なのだろう。大きな風になっているのか、当ジャーナルはやや疑問に感じます。ボーダーラインの一決着要素として、例えば上記の選挙区でいえば、大崎で効いてくるかもという程度に思っています。さて、数日間、県議選について集中的に考えてきました。頭を切り換えたいので、いったん終わりにします。選挙当日か翌日当たりに、投票率などについて記したいと考えております。当ジャーナルとして勝手にあれこれ当落をうんぬんしてしまいましたが(選挙の構図に関心があるといいながらもどうしても議席見込みを論じることになる)、もちろんまだまだわかりません。主役である候補者の皆さんには、相当お疲れでしょうけれども、どうか最後まで訴えかけを続けていただきたい。県民のため、県政のため、よろしくお願いします。有権者の皆さんには、何としても棄権せずに投票して下さい。期日前投票もご活用を。当ジャーナルとしても、数少ない貴重なブログ訪問者の皆様にお願いを申し上げます。■関連する過去の記事(今回の県議選について) 県議選 知事の県政の是非が争点ではおかしいのか(2015年10月20日) 宮城県議選の投票率は? 復興と選挙を考える(2015年10月19日) 県議選 河北新報の情勢分析を検証してみる(2015年10月18日) 県議選ポスター掲示板で気づいたこと(2015年10月16日)
2015.10.21
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河北新報は今朝の朝刊で、宮城県議選について村井知事の県政運営の評価が争点になっていることを取り上げ、与党側は知事人気にあやかって、野党側は距離感を演出する、と解説している。今日の記事でははっきり書いていないが、これまでの論調からして、河北は、県議選で知事の県政の是非が争点とされることをよしとしていない。河北はたとえば、14日の社説「宮城県議選を前に/問うべきは復興と国の針路」で、次のように論じた。前哨戦が激しさを増す中、首をかしげる動きがある。村井(略)知事は争点を「村井県政の是非」と位置付け、自らの県政運営に協力的か否かという判断軸を設定した。(中略)言うまでもなく議会は知事と対等な関係にあり、一定の緊張関係が欠かせない。権力の一極集中を助長するような対応には自制が求められる。こういうのだ。私からすれば、これこそ現実離れした机上論だ。知事と議会が対等、緊張関係などのワードは良いとしても、だから距離を置けというのは、制度の趣旨からも住民の意識からもおかしい。権限と責任は首長に集中させているのが制度であり、有権者の認識もそうだろう。河北が言いたいことはわかるが(最後に述べる)、そのために二元代表や独立性を持ち出すのは何とも筋違いだ。確かに、村井知事が会見で県議選の争点は自身の県政の是非、と言い切ったことなどは、あまり普通ではないといえるだろう。氏の政治的な「読み」があるからだろうが、河北としては政治家の発言としての適否を論じていると言うよりは、あるべき姿として、知事の県政運営が争点となるのは不適当だと言いたげだ。これを一般化すれば、地方議会選において首長の施政が争点となるのは本来の姿ではない、ということだろう。これまで地方議会の活性化などを主唱してきた同紙としては、首長の信任ばかりが強調されると議会の存在意義が没却されるではないか、という意識から、そのような風潮を戒めたいというところだろうか。しかし、果たして、どうなのだろうか。私は以前から、いわゆる「二元代表論」を掲げて議会の(首長に対する)対等性や独立性などを語る論調について、奇妙な主張だと思ってきた。もちろん、制度として二元代表は、そうだろう。また、地方議員や関係者の側で、首長従属ではなく住民の意思をしっかり代弁して活動すべきだ、と自覚するための一種のスローガンとするのであれば、それはそれで大変素晴らしいことだと思う。だが、実際に、「二元」を唱えることから何が生まれているかというと、議員提案の条例の数がどうとか、議会の運営のあり方を改革したとか、基本条例を作ったとか、あるいは議会も襟を正そうとか言う点に終始するのであって、言ってみれば議会の自己改革論である。大切だしぜひ継続しては欲しいが、何も二元代表(と評されるところの)制度から帰結する話ではない。首長に課せられた責任と同列の意味で対等になるはずはないし、そんなことは期待されてもいないのだ。意識として対等や独立は結構だしそうあって欲しいが、本来、地方議会に期待されている役割は、首長と全くことなるのだ。我が国の地方自治法の制度について、また現実の地方議会をどう評価すべきかなど、くわしく論じたいところであるが、いずれの機会に譲る。(私の意識はひとまず下記の過去記事をご参照下さい。)地方議会の役割とは、端的に言えば首長の施政のチェックに尽きると、私は思っている。条例を作ることも悪くはない(首長と民意がずれた場合には議会が乗り出すことも必要だろう)が、それが本質ではない。首長は、官僚集団を抱えながら、法令の執行、予算の編成、財務事務の執行などにおいて、統合的な判断を日々迫られており、そのことの全般に責任を負う立場にある。議会は、首長と文字通りの意味で対等な職責は不可能である。例えば予算を編成できるはずはない。物理的に不可能だが地方自治法でも一定の修正権があるだけだ。また、法規の定立についても、国法との関係や自治行政全般の総合調整の観点から主として条例提案は首長に期待されているというべきだろう。現実に、議員提案条例には大綱的な内容のものが多いのは、この意味で限界を示しているし、また、首長へのチェック機能に資する条項が盛り込まれることが多い(議会の議決事項や報告事項にするなど)のも、本来の議会の権能と結びつくからだ。視点を替えて言えば、首長は一人なのは、政策的で合目的的な判断を統一的連続的に実施していくためだ。首長が複数では困る。議員が複数なのは、なるべく多様な民意を反映するためであり、首長に比較してはるかに自由な立場で闊達に論じ、時として数の論理で意見を集約(政治的妥協)してくれる存在なのだ。議員が一人では意味がない。だから、地方議会選挙で首長の施政の是非が論じられるのは、当たり前であって適正なことだと言うことはできても、これがおかしいという論調は、ひねくれているのだ。私はそう思っている。さて、いろいろ書いたが、河北新報が今回の県議選の報道で一番に言いたいことは、私が指摘したような二元代表ドグマ?を守るかどうかということよりも、候補者達が単に村井人気にあやかりたいとか、反村井とか、あるいは巧みに距離を置くとか、そういう身のかわし方よりも、自ら県政をどうすべきかを自分を主語にして語ってくれ、という思いなのだとは思っている。その意味では全く同感で、健全な指摘だ。村井県政を軸にしてその賛否が県議選で争点となること自体は正しいが、それにしても、単に盲従、あるいは人気にあやかる、などではなく、有権者が疑問に思うことを自分はどう考えるのかとか、もっとしっかり議員として首長のチェックをしてくれ。最後の県議会でも論戦は深まらなかったじゃないか、ということだろう。■関連する過去の記事(今回の県議選) 宮城県議選の投票率は? 復興と選挙を考える(2015年10月19日) 県議選 河北新報の情勢分析を検証してみる(2015年10月18日) 県議選ポスター掲示板で気づいたこと(2015年10月16日)■関連する過去の当ブログ記事(二元代表制に関して。他にもあったとは思いますが...) 仙台市議会と定員問題を考える(2010年8月26日) 地方自治法改正で議会招集権限の所在を考える(06年6月25日)
2015.10.20
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今夜も宮城の県議選について記したい。投票率についてだ。前回2011年は41.69%で過去最低。これを下回る低投票率が懸念されている。これは、震災と関係があるのだろうか。東北大学の河村准教授は、県議の役割が薄れつつあることを指摘している(日経新聞10月17日)。復興については県が直接市町村長や被災者から意見を聞き取る機会が増えたので、地元の声をくんで伝える県議の役割が低下したというのだ。その河村先生は、告示日前日の15日毎日新聞朝刊で、大要、次のようなコメントを行っていた(当ジャーナル要約)。復興論議は課題だが、多くの有権者の生活に関係しないから、その論議は盛り上がらない可能性がある。票になる経済や少子高齢化の話が好まれよう。投票率は候補者の努力次第。組織選挙重視では無党派層は投票に行かない。18歳選挙権で影響受けるのは、地方議員(選挙区小さい。少ない得票で当選するから)。中でも、高齢者中心の既存組織依存型の議員のダメージ大きいだろう。候補者は、より多くの人から票をとれるよう、自分の意見を幅広く主張してほしい。投票に行かず後でデモをするのは良くない。地方自治は民主主義の学校だが、ここでどう政治に要求を伝えるか学ぶべき。限られた自治体財源で、候補者がどんな政策の優先順位を持っているかが投票の鍵。選挙の意義や有権者の投票を促すという意図の記事だったろうが、記者の視点や聞き方のためだろう、識者の話としてはずいぶんと浅く終わっている。今回の争点や見所はおろか、宮城の特性や被災地選挙の特色などにもほとんど触れられていない。震災や復興が、投票行動にどう影響していると考えられるか。河村氏は、衆院総選挙を題材にして、被災地の選挙の特殊性に関して、次のようなことをある雑誌で述べておられた(当ジャーナル要約及び補筆)。------------昨年末の総選挙では、被災地でさえ復興策について与野党ともあまり話題にしなかった。むしろアベノミクスの方が話題になった。その背景に、自分が被災者だと思っている人の割合が岩手や宮城では高くないこと(岩手では被災者ではないと思う人の方が多い。宮城は同程度。)がある。有権者の関心が高くなければ候補者は話題にしないのだ。もっとも、政党や候補者が復興を大事だとみて訴えれば論戦になる。しかし、自民党は、多数が反応する経済を最優先したのは、上記のように合理的な対応。対する民主党は、抜き打ち解散に準備不足で、反応層が限定される復興策より、反アベノミクスを訴えること(地方に恩恵がないこと)しかなかった。さらに、第三極の政党はそもそも被災地に地盤がなく、被災者の受け皿にならなかった。このように、復興関連の争点は、風化して消えたと言うよりは、政党・候補者側の都合で消えてしまったと考えるのが妥当だ。震災直後は復旧復興の推進が合意争点(有権者にとって重要な争点だが、大多数の賛否が一致しているため投票先判断の決め手にならない争点)であった。合意争点ではあっても、この時期には、少なくとも、政党・候補者側として訴える必要があった。復興財源や法制の見直しが進んで全国的に意識は低下したが、対立争点だけが残った感がある。例えば、廃棄物処分場などのNIMBY施設、また宮城県の震災遺構。これらは政治判断が求められる。仮設住宅の期限、集中復興期間の延長の是非なども、論議すべき論点だったが、自民党は明言を避けることに終始し、民主党は明確なメッセージを出せなかった。対立争点も、政党の都合で先送りされてしまったのだ(この一文おだずま補筆)。自主再建がすすみ、仮設住宅に残された被災者が少数者になり、政治に頼らざるを得ない者ほど政治に声が届きにくいというジレンマが生じている。選挙制度としては小選挙区制の宿命でもある。今回の総選挙では、復興が語られないという現実が、この課題を顕在化させているのでないか。------------これは衆院選の分析だから、今回の県議選との関係で言えば、(1)国政選挙であること、(2)小選挙区であること、の大きく2点で前提は異なる。しかし、復興の非争点化あるいは先送りという構造的な問題(政治的及び選挙制度的の両面で)は地方選挙においても、分析されるべきテーマのような気がする。例えば、指定廃棄物、まちづくり、防潮堤、などだろう。さまざまな民意があるだろうし、解決すべき方向もいつくか考えられるだろうから、候補者として多様な訴え方が「可能」だ。しかし、河村先生の指摘であるような「政党・候補者側の都合での非争点化ないし先送り」が、今回の宮城県議選でも、見られているようにも思える。石巻や気仙沼のように3人以上の定数がある場合でも、これらの課題の具体的な分岐が各候補者の主張にどれだけ見えるだろうか。復興を旗印にした新しい候補者が少ないこと(特に、石巻牡鹿選挙区は前回と全く同じメンバーでの椅子取りになっている)も影響しているが、震災前からの地盤や支援者をベースにした選挙になっていることが背景にあるだろう。選挙公報を見ても、復興を頑張りますという点なら誰しも語っているが、具体策で色を出しているのは、本当に2人か3人程度である。やはり、年末の総選挙と同じような「候補者側の事情」が妥当しているのだろうか。他方で、はっきり主張が分かれるとすれば、例えば安保法制だ。安保はたしかに対立争点だろうが、地方選挙の場で取り上げることが果たして適切なのかという点がある。逆にいえば、これを争点化して票をとることは、政治への関心喚起や投票率の維持などの効用はあるとしても、今後4年間の県政や行財政の資源配分のありかたには全く影響しないから、それで民意を問うことは地方選挙のいわば無駄使いとも言いうる。これも、政党・候補者の都合だろう。投票率が前回より落ちるとなると、30%台か。もともと宮城県は選挙の投票率が全国的にも顕著に低く、これまで当ジャーナルで何度も論じてきたが、震災がそれを加速させているとなると、一層暗い気持ちになる。投票率を上げるために一番必要なのは、政党・候補者の誠実な主張である(できれば当選後の誠実な履行または説明も)。誠実とは、政治プレイヤーのご都合であるべき争点をゆがめたり先送りしたりしない、ということ。今回の選挙の結果によっては、有権者側の政治意識だけでなく、他地域より明らかに劣るとして、宮城の候補者や政党の側の「質」を問わねばならないのかも知れない。■関連する過去の記事(宮城県議選、宮城の投票率など。他にもありそうですが) 県議選 河北新報の情勢分析を検証してみる(2015年10月18日) 宮城の小選挙区を展望する(2014年11月18日) 宮城の首長選挙の投票率を考える(再び)(2012年7月9日) 名取市長選挙 衝撃の低投票率(2012年7月8日) 宮城県議選 高点順得票で激戦を分析(2011年11月15日) 低かった投票率 宮城県議選(2011年11月14日) 県議選の印象(2011年11月14日) 県議選 石巻はどうか(2011年11月11日) 県議選 激戦の仙台市内3区(2011年11月10日) 宮城県議選 激戦区を追う(2011年11月9日) 首長選挙の投票率を考える(2011年2月21日)(県内市長選との比較) 石巻市の有権者にイエローカードだっ!(10年7月14日)(全国最低レベルの投票率) 参院選 宮城が全国トップクラス!(10年7月13日)(低い投票率) 宮城知事選を振り返る(09年10月27日) 村井氏が引き上げた投票率(09年10月26日) 宮城知事選挙の投票率を予測する(09年10月25日) 総選挙の投票率 都道府県別増減はバラツキ顕著(09年9月2日)(宮城は上昇) 前代未聞の総選挙 宮城と近県の投票率はどうか(09年8月30日) 激戦の宮城県議選青葉選挙区(07年4月7日) 超激戦の県議選(07年3月31日) 宮城県知事選 投票率中間発表(05年10月23日) 宮城県知事選挙 投票率を予想(05年10月23日) 今回の総選挙、宮城県の投票率の低さを考える(05年9月13日)
2015.10.19
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おそらく今週半ばには河北新報に県議選終盤の情勢分析記事が出るのだろう。わが宮城県では、河北新報の取材網に基づく情勢分析の記事は長く県民の信頼を集めてきた。しかし、前回の県議選だけは違った、と私は思う。選挙戦の終盤の情勢分析が、じつは結果とあまり整合していないのだ。これは、震災後の有権者の構造の変化によって、従来妥当してきたスジ(政党、地盤、国政イシューの重要度などなど)が崩れ始めていることの反映なのではないか。まずは、検証してみよう。(前回県議選は2011年11月13日執行。河北の記事は同月10日と11日に出た。なお、表にした河北新報の分析は当ジャーナルの再整理によります。)■関連する過去の当ブログ記事県議選 激戦の仙台市内3区(2011年11月10日)県議選 石巻はどうか(2011年11月11日)■青葉選挙区(定数7) 区分河北分析記事投票結果備考先行4民主系無所属現職無所属(電力労組)現職(その後を)公明現職共産現職(女性)1公明現職122382民主系無所属現職98823共産現職93195無所属(電力)現職8826当選圏内1民主現職(女性)6民主現職8763当落線上4自民現職(議長経験)自民元職民主現職(仙台市議会議長経験)みんな新人4自民現職90947自民元職70628落選みんな63959落選民主元職4538独自1無所属新人10落選 3681■太白選挙区(定数5) 区分河北分析記事投票結果備考抜け出し2自民現職公明現職1公明現職108822自民現職S 9707混戦5民主現職みんな新人(女性)共産現職自民現職社民元職3民主現職92994社民元職86785共産現職84446落選みんな77767落選自民現職K 7652■泉選挙区(定数5) 区分河北分析記事投票結果備考抜け出し2公明現職自民系無所属現職1公明現職107414無所属現職7573圏内2自民現職みんな新人5自民現職69966落選みんな6667最後を争う3民主現職自民現職(女性)共産新人2自民現職97243民主現職82197落選共産5942■石巻・牡鹿選挙区(定数5) 区分河北分析記事投票結果備考優位2自民系無所属元職S自民系無所属現職M1無所属元職S 161062無所属現職M 10695続く1共産新人3共産新人9028追う4自民現職S自民元職I民主現職K民主現職S4自民元職I 83995民主現職S 79886落選自民現職S 69247落選民主現職K 5957 定数5人に元職2人を含んで大混戦だった石巻選挙区は、河北の想定が結果と一番合っているようだ。ここは、今回も全くおなじ顔ぶれで激戦だ。前回はじき出された形の2人が今回は元職として奪還をめざす。 仙台の3つの選挙区については、さまざまな要素があるとは思うが、例えば、みんなの党の勢いを過大評価した結果となったことなどが指摘できそうだ。民主への逆風も想定以上だった。また、候補者個人の築いてきた地盤や支持層にもかなり変動が生じたようにも思われる。これらが、従来にない予測不可能な要因だったとも思われるが、背景には、やはり震災後の意識変化(現状改革要求など)があるだろうか。■関連する過去の当ブログ記事(前回の宮城県議選関係) 宮城県議選 高点順得票で激戦を分析(2011年11月15日) 低かった投票率 宮城県議選(2011年11月14日) 県議選の印象(2011年11月14日) 県議選 石巻はどうか(2011年11月11日) 県議選 激戦の仙台市内3区(2011年11月10日) 宮城県議選 激戦区を追う(2011年11月9日)
2015.10.18
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と言っても、そこに選挙ポスターを掲示した候補者についてではありません。この写真よく見ると、直観的には「8」が上下逆さまのようにも見えます。掲示板の作成業者が、ボードに数字をスプレーで印字するときに、数字を切り抜いた型紙の天地を誤ったのでしょうか。ちょっと前から気になってはいましたが、今日の告示後にポスターが貼られてしまう可能性もあるので、今朝、撮影しました。しかし、よくよく見てみると、スプレー印字ではないのです。それぞれの区画の中心部に、ナンバーを印字したシールを貼り付けているのです。数字の字体も、以前の骨太のどっしりした数字ではなく、瀟洒な感じ。夏の市議選では、泉区で掲示板の番号そのものが間違っていたことがありました。区選管も設置確認で見落としたというのですが、何を見ているのかという感じでしたね。ひょっとしたら、その対応の意味もあって、ボードを設置してから番号シールを貼り付けるようにしたのでしょうか。いずれにしても、番号シールになっています。市議選の時は、まだこの方式ではなかったように思います。そして、問題の「8」ですが、よくよく見ると、上下逆にしても同じになるように作ったのだと思われます。つまり、通常我々がイメージするアラビア数字の「8」は、上のマルが下のマルよりやや小さい雪だるま型でしょう。天地を逆にしてやると頭でっかちに見えるはず。しかし、今回の「8」は上も下も同じサイズのようです。言い換えれば、無限大の「∞」のようなもの。これが、最初に書いたように、アレ上下逆ではないかとの錯視を起こさせたのです。これは想像ですが、シール方式にした際に考えられるミスとして、「6」と「9」の上下の間違いがありえます。これは十分注意するしかない(実際に両者のシールは同じものを使っているようです)。しかし、「8」の上下なんかに気を遣っては居られないから上下フリーに作ってしまおう、なにせ短時間で掲示板を多数設置しなければならないのだから注意点は最低限に(6と9だけ)にとどめよう、という考えに基づいたのではないか、と。いや、単に業者さんが8の字体をこう作ったというだけのことで、深い意味はないかも知れませんが。それよりも、問題は選挙そのものですね。復興、TPP、教育問題、産業振興。県政の進路を大いに議論して下さい。今日の市内では、安保や原発の話ばかり聞こえたような気が...■関連する過去の記事 数字の練習ボード?(シリーズ仙台百景20)(2007年3月25日)
2015.10.16
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小さな話です。まずは、証拠のレシートをお見せしましょう。夕方、ガソリンスタンドで給油した。このGSは、給油した後に画面がスロットみたいに動いて、1等から5等までが当たる仕組み。だいたいは5等で、リッター当たり1円分が割り引かれる結果になります。そして、たまに2円引きになります。店の景気が悪いときに調整しているのか、それともこっちが定額でケチケチ給油するからなのか、まったく当たらない時期もありました。だいたいこういうものは、1等が当たることは無いのだろうと思っていたら、近所の知人が1等にめぐまれたという話を聞いた。それも、もう10年近く前のこと。いずれにしても、上等の当たりは、自分には縁のないことと受け止めてきました。と、ところが、です。今日の給油後に、いつものとおり「絵柄が揃えば...」の音声で動き出すスロットを眺めていたら、アレアレ、両脇が「7」で止まる、こうなると経験的に真ん中も揃うのだろう、いやしかし1等だけは甘くないのかも知れない、と思いながら見つめていると、真ん中の桁にゆっくりと「7」が納まりました。たぶん15年通っているこのGSで、初めての快挙。ああ、こんなこともあるのです。仕事では何かと思うに任せない毎日。しかし些細ながらも(たぶん最初で最後の)幸福が舞い込みました。小さな話です。
2015.10.13
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三連休の初日は、行楽のためだろうか、山形に向かう朝の山形自動車道は結構車が出ているように思った。関東ナンバーが多かった。市内の七日町通りは、歩行者天国。そのせいか、車が混雑していたように思う。画像は、栄屋本店です。冷やしラーメンの元祖で有名ですね。実は通りかかっただけで、食べたわけではありません。山辺の支店には以前行って、もやしラーメンをいただいたのだが。
2015.10.10
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過日、大潟富士について調べた際に気になっていたこと。(日本一低い山より低い山(2015年10月7日))通常、地方公共団体の誕生(新設)は、廃置分合によって生じるのであって、その区域は従前はいずれかの地方公共団体の区域に含まれていたはずである。しかし、大潟村は、干拓によって全く新しく生まれた自治体だろう。その区域が全く新たに出現したのだろうから。これに関係するのかどうか、昭和39年法律106号「大規模な公有水面の埋立てに伴う村の設置に係る地方自治法等の特例に関する法律」というのがある。気になった。何が原則に対する特例なのか。そもそも区域の新規出現に際して、地方自治法はどういう姿勢で臨んでいるのか。また、細かいことだが、干拓事業の途中で出現していた陸地は、大潟村誕生までの間、どこかの町に属していたのかどうか。属していたと考えれば、そこから分離して新しい団体となったのか。そもそも干拓前の八郎潟の水面はどこかの町に属していたのでないか、などなど。この疑問は、以下のように整理されるようだ。1 新たに生じた土地の帰属に関する法理「市町村の区域内に新たに土地を生じたとき」は、市町村長は、議会の議決を経て確認し都道府県知事に届け出なければならない(知事は直ちに告示する)とされる(自治9条の5)。昭和36年11月法235による改正で設けられた条文である。「確認」という議会提出議案もユニークな気がするが、この立法内容の意味を知るには、前提として、以下2から5までに記したような自治法の規定及び経緯を理解しなければならない。2 従来地方公共団体に属しない地域の処遇なお、注意すべきは、自治6条2項後段、7条の2に、「従来地方公共団体の区域に属しなかった地域」という語が登場する。これは、わが国土を構成するが地方公共団体に属していない地域のことで、次の手続が規定されている。○(法律で別に定めるものを除く外、)編入する必要があると認めるときは、内閣が定める(※法律で定める場合とは、割譲等により相当に広い土地が我が国の領土となるような場合が考えられる。現在までに法律は存在しない。)○ あらかじめ、利害関係のある都道府県又は市町村に意見を聴く○ 意見については議会の議決を経る(以上、7条の2)○ 都道府県の境界は(法律を要せずに)変更される(6条2項後段)この対象となる地域(地方公共団体に属していない地域)とは、具体的に言えば○ 地方自治法施行前から我が国の領土ではあるが、いずれの地方公共団体にも属していない地域○ 新たに領海外の海中に造成された島嶼で、我が国の領有となった地域○ 新たに我が国の領土に属せしめられた地域と例示される(松本英昭『逐条地方自治法』)。領海内の埋立地は、元来領海であればいずれかの普通地方公共団体の区域であるはずだから、この対象とならないと考えるようだ。従って、この規定が発動されたことはまれであり、青森、秋田両県の沖合に存在し、長く両県で争いがあったため、どの地方公共団体にも帰属していなかった久六島について、内閣が青森県(深浦町)の区域に編入することを定めた(昭和28年)ことがある(松本上掲)。なお、7条の2を加える法改正は編入告示前年の昭和27年8月成立(法律306)であり、久六島問題を解決が現実の目的だったようだ。(この久六島周辺はアワビやサザエの宝庫で、久六サザエという有名ブランドだそうだ。)3 市町村の境界に関する争論及び決定について上記の2は、「いずれの地方公共団体にも属していない地域」の問題だが、これと異なるケースとして、「市町村の境界に関して争論があるとき」(自治9条)と「市町村の境界が判明でない場合」(自治9条の2=昭和27年8月法律306追加)がある。前者の場合には、市町村の申請(議会の議決経由)と知事が調定に付すること又は裁定することが定められており、後者の場合は、知事が関係市町村の意見(議会の議決経由)を聴いて決定することが定められている。これらと上記2との場合分けは、やや微妙な感じもするが、上記2は、どの自治体も「自分のところだ」と主張せず、「(新たに)ウチに編入されるべき」という主張だった、と理解しておこう。現実感覚としては、遠く離れた岩礁である九六島のケースと、蔵王などの良くある境界争いとでは、たしかに違う。4 公有水面のみに係る特例さて、昭和36年11月法235は、新たに第9条の3を設けて、公有水面のみに係る境界決定等の特例規定を置いた。その理由は、公有水面埋立地の所属について、関係市町村の意見が一致せず、埋立竣功後長期間に所属が決定しない事例が多かったため、これを未然に防止すべく事前に確定させる趣旨のようだ(松本上掲)。○ 公有水面のみの境界変更は、関係市町村の同意(議会の議決経由)を得て知事が県議会の議決を経て定める(7条1項の例外。市町村の申請を要しない。)。○ 公有水面のみに係る市町村の境界に争論があるときは、知事は職権で調定に付することや裁定ができる(9条1項2項の例外)。この法改正では9条の4も設けられた。○(総務大臣又は)知事は、公有水面の埋立により造成されるべき土地の所属すべき市町村を定めるため必要があると認めるときは、できる限りすみやかに前2条に規定する措置を講じなければならない。すなわち、法改正の趣旨をより確実にするために、努力義務を課したものだ。5 小括ここまで、地方自治法の規定をみてきたが、第9条の5の存在は、それに先立つ第9条の2から第9条の4までを前提にしている。「市町村の区域内にあらたに土地を生じたとき」、すなわち埋立や干拓などがあった場合は、予め(埋立前に)確定されていた境界を、埋立後に改めて確認するという手続を設けたのである。随分と慎重な規定を設けたように思える。昭和36年改正以前には、「所属未定地編入処分」なる制度があった。しかし、地先の水面埋立の造成地の帰属に紛争が生じるケースが多く、知事の編入処分ができない(知事が編入処分する法制だったようだ)事例が相次いだことから、法改正に至ったもののようだ。6 特別法の意義さて、ここまで来ていよいよ、特別法の話である。昭和39年法律106号「大規模な公有水面の埋立てに伴う村の設置に係る地方自治法等の特例に関する法律」である。規定内容は概ね次のとおり。○ 大規模な埋立の場合、造成土地であらたに村を設置するのが適当と認める場合、内閣が関係地方公共団体の意見(議会の議決経由)を聴いて、あらたに村を設置することができる。○ その他、設置選挙、職務執行者、組織や条例の特例等。直接に国が村を設置する。それも、自治(総務)大臣ではなく、内閣が定めるというのだ。村の発足は、昭和39年10月1日。この特例法の適用によって設置されたのかどうか、今のところ調べ尽くせないが、このような法律が存在していることからすれば、そうだったのだろう。埋立で紛争が絶えなかったので自治法を改正した。その頃に動いていた巨大プロジェクトについては、さすがに、通常の法理とは別の特例法に仕立てて対応しようと考えられたのだろう。そして、三権分立の建前から、内閣や地方自治の権限であるべき個別自治体の監督権限を国会が直接処置するように見えることを避けて、一般的な定めとして定立した姿を纏っているのだろう。それにしても、大潟村は、特別な存在だ。
2015.10.09
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日本一低い山といえば、大阪の天保山と仙台の日和山が争っていたはずだ。標高6メートルの仙台市蒲生の日和山は、国土地理院の地図に載っている山として日本一低い山だったが、1996年に改訂の2万5千分の1地形図で、大阪の天保山4.53mにその座を奪われた。天保山は、その名のとおり天保年間に浚渫土砂を積み上げた山だが、最初は20mほどあったとも言われる。これが、地盤沈下で低くなり、何時しか地図からも消えていた。海遊館などがある憩いのスポットであることから、大阪市が地理院に要請して、復活を果たしたのだという。かたや仙台の日和山は、東日本大震災の津波で消滅したとされていた。しかし、2014年に、国土地理院調査により、標高3mの日本一低い山として再び復活した。宮城の側では「復活」というのだが、しかし、国土地理院が3mと計測したのは日和山自体ではなく、近くの道路の標高なので、正確に山の高さを日本一と認定したのではない、という大阪の新聞記事もあった。さて、じつはこれらの「日本一低い山」より低い山が、八郎潟の大潟富士。標高は海抜0mだ。そもそも干拓地の大潟村は標高が-3から-4メートル。1995年に、ふもとから3.776mで山頂が海抜0mになるように、きれいな円錐状の「富士」を造ったのだ。村の公式サイトでは「日本一低い山です」とある。地元では、国土地理院の地図に記載を申請しているが、人工の建造物という理由で認められていないのだそうだ。建造物というなら、日和山も天保山もそうだ。歴史は多少古いが。さらに言えば、クロマンタ(黒又山)や靄山(五所川原市市浦)だって、人工の山(かも知れない)じゃないか!と突っ込みたくなるが。
2015.10.07
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仙台空港のメインであるB滑走路は、東西方向に伸びているが、貞山堀と隣り合わせた滑走路の東端には、黄色で「27」と数字が書いているのが見える。この数字は滑走路の角度(方角)を示しており、真北方向を360度、真南方向を180度として、10度単位の整数で記す決まりである。つまり、仙台B滑走路の東端には、真西方向(270度)を示す27が、また内陸側の滑走路西端には、真東方向を示す09がペイントされている。一般に滑走路は、離着陸時(特に減速する着陸の際)の横風を極力避ける配置がなされる。冬には大陸から北西の季節風が出るので、西日本では北風に、東日本では西風を受けることになる。このほか、海沿いだと陸風、海風を考慮しなければならない。このため、日本の空港は、北西から南東方向への滑走路が多く、成田や羽田は16/34の方角となっている。東北の仙台、庄内、などは季節風と海風を考慮して、海岸線と直角に配置されているということだ。秋田 AXT 2500 10/28山形 GAJ 2000 01/19仙台 SDJ 3000 09/27新潟 KIJ 2500 10/28青森 AOJ 3000 06/24大館能代 ONJ 2000 11/29花巻 HNA 2500 02/20庄内 SYO 2000 09/27福島 FKS 2500 01/19三沢飛行場(米軍) MSJ 3050 10/28(空港コード、主滑走路の長さと方角)内陸部の山形、花巻、福島は、南北方向である。地図で見れば垂直に伸びた形。海沿いの、秋田、仙台、新潟、庄内、三沢は東西方向のようだ。飛行機は基本的に、揚力を得るため向かい風に向かって離発着するのだが、周囲の山地を避けたり、住宅地の騒音対策、近隣の他空港の管制との関係、さらには離陸空港からなるべく直線になるように着陸するなど、さまざまな判断があるようだ。さて、仙台空港の場合は西からの風の日が多いと思われ、とすると基本的には27方向(海側から山側へ)の離着陸となる。海風の出る夏場などは別の配慮があるだろうが。27方向が優先されるのは、計器着陸を可能にするILSがこの方向でだけ対応していることと関係もあるようだ。霧も多い空港だし。■関連する過去の記事 仙台空港は日本三大「悪気流」空港だったのね(05年11月17日)
2015.10.04
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龍飛崎の国道339号といえば有名な階段国道だ。ところで、今日ある本を読んでいたら、1974年に国道に指定された際には階段ではなく急な坂道の状態で、車両通行のための道路整備が求められていたのだが、坂道の途中に小中学校があったために、登下校のために1993年から4年かけて階段が設置されたのだという。自責と後悔の念におそわれた。というのは、2年前に階段国道を訪れた際に、階段部分の上端部(郵便局の人がハガキを売っていた)に立ってみた。また、車でぐるっと階段部分の下に回って、民家の間を抜けて少しだけ歩いてみたりはしたのだが、362段あるという階段をすべて通しで歩くことをしなかったのだ。2泊3日で秋田県の北部と青森県を一回りする弾丸旅行だったことが理由だが、でもせっかくお邪魔したのだからしっかり歩き切るのがエトランゼの儀礼のはず。また、階段の途中に小中学校があったのなら、その跡地も見ておくべきだったな、と思ったのだ。■関連する過去の記事 階段国道(2013年6月12日)ところで、登下校の子どものために4年もかけて立派な階段を設置したというのだが、青函トンネルは1988年の竣工だから、工事関係者の家族がにぎわっていたと思われる時代には、子ども達はまだ坂道を歩いていたということだろうか。龍飛崎観光案内所龍飛館さん(あの旅でも立ち寄りました)のサイトによると、○ 竜(ママ)飛小中学校は岬の高台にあり、トンネル工事の頃は関係者が多く通った○ 竜飛小学校はトンネル完成翌年の平成元年に閉校○ 竜飛中学校は昭和59年に閉校、現在は地区の避難所が建っている○ 小学校児童数のデータとして、昭和39年(工事着工時)66人 → 昭和55年(ピーク)133人 → 昭和63年(トンネル完成)15人などとされている。別の情報では、小学校は坂道の上に、中学校は坂道の中腹にあって、かつて坂道の下から中腹までは階段があったが、昭和60年に小学校通学のために上部分にも階段を設けた、というものがある。昭和49年の国道昇格の際には坂道のままだったようにも思われるが、青森県の公式サイトでは「国道昇格時には坂道の下から中腹の中学校までは階段があったようだ」としている。当時は、まずは車道整備をめざしていたが、その後に迂回ルートの村道ができて車の通行は可能になったから、子ども達の通学の便宜を優先したのだろう。トンネル工事で住宅などが張り付いてしまって、とても道路拡幅事業どころではないという事情も想像される。とすると、今日の本で1993年から整備された階段...というのは、正確には階段の再整備というべきことになるだろう。登下校ではなく、おそらく観光目的だ。その以前から子ども達は階段で登下校していたのだ。疑問が解消で、多少すっきりした。また、かつては、この階段国道沿いに、病院や工事関係者の住宅などがあったという。今では階段部分の両脇は何もない斜面に見えたが(やっぱり完歩すべきでした!)、丹念にみれば建物跡などが見つけられるのかも知れない。児童数のデータで、閉校時にはピークの10分の1になっていたというのも激しい数字だ。全盛期には家族で移り住んだ人たちも多かったのだろう。3000人の作業員や家族が住んでいたという情報もある。今は草の生い茂るあの斜面に、どんな社会があったのだろうか。この地で小中学校に通った子ども達は、今は40代から60代というところだろうか。全国に散らばっておられるのだろう。■関連する過去の記事(青森の旅、三厩地区関係) 厩石と義経寺(2013年6月13日) 階段国道(2013年6月12日) 青函トンネル記念館、ずい道石、殉職者慰霊碑(2013年6月11日) 龍飛岬と龍飛埼灯台(2013年6月10日) 竜泊ライン 眺瞰台(2013年6月9日)
2015.10.03
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