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生まれ育った町の記憶はおぼろげで、それゆえに美化されていたのだろう。 今週早めに夏季休暇を取って、名古屋に来た。両親とも北陸の人なのだが、仕事で名古屋に赴任していた時に出来た子供だった。10歳まで名古屋で育った。そのあと、横浜、東京と移り住んだ。父が仕事でがんばったおかげだ。 自分の記憶では広い国道にはひっきりなしにダンプカーが走り、近所の小学校と広い公園で毎日遊び、角の駄菓子屋で5円のチューイングガムを買い、路面電車に乗って栄のデパートへ母と行くのが楽しみだった。 実際に行ってみると、狭い国道に怖いイメージはなく、小学校も2つあってどっちだかわからないし、遊んだ公園はどこかにいってしまった。角の駄菓子屋のおばちゃんも店も(もちろん)無く、路面電車も無い。どこかくたびれた住宅街になっていた。当時住んでいた長屋は取り壊されて団地に変わった。子供目線では広い空間だった町は狭くて窮屈そうに家が並んでいた。 子供たちが遊び回っていた公園はおそらく共同施設に変わり、別の場所の公園に子供の姿はなく、バイクをふかすつっぱり兄ちゃんがたむろしていた。 全ては変わってしまった。町名まで。 当たり前のことだが、40年の歳月を改めて思い知った。記憶というものは当てにならない。頭ではわかっていたが、子供の頃とのあまりのギャップに驚いた。 それでも自分は帰ってきた。自分の生まれ故郷に、元気に遊び転げていたあの場所に。知り合いがいるわけでもないけれど、見知った場所も朧げだれど、確かに自分はここに居たんだという思いでずっと頭がふらふらしていた。帰り際に小学校の古そうな石垣を触ってお別れしてきた。ずっと気になっていた。帰ってきたんだと、何度も思った。
2007年07月25日
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台風4号で被害を被った方々へお見舞い申し上げます。 当方は関東在住なので雨風が強かった程度で済みました。が南の湿った空気が入ってきたのでしょうか、夜中でも蒸し暑く、どうにも眠れません。 もともとエアコン嫌いなので、あっても冷房を付けない時が多く、今のマンションに引っ越してから1年、まだ取り付けてません。ベランダ側が雑木林のせいか、朝晩は涼しく快適なのですが、湿気が多いとどうにも堪りません。 エアコンの除湿機能も最近は進歩していて、除湿しても温度が下がらないらしい。再燃除湿機能ならエアコン嫌いの私でも大丈夫かな?とカタログを集めて、にらめっこ。 どのメーカーも似たり寄ったりで、さてどれがいいのやら。悩んでいるうちに夏が来てしまいそう。
2007年07月15日
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この小説は昭和11年に雑誌上で発表された。時代が時代だったためか所々ささくれだったような、刺激的な言葉が突き刺さる。 例えば、「林のなかから、ピストルの音が聞えた。少しずつ間を置いて、四発だった。最後の一発に続いて、男と女の笑い声が聞えた。」 これは星枝の家族が猟をしているところだが、踊りの物語としては唐突な「ピストル」という言葉にどきっとさせられた。 用語も現代のように差別用語、放送禁止用語などというものが無かったせいか、その手の言葉が多く使用されている。「気ちがい」なんてのはこの小説に限らず、川端作品には頻繁に出てくる代表選手だ。 渡欧したものの貧乏で碌な生活もできなかったバレリーナ南条はリョウマチに罹って「びっこ」になるし、「乞食」も米の飯を食うだの、松葉杖をついた南条を「唖(おし)の歌唄い」と星枝は言うし、鈴子の目の前に現れた南条に対し「子供が片輪になったからって、許さない親は」いないと慰め、鈴子は星枝の電話に「びっこよ。ちんばなのよ。」と気の毒がり、星枝の踊りをもう一度みたいと南条が懇願するときも「神仏の姿を拝んで、躄(いざり)が立ったという奇蹟は」と譬えている。 これらの言葉を用いているからと言って、川端はけしからんなどと言っているのではない。これらの言葉を「差別用語」とレッテルを貼って使えなくした事は果たして正しかったのだろうか、ということだ。 差別用語だ放送禁止用語だと言葉が制限(言葉狩り)されたなかで育った今の若者がこの小説を読んで、果たしてどこまで理解できるのか。今後、毒のある言葉も含めて作品を味わい尽くすことができなくなってしまうのではないか。ちょっと怖い気がする。 話は変わるが、20年くらい前だったか「ちびくろサンボ」という絵本が突然(という印象だった)問題になった。黒人への差別だというのだ。トラがヤシの木の周りを回ってバターになり、それをホットケーキにして食べたなんてのは楽しい話だと思うけど。 そしたら今度は、カルピスのマーク(黒人がカルピスを飲んでいるデザインだった)が、だっこちゃん人形(腕につかまる小さい黒人の人形)が無くなった。小さい頃から馴染んでいた私には「なんで?」と思ったものだ。これらをもって黒人を卑下する人があの当時、日本にいたのか。 ここで差別問題を論じるつもりはないが、果たして川端の生きた時代に比べ、現在は差別のない「美しい」世の中になっているのだろうか、と投げかけるに留めたい。
2007年07月04日
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