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☆ 何かで目にして、ネットで予約していた本「超小学生」が届いた。 今日読んでしまうつもりではなかったが、夫と子どもが散髪に出かけて、ちょっと休憩のつもりで読み始めたら、最後まで読み終わってしまった。 3歳までにバリバリ右脳開発して、今では何でもスーパーにこなす算盤暗算共に10段美少女とか、色々だったけど、 私が気になったのは、発達障害的で、学校でトラブルや病院へ行って見ることを勧められたエピソードを持つ何人かの子どもたちの話。 その子どもたちの親が、「育て易いいい子」「凸凹の無い子」にしようとせず、「定型発達の子のようになるために苦手なことも少しでもできるようになる為の努力」を無理強いしないで、 その子の好きなことに特化して、それを褒め、信じてブレないこと! うちは、この本に出てくる子どもたちのような、驚異的な突出した何かの才能がある訳じゃないから、 それ一本を伸ばしてやろうなんて思いもしないけれど、 でも、多分、 この本に出てくる子どもの親たちは、例え我が子にこれ程の天才的な要素が見えなかったとしても、 同じように、無難に平均的なことができるようになるための努力とかを強制したりしなかったんだろうな……。 と、親力の差に、申し訳ない気分になる。 小さい頃から、よくまぶしがり、祖父母に、目に異常があるかも知れないから、眼科へ連れて行ってみたらどうか、と言われていたたから。 小さい頃から、少し大き目の音が苦手で、子ども可の声楽コンサートに連れて行ったら、私がうっとりするようなソプラノの鳥肌もののサビの響きに、両耳を両手で塞いで、座席の下に潜り込もうとしたたから。 スキップや縄跳びがびっくりするくらいにぎこちなく、なかなかできるようにならなかったし……、以前よりましだけど、今でも上手じゃないし。 でも、 そんなたからを、そのままヨシとせず、 私は、少しでも、出来ないことを出来るようにさせようとしてきた。 私がたからに願っていることは、 ささやかでいいから、愛してくれる奥さんと子どもがいて、最少人数でいいから、私たち両親が死んだ後も、たからが安心できる人の温かさがある生涯を送れること。 そのために、生活して行けるだけの収入が得られるだけでいいから、続けられる職を得ることができるように育つことだ。 夫は、私を悲観主義者だというけれど、 とりあえず大人と言われる年まで育てたら、みんな何らかの形で、私の望むようなささやかな願いは、誰にでも必ず降ってくる、とは、私にはどうしても、思えなくて。 家庭を維持する収入の無い、対人関係の難しいアスペルガーな青年に、お嫁さんが来てくれる確率は、かなり低くなるんじゃないかと心配してる。 息子を信じろよ、と言われるかも知れないけど、 私、息子を信じていないつもりは無くて、 というよりは、私たちの死後、息子を置いていく、この日本という国の、経済情勢を信じていないという感じなんだ。 でも、息子に、 公文の宿題とか、学校の宿題とか、忘れ物しないようにとか、字はなるべく丁寧に書こうとか、体操服とかの着替えは、なるべく時間内でできるようにしようとか、基礎学力は何とか付けておこうとか、 学校という集団の中で、何とかお咎め無い程度には、「ちゃんと」していることを、ひどく気にして、 私は息子に強制しまくっています。 確かに、息子は楽しそうじゃないし、イキイキしてないし、私のそんな押し付けが苦しいそうだと思うこともあり、 この本の中の幾人かの親ごさんたちのように、子どもの好きなことだけを徹底的にやらせてやることに、全力で協力出来ない自分が、たからを苦しめているのかな、とも思う。 そもそも、学校のレールに何とか乗っかって高校生までたどり着けたら、 私のささやかな願いが叶うという保証は無いのだけれど、 でも、高校生にたどり着けなかった場合よりは、まだ叶う可能性が多いかも? と、どこかで思っているんだろうな、私。 「ふつう」であることは、この私のささやかな願いが叶うためには、そんなにも必要なんだろうか? それとも、私がただただ、未知の未来に対して、過剰に、お尻が退けているだけなんだろうか? 「超小学生」の本は、発達障害的では無い人も書かれていたのに、 やはり、どうしても、 そういうエピソードを持つ子どもたちと、その親の腹の座り方ばかりが、 印象に残るのでした。
2012.04.29
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☆ 初めての参観日でした。 朝の会の様子を見学した後、国語の授業を参観しました。 好きなことや好きなものをそれぞれに発表し、それに対して、聞いていた他の子どもが挙手して一つずつ質問をする。全員がそれをし終わると、他の人の話をよく聞けていたか、クイズを出す、という授業。 絵を書いてきて説明する子、写真を持って来て説明する子、実物を持って来て見せながら話す子、など、結構みんなそれぞれ工夫していて面白い発表で、たからも、一応、発表は80点くらい? 褒めても良い感じだったのだけど。 聞く姿勢がねぇ…。 たからを含めて、三人ばかり少し派手目にはしゃいでいて、後ろで参観しながら、気がきじゃない私。 たから以外に派手なその子たち二人が、 「たから君ばかり当ててもらってズルい」とか、 その後の給食見学の時も、「(おかわりを狙って?)たから君の目が光ってる」とか、 たからの名前だけを名指しであげて大きな声で始終なんやかやと言うので、 早くも何か目を付けられたのかな? たから、おとなしく気配を消していじめられないように過ごしてくれないかなぁ~と、ちょっとばかり気が重くなったのでした。 どうか、高校生になるくらいまで、目立たず何とかいじめられないで生き抜いて欲しいと、思ってしまった参観日でした。 とはいえ、ADHDだのアスペだのの診断がつくくらいだから、授業中、悪目立ちせず済むはずもなく、 いよいよ、小学校生活始まったなぁ、と、 荒波に小舟を漕ぎだした気分。それも、持っているオールは折れてるのに…、非力でも、何とか生き抜いて向こう岸(無事、高校生になる)までたどり着きたい、って感じです。 帰り道は、たからにとって一番嬉しい、小学校に上がる前からのお友達と三人、同じ方向へ歩いて帰ります。 クラス一すらりとみんなより頭一つ分背が高いK君と、クラス一横に大きいたからと、3月生まれで小柄だけど、実はすごくしっかりしているM君。 3人が楽しそうに歩いて帰る様子は、何とも微笑ましく、思わず写メしました。 高校生くらいになっても、三人こんな風に歩いてたらいいな、 子どもの時のまんま、オヤジになっただけだよなと、笑い合っている大人時代だったら、いいな、 と、夢見る母でした。
2012.04.27
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☆ ご無沙汰してます。 書くこと山ほど。 なんだけど、疲れてねぇ。 入学式初日から、親が事務的な話を聞いている間に上級生に校内を案内してもらってきたら、上靴袋と外用の運動靴を無くし、帰れない……、と人騒がせな。 上級生にも探して貰い、穴があったら入りたいスタート。 書類書き、算数セットお名前付けで睡眠不足になった私は、久々に喘息用の厳しい風邪をこじらせ。 せっかく、指定日に間に合わせて持たせた算数セットの中のブロックを算数の時間に使うにあたって、 算数セットの中にあるから出して使うという発想ができず、クラスで一人だけ、「先生~、忘れて来た~」と自己申告したと聞き、 ゼイゼイ咳き込みながら名前付けた母の苦労の報われなさに、私は発狂~、 もうやだー。( ̄□ ̄;)!! 下校指導当番で学校へ行き、何と、同じ小学生へ入学する前からスイミングで仲良しだったKくんと、体操教室で一緒のMくんが、ラッキーなことに同じクラスの上に下校ルートも途中まで一緒だということがわかり、嬉しい驚き。 どちらのお家の方とも以前から顔見知りで、私はありがたいし、子どもたちは楽しそうに帰って居るし。 出来すぎ~。 すでに家庭訪問は終了。 初日に靴紛失事件で先生に覚えてもらってしまった宝良だけど、 教師歴25年、この学校に移ってきて7年、学年主任の男の先生で、これまでもアスペの子どもを受け持ったことがあるそうで、 「入学から一週間注意して様子を見てきたけど、クラスで充分やって行けそうですよ」と。 「授業中の発言も良い感じでやりやすいです」と。 家庭訪問で先生からこう言っていただいて、やっと何だか、私の肩の力が少し抜けた~。 と言うか、へにゃへにゃへにゃ~と、ほっとして座り込んだって感じでしょうか。 私、余程、気が張っていたんだな。 宝良曰く、担任の先生は、優しくて面白いのだそうで、その順位は、 小学校の担任の先生 > 年長さんの担任の先生 > ママ(私) だそう。 ママが一番怖いって。 上等じゃぁー! 幼稚園は9時までに登園ということで、夜10時目標に寝て、朝6時半位に起きて、30分ピアノ練習して(後半のピアノ練習は夕方に二回に分けていたけどね)、朝8時出発の片道40分集団徒歩通園だったけど、 小学校は8時をめどに登校ということなので、更に慣れない学校生活で疲れているだろうし、と、 夜8時目標で寝て、朝5時起床、身支度、ピアノ練習(一時間目標だけど、朝はぐずぐずするから、結局正味30分くらい……。で夕方は無し。幼稚園時代より練習少ない。)、7時~7時15分までに家をでて、 一人で片道40分の徒歩登校。 でも、歩いていて学校に近づいていくうちに、段々友達と合流するらしい。 そんなこんなで、何とかやってます。 へにゃへにゃへにゃ~。 (;^_^A
2012.04.22
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☆ もう、笑っちゃうしかない感じ。 北海道でかまくらに入ったとき、晴天で過ごし易いのに雪が残っていてラッキーだなぁ、なんて思っていたのだけれど、 そんなときは、雪は溶けかけていて、溶けて夜や朝を迎えた後は凍る訳で、 それはつまり、滑り易く転び易いに繋がり、 ええ、ええ、 察しのいい皆さま、その通りです。 私、かまくらに入ったはいいけど、出るとき、たくさんの人が出入りしてくぼんだり盛り上がったりしている凍った出入り口で、見事に、すっ転びました。 今年、骨折三昧な私は、スケートで転んで骨折してからの、憂鬱な日々を思って、この滑り易そうなかまくらの出入り口で転んでなるものか! と、 側にあったつかまれそうな縁に左手中指を引っ掛け、よし、これで大丈夫と一歩を踏み出したら、 見事に滑って転び、仰向けにひっくり返りました。 そして、全体重がかかり、それを支えようとした、気の毒な左手中指に激痛が……。 ひどく腫れてずきずきするので、あー、この痛みは、右手親指骨折のときに似ている、と、情けないやら、我ながら、あまりに立て続けの負傷に笑うやら。 北海道から帰った夜、あまりにも腫れるし、土日を挟んでしまうので、夜間に救急外来へ行ったところ、レントゲンをとって、骨折はしていないことが分かり、ほっと一安心。 痛みは、日にち薬で、我慢しているうちに治るだろうと思っていたんだけど。 はや、一週間。 痛いです。 まだ、怪しい痛さなんですけどー、と、 本日、まともに平日日中に整形外科へ。 側副靭帯損傷とのこと。 靭帯、ちょっぴり切れてるらしいです。 あーあ、また少しばかり、固定生活です。 今年は一体、何がどうしたと言うのでしょうね。 整形外科系の負傷三昧ですわ。
2012.04.06
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2012.04.04
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☆ 片道徒歩で約40分の、小学校までの道のりを、宝良と歩いてみています。 幼稚園へも、片道40分の徒歩通園だったので、 晴れの日は快調。 でも、幼稚園は、雨の日はレインコートに長靴で、先生やお友達と励まし合っての集団登園だったけど、 これからは、荷物を持って傘をさして一人で歩かないといけない。 敢えて雨の日に一緒に登校練習してみたけど、かなりしんどい。 幼稚園時代に歩いていたので大丈夫だろうと思っていたけど、ちょっと大変そうだな。 登校練習は、学校まで行ったら、また引き返すので、40分+40分=80分。 私にもかなり厳しい。 宝良は、自分の登校練習に母が付き合っているというより、不健康な母を、犬の散歩のように連れて行ってあげている、我が家で一番重要なお手伝いを担当していることになっています。 とは言え、まだ5日か6日程度しか歩いてないんですけど。(笑) さて、それ以外は、 この春休み、宝良は、ナノブロック三昧~です。(^-^)
2012.04.04
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☆ 宝良が週に2度ほど行く児童公園の管理事務所に、タニシを飼っている水槽があります。 普段は水草が入っていますが、夕食?に、どーんとキャベツの葉っぱが大量に浮いていることもあり、 どうやって飛び移るのやら、タニシがそのキャベツに乗って、もりもりと食べている様子がよく見えます。 こうなると、気持ち悪いとか怖いというのを過ぎて、へーーー、と興味深いです。 (;^_^A ちなみに、携帯の写真では全体を写せなかったんですが、この水槽全体で、多分この4倍くらいが生きています。 (;^_^A (;^_^A (;^_^A
2012.04.03
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