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2003年の終幕も残す事3日、日本では相変わらずの師走の光景なんでしょうネェ・・・イタリアは全然、先生達は走っとらん。この「師走」とは、「先生も走るほど忙しい」と習ったような遠い記憶。しかし、「先生が走る」事が大忙しの様に例えられるという事は、日本の先生ちゅうのも暇な仕事ということでしょうか???「先生が走る」と言うより、「先生の元へお届け物(お歳暮)が走る」???イタリアの先生達(小学校)は、確かにと~っても楽チンそうではありまして、今月23日から1月7日までは冬休みなのは日本と余り変らずですが、小学1年生の我が娘の2クラスは担任が3人居り、週3日は半ドンの上、この3人がローテーション組んで毎日交代で出勤しております。ということは、彼らの勤務時間は一人当たり週に約20時間、1日に計算すると4時間となる訳で、これはまさしく楽チン職業と言えるのは事実でしょう。8時始業のはずが、先生達のご出勤は当然の如く8時過ぎ、子供達の下校時間には既にコート着てバッグ持って門の外。このような楽チン職に就いている方達と比較して、航空会社に勤務しておられる方達は、お怠け者のイタリア人とて長時間勤務、不規則勤務を強いられている訳で、かといって楽チン教師達と比較して破格な給料を頂戴しているかと言うとそうでもなく、月給は早々変わらない。楽チン教師達も、何が不満か度々ストライキを起こし、タダでさえ短い学校の勉強時間を、このストライキの為に更に短くされ、私は子を持つ一人の母として???と思う事が多い次第です。今朝も早朝目が覚めテレビのスイッチを入れると、イタリアの航空会社【アリタリア】のストライキの様子を映し出していました。おそらく地上勤務と思われる方達が、胸にゼッケン(?)付けて座り込んでおり、そのゼッケンを見ると【ALITALIA(アリタリア) o ALI TAGLIA?(アリ タリア)】と書かれており、私は思わず ≪オッ!うまい!座布団3枚!≫と、このフレーズに感心したのです。【ALITALIA】は【ALI(翼)】と【ITALIA(イタリア)】の合成語【ALI TAGLIA】は【ALI(翼)】と【TAGLIA(切断)】折れた翼とでも言いましょうか・・・この時期在宅の私には笑えますが、空港で足止め喰らっている多くの旅行者は、折れた翼にさぞかし怒っておられる事でしょうナァ。
2003年12月29日
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今日は聖ステファーノで、此処イタリアは祝日である。ほとんどのと言うか、全てのイタリア家庭では、昨日クリスマスパーティーが開かれ、大いに飲み食いした翌日であるので、そんな翌日仕事をするのも普段以上に効率が悪いので、今日を祝日にしたのはイタリア人にしてはめずらしい賢明な考えと私は思っている。イタリアに住んでおられない方や、イタリアに住んでいても相当額の高収入を得ておられる家庭では、全くピ~ン!とこられないだろうが、今年の此処のクリスマスは、今までのものとは随分違っていた。何が違うかと言うと、華やかさである。各街の飾り付けは例年の如く・・・であったが、各家庭のお庭やベランダなどのイルミネーションは、と~っても少ない。テレビの街頭インタビューでも、多くの人達が物価の異常高騰振りを嘆き、クリスマスプレゼントも安価な物、もしくは極々内輪でしかしないと話していた。店の人達の話でも、今年のクリスマスの売上は最悪とのこと。確かに、例年如く多くの友人・知人を招きクリスマスパーティーを盛大に開く家庭は少なく、私も昨年のパーティー主催後の疲労感を思い出し、今年は初めから全く頭に無かった。我々への招待の数も、本当に少なかった。今までなら、クリスマス前の土日あたりからパーティーへのご招待があり、連日、昼夜別の家庭へ訪問するなんてことがあったのだが、今年はイブの夕食と当日の昼食のみの2回。こんな不況と物価異常高騰をヒシヒシと肌で感じる私は、娘に「今年はサンタさんも超大忙し、アフリカの飢餓に苦しむ子供達の所へ行かないといけないからね。だから貴女の所へは来られないかも・・・」と説明していた。が!何故か知らぬが、誰がオーダーしたか知らぬがクリスマス数日前に、スェーデンのモラという町から娘宛にエアーメールがきた。中を開けるとナント!サンタクロースからの手紙だったのである。娘は飛び跳ねて大喜びしていたが、その手紙には「君がよい子にしていたら、クリスマスの当日には僕からの贈り物が届くはず」と書かれてあった。先の私の説明「アフリカの子供達・・・」が効をなさぬではないか。私は早速娘が欲しがっていたミシンを買い、クリスマス当日、娘が寝ている間にツリーの下にそのミシンを置いた。ご近所さん達や友人達に頂いたプレゼントも例年ほどではなかったが、数多く飾られていた。そして、当日の昨日、そのミシンをサンタさんからのプレゼントと完全に信じ込んでいる娘、一番にその包みを開けることを要求。案の定、またまたピョンピョン飛び跳ねて大喜び。私は多くのプレゼントを次々丁寧に開封していく。貧乏性なので、他のイタリア人みたいに、きれいな包装紙をビリビリッとは破って開けない私。意識集中して慎重に開けていく。夫が音楽をかけたようで何気ナシに聞いていたのだが、ふと我に返ってよくよく聞くと、ナント!私の好きなデヴィット・ボウィの曲ではないか!夫の顔を見ると、二ヤッと気持ちの悪い笑みを浮かべ「君の好きなデヴィット・ボウィだろ?」久々の気の利いた夫のクリスマスプレゼントであった。
2003年12月26日
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昔、私の日本の実家では、何かお祝い事や祭り事があると、母特製のチラシ寿司の出番で、私はこの母のチラシ寿司が大好きだった。色とりどりのチラシ寿司を見ているだけで、気分が高鳴ったものであるし、味も勿論最高!そんな習慣とも自分の嗜好とも言えるものがあって、此処イタリアでも我が娘の為を思ってPa~特製チラシ寿司を作るのだが、我が娘は幼少の頃の私ほどには感激しないようだ。そんなクソ生意気な娘も、海苔好きが効して、Pa~特製のりまきは結構飛び跳ねて喜んでくれる。今回は、この【のり巻き】に纏わるお話。←←←コラム【イタリア人】内【のり巻き】アップしましたのでどうぞ~~~!!!
2003年12月24日
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何だカンだ先延ばしで、今日やっとクリスマスカードを友人達に送った。イタリア国内は何とか間に合う(?)だろうが、欧州他国はギリギリ、日本へは完全に「時既に遅し」は疑う余地も無い。色々と気に入るカードを探し廻っているうちに月日は流れ、結局自分で作ったのである。PC大活躍で写真とイラスト組み合わせ・・・画面上に出来上がった段階で、娘を呼び寄せ意見を求める。「ワァ~、かわいい!マンマすご~い!!!」と、さすが手懐け甲斐のあった我が娘。悦に入っていると「マンマ!どうしてバッボ(パパ)の写真は無いの?」そう、私と娘の顔写真だけを使用して、夫の顔は抜いたのだ。(深層心理が知らず知らず(?)のうちに働いている・・・恐ろしい!)どのような深層心理かは、読者の皆様よくご存知。≪エ~~~ッと、何か適当な理由は・・・≫「色々バッボの写真探したのだけれど、私のイメージに合うものが無かったのよ。私と貴女の顔写真は、イラストによく合った表情しているでしょう?デザイナーとして、素材選びは重要なのよ」と、純真な心を捻じ伏せる。しかし、しばらく考えてみると、娘の感情はもっともな事。ここは自分の深層心理をグット抑え、今一度カードの作り直し。3年前の写真の中から必死に1枚探し出し、ナンとか親子3人仲良さそ~うな偽りカードの出来上がり。このカードがお手元に届いた方達!【不幸の手紙】ではありませんよ~~~ォ!!!
2003年12月22日
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1週間分の疲れや寝不足を、土・日にまとめて寝て取ろう!という人が結構いらっしゃるようだが、私は若い頃から余り寝溜めというものが出来ないタイプである。それに反して我が夫は、土・日は勿論の事、仕事をしたくな~い日も昼頃まで寝ておられる。まったく、結構な事である。≪寝溜めが出来る人というのは健康≫と、昔誰かから聞いた事があるが、それは当たっているのかもしれない。≪お年寄りが早朝目が覚め、睡眠時間を多く取らないのは、死期が近づいているかもしれない恐怖の為≫なんて冗談とも本当とも判らぬ事も言われる。そうすると・・・私は【不健康な年寄】という事になる訳だ。という訳で、昨日の土曜日も相変わらず午前6時前に目が覚め、暇なのでテレビのスイッチを入れると「今朝は素晴らしい日本文化の一つをご紹介しましょう!」という、キャスターの言葉が耳に入った。≪オッ!何かいな?≫と画面に集中すると【盆栽】だった。フラワー・デザイナーの肩書き持つゲストが、キャスターの質問に答え「盆栽とは簡単に言って【箱の中の自然】です」と言った。至極当たり前の事なのだが、この説明をイタリア語で聞いて感心している私も、な~んだか変な感覚である。【箱の中の自然】の言葉通り、フラワー・デザイナーの彼が作った盆栽の数々を見せて貰ったが、日本の古き盆栽とは全く違い、私が勝手に名付けるなら【アヴァンギャルド盆栽】とでも【アール・ヌーヴォー盆栽】とでも呼ばせて貰おうか・・・確かに自然素材がふんだんに使われていたが、流木に胡桃やピスタッチオ、唐辛子にミニトマト、オリーブやカッぺりの実など、ありとあらゆる物がくっ付けられていた。しかし、それがナンとも素晴らしい調和が取れており、とっても美しかったのである。≪さっすが~!プロのデザイナー!≫と、日本文化をイタリア語で聞いているように、デザインの世界もまるで他人事のように感心していた早朝のPa~であった。数年前、イタリアのファッション・ジャーナリストと仕事をした時、日本のエージェントの社員(イタリア人)達とで京都観光へ行った。私は自慢じゃないが、日本の歴史完全無知人間である。京都の主要観光名所を次々廻り、ガイドさんの説明を聞きながら≪へぇ~!すご~い!≫≪そうか~~~≫≪まったく勉強になるなぁ・・・≫と、イタリア人達より観光に夢中になっていたのだ。そこへジャーナリストが私に対し「寺と神社の違いって何?」と問うた。詳しい事は全く知らない私は「寺は仏教、神社は神道」と答えた。そして更に「うちは仏教ではないので・・・」(※私自身は天地創造の神(誰かは断定しない)のみ信じており、特別な宗教を持っている訳ではないが、うちの母方家系は浄土真宗である)そこへエージェントの人が「日本人で仏教で無い人もめずらしいですネ。お家は何教ですか?」「ハイ、浄土真宗です」すかさずエージェントの突っ込みが入り「浄土真宗だったら仏教じゃありませんか!」≪エ~~~ッ!?そうなの?≫「それと、神社は神道というのも間違いですよ」≪ゲェ~~~ッ!?そ、そ、そうなのぉ~?≫その時生まれて初めて浄土真宗が仏教と知り、神社は神道というのが間違っている事を知った。しかもイタリア人に教えて貰ったという、余りにもお粗末情けないお話である。このエージェントの彼女、イタリアの大学&院で6年間、日本語・日本文化を学び日本へ就職、私の100倍以上は日本の事を知っている賢い方で、京都のベテランガイドさんも舌を巻くほどの、イタリア人彼女の長々な説明であった。小学校や中学校で日本語で習った歴史は全く頭に入らなかったというのに、彼女のイタリア語での説明はと~っても解り易く、また興味を持って聞けたのであるが、あれから数年、その内容はスッカリ忘れてしまった。先の言葉を訂正しよう!【不健康な年寄】ではなく、私は【不健康な馬鹿年寄】である。
2003年12月21日
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現イタリア人夫は他のイタリア人男性に比べると、嫉妬心が強くない男である。私への情熱が冷め始めて(?)からは更に減った。男とは面白いもので、ライバルがたくさん居ると俄然張り切り、死ぬほどにも好きでもないくせに、一種の自尊心や優越感の為に女性を獲得しようとする奴も結構居る。現夫はまさしくそのタイプであると思われる。昔、元在日イタリア大使A、現夫&私の3人で、日本でのイタリア語学校経営の話が持ち上がった時、企画書を作成してAの元を訪れた私に、彼は夫を抜きに2人だけで始めようと持ちかけてきた。そして、ナント!私に関係を迫ってきたのである。「君の旦那は飾りにし、アイツの知らないところで仕事、そして我々の関係(プライベート)を進めようじゃないか!」と言ったのである。そして、洋服を脱ぎ始め私の横に座り私の体を触り始めた。ギョエ~~~ッ!!!実は私はこのAとは随分前からの知り合いで、他の男と結婚している時に知り合い、一緒に仕事をした間柄である。その時にも、夫持ちの私をデートに誘い出す為、仕事を理由にしたり、前夫と一緒に食事に招待したり、何だカンだ策略を練ってきた男である。そんな事はまあカワイイ出来事であったのだが、今回は結構≪直接的な手を使ってきたなぁ≫という事が多かった。Aは「何故に君は僕の気持ちを知っていながら、次から次へと他の男と結婚し、しかも今回の男はひどい!」と言ったのである。確かにAに比べたら、現夫が仕事面での才能は劣るのは認めよう。が、仕事とプライベートを一色単にしようとするお前もお前だ!≪マジに私と結婚したかったというのなら、もっと誠実な他の手を使え~!≫私は彼の手を元に戻し「確かに貴方は仕事面で優秀かもしれないけれど、恋愛面では幼稚園のガキ程度ね。貴方が昔から人一倍願望が強いにもかかわらず、未だに一度も結婚せず寂しさを味わっているのは、誰のせいでもない貴方自身の性格と行動のせいよ。仕事とプライベートを一色単にする人だとは、全くの幻滅だわ」そう言って彼の元を去ったのである。帰宅した私に現夫は「どうだった?企画書OKでたか?出資金分配の話は?」まったくカワイイもんである。「今回の話はお流れよ」との私の返事に、夫は当然ながら納得できず理由を問いただすので「あの人、今回の企画との引き換えに、私との関係を迫ってきたの」と正直に報告すると、馬鹿夫は・・・「どうしてOKしなかったんだ!?」と言ったのである。また違った意味のギョエ~~~ッ!であった。・・・次回へつづく
2003年12月20日
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昨日夕方、娘を小学校へ迎えに行き一緒に帰宅、いつもの事だが即行に娘は外へ飛び出した。私も大~~~昔の小学生の頃は、学校から帰るとランドセルをバ~ン!と放り投げ、アッという間に外へ飛び出し、友達と遊んでいたものだ。小学生がおとなしく家の中で勉強ばかりしているのも哀れなので、*遠くへ行かない*誰かの家に行く時は、一旦帰宅して私に報告してから行く*7時までには必ず帰宅するこの3点を厳しく言いつけてある。Pa~母も、結構まともな母であろう!?昨日は、夕方から掃除を始めようと、外へ飛び出す娘にゴミ出しを頼み、先ずは拭き掃除から開始した。そこへ娘が大声あげながら帰ってきたので、チャイムが鳴る前に玄関を開けると、そこには近所のお友達ヴェアトリーチェとその娘のマンマが立っていた。何事かいな?と思ったら、その奥様「ヴェアトリーチェがお宅で遊んでも宜しいかしら?」≪どうぞ!どうぞ!≫うちの娘が始終ヴェアトリーチェ宅にお邪魔しているので、まさか断る訳にもいかんし、ヴェアトリーチェはとても躾の行き届いた良い子なので、私は結構好きなのである。先日、私のお宝耳掻きを、勝手に簪代わりにして無くした馬鹿ガキどもとは違うので、物がなくなる心配も無い。が!その奥様は、まだ何か言いたそうで、私は気を利かし「何かご心配な事でも?」すると「お宅のお嬢さんと違って、うちのヴェアトリーチェはまだまだ幼く、一人で外歩きなどさせられません。奥さん、申し訳ないですが、遊び終えた時には宅までヴェアトリーチェを送って来て頂けます?」ハァ~ッ?まだまだ幼いって、うちの娘と同い年ではないか!そうすると何かい?一人で外へ飛び出し、あらゆる近所中の友達ン家を訪ねるうちの娘はナンぞ?それに我が家の門からヴェアトリーチェん家の門までは、約10mの距離。まあ10mの近さなので、別に送って行く位な~んて事はないのだが・・・確かに日本と比べたら子供攫いは多いし、幼稚園は当たり前としても、小学校のお迎えでも、先生達は責任を持って各自親に子供を手渡す。子供が親の手を引くまでは、彼等もキッチリ観察しておられるのは事実なのだが・・・しかし、こ~んな山の中、イノシシに襲われることはあっても、人攫いだなんて・・・(と思うのは大きな間違い?)今頃になって気がついたが、いつも一人外で遊んでいる我が娘を見て、おそらくご近所さん達は、私の事を無責任親と噂しているに違いない。今年日本に帰国した時にも、朝起きたら即行に100m先のおばあちゃんン家まで一人で娘を行かせていた私に対し、うちの父親も多くの友人達も非難していた。日本も知らない間に恐ろしい国に変身している事に、私は全く実感が無かったのである。やっぱり私は、無責任な放任マンマなのであろうか???
2003年12月19日
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私は人の好き嫌いがとてもハッキリしていて、一度嫌うと顔も見るのも同じ空間の空気を吸うのもイヤになるタイプなのだが、これが同じ屋根の下に暮らす家族となると大変困ったものである。家族の場合、それなりの年月を過ごしてきて自然に湧く情というものが、友人や恋人、仕事仲間などと比較して多くなる。好き嫌いがハッキリしている事に加えて、自分で言うのもなんだが私は結構情が深いので、変な同情心みたいなものも大いに邪魔をする。それに、相手云々もあるが、自分とて完璧な人間でもなければ、人間として女として妻として母として欠点だらけな所もあるので、何かしら問題が起きると自分自身を省みて、自分の悪い所を改めて思い知らされる事も大いにある訳だ。ここで素直に自分の非を認め、そして又素直に相手に謝る事が出来れば、物事結構穏便に済むのだが、判っていてても100%出来ぬところが辛いところだ。と前振りが長くなったが、昨日また夕飯の支度中に夫から電話があり、またまた車が動かなくなったので迎えに来てくれと言う。こりゃ又Pa~奥様の魔術の出番かいな?と、風邪引きで意識朦朧の中、大急ぎでコートを羽織り、娘と共に家を飛び出した。夫の元へ掛け付けると、ナント!車の故障ではなくガソリン切れだと言う。数週間前にも同じ事があり、その時もタダのガソリン切れで、≪車にはメーターちゅう物が付いているのだから、ガソリンが無くなる前入れろよ~!≫と思った。(が、口には出さない)その時もガソリンスタンドまで出向き、タンクでガソリンを購入し、スタンドにポンプを借りて給油したのだ。ガソリンスタンドのおじさんが、「ガソリンくらいチェックして、満タンにしなさいよ!」と、私の気持ちを代弁してくれたのである。(パチ!パチ!パチ!大拍手)にもかかわらず、また同じ事で私に手間を掛ける馬鹿夫。しかし!この馬鹿夫は、夕飯の支度を半ばに慌てて駆けつけた私に対し礼をも言わぬ。それだけでも腹立たしいというのに慌てて飛び出し眼鏡を掛け替えて来るのを忘れた私を大馬鹿呼ばわりし、私に思いっ切り腹を立てていた。【眼鏡掛け替え忘れ】VS【ガソリン入れ忘れ】どっちが間抜けか!って言うんだ!?(エッ?どっちもどっち?)私は、運転用、家の中用、外歩き用、そして悲しいかな老眼鏡と、私は眼鏡を4個掛け替えて生活している。慌てて眼鏡を掛け替えて来るのを忘れた私もお間抜けなので、ここは素直に謝った。(偉い!)しかし・・・やっぱり≪お前~!≫である。車のガソリンタンクと同じ、お前の頭の中も空っぽか~~~ぁ!と、今日はPa~奥様お腹立ちの日記でありまする。皆さん、申し訳ない。
2003年12月18日
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私は小学生の頃からファッションにうるさかった。親から貰う小遣いも、高校生になって始めたアルバイトの稼ぎも、全て衣装代へと消えていった。デザイナーになったのも、誰かの為と言うよりは自分がお洒落をする為に始めたといっても過言ではない。毎月の衣装代への出費が益々膨らむ中、とある靴屋へ出向いた時の事靴のプロと見受けられた店主が「君のお洒落は素晴らしいね!でも、今君が履いている靴は、正直素晴らしいとは言いがたいな。そこまで洋服に気を使っているなら、靴にも神経を使いなさい」と言われたのである。そして、当時(私はまだ高校生であった)のお金で6万円もするイタリア製の靴を勧めたのである。その当時の6万円といえば、普通のOLの1ヶ月分給料に近かった金額である。しかし、何故か私はそのおじさんの言葉に信用がおけ、素直にもその靴を購入した。その靴を履いて出掛けるようになってから、あらゆる場所で色んな人に褒め言葉を掛けられるようになった。≪お洒落の基本は靴から≫という言葉があるが、まさしくソレだったのである。此処イタリアでも、この観念は強い。それからの私は、靴を買う時にはその店へ行き、おじさんの意見を素直に聞くようなった。そして、私のファッションへの出費は益々増えていった。ある時おじさんが「いい靴を履くようになったら気分も変るだろ?でも、靴というのは手入れもとても大事。靴を大事にしない君には、僕の大事な靴たちを売りたくない」と言われてしまったのだ。そう!当時私は靴磨きというものをした事が無かったのである。雨の日でも平気でそれらの高級靴を履き、濡れたまま放置したりしていた。だから一目瞭然、靴の傷みは相当だった。そこで私はおじさんに靴の手入れ法の講義を受け、愛着を持って手入れをするようになった。この事が発端となり、私の靴への執着や愛着心は確固たるものとなったのである。3年前の冬、私はフィレンツェのとある靴屋で、私を強烈に惹き付けたブーツと巡り合った。お値段もイタリアにしては結構な価格であったが、お気に入りのモノに出逢う事が少ない私にしては超めずらしい事で、思い切って試着を申し出た。が!ショックな事に、超細身に仕上がっていたそのブーツは、履いてはみたもののファスナーが閉まらなかったのである。友人達から昔≪カモシカの足≫と言われてきた私としては納得が行かず、しかし納得が行かないからといってブーツが大きくなるはずも無く・・・≪入らないもの致し方無い≫と何故か素直に諦める気にならず、私は入らないブーツを購入したのである。家に帰って今一度履いてみるが、当然の事ファスナーは完全に閉まらない。クソ~~~ッォ!大枚はたいたのに!!!家の飾りにしておくのは勿体無い!旦那に相談すると、近くの靴職人に相談してみろとの助言。普段から、かかとの底の修理などをお願いしているおじさんである。早速ブーツを持参しおじさんに説明すると、いとも簡単に「まかしとけ~!」数日後取りに行くと、ナント!デザイン的にもプラスアルファ-された履けるブーツに変身していたのである。大!大!大感激!であった。それからはそのブーツの大活躍、この3年間しっかり愛用させてもらった。が、ふと気が付くと、後くるぶし部分の縫い目が左右両方とも2cmほど解けてきている。3年間フルに活用してきて、もうお払い箱かなぁ・・・と一瞬思ったのだが、私の靴への愛着心は先に説明した通り、ここで諦めても!それに此処にはあの素ン晴らしい靴職人のおじさんが居るではないか!早速車飛ばしておじさんを訪ねる。案の定、これまた「まかしとけ~!」部分的にも、構造的にもチョッと手間のかかる作業とはデザイナーの私としては理解できたので、お修理費用が恐かったし、内心≪買い替えても≫とは思っていたのである。そして昨日、出来上がったブーツを取りに行き、恐る恐るお修理代を聞く。おじさんはチョッと首をひねった後「3ユーロでいいよ」ヒエ~~~ッ!たったの3ユーロ?嬉しい!超嬉ピ~ィ!イタリアの善さはここぞ!!!日本は修理代が高くて、簡単に物を捨てる習慣が出来てしまったが、此処イタリアは、この靴修理のおじさんのような職人さんがまだまだたくさん居る。そして、彼ら自身がモノを大事にしよう!という気持ちを持ち、一つ一つの商品への愛情とも言えるものを持っているのだ。彼らは、ただの修理屋さんとは言い難い。彼らこそ【名工】と言える気がする。
2003年12月16日
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実は私は数日前から風邪を引いている。しかし、この事を他の人に言わず家の中でヒッソリしているのだ。いつもなら、ご近所さん初め友人、仕事関係の人達にも、同情をかう為(?)に言い触らし・・・ってのは冗談で、風邪を引いたからって、まあ特別に隠す事も無く後ろめたくも無く。ところが、何故に今回は黙っているかと言うと10日ほど前のテレビニュースで、毎年冬になると話題になるインフルエンザのことを特集しており、「今年のインフルエンザは、恐~い、恐~い、日本型インフルエンザです。日本でも既に死者が出ており、我が国に多く訪れる日本人観光客がイタリアにも運んで来たと思われます。みなさん予防注射を致しましょう!!!」と日本人観光客の姿を映し出していた。そして、医者の意見を求めるシーンでは「世界中を恐怖に陥れたSARSとも劣らぬインフルエンザです。予防接種の効果は約2週間後から出始めるので、今ならまだ遅くはありませ~ん!」これが原因である。こんな時期、日本人の私が風邪を引いている事がばれたら、この小さな町で村八分になるのは必至と思われ、哀れ娘も学校で虐めに合うやも知れぬ。SARSの話題盛んな時、我が家によく遊びに来る娘の友達ルミニッツァ(9歳)が、仕事中の私に向かって「ネエ、シニョーラ!うちのママが○○ちゃん(娘の名)のおうちに遊びに行ってはダメって言ったの。なんでも、SARSっていう恐~い病気が移るからって。SARSは中国人の病気だから」と言ったのである。私はこれに対し「ルミニッツァ、学校で地理のお勉強していないの?世界地図持っているでしょ?それをママに見せて、日本という国は島国で、中国とは境界を成していない事を教えてあげなさいネ!」と答えた。いずれにしろ、すごい考え方である。しかし、インフルエンザや風邪には、何故に香港型とか・・・ソ連型とか・・・日本型とか・・・たまには、イタリア型とか、フランス型とか、ドイツ型とか聞いてみたいものである。確か、スペイン型というのは聞いた事があったかいなぁ???
2003年12月14日
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さあ、ここまでくるとシリーズ化してきましたかな?イタリアの現実のきびし~いところは見て見ぬ振りをして、たまには美しいモノのみ見て心豊かにする事は、と~っても大事な事ですネ。(と自分に言い聞かす)そんな心豊かにしてくれた、人との出会いと場所のご紹介です。←←←←←イタリア共和国【PALERMO(シチリア州)】UPです!!!シチリア島のシチリアですよ~ぉ
2003年12月13日
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今日のタイトルは何だかなぁ・・・しかし【滅茶苦茶】とか【破茶滅茶】とか【目茶目茶】とか何故に、混乱している様の言葉には【茶】という漢字が使われるのだろうか???ご存知の方が居らしたら、是非お教え願いたい!此処イタリアの生活は、一言で言って破茶滅茶なのだが・・・今日は、上記の言葉のように破茶滅茶のお茶会のお話で、申し訳ないですがイタリアの出来事ではありません。それでも読みたいとおっしゃる奇特な方は←←←←←コラム【ゲイのお話】の第2話どうぞ、ご覧あれ~~~っ!!!
2003年12月11日
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昨日のジェラッテリアのお姉さんが、何故にあそこまで私を感心させたか・・・それは【笑顔】である。何処ぞのファーストフード店Mのマニュアル笑顔ではなく、内面から溢れる笑顔である。(※イタリアのMには、マニュアル笑顔は無い。入店と共に聞こえる「いらっしゃいまっせぇ~!」も、思い切りの作り笑いでの「ポテトと一緒にシェイクは如何ですか~ぁ?」などの誘いも無い)イタリアやフランスを訪れた方なら経験されたかもしれないが、こちらのブティックの店員の接客は日本の店員のそれとは違う。一言で言って、高慢とも思える態度である。顔見知りの店ならそんな事は無いが、一元の客への態度は蔑視さえも見受けられる事もある。言葉が通じれば、こちらとて会話が成り立ち和やかなムード作りへ持ち込む事も可能だが、多くの言葉の通じない観光客の皆さんには、そんなムード作りも出来ず≪買わせて頂きます≫モードとなる。これは何故か有名ブランドへ行くほどきつく、多くの日本人観光客の皆さんも経験されたのではないだろうか?大昔、フランスのルイ・ヴィトン店で、次々に訪れる日本人団体客が手当たり次第に商品を買い漁り、まるで市場帰りの様子で高級品を持ち帰る様に、現地人たちは驚きと共に軽蔑をしていた。その流れがイタリアのブランド店にも現れていたのである。しかし、最近は有名ブランドとて店員教育を徹底し、和やかとまではいかずとも心地よい接客をする店も随分増えた。ところが!だ。現地人の店員の接客態度は改善されつつあると言うのに、最近富に増えた日本人店員の接客態度には???と思わされる事が多い。有名ブランド店の日本人店員というのは、フランスならフランス語と英語、イタリアならイタリア語と英語というように、当然ながら外国語をある程度話す事が条件となる。彼らは何を勘違いしているのか知らないが、また、日本では外国語が出来るとそれだけで尊敬の眼差しで見られるからか、何故かおかしな優越感に浸り、同胞の日本人に対して傲慢な態度を取る輩(特に女)が異常に多い。笑顔一つ見せる事もなく不細工な顔をなさり、社交辞令さえ交わさずにつっけんどんとなさっている。笑顔が出来ないのかと思いきや、店員同士や他の欧米人に対しては微笑んでいるところを見ると、特別顔が固まっている訳でもなさそうである。有名ブランド店がわざわざ彼らを雇っているのは、多くの有難い日本人観光客の皆さんの為、言葉の通じる店員を置いて気軽に質問したり買い物をし易くする為に雇われているのだ。それを忘れては困る!というものだ。こちらが言葉が出来れば態度が豹変、現地人同伴だったりすると更に頭が下がるという、ナンとも醜い日本の上下社会のようである。日本では、スチュワーデスさん達も憧れの職業だが、欧米ではスチュワーデスというのはサービス業の一種で、特別憧れる職業でもなければ特別尊敬される対象でもない。そもそも、外国語が出来ると言う事だけで尊敬の対象となる事自体がおかしい!のである。尊敬できるかどうかと言うのは、人間性の問題であろう。職業云々、特殊能力云々(語学堪能が特殊能力だとは思わんが)だけで、人間としての優越感を持たれては堪ったものではない。優越感を持たれるのは結構だが、相手、しかも顧客を蔑視するような態度をする人間が、尊敬される立場であるとは、私は全く思わない。山中のジェラッテリアの彼女の方が、余程人間として素晴らしいと思うのは私だけだろうか?語学超堪能とは言い難い彼女達よ!せめて笑顔の一つでも見せてご覧になれば如何なモンでしょうか???
2003年12月09日
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私が住んでいる山中の小さな町には、半径200m内にジェラッテリア(アイスクリーム屋)が3軒ある。このうちの1軒は、いわゆる【行列のできる店】だ。オーナーは30歳台の若者(?)で、最初は自分の750ccバイクに屋台を引いて自慢の手作りジェラートを売り始め、このジェラッテリア開店までこぎつけた頑張り屋である。フィレンツェなどの都会で開店せず、こんな山中に開店した理由は、≪夏のシーズン中に思い切り稼ぎ、客が激減する凍える山の冬には店を閉め、ご自慢のバイクで暖かい所へ放浪の旅へ出る≫ということらしい。【海の家】ならぬ【山のジェラッテリア】である。よって11~3月は、ここの美味しいジェラートにありつけないのである。昨年は12月に入ってからクリスマスの25日まで営業していたのだが、今年は今月に入ってから未だ一日も開いていない。彼は既に旅立ってしまったのであろうか?数日前から私と娘は無性にここのジェラートが食べたくなり、幾度か出向いてみたのだが無駄足であった。致し方無いので、他のジェラッテリアで我慢する事にし、麓まで降りてみようかと一瞬思ったのだが、面倒臭いので地元で済ますことにする。残り2軒の内1軒は、タダでも食べたくないお味なので遠慮し、もう1軒で我慢する事にした。初めてその店に入ると、若いおねえさんが満面の笑顔で我々を迎え入れ、「今日は相当の寒さだから、店の中で暖まって行って下さいね」と話し掛けてきた。≪オッ!なかなか感じのよい店ではないか!≫Bar(喫茶)とPasticceria(ケーキ)も兼業する大きな店を一人で切り盛りしているので、我々の番が来るまで結構待たされたが、注文時や支払い時での彼女との会話でも、本当に彼女の人の好さが判ると言うか接客がうまいと言うか・・・珍しく、恥ずかしがり屋の我が娘が自分一人で注文したほど、彼女は感じが好かったのだ。我々の後から次から次へと来客相次ぎ、その客一人一人に声を掛けている。それが心からの言葉で、また内容も皆、相手に合わした会話をしているのだ。日本では当たり前の接客光景なのかもしれないが、此処イタリアでは珍しい!イタリア人はおしゃべりなので、店の人間と客が会話をするのは珍しくもナンとも無いが、彼女のように臨機応変全員まんべんなく心込めて・・・というのは私は初めてである。全ての客に対しての感謝の気持ちが素直に表れているのだ。彼女目当てに又訪れよう!という気にもなるというものだ。ジェラートの味※今日の私の選択はNocciola(ハシバミ)とCastagna(栗)も、大変よろしかった。ウ~ン、満足!
2003年12月08日
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何を隠そう、私は耳掻き大好き人間なのである。「耳掻きのし過ぎはよくない!」と耳掻き専門家(?)の皆さんや、耳鼻科のお医者様達はおっしゃるのだが、私は毎日耳掻きを持たぬ日は無いほどである。別に念入りに耳掃除をしている訳ではなく、名の如く耳を掻いているのである。「耳が痒いと何か好い事があるらしい」てな事を聞くので、≪オ~ッ!今日も何かよい事があるな・・・へ!へ!へ!≫と、耳が痒い事を単純に喜んでいるのだ。ところで、皆さんご存知かどうかは知らないが、此処イタリアには【耳掻き】なる物が無い!大昔、こちらの日本人仲間と、何処に行けば耳掻きが買えるのか皆で話した事があったのだが、結局見付からず、耳掻きは日本から持参する物である事が判明した。それからの私は、毎回日本に帰る度に新しい耳掻きを数本購入し、イタリアに持ち帰っている。今年9月に帰国した際も当然の如く購入し、我が家には耳掻きが3本あった(すでに過去形)イタリアに戻って早速、娘が1本耳掻きの先を壊してしまい残り2本となったのだが、ナント!一昨日、耳を掻こうと耳掻き探すも見当たらない。私は毎度同じ場所に片付けるので変に思い、娘を問いただした。すると!娘の友達が面白半分に、簪よろしく髪の毛に刺し、そのまま帰宅してしまったと言うではないか。耳掻きなしには生きていけない私としては、悲愴感最高潮で、娘に「取り返して来~~~い!」と叫んだ。娘は夜も更けた暗闇の中、マンマの宝物耳掻き奪回の為、大急ぎで飛び出して行った。が!この小娘(友達)クソ生意気にも一言「失くしちゃった」と事も無げに答えたらしい。お前~~~!人様の物を勝手に持ち出しただけでも怒りの鉄拳だと言うのに「失しちゃった」の一言で済む問題か!!!所詮、耳掻き習慣ないイタリア人にとって、私の可愛い可愛いコケシさん付耳掻きなんぞ、チャイニーズレストランのボロ箸と同じなのかもしれぬ。以前、現イタリア人夫が日本に来た際、余りに耳の聞こえが悪いと言うので、耳鼻科に連れて行ったことがある。お医者様がライトを当てながら念入りに見ていたが、その後専用のカンシ(?)を夫の耳の中に突っ込み、中から直径1cmほどの茶色の塊を取り出した。ギョエ~~~ッ!生まれて初めて見た、ものすごい耳垢であった。まさしく耳栓と形容してもよいほどの代物で、日本の耳鼻科の先生もおったまげていた。夫は日本の素晴らしい耳鼻科医に大感謝していたが、あれから数年の時が流れ、最近また耳の聞こえは悪くなってきたようだ。きっと又、超大物の耳栓が詰まっているに違いない。イタリア人達よ!耳掻きをしなさ~い!
2003年12月06日
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←←←←←新しいコラム作ったので、チョッと宣伝デ~ス!
2003年12月05日
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カンターレ!マンジャ-レ!アモ-レ!これは、イタリア人達にとっての【人生の素晴らしきモノ3ツ】ご存知の方も多いだろう。唄って!!!食って!!!愛して!!!確かに、人生これだけで済むなら、まったく悩みも少なく楽しい事であろう。が、食う為には働かねばならず・・・愛する為には相手が要る・・・そして、唄う為には・・・カラオケが要る???今回はこの【カラオケ】と、人生の3種の神器イタリア版にまつわるコラムを書きましたゾ!←←←←←を♪♪♪ど~ぅ~ぉ~ぞ~ぉ~~~♪♪♪
2003年12月04日
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先週半ばに、夫の仕事関係者から電話があり、日本語→イタリア語の翻訳を頼まれた。「プロに依頼しても好いのだが、ご主人とのよしみで・・・」と言う。【よしみ】って、まさかタダでという訳ではあるまいナァ???帰宅した夫に確認すると、プロ並とはいかぬとも報酬は出るはずと言う。まあ、週末家事そっちのけで小銭を稼ぐのも、クリスマス前としては悪くないと思い、引き受けることにした。さて、内容は?というとギョエ~~~ッ!厚生省発表の医薬品・医療品関連のドキュメントではないか!しかも、結構な枚数である。週末にチョコチョコッという訳にはいかなさそうである。ファッション関係ならいざ知らず、医薬品・医療品なんて、専門用語どころか意味さえ解らん!!書いてある日本語を読んでいても、決して正しい日本語の文章構成とは言えぬので、どこで区切ってよいのやも判断がつきかねる。それとも、私が大馬鹿者なのかしらン?しかし、責任感強いPasserottaとしては(実際は小金に目が眩んだだけ)、途中で投げ出す訳にもいかぬ。結局、枚数にして8枚、プロの翻訳なら6~700ユーロのお仕事であった。さあ、一体全体おいくら払ってくれるのやら・・・数年前、行きつけのレストランで知り合った素人画家に、彼が書いた詞の翻訳を頼まれた事がある。広島原爆をテーマにした彼が描いた絵に、その詞をイタリア語・日本語両方で書き添えたいと言う。普通の文書の翻訳と違い、私も一応芸術家らしく、自分でも悦に入る作品が出来上がった。それを、イタリア人の彼でも書けるように、大きな字でスタンプアウトし、我が夫に預けたのである。が、彼からは何の連絡も無く、そして数週間後レストランで顔を合わせた時にも、挨拶は交わしたがお礼の一言もなかった。そこで腹を立てるのも大人気ないので、こちらからは何も言わなかった。それから数ヶ月が過ぎ、余りに何の音沙汰も無いので、不信感を抱き始めた私は「あなた、あの詞、本当に彼に渡したの?」と夫に尋ねた。それに対し答えた夫の言葉は「あっ、そうそう!彼がありがとうと言っていたよ。お礼に彼の絵をプレゼントしてくれるらしい」ギエ~ッ!言っては悪いが、あんな下手くそな絵、タダでも要らん!そして時は流れ、その下手くそな絵さえも、私の手元には届いていないのであった。
2003年12月02日
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人間というのは、頂点に達した時の怒りの解消法を、過激な行動で表す場合も多い。私は元々暴力反対!主義者なので、怒りが頂点に達した時でも極力感情を押さえ、平生を保とうと努力してきた。夫婦喧嘩などで、皿やコップを投げ合うシーンを、イタリアのテレビや映画の画面の中で見た事があるが、どうも私にはピーンとこない光景であった。物を思い切り投げつけて壊す事で、怒りの感情が収まるものなのかいナァ???と、大昔一度試した事があった。部屋の中でやると後片付けが大変なので(変に冷静)、部屋の中からベランダに向かってガラスコップを投げつけてみたのだが、ガラスコップが木っ端微塵に砕けたようには、私の怒りは砕けなかった。しかも、そのガラスの破片がベランダ飛び越え地面に落ちて散乱し、変に常識家の私としては、≪ご近所様に申し訳ない、車が通ってタイヤがパンクしても申し訳ない≫と、寒空の下、木っ端微塵のガラス片を必死に片付けた経験がある。その時、自分のしている行動が全く馬鹿馬鹿しく、やはり私には向かない怒り解消法であると実感した次第である。物に当るという行為は、所詮、怒りの矛先を直接対象以外の物にぶつけているのであって、ストレートではない訳だ。それでは、怒りを直接相手にぶつけるというのは如何なものだろう?先の、モノを投げつけるのでも、私のように、全然関係の無いベランダや、ご近所さんに矛先を向けても致し方無いので、怒りの原因張本人に向かって投げつけてみる。少々話が飛ぶが、此処イタリアのチャイニーズレストラン数店でよく見かけた光景なのだが、レストラン経営夫婦が客が居るにもかかわらず、営業中にド派手な大喧嘩をしているのに幾度か出くわした事がある。我々と同じアジアの中国人女性が、あれほどまでに激しい気性とは、あのド派手大喧嘩を見るまでは想像もしていなかったのだが、彼女達は激情家である。普段はお愛想よく流暢なイタリア語で客と接している彼らだが、この大喧嘩の時には当然ながら中国語で激しくやり合っているので、内容的にはどんな事で怒っているのか私には判らないが、兎に角すごい!客席では激しい罵り合いだけだったのが、そのまま奥の厨房へ行き、激しくモノが投げつけられる音だけ我々は聞いていた。その音だけでも、厨房の中の様子が想像できるものであった。その後、彼女達がシラッと澄ました顔で接客しているのを見て、益々感心させられたものだ。あれだけ激しくぶつかり合って、彼女達はスッキリしたのであろうか?厨房の中では、瞼を紫色に腫らした旦那が、涙に濡れながら一生懸命チャーハンでも作っているのだろうか・・・彼らを見ていると、≪思い切り怒りをぶつけ合ってスッキリし、その後は平然と何事も無かったように日々を暮らせる≫というのは、夫婦間のストレスを早々貯めずに生きていける一つの手立てかいな?と思ったりもする。と、前置きが長くなったが・・・昨日またまた馬鹿夫が私のPCを不調にさせた。使い方もよくわからず適当に触りまくるので、彼が使用した後のPCは正常に作動しなくなっているのである。「解らない時には私に聞いてね!」と口を酸っぱくするほど言ってあるのだが、未だに、写りの悪いテレビを叩いて直そうとする真空管時代の天然記念物夫、PCとて同じ。あちらこちらクリックしまくり、キーボードも押しまくり、彼の思うように動かぬPC(ノート)を揺すっていた。「お前~~~!」ここで素直に「ごめんなさい」と謝れば、事も早々大きくならぬのだが、我が夫の悪い所1、自分のミスを素直に認めず謝らず。これが私を怒らすのだ。言葉に出さずとも、反省の態度でもありゃ可愛いのだが、昨日は反省どころか開き直っていた。「人の物を壊した時には、素直に謝るのが大事よ」と、まるで幼稚園の先生が言うような事を口にする自分も情けない。ここで私の怒りを益々増徴させた彼の一言「Che cosa vuoi da me !? (俺に何をして欲しいネン!)」ここで私の怒り一発、彼の頬へ平手打ちが飛んだのである。長い人生初めての、夫という男への暴力であった。(※婚外男への小暴力は有り)が・・・やはり平手打ちでも、私の怒りは収まらなかったのである。物を投げるのも、平手打ちを喰らわすのも、どうも私には向かない怒り解消法である。やっぱ、ナンか他の楽しい事でも考えよぅ~~~ぉ!!!っと
2003年12月01日
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