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人と思想シリーズ(清水書院)「カルヴァン」が面白かったので同シリーズ「ニーチェ」を読もうとバッグに入れたがまてよ・・・ニーチェはちょっと重たいなとまた書棚にしまい「パスカルの隠し絵」小柳公代(中公新書)にした!電車を待つ間ページをめくり始める。これは面白い!作者は、キリスト者ではなく、物理学者としてのパスカルを推理する。人が見ない部分に目を止める~パスカルを正面玄関ではなく、勝手口からそっとのぞく様子だ。パスカル研究者は、フランスを別にすれば,日本が一番多いのだそうだ。著者はパスカルの賛美者の一人らしいが、日本人でこんな奔放なパスカル愛好家がいたなんていいなぁ。
2013年02月28日
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仕事が遅くなり友人と夕食した。裏通りを歩き、「ためしにここに入ってみよう」いつもは横目で見ていただけの中華屋に入る。中国人の経営か、店内は中国語が飛び交う。2階には団体客が飲食していて店員が階段を上り下りする音がけたたましい。誘った友人には悪いことをした。店員の愛そうが良いことだけは良かった。家に帰ると妻はもう床に入っていた。顔をのぞき込むと、にっこり。
2013年02月26日
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家庭集会の礼拝で「礼拝の祈り」を終えると母が目頭を押さえていた。メッセージの前の賛美を歌いながらまた泣いた。家族5人で礼拝する喜びを抑えきれないそうだ。
2013年02月24日
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ウェスレーの伝記を2冊読んだので次は宗教改革者「カルヴァン」にあたっている。清水書院の「人と思想シリーズ」ハンディ教養本であるがこのくらいがちょうど良い。このシリーズでは、去年「パスカル」を読んだがそれも良くまとめられていた。カルヴァンを読み、カルヴァンに惹かれる。著者は、渡辺信夫、日本におけるカルヴァン研究の第一人者。思いを込めている人が書くときに、伝記を書く筆も熱く煮えたぎるのだ。「若いときに勉強しすぎて体をこわしたカルヴァンは,その後も肉体に無理を重ねて仕事をしたために、つぎつぎと病気の箇所を増やし,病気に冒されない箇所は体の内に残っていないほどになった。」「命の灯は日ごとに小さくなっていく.カルヴァンは死期を遅らせようとは願わず、無為なままで生きることを恥じていた。肉体の苦痛が取り去られることよりも、その苦痛に負けない精神を持つことが彼の願いであった。」「礼儀正しく、これまでのことについて感謝し、なすべきことが多くあるのに果たす所きわめて少なかった点、また度を過ごして激しく怒ったのを彼らが忍んでくれた点について、率直に詫びた。」「彼はなお言葉を続けて、具体的な点にわたる諸注意事項を述べ,誘惑と戦うべき事をさとし、最後にもう一度、自己の欠点をゆるしてくれるように懇請した。」55年の生涯にわたる信仰の戦い、短くそして激しく厳しいものがあった。パスカルの齢は39年、この二人は約100年の隔たりで,共にフランスに生まれた。この二人の生き方、また信仰のあり方は、宗教改革者とカトリックの違いはあっても共通するものが多い。ボクはすでに65歳、無為を恥じる日々を送ってはいないだろうか?
2013年02月22日
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2013年02月17日
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父の町、千葉にボクも来た。不思議な気がする。父は葛飾に生まれ船橋で逝った。千葉は母の町でもある。母は船橋で生まれ育った。今葛飾に住む。ここは千葉父の面影を追う。病を負い病床で洗礼を受け千葉で天に旅立った。母は85歳を迎えボクの家の礼拝を守る。生き別れた両親を心の中で結び合わせる。2人ともクリスチャンになったのだもの。
2013年02月16日
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パウロは手紙を書いた。方々の教会に、小さな群に、個人に、彼らを想い成熟を願い愛を込めて手紙を書いた。論文ではない神学書でもない手紙だ。当時、手紙を受け取った人々の識字率は10%ほどだったという。教会の掲示板に貼っても読める人は少なかった。パウロの手紙は,礼拝の後繰り返し繰り返し声に出して読まれたに違いない。パウロは手紙を書くのが大好き!パウロの手紙を読んでいるとパウロの心が伝わってくる。その手紙は一つに集められて「新約聖書」の半分にもなってしまっておかげでボクたちもあの時と同じようにパウロの手紙を読むことが出来る。まるでボクたちに宛てて書かれているように読むことが出来る。
2013年02月15日
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ウェスレーの伝記を読んでいて思う。彼は18世紀を丸ごと生きるように、87歳まで生き、最後まで伝道のために予定を立て前進した。これじゃぁボクも弱音を吐いては居られないと思う。歳だ、歳だと自分に言い聞かせ人にも「もう歳なんで,若い人に」なんて言うのはよそう。Onward, Christian soldiers, marching as to war,with the cross of Jesus going on before.
2013年02月09日
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妻はからだの力を使い切って床につく。9時半頃には床につく。「明日はもうありません」そんなふうに床につく。でも寝に行くときにはPCを見ているボクの横を「じゃぁまた明日ね」と挨拶して行く。ボクが夜中に目覚めると息をしているか確かめる。息をしていない様子だと揺すってみる。そうすると「せっかく寝ているのに どうして起こすの?」と怒る。朝、6時過ぎになるとまるで不死身のように起き出す。ボクは神学校の宿直当番なので今晩は、そんなふうに妻の寝顔をのぞき見ることができない。
2013年02月07日
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周辺に地震が頻発しこちらもそろそろ大きなのが来るかも、と実感させられる。息子の車に水のペットボトルケースが置いてあるのを見て「地震の備えか?」と訊ねると「そうだ」と答える。「親のことは差し置いて逃げるんだよ」というと「場合による」と答。息子の性格から考えると自分を省みず親を助ける気がするが、あなた任せにしないでしっかり助かる算段をしよう。
2013年02月06日
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夕方5時過ぎに妻と散歩に出た。外はまだ明るく春がそばに来ている。ゆっくり歩いている紳士の後ろを歩いた。教会にお勤めしていた頃天国に送った信徒さんに似ていた。なつかしさに浸りながらボクもゆっくり歩いた。犬のリードを妻に渡すと犬に引かれて妻はその男性に近づいた。話しかけそれからは彼女は話しながら歩いた。自分はクリスチャンで家で家庭集会をしている。あそこの家です、前を歩いているのが夫です、などと話している。ボクも振り返って会釈すれば良かったかな?
2013年02月03日
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