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神様しもやけ直してくださいと湯舟の中で足指をさする大晦日
2013年12月31日
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一日中片付けを考え、手も動かしているが、思うようにはかどらぬ。片付けの合間に、郵便局に行き送金したり、お金をおろしたり。夜8時にはスーパーに行き、クリアウォーターを汲んだり、半額値引き食品に群がったり・・・さらに原稿を仕上げたり。妻の症状が安定しているので、2人揃って気持ちが前向きになっている。妻は1型糖尿病患者なので油断は出来ないが。あっという間に夜が更ける。11時にならないうちに寝床に行くことを心がけている。
2013年12月30日
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2013年最終の日曜礼拝。先週のクリスマス礼拝は「クリスマス親族会」にして、子たちも含め18人が集ってくださったが、今日はいつもの5人のメンバーで、クリスマス第2礼拝を守る。母と妻の証詞が長くてボクの話す時間が短くなる。この礼拝では、ボクが詞を書き息子が曲を付けた「クリスマス賛歌」を披露。My弟のギター伴奏で何度も繰り返して歌う。事情を知らぬ母が、「この曲初めてだわね!」「今日がお披露目の曲だよ」「えっ、みっちゃんが作ったの? 今日でおしまい?」「次も歌うよ、クリスマス第3礼拝だから!」
2013年12月29日
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安倍総理は、やむにやまれぬ気持で靖国神社に詣でたと想像する。そのデリケートな気持は諸外国にはわからないだろう。戦争で死んだ軍人たちは「靖国で会おう」と死んでいった。後世が知らぬ顔というわけに行かない。安倍総理の責任感、あるいは良心の発露なのだ。しかし靖国神社が一宗教法人である限りその行為は政教分離に反する。総理大臣である限り、一個人の信仰で行ったとは言えない。軍人の心を、天皇や靖国で縛った人々の罪は重い。そんなところに日本人としてのアイデンティティを求めるとすれば間違っている。
2013年12月27日
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人をコントロールしようとするとエネルギーを使います。怒りの感情がわき起こることもあります。コントロールされる方も怒りの感情に満たされます。コントロール関係は人間関係をアンバランスにします。「どうして言うことを聞かないの?」「どうして言うとおりに動いてくれないの?」お互い見つめ合わないで一緒に十字架を仰ぎましょう、と、どこかで聞いたことがあります。人間関係は、「折り合い」だと思います。夫と妻、親と子、兄弟姉妹、友だちみんなそうです。「弱い者には弱い者になりました。 弱い者を得るためです。」そんなパウロの言葉がありますね。妻に対しては妻のように夫に対しては夫のように子どもに対しては子どものように親に対しては親のように自分は隠れてしまいましょう。知らず知らずのウチに威張ってはいませんか?自分はどんなに小さくなってもいいんです。そのくらいで人間関係のバランスが取れると思います。
2013年12月26日
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今日はクリスマスだが「クリスマスらしくないね」と妻夫と子どもにクリスマスを味合わせられなくて申し訳ないと思っているようだ。24日はどこかの教会のイブ礼拝に行こうかとも考えたが寒い夜に外出するほどの元気がない。歩いて行ける教会でもあれば別だが。所で今年のクリスマスは妻の診察日と重なった。執刀していただいた脳外科の御元気な若い先生にお会いして初老のこの夫婦も元気を分けていただいた感じ。夜はシンガポールの娘家族とスカイプでつながり孫たちの顔を見てクリスマス気分。サンタさんからのプレゼントを見せてくれた。
2013年12月25日
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妻は8時過ぎには寝る支度のために2階に行く。PCの前に座っているボクの横を通り挨拶する。「今日はクリスマス・イブなのよ」とボクの前に来て、「羊は眠れり」を一人で歌い出す。そうボクはこの讃美歌が大好きだった。教会にお勤めしている頃のクリスマス、毎年のように歌っていた。ボクも一緒に歌う。懐かしさに泣けてくるのを隠して、笑う。
2013年12月24日
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自動車は息子が仕事で使うようになったので昼間の買い物など、最近はバイクを乗る。昨日も今日もバイクで町中を走る。もこもこ着込んでいるのでさほど寒くはない。ただ冷凍庫から吹いてくるような風が顔に当たり、鼻水が垂れる。「ツメテッ(冷たい)」ボクの自慢のバイクは、本田ベンリィCD125である。ずいぶん昔のバイクで、同型車に出合うことは最近なくなった。
2013年12月23日
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こちらの自治会館が落成したので会場にお借りして、「クリスマス親族食事会」を計画しています。ボクと妻の親族合わせて18人が来てくださることになっています。食事、自己紹介、ゲーム、などのプログラム。最高齢は85歳の母、次いで叔父。最年少は姪の子かな?妻は大張り切り。明日のことを考えるだけで、涙ぐむ。春になったら「楽天ブログ・オフ会」も計画したいデス。お出かけくださいますか?
2013年12月21日
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「世界で最も貧乏な大統領」と言われているウルグアイ国ムヒカ大統領の2012年の地球サミットでのスピーチ。 (訳:打村明)http://hana.bi/2012/07/mujica-speech-nihongo/ から転載———————————————————————会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。 私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。昔の賢明な方々、エピクロス、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。国の代表者としてリオ会議の決議や会合にそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、世界でもっとも美味しい1300万頭の牛が私の国にはあります。ヤギも800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。ありがとうございました。
2013年12月20日
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こちらに来て電車に乗る機会が格段に増えて。スマートフォンを使っている人が多い。向かいの座席を見渡すと、6人掛けで5人が操作しているのに驚く。車内に立っている人も、ホームに立っている人も歩いている人も、み~んなスマートフォン。「スマートフォン時代」と、後の世の人は言うだろう。何を見ているのかな、とのぞき込むことがある。くるくる上下しているのでわからない。あんな小さな字はボクにはダメであるし、上下する画面にはめまいを起こすだろう。インターネットなら家でパソコンで見るに限る。
2013年12月20日
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サンタが来る夜。親のいない時に示し合わせ、押し入れをくまなく捜したと。無いに決まっている。サンタはあなたたちが寝ているときにやってきてそっとプレゼントを置くのさ。
2013年12月19日
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今日の礼拝出席者は6人。昼食の後、みんなで見送る。送るのも、送られるのも、3人ずつ。妻は今が一番幸せだと言うし母もきっとそうだ。 嫁としうとめの仲がこんなに良くなるとは 若い頃は想像もせず。 仲良し母娘に見える。1型糖尿病の妻は午後、しばし休眠に入るのが日課。ボクは「ワークマン」へ行って買い物。寒さに強いと油断して、足にしもやけを作り靴がはいらなくなり、一回り大きい防寒靴と防寒スリッパを買う。これなら治るだろうな。(待降節第3主日)
2013年12月15日
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「つまずきは避けられない。だが、つずきをもたらす者は不幸である。」 マタイ福音書18章7節つまずく人は、針が床に転がってもつまずくのだろう。自己責任でつまずいていただきたいと思う。しかし自分がつまずきの原因となれば自分のあり方は不幸だと断じられている。それがイエスの言葉だ。つまずきをもたらす者にならないように極力祈りたいと思う。それにしてもボクは今日までいったい何人の人々をつまずかせてきたのだろう。御国に行けばわかるのかしら。
2013年12月12日
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「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」 マタイによる福音書13章31~32(新共同訳聖書)今日電車の中で読んだ聖書の言葉に心ひかれた。空んじるほどに何度も読んだ所なのに感心した。どんな種よりも小さいのに成長すると、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。「成長力」の偉大さに目を見張った。人間だって、始まりは女性の中にあるちい~さな卵子だもの。それが20年後には立派な成人だ。命あるものはきっと成長できるんだ。人間がいじり回さなくてもいい。放っておいて、見ていれば、ずんずん成長するのが命。きっと喜びの目を見張ってその成長に立ち会っていられるのだ。
2013年12月09日
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