全12件 (12件中 1-12件目)
1
ボクの気性の激しさは、知る人は知っている。ぐぐっと内側から噴火するのは、批判の心である。側にいる妻は、ボクに警告する。「その批判は慎みなさい。 第一に一方的すぎる。情報を正しく把握したものではない。 第2に、いや何よりも、愛の心からかけ離れている。」この人は、ウェスレーの書物をボクのように読んではいないのにあたかもウェスレーのように言う。
2016年11月29日
コメント(2)
きのうはわが家での礼拝の後、上大岡の新しい教会の応援に出ました。チャペルでのお説教は久しぶり神様の恵みに支えられてご用をしました。野田線→北総線→京成線→都営地下鉄→京急線こんなにたくさんの線を乗り継ぎました。行きの電車で尿意をもよおし間に合わないと感じて途中下車時間ぎりぎりになった。次は元旦礼拝の応援となります。
2016年11月28日
コメント(1)
一日1説教を読むことを目標にしている。または2日で1説教を読みたいと思っている。最低でも、3日で1説教。そうやってウェスレーの標準説教53を読み終えたので次に「ホーリネス牧師15人のメッセージ」を手にした。ホーリネス系の各群の代表的説教者が、説教を寄せている。まだ半分ほど読み進めただけで、早計かも知れないが、ボクは感激している。わかりやすいきよめの説教が多い。ボクたちの国に、こんなに素晴らしい説教をとりつぐ人々がおられたなんて。ずっと翻訳された説教に取り組んできていたところ日本人のこなれたわかりやすい日本語に感激!
2016年11月24日
コメント(2)
高校3年の時、洗礼を授けてくださり献身に導いてくださった恩師ご夫妻を偲ぶ会が持たれた。当時の青年会で一緒だった人とも、40数年ぶりに再会ほかにも懐かしい人たちばかり象先生も駆けつけてくださった。若さとは言え未熟だった時代支えられ支えられ支えられ助けられ助けられ助けられ祈られ祈られ祈られ今になってようやく知る人間の鈍感(あれ自分だけかな)後ろを振り返ることが許された今日という日に感謝してさあ、前を向こうあそこ、天のところ、あそこまでまっすぐに行くぞ
2016年11月23日
コメント(2)
雀を見なくなったな、と思っていたら、最近雀が群れているのを見るようになりました。妻と日課である聖書を読んでいて、眼をとどめました。そして心にも。かわいい雀、ちゅんちゅんと無心に啼く。どうしても罪を感じません。むしろ人間の罪に汚されながら、けなげに生きる。ボクたちはアダムの罪を背負い、自分や人の罪に傷つき、怒り、弱り、また悲しむ。きよらかさという点では、とうてい雀には、かないますまい、と、常々雀になりたいなと思いつつ生きていたボクですがイエス様のお言葉に、心打たれたのです。「あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている」と?五羽の雀が二アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、神がお忘れになるようなことはない。 それどころか、あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」ルカによる福音書12章6~78(新共同訳聖書)
2016年11月22日
コメント(1)
「身の回りにある」と表現するとボクは威張りたくなる。「身の回りに置かれている」と言うとボクは謙虚になる。その置かれているものはボクから離れ不思議な意味を持ち始める。
2016年11月18日
コメント(1)
スマホで写した写真をコンビニで印刷して人物が小さめだったが無事に申請は受領即日交付ではないその日から約1ヶ月できた真新しい免許証を取りに行ったゴールド免許なので講習は30分交通安全協会からの講師の話を静かに聞くだけ今度は5年後に更新その時は73歳か今回が最後かなもう1回くらいイケルかなバイクも、家人はもうやめたら?と言うが本人は大丈夫と思っても周囲から見たら潮時と思われているのだろう考えなければ
2016年11月15日
コメント(3)
ボクの属する小さな教団の集まりがあった紅葉映える里山のふもと早朝には雪も舞うそれぞれの地で教会を任されている牧師たちが40名ほど集まり聖書を読み合い黙想し、感想を述べ、互いの問題を語り合うにわか仕立ての小劇を演じ笑い転げるこの国では孤立しがちな牧師たち仲間が身を寄せ合うひとときがどんなに慰めに満ちたものかあっという間に終わりを迎えきっと決意を心に秘めてまた任地に向かう
2016年11月10日
コメント(2)
若い頃、ジイドの「田園交響楽」という本を読みました。ベートーヴェンの「田園交響楽」とのつながりを心に描きながらきれいではあっても、悲しい結末が悲しかった
2016年11月06日
コメント(1)
「田園交響曲」なんと懐かしい響きだろう!心のふるさと!クラシック音楽であなたにとってかけがえのない曲ただ1曲は?と問われたら田園交響曲!これほど自然に流れ、そして濃厚な音楽はほかには、ない!
2016年11月05日
コメント(4)
面白い友人どこで知り合ったのか良く覚えていない向こうもそう言っていたいつの間にか友人になる彼はずっと千葉で1年にいっかい必ず静岡にいたボクの所に応援に来る遊びに来る?交わりが始まったのは彼が大学生の頃だったというやがて彼は結婚したがそれからは奥さんと2人で来るようになった素朴な彼だが、奥さんも輪をかけて素朴神様の配剤だな~ボクは居を千葉に移すと1年にいっかいずつ説教のために行き来するようになった今日はボクが行き来月は彼が来る今日ボクは説教者なのだけれど時間に遅れた時間の計算が甘かった弟の運転で、妻とそして駅に寄り母を迎える4人で行ったがなんと! 彼の所に着くと彼の町の牧師さん夫婦が応援に来られていた遅れたことを謝るとあとで奥さんが来てワタシもいつも遅れるのでやまひでさんたちが遅れてきたのでほっとしましたというそんな慰め方があるなんてすごい、と感心来月、彼らがウチに来る番!楽しみだな~
2016年11月03日
コメント(1)
昨晩は10時半に床についた。寝付きは良いのだがそうでない時もある。日付が変わったので、耳元に聖書録音をセットした。箴言30章から始まった。聞こえてきた言葉に心の構えが消え去り、やがて眠りにつく。ヤケの子アグルの言葉。この人は言う、神よ、わたしは疲れた。神よ、わたしは疲れ果てた。まことに、わたしはだれよりも粗野で人間としての分別もない。知恵を教えられたこともなく聖なる方を知ることもできない。 箴言30章1~3(新共同訳聖書)
2016年11月03日
コメント(2)
全12件 (12件中 1-12件目)
1


