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パスカル著「パンセ」を読み始めています。今までは中央公論社版で、何度か読みましたが、こんどは松浪訳です。松浪訳も格調高い訳ですね。今朝は、151 まで読みました。 栄誉。称賛は幼時からからすべてのものを駄目にする。まあ、何て上手に言えたのでしょう! まあ、何て上手に出来たのでしょう! 何てお利口なんでしょう! 等々。 ポール・ロワイヤルの子供たちは、そういう羨望や栄誉の刺激を与えられないので、無頓着になる。 (「パンセ151 松浪信三郎訳)
2016年09月29日
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「聖書通読やお祈りを終えなければ、メールは開かないよ」生前、ボスはそう言っておられた。遅まきながら、倣っています。
2016年09月27日
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コーヒーを切らして数日ほかのお茶を飲んで我慢していたが今日は久々に晴れ間が出たので礼拝後の午後、コーヒー買いに走る行きつけのコーヒー店は、バイクで片道15分500グラム500円の格安コーヒーを2袋ほかの特売コーヒーを200グラムずつ2袋これで家族3人1か月分のコーヒー家に帰ってすぐ1杯夕食後にまた1杯
2016年09月25日
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キリスト教関係の古本は、以前は高価でなかなか買えなかった。昨今は、オークションサイトに、おびただしい古本が安価で出ていてついつい手が出る。そういうものを買いあさっているので、裁断してばらばらにするのも、気楽なのだ。ネットで買う古本は、手にしてみないと状態はわからない。赤線や書き込みがある本に出会うのもしばしば。線が引いてある箇所で、その本の元の所有者の理解度がわかることもある。「なるほどボクだってその箇所に線を引く」「そこは重要なところではないでしょ」
2016年09月24日
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朝から土砂降りでしたが、ハイキングではないからいいか、と、今日は恵葉聖会に参加。息子が新鎌ヶ谷駅まで、ボクたち夫婦を送ってくれました。88歳の母とは現地で落ち合うことに。駅に着くと、改札口の向こう側に、懐かしい人たちが出迎えて下さいました。聖会の会場教会までピストン送迎です。たくさんの人たちが来て、みんな神様の御言葉を聞くことに熱心です。午前の聖会を終えて振り返っても、母の姿はなかったので、この雨だからあきらめたのだろうと。昼食を終えた頃、「お母さんが見えました」と呼びに来られました。会場がわからず雨の中をさまよっていたとのこと。親切な人がここまで車で送ってくれたと。無事でよかった!雨の中、道に迷い、さぞ心細かっただろう、さぞ消耗しただろうと思いましたが、母は疲れも見せず、にこにこしています。恵まれた聖会が終わると「私の家は柏市です。帰り道ですから、お送りしましょう」親切な信徒さんが声をかけて下さり、我が家の近くまで私たち夫婦を送って下さり、母をも最後まで送り届けて下さるそうです。親切の大洪水の中、感謝に心満たされた日。
2016年09月22日
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最近、本を読む時は裁断して読みます。聖書1冊は必ず持ち歩くので、それだけでも重いのです。プラス読書の本1冊ではさらに重くなる。本を惜しみなく裁断して、これくらい読めるかな、と思われる分量だけ透明な袋に入れて持ち歩きます。これがすごくいいのです。ウェスレーなどの説教を読むには、ちょうど1説教、電車の一往復で読み終わります。本当はkoboなどの電子読書ツールで読みたかったのですがスキャンしてPDFにした書籍は、大変読みにくい。かといってOCRにかけテキストファイルに作り直すことは、気が遠くなるほどの労力が必要。そこで考えついた本を切り持ち歩く方法。結局、紙の読書にまさるものはないとの結論。
2016年09月21日
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老いたる犬は懸命に走ろうとする体は左右に振れつんのめりそうになっても野山や浜辺を疾駆した若き日のように誇らかに走ろうとする目は弱くなり昼夜も逆になり帰る家も忘れたがどこまでもまっすぐに生きることを飼い主に教えている
2016年09月17日
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