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妻の朝食の支度を手伝う朝食後、パスカル『パンセ』を読む妻と家庭礼拝をする昼食明日の礼拝で歌う新聖歌486「やがて天にて」を印刷週報を作成週報をホームページに載せるホームページを新年向けに改変入浴する家庭用パン焼き器をセットする年越しそばをゆでる夕食はそばテレビで中村紘子追悼番組を途中まで見る犬の散歩をする明日の礼拝説教を準備する礼拝説教を印刷するメールをチェックするみなさん、良いお年をこの一年、このボログにきてくださりありがとう!
2016年12月31日
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思うにパスカルに惹かれるのは、「あこがれ」からなのだろう。自分と違うタイプの人に、人は惹かれるから。(もしかしたら,共通点もあるのかな? などと 少しの期待も混じるが)『パンセ』は5回ぐらい読んでいるがパンセ471に初めて出会ったときは、ボクは顔を張られたように感じた。 人が私に執着するのは、たとい喜んで心からしたにしても、不当なことである。私は(中略)裏切ることになるであろう。なぜなら、私は何びとの目的でもなく、彼らを満足させる何ものも持たないからである。私はやがて死ぬべきものではないか。そうしたら、彼らの執着の対象も死んでしまうだろう。だから(中略)自分を愛させるのは罪である。もし私が人々をひきつけ、私に執着させているとしたら、私は嘘を信じようとしている人々に向かって、それが私にどんな利益をもたらそうとも、決してそれを信じてはならないと忠告すべきであるように、彼らにも私に執着してはならないと忠告すべきである。なぜなら、彼らは神を喜ばすため、また神を求めるために、その生涯と考慮とを費やすべきものだからである。 (パスカル著『パンセ』471~B版)
2016年12月30日
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リントシュトレームの『ウェスレーと聖化』を読み終えた。この10年ほど、折々にウェスレーの標準説教などを紐解いてきた。53の標準説教集は2度ほど目を通した。一つ一つ迫力あり感銘深い説教だが、系統的にはなかなか把握できなかった。リントシュトレームのその書物を読み、ウェスレーの説教集の内容がパズルのピースがはまったように全体的に鳥瞰できるようになった。ウェスレーからの引用が豊富にあるのもうれしかった。これで一段落!そこで今日はパスカルの『パンセ』を再び手に取った。ウェスレーとパスカルは、時代も違い視点も少し違っているが、「神を愛すること、人を愛すること」それが共通の命題。両者の真実は、カトリック、プロテスタントの相違を止揚し普遍的なキリスト教を映し出している。
2016年12月29日
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天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。「いと高きところには栄光、神にあれ、 地には平和、御心に適う人にあれ。」 ルカによる福音書2章10~14(新共同訳聖書)どうか、すべての人々に宣べ伝えられますように。ご奉仕をしている働き手に特別なお守りを!
2016年12月25日
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ずっと心に温めていたこと弟夫婦に福音を語ることクリスマスイブに行くよというとおお、来い!と待っていてくれたクリスマスソングを歌詞の意味を説明しながら歌ういつも礼拝でギター伴奏をしてくれるもう一人の弟も快く来てくれて一緒に歌うわが妻も歌う88歳の母も一人で来た!楽しいなぁ~コーヒーが出てケーキも出る最近、ケーキ作りをしているんだへぇ~そう?良い趣味だねぇ時はあっという間に過ぎていく
2016年12月24日
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その神々しさに顔を赤らめるだろう
2016年12月23日
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冬至を越えた1月になると目に見えて日が伸びる2月は「ひかりの春」北風とひかりの追いかけっこがはじまるひかりの春が、春のひかりとなると北風は消えゆく
2016年12月22日
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昨日はボクに付き合おうとするように頑張って歩いたが今朝はもうだめという感じだね。寒いしね。あきらめて帰ったら、すぐ寝そべったね。あなたと一緒にわが家族16年、楽しかったね。いやなことがあると、あなたの小屋に行ってあなたを撫でている。教会の人たちも、わが子たちも、そうだった。ボクたちは教会を離れたが、あなたは一緒。家族だからいつも一緒。わが子たちも巣立ち、また巣立とうとしている。赤子のあなたを連れてきてくれたわが子も、天の御国へ先に行く。そうだね、あなたももうすぐそこへ。ボクたちは固唾を呑んであなたを見つめている。日々に弱り行くあなたをボクたちもやがてそのように弱り行くことを思いながら、あなたを見つめている。
2016年12月20日
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いつかこの聖句を送ったことを覚えているかな?今,もう一度送ろうね。彼らは妹であるリベカとその乳母、アブラハムの僕とその従者たちを一緒に出立させることにし、リベカを祝福して言った。「わたしたちの妹よ あなたが幾千万の民となるように。 あなたの子孫が敵の門を勝ち取るように。」 創世記24:59~60
2016年12月16日
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友だちが、「ウェスレーの説教は全部ネットに載っているよ」と、教えてくれたので、さっそく探した。見つけた。 Wesley Center Onlineこれは、すごいサイトだった。ウェスレーの主要な著作が全部テキストになっている。ウェスレーの全説教が、アルファベット順、年代順に並べられている。もしこれが日本語だったら、本を買う必要が無い。
2016年12月14日
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ささやかなご奉仕をしている神学院の「学生クリスマス」に行きました。これ以上シンプルなものは無いと言える「クリスマス礼拝」よかった。実力です。礼拝の後は会食。これはシンプルではなかった。だれが何人来るかわからない中、食事の準備は大変だったでしょう。色々な人からの差し入れがあった模様。ここで学生が寸劇をした。全然じょうずではなかったが、ただ清らかだったよ。よかったよ。満たされたよ。
2016年12月13日
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郵便受けのそばにチラシが落ちていたので拾った。「恵みと真理六実キリスト教会」と書いてあった。チラシの中のメッセージをさっと読む。日本語と韓国語で書いてある。住所をパソコンの地図で調べる。歩いて10分ほどだとわかった。「ねぇ、こんな教会があったよ。 あした(金曜日)集会があるってよ。 行ってみよう。」妻は「そうね」行ってみると、なかなか立派な家の教会だった。奥様がびっくり顔で出てきた。ご主人も出てきた。ボクたちの外には来会者がなかった。韓国系の「純福音」の群れらしい。親教会がこの家を買ってくれたという。うらやましいと思った。韓国人夫妻は、日本語がたどたどしいので、気軽に話しかけられない、と言う。「大丈夫ですよ。思いは伝わるので積極的に伝道なさってくださいな。」はるばる日本に伝道に来てくださって頭が下がる思いだ。近所の老牧師夫妻が尋ねてきたというので向こうもすっかり打ち解けてお話が弾んでしまってなかなか集会が始まらない。「ボクたちメッセージを聴きに来たのですけれど」それから讃美と祈りと聖書とメッセージが始まる。
2016年12月10日
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「セーターが欲しい」めったに口にしない妻がいうので買いに行こうね、と。近所の衣料スーパーに行こうというと「古着屋がイイ」という。ボクが昨日、古着屋で上着を買ったのを見たからかな?そこで近くの古着屋へ2人で行く。赤系のセーターを手に取り、「これどう?」と聞くとだめ。ボクのお勧めは全部だめ。地味な色合いのセーターを2枚買い物かごに入れる。それからスラックスも入れる。ボクも自分用のズボンを見つけて入れる。
2016年12月06日
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ブラウンの電気ひげそり器が壊れた。ついに内部で断線した模様。きっと15年以上使ったのではないかな?一枚刃の一番グレードの低い機種だった。修理? いやいやもう修理して使う時代ではないようだ。ネットで、やはり1枚刃の一番グレードの低い機種を注文。なんと2800円なのです。ブラウンはいいな、ちゃんと貧乏人用を用意してくれている!もう10年使うと80歳に近づくぞ!!
2016年12月05日
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神を信じる人は、聖書を手にして、読みながら、聞きながら生きる。立ち止まっては聖書を開く。聖書は道案内の本。この歳になっても、聖書を開くとわくわくしてくる。妻と交互に読み合うが、言いようもない安らかさに浸る。妻は、短冊状の紙に書いては、そばに貼り付ける。聖書の言葉を「信じる」信じなければ1冊の本に過ぎない。「なかなか面白かったね。」「興味深いよね。」で終わる。「信じる」ときに広い、深い信仰の世界に導かれていく。もうそれは「本」ではない。「パン」だ、「飯」だ。いただくのだ。それがなくては飢えてしまう。
2016年12月03日
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