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万雑098_大伴氏の系譜で万葉集に歌がある人(大伴駿河麻呂-③)次も大伴駿河麻呂(おおとものするがまろ;正四位上、参議)で、万葉集にある11首の内の、巻8にある2首です。1438_「霞立つ春日の里の梅の花花に問はむと我が思はなくに」※_「(霞立つ)春日の里の梅の花、その花のようなかりそめな気持ちで、お訪ねしようと来たわけではありません」と歌っています。1660_「梅の花散らすあらしの音のみに聞きし我妹を見らくし良しも」※_「梅の花散らす冬の嵐の、その音だけに聞いていた貴方にお逢い出来て嬉しい」と歌っています。ここで「音のみ」は「噂だけ」の意です。<備考>_大伴氏系図_★印;万葉集に歌があります。大伴家屋 |ー大伴談 |ー大伴金村 |ー大伴咋 |ー大伴長徳 | |ー大伴御行★1_「済」 | | |ー妻;紀音那 | | |ー大伴三中★ | | |ー大伴三依★4_「済」 | | |ー大伴古麻呂? | | | |ー大伴駿河麻呂★11 | | |ー大伴兄麻呂 | |ー大伴安麻呂★1_「済」 | | |ー妻;巨勢郎女★ | | | |ー大伴旅人★ | | | | |ー妻;丹比郎女 | | | | |ー大伴家持★ | | | | |ー大伴書持★ | | | | |ー大伴留女之女郎★ | | | |ー大伴田主★ | | | |ー大伴宿奈麻呂★ | | | |ー妻;不詳 | | | | |ー大伴田村大嬢★ | | | | |ー大伴胡麻呂★ | | | |ー妻;(大伴坂上郎女) | | | |ー大伴坂上大嬢★ | | | |ー大伴坂上ニ嬢★ | | |ー妻;石川郎女★ | | |ー大伴稲公★ | | |ー大伴坂上郎女★ | |ー大伴古麻呂? | |ー大伴継人 |ー大伴吹負 | |ー大伴祖父麻呂 | |ー大伴古慈悲 |ー大伴馬来田 | |ー大伴道足 |ー大伴智仙娘(藤原鎌足の妻)以上
2023.06.30
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万雑097_大伴氏の系譜で万葉集に歌がある人(大伴駿河麻呂-②)次も大伴駿河麻呂(おおとものするがまろ;正四位上、参議)で、万葉集にある11首の内の、巻4にある5首です。以下の5首は、大伴坂上郎女との日常の様子を尋ねあった歌のようです。「大伴坂上郎女」は駿河麻呂の祖父(大伴御行)の弟(大伴安麻呂)の娘になります。646_「ますらをの思ひわびつつ度まねく嘆く嘆きを負はぬのかも」※_「ますらおである私がやるせない思いで幾たびも嘆く、その嘆きをあなたは背負いこむことがないのでしょうか」と歌っています。648_「相見ずて日長くなりぬこのころはいかにさきくやいふかし我妹」※_「逢うことなく日数が長くなりました。最近はどうですか。元気ですか。あなたのことが気がかりです」と歌っています。653_「心には忘れぬものをたまさかに見ぬ日さまねく月そ経にける」※_「心には忘れることがないのですか、たまたま逢えない日が多く、ひと月が過ぎてしまいました」と歌っています。654_「相見ては月も経なくに恋ふと言はばをそろと我を思ほさむかも」※_「逢ってからひと月も経たないのに恋しいと言えば、せっかちだと私をお思いになるでしょうか」と歌っています。655_「思はぬを思ふと言はば天地の神も知らさむ邑礼左変」※_「思ってもいないのに思っていると言ったら、天地の神もお見通しでしょう。”邑礼左変”」と歌っています。「邑礼左変」は解読未詳とされていますが「罰で左遷されてしまいます」と解釈されている方もいますが・・・<備考>_大伴氏系図_★印;万葉集に歌があります。大伴家屋 |ー大伴談 |ー大伴金村 |ー大伴咋 |ー大伴長徳 | |ー大伴御行★1_「済」 | | |ー妻;紀音那 | | |ー大伴三中 | | |ー大伴三依★4_「済」 | | |ー大伴古麻呂 | | | |ー大伴駿河麻呂★11 | | |ー大伴兄麻呂 | |ー大伴安麻呂★1_「済」 | | |ー妻;巨勢郎女★ | | | |ー大伴旅人★ | | | | |ー妻;丹比郎女 | | | | |ー大伴家持★ | | | | |ー大伴書持★ | | | | |ー大伴留女之女郎 | | | |ー大伴田主★ | | | |ー大伴宿奈麻呂★ | | | |ー妻;不詳 | | | | |ー大伴田村大嬢★ | | | | |ー大伴胡麻呂★ | | | |ー妻;(大伴坂上郎女) | | | |ー大伴坂上大嬢★ | | | |ー大伴坂上ニ嬢★ | | |ー妻;石川郎女★ | | |ー大伴稲公★ | | |ー大伴坂上郎女★ | |ー大伴古麻呂 | |ー大伴継人 |ー大伴吹負 | |ー大伴祖父麻呂 | |ー大伴古慈悲 |ー大伴馬来田 | |ー大伴道足 |ー大伴智仙娘(藤原鎌足の妻)以上
2023.06.29
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万雑096_大伴氏の系譜で万葉集に歌がある人(大伴駿河麻呂-①)次は大伴御行の孫の大伴駿河麻呂(おおとものするがまろ;正四位上、参議)で、万葉集に歌が11首(巻3に4首、巻4に5首、巻8に2首)あります。大伴古麻呂の子で大伴三依の甥になります。なお、歌が11首もありますので巻毎に3回に分けて観てゆきます。400_「梅の花咲きて散りぬと人は言へど我が標結ひし枝ならめやも」※_「梅の花が咲いて散ったと人が言うけれども、私が印を付けたあの枝のはずがあろうか」と歌っています。好いた女性が他の男に嫁いだことを譬えて詠んだ歌のようです。402_「山守はけだしありとも我妹子が結ひけむ標を人解かめやも」※_「たとえ山守はいるにしても、あなたが張ったという標縄を他人が解くでしょうか」と歌っています。大伴駿河麻呂が坂上ニ嬢(坂上大嬢の妹)に思いをよせた歌です。407_「春霞春日の里の植ゑ小水葱苗なりと言ひし柄はさしにかむ」※_「(春霞)春日の里に植わる小水葱は、まだ苗なりと聞きましたが、もう葉柄は伸びたことでしょう」と歌っています。坂上二嬢を小水葱の生育に譬えた歌になっています。409_「一日には千重波しきに思へどもなぞその玉の手に巻きがたき」※_「一日に千回も、千重の波のようにしきりに思うけれども、どうしてその玉の手に巻つことが出来ないのであろうか」と歌っています。恋い慕う坂上二嬢を玉に譬えて詠んだ歌のようです。<備考>_大伴氏系図_★印;万葉集に歌があります。大伴家屋 |ー大伴談 |ー大伴金村 |ー大伴咋 |ー大伴長徳 | |ー大伴御行★1_「済」 | | |ー妻;紀音那 | | |ー大伴三中 | | |ー大伴三依★4_「済」 | | |ー大伴古麻呂 | | | |ー大伴駿河麻呂★11 | | |ー大伴兄麻呂 | |ー大伴安麻呂★1_「済」 | | |ー妻;巨勢郎女★ | | | |ー大伴旅人★ | | | | |ー妻;丹比郎女 | | | | |ー大伴家持★ | | | | |ー大伴書持★ | | | | |ー大伴留女之女郎 | | | |ー大伴田主★ | | | |ー大伴宿奈麻呂★ | | | |ー妻;不詳 | | | | |ー大伴田村大嬢★ | | | | |ー大伴胡麻呂★ | | | |ー妻;(大伴坂上郎女) | | | |ー大伴坂上大嬢★ | | | |ー大伴坂上ニ嬢★ | | |ー妻;石川郎女★ | | |ー大伴稲公★ | | |ー大伴坂上郎女★ | |ー大伴古麻呂 | |ー大伴継人 |ー大伴吹負 | |ー大伴祖父麻呂 | |ー大伴古慈悲 |ー大伴馬来田 | |ー大伴道足 |ー大伴智仙娘(藤原鎌足の妻)以上
2023.06.28
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万雑095_大伴氏の系譜で万葉集に歌がある人(大伴三依)次は大伴御行の子の大伴三依(おおとものみより;従四位下、出雲守)で、万葉集に歌が4首(巻4)あります。大伴旅人は従兄弟になります。大伴三依が上司の大伴旅人のことを思って作った歌です。552_「我が君はわけをば死ねと思へかも逢ふ夜逢はぬ夜ニ走るらむ」※_「あなたは私を死ねと思っておられるからか、逢う夜と逢わない夜とが、たがいちがいに走るように過ぎて行きます」と歌っています。大伴旅人が大宰府を離れる時に、別れを悲しんで大伴三依が作った歌です。578_「天地と共に久しく住まはむと思ひてありし家の庭はも」※_「天地と共に久しく居つづけたいと思っていた。このお屋敷の庭よ」と歌っています。大伴三依が離れていた親しき人に再会し、共に歓びて作った歌です。650_「我妹子は常世の国に住みけらし昔見しよりをちましにかり」※_「あなたは常世の国に住んでいたらしい。昔お目にかかった時よりずっと若返られました」と歌っています。大伴三依が別れを悲しんで作った歌です。690_「照る月を闇に見なして泣く涙衣濡らしつ乾す人なしに」※_「照る月を闇と思うほど、泣きに泣いた涙が衣を濡らした。乾かしてくれる人もないのに」と歌っています。<備考>_大伴氏系図_★印;万葉集に歌があります。大伴家屋 |ー大伴談 |ー大伴金村 |ー大伴咋 |ー大伴長徳 | |ー大伴御行★1_「済」 | | |ー妻;紀音那 | | |ー大伴三中 | | |ー大伴三依★4 | | |ー大伴古麻呂 | | | |ー大伴駿河麻呂★ | | |ー大伴兄麻呂 | |ー大伴安麻呂★1_「済」 | | |ー妻;巨勢郎女★ | | | |ー大伴旅人★ | | | | |ー妻;丹比郎女 | | | | |ー大伴家持★ | | | | |ー大伴書持★ | | | | |ー大伴留女之女郎 | | | |ー大伴田主★ | | | |ー大伴宿奈麻呂★ | | | |ー妻;不詳 | | | | |ー大伴田村大嬢★ | | | | |ー大伴胡麻呂★ | | | |ー妻;(大伴坂上郎女) | | | |ー大伴坂上大嬢★ | | | |ー大伴坂上ニ嬢★ | | |ー妻;石川郎女★ | | |ー大伴稲公★ | | |ー大伴坂上郎女★ | |ー大伴古麻呂 | |ー大伴継人 |ー大伴吹負 | |ー大伴祖父麻呂 | |ー大伴古慈悲★ |ー大伴馬来田 | |ー大伴道足★ |ー大伴智仙娘(藤原鎌足の妻)以上
2023.06.27
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万雑094_大伴氏の系譜で万葉集に歌がある人(大伴御行)ここまで系譜未詳の皇族が作られた歌を観て来ましたが一応終わりましたので、次は万葉集の中心的な存在である大伴氏の系譜に係る人たちについて観てゆきたいと思います。大伴氏の最初の歌は万雑008に大伴安麻呂が巨勢郎女に求婚した歌として1首載せていますが、この次は安麻呂の兄の大伴御行(おおとものみゆき)で、万葉集に歌が1首(巻19)あります。大伴御行は飛鳥時代の豪族で官位は大納言(死後に右大臣)でした。壬申の兵乱が鎮まった後に、天武方の将軍の大伴御行が作った歌です。4260_「大君は神にしいませば赤駒の腹這ふ田舎を都と成しつ」※_「大君は神でいらしゃるので、赤駒が腹這いになる田んぼを都になさった」と歌っています。<記事>「壬申の乱」は天智天皇十年(671年)十二月の天皇の崩御のあとの翌年六月に、天皇の弟の大海人皇子が、天皇の子の大友皇子と争って勝利を収めた内乱です。<備考>_大伴氏系図_★印;万葉集に歌があります。大伴家屋 |ー大伴談 |ー大伴金村 |ー大伴咋 |ー大伴長徳 | |ー大伴御行★1 | | |ー妻;紀音那 | | |ー大伴三中 | | |ー大伴三依★ | | |ー大伴古麻呂 | | | |ー大伴駿河麻呂★ | | |ー大伴兄麻呂 | |ー大伴安麻呂★1_「済」 | | |ー妻;巨勢郎女★ | | | |ー大伴旅人★ | | | | |ー妻;丹比郎女 | | | | |ー大伴家持★ | | | | |ー大伴書持★ | | | | |ー大伴留女之女郎 | | | |ー大伴田主★ | | | |ー大伴宿奈麻呂★ | | | |ー妻;不詳 | | | | |ー大伴田村大嬢★ | | | | |ー大伴胡麻呂★ | | | |ー妻;(大伴坂上郎女) | | | |ー大伴坂上大嬢★ | | | |ー大伴坂上ニ嬢★ | | |ー妻;石川郎女★ | | |ー大伴稲公★ | | |ー大伴坂上郎女★ | |ー大伴古麻呂 | |ー大伴継人 |ー大伴吹負 | |ー大伴祖父麻呂 | |ー大伴古慈悲★ |ー大伴馬来田 | |ー大伴道足★ |ー大伴智仙娘(藤原鎌足の妻)以上
2023.06.26
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今年は何故か昆虫が少ないです!今日の朝、ウォーキングに出かけた時も、道すがらで見かけた昆虫が数羽(モンシロチョウ、ミズアブ、など)だけでした。それでも、家近くの藪で「キマダラセセリ」を一羽見つけて少しほっとしました。キマダラセセリ;チョウ目、セセリチョウ科、L=25mm
2023.06.25
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万雑093_系譜未詳の皇族が作られた御歌(誉謝女王)次は若湯座王(わかゆえおう)で、万葉集に歌が1首(巻3)あります。若湯座王が作られたの歌です。352_「葦辺には鶴がね鳴きて湊風寒くらむ津乎の崎はも」※_「葦の茂みには鶴が鳴いて、港風が寒く吹いているだろう津乎の崎よ」と歌っています。<備考>_系譜未詳の皇族たち名前(ふりがな)_位、歌数粟田女王(あわたじょおう)_正三位、1首_【済】麻続王(おみのおう)_三位、1首_【済】川村王(かわむらおう)_従四位下、2首_【済】久米女王(くめのじょおう)_従五位下、1首_【済】児部女王(こべじょおう)_?、1首_【済】沙弥女王(しゃみじょおう)_?、1首_【済】高宮王(たかみやおう)_?、2首_【済】手持女王(たもちじょおう)_?、3首_【済】長田王(ながたおう)_正四位下、6首_【済】丹生王(にうおう)_?、3首_【済】丹生女王(にうのじょおう)_正四位上、3首_【済】八代女王(やしろじょおう)_従四位下、1首_【済】山口女王(やまぐちじょおう)_?、6首_【済】誉謝女王(よさじょおう)_従四位下、1首_【済】若湯座王(わかゆえおう)_?、1首以上
2023.06.25
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万雑092_系譜未詳の皇族が作られた御歌(誉謝女王)次は誉謝女王(よさじょおう)で、万葉集に歌が1首(巻1)あります。なお、系譜未詳の誉謝女王は奈良時代の皇族(706年没時点で従四位下)です。持統太上天皇が大宝二年(702年)十月に三河国へ行幸された時に、誉謝女王は京に居て作られた歌のようです。59_「流らふるわれ吹く風の寒き夜にわが背の君はひとりか寝らむ」※_「待ち続ける私を吹く風の寒い夜に、わが君は一人で寝ているだろうか」と歌っています。<備考>_系譜未詳の皇族たち名前(ふりがな)_位、歌数粟田女王(あわたじょおう)_正三位、1首_【済】麻続王(おみのおう)_三位、1首_【済】川村王(かわむらおう)_従四位下、2首_【済】久米女王(くめのじょおう)_従五位下、1首_【済】児部女王(こべじょおう)_?、1首_【済】沙弥女王(しゃみじょおう)_?、1首_【済】高宮王(たかみやおう)_?、2首_【済】手持女王(たもちじょおう)_?、3首_【済】長田王(ながたおう)_正四位下、6首_【済】丹生王(にうおう)_?、3首_【済】丹生女王(にうのじょおう)_正四位上、3首_【済】八代女王(やしろじょおう)_従四位下、1首_【済】山口女王(やまぐちじょおう)_?、6首_【済】誉謝女王(よさじょおう)_従四位下、1首若湯座王(わかゆえおう)_?、1首以上
2023.06.24
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万雑091_系譜未詳の皇族が作られた御歌(山口女王)次は山口女王(やまぐちじょおう)で、万葉集に歌が6首(巻4に5首、巻8に1首)あります。歌の内容から察するに、大伴家持と親しい関係の女性皇族で歌人だったと思われます。山口女王が、大伴家持に贈った、熱烈な恋の歌6首です。613_「物思ふと人に見えじとなまじひに常に思へりありそかねつる」※_「物思いしていると他人に見えないようにと、いつも無理して平気な顔をしています。実際は生きていられないほどです」と歌っています。614_「相思はぬ人をやもとな白たへの袖ひつまでに音のみし泣かも」※_「思ってくれない人なのに、かいもなく(白たへの)袖が濡れるほどに声を上げて泣くのだろうか」と歌っています。615_「わが背子は相思はずともしきたへの君が枕は夢に見えこそ」※_「あなたは思ってくれなくても、(しきたへの)あなたの枕は夢に見えてほしい」と歌っています。616_「剣大刀名の惜しけくも我はなし君に逢はすて年の経ぬれば」※_「(剣大刀)名など私は惜しくありません。あなたに逢えずに年がたったので」と歌っています。617_「蘆辺より満ち来る潮のいやましに思へか君が忘れかねつる」※_「蘆辺から満ちてくる潮のように、いよいよますます恋しく思うからでしょうか、あなたのことが忘れられません」と歌っています。1617_「秋萩に置きたる露の風吹きて落つる涙は留めかねつも」※_「秋萩に降りている露が、風に吹かれて落ちるように、涙が落ちて止めようがない」と歌っています。<備考>_系譜未詳の皇族たち名前(ふりがな)_位、歌数粟田女王(あわたじょおう)_正三位、1首_【済】麻続王(おみのおう)_三位、1首_【済】川村王(かわむらおう)_従四位下、2首_【済】久米女王(くめのじょおう)_従五位下、1首_【済】児部女王(こべじょおう)_?、1首_【済】沙弥女王(しゃみじょおう)_?、1首_【済】高宮王(たかみやおう)_?、2首_【済】手持女王(たもちじょおう)_?、3首_【済】長田王(ながたおう)_正四位下、6首_【済】丹生王(にうおう)_?、3首_【済】丹生女王(にうのじょおう)_正四位上、3首_【済】八代女王(やしろじょおう)_従四位下、1首_【済】山口女王(やまぐちじょおう)_?、6首誉謝女王(よさじょおう)_従四位下、1首若湯座王(わかゆえおう)_?、1首以上
2023.06.23
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万雑090_系譜未詳の皇族が作られた御歌(八代女王)次は八代女王(やしろじょおう)で、万葉集に歌が1首(巻4)あります。系譜未詳ですが、聖武天皇の寵愛を受けていた女性で、天皇の妻妾だったと言う説もあるようです。八代女王が、聖武天皇に献った歌です。626_「君により言の繁きを故郷の明日香の川にみそぎしに行く」※_「あなたのせいで人の噂がひどいので、古京の明日香川へ禊をしに行きます」と歌っています。<備考>_系譜未詳の皇族たち名前(ふりがな)_位、歌数粟田女王(あわたじょおう)_正三位、1首_【済】麻続王(おみのおう)_三位、1首_【済】川村王(かわむらおう)_従四位下、2首_【済】久米女王(くめのじょおう)_従五位下、1首_【済】児部女王(こべじょおう)_?、1首_【済】沙弥女王(しゃみじょおう)_?、1首_【済】高宮王(たかみやおう)_?、2首_【済】手持女王(たもちじょおう)_?、3首_【済】長田王(ながたおう)_正四位下、6首_【済】丹生王(にうおう)_?、3首_【済】丹生女王(にうのじょおう)_正四位上、3首_【済】八代女王(やしろじょおう)_従四位下、1首山口女王(やまぐちじょおう)_?、6首誉謝女王(よさじょおう)_従四位下、1首若湯座王(わかゆえおう)_?、1首以上
2023.06.22
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万雑089_系譜未詳の皇族が作られた御歌(丹生女王)次は丹生女王(にうのじょおう)で、万葉集に歌が3首(巻1に2首、巻8に1首)あります。譜未詳ですが、天平勝宝2年(750年)に正四位上に昇進している地位の高い皇族だったと思います。また、丹生王と丹生女王は同一人物という説もあるようです。丹生女王が、筑紫にいる大伴旅人に贈った歌3首です。553_「雨雲のそくへの極み遠けども心し行けば恋ふるものかも」※_「雨雲の彼方の果てのように遠くはありますが、私の心はそちらに行っておりますので、恋しく思うのですね」と歌っています。554_「古人の飲へしめたる吉備の酒病めばすべなし貫簀腸らむ」※_「昔の人が飲ませて下さった吉備の酒。飲み過ぎて悪酔いして苦しいです。竹の敷物を下さい」と歌っています。大伴旅人が丹生女王に送ってきた吉備の酒を飲み過ぎて酔ってしまったので、横になる竹の敷物を下さいと言っている歌です。1610_「高円の秋野の上のなでしこが花うら若み人のかざししなでしこが花」※_「高円の秋の野のナデシコ(撫子)の花。若々しいので人が髪に挿したナデシコの花よ」と歌っています。丹生女王が自分をナデシコの花に譬えて詠んでいます。<備考>_系譜未詳の皇族たち名前(ふりがな)_位、歌数粟田女王(あわたじょおう)_正三位、1首_【済】麻続王(おみのおう)_三位、1首_【済】川村王(かわむらおう)_従四位下、2首_【済】久米女王(くめのじょおう)_従五位下、1首_【済】児部女王(こべじょおう)_?、1首_【済】沙弥女王(しゃみじょおう)_?、1首_【済】高宮王(たかみやおう)_?、2首_【済】手持女王(たもちじょおう)_?、3首_【済】長田王(ながたおう)_正四位下、6首_【済】丹生王(にうおう)_?、3首_【済】丹生女王(にうのじょおう)_正四位上、3首八代女王(やしろじょおう)_正五位上、1首山口女王(やまぐちじょおう)_?、6首誉謝女王(よさじょおう)_従四位下、1首若湯座王(わかゆえおう)_?、1首以上
2023.06.21
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万雑088_系譜未詳の皇族が作られた御歌(丹生王)次は丹生王(にうおう)で、万葉集に歌が3首(巻1)あります。石田王が亡くなった時に、丹生王が作られた長歌1首と反歌2首です。420_「なゆ竹の とをよる皇子 さにつらふ わが大君は こもりくの 泊瀬の山に 神さびに 斎きいますと 玉梓の 人そ言ひつる およづれか 我が聞きつる たはことか 我が聞きつるも 天地に 悔しきことの 世の中の 悔しきことは 天雲の そくへの極み 天地の 至れるまでに 杖つきも つかずも行きて 夕占問ひ 石占もちて わがやどに みもろを立てて 枕辺に 斎瓮をすゑ 竹玉を 間なく貫き垂れ 木綿だすき かひなにかけて 天なる ささらの小野の 七節菅 手に取り持ちて ひさかたの 天の川原に 出で立ちて みそぎてましを 高山の いはほの上に いませつるかも」※_「(なゆ竹の)しなやかにたわむような姿の君、紅顔の我が皇子さまは、(こもりくの)泊瀬の山に神として奉られていますと、(玉梓の)使いの人が言った。人まどわしの妄言を私は聞いたのか、正気とは思えない、でたらめを私は聞いたのか。この天地の間で悔やんでも悔みきれないこと、世の中に最も悔しいことは、天雲のたなびく遥かな果て、天と地の接する地の果てまで、杖をついてもつかなくても何としてでも行って、夕占で占ったり、石占の石を持ってみたり、我が家に祭壇を説けて、枕もとに斎瓮を据え置き、竹の玉をすき間なく貫き垂らし、木綿のたすきを腕にかけて、天にあるささらの小野の、七節の長い菅を手に取り持って、(ひさかたの)天の川原に出て行って、禊をすればよかったのに、高山の巌の上に、君を葬ってしまった」と歌っています。421_「およづれのたはこととかも高山のいはほの上に君が臥やせる」※_「妄言の戯言として聞いたのでしょうか、高山の巌の上にあなたが横たわっておられると」と歌っています。422_「石上布留の山なる杉群の思ひ過ぐべき君にあらなくに」※_「石上の布留の山の杉の木々、そのように私が思い過ぎてしまうような君ではないのに」と歌っています。「石上」は奈良県天理市の石上神宮の西方一帯です。<記事>石田王;万葉集の注釈には、石田王は、忍壁皇子(おさかべのみこ)の子で山前王の弟とされています。「万雑072」に山前王については記載済です。丹生王は、この系譜に関係する人物ではないでしょうか?忍壁王(天武天皇の皇子)の妃と皇子女 |ー妃;明日香皇女 |ー妃;不詳 |ー山前王★3 |ー大野王 |ー石田王 |ー小長谷女王<備考>_系譜未詳の皇族たち名前(ふりがな)_位、歌数粟田女王(あわたじょおう)_正三位、1首_【済】麻続王(おみのおう)_三位、1首_【済】川村王(かわむらおう)_従四位下、2首_【済】久米女王(くめのじょおう)_従五位下、1首_【済】児部女王(こべじょおう)_?、1首_【済】沙弥女王(しゃみじょおう)_?、1首_【済】高宮王(たかみやおう)_?、2首_【済】手持女王(たもちじょおう)_?、3首_【済】長田王(ながたおう)_正四位下、6首_【済】丹生王(にうおう)_?、3首丹生女王(にうじょおう)_?、3首八代女王(やしろじょおう)_正五位上、1首山口女王(やまぐちじょおう)_?、6首誉謝女王(よさじょおう)_従四位下、1首若湯座王(わかゆえおう)_?、1首以上
2023.06.20
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万雑087_系譜未詳の皇族が作られた御歌(長田王)次は長田王(ながたおう)で、万葉集に歌が6首(巻1)あります。長田王(737年7月20日没)は奈良時代の皇族で、聖武天皇朝時代の歌人の一人のようです。和銅五年(712年)四月に長田王が伊勢斎宮に派遣された時に、山辺の御井で詠んだ歌3首です。81_「山辺の御井を見がてり神風の伊勢娘子ども相見つるかも」※_「山辺の御井を見た折にまた、(神風の)伊勢の国のおとめたちに出逢ったことだよ」と歌っています。82_「うらさぶる心さまねしひさかたの天のしぐれの流れあふ見れば」※_「心寂しい想いであふれるほどだ、(ひさかたの)遠い空から、しぐれの雨が交差しながら流れるように降って来るのを見ると」と歌っています。83_「海の底沖つ白波竜田山いつか越えなむ妹があたり見む」※_「(海の底)沖の白波が立つ、その竜田山を越えて行くのは果たしていつの日だろうか、妻の家のあたりが見たい」と歌っています。長田王が筑紫に派遣され熊本の水島に渡った時に詠んだ歌2首です。245_「聞きしごとまこと貴く奇しくも神さびをるかこれの水島」※_「噂に聞いた通り、本当に貴く、また不思議にも神々しくあることよ、この水島は」と歌っています。246_「葦北の野坂の浦ゆ船出して水島に行かむ波立つなゆめ」※_「葦北の野坂の浦から船出して、水島に行こう。波よ立つな、決して」と歌っています。隼人部族が住む薩摩の地で、長田王が詠んだ歌です。248_「隼人の薩摩の瀬戸を雲居なす遠くもわれは今日見つるかも」※_「隼人の国、薩摩の瀬戸を雲のように、遠く遥かに私は今日見たことだ」と歌っています。<備考>_系譜未詳の皇族たち名前(ふりがな)_位、歌数粟田女王(あわたじょおう)_正三位、1首_【済】麻続王(おみのおう)_三位、1首_【済】川村王(かわむらおう)_従四位下、2首_【済】久米女王(くめのじょおう)_従五位下、1首_【済】児部女王(こべじょおう)_?、1首_【済】沙弥女王(しゃみじょおう)_?、1首_【済】高宮王(たかみやおう)_?、2首_【済】手持女王(たもちじょおう)_?、3首_【済】長田王(ながたおう)_正四位下、6首丹生王(にうおう)_?、3首丹生女王(にうじょおう)_?、3首八代女王(やしろじょおう)_正五位上、1首山口女王(やまぐちじょおう)_?、6首誉謝女王(よさじょおう)_従四位下、1首若湯座王(わかゆえおう)_?、1首以上
2023.06.19
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万雑086_系譜未詳の皇族が作られた御歌(手持女王)次は手持女王(たもちじょおう)で、万葉集に歌が3首(巻3)あります。持統天皇八年(694年)に大宰帥河内王が亡くなり、鏡山に葬られた時に手持女王が作られた挽歌3首です。417_「大君の和魂あへや豊前国の鏡の山を宮と定むる」※_「河内王の御心にかなったのであろうか、豊前国の鏡山をとこしえの宮とお定めになった」と歌っています。「鏡山」は福岡県田川郡香春町にある山です。418_「豊国の鏡の山の岩戸立て隠りにけらし待てど来まさず」※_「豊前国の鏡山の岩戸を閉じて、中にお籠りになったらしい。いくら待っても出て来られない」と歌っています。419_「岩戸割る手力もがも手弱き女にしあればすべの知らなく」※_「岩戸を破る腕の力があれば良いのに。力ない女なので、どうしたら良いのか分からない」と歌っています。<記事>手持女王は系譜未詳ですが、持統天皇三年(689年)八月に河内王が太宰帥に任ぜられて豊前国に赴任する時に、手持女王が同行されたことから河内王の妻という説があります。なお河内王の名前の皇族は複数ありますが、この歌の河内王は飛鳥時代の皇族になります。<備考>_系譜未詳の皇族たち名前(ふりがな)_位、歌数粟田女王(あわたじょおう)_正三位、1首_【済】麻続王(おみのおう)_三位、1首_【済】川村王(かわむらおう)_従四位下、2首_【済】久米女王(くめのじょおう)_従五位下、1首_【済】児部女王(こべじょおう)_?、1首_【済】沙弥女王(しゃみじょおう)_?、1首_【済】高宮王(たかみやおう)_?、2首_【済】手持女王(たもちじょおう)_?、3首長田王(ながたおう)_正四位下、6首丹生王(にうおう)_?、3首丹生女王(にうじょおう)_?、3首八代女王(やしろじょおう)_正五位上、1首山口女王(やまぐちじょおう)_?、6首誉謝女王(よさじょおう)_従四位下、1首若湯座王(わかゆえおう)_?、1首以上
2023.06.18
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今朝はカラッと晴れて爽やかな朝でした。6時からウォーキングに出かけ、途中の堤防道路で土手の草にとまる「アオメアブ」を見つけました。なぜか、今年は昆虫を眼にするのが非常に少ないように思いますが・・・。アオメアブ;ハエ目、ムシヒキアブ科、L=25mm
2023.06.17
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万雑085_系譜未詳の皇族が作られた御歌(高宮王)次は高宮王(たかみやおう)で、万葉集に歌が2首(巻16)あります。高宮王が数種の物を詠んだ歌2首です。3855_「皂莢に延ひおほとれる屎葛絶ゆることなく宮仕へせむ」※_「皂莢(サイカチ)に這い広がっている屎葛のように、途絶えることもなく宮にお仕えしよう」と歌っています。「サイカチ」はマメ科の高木。3856_「婆羅門の作れる小田を食む烏瞼腫れて幡桙にをり」※_「婆羅門が作っている田を食む烏は、まぶたを腫らして幡桙に止まっている」と歌っています。この歌の「婆羅門(ばらもん)」は天平八年(736年)に渡来した僧です。<備考>_系譜未詳の皇族たち名前(ふりがな)_位、歌数粟田女王(あわたじょおう)_正三位、1首_【済】麻続王(おみのおう)_三位、1首_【済】川村王(かわむらおう)_従四位下、2首_【済】久米女王(くめのじょおう)_従五位下、1首_【済】児部女王(こべじょおう)_?、1首_【済】沙弥女王(しゃみじょおう)_?、1首_【済】高宮王(たかみやおう)_?、2首手持女王(たもちじょおう)_?、3首長田王(ながたおう)_正四位下、6首丹生王(にうおう)_?、3首丹生女王(にうじょおう)_?、3首八代女王(やしろじょおう)_正五位上、1首山口女王(やまぐちじょおう)_?、6首誉謝女王(よさじょおう)_従四位下、1首若湯座王(わかゆえおう)_?、1首以上
2023.06.17
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梅雨の中休みで今朝は日差しがあります。6時半からウォーキングに出かけ、途中にある小川の上を飛ぶ「コシアキトンボ」を見つけ、木の枝にとまってところを撮りました。以前に撮った画像はオスでしたが、今日のはメスでした。コシアキトンボ;トンボ目、トンボ科、L=40mm
2023.06.16
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万雑084_系譜未詳の皇族が作られた御歌(沙弥女王)次は沙弥女王(しゃみじょおう)で、万葉集に歌が1首(巻9)あります。沙弥女王が作られた歌です。1763_「倉橋の山を高みか夜ごもりに出で来る月の片待ち難き」※_「倉橋山が高いせいか、夜更けに出てくる月が待ち遠しい」と歌っています。<備考>_系譜未詳の皇族たち名前(ふりがな)_位、歌数粟田女王(あわたじょおう)_正三位、1首_【済】麻続王(おみのおう)_三位、1首_【済】川村王(かわむらおう)_従四位下、2首_【済】久米女王(くめのじょおう)_従五位下、1首_【済】児部女王(こべじょおう)_?、1首_【済】沙弥女王(しゃみじょおう)_?、1首高宮王(たかみやおう)_?、2首手持女王(たもちじょおう)_?、3首長田王(ながたおう)_正四位下、6首丹生王(にうおう)_?、3首丹生女王(にうじょおう)_?、3首八代女王(やしろじょおう)_正五位上、1首山口女王(やまぐちじょおう)_?、6首誉謝女王(よさじょおう)_従四位下、1首若湯座王(わかゆえおう)_?、1首以上
2023.06.16
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万雑083_系譜未詳の皇族が作られた御歌(児部女王)次は児部女王(こべのじょおう)で、万葉集に歌が1首(巻16)あります。娘子が名門の美男子の求婚を断って、賤しく醜い男子の求婚に応えたことを、児部女王が嗤って作られた歌です。3821_「かほよきはいづくも飽かじと角のふくれにしぐひあひにけむ」※_「顔の美しい人は、どなただって大好きなものなのに、坂門の娘は何だって角のコブ野郎にくっつきあったのだろう」と歌っています。<備考>_系譜未詳の皇族たち名前(ふりがな)_位、歌数粟田女王(あわたじょおう)_正三位、1首_【済】麻続王(おみのおう)_三位、1首_【済】川村王(かわむらおう)_従四位下、2首_【済】久米女王(くめのじょおう)_従五位下、1首_【済】児部女王(こべのじょおう)_?、1首沙弥女王(しゃみじょおう)_?、1首高宮王(たかみやおう)_?、2首手持女王(たもちじょおう)_?、3首長田王(ながたおう)_正四位下、6首丹生王(にうおう)_?、3首丹生女王(にうじょおう)_?、3首八代女王(やしろじょおう)_正五位上、1首山口女王(やまぐちじょおう)_?、6首誉謝女王(よさじょおう)_従四位下、1首若湯座王(わかゆえおう)_?、1首以上
2023.06.15
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万雑082_系譜未詳の皇族が作られた御歌(久米女王)次は久米女王(くめのじょおう)で、万葉集に歌が1首(巻8)あります。天平十年(738年)10月17日、橘奈良麻呂が催した宴会で久米女王が作られた歌です。1583_「もみち葉を散らすしぐれに濡れて来て君が黄葉をかざしつるかも」※_「黄葉を散らすしぐれに濡れて来て、あなたの黄葉を髪に挿したことです」と歌っています。<備考>_系譜未詳の皇族たち名前(ふりがな)_位、歌数粟田女王(あわたじょおう)_正三位、1首_【済】麻続王(おみのおう)_三位、1首_【済】川村王(かわむらおう)_従四位下、2首_【済】久米女王(くめのじょおう)_従五位下、1首児部女王(こべじょおう)_?、1首沙弥女王(しゃみじょおう)_?、1首高宮王(たかみやおう)_?、2首手持女王(たもちじょおう)_?、3首長田王(ながたおう)_正四位下、6首丹生王(にうおう)_?、3首丹生女王(にうじょおう)_?、3首八代女王(やしろじょおう)_正五位上、1首山口女王(やまぐちじょおう)_?、6首誉謝女王(よさじょおう)_従四位下、1首若湯座王(わかゆえおう)_?、1首以上
2023.06.14
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万雑081_系譜未詳の皇族が作られた御歌(川村王)次は川村王(かわむらおう)で、万葉集に歌が2首(巻16)あります。川村王が家でくつろいでいるときに、琴を弾じて口ずさんだ歌2首です。3817_「かるうすは田盧の本に我が背子はにふぶに笑みて立ちませり見ゆ」※_「かるうすは田の仮小屋のそばに、私の妻はにこにこ笑って立っているのが見える」と歌っています。3817_「朝霧香火屋が下の鳴くかはづ偲ひつつありと告げむ子もがも」※_「(朝霧)香火屋の陰の蛙の声のように、恋い慕っていると伝えてくれる子がいたらなあ」と歌っています。<備考>_系譜未詳の皇族たち名前(ふりがな)_位、歌数粟田女王(あわたじょおう)_正三位、1首_【済】麻続王(おみのおう)_三位、1首_【済】川村王(かわむらおう)_従四位下、2首久米女王(くめじょおう)_従五位下、1首児部女王(こべじょおう)_?、1首沙弥女王(しゃみじょおう)_?、1首高宮王(たかみやおう)_?、2首手持女王(たもちじょおう)_?、3首長田王(ながたおう)_正四位下、6首丹生王(にうおう)_?、3首丹生女王(にうじょおう)_?、3首八代女王(やしろじょおう)_正五位上、1首山口女王(やまぐちじょおう)_?、6首誉謝女王(よさじょおう)_従四位下、1首若湯座王(わかゆえおう)_?、1首以上
2023.06.13
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万雑080_系譜未詳の皇族が作られた御歌(麻続王)次は麻続王(おみのおう)で、万葉集に歌が1首(巻1)あります。麻続王が罪で流されたことを哀傷して作られた歌(1-23)を聞いて、麻続王がその歌に和して作られた歌です。24_「うつせみの命を惜しみ波に濡れ伊良虞の島の玉藻刈り食む」※_「(うつせみの)命が惜しさに、波に濡れて、伊良虞の島の玉藻を刈って食べているのだ」と歌っています。<記事>日本書紀に「天武天皇四年(675年)の4月18日、三位麻続王に罪があって因幡国に流された。一子は伊豆島に、一子は血鹿島(長崎の五島列島)に流した」の記載があります。何故か、万葉集の台詞の「伊良虞へ流された」と合致していませんが・・・。<参考>麻続王が罪で流されたことを哀傷して作られた歌です。23_「打麻を麻続王海人なれや伊良虞の島の玉藻刈ります」※_「(打麻を)麻続王は海人ででもあるのか、伊良虞の島の玉藻を刈っていらっしゃる」と歌っています。<備考>_系譜未詳の皇族たち名前(ふりがな)_位、歌数粟田女王(あわたじょおう)_正三位、1首_済麻続王(おみのおう)_三位、1首川村王(かわむらおう)_従四位下、2首久米女王(くめじょおう)_従五位下、1首児部女王(こべじょおう)_?、1首沙弥女王(しゃみじょおう)_?、1首高宮王(たかみやおう)_?、2首手持女王(たもちじょおう)_?、3首長田王(ながたおう)_正四位下、6首丹生王(にうおう)_?、3首丹生女王(にうじょおう)_?、3首八代女王(やしろじょおう)_正五位上、1首山口女王(やまぐちじょおう)_?、6首誉謝女王(よさじょおう)_従四位下、1首若湯座王(わかゆえおう)_?、1首以上
2023.06.12
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万雑079_系譜未詳の皇族が作られた御歌(粟田女王)ここまで皇族の系図に依って万葉集にある歌の作者を観て来ましたが、系譜が未詳な皇族の方々の歌も観てみたいと思います。今のところ系譜が未詳の皇族は備考に記しました。まず、最初は粟田女王(あわたじょおう)で、万葉集に歌が1首(巻18)あります。左大臣橘卿の家に、粟田女王がいらっしゃって御宴を催された時に作られた御歌です。4060_「月待ちて家には行かむ我が挿せるあから橘影に見えつつ」※_「月の出を待って家に帰ろう。私が髪に挿している明るく美しい橘を、月の光の下に照らさせて」と歌っています。<備考>_系譜未詳の皇族たち名前(ふりがな)_位、歌数粟田女王(あわたじょおう)_正三位、1首麻続王(おみのおう)_三位、2首川村王(かわむらおう)_従四位下、2首久米女王(くめじょおう)_従五位下、1首児部女王(こべじょおう)_?、1首沙弥女王(しゃみじょおう)_?、1首高宮王(たかみやおう)_?、2首手持女王(たもちじょおう)_?、3首長田王(ながたおう)_正四位下、6首丹生王(にうおう)_?、3首丹生女王(にうじょおう)_?、3首八代女王(やしろじょおう)_正五位上、1首山口女王(やまぐちじょおう)_?、6首誉謝女王(よさじょおう)_従四位下、1首若湯座王(わかゆえおう)_?、1首抜けがあるかもしれませんが、以上です。
2023.06.11
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万雑078_大友皇子の妃が作られた御歌(十市皇女)次は大友皇子(後の弘文天皇)の妃の十市皇女で、万葉集に正式な歌はありません。しかし、作者不詳の歌で十市皇女の御歌として伝承されている歌が1首(巻10)あります。万葉集には作者未詳とされていますが、十市皇女が伊勢下向の途中、波多神社に参詣した折に作られた歌として伝承されています。2338_「あられ降り板屋風吹き寒き夜や旗野に今夜我がひとり寝む」※_「霰が降り、板屋に風が吹いて寒い夜、旗野に今夜はひとりで寝るのだろうか」と歌っています。「旗野」は「大和国高市郡波多」です。<備考>大友皇子(後の弘文天皇、天智天皇の第一皇子) |ー妃;十市皇女(天武天皇の第一皇女、母は額田王)☆1 | |ー葛野王 | |ー妃;不詳 | |ー池辺王☆1 |ー妃;藤原耳面刀自(藤原鎌足の娘) |ー壱志姫王 |ー与多王以上
2023.06.10
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万雑077_葛野王の皇子女が作られた御歌(池辺王)次は大友皇子(後の弘文天皇)の第一皇子_葛野王の子の池辺王です。万葉集に宴誦した歌が1首(巻4)あります。でも、作者ではないようです。623_「松の葉に月はゆつりぬ黄葉の過ぐれや君が逢はぬ夜の多き」※_「松の葉のところに月は移りました。(黄葉の)心が移ろってしまったので、あなたは逢ってくれない夜が多いのでしょうか」と歌っています。<備考>大友皇子(後の弘文天皇) |ー妃;十市皇女(天武天皇の第一皇女)☆1 | |ー葛野王 | |ー妃;不詳 | |ー池辺王☆1 |ー妃;藤原耳面刀自(藤原鎌足の娘) |ー壱志姫王 |ー与多王以上
2023.06.09
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昨夜は激しい雨が降っていましたが、今朝は雨が上がって日もさしてきました。6時半ころにウォーキングに出かけると道端に白い蛾を見つけました。帰って画像を調べると「シロツバメエダシャク」と判りました。シロツバメエダシャク;チョウ目、シャクガ科、開張=45mm
2023.06.09
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万雑076_聖武天皇の妻妾が作られた歌(八代女王)次は聖武天皇の妻妾だと思われる八代女王(矢代女王とも)で、万葉集に歌が1首(巻4)あります。八代女王が天皇に献上した歌です。626_「君により言の繁きを故郷の明日香の川にみそぎしに行く」※_「あなたのせいで人の噂がひどいので、古京の明日香川へ禊をしに行きます」と歌っています。<備考>首皇子(後の聖武天皇)の皇后妃と皇子女 |ー皇后;光明皇后(藤原不比等の娘、藤原宮子の異母姉) | |ー阿倍内親王(後の孝謙・称徳天皇)★3 | |ー基皇子 |ー夫人;県犬養広刀自 | |ー井上内親王 | |ー不破内親王 | |ー安積親王(安積皇子) |ー夫人;南殿 |ー夫人;橘古那可智 |ー夫人;北殿 |ー?_妻妾;八代女王★1以上
2023.06.08
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万雑075_六人部王(身人部王とも)が作られた歌六人部王の娘の笠縫女王の歌を先に載せましたが、六人部王の歌も万葉集に1首(巻1)ありました。なお、六人部王の妃の田形皇女は天武天皇の娘です。68_「大伴の御津の浜なる忘れ貝家なる妹を忘れて思へや」※_「大伴の御津の浜にある忘れ貝、その名のように、家にある妻を思い忘れることがあるだろうか」と歌っています。<備考>六人部王(身人部王とも)★1 |ー妃;田形皇女(天武天皇の皇女、母は大蕤娘) |ー笠縫女王★1以上
2023.06.07
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万雑074_六人部王の皇子女が作られた御歌(笠縫女王)次は六人部王(むとべおう;父母不詳)と田形皇女(天武天皇の皇女)の娘の笠縫女王で、万葉集に歌が1首(巻8)あります。1611_「あしひきの山下とよめ鳴く鹿の言ともしかも我が心夫」※_「(あしひきの)山の麓まで響かせて鳴く鹿のような、言葉がお聞きしたい、私の心に思う夫よ」と歌っています。<備考>六人部王(身人部王とも)★1 |ー妃;田形皇女(天武天皇の皇女、母は大蕤娘) |ー笠縫女王★1 以上
2023.06.06
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万雑073_舎人親王の孫が作られた御歌(御方王・三形王)天武天皇の第六皇子の舎人親王(母は天智天皇の皇女の新田部皇女)の皇子女の御歌は万雑036~万雑041に記載済みです。ところが、万葉集に舎人親王の孫らしい御方王(三形王とも)の歌が2首(巻20)あることが分かりましたので調べると、その父母が未詳となっていました。ここでその孫の御方王の歌を観てみます。三形王の家で宴会した時に、三形王が作られた歌です。4488_「み雪降る冬は今日のみうぐひすの鳴かむ春へは明日にしあるらし」※_「雪の降る冬は今日だけだ。ウグイスの鳴く春は明日なのだ」と歌っています。御方王(三形王)が庭園を見て作った歌です。4511_「鴛鴦の住む君がこの山斎今日見ればあしびの花も咲きにけるかも」※_「オシドリの住む貴方の庭園は、今日見ると、アシビ(馬酔木)の花も咲いているのですね」と歌っています。「山斎(しま)」は庭園です。<備考>※_孫の御方王は飛鳥田女王か厚見王の子でないかと思いますが?舎人親王の妃と皇子女 |ー妃;当麻山背 | |ー三原王★1 | |ー大炊王(後の淳仁天皇)★1 |ー妃:当麻氏 | |ー船王★3 |ー妃;名前不詳 |ー三島王★1 |ー池田王 |ー守部王★2 |ー御浦王 |ー宝皇女 |ー飛鳥田女王 |ー厚見王★3----?_三形王(御方王)★2以上
2023.06.05
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万雑072_忍壁皇子の皇子女が作られた御歌(山前王)次は忍壁皇子(おさかべのみこ;天武天皇の皇子)の子の山前王(やまさきおう)で、万葉集に歌が3首(巻3)あります。石田王が亡くなった時に、兄の山前王が作った長歌1首、短歌2首です。423_「つのさはふ 磐余の道を 朝去らず 行きけむ人の 思ひつつ 通ひけまくは ほととぎす 鳴く五月には あやめぐさ 花橘を 玉に貫き かづらにせむと 九月の しぐれの時は 黄葉を 折りかざさむと 延ふ葛の いや遠長く 万代に 絶えじと思ひて 通ひけむ 君をば明日ゆ 外にかも見む」※_「(つのさはふ)磐余の道を、朝ごとに帰って行った人が、その通い道でいつも思ったであろうことは、ホトトギスの鳴く五月には、あやめ草や花橘を玉として緒に通してかづらにしようと、九月のしぐれの頃は、もみじ葉を手折って髪に挿そうと、いよいよ遠く長く、万世の後までも二人の仲は絶えることがないだろうと思って通ったであろう。その君を明日からは、この世ならぬよその人として見ることであろうか」と歌っています。424_「こもくりの泊瀬娘子が手に巻ける玉は乱れてありと言はずやも」※_「(こもくりの)泊瀬娘子がいつも手に巻いている玉は、今やばらばらに乱れていると言うでないか」と歌っています。425_「川風の寒き長谷を歎きつつ君が歩くに似る人も逢へや」※_「川風の寒い泊瀬の道を、嘆きながら石田王が歩く姿に、よく似た人にも逢えないことだ」と歌っています。<備考>忍壁王の妃と皇子女 |ー妃;明日香皇女 |ー妃;不詳 |ー山前王★3 |ー大野王 |ー石田王 |ー小長谷女王以上
2023.06.04
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台風2号の影響で昨日から夜半まで激しく雨が降りました。今日は朝から晴れて良い天気になりました。雨上がりで、我が家の庭のアジサイ(10種ほど)が奇麗なので載せてみます。
2023.06.03
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万雑071_新田部皇子の皇子女が作られた御歌(道祖王)次は新田部皇子(天武天皇の皇子)の子の道祖王で、万葉集に歌が1首(巻19)あります。753年正月に石上宅嗣の家で宴会した時に道祖王が作った歌です。4284_「新しき年の初めに思ふどちい群れて居れば嬉しくもあるか」※_「新しい年の初めに、仲間たちが集まっているとなんとも嬉しいことだ」と歌っています。<記事>道祖王(天武天皇の孫)は、聖武上皇の遺詔により孝謙天皇の皇太子になる予定でしたが素行不良を理由に廃されています。更に、757年7月に「橘奈良麻呂の乱(藤原仲麻呂の討伐を企てた)」に連座して獄死しています。<備考>新田部皇子の妃と皇子女 |ー妃;不詳 |ー塩焼王 | |ー妃;不破内親王(聖武天皇の皇女) | |ー氷上志計麻呂 | |ー氷上川継 |ー道祖王★1 |ー長野王 |ー陽候女王 |ー忍坂女王 |ー石田女王以上
2023.06.03
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藪沿いの道を歩いていた時に、蝶々が飛んできて木の葉にとまったのを見て急ぎシャッターを切りました。後で確認するとヒメジャノメでした。ヒメジャノメ;チョウ目、タテハチョウ科、L=40mm
2023.06.02
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万雑070_上道王の皇子女が作られた御歌(広河女王)次は上道王(かみつみちおう;穂積親王の皇子)の娘の広河女王(天武天皇の曾孫、穂積親王の孫)で、万葉集に歌が2首(巻4)あります。694_「恋草を力車に七車積みて恋ふらく我が心から」※_「恋という草を車七台に積んだほど重苦しい恋をすることも、みな自分の心からです」と歌っています。695_「恋は今はあらじと我は思へるをいづくの恋そつかみかかれる」※_「恋などはもう結構だと私は思っていたのに、どこの恋めが掴みかかって来たのだろうか」と歌っています。<備考>穂積親王の妃と皇子女 |ー妃;大伴坂上郎女(大伴安麻呂の娘)★84 |ー上道王 | |ー妃;不詳 | |ー広河女王★2 |ー境部王★1以上
2023.06.02
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万雑069_穂積親王の妃と皇子女が作られた御歌(境部王)次は天武天皇の皇子の穂積親王の妃と皇子女の歌を観てみます。まず妃の大伴坂上郎女(大伴安麻呂の娘)ですが、万葉集に84首もの沢山の歌があります。これらの歌は別途に大伴氏の系図(万雑008)の中で詳しく観てみることにします。そうして、次は皇子の境部王(さかいべおう;享年25)で、万葉集に歌が1首(巻16)あります。境部王が数種の物を詠んだ歌です。3833_「虎に乗り古屋を越えて青淵に蛟竜捕り来む剣大刀もが」※_「虎にまたがり古い家屋を越えて、青淵で蛟竜を捕って来られるような剣大刀が欲しいものだ」と歌っています。<備考>穂積親王の妃と皇子女 |ー妃;大伴坂上郎女(大伴安麻呂の娘)★84 |ー上道王 | |ー妃;不詳 | |ー広河女王★2 |ー境部王★1以上
2023.06.01
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